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Module 1-1 - Section 2: 宗教学の成立と展開

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-1: 宗教学総論
前提セクション Section 1
想定学習時間 2時間

導入

宗教学(Religionswissenschaft / study of religion)は、特定の宗教的立場に依拠せず、宗教を学術的・経験的に研究する学問である。この学問の成立は19世紀後半に遡るが、その知的前史は啓蒙主義の宗教批判とロマン主義における宗教への再評価にまで辿ることができる。

本セクションでは、宗教学がいかなる知的土壌から生まれ、どのような学派・方法論を発展させてきたかを時系列に沿って概観する。マックス・ミュラーの比較宗教学の創設から、宗教現象学の展開、エリアーデの宗教史学、そして20世紀後半のポストコロニアル批判に至るまでの学説史を扱い、宗教学の方法論的基盤と理論的射程を理解する。

Section 1で確認した「宗教とは何か」という定義問題は、この学問の成立過程と不可分である。宗教の定義が多元化したのは、宗教学が複数の方法論的立場から宗教を記述しようとしてきた歴史的展開の帰結にほかならない。


宗教学の前史 — 啓蒙主義とロマン主義

啓蒙主義の宗教批判

17〜18世紀の啓蒙主義は、宗教を理性の法廷に引き出し、批判的検討の対象とした。この知的運動は、宗教学の直接的な創設者ではないが、宗教を神学の内部からではなく外部から分析するという姿勢の基盤を形成した。

デイヴィッド・ヒューム(David Hume, 1711-1776)は『宗教の自然史』(The Natural History of Religion, 1757)において、宗教の起源を人間の心理的傾向 — 恐怖や希望、未知の原因への探求 — に求めた。ヒュームは多神教が宗教の最初期の形態であり、一神教はそこからの二次的発展であると論じた。さらに『自然宗教に関する対話』(Dialogues Concerning Natural Religion, 1779, 死後出版)では、自然神学の中核をなすデザイン論証(argument from design)の論理的脆弱性を暴き、宗教信仰が理性に基礎づけられるという主張を根本的に問い直した。

ルートヴィヒ・フォイエルバッハ(Ludwig Feuerbach, 1804-1872)は『キリスト教の本質』(Das Wesen des Christenthums, 1841)において、神とは人間本性の投影であるという投射理論(projection theory)を提唱した。人間が自らの理性・意志・愛といった本質的属性を外在化し、超越的存在として対象化したものが「神」であるとするこの議論は、のちのマルクスの宗教批判やフロイトの宗教心理学にも影響を与えた。

Key Concept: 投射理論(projection theory) フォイエルバッハが提唱した宗教論。人間が自己の本質的諸属性(理性・意志・愛)を外在化し、超越的な存在(神)として対象化する心理的メカニズムとして宗教を説明する。

ロマン主義と宗教への関心の再興

啓蒙主義が宗教を理性による批判の対象としたのに対し、18世紀末から19世紀のロマン主義は宗教の情感的・体験的次元に新たな光を当てた。

フリードリヒ・シュライアマハー(Friedrich Schleiermacher, 1768-1834)は『宗教論 — 宗教を軽蔑する教養人への講話』(Über die Religion: Reden an die Gebildeten unter ihren Verächtern, 1799)において、宗教の本質を「絶対的依存の感情」(Gefühl der schlechthinnigen Abhängigkeit)に求めた。シュライアマハーは、宗教を形而上学でも道徳でもなく、宇宙に対する直観と感情(Anschauung und Gefühl des Universums)の領域として位置づけることで、啓蒙主義的な知的還元にも正統神学の教義主義にも回収されない宗教理解の道を拓いた。

シュライアマハーの議論は、宗教を独自の経験領域として認め、その経験それ自体を記述するという方向性を示した点で、後の宗教現象学の先駆とみなしうる。


比較宗教学の成立 — マックス・ミュラー

Key Concept: 比較宗教学(comparative religion / Vergleichende Religionswissenschaft) 複数の宗教を比較対照することで宗教の本質・起源・発展を解明しようとする学問的方法。19世紀後半にマックス・ミュラーによって学問的に確立された。

ミュラーの業績

フリードリヒ・マックス・ミュラー(Friedrich Max Müller, 1823-1900)は、比較宗教学の創設者として広く認められるドイツ生まれの文献学者・東洋学者である。ミュラーはドイツで梵語学(Sanskrit studies)を学んだのち、オックスフォード大学で比較言語学の教授職に就き、言語の比較研究から宗教の比較研究へと方法論を展開した。

ミュラーの比較宗教学は比較言語学(comparative philology)をモデルとする。インド・ヨーロッパ語族の比較研究が言語の系統的関係を明らかにしたように、諸宗教の聖典を比較することで宗教の発展法則が見出せるとミュラーは構想した。ミュラーの有名な格言「一つだけを知る者は何も知らない」(He who knows one, knows none)は、比較の方法が宗教学に不可欠であるという信念を端的に表現している。

Sacred Books of the East

ミュラーの最大の事業は『東方聖書集成』(Sacred Books of the East, 1879-1910)の編纂である。オックスフォード大学出版局から全50巻が刊行されたこの叢書は、ヒンドゥー教・仏教・ゾロアスター教・儒教・道教・イスラームなどの聖典の英訳を体系的に提供した。ミュラーは比較言語学の教授職を辞して本叢書の総編集者となり、ジェイムズ・レッグ(James Legge)、ヘルマン・オルデンベルク(Hermann Oldenberg)、トーマス・リス・デイヴィッズ(Thomas William Rhys Davids)ら国際的な学者チームを組織した。

この叢書は、非キリスト教圏の宗教テクストを「聖書」(scripture)という範疇のもとに位置づけた点で画期的であったが、同時にキリスト教の聖典観を他の宗教に投射するという方法論的問題も孕んでいた。すなわち、東方の多様な宗教的テクストを「聖書」のアナロジーで理解する枠組みそのものが、近代西洋のカテゴリーの普遍化を前提としていたのである。

ミュラーの宗教起源論とその限界

ミュラーは宗教の起源を「無限なるものの知覚」(perception of the infinite)に求め、自然現象への驚嘆が宗教的感覚の原初的形態であると主張した。また、神話を「言語の病」(disease of language)として説明する独自の理論を展開した。これは、自然現象に与えられた詩的名称が、時間の経過とともに人格化され、神話的存在として実体化されたとする言語学的神話論である。

この理論は20世紀に入り、文化人類学や宗教社会学の発展に伴い、その言語還元主義的性格が批判された。しかし、宗教を経験的・比較的方法で研究するという学問的姿勢を確立した功績は大きい。


宗教現象学

ルドルフ・オットーと聖なるものの分析

Key Concept: 宗教現象学(phenomenology of religion) 宗教的経験・現象をその内在的意味において記述し、その本質構造を解明しようとする方法論。研究者の価値判断を停止(エポケー)し、宗教現象をそれ自体の論理に即して理解することを目指す。

ルドルフ・オットー(Rudolf Otto, 1869-1937)は『聖なるもの』(Das Heilige, 1917)において、宗教的経験の核心にあるのは概念的・合理的把握を超えた独自の体験であると主張した。Section 1で触れたヌミノーゼ(numinous)の概念は本書で提唱されたものである。

オットーはヌミノーゼの体験を「mysterium tremendum et fascinans」(戦慄すべき神秘にして魅惑的なもの)という定式で特徴づけた。この体験には三つの契機が含まれる。第一に「mysterium」— 既知のいかなる範疇にも還元できない「まったき他者」(ganz Andere)との遭遇。第二に「tremendum」— 圧倒的な力の前での畏怖と戦慄。第三に「fascinans」— それにもかかわらず惹きつけられ魅了される感覚である。

オットーの議論は、宗教を道徳や知識に還元する啓蒙主義的傾向に対抗し、宗教的経験に固有の(sui generis)領域を学問的に正当化した点で、宗教現象学の基礎を築いた。ただし、オットーの分析にはプロテスタント神学の前提が色濃く反映されているとの批判も存在する。

ファン・デル・レーウの宗教現象学

ヘラルドゥス・ファン・デル・レーウ(Gerardus van der Leeuw, 1890-1950)は『宗教現象学入門』(Phänomenologie der Religion, 1933)において、宗教現象学を体系的な方法論として確立した。

Key Concept: エポケー(epoché) フッサール現象学に由来する方法的概念で、「判断停止」を意味する。宗教現象学においては、研究対象である宗教の真偽・価値に関する判断を括弧に入れ、現象をそれ自体の意味連関において記述する方法的態度を指す。

ファン・デル・レーウは、フッサール(Edmund Husserl)の現象学的方法 — とりわけエポケーと本質直観(Wesensschau)— を宗教研究に適用した。研究者は自らの宗教的信念を括弧に入れ(エポケー)、宗教的現象を信徒の視点に共感的に接近しつつ、その本質構造を直観的に把握することを目指す。

ファン・デル・レーウの方法論は、二つの点で独自性を持つ。第一に、オットーが宗教的体験の分析に集中したのに対し、ファン・デル・レーウは宗教現象の全域 — 祈り、犠牲、聖なるもの、聖なる空間と時間、宗教的共同体など — を体系的に類型化した。第二に、ファン・デル・レーウのエポケー理解はフッサールの厳密な方法論的エポケーとは異なり、マックス・シェーラー(Max Scheler)やマルティン・ハイデガー(Martin Heidegger)の実存的現象学の影響を受けて、より主観的・了解的(Verstehen)な性格を帯びている。ファン・デル・レーウにとってエポケーは単なる方法的手続きではなく、研究者が宗教現象に実存的に関与する態度そのものであった。

宗教現象学に対しては、エポケーが実際に可能であるのか、研究者自身の文化的前提から完全に自由になれるのか、また「宗教的経験」を自律的な領域として措定すること自体が特定の(とりわけプロテスタント的な)宗教観の反映ではないかといった批判がなされている。


ミルチャ・エリアーデの宗教史学

ミルチャ・エリアーデ(Mircea Eliade, 1907-1986)は、ルーマニア出身の宗教史学者であり、20世紀の宗教学に最も大きな影響を与えた研究者の一人である。シカゴ大学で長く教鞭をとり、宗教学を「宗教史学」(history of religions)として体系化した。

ヒエロファニーと聖俗二元論

Key Concept: ヒエロファニー(hierophany) ギリシア語のhieros(聖なる)とphainein(現れる)に由来する。聖なるものが俗なる世界において顕現する出来事を指す。エリアーデが提唱した宗教学の中心概念であり、宗教的経験の基本構造を表す。

エリアーデは『聖と俗』(Le sacré et le profane, 1957)などの著作で、宗教的経験の基底構造を「聖なるもの」と「俗なるもの」の二元的対立に見出した。宗教的人間(homo religiosus)にとって、世界は均質ではなく、聖なるものが俗なる現実に「突入」する — すなわちヒエロファニーが生じる — 地点において質的に異なる空間・時間の構造が現れる。

聖なる空間は「世界の中心」(axis mundi)として機能し、天上・地上・地下を結ぶ宇宙的軸を形成する。聖なる時間は、日常的な不可逆の時間(profane time)とは異なり、祭儀において回帰可能な原初の時間(illud tempus)である。

永劫回帰

Key Concept: 永劫回帰(eternal return / éternel retour) エリアーデの宗教史学における中核概念。前近代的・宗教的人間にとって、神話と儀礼は単なる過去の想起ではなく、宇宙創成の原初的時間への実際の「帰還」を可能にするという理論。

エリアーデは『永劫回帰の神話』(Le mythe de l'éternel retour, 1949)において、「原始的」(archaic)社会における時間の経験を分析した。これらの社会では、神話は過去の出来事の記録ではなく、「原初の時間」(in illo tempore)に起きた範型的出来事の語りであり、儀礼的反復を通じてその時間に実際に回帰することが可能であるとされる。新年祭などの周期的祭儀は宇宙の再創造を象徴的に実現し、俗なる時間の蓄積(すなわち歴史)を「廃棄」する。

エリアーデの枠組みでは、「歴史」の重みに耐えるか、それとも永劫回帰によって歴史を超克するかという問いが、宗教的人間と近代的人間を分かつ根本的な分岐点となる。

エリアーデへの批判

エリアーデの宗教史学は、その壮大な射程と比較的方法の豊かさによって20世紀中盤の宗教学を主導したが、以下の批判にもさらされている。

  1. 本質主義的傾向: 「聖なるもの」を超歴史的・普遍的なカテゴリーとして措定し、宗教現象の歴史的・社会的文脈を軽視している。
  2. 方法論的不透明さ: 比較の基準や「聖なるもの」の同定基準が明確に定式化されていない。
  3. 政治的問題: エリアーデの若年期におけるルーマニアの極右運動(鉄衛団)との関係が、その学問的中立性への疑義を生んでいる。
  4. 西洋中心主義: 「宗教的経験」という枠組み自体が、キリスト教的・ロマン主義的前提に基づいているとの批判がある。

20世紀後半の展開

社会科学的転回 — デュルケームとウェーバー以降

20世紀の宗教学は、宗教現象学・宗教史学と並行して、社会科学的な宗教研究の潮流を発展させた。この転回の出発点は、エミール・デュルケーム(Émile Durkheim, 1858-1917)とマックス・ウェーバー(Max Weber, 1864-1920)の仕事にある。

デュルケームは『宗教生活の原初形態』(Les formes élémentaires de la vie religieuse, 1912)において、オーストラリア先住民のトーテミズムの分析を通じて、宗教の起源を「社会」そのものに求めた。人々が「聖なるもの」として崇拝している対象は、実際には社会の集合的表象であり、宗教とは社会が自らを神聖化するメカニズムであるとデュルケームは論じた。宗教は社会的連帯を生み出し、共有された信念・価値・実践を通じて集団を一つの道徳的共同体に統合する機能を持つ。

ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(Die protestantische Ethik und der Geist des Kapitalismus, 1905)に代表される一連の宗教社会学的研究において、宗教的観念が経済行動・社会変動に与える能動的な影響を分析した。ウェーバーの関心は、デュルケームのように宗教の社会的「機能」を解明することではなく、宗教的「意味」が行為者の動機付けと社会構造に及ぼす因果的影響にあった。

両者以降、宗教の社会学的研究は宗教学の主要な方法論的柱の一つとなった。宗教を超越的実在との関わりとしてではなく、社会的事実として分析するこのアプローチは、宗教現象学の内在的・了解的方法とは根本的に異なる認識論的前提に立つ。

構造主義と解釈人類学

20世紀中盤以降、文化人類学の方法論的革新が宗教研究に大きな影響を与えた。

クロード・レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss, 1908-2009)の構造主義(structuralism)は、神話や宗教的象徴を、それ自体が「聖なるもの」を指示するのではなく、人間の思考の深層構造を反映する体系として分析した。レヴィ=ストロースは、神話が二項対立(自然/文化、生/死、天/地など)の媒介を通じて思考を組織する論理的道具であることを示し、宗教的素材を認知的・構造的に解読するアプローチを確立した。

これに対しクリフォード・ギアツ(Clifford Geertz, 1926-2006)は「文化の体系としての宗教」("Religion as a Cultural System", 1966)において、宗教を「象徴の体系」として定義した。ギアツによれば、宗教とは「(1)象徴の体系であり、それは(2)人々に強力かつ持続的な気分と動機付けを確立し、(3)存在の一般的秩序についての概念を定式化し、(4)その概念を事実性のオーラで包むことで、(5)その気分と動機付けが一意的に現実的であるように見せる」ものである。この「厚い記述」(thick description)を旨とする解釈人類学的アプローチは、宗教現象をその局所的な文化的文脈において意味解釈する方法を提供した。

ポストコロニアル批判 — タラル・アサド

Key Concept: 宗教概念の系譜学(genealogy of the concept of religion) タラル・アサドが提唱した批判的アプローチ。「宗教」という概念そのものが近代西洋の歴史的産物であり、植民地主義・世俗主義・国民国家形成と不可分に結びついた権力の範疇であることを系譜学的に解明する。

タラル・アサド(Talal Asad, 1932-2023)は『宗教の系譜 — キリスト教とイスラームにおける権力の規律と理由』(Genealogies of Religion: Discipline and Reasons of Power in Christianity and Islam, 1993)において、宗教学の前提そのものに根本的な問いを突きつけた。

アサドの中心的主張は、「宗教」(religion)というカテゴリー自体が近代西洋の構築物であるというものである。すなわち、宗教を「信仰」や「内面的経験」として定義すること自体が、プロテスタント・キリスト教の自己理解を普遍化した結果であり、この定義を非西洋社会に適用することは、植民地主義的な認識枠組みの押しつけにほかならない。アサドはミシェル・フーコー(Michel Foucault)の系譜学的方法を援用し、「宗教」と「世俗」(secular)の二分法それ自体が、世俗主義という近代的権力構造の産物であることを論証した。

アサドの批判は、エリアーデの「聖なるもの」やオットーの「ヌミノーゼ」のような超歴史的カテゴリーに対してだけでなく、ギアツの宗教定義に対しても向けられた。ギアツが宗教を「象徴の体系」として定義する際、そこではすでに特定の(西洋近代的な)「宗教」概念が前提とされているとアサドは批判する。

ポストコロニアル的宗教研究は、アサド以降、宗教学が使用する基本的カテゴリー — 「宗教」「世俗」「信仰」「儀礼」「聖」「俗」— の系譜学的検討を重要な課題として引き受けることとなった。

timeline
    title 宗教学の学説史
    section 前史(17-18世紀)
        1757 : ヒューム『宗教の自然史』
        1799 : シュライアマハー『宗教論』
        1841 : フォイエルバッハ『キリスト教の本質』
    section 比較宗教学の成立(19世紀後半)
        1873 : ミュラー『宗教学序説』
        1879-1910 : Sacred Books of the East 刊行
    section 宗教現象学の展開(20世紀前半)
        1912 : デュルケーム『宗教生活の原初形態』
        1917 : オットー『聖なるもの』
        1933 : ファン・デル・レーウ『宗教現象学入門』
    section 宗教史学と社会科学(20世紀中盤)
        1949 : エリアーデ『永劫回帰の神話』
        1957 : エリアーデ『聖と俗』
        1966 : ギアツ「文化の体系としての宗教」
    section 批判的転回(20世紀後半)
        1993 : アサド『宗教の系譜』
graph TD
    A["啓蒙主義の宗教批判<br/>ヒューム・フォイエルバッハ"] --> C["比較宗教学<br/>ミュラー"]
    B["ロマン主義<br/>シュライアマハー"] --> C
    B --> D["宗教現象学<br/>オットー・ファン・デル・レーウ"]
    C --> E["宗教史学<br/>エリアーデ"]
    D --> E
    F["社会学的宗教研究<br/>デュルケーム・ウェーバー"] --> G["構造主義・解釈人類学<br/>レヴィ=ストロース・ギアツ"]
    E --> H["ポストコロニアル批判<br/>アサド"]
    G --> H
    D --> H

まとめ

  • 宗教学は、啓蒙主義の宗教批判(宗教の外部からの分析)とロマン主義の宗教的経験への注目という二つの知的潮流を前史として成立した。
  • マックス・ミュラーは、比較言語学の方法を宗教研究に転用し、Sacred Books of the Eastの編纂を通じて比較宗教学を学問として確立した。
  • オットーのヌミノーゼ論とファン・デル・レーウのエポケーの方法は、宗教現象学の二つの柱を形成した。宗教現象学は、宗教的経験を固有の(sui generis)領域として記述することを目指す。
  • エリアーデはヒエロファニー・聖俗二元論・永劫回帰の概念を通じて宗教史学を体系化したが、本質主義的傾向が批判されている。
  • 20世紀後半には社会科学的方法(デュルケーム・ウェーバー以降)、構造主義・解釈人類学(レヴィ=ストロース・ギアツ)、ポストコロニアル批判(アサド)が宗教学の地平を拡大し、「宗教」概念そのものの歴史的・政治的構築性が問われるようになった。
  • 次のSection 3では、これらの西洋発の宗教学がいかに日本に受容され、日本独自の宗教学がどのように形成されたかを検討する。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
投射理論 projection theory フォイエルバッハの宗教論。人間が自己の本質的属性を外在化し、神として対象化する心理的メカニズム
比較宗教学 comparative religion 複数の宗教を比較対照することで宗教の本質・起源・発展を解明する学問的方法
宗教現象学 phenomenology of religion 宗教的経験・現象を価値判断を停止した上で記述し、その本質構造を解明する方法論
エポケー epoché フッサール現象学に由来する判断停止の方法。宗教の真偽・価値に関する判断を括弧に入れて現象を記述する態度
本質直観 Wesensschau 現象学の方法。個別的事例を超えて現象の本質的構造を直観的に把握すること
ヒエロファニー hierophany 聖なるものが俗なる世界において顕現する出来事。エリアーデの宗教史学の中心概念
永劫回帰 eternal return 神話と儀礼を通じて宇宙創成の原初的時間へ帰還するという、前近代的宗教に見られる時間経験の構造
聖なる時間と聖なる空間 sacred time and sacred space エリアーデの概念。日常的(俗なる)時間・空間とは質的に異なる、ヒエロファニーによって開かれた時間・空間の次元
厚い記述 thick description ギアツの方法論的概念。行為をその文化的文脈における意味連関のなかで解釈的に記述すること
宗教概念の系譜学 genealogy of the concept of religion アサドが提唱した批判的アプローチ。「宗教」概念が近代西洋の歴史的・政治的構築物であることを解明する

確認問題

Q1: マックス・ミュラーの比較宗教学はいかなる学問をモデルとし、その方法にはどのような限界があったか。

A1: ミュラーの比較宗教学は比較言語学をモデルとした。インド・ヨーロッパ語族の系統的比較研究が言語の発展法則を明らかにしたように、諸宗教の聖典を比較することで宗教の発展法則を見出せると構想した。しかし、この方法には以下の限界がある。第一に、宗教を聖典(テクスト)に還元する傾向があり、口頭伝承や儀礼的実践の次元が軽視される。第二に、Sacred Books of the Eastに見られるように、キリスト教的な「聖書」概念を非キリスト教圏の宗教テクストに投射する西洋中心主義的前提を含んでいた。第三に、神話を「言語の病」とする起源論は、宗教を言語的現象に還元する過度の単純化であった。

Q2: 宗教現象学における「エポケー」の方法的意義と、それに対する批判を説明せよ。

A2: エポケーとは、研究者が宗教の真偽や価値に関する自らの判断を「括弧に入れ」(停止し)、宗教現象をその内在的な意味連関に即して記述しようとする方法的態度である。これにより、宗教的経験を社会的機能や心理的メカニズムに還元することなく、宗教者の視点に共感的に接近しつつ、現象の本質構造を把握することが目指される。しかし、以下の批判がある。第一に、研究者が自らの文化的・宗教的前提から完全に自由になることが実際に可能であるのかという問い。第二に、「宗教的経験」を自律的・固有の(sui generis)領域として措定すること自体が、特定のプロテスタント的宗教観を前提としているのではないかという批判。第三に、ファン・デル・レーウの実存的エポケー理解は、フッサールの厳密な方法論的エポケーからの逸脱ではないかという現象学内部からの疑義。

Q3: エリアーデのヒエロファニー概念と永劫回帰の理論を説明し、それらに対するポストコロニアル的批判の要点を述べよ。

A3: ヒエロファニーとは、聖なるものが俗なる世界に顕現する出来事であり、宗教的人間にとって世界は均質ではなく、ヒエロファニーが生じる地点で質的に異なる聖なる空間・時間が開かれる。永劫回帰とは、前近代的社会において神話と儀礼が宇宙創成の原初的時間への回帰を可能にするという時間経験の構造であり、周期的祭儀は俗なる時間(歴史)を「廃棄」し宇宙を再創造する機能を持つ。これに対するポストコロニアル的批判(アサド)の要点は、「聖なるもの」を超歴史的・普遍的カテゴリーとして措定すること自体が、近代西洋のプロテスタント的宗教理解の普遍化であり、「宗教」というカテゴリー自体が植民地主義・世俗主義と不可分の権力構造の産物であるという点にある。エリアーデの枠組みは非西洋社会の宗教を西洋的カテゴリーに回収する認識論的暴力を含みうるとされる。

Q4: タラル・アサドの「宗教の系譜学」は、従来の宗教学のいかなる前提をどのように批判したか。

A4: アサドは、「宗教」というカテゴリー自体が近代西洋 — とりわけプロテスタント・キリスト教 — の歴史的構築物であり、これを普遍的概念として使用すること自体に権力作用が伴うと批判した。具体的には、宗教を「信仰」や「内面的経験」として定義する傾向はプロテスタント的自己理解の普遍化であり、この定義を非西洋社会に適用することは植民地主義的な認識枠組みの押しつけであると論じた。また、「宗教」と「世俗」の二分法そのものが世俗主義という近代的権力構造の産物であることをフーコーの系譜学的方法で論証した。この批判はオットーの「ヌミノーゼ」やエリアーデの「聖なるもの」のような超歴史的カテゴリーにも、ギアツの宗教の象徴体系的定義にも向けられた。

Q5: 啓蒙主義の宗教批判とロマン主義の宗教理解はそれぞれ宗教学の成立にどのように寄与したか。両者の違いを踏まえて論じよ。

A5: 啓蒙主義の宗教批判は、宗教を神学の内部ではなく理性の外部から批判的に分析するという姿勢を確立した点で、宗教学の前提条件を形成した。ヒュームは宗教の起源を心理的傾向に求め、フォイエルバッハは神を人間本性の投射として説明した。これらはいずれも宗教を自然的・人間的原因から経験的に説明しようとする試みであった。一方、ロマン主義 — とりわけシュライアマハー — は、宗教の本質を理性にも道徳にも還元できない固有の経験領域(絶対的依存の感情、宇宙に対する直観と感情)として位置づけた。啓蒙主義が「宗教を外から分析する」姿勢を、ロマン主義が「宗教的経験の固有性を内から記述する」姿勢をそれぞれ提供し、この二つの方向性が宗教学の社会科学的アプローチと宗教現象学的アプローチという二大潮流の源泉となった。