Module 1-1 - Section 4: 宗教の基本要素と分類¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 1-1: 宗教学総論 |
| 前提セクション | Section 1 |
| 想定学習時間 | 2時間 |
導入¶
Section 1では「宗教とは何か」という定義問題を扱い、実体的定義と機能的定義という二つのアプローチを検討した。本セクションでは、その定義問題を踏まえたうえで、宗教という現象を構成する具体的な要素を分析的に取り出し、さらに多様な宗教を体系的に分類する枠組みを検討する。
宗教は一枚岩の現象ではない。神話、儀礼、教典、象徴、教祖、共同体、回心といった複数の要素が相互に結びつきながら一つの宗教的体系を形成している。これらの要素を個別に把握することは、個々の宗教を横断的に比較分析するための基盤となる。また、一神教/多神教、世界宗教/民族宗教といった分類体系は、宗教の多様性を整理し、比較研究の出発点を提供する。ただし、あらゆる分類には限界があり、その限界を自覚することもまた宗教学的思考の重要な一部である。
宗教の基本構成要素¶
宗教現象を分析する際、そこに共通して見出される構成要素がある。以下では、宗教学において一般的に認識されている主要な要素を順に検討する。
神話(mythos / myth)¶
Key Concept: 神話(myth) 宗教において語られる聖なる物語。世界や人間の起源、神々の行為、秩序の成立を説明し、宗教的世界観の基盤を形成する。日常的用法における「虚偽の物語」とは異なり、宗教学では当該共同体にとっての真実として機能する物語を指す。
神話は宗教の物語的基盤である。ミルチア・エリアーデ(Mircea Eliade, 1907-1986)は神話を「聖なる歴史を語るもの」と定義し、それが「原初の時(in illo tempore)」に起こった出来事を物語ると論じた。神話は単なる説話ではなく、世界がなぜこのようにあるのか、人間がなぜこのように生きるのかを説明する根源的な物語である。
神話の中でも特に重要な位置を占めるのが宇宙起源論(cosmogony)である。世界の創造を語る創造神話は、ほぼすべての宗教伝統に見出される。エリアーデは、事物の力はその起源にあるとし、したがって全世界の力は宇宙起源論に集約されると論じた。創造神話にはいくつかの類型がある。無からの創造(creatio ex nihilo)、原初の混沌からの秩序形成(『創世記』の天地創造、バビロニアの『エヌマ・エリシュ』)、宇宙卵からの誕生、原初の巨人の身体からの世界形成(北欧神話のユミル、インド神話のプルシャ)などがその代表例である。
エリアーデはさらに、儀礼を通じて原初の神話的時間に回帰するという「永遠回帰(eternal return)」の概念を提唱した。宗教的人間は儀礼行為によって神話的時間を反復し、そこに参与することで、日常の歴史的時間を聖なる時間によって更新するのである。
儀礼(ritual)¶
Key Concept: 儀礼(ritual) 宗教的共同体において定型化された行為の体系。聖なるものとの接触、社会的地位の変化、時間の更新などを目的として反復的に遂行される。神話が「語り」であるのに対し、儀礼は「行い」の次元に属する。
儀礼は宗教の実践的次元を構成する。宗教学における儀礼研究の出発点として、アルノルト・ファン・ヘネップ(Arnold van Gennep, 1873-1957)の通過儀礼(rite of passage)の理論が挙げられる。
Key Concept: 通過儀礼(rite of passage) 個人が一つの社会的地位・状態から別の地位・状態へ移行する際に行われる儀礼。ファン・ヘネップは主著『通過儀礼』(Les rites de passage, 1909)において、すべての通過儀礼が三段階の構造を持つことを明らかにした。
ファン・ヘネップの通過儀礼の三段階は以下の通りである。
- 分離(séparation): 個人がそれまでの社会的地位や集団から象徴的に切り離される段階。日常世界からの離脱が儀礼的行為によって表現される。
- 過渡・境界(marge / limen): どちらの状態にも属さない中間的・曖昧な段階。ヴィクター・ターナー(Victor Turner, 1920-1983)はこの段階を「リミナリティ(liminality)」と呼び、社会構造が一時的に解体され、平等な共同性(コムニタス, communitas)が出現する契機であると論じた。
- 統合(agrégation): 新たな地位・状態への編入が完了する段階。個人は変容した存在として共同体に再び受け入れられる。
誕生、成人、結婚、死といった人生の節目に行われる儀礼がその典型であるが、入信・叙任・即位なども通過儀礼の構造を持つ。
儀礼はまた時間的な観点からも分類される。季節的儀礼(seasonal ritual)は農耕暦や太陽暦に結びつき、播種・収穫・新年などの節目に行われる。エリアーデは、暦に結びついた儀礼が共同体の根本的信念を想起・記念し、過去と現在を結びつける機能を持つと論じた。
供犠(sacrifice)は、儀礼の中でも特に重要な類型である。犠牲者(供物)、奉献者、奉献の時と場所、方法、受領者、動機という六つの要素から分析される。古代ユダヤ教の燔祭、ヒンドゥー教のヤジュニャ(yajna)、キリスト教の聖餐(Eucharist)における「キリストの体と血」の象徴的反復など、供犠の形態は多様であるが、いずれも聖なるものとの交流・交換という基本構造を共有している。
教典(scripture)¶
Key Concept: 教典/聖典(scripture) 宗教共同体において権威あるテクストとして認められた文書群。教義・律法・神話・儀礼規定などを含み、信仰と実践の規範的基盤として機能する。
教典は宗教の文字的・知的基盤を構成する。ただし、すべての宗教が文字テクストとしての教典を持つわけではなく、口伝(oral tradition)のみによって伝承される宗教伝統も多い。
教典の成立過程で重要なのが正典化(canonization)のプロセスである。正典化とは、多数のテクストの中から権威あるものを選定・確定する過程であり、何を含め何を排除するかという判断は、教義的・政治的・社会的要因が複合的に作用する。
キリスト教を例にとれば、イエスの死後約20年間は口伝のみで教えが伝承された。その後、書簡や福音書が成立し流通したが、新約聖書27書が正典として確定するまでには数世紀を要した。2世紀のマルキオン(Marcion, c.85-c.160)が旧約聖書を排除する独自の正典を作成したことが、正統的な正典確定の契機の一つとなった。正典に含まれるテクストの選定基準としては、使徒的起源(使徒またはその直弟子による著作であること)、正統的教理との整合性、広範な教会での使用実績などが挙げられる。
イスラームのクルアーンはムハンマドの死後比較的早期に文字化・編纂されたが、ハディース(預言者の言行録)の正典化には数世紀を要した。ヒンドゥー教ではシュルティ(shruti、天啓)とスムリティ(smriti、伝承)という権威の二層構造が存在する。仏教の三蔵(Tripitaka)は数次の結集(けつじゅう)を経て成立した。このように、正典化の過程は宗教伝統ごとに大きく異なる。
象徴(symbol)¶
Key Concept: 象徴(symbol) 直接には知覚・表現できない宗教的実在を間接的に指し示すもの。記号(sign)とは異なり、指し示す対象に「参与」する点に特徴がある。
宗教的象徴は、感覚的に知覚可能な対象を通じて、超越的・不可視な宗教的実在を指し示し、それへの参与を可能にする。パウル・ティリッヒ(Paul Tillich, 1886-1965)の象徴論は、この問題を最も体系的に論じたものの一つである。
ティリッヒは象徴(symbol)と記号(sign)を明確に区別した。両者はともに「自己を超えた何かを指し示す」が、決定的な違いは、象徴がそれの指し示す対象の実在に参与する(participate)のに対し、記号はそうではないという点にある。たとえば、交通信号の赤は「止まれ」を指し示す記号であるが、赤色と停止行為の間に内的な結びつきはない。これに対して、十字架というキリスト教の象徴は、キリストの受難と贖罪という実在に参与し、信者をその実在との関係の中に引き入れる。
ティリッヒによれば、象徴は「通常は隠されており他のいかなる方法でも把握できない実在の層を開示する」機能を持つ。宗教的象徴は超越的次元と内在的次元の双方を開き、人間を「存在の根底(ground of Being)」すなわちティリッヒのいう聖なる深みへの参与に導く。象徴は意図的に作り出されるのではなく、歴史的・心理的・社会的過程の中で「成長し」、その機能を失えば「死ぬ」ものであるとティリッヒは論じた。
具体的な宗教的象徴の例としては、キリスト教の十字架、イスラームの三日月と星、ユダヤ教のダビデの星、仏教の法輪、ヒンドゥー教のオームなどがある。これらはいずれも、単なる識別のための標章を超えて、各宗教の核心的信仰内容に参与する象徴として機能している。
教祖(founder)¶
宗教の成立において、特定の創始者・開祖の存在は重要な役割を果たすことが多い。ただし、すべての宗教が明確な教祖を持つわけではなく、これは後述する「創唱宗教」と「自然宗教」の区分と密接に関わる。
教祖の問題を社会学的に分析する際に不可欠なのが、マックス・ウェーバー(Max Weber, 1864-1920)のカリスマ(Charisma)概念である。ウェーバーは正当的支配の三類型として、伝統的支配、合法的支配、カリスマ的支配を区別した。カリスマ的支配とは、指導者の超日常的な資質——神からの啓示を受ける能力、奇跡を行う力、圧倒的な人格的魅力——に基づく支配である。仏陀、イエス、ムハンマドといった宗教的創始者は、いずれもこのカリスマ的権威の担い手として理解できる。
しかしカリスマ的支配は本質的に不安定である。それは指導者個人の資質に依存するため、その人物の死によって直ちに危機に直面する。ウェーバーはこの問題をカリスマの日常化(Veralltäglichung des Charisma / routinization of charisma)として概念化した。
カリスマの日常化とは、カリスマ的指導者の死後、その権威が組織的・制度的な形態へと転換される過程である。教祖のカリスマは教義(ドグマ)、聖典、儀礼的制度、聖職者の位階制度、後継者選定のルール(世襲・選挙・秘跡的継承など)に移し替えられる。キリスト教における使徒継承、イスラームにおけるカリフ制とイマーム制の分岐、仏教における僧伽(サンガ)の制度化は、いずれもカリスマの日常化の具体的事例である。
信者共同体(community)¶
宗教は個人の内面的体験にとどまらず、共同体を形成する。信者共同体の形態は宗教伝統によって大きく異なる。
キリスト教における教会(ekklesia / church)は、初期の家の教会から中世の制度的教会(ローマ・カトリック教会の教皇を頂点とする階層構造)、宗教改革以後のプロテスタント諸教派まで、多様な形態をとってきた。エルンスト・トレルチ(Ernst Troeltsch, 1865-1923)は「教会型」と「セクト型」という二類型を提示し、教会型が社会全体を包摂する制度的組織であるのに対し、セクト型は自発的参加に基づく少数者の結社であるとした。
イスラームにおけるウンマ(umma)は、信仰に基づく共同体であり、民族・言語・地域の差異を超えた普遍的連帯を理念とする。仏教における僧伽(サンガ, sangha)は、出家修行者の共同体を中核とし、在家信者がこれを支える構造を基本とする。
回心(conversion)¶
Key Concept: 回心(conversion) 個人がある宗教的立場から別の宗教的立場へ、あるいは非宗教的状態から宗教的状態へ移行する経験・過程。突発的な体験として生じる場合と、漸進的な過程として進行する場合がある。
回心は、宗教への入信や信仰の根本的転換を指す。ウィリアム・ジェイムズ(William James, 1842-1910)は『宗教的経験の諸相』(The Varieties of Religious Experience, 1902)において、回心を「それまで分裂し、意識的に誤っていると感じ、劣等であり不幸であった自己が、宗教的実在をしっかりと把握した結果、統一され、意識的に正しく、優れ、幸福になる」過程として記述した。ジェイムズは回心を、漸進的に進行するタイプと突発的に生じるタイプの二種に区分した。
現代の回心研究において標準的な参照枠組みとなっているのが、ルイス・R・ランボー(Lewis R. Rambo)の段階モデルである。ランボーは『回心を理解する』(Understanding Religious Conversion, 1993)において、回心を7段階の過程として分析した。
- 文脈(context): 回心が生じる社会的・文化的・宗教的環境
- 危機(crisis): 既存の意味体系を揺るがす出来事やストレス
- 探求(quest): 新たな意味・目的・帰属先を能動的に探し求める段階
- 遭遇(encounter): 新たな宗教集団やその教えとの出会い
- 交流(interaction): 宗教集団との関係形成と宗教的実践への参加
- 献身(commitment): 新たな信仰への決定的なコミットメント
- 帰結(consequences): 回心後の思想・行動・人間関係の変容
ランボーは、この過程がキリスト教、イスラーム、仏教といった異なる宗教伝統間で根本的な差異はなく、共通の構造を持つと論じた。このモデルは30年以上を経た現在も回心研究の基本的枠組みとして参照されている。
宗教の分類体系¶
宗教の多様性を理解するためには、何らかの分類枠組みが必要である。ただし、あらゆる分類は特定の視点に基づく理念型であり、個々の宗教の実態を完全には捉えきれないことを予め認識しておく必要がある。
神観念による分類¶
最も基本的な分類軸の一つが、神(超越的存在)に対する態度による区分である。
| 類型 | 定義 | 主な例 |
|---|---|---|
| 一神教(monotheism) | 唯一の神の存在を信じる | ユダヤ教、キリスト教、イスラーム |
| 多神教(polytheism) | 複数の神の存在を信じる | 古代ギリシア宗教、ヒンドゥー教(一面)、神道 |
| 汎神論(pantheism) | 神と世界(自然)を同一視する | ストア哲学、スピノザの哲学、一部のヒンドゥー教 |
| 単一神教(henotheism) | 多くの神の存在を認めつつ一つの神のみを崇拝する | 初期ヴェーダ宗教、マックス・ミュラーの造語 |
| 非神論的宗教 | 人格的な神を中心に置かない | 上座部仏教、ジャイナ教 |
ただし、この分類には多くの困難が伴う。たとえば、ヒンドゥー教は数千の神々を認める多神教的側面を持つと同時に、ブラフマン(梵)を究極的実在とする一元論的・一神教的側面をも持つ。キリスト教の三位一体論は厳密な一神教の枠内にあるのか、イスラームの観点からはしばしば疑問が呈される。このように、一つの宗教が複数の類型にまたがることは珍しくない。
創唱宗教と自然宗教¶
Key Concept: 創唱宗教(founded religion) 特定の教祖が明確な教義・実践体系を創始した宗教。仏教(ゴータマ・ブッダ)、キリスト教(イエス)、イスラーム(ムハンマド)などがこれに該当する。
Key Concept: 自然宗教(natural religion) 特定の教祖によらず、民族の歴史的・文化的過程の中で自然発生的に形成された宗教。ヒンドゥー教、神道、古代ギリシア宗教などがその例である。
この区分は、宗教の成立様式に着目したものである。創唱宗教は、教祖のカリスマ的権威に基づいて成立し、明確な教義体系と入信の契機を持つ。自然宗教は、特定の始まりを持たず、民族の生活・文化と不可分に結びついている。
ただし、この二分法も厳密には適用困難な場合がある。ユダヤ教にはモーセという指導者がいるが、ユダヤ教全体をモーセの「創唱」と見なすことは適切ではない。ヒンドゥー教は自然宗教に分類されるが、その内部にはシャンカラ(Shankara)やラーマーヌジャ(Ramanuja)といった特定の思想家による学派が存在する。
世界宗教と民族宗教¶
Key Concept: 世界宗教(Weltreligion) 特定の民族・地域を超えて普遍的な伝播を志向し、実際に広域に拡大した宗教。キリスト教、イスラーム、仏教が「三大世界宗教」とされる。
「世界宗教(Weltreligion)」という概念は、19世紀のドイツ宗教学に由来する。世界宗教は、特定の民族の枠を超えた普遍的な教えを説き、布教活動によって広域に伝播する。対して民族宗教(ethnic religion / Volksreligion)は、特定の民族や地域の文化に密着し、原則として当該民族に限定される。ユダヤ教、ヒンドゥー教、神道はこの類型に分類されることが多い。
しかし、この区分にも問題がある。第一に、「世界宗教」に数えられるのが通常キリスト教・イスラーム・仏教の三つであるという慣行自体が、欧米中心的な視座に基づくとの批判がある。ヒンドゥー教は約12億の信者を擁し地理的にも南アジアを超えた広がりを持つが、伝統的に「世界宗教」には分類されない。第二に、ユダヤ教は民族宗教に分類されるが、キリスト教とイスラームという二つの世界宗教の母体であり、その思想的影響は普遍的である。第三に、民族宗教/世界宗教の二分法は価値序列を暗示しがちであり、「普遍的=高級」「民族的=未発展」という含意を持つ危険がある。
このため、現代の宗教学ではこの区分は便宜的なものとして用いるにとどめ、個々の宗教の具体的特徴に即した記述が重視される傾向にある。
ニニアン・スマートの七次元モデル¶
Key Concept: スマートの七次元(seven dimensions of religion) ニニアン・スマートが提唱した、宗教を七つの次元の複合体として分析する枠組み。宗教を単一の本質によって定義するのではなく、複数の構成次元の組み合わせとして理解する多元的アプローチを取る。
ニニアン・スマート(Ninian Smart, 1927-2001)は、宗教を定義するのではなく記述するための枠組みとして、七次元モデルを提唱した。このモデルは、宗教という現象に共通して認められる要素を七つの次元に整理したものであり、各宗教においてこれらの次元の比重は異なるが、ほぼすべての宗教に何らかの形で存在するとされる。
| 次元 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 1. 実践的・儀礼的次元(practical/ritual) | 礼拝、祈り、瞑想、巡礼などの宗教的実践 | 五行(イスラーム)、ミサ(キリスト教) |
| 2. 経験的・感情的次元(experiential/emotional) | 聖なるものとの出会い、回心、神秘体験 | 悟り(仏教)、聖霊体験(ペンテコステ派) |
| 3. 物語的・神話的次元(narrative/mythic) | 聖なる物語、教祖の伝記、救済史 | 『創世記』、仏伝(ジャータカ) |
| 4. 教理的・哲学的次元(doctrinal/philosophical) | 体系化された教義、神学、哲学的省察 | 三位一体論、四諦八正道 |
| 5. 倫理的・律法的次元(ethical/legal) | 行動規範、道徳律、宗教法 | 十戒、シャリーア、五戒 |
| 6. 社会的・制度的次元(social/institutional) | 宗教組織、聖職者制度、信者共同体の構造 | 教皇制、ウンマ、僧伽 |
| 7. 物質的・芸術的次元(material/artistic) | 宗教建築、美術、聖地、聖なる自然物 | 大聖堂、モスク、仏像、聖山 |
スマートのモデルの利点は、特定の宗教観(とりわけ一神教的な教義中心の見方)に偏らずに、多様な宗教現象を記述・比較できる点にある。たとえば、教理的次元が高度に発達したキリスト教神学と、実践的・物質的次元が卓越した神道を、同じ枠組みの中で対等に分析できる。また、特定の次元を持たない宗教を「未発達」と見なすのではなく、各宗教の構造的特徴を把握する手がかりとして用いることができる。
graph TD
subgraph "スマートの七次元モデル"
R["宗教現象"]
D1["1. 実践的・儀礼的"]
D2["2. 経験的・感情的"]
D3["3. 物語的・神話的"]
D4["4. 教理的・哲学的"]
D5["5. 倫理的・律法的"]
D6["6. 社会的・制度的"]
D7["7. 物質的・芸術的"]
R --- D1
R --- D2
R --- D3
R --- D4
R --- D5
R --- D6
R --- D7
end
宗教の地理的分布と信者数¶
現代世界における宗教の分布は、歴史的な伝播過程と地政学的条件の産物である。以下は2020年代時点の概数である。
| 宗教 | 推定信者数 | 世界人口比 | 主な分布地域 |
|---|---|---|---|
| キリスト教 | 約24億人 | 約31% | ヨーロッパ、南北アメリカ、サハラ以南アフリカ、オセアニア |
| イスラーム | 約20億人 | 約25% | 中東・北アフリカ、南アジア、東南アジア、中央アジア |
| ヒンドゥー教 | 約12億人 | 約15% | インド、ネパール |
| 仏教 | 約5億人 | 約7% | 東アジア、東南アジア |
| 民間信仰 | 約4億人 | 約5% | 中国、アフリカ等 |
| 無宗教/無神論 | 約12億人 | 約16% | 東アジア、ヨーロッパ |
(出典: Pew Research Center等の調査に基づく概数)
成長率においては、イスラームが2010年から2020年にかけて最も急速に拡大しており、2050年にはキリスト教とほぼ同規模(約28-29億人)に達するとの予測がある。この成長は主に出生率の高さによるものであり、南アジア・サハラ以南アフリカにおける人口増加と密接に関連している。
なお、これらの統計には方法論的な問題が伴う。「信者」の定義が宗教によって異なること(自己申告か、登録制か、出生による自動帰属か)、複数の宗教的実践を同時に行う文化(日本、中国等)への対応が困難であること、世俗化の進行により「名目的信者」と「実践的信者」の乖離が大きいことなどが主要な課題である。
graph LR
subgraph "宗教分類の主要な軸"
A["神観念による分類"] --> A1["一神教"]
A --> A2["多神教"]
A --> A3["非神論的宗教"]
B["成立様式による分類"] --> B1["創唱宗教"]
B --> B2["自然宗教"]
C["伝播範囲による分類"] --> C1["世界宗教"]
C --> C2["民族宗教"]
end
まとめ¶
- 宗教は神話・儀礼・教典・象徴・教祖・共同体・回心という複数の構成要素から成る複合的現象であり、これらの要素は相互に連関している。
- 神話は聖なる物語として宗教的世界観の基盤を提供し、儀礼はその神話を行為として反復・体現する。教典は口伝から文字化・正典化を経て成立し、信仰と実践の規範的基盤となる。
- ティリッヒの象徴論は、象徴が記号と異なり指示対象に「参与」するという点を明らかにした。ウェーバーのカリスマの日常化論は、教祖の死後における宗教組織の制度化過程を説明する。
- 宗教の分類は、神観念(一神教/多神教)、成立様式(創唱/自然)、伝播範囲(世界/民族)など複数の軸によって行われるが、いずれも限界を伴う理念型的区分である。
- スマートの七次元モデルは、宗教を定義するのではなく記述するための多元的枠組みとして、比較宗教学の有力な分析ツールとなっている。
- 次のセクション(Section 5「宗教学の方法論」)では、これらの要素や分類を分析するために宗教学が用いる具体的な方法論——現象学的方法、比較方法、フィールドワーク等——を検討する。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 神話 | myth / mythos | 宗教において語られる聖なる物語。世界の起源や神々の行為を語り、宗教的世界観の基盤となる |
| 宇宙起源論 | cosmogony | 世界・宇宙の起源と創造を語る神話・理論 |
| 永遠回帰 | eternal return | エリアーデの概念。儀礼を通じて神話的原初の時間に回帰すること |
| 儀礼 | ritual | 定型化された宗教的行為の体系。聖なるものとの接触や社会的変化を目的とする |
| 通過儀礼 | rite of passage | 社会的地位・状態の移行に伴う儀礼。分離・過渡・統合の三段階構造を持つ |
| リミナリティ | liminality | ターナーの概念。通過儀礼の過渡段階における曖昧で構造外の状態 |
| コムニタス | communitas | ターナーの概念。リミナリティにおいて出現する平等で直接的な共同性 |
| 供犠 | sacrifice | 神的存在への奉献行為。犠牲者・奉献者・方法・動機等の要素から構成される |
| 教典/聖典 | scripture | 宗教共同体において規範的権威を持つテクスト群 |
| 正典化 | canonization | 多数のテクストから権威あるものを選定・確定する過程 |
| 象徴 | symbol | 超越的な宗教的実在を間接的に指し示し、それに参与するもの |
| カリスマの日常化 | routinization of charisma | ウェーバーの概念。カリスマ的指導者の権威が制度的形態に転換される過程 |
| 回心 | conversion | 宗教的立場の根本的転換。漸進型と突発型がある |
| 一神教 | monotheism | 唯一の神の存在を信じる宗教的立場 |
| 多神教 | polytheism | 複数の神の存在を信じる宗教的立場 |
| 単一神教 | henotheism | 多神を認めつつ一神のみを崇拝する立場。ミュラーの造語 |
| 創唱宗教 | founded religion | 特定の教祖によって創始された宗教 |
| 自然宗教 | natural religion | 特定の教祖によらず自然発生的に形成された宗教 |
| 世界宗教 | Weltreligion | 民族を超えて普遍的に伝播した宗教 |
| 民族宗教 | ethnic religion | 特定の民族・地域に限定される宗教 |
| 七次元モデル | seven dimensions of religion | スマートが提唱した宗教の多元的記述枠組み |
確認問題¶
Q1: ファン・ヘネップの通過儀礼の三段階(分離・過渡・統合)について、それぞれの段階の内容を説明し、具体的な通過儀礼の例(成人式、結婚式等)に即してその構造を分析せよ。
A1: 第一段階の分離(séparation)は、個人がそれまでの社会的地位から象徴的に切り離される段階である。第二段階の過渡(marge / limen)は、旧来の地位を離れたが新たな地位にまだ到達していない中間的・曖昧な状態であり、ターナーはこれをリミナリティと名づけた。第三段階の統合(agrégation)は、新たな地位への編入が完了する段階である。たとえば成人式においては、子どもとしての日常から引き離され(分離)、試練や修行を経て子どもでも大人でもない曖昧な状態に置かれ(過渡)、成人として共同体に迎え入れられる(統合)。結婚式においても、未婚の状態からの分離、婚姻儀礼という過渡期を経て、既婚者としての新たな社会的地位に統合される構造が認められる。
Q2: 「世界宗教」と「民族宗教」の区分について、その基準を説明したうえで、この分類がはらむ問題点を三つ以上挙げよ。
A2: 世界宗教は特定の民族を超えて普遍的な教えを説き、布教活動によって広域に伝播した宗教を指し、キリスト教・イスラーム・仏教がその典型とされる。民族宗教は特定の民族・地域の文化に密着し、原則としてその民族に限定される宗教である。問題点としては、(1) 世界宗教に含まれる三宗教の選定が欧米中心的な視座に基づいており、12億の信者を擁するヒンドゥー教が含まれない、(2) ユダヤ教は民族宗教に分類されるが、キリスト教・イスラームの母体としてその思想的影響は普遍的である、(3) 世界宗教/民族宗教の二分法は「普遍的=高級、民族的=未発展」という価値序列を暗示する危険がある、(4) グローバル化により民族宗教がディアスポラとともに世界各地に拡散している現実と合致しない、といった点が挙げられる。
Q3: ニニアン・スマートの七次元モデルの内容を列挙し、このモデルが宗教学的分析においてどのような利点を持つかを説明せよ。
A3: スマートの七次元とは、(1) 実践的・儀礼的次元、(2) 経験的・感情的次元、(3) 物語的・神話的次元、(4) 教理的・哲学的次元、(5) 倫理的・律法的次元、(6) 社会的・制度的次元、(7) 物質的・芸術的次元である。このモデルの利点は、第一に、宗教を単一の本質(教義や神信仰など)によって定義するのではなく、複数の構成次元の組み合わせとして記述するため、非神論的宗教や教義体系の弱い宗教も公平に扱える点にある。第二に、各宗教における七次元の比重の違いを通じて、宗教間の構造的差異を体系的に比較分析できる。第三に、特定の宗教観(とりわけ一神教的・教義中心的な見方)に偏らない、記述的で多元的な枠組みを提供する。
Q4: ウェーバーの「カリスマの日常化」概念を説明し、具体的な宗教伝統における事例を二つ以上挙げて論ぜよ。
A4: カリスマの日常化とは、カリスマ的指導者(教祖)の個人的資質に基づく権威が、その死後に組織的・制度的な形態へと転換される過程を指すウェーバーの概念である。カリスマ的支配は指導者個人に依存するため本質的に不安定であり、持続のためには制度化が不可避となる。キリスト教では、イエスの死後、使徒たちによる初期教会の形成を経て、使徒継承(apostolic succession)の教理に基づく司教制度が確立され、教祖のカリスマが聖職者の位階制度に移し替えられた。イスラームでは、ムハンマドの死後、後継者問題をめぐってカリフ制(スンナ派)とイマーム制(シーア派)に分岐し、それぞれ異なる形でカリスマの制度的継承が図られた。仏教では、ブッダの入滅後、僧伽(サンガ)が戒律に基づく自治的組織として制度化され、結集(けつじゅう)を通じて教えの権威が聖典に移された。
Q5: ティリッヒの象徴論において、象徴(symbol)と記号(sign)はどのように区別されるか。具体的な宗教的象徴の例を挙げて説明せよ。
A5: ティリッヒによれば、象徴と記号はともに「自己を超えた何かを指し示す」という点で共通するが、決定的な違いは、象徴がそれの指し示す対象の実在に「参与する(participate)」のに対し、記号はそうではないという点にある。記号は指示対象との間に恣意的・外在的な関係しか持たない(たとえば交通信号の赤と停止行為)。これに対して宗教的象徴は、指し示す実在との内的・有機的な結びつきを持ち、通常は隠されている実在の層を開示する機能を果たす。たとえばキリスト教の十字架は、単にキリスト教を識別するための標章(記号)ではなく、キリストの受難と贖罪の出来事に参与し、信者をその救済的意味の中に引き入れる象徴である。象徴は意図的に作り出されるのではなく歴史的・社会的過程の中で「成長」し、機能を失えば「死ぬ」ものであるとティリッヒは論じた。