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Module 2-1 - Section 1: 聖書学の基礎と古代イスラエル宗教史

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-1: ユダヤ教
前提セクション なし
想定学習時間 3時間

導入

ユダヤ教を理解するためには、その聖典であるヘブライ語聖書(タナハ)の構造と成立過程、およびそこに記された古代イスラエルの宗教史を把握することが不可欠である。本セクションでは、タナハの三部構成を概観した上で、近代聖書学の中核をなす文書仮説を紹介し、さらに族長時代から第二神殿期に至る古代イスラエル宗教の通史を辿る。これにより、後続セクションで扱うラビ・ユダヤ教や中世ユダヤ思想の前提となる歴史的・文献的基盤を確立する。


ヘブライ語聖書(タナハ)の構成

Key Concept: タナハ(Tanakh) ヘブライ語聖書の総称。Torah(律法)、Nevi'im(預言者)、Ketuvim(諸書)の頭文字を組み合わせた略称であり、全24巻から構成される。キリスト教の「旧約聖書」とは書物の配列・分類が異なる。

タナハは以下の三部から構成される。

トーラー(Torah / 律法)

Key Concept: トーラー(Torah) モーセ五書とも呼ばれる。創世記(Bereshit)・出エジプト記(Shemot)・レビ記(Vayikra)・民数記(Bamidbar)・申命記(Devarim)の5巻からなり、タナハの中で最も高い権威を有する。ユダヤ教の伝統では、神がシナイ山でモーセに授けたものとされる。

トーラーは世界創造から始まり、族長の物語、エジプトでの奴隷状態からの解放、シナイでの律法授与、荒野の放浪を経て、モーセの死に至る壮大な物語を含む。同時に、儀礼規定・倫理規範・法的規定が物語の中に織り込まれており、単なる歴史叙述ではなく、共同体の生活を規定する法典としての性格を強く持つ。ユダヤ教の典礼では、トーラーの巻物(セーフェル・トーラー)を1年間で通読するサイクルが確立されており、その聖性は他の二部を凌駕する。

ネヴィイーム(Nevi'im / 預言者)

ネヴィイームは「前の預言者」(Nevi'im Rishonim)と「後の預言者」(Nevi'im Acharonim)に二分される。

前の預言者は、ヨシュア記・士師記・サムエル記・列王記の4巻(サムエル記と列王記はそれぞれ上下に分かれるが、ヘブライ語聖書では各1巻と数える)からなり、カナン定着からバビロン捕囚までの歴史を叙述する。これらはいわゆる「歴史書」であるが、ユダヤの伝統では預言者に分類される。

後の預言者は、イザヤ書・エレミヤ書・エゼキエル書の三大預言書と、ホセア書からマラキ書までの12の小預言書(「十二小預言者」として1巻にまとめられる)からなる。預言者たちは神の言葉を民に伝える仲介者として、社会正義の要求や偶像崇拝への批判、将来の審判と回復の預言を語った。

ケトゥヴィーム(Ketuvim / 諸書)

ケトゥヴィームは最も多様なジャンルを含む部分であり、11巻から構成される。詩篇(Tehillim)は祈りと賛美の詩集、箴言(Mishlei)は知恵文学の集成、ヨブ記(Iyyov)は義人の苦難という神義論的問題を扱う。雅歌・ルツ記・哀歌・コヘレト(伝道の書)・エステル記の「五巻物」(ハメシュ・メギロット / Hamesh Megillot)はそれぞれ特定の祭日に朗読される。ダニエル書は黙示文学的要素を持ち、エズラ・ネヘミヤ記と歴代誌はバビロン捕囚後の共同体再建を記録する。

タナハの正典化は段階的に進行した。トーラーが最も早く前5世紀頃に権威を確立し、ネヴィイームは前2世紀頃までに正典的地位を得た。ケトゥヴィームの確定は最も遅く、いくつかの書物(雅歌、コヘレト等)の正典性をめぐる議論がヤヴネ会議(後70年以降)まで続いたとされる。


聖書学の方法――文書仮説

文書仮説の概要

Key Concept: 文書仮説(Documentary Hypothesis) モーセ五書(トーラー)が単一の著者によるものではなく、異なる時代・背景を持つ複数の文書資料が編集・統合されて成立したとする仮説。主にJ(ヤハウィスト)・E(エロヒスト)・D(申命記史家)・P(祭司資料)の4つの資料が想定される。

モーセ五書には、同一の出来事について異なる記述が並行して存在する(例えば、創世記には2つの天地創造物語がある)、神の呼称が「ヤハウェ」と「エロヒーム」で使い分けられている、文体や神学的関心に明確な違いがある、といった現象が認められる。これらの現象を説明するために提唱されたのが文書仮説である。

四資料の特徴

資料 略称 推定時期 神の呼称 主な特徴
ヤハウィスト J 前10〜9世紀(南王国ユダ) ヤハウェ(YHWH) 人間的な神の描写、物語的・生き生きとした文体
エロヒスト E 前9〜8世紀(北王国イスラエル) エロヒーム(Elohim) 神と人間の距離を強調、夢や天使を介した啓示
申命記史家 D 前7世紀(ヨシヤ王の宗教改革期) ヤハウェ 契約神学、中央聖所(エルサレム)への礼拝集中
祭司資料 P 前6〜5世紀(捕囚期〜捕囚後) エロヒーム(後にヤハウェ) 系図・年代記・祭儀規定、体系的・定式的な文体

ヴェルハウゼンの古典的定式化

ユリウス・ヴェルハウゼン(Julius Wellhausen, 1844-1918)は、1878年の著作『イスラエル史序説』(Prolegomena zur Geschichte Israels)において、それまでの先行研究を統合し、JEDP四資料の年代的序列と相互関係を体系化した。ヴェルハウゼンの主要な貢献は、P資料(祭司資料)をモーセ五書の中で最も新しい層と位置づけた点にある。これにより、イスラエル宗教は素朴な自然宗教から律法主義的な祭司宗教へと発展したという進化論的図式が提示された。この定式化は19世紀末から20世紀後半に至るまで、旧約聖書学の通説的地位を占めた。

現代の修正と批判

20世紀後半以降、文書仮説には多方面から修正・批判が加えられている。1970年代にジョン・ヴァン・セテルス(John Van Seters)、ハンス・ハインリヒ・シュミート(Hans Heinrich Schmid)、ロルフ・レントルフ(Rolf Rendtorff)らが、J資料の年代をバビロン捕囚期以降に引き下げるべきだと主張した。これにより、JとEを独立した古い資料として区別する古典的図式は大きく揺らいだ。

現在の聖書学では、D資料とP資料の存在については広く認められているものの、JとEの分離や年代設定については見解が分かれる。補充仮説(Supplementary Hypothesis)や断片仮説(Fragmentary Hypothesis)など代替的な成立モデルも提案されており、モーセ五書の成立過程についての議論は今なお活発に続いている。


古代イスラエル宗教史

族長時代

聖書は、アブラハム・イサク・ヤコブの三代にわたる族長の物語を伝える。アブラハムはメソポタミアのウルを出発し、神の召命に従ってカナンの地へ移住した。この伝承の歴史的核について学問的見解は分かれるが、前2千年紀の半遊牧民の生活様式を反映しているとする見方が一般的である。

Key Concept: 契約(ベリート / berith) 神と人間(あるいは民)との間に結ばれる関係の枠組み。古代イスラエルの宗教において最も中核的な概念の一つであり、アブラハム契約、シナイ契約、ダビデ契約など複数の契約伝承が存在する。近東の宗主権条約(suzerainty treaty)との類似性が指摘されている。

族長伝承における宗教の特徴として、神は「アブラハムの神」「イサクの畏れ」「ヤコブの力強き者」といった個人的関係で呼ばれ、後代のような制度化された祭儀は見られない。これは「族長の神」(God of the Fathers)と呼ばれる宗教類型に属するとされる。

出エジプトとシナイ契約

出エジプトの出来事は、イスラエル民族のアイデンティティ形成における決定的な原体験である。モーセに率いられた民はエジプトの奴隷状態から解放され、シナイ山(ホレブ山)において神ヤハウェと契約を結んだ。十戒(アセレト・ハディブロート / Aseret ha-Dibrot)はこの契約の中核を構成する。

シナイ契約は、古代近東の宗主権条約の形式を借用しているとする分析がある。すなわち、宗主(ヤハウェ)が歴史的行為(エジプトからの解放)を根拠に臣下(イスラエル)に忠誠を要求し、祝福と呪いの条項を伴うという構造である。この契約神学は、イスラエル宗教を周辺の多神教世界から区別する重要な要素となった。

カナン定着と士師の時代

ヨシュア記は軍事的征服によるカナン定着を描くが、士師記やその他の資料は漸次的な浸透を示唆しており、実際の定着過程は複合的であったと考えられている。士師(ショーフェーティーム / Shofetim)は常設の王ではなく、危機に際して立てられたカリスマ的指導者であった。

この時期、イスラエルはカナンの先住民の宗教と接触し、バアル崇拝やアシェラ崇拝との混淆が問題となった。士師記の「背教→圧迫→叫び→救済」という循環的図式は、申命記史家の歴史神学を反映している。

統一王国:サウル・ダビデ・ソロモン

前11世紀末、ペリシテ人の軍事的脅威を背景として、イスラエルは王制を導入した。初代の王サウルに続き、ダビデ(在位:前1000年頃〜前961年頃)はエルサレムを征服して首都とし、12部族を統一した。ダビデ王朝には永続的な王権が約束されるという「ダビデ契約」の伝承が形成され、後のメシア思想の源流となった。

ソロモン(在位:前961年頃〜前922年頃)はエルサレムに壮麗な第一神殿を建設し、王国の行政機構と官僚制を整備した。しかし、大規模な建設事業と徴税・賦役は北部諸部族の不満を招き、ソロモンの死後、王国は北のイスラエル王国(10部族)と南のユダ王国(ユダ族・ベニヤミン族)に分裂した(前922年頃)。

王国分裂と預言者運動

分裂後、北王国イスラエルと南王国ユダはそれぞれ独自の歴史を歩んだ。この時代に台頭した預言者(ナーヴィー / navi)たちは、イスラエル宗教の展開において決定的な役割を果たした。

アモス(前8世紀中頃、北王国で活動)は、社会正義の要求を鮮烈に語った最初期の預言者である。富裕層の贅沢と貧者の搾取を弾劾し、形式的な祭儀ではなく公正と正義をヤハウェは求めると宣言した。

イザヤ(前8世紀後半、南王国で活動)は、ヤハウェの聖性(カドーシュ / qadosh)を強調し、アッシリア帝国の脅威の中で信仰による対応を説いた。ダビデ王朝への信頼に基づく「シオン神学」もイザヤの特徴である。

エレミヤ(前7世紀末〜前6世紀前半)は、バビロニアによるエルサレム陥落という破局の時代に活動した。彼は神殿の存在それ自体が民を守るという「神殿神学」を批判し、律法が心に記される「新しい契約」(エレミヤ31:31-34)を預言した。

Key Concept: 選民思想(chosenness) ヤハウェがイスラエルを諸国民の中から特別に選んだとする観念。申命記7:6-8等に明確に表現される。選びは特権のみならず、律法遵守の義務と審判の厳しさを伴うものとして理解される(アモス3:2)。

バビロン捕囚(前586年)

前586年(一説に前587年)、新バビロニア帝国のネブカドネザル2世がエルサレムを征服し、第一神殿を破壊した。ユダの指導層はバビロンに連行され、いわゆるバビロン捕囚が始まった。これに先立ち、前597年にも第一次捕囚が行われている。

バビロン捕囚は、イスラエル宗教にとって最大の神学的危機であった。「ヤハウェの民がヤハウェの土地を失い、ヤハウェの神殿が破壊された」という事態は、契約神学の根本的な再検討を迫るものであった。この危機の中で、以下の重要な神学的転換が生じた。

  1. 唯一神論の明確化: 第二イザヤ(イザヤ書40-55章)は、ヤハウェが単にイスラエルの神であるだけでなく、全世界を創造した唯一の神であると明確に宣言した(イザヤ45:5-7)。これは、従来の拝一神教(monolatry)から厳密な一神教(monotheism)への移行を示す。
  2. 律法の中心化: 神殿と土地を失った状況下で、律法(トーラー)が共同体のアイデンティティの核として再定位された。安息日の遵守や割礼といった実践が、土地に依存しない宗教的標識として重要性を増した。
  3. 歴史の神学的解釈: 捕囚は自民族の罪に対するヤハウェの正当な裁きであるとする解釈が確立された。申命記史家はこの視点から、士師記から列王記に至る歴史を編纂した。

第二神殿時代

前538年、ペルシア帝国のキュロス2世がバビロニアを征服し、捕囚民の帰還を許可した(キュロスの勅令)。帰還した民は前515年に第二神殿を再建した。前5世紀後半にはエズラ(Ezra)がバビロンから帰還し、トーラーを公に朗読して民に受諾させるという「律法改革」を実施した。この出来事は、トーラーが成文律法として共同体の中心に据えられた画期として理解される。

ヘレニズム期(前332年以降)には、アレクサンドロス大王の東方遠征以降、ギリシア文化がパレスチナにも浸透した。セレウコス朝のアンティオコス4世エピファネスがエルサレム神殿を汚し、ユダヤ教の実践を禁じたことに対して、マカバイ家(ハスモン家)が武装蜂起した(マカバイ戦争、前167〜前142年)。この反乱の成功により、ハスモン朝による独立ユダヤ国家が一時的に成立した。

第二神殿期のユダヤ教諸派

前2世紀頃から、ユダヤ教内部に複数の派閥が形成された。

ファリサイ派(Perushim)は、成文トーラーに加えて「口伝トーラー」(Torah she-be'al peh)の権威を認め、トーラーを日常生活に適用する解釈伝統を発展させた。死者の復活、天使の存在、来世における報いと罰を信じた。庶民に広い支持基盤を持ち、後70年の神殿破壊後にラビ・ユダヤ教の母体となった。

サドカイ派(Tseduqim)は、祭司貴族層を中心とする勢力であり、神殿祭儀の運営を担った。成文トーラーのみを権威として認め、口伝律法を拒否した。死者の復活や天使の存在を否定した。神殿破壊と共にその存在基盤を失い、消滅した。

エッセネ派(Issiyim)は、エルサレム神殿の祭司層の堕落に反発して荒野に退き、厳格な共同生活を営んだ。1947年に発見された死海文書(Dead Sea Scrolls)はクムラン共同体との関連が指摘されており、エッセネ派の実態を知る上で貴重な資料となっている。独自の暦法、浄化の儀式、終末論的世界観を特徴とする。

このほか、ローマ支配に対する武装抵抗を志向した熱心党(Zealots / Qanna'im)も存在し、後66年のユダヤ戦争の推進勢力となった。

timeline
    title 古代イスラエル宗教史
    section 族長時代
        前2000年頃〜 : アブラハム・イサク・ヤコブ
    section 出エジプトとシナイ
        前13世紀頃 : モーセ、シナイ契約、十戒
    section カナン定着・士師時代
        前12〜11世紀 : ヨシュア、士師たち
    section 統一王国
        前1020〜922年頃 : サウル、ダビデ、ソロモン : エルサレム神殿建設
    section 王国分裂
        前922年頃 : 北イスラエル / 南ユダ : 預言者運動(アモス、イザヤ)
    section 捕囚と回復
        前722年 : 北王国滅亡(アッシリア)
        前586年 : 南王国滅亡、バビロン捕囚
        前538年 : キュロスの勅令、帰還開始
        前515年 : 第二神殿再建
    section 第二神殿時代
        前5世紀 : エズラの律法改革
        前332年〜 : ヘレニズム期
        前167〜142年 : マカバイ戦争
        前2〜1世紀 : ファリサイ派・サドカイ派・エッセネ派
        後70年 : 神殿破壊

まとめ

  • タナハはトーラー・ネヴィイーム・ケトゥヴィームの三部24巻から構成され、正典化は段階的に進行した。トーラーが最も高い権威を持つ。
  • 文書仮説は、モーセ五書がJ・E・D・Pの4資料から編纂されたとする仮説であり、ヴェルハウゼンにより体系化された。現代ではD・Pの存在は広く認められるが、J・Eについては議論が続いている。
  • 古代イスラエルの宗教は、族長時代の個人的な神との関係から、シナイ契約を経て、神殿祭儀と預言者運動という二つの軸を中心に展開した。
  • バビロン捕囚は最大の神学的危機であり、唯一神論の明確化・律法の中心化・歴史の神学的解釈という三つの転換をもたらした。
  • 第二神殿時代には、ファリサイ派・サドカイ派・エッセネ派など多様な宗教的立場が併存し、後70年の神殿破壊を経てファリサイ派の伝統がラビ・ユダヤ教へと継承された。
  • 次のセクションでは、このラビ・ユダヤ教の形成過程とその思想的特質を扱う。

用語集(Glossary)

用語 英語・ヘブライ語表記 定義
タナハ Tanakh ヘブライ語聖書の総称。Torah・Nevi'im・Ketuvimの頭文字による略称
トーラー Torah モーセ五書。ユダヤ教聖典の中で最も高い権威を持つ
ネヴィイーム Nevi'im 預言者の書。前の預言者(歴史書)と後の預言者(預言書)に二分される
ケトゥヴィーム Ketuvim 諸書。詩篇・箴言・ヨブ記など多様なジャンルを含む
文書仮説 Documentary Hypothesis モーセ五書がJ・E・D・Pの4資料から編纂されたとする仮説
ヤハウィスト Jahwist (J) 神をヤハウェの名で呼ぶ資料。人間的な神の描写が特徴
エロヒスト Elohist (E) 神をエロヒームの名で呼ぶ資料。神と人間の距離を強調
申命記史家 Deuteronomist (D) 申命記および前の預言者の編纂に関わる文学的・神学的伝統
祭司資料 Priestly source (P) 祭儀規定・系図・年代記を特徴とする資料
契約 berith / covenant 神と民の間の関係の枠組み。イスラエル宗教の中核概念
選民思想 chosenness ヤハウェがイスラエルを特別に選んだとする観念
ファリサイ派 Perushim / Pharisees 口伝トーラーの権威を認め、ラビ・ユダヤ教の母体となった派
サドカイ派 Tseduqim / Sadducees 祭司貴族層中心の派。成文トーラーのみを権威として認めた
エッセネ派 Issiyim / Essenes 荒野で共同生活を営んだ禁欲的な派。死海文書との関連が指摘される
バビロン捕囚 Babylonian Exile 前586年以降、ユダの指導層がバビロンに連行された出来事
十戒 Aseret ha-Dibrot / Ten Commandments シナイ契約の中核をなす10の規範

確認問題

Q1: タナハの三部構成(トーラー・ネヴィイーム・ケトゥヴィーム)について、それぞれの内容的特徴と正典化の時期の違いを説明せよ。

A1: トーラー(律法)はモーセ五書からなり、物語と法的規定が一体化した構成を持つ。最も早く前5世紀頃に正典的地位を確立した。ネヴィイーム(預言者)は歴史叙述(前の預言者)と預言的言説(後の預言者)からなり、前2世紀頃までに正典化された。ケトゥヴィーム(諸書)は詩篇・知恵文学・黙示文学など最も多様なジャンルを含み、正典化が最も遅く、一部の書物の正典性は後1世紀末まで議論された。

Q2: 文書仮説におけるJ・E・D・Pの4資料について、それぞれの推定成立時期と神学的特徴を比較せよ。また、この仮説に対する現代の批判の要点を述べよ。

A2: Jは前10〜9世紀の南王国に由来し、人間的な神の描写を特徴とする。Eは前9〜8世紀の北王国に由来し、神と人間の距離を強調する。Dは前7世紀の宗教改革期に由来し、契約神学と礼拝の中央集権化を説く。Pは捕囚期〜捕囚後に由来し、系図・祭儀規定を体系的に記述する。現代の批判としては、1970年代以降にJの年代が捕囚期以降に引き下げられ、JとEの独立した資料としての区別が疑問視されている。D・Pの存在は広く認められるが、モーセ五書の成立モデルとしては補充仮説や断片仮説も提案されている。

Q3: バビロン捕囚がイスラエル宗教に与えた神学的影響を3点挙げ、それぞれの意義を説明せよ。

A3: 第一に、唯一神論の明確化がある。第二イザヤは、ヤハウェが全世界の唯一の創造神であると宣言し、拝一神教から厳密な一神教への転換が生じた。第二に、律法の中心化がある。神殿と土地を失った状況で、トーラーが共同体のアイデンティティの核となり、安息日遵守や割礼が土地非依存の宗教的標識として重要性を増した。第三に、歴史の神学的解釈がある。捕囚は自民族の罪に対するヤハウェの正当な裁きであるとする解釈が確立され、申命記史家はこの視点から歴史を編纂した。

Q4: 第二神殿時代のファリサイ派・サドカイ派・エッセネ派の宗教的立場の違いを、律法解釈の権威・終末論・社会的基盤の観点から比較せよ。

A4: ファリサイ派は成文トーラーに加えて口伝トーラーの権威を認め、死者の復活や来世を信じ、庶民に広い支持基盤を持った。サドカイ派は成文トーラーのみを権威とし、口伝律法・死者の復活・天使の存在を否定し、祭司貴族層を基盤とした。エッセネ派はエルサレム神殿の祭司層の堕落を批判して荒野に退き、独自の暦法と浄化の儀式を伴う厳格な共同生活を営み、強い終末論的世界観を持った。後70年の神殿破壊後、神殿に依存したサドカイ派は消滅し、孤立的なエッセネ派も存続せず、庶民に根付いたファリサイ派の伝統のみがラビ・ユダヤ教として継承された。