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Module 2-1 - Section 2: ラビ・ユダヤ教の形成と中世ユダヤ教

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-1: ユダヤ教
前提セクション Section 1
想定学習時間 3時間

導入

Section 1で扱った古代イスラエル宗教は、紀元70年のエルサレム神殿崩壊を境に根本的な転換を迎える。祭祀と神殿を中心とした宗教体制が物理的に消滅したことで、ユダヤ教はその存続をかけた再編を余儀なくされた。この再編を主導したのがファリサイ派の系譜を引くラビたちであり、彼らが構築した律法学習と会堂(シナゴーグ)を中心とする宗教体系が「ラビ・ユダヤ教」(Rabbinic Judaism)である。

本セクションでは、ラビ・ユダヤ教の成立過程、その知的基盤であるミシュナとタルムード、法的・物語的伝統の二側面(ハラハーとアッガーダー)、中世における哲学的展開、そしてカバラー神秘主義の形成と展開を扱う。これらの主題は、現代ユダヤ教の諸派がその正統性の根拠とする伝統の核心部分にあたる。


ラビ・ユダヤ教の成立

神殿崩壊と宗教的転換

紀元66年に勃発したユダヤ戦争は、70年のローマ軍によるエルサレム第二神殿の破壊で終結した。この事件は単なる軍事的敗北にとどまらず、ユダヤ教の宗教構造全体を根底から変容させた。神殿はユダヤ教の祭祀(犠牲の供物)の唯一の場であり、祭司階級(サドカイ派)はその運営を通じて宗教的権威を保持していた。神殿の喪失により、サドカイ派は存在基盤を失って歴史から消滅し、同様に神殿と密接に結びついていたエッセネ派も姿を消した。

Key Concept: ラビ・ユダヤ教(Rabbinic Judaism) 紀元70年の神殿崩壊後、ファリサイ派の伝統を継承するラビ(律法学者)たちが構築した、律法の学習・解釈と会堂での礼拝を中心とするユダヤ教の形態。現代ユダヤ教の主要な諸派(正統派・保守派・改革派)はすべてこの伝統に起源を持つ。

ヤヴネのアカデミー

神殿崩壊に先立ち、ラビ・ヨハナン・ベン・ザッカイ(Rabban Yohanan ben Zakkai)はローマ軍の包囲下のエルサレムを脱出し、地中海沿岸の町ヤヴネ(Yavneh / Jamnia)にトーラー学習の拠点を確立したと伝えられる。ヤヴネでは最高議会サンヘドリン(Sanhedrin)が再組織され、以下の重要な決定がなされた。

  • 正典の確定: タナハを構成する書物の範囲についての議論(いわゆる「ヤヴネ会議」。ただし、正典確定が一回の会議で決定されたとする見解は近年の研究で修正されている)
  • 礼拝の再編: 神殿祭祀に代わる祈りの体系化(シュモネー・エスレー / 十八祝福の制定)
  • 律法学習の制度化: トーラー学習を宗教生活の中心に据える体制の確立

この過程で、ラビは単なる律法の教師から宗教的・社会的権威の担い手へと変容した。ラビの権威は祭司のような血統ではなく、律法の学識に基づくものであった点が重要である。ヤヴネの後、学問の中心地はガリラヤ地方のウシャ、そしてティベリアスへと移動した。


ミシュナとタルムード

口伝律法の概念

ラビ・ユダヤ教の根幹には、神がシナイ山でモーセに成文律法(Written Torah)とともに口伝律法(Oral Torah / Torah she-be'al peh)を授けたという信念がある。成文律法がトーラー五書に記されたテクストであるのに対し、口伝律法は師から弟子へと口頭で伝承されてきた解釈・補足・適用の体系である。

Key Concept: 口伝律法(Oral Torah / Torah she-be'al peh) 成文律法(トーラー五書)と対をなす、口頭で伝承されてきた律法解釈の伝統。ラビ・ユダヤ教はこれをシナイでの啓示に遡る権威あるものと位置づける。その文書化がミシュナであり、さらにその注釈がタルムードとなった。

この口伝律法の概念は、成文律法の文言だけでは日常生活の具体的状況に対処しきれないという実際的必要から発展した。例えば、トーラーは安息日に「仕事をしてはならない」と命じるが、何が「仕事」に該当するかは成文律法には明示されていない。こうした具体的規定を口伝律法が補完する。

ミシュナの編纂

紀元200年頃、ユダ・ハナシー(Rabbi Judah ha-Nasi / Judah the Prince)の主導のもと、口伝律法が体系的に文書化された。これがミシュナ(Mishnah、「繰り返し」「学び」の意)である。

Key Concept: ミシュナ(Mishnah) 紀元200年頃にラビ・ユダ・ハナシーが編纂した口伝律法の法典。六部門(セダリーム)・63篇(マセホート)から構成され、タルムードの基盤テクストとなった。

ミシュナは以下の六部門(シッシャー・セダリーム / Six Orders)から構成される。

部門名 ヘブライ語 主な内容
種子 ゼライーム(Zeraim) 農業法規、祈祷
季節 モエード(Moed) 安息日、祝祭日
婦人 ナシーム(Nashim) 婚姻、離婚
損害 ネジキーン(Nezikin) 民法、刑法、倫理
聖物 コダシーム(Kodashim) 犠牲の供物、神殿
清浄 トホロート(Tohorot) 祭儀的清浄と不浄

ミシュナの特徴的な編纂方法として、少数意見を多数意見とともに記録した点が挙げられる。これにより、後の世代が法的議論を再検討する余地が残された。

ゲマラとタルムードの形成

ミシュナの完成後、パレスティナとバビロニアの学院(イェシヴァ)で数世紀にわたってミシュナへの注釈・議論が蓄積された。この注釈部分をゲマラ(Gemara、「完成」の意)と呼ぶ。ミシュナとゲマラを合わせた全体がタルムード(Talmud、「学習」の意)である。

graph TD
    A["成文律法<br/>Written Torah"] --> B["口伝律法<br/>Oral Torah"]
    B --> C["ミシュナ<br/>Mishnah<br/>約200年 編纂"]
    C --> D["エルサレム・タルムード<br/>Talmud Yerushalmi<br/>4世紀末"]
    C --> E["バビロニア・タルムード<br/>Talmud Bavli<br/>5-6世紀"]
    C --- F["ゲマラ<br/>Gemara<br/>ミシュナへの注釈"]
    F --> D
    F --> E

Key Concept: タルムード(Talmud) ミシュナ(法典テクスト)とゲマラ(注釈・議論)を合わせたユダヤ教の中心的文献。エルサレム・タルムード(4世紀末成立)とバビロニア・タルムード(5〜6世紀成立)の二種が存在し、後者がユダヤ法の最高権威とされる。

エルサレム・タルムード(Talmud Yerushalmi / パレスティナ・タルムード)はガリラヤの学院で4世紀末頃に結集された。ローマ帝国のキリスト教化に伴うパレスティナのユダヤ人共同体の衰退により、編纂は不完全なまま終了した。

バビロニア・タルムード(Talmud Bavli)はメソポタミアの学院(特にスラ、プンベディタ)で5世紀末から6世紀にかけて最終的な形態を整えた。エルサレム・タルムードの約3倍の分量を持ち、より体系的かつ詳細な議論を含む。後世のユダヤ法学において標準的権威とされるのはバビロニア・タルムードである。

タルムードのテクストは、法的議論にとどまらず、医学的知識、天文学、民間伝承、逸話、倫理的教訓などを広範に含む百科全書的な性格を持つ。


ハラハーとアッガーダー

タルムードを含むラビ文献の内容は、大きく二つの範疇に分類される。

ハラハー

Key Concept: ハラハー(Halakhah) 「歩き方」を原義とするユダヤ法の総体。トーラーの戒律を日常生活に適用する具体的規定であり、成文律法・口伝律法・ラビの判定・慣習から構成される。食事規定(カシュルート)、安息日の遵守、婚姻・離婚の手続きなど、ユダヤ人の生活全般を律する。

ハラハーは単なる法規の集成ではなく、法的推論(セヴァラー)と議論の方法論を含む動的な体系である。ラビたちは聖書テクストの解釈規則(ミッドート)を発展させ、ヒレルの七規則、ラビ・イシュマエルの十三規則などの解釈方法論を確立した。タルムードにおける法的議論は、異なるラビの見解を対置し、論拠を検討するという弁証法的形式をとる。最終的な法的決定は多数意見に従うが、少数意見も記録される。

アッガーダー

Key Concept: アッガーダー(Aggadah) 「語り」を意味し、ハラハー(法規)以外のラビ文献の総称。聖書の物語的拡張、寓話、倫理的教訓、歴史的伝承、神学的省察を含む。タルムード全体の約3割を占める。

アッガーダーは法的拘束力を持たないが、ユダヤ教の信仰・倫理・世界観の形成に決定的な影響を与えた。聖書の登場人物の性格描写を拡張し、テクストの空白を埋め、倫理的・神学的命題を物語の形で伝達する。

ミドラシュ

Key Concept: ミドラシュ(Midrash) 「探求する」を語源とするユダヤ教固有の聖書解釈方法、およびその解釈を収録した文献群。法的解釈(ミドラシュ・ハラハー)と物語的解釈(ミドラシュ・アッガーダー)の両方を含む。

ミドラシュは聖書テクストの詳細な読解に基づく解釈であり、テクストの矛盾や冗長さ、省略に注目し、そこから法的規定や倫理的教訓を引き出す。代表的なミドラシュ文献として、律法書への法的注釈であるメヒルタ(出エジプト記)、シフラ(レビ記)、シフレ(民数記・申命記)、物語的注釈であるベレシート・ラッバー(創世記ラッバー)などがある。


中世ユダヤ教の哲学

サアディア・ガオン

サアディア・ベン・ヨセフ(Saadia ben Joseph, 882-942)は、バビロニアのスラ学院のガオン(学院長)であり、中世ユダヤ哲学の創始者と位置づけられる。主著『信仰と意見の書』(Emunot ve-Deot / Kitab al-Amanat wa-al-I'tiqadat, 933年完成)は、ユダヤ教の教義を体系的・哲学的に論証した最初の著作である。

サアディアはイスラーム神学(特にムウタズィラ派カラーム)の方法論を採用しつつ、以下の認識論的枠組みを提示した。知識の源泉として (1) 感覚知覚、(2) 理性の自明な認識、(3) 論理的推論、(4) 信頼できる伝承(啓示)の四つを挙げ、理性と啓示は矛盾しないと主張した。同書はまた、カライ派(Karaites)——口伝律法を否認し成文律法のみを認める立場——への反駁という実際的動機も有していた。

マイモニデス

モーシェ・ベン・マイモン(Moses ben Maimon / Maimonides / ラムバム Rambam, 1138-1204)は、中世ユダヤ教最大の思想家であり、法学者・哲学者・医師として活動した。コルドバ(スペイン)に生まれ、ムワッヒド朝の迫害を逃れてエジプトに定住し、アイユーブ朝の宮廷医を務めた。

主要な業績は以下の三つに大別される。

1. 『ミシュネー・トーラー』(Mishneh Torah, 1180年頃完成): タルムード以来の全ユダヤ法を14巻に体系化した法典。タルムードの議論過程を省略し、最終的な法的決定のみを明確に提示した点で画期的であった。

2. 信仰の十三箇条(Thirteen Principles of Faith): ミシュナ注釈のサンヘドリン篇序論に記された教義的要約。

Key Concept: マイモニデスの信仰の十三箇条(Thirteen Principles of Faith) マイモニデスがユダヤ教信仰の核心として定式化した13の命題。(1) 神の存在、(2) 神の唯一性、(3) 神の非身体性、(4) 神の永遠性、(5) 神のみへの礼拝、(6) 預言の真実性、(7) モーセの預言の卓越性、(8) トーラーの神的起源、(9) トーラーの不変性、(10) 神の全知、(11) 賞罰、(12) メシアの到来、(13) 死者の復活。後にユダヤ教の礼拝に「イグデル」(Yigdal)として組み込まれた。

3. 『迷える者の導き』(Moreh Nevukhim / Guide for the Perplexed, 1190年頃完成): アリストテレス哲学とユダヤ教の教えの統合を試みた哲学的主著。啓示と理性の調和を追求し、聖書の擬人化的表現を哲学的に再解釈した。神の属性の否定神学(神について「何であるか」ではなく「何でないか」のみを語りうるとする立場)、預言論、摂理論などを展開した。この著作はユダヤ教内部で激しい論争(マイモニデス論争)を引き起こし、南フランスのラビたちが哲学的研究を禁じる布告を出す事態にまで至った。


カバラー神秘主義

カバラーの概要

カバラー(Kabbalah、「受け取ること」「伝承」の意)は、ユダヤ教の神秘主義的・秘教的伝統の総称である。その思想的源流は古代の「マアセー・ベレシート」(創造の業)と「マアセー・メルカヴァー」(神の戦車の業)に遡るが、体系的な神秘思想として展開したのは12〜13世紀の南フランスおよびスペインにおいてである。

ゾーハルの書

Key Concept: ゾーハル(Sefer ha-Zohar) カバラーの最も重要な文献で「光輝の書」を意味する。表面上は2世紀のラビ・シモン・バル・ヨハイとその弟子たちの議論という体裁をとるが、実際には13世紀後半にスペインのカスティーリャ地方でモーセ・デ・レオン(Moses de Leon, 1240頃-1305)が著した(あるいは編纂した)と考えられている。

ゾーハルはアラム語で書かれたトーラー注釈の形式をとり、神の内的生命、宇宙の構造、人間の魂、悪の起源、救済の過程などについて象徴的・寓意的に論じる。その中心的概念がセフィロトである。

セフィロトの体系

Key Concept: セフィロト(Sefirot) 「数えること」を語源とする、神(アイン・ソフ / Ein Sof「無限」)から流出する十の神的属性・力。隠れた神が世界と関わる際の十の側面であり、これらの相互関係が神の内的生命のダイナミクスを構成する。

十のセフィロトは以下の通りである。

番号 名称 意味 性質
1 ケテル(Keter) 王冠 神の意志の根源
2 ホフマー(Hokhmah) 知恵 創造の最初の閃き
3 ビナー(Binah) 理解 知恵の展開・分化
4 ヘセド(Hesed) 慈愛 無制限の恩恵
5 ゲヴラー(Gevurah) 厳格 制限・審判
6 ティフェレト(Tiferet) 慈愛と厳格の調和
7 ネツァハ(Netzah) 永遠 能動的力
8 ホド(Hod) 栄光 受容的力
9 イェソド(Yesod) 基盤 上位と下位の結合
10 マルフート(Malkhut) 王国 神の顕現・シェキナー

セフィロトは「生命の樹」(Etz Hayyim)と呼ばれる図式に配置され、相互に22の「小径」(パス)で結ばれる。この構造は神の内的生命のダイナミックな相互作用を表現するとともに、人間の宗教的実践(戒律の遵行、祈り、瞑想)がセフィロトの世界に影響を与えうるという神秘主義的実践論の基盤となった。

ルリア派カバラー

16世紀、ガリラヤ地方のサフェド(Safed / Tzfat)はカバラー研究の中心地となった。ここで活動したイサク・ルリア(Isaac Luria / 通称アリー Ha-Ari, 1534-1572)は、カバラー思想を根本的に再構成した。ルリア自身はほとんど著作を残さず、その思想は弟子ハイム・ヴィタル(Hayyim Vital)の著作『生命の樹』(Etz Hayyim)を通じて伝えられている。

Key Concept: ツィムツーム(Tzimtzum) ルリア派カバラーの中心概念。創造に先立ち、無限なる神(アイン・ソフ)が自らを「収縮」(後退)させ、神ならざる空間を生み出したとする教説。なぜ無限の神から有限の世界が生じうるかという根本問題に対する神秘主義的回答である。

ルリア派の宇宙論は以下の三段階で構成される。

  1. ツィムツーム(収縮): アイン・ソフが自らを収縮させ、空虚な空間(テヒル)を生じさせる。この空間に神の光が流入し、創造が開始される。
  2. シェヴィラト・ハケリーム(器の破壊): 神の光を受け止める「器」(ケリーム)が光の強さに耐えられず破壊される。神聖な火花(ニツォツォト)が物質世界に散逸し、悪(クリポート / 殻)の中に閉じ込められる。
  3. ティクーン(修復): 散逸した火花を回収し、宇宙の調和を回復する過程。人間の宗教的実践(戒律の遵行、祈り、倫理的行為)がこの修復に直接寄与する。

この神話的体系は、悪の起源を説明し、ディアスポラ(離散)の中にあるユダヤ人の苦難に宗教的意味を付与するとともに、個々人の宗教的実践に宇宙的意義を与えた。

カバラーの歴史的影響

ルリア派カバラーの思想は、17世紀のサバタイ・ツヴィ(Sabbatai Zevi, 1626-1676)運動に理論的基盤を提供した。サバタイ・ツヴィは自らをメシアと宣言し、オスマン帝国のユダヤ人を中心に広範な信奉者を獲得したが、1666年にイスラームへの改宗を余儀なくされ、運動は崩壊した。この偽メシア事件はユダヤ教世界に深い衝撃を与えた。

18世紀には、東欧においてイスラエル・ベン・エリエゼル(バアル・シェム・トーヴ / Baal Shem Tov, 1700頃-1760)がハシディズム(Hasidism)運動を創始した。ハシディズムはカバラー思想を大衆化し、学問的エリート主義に対して、喜び(シムハー)・熱狂的祈り・ツァディク(義人・指導者)への帰依を通じた神との合一を説いた。ハシディズムは東欧ユダヤ教を二分する大きな運動となり、反対派(ミトナグディーム / ヴィリナ・ガオン率いる)との激しい論争を引き起こした。


まとめ

  • 紀元70年の神殿崩壊は、祭祀中心の宗教から律法学習・会堂中心のラビ・ユダヤ教への転換を促した
  • ミシュナ(約200年)の編纂により口伝律法が文書化され、その注釈であるゲマラとともにタルムード(エルサレム・タルムード: 4世紀末、バビロニア・タルムード: 5〜6世紀)が形成された
  • ラビ文献はハラハー(法規)とアッガーダー(物語・教訓)の二範疇から構成され、ミドラシュはその聖書解釈方法論である
  • 中世ユダヤ哲学はサアディア・ガオンに始まり、マイモニデスがアリストテレス哲学との統合を試みて頂点に達した
  • カバラー神秘主義はゾーハル(13世紀)を経てルリア派カバラー(16世紀)で体系化され、ツィムツーム・シェヴィラ・ティクーンの宇宙論を展開した。その影響はサバタイ・ツヴィ運動やハシディズムにまで及ぶ
  • 次セクションでは、近現代のユダヤ教の展開——啓蒙(ハスカラー)と宗教改革、諸派の分化、シオニズムとホロコーストを扱う

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
ラビ・ユダヤ教 Rabbinic Judaism 神殿崩壊後にファリサイ派の伝統を継承するラビが構築した、律法学習中心のユダヤ教
口伝律法 Oral Torah 成文律法と対をなす、口頭伝承されてきた律法解釈の伝統
ミシュナ Mishnah ラビ・ユダ・ハナシーが約200年に編纂した口伝律法の法典(六部門・63篇)
ゲマラ Gemara ミシュナに対する注釈・議論の集成
タルムード Talmud ミシュナとゲマラの総体。エルサレム版とバビロニア版がある
ハラハー Halakhah ユダヤ法の総体。「歩き方」が原義
アッガーダー Aggadah ラビ文献中の非法規的部分(物語、寓話、倫理的教訓等)
ミドラシュ Midrash ユダヤ教の聖書解釈方法およびその文献群
サアディア・ガオン Saadia Gaon 中世ユダヤ哲学の創始者(882-942)。『信仰と意見の書』の著者
マイモニデス Maimonides / Rambam 中世最大のユダヤ教思想家(1138-1204)。『迷える者の導き』の著者
信仰の十三箇条 Thirteen Principles of Faith マイモニデスが定式化したユダヤ教の教義的要約
カバラー Kabbalah ユダヤ教の神秘主義的伝統の総称
ゾーハル Sefer ha-Zohar カバラーの中心的文献。13世紀後半にモーセ・デ・レオンが著したとされる
セフィロト Sefirot 神から流出する十の属性。カバラーの中心概念
ツィムツーム Tzimtzum ルリア派カバラーの概念。創造に先立つ神の「収縮」
ティクーン Tikkun ルリア派カバラーの概念。宇宙の修復・回復
ハシディズム Hasidism 18世紀にバアル・シェム・トーヴが創始したユダヤ教の大衆的神秘主義運動

確認問題

Q1: 紀元70年の神殿崩壊がユダヤ教の宗教構造に与えた影響を、サドカイ派の消滅とラビの権威の台頭という観点から説明せよ。 A1: 神殿崩壊により、祭祀(犠牲の供物)を執行する唯一の場が失われた。サドカイ派は神殿祭儀の運営を通じて宗教的権威を保持していたため、神殿とともに存在基盤を喪失し消滅した。これに代わり、神殿に依存しない律法の学習・解釈を宗教生活の中心に据えるファリサイ派の系譜を引くラビたちが台頭した。ラビの権威は祭司のような血統ではなく律法の学識に基づくものであり、ヤヴネのアカデミーを拠点として祈りの体系化や律法学習の制度化を推進した。

Q2: タルムードの構造を説明し、エルサレム・タルムードとバビロニア・タルムードの成立事情と地位の違いを述べよ。 A2: タルムードは、ラビ・ユダ・ハナシーが約200年に編纂した口伝律法の法典であるミシュナと、それに対する数世紀にわたる注釈・議論の集成であるゲマラから構成される。エルサレム・タルムードはガリラヤの学院で4世紀末頃に結集されたが、ローマ帝国のキリスト教化に伴うパレスティナのユダヤ人共同体の衰退により、編纂は不完全なまま終了した。バビロニア・タルムードはメソポタミアの学院で5〜6世紀に完成し、エルサレム版の約3倍の分量を持ち、より体系的・詳細な議論を含む。後世のユダヤ法学においてはバビロニア・タルムードが標準的権威とされる。

Q3: マイモニデスの哲学的業績における「理性と啓示の調和」の試みについて、『迷える者の導き』の内容に即して説明せよ。 A3: マイモニデスは『迷える者の導き』(1190年頃完成)において、アリストテレス哲学とユダヤ教の教えの統合を追求した。聖書の擬人化的表現(神の「手」「怒り」など)を文字通りではなく哲学的比喩として再解釈し、神の属性については否定神学(神について「何であるか」ではなく「何でないか」のみを語りうる)の立場を採った。理性による哲学的探究と啓示に基づく信仰はともに真理に至る道であり矛盾しないと主張したが、この立場はユダヤ教内部で激しい論争(マイモニデス論争)を引き起こした。

Q4: ルリア派カバラーの宇宙論を構成する三段階(ツィムツーム、シェヴィラト・ハケリーム、ティクーン)の各概念を説明し、それがディアスポラにおけるユダヤ人の宗教的実践にどのような意義を付与したかを論じよ。 A4: ツィムツームは、無限の神(アイン・ソフ)が自らを収縮させ、創造のための空間を生じさせたとする概念である。シェヴィラト・ハケリーム(器の破壊)は、神の光を受け止める器が破壊され、神聖な火花が物質世界に散逸して悪の殻(クリポート)に閉じ込められたとする教説である。ティクーン(修復)は、散逸した火花を回収し宇宙の調和を回復する過程であり、人間の宗教的実践(戒律の遵行、祈り、倫理的行為)がこの修復に直接寄与するとされる。この体系は、ディアスポラのユダヤ人の苦難に宇宙論的意味を付与し(火花の散逸と離散の対応)、個々人の日常的な宗教実践に宇宙的救済への参与という意義を与えた。

Q5: ハラハーとアッガーダーの違いを、タルムードにおけるそれぞれの役割に即して説明せよ。 A5: ハラハーは「歩き方」を原義とするユダヤ法の体系であり、トーラーの戒律を日常生活に適用する具体的な法的規定を扱う。タルムードにおいてハラハーは、異なるラビの法的見解を対置して論拠を検討する弁証法的議論の形式をとり、最終的な法的決定を導出する。一方、アッガーダーは「語り」を意味し、法規以外の内容——物語、寓話、倫理的教訓、歴史的伝承、神学的省察——の総称であり、タルムード全体の約3割を占める。アッガーダーは法的拘束力を持たないが、ユダヤ教の信仰・倫理・世界観の形成に寄与し、聖書テクストの空白を物語的に補完する役割を果たした。