Module 2-2 - Section 1: 新約聖書学と初期キリスト教¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-2: キリスト教 |
| 前提セクション | なし |
| 想定学習時間 | 4時間 |
導入¶
キリスト教は1世紀パレスティナに生まれた一ユダヤ教セクトから、4世紀にはローマ帝国の国教となるまでに拡大した。この展開を理解するには、その基盤となる新約聖書の成立過程と、教義が定式化されていった初期数世紀の歴史を把握する必要がある。本セクションでは、新約聖書の文書構成と成立事情、パウロ神学の核心、ヨハネ文書の独自性、使徒教父からグノーシス主義との対抗を経た正典形成、そしてニカイア・カルケドンの公会議による教義確定までを扱う。
新約聖書の構成と成立¶
新約聖書は全27文書からなり、すべて1世紀半ばから2世紀初頭にかけてギリシア語(コイネー・ギリシア語)で記された。その内容は大きく4つのカテゴリーに分類される。
| カテゴリー | 文書 | 概要 |
|---|---|---|
| 福音書 | マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ | イエスの生涯・教え・受難・復活の記述 |
| 歴史書 | 使徒行伝 | イエス昇天後の初代教会の宣教活動 |
| 書簡 | パウロ書簡(13通)、公同書簡(8通)、ヘブライ書 | 各教会・個人への神学的教導と勧告 |
| 黙示文学 | ヨハネの黙示録 | 終末論的ヴィジョン |
共観福音書問題(Synoptic Problem)¶
Key Concept: 共観福音書問題(Synoptic Problem) マタイ・マルコ・ルカの三福音書が高度に類似した内容・構成・表現を共有する事実から生じる文献学的問題。三者の文学的依存関係を解明することが課題となる。
マタイ、マルコ、ルカの三福音書は「共観福音書」(Synoptic Gospels)と呼ばれる。共通する記事が多く、しばしば語句レベルで一致する一方、それぞれに固有の素材も含む。この類似と相違をどう説明するかが共観福音書問題である。
現在最も広く支持される解決仮説は二資料仮説(Two-Source Hypothesis)である。この仮説は以下の二点を骨子とする。
- マルコ優先説: マルコ福音書が最も早く成立し(65年頃)、マタイとルカはそれぞれ独立にマルコを資料として用いた。
- Q資料仮説: マタイとルカに共通するがマルコに存在しない素材(主にイエスの語録)は、現存しない共通資料「Q」(ドイツ語 Quelle = 「資料」に由来)に遡る。
Key Concept: Q資料(Q Source / Quelle) マタイとルカに共通するがマルコに含まれないイエスの言葉を収録したと推定される仮説的資料。現物は未発見だが、二資料仮説の中核をなす。
福音書の成立年代については、マルコが65-70年頃、マタイが70-85年頃、ルカが80-95年頃、ヨハネが90-100年頃とするのが通説的見解である。
パウロの神学¶
使徒パウロ(Paulus, 活動期: 30年代後半-60年代前半)は、新約聖書中13通の書簡の名義人であり、キリスト教神学の基礎を築いた人物である。
パウロ書簡の真正性問題¶
近代の高等批評(Höhere Kritik)以降、13通のパウロ書簡すべてがパウロ自身の手になるかについて議論が続いている。現在の学術的コンセンサスは以下の通りである。
| 分類 | 書簡 | 備考 |
|---|---|---|
| 真正書簡(7通) | ローマ、コリント一・二、ガラテヤ、フィリピ、テサロニケ一、フィレモン | パウロ自身の執筆であることに学界の広い合意がある |
| 第二パウロ書簡(疑書簡) | エフェソ、コロサイ、テサロニケ二 | パウロの弟子による執筆とする見方が有力 |
| 牧会書簡 | テモテ一・二、テトス | 語彙・文体・神学的内容からパウロ死後の成立とみなされる |
真正7書簡は50年代に集中して執筆されており、新約聖書中最も早い文書群に属する。
信仰義認論(Justification by Faith)¶
Key Concept: 信仰義認(Justification by Faith / δικαίωσις) 人間は律法の行い(works of the law)によってではなく、イエス・キリストへの信仰(pistis Christou)を通じて神の前に義とされるというパウロ神学の中核教説。ローマ書3:21-26、ガラテヤ書2:16が主要典拠。
パウロはファリサイ派ユダヤ教徒としてモーセ律法(トーラー)の厳格な遵守のもとで生きてきたが、ダマスコ途上での回心体験を経て、人間の義認(神との正しい関係)は律法の遵守によるのではなく、キリストへの信仰によるという確信に至った。この教説の核心は、人間の側の功績ではなく神の恩恵(charis / gratia)が救済の根拠であるという点にある。
なお、「pistis Christou」の解釈については「キリストへの信仰」(目的格的属格)と読むか、「キリストの信実」(主格的属格)と読むかで議論が分かれており、現在も決着を見ていない。
キリスト論: ケノーシス(自己無化)¶
Key Concept: ケノーシス(Kenosis / κένωσις) フィリピ書2:6-7に基づくキリスト論の概念。キリストが神と等しい身分でありながら「自らを空にして」(heauton ekenōsen)僕の姿をとり、人間と同じ者となったことを指す。受肉の神学的意味を表現する中心的術語。
フィリピ書2:6-11は「キリスト讃歌」(Carmen Christi)と呼ばれ、パウロ以前から初代教会で用いられていた礼拝詩を引用したものとされる。ここでは、先在するキリストが神の身分(morphē theou)にあったにもかかわらず、自らを無にして(ekenōsen)僕の姿をとり、十字架の死に至るまで従順であったこと、そしてその故に神がキリストを高く上げ「主」(Kyrios)の名を与えたことが歌われる。
パウロの神学において、十字架(stauros)は人間の罪の贖い(atonement)であると同時に、復活(anastasis)は新しい創造の始まりとして位置づけられる。この「十字架と復活」の弁証法がパウロ神学の構造的特徴である。
ユダヤ教との関係¶
パウロはユダヤ教から断絶したのではなく、ユダヤ教の内部からその再解釈を試みた。「律法からの自由」とは律法の廃棄ではなく、律法による義認の不可能性の宣言であり、異邦人がユダヤ教の律法遵守なしにキリストを通じて救済に与りうるという主張であった。この立場が異邦人への宣教(ガラテヤ書2章のエルサレム会議の合意)を神学的に基礎づけ、キリスト教がユダヤ教の一分派から普遍的宗教へと展開する決定的な契機となった。
ヨハネ文書¶
ヨハネ福音書の独自性¶
ヨハネ福音書(90-100年頃成立)は共観福音書とは大きく異なる構成と神学的特徴を持つ。共観福音書がイエスの言行を比較的時系列に沿って叙述するのに対し、ヨハネは高度に神学化された叙述を展開する。
ロゴス・キリスト論: ヨハネ福音書の冒頭(1:1-18、「ロゴス讃歌」と呼ばれる)は「初めに言(ロゴス / Logos)があった。言は神と共にあった。言は神であった」という宣言で始まる。ここでの「ロゴス」は、ギリシア哲学(特にストア派やフィロンのロゴス概念)と旧約聖書の「神の言葉」の伝統を架橋する術語であり、先在するキリストが神の言葉そのものであるという高度なキリスト論を表現する。「言は肉となって、わたしたちの間に宿った」(1:14)という受肉(incarnatio)の宣言は、キリスト教神学史上最も重要な命題の一つである。
「わたしはある」(egō eimi)宣言: ヨハネ福音書にはイエスが「わたしは命のパンである」「わたしは世の光である」「わたしはよい羊飼いである」「わたしは道であり、真理であり、命である」等の「わたしは〜である」(egō eimi)宣言を行う場面が繰り返し登場する。特に8:58「アブラハムが生まれる前から、わたしはある」は、出エジプト記3:14でヤハウェが自らを「わたしはある」(ehyeh asher ehyeh)と名乗った場面を直接想起させ、イエスの神性を明示的に主張する。
初期キリスト教の展開¶
使徒教父¶
使徒教父(Apostolic Fathers)とは、新約聖書の著者たちの次の世代にあたる1世紀末から2世紀前半の著作家群を指す。主要な人物は以下の通りである。
- ローマのクレメンス(Clemens Romanus, 活動期: 90年代): 『コリントの信徒への手紙一』を著し、教会の秩序と調和を説いた。ローマ教会の指導的地位を示す最古の文書である。
- アンティオキアのイグナティウス(Ignatius Antiochenus, 殉教: 110年頃): ローマへの護送途中に7通の書簡を残した。教会における監督(episkopos)の権威を強調し、初期のモノエピスコパス制(単独監督制)を証言する。また「カトリケー・エクレーシア」(katholikē ekklēsia / 普遍的教会)という用語を初めて使用した人物とされる。
- スミルナのポリュカルポス(Polycarpus Smyrnaeus, 殉教: 155年頃): 使徒ヨハネの直弟子とされ、『フィリピの信徒への手紙』を残した。その殉教の記録『ポリュカルポスの殉教』は最古の殉教録として知られる。
グノーシス主義との対抗¶
Key Concept: グノーシス主義(Gnosticism / γνῶσις) 2世紀に隆盛した多様な宗教運動の総称。物質世界を劣った創造神(デミウルゴス)の産物とみなし、霊的自己の内にある神的火花が秘密の知識(gnōsis)によって覚醒し、物質的束縛から解放されて真の神のもとへ帰還するという救済論を特徴とする。
グノーシス主義は、キリスト教の用語・物語を借用しつつ、根本的に異なる世界観を提示した。すなわち、旧約聖書の創造神は無知な劣等神であり、物質世界は悪であるとする二元論的宇宙観である。ウァレンティノス派やバシレイデス派など多様な流派が存在した。正統派教会はエイレナイオス(Irenaeus, 130-202年頃)の『異端反駁』(Adversus Haereses)に代表されるように、グノーシス主義を体系的に論駁し、自らの教義的立場を明確化していった。1945年にエジプトのナグ・ハマディで発見されたグノーシス主義文書群は、従来は論敵の記述を通じてのみ知られていたグノーシスの思想を直接伝える資料として画期的な意義を持つ。
正典の形成過程¶
新約聖書の正典(kanōn = 規準)が確定されるまでには長い過程があった。その契機として重要なのがマルキオン(Marcion, 活動期: 140年代)の挑戦である。
マルキオンはパウロ書簡を偏重し、旧約聖書の神と新約の神を別の神であると主張して、独自の「正典」(ルカ福音書の改訂版とパウロ書簡10通のみ)を編纂した。この急進的な選別は、正統派教会に「何が正典に含まれるべきか」を明示的に定義する必要性を突きつけた。
ムラトーリ正典目録(Muratorian Canon / Fragment, 2世紀後半とされる)は、現存する最古の新約聖書正典目録の一つである。ここには四福音書、使徒行伝、パウロ書簡13通、ヨハネの黙示録などが列挙されているが、ヘブライ書やヤコブ書は含まれていない。正典の最終的な確定は、アタナシウスの第39復活祭書簡(367年)やカルタゴ会議(397年)を経て完了した。
timeline
title 初期キリスト教の展開
30年代 : イエスの十字架と復活
: 原始エルサレム教会の成立
50年代 : パウロ書簡の執筆
: 異邦人宣教の本格化
65-100年 : 福音書の成立(マルコ→マタイ・ルカ→ヨハネ)
90-110年 : 使徒教父の活動(クレメンス、イグナティウス)
140年代 : マルキオンの挑戦
: グノーシス主義の隆盛
2世紀後半 : エイレナイオスの異端反駁
: ムラトーリ正典目録
325年 : ニカイア公会議
367年 : アタナシウスの正典目録
381年 : コンスタンティノポリス公会議
397年 : カルタゴ会議(正典確定)
451年 : カルケドン公会議
公会議と教義の確定¶
ニカイア公会議(325年)¶
Key Concept: ニカイア信条(Nicene Creed / Symbolum Nicaenum) 325年の第1ニカイア公会議で採択された信仰告白。キリストが父なる神と「同質」(homoousios)であることを宣言し、アリウス派の従属主義的キリスト論を排斥した。381年のコンスタンティノポリス公会議で増補されたものが「ニカイア・コンスタンティノポリス信条」として今日も広く用いられる。
4世紀初頭、アレクサンドリアの司祭アリウス(Arius, 256-336年)は、子(ロゴス)は父なる神によって創造された被造物であり、「かつて子が存在しなかった時があった」と主張した(アリウス論争)。これに対しアレクサンドリア助祭アタナシウス(Athanasius, 296-373年)らは、子は父と同一本質であると反論した。
コンスタンティヌス帝が招集した第1ニカイア公会議(325年)は、この論争に決着をつけるべく開催された。公会議はアリウス派を異端と断じ、子は父と「同質」(homoousios / ホモウーシオス)であると宣言するニカイア信条を採択した。ただし、「ホモウーシオス」の解釈をめぐる論争はその後も数十年にわたって継続した。
三位一体論の形成過程¶
Key Concept: 三位一体(Trinity / Trinitas) 唯一の神が父(Pater)・子(Filius)・聖霊(Spiritus Sanctus)の三つの位格(hypostasis / persona)において存在するという教義。三位格は同一の本質(ousia / substantia)を共有し、存在論的に平等である。
三位一体論は一朝一夕に定式化されたものではない。カッパドキア三教父――バシレイオス(Basilius Caesariensis, 330-379年)、ナジアンゾスのグレゴリオス(Gregorius Nazianzenus, 329-390年)、ニュッサのグレゴリオス(Gregorius Nyssenus, 335-394年頃)――が「一つの本質(ousia)、三つの位格(hypostasis)」という定式を精緻化した。381年の第1コンスタンティノポリス公会議でこの三位一体論が正統教義として確立され、ニカイア・コンスタンティノポリス信条が採択された。
カルケドン公会議(451年)¶
5世紀に入ると、キリストにおける神性と人性の関係が主要な論争点となった。コンスタンティノポリス総主教ネストリウス(Nestorius, 386-451年)は、キリストにおける神性と人性の分離を強調し、マリアを「神の母」(Theotokos)と呼ぶことに異議を唱えた(ネストリウス論争)。431年のエフェソス公会議はネストリウスを断罪した。
一方、エウテュケス(Eutyches, 380-456年頃)はキリストの人性が神性に吸収されると主張した(単性論)。451年のカルケドン公会議はこの両極端を排し、キリストは「まことに神であり、まことに人である」とし、二つの本性(physeis)が「混合されず、変化されず、分割されず、分離されず」(asynchytōs, atreptōs, adiairetōs, achōristōs)一つの位格(hypostasis)において結合するという「カルケドン定式」を採択した。
| 公会議 | 年 | 主要議題 | 決定事項 |
|---|---|---|---|
| 第1ニカイア | 325 | アリウス論争 | 子は父と同質(homoousios)、ニカイア信条採択 |
| 第1コンスタンティノポリス | 381 | 三位一体論の確立 | 聖霊の神性確認、ニカイア・コンスタンティノポリス信条 |
| エフェソス | 431 | ネストリウス論争 | ネストリウス断罪、マリアはTheotokos |
| カルケドン | 451 | キリストの本性論争 | 二性一人格のカルケドン定式 |
まとめ¶
- 新約聖書は27文書からなり、福音書・使徒行伝・書簡・黙示録の4カテゴリーに分類される。共観福音書問題に対する二資料仮説(マルコ優先説とQ資料仮説)が現在の標準的枠組みである。
- パウロは信仰義認論を中核に据え、律法の行いではなくキリストへの信仰による義認を説いた。フィリピ書のケノーシス讃歌は受肉のキリスト論を凝縮して表現する。
- ヨハネ福音書はロゴス・キリスト論とegō eimi宣言によって、共観福音書とは異なる高度に神学化されたイエス像を提示する。
- 2世紀の教会はグノーシス主義やマルキオンの挑戦に対抗する中で、正典・教義・教職制度の明確化を進めた。
- ニカイア公会議(325年)でキリストの神性が、コンスタンティノポリス公会議(381年)で三位一体が確認され、カルケドン公会議(451年)で二性一人格のキリスト論が定式化された。
- 次のセクションでは、これらの教義的基盤の上に展開する中世キリスト教の神学・制度・霊性を扱う。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語/原語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 共観福音書問題 | Synoptic Problem | マタイ・マルコ・ルカ三福音書間の類似と相違の文献学的問題 |
| Q資料 | Q Source (Quelle) | マタイとルカに共通しマルコにない素材の仮説的原資料 |
| 二資料仮説 | Two-Source Hypothesis | マルコとQをマタイ・ルカの二主要資料とする仮説 |
| 信仰義認 | Justification by Faith | 律法の行いではなく信仰によって神の前に義とされるというパウロの教説 |
| ケノーシス | Kenosis (κένωσις) | キリストが神の身分を保ちつつ自らを空にして人となったこと |
| ロゴス | Logos (λόγος) | ヨハネ福音書冒頭でキリストを指す術語。「言葉」「理性」を意味する |
| グノーシス主義 | Gnosticism (γνῶσις) | 秘密の知識による霊的解放を説く2世紀の宗教運動 |
| ホモウーシオス | Homoousios (ὁμοούσιος) | 「同質」。子が父と同一本質であることを示すニカイア信条の中核用語 |
| 三位一体 | Trinity (Trinitas) | 父・子・聖霊が一つの本質において三つの位格として存在するという教義 |
| ニカイア信条 | Nicene Creed | 325年のニカイア公会議で採択されたキリスト教の基本的信仰告白 |
| カルケドン定式 | Chalcedonian Definition | キリストの二性(神性・人性)が一人格において結合するという定式 |
| 使徒教父 | Apostolic Fathers | 1世紀末-2世紀前半の新約聖書後の最初期キリスト教著作家群 |
| 正典 | Canon (κανών) | 教会が神の啓示として権威を認めた聖書文書の確定的一覧 |
確認問題¶
Q1: 二資料仮説の二つの柱であるマルコ優先説とQ資料仮説の内容をそれぞれ説明し、この仮説が共観福音書間の類似と相違をどのように説明するか述べよ。 A1: マルコ優先説は、マルコ福音書が三共観福音書の中で最も早く成立し、マタイとルカがそれぞれ独立にマルコを資料として利用したとする説である。Q資料仮説は、マタイとルカに共通するがマルコにない素材(主にイエスの語録)が、現存しない共通資料Qに由来するとする説である。この二つを組み合わせると、三福音書の共通素材はマルコとQへの共通依存から説明でき、各福音書の固有素材はそれぞれの独自資料(特殊マタイ資料M、特殊ルカ資料L)として理解される。
Q2: パウロの信仰義認論はユダヤ教の律法観とどのような関係にあるか。「律法からの自由」が律法の廃棄を意味しないとすれば、パウロは何を主張しているのか説明せよ。 A2: パウロは律法そのものを否定したのではなく、律法の遵守によって神の前に義とされる(義認される)ことの不可能性を宣言した。人間の側の行いではなく神の恩恵(カリス)がキリストを通じて与えられることが救済の根拠であり、この立場により、異邦人はユダヤ教の律法体系を遵守せずともキリストへの信仰を通じて救済に与りうるとされた。これがキリスト教のユダヤ教的枠組みからの普遍化の神学的基盤となった。
Q3: ケノーシス(フィリピ書2:6-11)が初期キリスト教のキリスト論においてどのような意義を持つか、「先在」「受肉」「高挙」の三契機に即して説明せよ。 A3: フィリピ書のキリスト讃歌は、まずキリストが受肉以前に「神の身分」にあったという先在を前提とする。次にキリストが「自らを空にして」僕の姿をとり人間となったという受肉(ケノーシス)を述べ、十字架の死に至るまでの従順を記す。最後にその従順の故に神がキリストを高く上げ「主」の名を与えたという高挙を語る。この三契機の構造は、キリストの神性と人性の双方を認めつつ、神の救済行為の核心が自己犠牲的な愛にあることを表現しており、後のキリスト論的議論(ニカイア・カルケドン)の前提となった。
Q4: ニカイア公会議(325年)とカルケドン公会議(451年)でそれぞれ何が争点となり、どのような教義的決定がなされたか。両公会議の決定が相互にどう関連するか説明せよ。 A4: ニカイア公会議の争点は子(キリスト)の神性であり、アリウス派の「子は被造物である」という主張に対し、子は父と「同質(ホモウーシオス)」であるとするニカイア信条が採択された。カルケドン公会議の争点はキリストにおける神性と人性の関係であり、ネストリウス的な分離論と単性論的な吸収論の双方を排して、二つの本性が「混合されず、変化されず、分割されず、分離されず」一つの位格において結合するという定式を採択した。ニカイアでキリストの完全な神性が確認されたことを前提に、カルケドンではその神性と人性がいかに一人格において共存するかが定式化された。両公会議は段階的にキリスト論を精緻化した関係にある。
Q5: マルキオンの挑戦が新約聖書正典の形成にどのような影響を与えたか、その因果関係を説明せよ。 A5: マルキオンは旧約聖書の神と新約の神を別の存在と主張し、パウロ書簡10通と改訂版ルカ福音書のみを「正典」として編纂した。この急進的な聖書選別は、正統派教会に対して「何が権威ある聖書文書であるか」を明示的に定義する必要性を突きつけた。その結果、教会は自らの正典目録(ムラトーリ正典目録など)を作成し、四福音書・使徒行伝・パウロ書簡・公同書簡・黙示録を含む包括的な正典を確定していった。マルキオンの排除主義的な正典概念に対抗する形で、正統派の包括的正典が形成されたのである。