Module 2-4 - Section 1: 原始仏教と部派仏教¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-4: 仏教 |
| 前提セクション | なし |
| 想定学習時間 | 5時間 |
導入¶
仏教は紀元前5世紀頃、北インドにおいてゴータマ・シッダールタ(Gotama Siddhattha)によって開かれた宗教であり、キリスト教・イスラームと並ぶ世界三大宗教の一つである。本セクションでは、仏教の出発点となる開祖の生涯と根本教説を概観した上で、釈迦没後の教団が経典編纂(結集)を経てどのように分裂し、多様な学派を形成したかを追う。原始仏教の教理的核心である四諦・八正道・縁起・三法印を正確に把握することは、後続セクションで扱う大乗仏教やその後の展開を理解する上で不可欠の前提となる。
ゴータマ・シッダールタの生涯¶
Key Concept: ゴータマ・シッダールタ(Gotama Siddhattha / Gautama Siddhārtha) 仏教の開祖。シャーキヤ(釈迦)族の王子として生まれ、出家・修行を経て覚りを開き「ブッダ(Buddha, 覚者)」と称された。
誕生と出家¶
ゴータマ・シッダールタは、現在のネパール南部ルンビニー(Lumbinī)において、シャーキヤ族の国王シュッドーダナ(浄飯王)の太子として生まれた。生没年については諸説あるが、南伝仏教の伝承では前624年〜前544年、北伝では前463年〜前383年とされ、近年の研究では前5世紀頃の人物とする見解が有力である。
伝承によれば、シッダールタは王宮で何不自由ない生活を送っていたが、城の四方の門から出た際にそれぞれ老人・病人・死者・出家修行者に出会った。これを 四門出遊(しもんしゅつゆう)と呼ぶ。老・病・死という人間存在の根本的苦しみを目の当たりにし、修行者の姿に解脱の可能性を見出したシッダールタは、29歳で王宮を離れ出家した。
苦行と成道¶
出家後、シッダールタは当時のインドにおける代表的な瞑想指導者であるアーラーラ・カーラーマ(Āḷāra Kālāma)とウッダカ・ラーマプッタ(Uddaka Rāmaputta)のもとで禅定を学んだが、それだけでは根本的な苦の解決に至らないと判断した。続いて6年間の厳しい苦行に打ち込んだが、これもまた真の解脱をもたらさないことを悟り、苦行を放棄した。この経験が、後に説かれる「中道」の思想的基盤となる。
苦行を離れたシッダールタは、ブッダガヤー(Buddhagayā)の菩提樹の下で深い瞑想に入り、35歳にして覚りを開いた。これを 成道(じょうどう)と呼ぶ。覚りの内容は縁起の法則の洞察であったとされ、この時点でシッダールタは「ブッダ」(覚者)となった。
初転法輪と教団形成¶
覚りを開いたブッダは、ベナレス(現ヴァーラーナシー)郊外のサールナート(鹿野苑、Isipatana / Sārnāth)において、かつて共に苦行した5人の修行者に対して最初の説法を行った。これを 初転法輪(しょてんぼうりん, dhammacakkappavattana)と呼ぶ。この説法で示されたのが四諦と八正道であり、5人の修行者は最初の弟子(比丘)となった。ここに仏(Buddha)・法(Dhamma)・僧(Saṅgha)の 三宝(tiratana)が成立し、仏教教団=サンガ(僧伽)が形成された。
以後ブッダは約45年間にわたり、マガダ国・コーサラ国を中心に北インド各地を遊行しながら教えを説いた。弟子にはシャーリプトラ(舎利弗)、モッガラーナ(目犍連)、アーナンダ(阿難)、マハーカッサパ(摩訶迦葉)ら多くの優秀な人材が集い、教団は急速に拡大した。ブッダは80歳の時、クシナガラ(Kusinārā)において 入滅(パリニッバーナ, parinibbāna)した。
原始仏教の基本教説¶
四諦¶
Key Concept: 四諦(cattāri ariyasaccāni / Four Noble Truths) ブッダが初転法輪で説いた仏教の根本教説。苦・集・滅・道の4つの真理から成り、苦の現実とその原因、苦の消滅とそこに至る道を体系的に示す。
四諦は仏教教理の骨格をなす4つの聖なる真理である。
- 苦諦(dukkha-sacca):生存は本質的に苦(dukkha)である。生老病死の四苦に加え、愛別離苦(愛するものとの別離)、怨憎会苦(憎むものとの出会い)、求不得苦(求めて得られないこと)、五蘊盛苦(五蘊への執着そのものが苦であること)を合わせて八苦とする。
- 集諦(samudaya-sacca):苦の原因は渇愛(taṇhā)である。感覚的快楽への渇愛(欲愛)、存在への渇愛(有愛)、非存在への渇愛(無有愛)の3種がある。
- 滅諦(nirodha-sacca):渇愛の完全な消滅が苦の消滅であり、これが涅槃(nibbāna)の境地である。
- 道諦(magga-sacca):苦の消滅に至る実践の道が八正道である。
この四諦の構造は、当時のインド医学における診断・治療の形式(病状の確認→原因の特定→治癒の見通し→治療法の提示)と類比されることがある。
八正道¶
Key Concept: 八正道(aṭṭhaṅgika magga / Noble Eightfold Path) 四諦の道諦の内容をなす8つの正しい実践項目。戒(道徳)・定(精神集中)・慧(智慧)の三学に分類される。
八正道は苦の消滅に至る具体的な実践方法であり、以下の8項目から成る。
| 項目 | パーリ語 | 内容 | 三学分類 |
|---|---|---|---|
| 正見 | sammā-diṭṭhi | 四諦の正しい理解 | 慧 |
| 正思惟 | sammā-saṅkappa | 正しい思考・意志 | 慧 |
| 正語 | sammā-vācā | 嘘・悪口・二枚舌・無駄話を避ける | 戒 |
| 正業 | sammā-kammanta | 殺生・偸盗・邪淫を避ける | 戒 |
| 正命 | sammā-ājīva | 正当な生活手段 | 戒 |
| 正精進 | sammā-vāyāma | 悪法を断じ善法を生じさせる努力 | 定 |
| 正念 | sammā-sati | 身・受・心・法への気づき | 定 |
| 正定 | sammā-samādhi | 四禅定に至る精神集中 | 定 |
八正道は苦行主義と快楽主義の両極端を避ける 中道(majjhimā paṭipadā)の具体的展開でもある。ブッダは初転法輪において、自らの苦行体験と王宮での享楽生活の双方を退け、中道こそが覚りへの道であると宣言した。
縁起と十二因縁¶
Key Concept: 縁起(paṭiccasamuppāda / pratītyasamutpāda / Dependent Origination) あらゆる現象は他の条件(縁)に依存して生起し、独立自存するものは何もないという仏教の根本原理。「此れ有れば彼有り、此れ生ずれば彼生ず」と定式化される。
縁起は仏教の存在論的・認識論的核心をなす原理であり、覚りの内容そのものとされる。「此れ有れば彼有り、此れ無ければ彼無し。此れ生ずれば彼生じ、此れ滅すれば彼滅す」(idappaccayatā)という相互依存の法則として表現される。
この縁起の原理を人間の苦の生起と消滅に具体的に適用したものが 十二因縁(dvādasaṅga paṭiccasamuppāda)である。12の支分が順次条件となって次の支分を生じさせる連鎖構造をとる。
graph TD
A["① 無明<br/>avijjā<br/>根本的無知"] --> B["② 行<br/>saṅkhāra<br/>意志的形成力"]
B --> C["③ 識<br/>viññāṇa<br/>認識作用"]
C --> D["④ 名色<br/>nāmarūpa<br/>精神と物質"]
D --> E["⑤ 六処<br/>saḷāyatana<br/>六つの感覚器官"]
E --> F["⑥ 触<br/>phassa<br/>感覚器官と対象の接触"]
F --> G["⑦ 受<br/>vedanā<br/>感受作用"]
G --> H["⑧ 渇愛<br/>taṇhā<br/>渇望・欲求"]
H --> I["⑨ 取<br/>upādāna<br/>執着"]
I --> J["⑩ 有<br/>bhava<br/>存在・生存"]
J --> K["⑪ 生<br/>jāti<br/>誕生"]
K --> L["⑫ 老死<br/>jarāmaraṇa<br/>老いと死、憂悲苦悩"]
L -.->|"無明に基づく<br/>輪廻の循環"| A
十二因縁は順観(流転門:無明から老死への苦の生起)と逆観(還滅門:無明の滅により老死が滅する解脱の過程)の双方から理解される。無明を根本原因として渇愛・執着が生じ、輪廻の苦が継続する。無明が滅すればこの連鎖が断たれ、涅槃に至るという構造である。
三法印¶
Key Concept: 三法印(tilakkhaṇa / Three Marks of Existence) 仏教の教えが正しいか否かを判定する3つの標識。すべての仏教教説はこの3つの特徴に合致しなければならないとされる。
三法印は、仏教が他の思想と区別される根本的な世界観を示す。
- 諸行無常(sabbe saṅkhārā aniccā):形成されたもの(有為法)はすべて変化し、恒常不変のものは存在しない。
- 諸法無我(sabbe dhammā anattā):いかなる存在にも永続的な自我(アートマン, attā)は存在しない。これはウパニシャッド哲学のアートマン思想に対する根本的批判である。
- 涅槃寂静(nibbānaṃ santiṃ):涅槃は一切の煩悩が消滅した究極の安らぎの境地である。
Key Concept: 涅槃(nibbāna / nirvāṇa) 渇愛・煩悩の完全な消滅によって到達する、苦からの究極的解放の状態。「吹き消す」を語源とし、煩悩の火が吹き消された境地を意味する。
なお「諸行無常・一切皆苦・諸法無我」を三法印とする分類もあり、これに涅槃寂静を加えて 四法印 とする場合もある。
初期経典の構成¶
パーリ三蔵¶
ブッダの教えは当初口頭で伝承され、後に文字化された。上座部仏教の正典がパーリ語で記された パーリ三蔵(Tipiṭaka)であり、以下の3つの蔵(piṭaka, 文字通りには「籠」)から成る。
- 律蔵(Vinaya Piṭaka):僧団の規律・戒律を集成したもの。比丘(男性出家者)227戒、比丘尼(女性出家者)311戒を含む波羅提木叉(pātimokkha)を中核とする。
- 経蔵(Sutta Piṭaka):ブッダおよび高弟の説法を集成したもの。長部(Dīgha Nikāya)・中部(Majjhima Nikāya)・相応部(Saṃyutta Nikāya)・増支部(Aṅguttara Nikāya)・小部(Khuddaka Nikāya)の五部(Nikāya)から成る。
- 論蔵(Abhidhamma Piṭaka):教理の体系的分析・分類を行う論書群。ブッダ直説ではなく後世の編纂とされるが、上座部では仏説と位置づける。『法集論』『分別論』『界説論』『人施設論』『論事』『双論』『発趣論』の7書から成る。
阿含経との関係¶
漢訳仏典における 阿含経(Āgama)は、パーリ経蔵と大部分が対応する。長阿含経(Dīrghāgama)・中阿含経(Madhyamāgama)・雑阿含経(Saṃyuktāgama)・増一阿含経(Ekottarāgama)の4部がパーリの四部(長部・中部・相応部・増支部)にほぼ対応するが、伝承部派が異なるため内容に差異がある。阿含経は説一切有部や法蔵部など北伝系統の部派によって伝えられた。パーリ三蔵と阿含経の共通部分が、歴史的ブッダの教説に最も近い層であると考えられている。
部派仏教¶
第一結集と第二結集¶
ブッダ入滅直後、教えの散逸を防ぐため、マハーカッサパ(大迦葉)の主導で王舎城(Rājagaha)郊外の七葉窟(Sattapaṇṇi-guhā)において 第一結集(paṭhama-saṅgīti)が行われた。500人の阿羅漢が集い、アーナンダ(阿難)が経(sutta)を、ウパーリ(優波離)が律(vinaya)を暗誦し、合議によって内容を確定した。
ブッダ入滅から約100年後、ヴァイシャーリー(毘舎離, Vesālī)において 第二結集(dutiya-saṅgīti)が行われた。ヴァッジ族出身の比丘たちによる「十事非法」(金銀の受領など10項目の律の緩和)の是非が争点となった。結集の結果これらは非法とされたが、この戒律問題をめぐる対立が教団分裂の遠因となった。
根本分裂¶
Key Concept: 根本分裂(mūla-schism) 仏教教団が上座部と大衆部の2つに分かれた最初の分裂。戒律問題に加え、阿羅漢の不完全性をめぐる教義的対立が原因とされる。
第二結集の前後に、仏教教団は 上座部(Theravāda / Sthaviravāda)と 大衆部(Mahāsāṃghika)に分裂した。これを根本分裂と呼ぶ。分裂の原因については、律の解釈の相違(戒律問題)とする南伝の伝承と、大天(Mahādeva)が提唱した「大天五事」(阿羅漢にも不完全な面があるとする5つの主張)をめぐる教義上の対立とする北伝の伝承がある。
根本分裂以降、上座部と大衆部はさらに細分化し、紀元前後までの約250年間に伝統的に「部派十八部」と総称される多数の学派に分かれた(実際の数は文献によって異なる)。この時代を 部派仏教(Sectarian Buddhism)と呼ぶ。
graph TD
ROOT["原始仏教教団<br/>(統一サンガ)"] --> |"根本分裂<br/>(前3世紀頃)"| TH["上座部<br/>Sthaviravāda"]
ROOT --> |"根本分裂"| MH["大衆部<br/>Mahāsāṃghika"]
TH --> SAR["説一切有部<br/>Sarvāstivāda"]
TH --> VIB["分別説部<br/>Vibhajyavāda"]
TH --> VAT["犢子部<br/>Vātsīputrīya"]
TH --> THERA["雪山部<br/>Haimavata"]
SAR --> SAU["経量部<br/>Sautrāntika"]
VIB --> THERA2["上座部(テーラワーダ)<br/>Theravāda<br/>(スリランカ伝)"]
VIB --> DHA["法蔵部<br/>Dharmaguptaka"]
MH --> EKA["一説部<br/>Ekavyāvahārika"]
MH --> LOK["説出世部<br/>Lokottaravāda"]
MH --> GOK["鶏胤部<br/>Gokulika"]
説一切有部のアビダルマ哲学¶
Key Concept: アビダルマ(Abhidharma) 仏教の教理を体系的に分析・分類する学問的営為。「法(dharma)の研究」を意味し、部派仏教期に発展した。論蔵(Abhidharma Piṭaka)として結実した。
上座部から分かれた 説一切有部(Sarvāstivāda)は、部派仏教期で最も有力かつ学問的に精緻な学派であった。その名称は「一切は有る(sarvam asti)と説く部派」を意味し、その教義の核心は 「三世実有・法体恒有」(さんぜじつう・ほったいごうう)という命題に集約される。
説一切有部は、現象世界を構成する究極的要素を 法(dharma, ダルマ)として分析した。彼らは約75種の法(五位七十五法)を設定し、これらの法体(dharma-svabhāva, 法の本体)は過去・現在・未来の三世にわたって恒常不変に実在すると主張した。我々が経験する現象の変化は、法体そのものの変化ではなく、法の 作用(kāritra)が現在の一瞬間においてのみ顕在化することによるとした。
説一切有部の主要な論書として、カーティヤーヤニープトラ(迦多衍尼子)の『発智論』(Jñānaprasthāna)を本論とし、六足論を補助的論書とする体系がある。後にヴァスバンドゥ(世親)が編纂した『阿毘達磨倶舎論』(Abhidharmakośa)は有部の教理を集大成したものとして知られるが、実際にはその批判も含んでいる。
経量部¶
経量部(Sautrāntika)は説一切有部から分かれた学派であり、その名称は「経(sūtra)を量(pramāṇa, 認識の基準)とする部派」を意味する。論蔵(アビダルマ)の権威を相対化し、経典に直接基づく教理解釈を重視した。
経量部の重要な教義的特徴は 刹那滅論(kṣaṇika-vāda)である。あらゆる有為法は生じた刹那に滅するとし、有部のように法体が三世にわたって存続するという見解を退けた。経量部は 「現在有体・過未無体」(げんざいうたい・かみむたい)を主張し、実在するのは現在の一刹那のみであり、過去と未来の法は実在しないと説いた。
有部と経量部の対立点¶
両者の対立は、法(dharma)の存在論をめぐる根本的な哲学的相違に基づく。
| 論点 | 説一切有部 | 経量部 |
|---|---|---|
| 法の実在性 | 三世実有:法体は過去・現在・未来に実在 | 現在有体・過未無体:現在の一刹那のみ実在 |
| 法の変化 | 法体は不変、作用のみが現在に顕在化 | 法は刹那に生滅する(刹那滅論) |
| 認識の基準 | 論蔵(アビダルマ)の権威を重視 | 経典(スートラ)を最高権威とする |
| 認識論 | 対象を直接認識する(直接実在論) | 対象の形象(ākāra)を通じて認識する(形象論) |
| 後代への影響 | 法の分析は後の唯識派にも影響 | 刹那滅論・形象論は陳那以降の仏教論理学に継承 |
この有部と経量部の論争は、後の大乗仏教哲学、とりわけ中観派による空の思想や唯識派の認識論に対して重要な思想的基盤を提供した。
まとめ¶
- ゴータマ・シッダールタは四門出遊を契機に出家し、苦行と快楽の両極端を退ける中道を経て覚りに至り、初転法輪で四諦・八正道を説いてサンガを形成した。
- 原始仏教の根本教説は、四諦(苦・集・滅・道)、八正道(戒・定・慧の三学に分類される8つの実践)、縁起(十二因縁の連鎖構造)、三法印(諸行無常・諸法無我・涅槃寂静)に集約される。
- ブッダの教えはパーリ三蔵(律蔵・経蔵・論蔵)として体系的に編纂され、漢訳の阿含経と対照することで原始仏教の教説を復元する手がかりとなる。
- 釈迦没後、結集を通じて教えの確定が試みられたが、戒律と教義の解釈をめぐり教団は上座部と大衆部に根本分裂し、さらに多数の部派に分かれた。
- 説一切有部は「三世実有・法体恒有」を主張し精緻なアビダルマ哲学を展開した一方、経量部は「現在有体・過未無体」と刹那滅論を唱えてこれに対立した。この論争は後の大乗仏教哲学の前提となる。
- 次のセクションでは、部派仏教への批判から生まれた大乗仏教の思想的展開を扱う。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語/パーリ語/サンスクリット語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| ゴータマ・シッダールタ | Gotama Siddhattha / Gautama Siddhārtha | 仏教の開祖。覚りを開いてブッダ(覚者)と称された |
| 四門出遊 | - | シッダールタが城門から出て老人・病人・死者・修行者に会い出家を決意した伝承 |
| 成道 | abhisambodhi | ブッダガヤーの菩提樹下でブッダが覚りを開いたこと |
| 初転法輪 | dhammacakkappavattana | ブッダがサールナートで行った最初の説法 |
| サンガ(僧伽) | Saṅgha | 仏教の出家修行者の共同体 |
| 四諦 | cattāri ariyasaccāni / Four Noble Truths | 苦・集・滅・道の4つの聖なる真理 |
| 八正道 | aṭṭhaṅgika magga / Noble Eightfold Path | 苦の消滅に至る8つの正しい実践 |
| 中道 | majjhimā paṭipadā / Middle Way | 苦行主義と快楽主義の両極端を避ける道 |
| 縁起 | paṭiccasamuppāda / pratītyasamutpāda | あらゆる現象は条件に依存して生起するという法則 |
| 十二因縁 | dvādasaṅga paṭiccasamuppāda | 縁起の原理を12の支分の連鎖として示したもの |
| 三法印 | tilakkhaṇa / Three Marks of Existence | 諸行無常・諸法無我・涅槃寂静の3つの標識 |
| 涅槃 | nibbāna / nirvāṇa | 煩悩の完全な消滅による究極の安らぎの境地 |
| パーリ三蔵 | Tipiṭaka | 上座部仏教の正典。律蔵・経蔵・論蔵から成る |
| 結集 | saṅgīti | 教えの確定のため僧侶が集まり合誦する会議 |
| 根本分裂 | mūla-schism | 教団が上座部と大衆部に分かれた最初の分裂 |
| 上座部 | Theravāda / Sthaviravāda | 根本分裂で生じた保守派。長老(thera)の立場を重視 |
| 大衆部 | Mahāsāṃghika | 根本分裂で生じた革新派。大衆(多数派)の意見を重視 |
| 説一切有部 | Sarvāstivāda | 上座部系の有力部派。三世実有・法体恒有を主張 |
| 経量部 | Sautrāntika | 説一切有部から分かれた部派。経典を最高権威とし刹那滅論を主張 |
| アビダルマ | Abhidharma | 仏教教理の体系的分析・分類の学問 |
| 三世実有・法体恒有 | traiyadhvika-dharma-astitva | 法体は過去・現在・未来の三世にわたって実在するという有部の教義 |
| 刹那滅論 | kṣaṇika-vāda | あらゆる有為法は生じた刹那に滅するという経量部の教義 |
確認問題¶
Q1: 四諦のそれぞれの内容を説明し、この4つがどのような論理的構造をなしているか述べよ。
A1: 四諦は、(1) 苦諦:生存は本質的に苦であるという現実の認識、(2) 集諦:苦の原因は渇愛(taṇhā)であるという原因の特定、(3) 滅諦:渇愛の消滅が苦の消滅(涅槃)であるという目標の提示、(4) 道諦:苦の消滅に至る実践が八正道であるという方法の指示、から成る。この構造は「問題の認識→原因の分析→解決の目標→解決の方法」という合理的な論理展開をなしており、医学における「症状の把握→病因の特定→治癒の見込み→治療法の提示」と類比される。
Q2: 縁起の原理と十二因縁の関係を説明し、なぜ「無明」が苦の根本原因とされるのか論じよ。
A2: 縁起(paṭiccasamuppāda)は「此れ有れば彼有り」と定式化される相互依存的生起の一般原理であり、十二因縁はこの原理を人間の苦の生起に具体的に適用した12段階の因果連鎖である。無明(根本的無知)が根本原因とされるのは、十二因縁の最初の支分であり、四諦の真理を正しく理解しないことから行(意志的形成力)が生じ、以下の連鎖を通じて渇愛・執着が生じ、最終的に生老病死の苦に至るためである。逆に、無明が滅すれば連鎖全体が断たれ、涅槃に至る(還滅門)。
Q3: 説一切有部の「三世実有・法体恒有」と経量部の「現在有体・過未無体」の立場をそれぞれ説明し、両者の哲学的対立の核心を述べよ。
A3: 説一切有部は、現象世界を構成する究極的要素(法、dharma)の本体(法体)は過去・現在・未来の三世にわたって恒常的に実在し、変化するのは法の作用のみであると主張した。一方、経量部は実在するのは現在の一刹那のみであり、過去の法はすでに滅し、未来の法は未だ生じていないため実在しないとする「現在有体・過未無体」を唱え、あらゆる有為法は生じた瞬間に滅する(刹那滅論)とした。対立の核心は、法の存在論的地位(法体が時間を超えて実在するか否か)にあり、これは「変化の中に何が恒常的に存在するか」という形而上学的問題に直結する。
Q4: パーリ三蔵の三蔵(律蔵・経蔵・論蔵)それぞれの性格と内容を説明し、なぜ論蔵の成立が他の二蔵より後とされるか述べよ。
A4: 律蔵はサンガ(僧団)の戒律・生活規範を集成したもの、経蔵はブッダおよび高弟の説法を集成したもの、論蔵は教理の体系的分析・分類を行う論書群である。律蔵と経蔵は第一結集においてウパーリとアーナンダによって暗誦・確定されたとされるのに対し、論蔵はブッダの直説を体系的に分析・整理する後代の知的営為の産物であり、部派ごとに異なる論蔵が成立した。したがって論蔵は部派仏教期のアビダルマ研究の進展とともに段階的に形成されたものであり、成立時期が他の二蔵より遅い。
Q5: 根本分裂の原因について南伝と北伝の伝承にはどのような違いがあるか。また、この分裂が仏教史上どのような意義をもつか述べよ。
A5: 南伝(上座部系)の伝承では、ヴァイシャーリーの比丘たちによる「十事非法」(金銀の受領など戒律の緩和)をめぐる対立が分裂の原因とされる。一方、北伝の伝承では、大天が提唱した「大天五事」(阿羅漢にも煩悩の残余があるとする5つの主張)をめぐる教義上の対立が原因とされる。この分裂の意義は、第一に、統一教団から多数の部派が生まれ、各部派が独自のアビダルマ哲学を発展させる契機となったこと、第二に、大衆部の一部(阿羅漢の不完全性や仏の超越的性格の強調)が後の大乗仏教思想の萌芽を含んでいたことにある。