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Module 2-5 - Section 2: ヒンドゥー教の哲学体系と神話

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-5: ヒンドゥー教
前提セクション Section 1
想定学習時間 5時間

導入

Section 1 ではヒンドゥー教の根幹をなす形而上学的概念(ブラフマン・アートマン・梵我一如)、倫理的枠組み(ダルマ・カルマ・輪廻・モークシャ)、および聖典群(ヴェーダ・ウパニシャッド)を概観した。本セクションでは、これらの基本概念がいかに体系化され、哲学諸学派として展開したかを検討する。さらに、ヒンドゥー教の宗教的実践と民衆の信仰に決定的な影響を与えた叙事詩文学・神話体系・神格論を取り上げ、哲学と信仰が不可分に結びつくヒンドゥー教の全体像を描く。


六派哲学(シャッド・ダルシャナ)

Key Concept: 六派哲学(ṣaḍ-darśana) ヴェーダの権威を承認する6つの正統派(アースティカ)哲学学派の総称。各学派は独自の方法論と存在論を展開しつつも、いずれもモークシャ(解脱)の達成を究極目標とする。

ヒンドゥー教の哲学体系は、ヴェーダの権威を認める正統派(アースティカ, āstika)と、認めない非正統派(ナースティカ, nāstika、仏教・ジャイナ教など)に大別される。正統派のうち、古典期(紀元前後〜紀元後数世紀)に体系化された6つの学派を「六派哲学」と呼ぶ。各学派は通常、対をなす3組として整理される。

サーンキヤ学派(Sāṃkhya)とヨーガ学派(Yoga)

サーンキヤ学派は、カピラ(Kapila)を始祖と伝え、イーシュヴァラクリシュナ(Īśvarakṛṣṇa)の『サーンキヤ・カーリカー』(Sāṃkhyakārikā、4〜5世紀)を根本テキストとする。その存在論は二元論的であり、世界の究極的原理を純粋精神であるプルシャ(puruṣa)と根源的物質であるプラクリティ(prakṛti)の二つに帰する。プラクリティは三つのグナ(guṇa、構成要素)——サットヴァ(sattva、純質・照明性)、ラジャス(rajas、動質・活動性)、タマス(tamas、暗質・惰性)——から構成され、これらの均衡が崩れることで現象世界が展開する。解脱とはプルシャがプラクリティとの結合から離脱し、自己の純粋性を回復することである。注目すべきは、古典サーンキヤが最高神(イーシュヴァラ)の存在を措定しない無神論的体系である点である。

ヨーガ学派はパタンジャリ(Patañjali)の『ヨーガ・スートラ』(Yogasūtra、紀元前2世紀頃とされるが異説あり)に基づく。サーンキヤの二元論的存在論を理論的基盤としつつ、実践的方法論を体系化した点に独自性がある。パタンジャリはヨーガを「心の作用(citta-vṛtti)の止滅(nirodha)」と定義し、その達成手段として八支則(aṣṭāṅga yoga)を提示した。八支則は、禁戒(yama)・勧戒(niyama)・坐法(āsana)・調息(prāṇāyāma)・制感(pratyāhāra)・凝念(dhāraṇā)・静慮(dhyāna)・三昧(samādhi)の8段階からなる。サーンキヤと異なり、ヨーガ学派は最高神イーシュヴァラの存在を認め、イーシュヴァラへの祈念(īśvara-praṇidhāna)を実践に組み込んでいる。

ニヤーヤ学派(Nyāya)とヴァイシェーシカ学派(Vaiśeṣika)

ニヤーヤ学派はガウタマ(Gautama / Akṣapāda)の『ニヤーヤ・スートラ』(Nyāyasūtra)に基づく論理学・認識論の学派である。知識の正当性を保証する四つの認識手段(pramāṇa)——知覚(pratyakṣa)・推理(anumāna)・類比(upamāna)・証言(śabda)——を詳細に分析した。後期にはウダヤナ(Udayana、10世紀頃)が神の存在を論理的に証明する議論を展開し、有神論的方向へ発展した。

ヴァイシェーシカ学派はカナーダ(Kaṇāda)の『ヴァイシェーシカ・スートラ』(Vaiśeṣikasūtra)に基づく自然哲学の学派である。存在するものを実体(dravya)・属性(guṇa)・運動(karman)・普遍(sāmānya)・特殊(viśeṣa)・内属(samavāya)の六つのカテゴリー(padārtha)に分類し、物質を最小単位である原子(paramāṇu)の結合により説明した。このためインド思想における原子論的自然哲学として知られる。ニヤーヤ学派とヴァイシェーシカ学派は中世以降、「ナヴヤ・ニヤーヤ」(新論理学)として事実上統合された。

ミーマーンサー学派(Mīmāṃsā)とヴェーダーンタ学派(Vedānta)

ミーマーンサー学派(プールヴァ・ミーマーンサー、前期探究)はジャイミニ(Jaimini)の『ミーマーンサー・スートラ』に基づく。ヴェーダの祭式規定(vidhi)の解釈を主題とし、ヴェーダの言葉が永遠・無作者であること(アパウルシェーヤ, apauruṣeya)を論証した。正しい祭式の遂行がダルマに適った行為であるとし、祭式が人格神の介在なしに直接果報をもたらすと主張した点が特徴的である。

ヴェーダーンタ学派(ウッタラ・ミーマーンサー、後期探究)はバーダラーヤナ(Bādarāyaṇa)の『ブラフマ・スートラ』(Brahmasūtra)を根本テキストとし、ウパニシャッドの究極的意味の探究を課題とする。ヴェーダーンタは後述するように複数の下位学派に分岐し、インド哲学史上最も影響力の大きい潮流を形成した。

graph TB
    subgraph "六派哲学(ṣaḍ-darśana)"
        direction TB
        subgraph pair1["第1組: 存在論・実践論"]
            S["サーンキヤ<br/>Sāṃkhya<br/>二元論的存在論"]
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            V["ヴァイシェーシカ<br/>Vaiśeṣika<br/>原子論的自然哲学"]
        end
        subgraph pair3["第3組: ヴェーダ解釈"]
            M["ミーマーンサー<br/>Mīmāṃsā<br/>祭式規定の解釈"]
            VD["ヴェーダーンタ<br/>Vedānta<br/>ウパニシャッドの究極的解釈"]
        end
    end

    S <--> Y
    N <--> V
    M <--> VD

ヴェーダーンタ学派の展開

ヴェーダーンタは「ヴェーダの終わり(結論)」を意味し、ウパニシャッドの形而上学的教説の体系的解釈を課題とする。その中心的問題はブラフマンとアートマンの関係、および現象世界の存在論的身分である。この問題に対する回答の相違から、ヴェーダーンタは複数の学派に分岐した。以下では三大学派を検討する。

シャンカラの不二一元論(Advaita Vedānta)

Key Concept: 不二一元論(Advaita) シャンカラ(8世紀)が体系化した思想で、ブラフマンのみが唯一の実在であり、個我(アートマン)とブラフマンは本質的に同一であるとする。現象世界の多様性はマーヤー(幻力)に基づく見かけにすぎない。

シャンカラ(Śaṅkara、700〜750年頃)はヴェーダーンタ思想史上最も重要な思想家であり、『ブラフマ・スートラ』『ウパニシャッド』『バガヴァッド・ギーター』の三つの根本テキスト(プラスターナ・トラヤ, prasthāna-traya)に対する注釈を著した。

シャンカラの思想の核心は以下の点にある。

  1. ブラフマンのみが実在(satya)であり、現象世界は虚妄(mithyā)である。
  2. 個我(ジーヴァ, jīva)がブラフマンと別個の存在であると認識するのは無明(avidyā)に基づく。
  3. 現象世界の多様性はブラフマンのマーヤー(māyā、幻力・不可思議な力)によって顕現する。マーヤーは「有でも無でもない」(sadasadvilakṣaṇa)不可説的なものとされる。
  4. 解脱は知識(ジュニャーナ, jñāna)——すなわちアートマンとブラフマンの同一性の直接的認識——によってのみ達成される。

Key Concept: マーヤー(māyā / 幻力) シャンカラのアドヴァイタにおいて、現象世界の多様性を生み出す不可思議な力。マーヤーは「有でもなく無でもない」不可説的存在であり、無明(avidyā)と密接に関連する。ブラフマンの真実を覆い隠す機能を持つ。

シャンカラは存在の二層構造を提示する。究極的観点(パーラマールティカ, pāramārthika)においてはブラフマンのみが実在し、日常的観点(ヴヤーヴァハーリカ, vyāvahārika)においては現象世界が実在するかのように経験される。この二重真理説により、解脱の究極性と日常世界の経験的実在性を同時に説明した。

ラーマーヌジャの制限不二一元論(Viśiṣṭādvaita Vedānta)

ラーマーヌジャ(Rāmānuja、1017〜1137年頃)は南インドのシュリー・ヴァイシュナヴァ派(Śrī Vaiṣṇava)の思想家であり、シャンカラの不二一元論に対する批判者として知られる。

ラーマーヌジャは「有資格の不二一元論」(viśiṣṭādvaita)を提唱した。その要点は以下の通りである。

  1. ブラフマン(=ヴィシュヌ神)は唯一の実在であるが、個我(チット, cit)と物質(アチット, acit)はブラフマンの属性・身体として実在する。
  2. ブラフマンと個我・物質の関係は「身体と魂」(śarīra-ātman)の関係に類比される。ブラフマンが魂、世界と個我が身体である。
  3. シャンカラのマーヤー論を退け、現象世界は実在するとした。
  4. 解脱の道としてジュニャーナ(知識)のみでは不十分であり、バクティ(bhakti、神への信愛)とプラパッティ(prapatti、全面的帰依)を重視した。

マドヴァの二元論(Dvaita Vedānta)

マドヴァ(Madhva、1238〜1317年頃)はカルナータカ地方の思想家であり、シャンカラ・ラーマーヌジャの双方と異なる二元論を唱えた。

  1. ブラフマン(=ヴィシュヌ神)と個我は本質的に区別される(bheda)。両者は決して同一ではない。
  2. 個我どうしも、個我と物質も、物質どうしも相互に区別される(五重の区別、pañca-bheda)。
  3. ブラフマンのみが独立存在(svatantra)であり、それ以外のすべては依存存在(paratantra)である。
  4. 解脱は知識では達成されず、神の恩寵(prasāda)によってのみ可能である。
比較項目 シャンカラ(Advaita) ラーマーヌジャ(Viśiṣṭādvaita) マドヴァ(Dvaita)
ブラフマンと個我 完全に同一 身体と魂の関係(不一不異) 本質的に別個
現象世界 マーヤー(虚妄) 実在(ブラフマンの身体) 実在(依存存在)
解脱の道 ジュニャーナ(知識) バクティ(信愛) 神の恩寵
神の位置 ニルグナ・ブラフマン(無属性) サグナ・ブラフマン(有属性、ヴィシュヌ) ヴィシュヌ(独立の最高神)

叙事詩と神話

ヒンドゥー教の哲学体系は高度に抽象的であるが、民衆の宗教的生活においてはむしろ叙事詩(イティハーサ, itihāsa)やプラーナ文献を通じて伝承された神話・物語が信仰の基盤を形成してきた。

マハーバーラタ(Mahābhārata)

『マハーバーラタ』は約10万詩節からなるサンスクリット語の大叙事詩であり、紀元前4世紀〜紀元後4世紀にかけて段階的に成立したとされる。聖仙ヴィヤーサ(Vyāsa)の編纂と伝えられる。

物語の中心は、クル王家の二つの家系——パーンダヴァ(Pāṇḍava)五兄弟とカウラヴァ(Kaurava)百兄弟——の王位継承をめぐる対立と、それが帰結するクルクシェートラ(Kurukṣetra)の大戦争である。パーンダヴァ五兄弟はユディシュティラ(Yudhiṣṭhira、正義の体現者)、ビーマ(Bhīma、怪力の戦士)、アルジュナ(Arjuna、最高の弓術家)、ナクラ(Nakula)、サハデーヴァ(Sahadeva)からなる。

『マハーバーラタ』は単なる戦争物語にとどまらず、ダルマ(法・義務)の諸相を多角的に検討する百科全書的テキストであり、「マハーバーラタにあるものは他のどこにもあり、マハーバーラタにないものはどこにもない」と自らを規定している。

バガヴァッド・ギーター(Bhagavad Gītā)

Key Concept: バガヴァッド・ギーター(Bhagavad Gītā) 『マハーバーラタ』第6巻に含まれる全18章・約700詩節からなる韻文テキスト。戦場で苦悩するアルジュナに対し、御者クリシュナ(ヴィシュヌの化身)が行為・知識・信愛の道を説く。ヒンドゥー教で最も重要な聖典の一つ。

クルクシェートラの戦場で、敵軍に親族・師を見出したアルジュナは戦意を喪失する。このとき御者として随行していたクリシュナ(Kṛṣṇa、ヴィシュヌ神の化身)が、アルジュナに対して義務と解脱について教示するのが『バガヴァッド・ギーター』の内容である。

ギーターが提示する解脱への道は以下の通りである。

  1. カルマ・ヨーガ(karma-yoga、行為の道):行為の結果への執着を捨て、義務としての行為を遂行すること。「汝の関心は行為のみにあれ、決してその結果にはない」(2.47)という教えに集約される。
  2. ジュニャーナ・ヨーガ(jñāna-yoga、知識の道):アートマンとブラフマンの同一性を認識する知的探求による解脱。
  3. バクティ・ヨーガ(bhakti-yoga、信愛の道):最高神への絶対的な帰依と愛。ギーターは最終的にバクティを最も手軽かつ崇高な道として力点を置く。
  4. ラージャ・ヨーガ(rāja-yoga、瞑想の道):ディヤーナ(瞑想)による心の制御と自己認識。

ギーターの革新性は、これら複数の道を排他的ではなく相互補完的なものとして統合した点にある。また、出家・遁世を前提としない「世俗内解脱」の可能性を示した点で、広範な社会層に受容された。

ラーマーヤナ(Rāmāyaṇa)

『ラーマーヤナ』はヴァールミーキ(Vālmīki)の著作と伝えられる全7巻・約48,000行のサンスクリット叙事詩で、中核部分(第2〜6巻)は紀元前5〜4世紀、外枠(第1・7巻)は紀元後2世紀頃に成立したとされる。

物語はコーサラ国の王子ラーマ(Rāma、ヴィシュヌの第7の化身)を主人公とする。ラーマは継母の策謀により14年間の森林追放を受け、妻シーター(Sītā)と弟ラクシュマナ(Lakṣmaṇa)とともに流浪する。魔王ラーヴァナ(Rāvaṇa)にシーターを奪われたラーマは、猿の将軍ハヌマーン(Hanumān)の助力を得てランカー島に遠征し、ラーヴァナを倒してシーターを救出する。

ラーマはダルマの理想的体現者(maryādā puruṣottama、限りなく完全なる人格者)として描かれ、王の義務、夫婦の貞節、兄弟の友愛、臣下の忠誠といった理想的関係性の範型を示す。『ラーマーヤナ』は東南アジアにも伝播し、各地で翻案されている。

プラーナ文献

プラーナ(Purāṇa、「古譚」の意)はヒンドゥー教の百科全書的テキスト群であり、伝統的に18の大プラーナ(マハープラーナ, Mahāpurāṇa)が数えられる。宇宙の創造・破壊・再創造の周期(ユガ, yuga)、王朝系譜、神々の事跡、巡礼地の由来、祭祀・律法の規定などを包括する。

主要なプラーナとして、ヴィシュヌ・プラーナ(Viṣṇu Purāṇa)、シヴァ・プラーナ(Śiva Purāṇa)、バーガヴァタ・プラーナ(Bhāgavata Purāṇa)、デーヴィー・バーガヴァタ・プラーナ(Devī Bhāgavata Purāṇa)などがある。特にバーガヴァタ・プラーナはクリシュナ信仰の中心的テキストとして広く読まれた。


主要な神々

トリムールティ(Trimūrti / 三神一体)

ヒンドゥー教の神学は、宇宙の三つの根本的機能——創造・維持・破壊——を三柱の最高神に配分するトリムールティ(三神一体)の概念を発展させた。

  • ブラフマー(Brahmā):宇宙の創造神。ヴェーダの神格化とも解される。四つの顔(caturmukha)を持ち、ヴェーダの四部を司る。理論的重要性にもかかわらず、ブラフマーへの独立した信仰や寺院は歴史的に少ない。
  • ヴィシュヌ(Viṣṇu):宇宙の維持・保護神。慈悲深い性格を持ち、世界に危機が生じるたびにアヴァターラ(化身)として降臨する。四本の腕に円盤(チャクラ)、法螺貝(シャンカ)、棍棒(ガダー)、蓮華(パドマ)を持つ姿で表現される。
  • シヴァ(Śiva):宇宙の破壊と再生の神。破壊は新たな創造の前提であり、否定的意味のみを持たない。苦行者(ヨーギン)としての側面と、家長としての側面を併せ持つ。リンガ(liṅga、男根象徴)として礼拝されることも多い。ナタラージャ(Naṭarāja、踊りの王)として宇宙の創造・維持・破壊のリズムを舞踊で表現する図像が著名である。

アヴァターラ(avatāra / 神の化身)

Key Concept: アヴァターラ(avatāra / 神の化身) 「降下する」を意味するサンスクリット語から派生し、ヴィシュヌが世界の危機に際して地上に顕現する際の形態を指す。伝統的に十化身(ダシャーヴァターラ, daśāvatāra)が数えられる。

ヴィシュヌの十化身は以下の通りである。

順序 名称 形態 役割
1 マツヤ(Matsya) 大洪水からマヌ(人類の祖)を救出
2 クールマ(Kūrma) 乳海攪拌の際に大地を支える
3 ヴァラーハ(Varāha) 海底に沈んだ大地を引き上げる
4 ナラシンハ(Narasiṃha) 人獅子 魔王ヒラニヤカシプを退治
5 ヴァーマナ(Vāmana) 矮人 三歩で三界を踏破し魔王バリを圧倒
6 パラシュラーマ(Paraśurāma) 戦士 横暴なクシャトリヤを征伐
7 ラーマ(Rāma) 王子 魔王ラーヴァナを退治(ラーマーヤナの主人公)
8 クリシュナ(Kṛṣṇa) 牧童・王 マハーバーラタの英雄、ギーターの説教者
9 ブッダ(Buddha) 覚者 異端者を誤った教えに導く(解釈に議論あり)
10 カルキ(Kalki) 騎馬の戦士 末世(カリ・ユガ)の終わりに出現し世界を浄化(未来の化身)

第9化身としてのブッダの位置づけは、仏教を異端としてヒンドゥー教に取り込む意図があったとする見方が通説であるが、異論もある。第10化身カルキは未来に出現するとされ、終末論的要素を含む。

デーヴィー(Devī / 女神)

ヒンドゥー教において女神(デーヴィー)は単なる男性神の配偶者ではなく、独立した宇宙的力の表現でもある。とりわけシャークタ派(Śākta)においては、デーヴィーこそが至高の実在であり、シャクティ(śakti、力・エネルギー)の顕現とされる。

  • ドゥルガー(Durgā):「近づき難い者」を意味する戦いの女神。水牛の姿をとった魔王マヒシャースラ(Mahiṣāsura)を退治する神話が著名である。十本の腕に各神から授かった武器を持つ姿で表現される。
  • カーリー(Kālī):ドゥルガーの忿怒相から出現したとされる。黒い肌、突き出した舌、切り取った首の花輪を身につけた恐ろしい姿で表現される。破壊を通じた浄化と変容を象徴する。
  • ラクシュミー(Lakṣmī):ヴィシュヌの妃。富・繁栄・幸運の女神。蓮華の上に座し、金貨を降り注ぐ姿で表現される。ディーワーリー(Dīvālī、光の祭典)の主要な礼拝対象である。
  • サラスヴァティー(Sarasvatī):ブラフマーの妃。学問・芸術・音楽の女神。ヴィーナー(弦楽器)を持ち、白い衣を纏う姿で表現される。

まとめ

  • ヒンドゥー教の六派哲学は、ヴェーダの権威を共通基盤としつつ、存在論(サーンキヤ・ヴァイシェーシカ)、実践論(ヨーガ)、認識論・論理学(ニヤーヤ)、祭式解釈(ミーマーンサー)、形而上学(ヴェーダーンタ)と多様な観点から解脱の問題を探究した。
  • ヴェーダーンタ学派はシャンカラ(不二一元論)、ラーマーヌジャ(制限不二一元論)、マドヴァ(二元論)に分岐し、ブラフマンとアートマンの関係について根本的に異なる解釈を提示した。
  • 叙事詩(マハーバーラタ・ラーマーヤナ)はダルマの理想を物語的に表現し、バガヴァッド・ギーターはカルマ・ジュニャーナ・バクティの統合的解脱論を提示した。
  • トリムールティ(ブラフマー・ヴィシュヌ・シヴァ)の三神体系、ヴィシュヌのアヴァターラ思想、女神信仰は、哲学的教説を民衆の信仰実践に結びつける媒介として機能している。
  • 次のセクションでは、こうした哲学的・神話的基盤の上に成立した社会制度(ヴァルナ・ジャーティ)、儀礼体系、信仰運動の歴史的展開を検討する。

用語集(Glossary)

用語 英語/サンスクリット語表記 定義
六派哲学 ṣaḍ-darśana ヴェーダの権威を認める6つの正統派哲学学派の総称
サーンキヤ Sāṃkhya プルシャとプラクリティの二元論を説く哲学学派
プルシャ puruṣa サーンキヤにおける純粋精神の原理
プラクリティ prakṛti サーンキヤにおける根源的物質の原理
グナ guṇa プラクリティを構成する三つの要素(サットヴァ・ラジャス・タマス)
八支則 aṣṭāṅga yoga パタンジャリのヨーガ体系における8段階の修行法
ニヤーヤ Nyāya 論理学・認識論を中心とする哲学学派
ヴァイシェーシカ Vaiśeṣika 原子論的自然哲学の学派
ミーマーンサー Mīmāṃsā ヴェーダ祭式規定の解釈を主題とする学派
ヴェーダーンタ Vedānta ウパニシャッドの究極的意味を探究する学派
不二一元論 Advaita ブラフマンのみが唯一の実在とするシャンカラの立場
マーヤー māyā 現象世界の多様性を生み出す不可思議な幻力
制限不二一元論 Viśiṣṭādvaita 個我と物質をブラフマンの属性とするラーマーヌジャの立場
二元論 Dvaita ブラフマンと個我の本質的区別を主張するマドヴァの立場
マハーバーラタ Mahābhārata 約10万詩節からなるインドの大叙事詩
バガヴァッド・ギーター Bhagavad Gītā マハーバーラタ第6巻に含まれるクリシュナの教説
ラーマーヤナ Rāmāyaṇa ラーマ王子の物語を描く叙事詩
プラーナ Purāṇa 神話・宇宙論・系譜を含む百科全書的テキスト群
トリムールティ Trimūrti ブラフマー・ヴィシュヌ・シヴァの三神一体
アヴァターラ avatāra ヴィシュヌの地上への化身・降臨
デーヴィー Devī 女神の総称、シャクティの顕現
バクティ bhakti 最高神への絶対的な帰依・信愛
カルマ・ヨーガ karma-yoga 結果への執着を捨てた義務的行為による解脱の道
ジュニャーナ・ヨーガ jñāna-yoga 知識・認識による解脱の道

確認問題

Q1: 六派哲学において、サーンキヤ学派とヨーガ学派が「対」として分類される理由を、両者の共通点と相違点に触れつつ説明せよ。 A1: サーンキヤとヨーガはいずれもプルシャ(精神)とプラクリティ(物質)の二元論的存在論を共有する。しかし、サーンキヤが理論的分析を中心とし最高神の存在を措定しないのに対し、ヨーガはイーシュヴァラの存在を認め、八支則に代表される実践的方法論を体系化した。すなわち、サーンキヤが理論面を、ヨーガが実践面を担い、相互補完的な関係にある。

Q2: シャンカラの不二一元論(Advaita)とラーマーヌジャの制限不二一元論(Viśiṣṭādvaita)は、現象世界の実在性についてどのように異なる立場をとるか。 A2: シャンカラは現象世界をマーヤー(幻力)に基づく虚妄(mithyā)とし、ブラフマンのみが唯一の実在であるとする。これに対しラーマーヌジャはマーヤー論を退け、現象世界(個我と物質)はブラフマンの属性・身体として実在すると主張する。ラーマーヌジャにとって、ブラフマンと世界の関係は「魂と身体」の不一不異の関係であり、世界の実在性が否定されることはない。

Q3: バガヴァッド・ギーターが提示する「カルマ・ヨーガ」の核心的教説を、アルジュナの苦悩との関連で説明せよ。 A3: アルジュナは敵軍に親族・師を見出し、戦闘による殺生の罪を恐れて戦意を喪失した。これに対しクリシュナは、行為の結果(果報)への執着を捨て、自らのダルマ(クシャトリヤとしての戦士の義務)に従って行為すべきことを説いた。カルマ・ヨーガの核心は「行為そのものは放棄せず、行為の結果への執着を放棄する」(niṣkāma karma)ことであり、無執着の行為により束縛されることなく解脱に至りうるとする教えである。

Q4: ヴィシュヌのアヴァターラ(化身)思想が、ヒンドゥー教の宗教的包容力にどのように寄与しているか、具体例を挙げて論じよ。 A4: アヴァターラ思想は、異なる時代・地域の多様な神格や英雄をヴィシュヌの化身として包摂する枠組みを提供する。たとえばブッダを第9化身に位置づけることで仏教をヒンドゥー教の枠内に取り込み、ラーマやクリシュナという独立した信仰対象をヴィシュヌの顕現として統合した。このように、アヴァターラ思想は既存の多様な信仰を排除するのではなく一つの体系に包含する機能を果たし、ヒンドゥー教の宗教的多元性と包容力の基盤となっている。

Q5: トリムールティ(三神一体)の概念において、シヴァの「破壊」が否定的意味のみを持たないとされる理由を説明せよ。 A5: ヒンドゥー教の宇宙論では、世界は創造・維持・破壊の循環的過程を繰り返すとされる。シヴァの破壊は世界の終焉ではなく、古い宇宙秩序の解体と新たな創造の前提であり、再生のための必要条件として位置づけられる。ナタラージャ(踊りの王)としてのシヴァの図像は、宇宙の創造・維持・破壊・隠蔽・恩寵という五つの機能を一体的に表現しており、破壊が宇宙的循環の不可欠な一局面であることを示している。