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Module 2-8 - Section 2: 世俗化論と宗教市場理論

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-8: 宗教社会学
前提セクション Section 1(古典的宗教社会学)
想定学習時間 6時間

導入

Section 1で扱った古典的宗教社会学者たち ── デュルケーム、ウェーバー、ジンメル ── は、いずれも近代化が宗教に及ぼす影響について重要な示唆を残した。ウェーバーの「呪術からの解放」(Entzauberung)は宗教的合理化の長期的過程を描き出し、ジンメルは宗教性の個人化を論じた。これらの洞察を理論的に体系化し、「近代化は必然的に宗教の衰退をもたらすのか」という問いとして定式化したのが、20世紀後半の世俗化論争(secularization debate)である。

本セクションでは、まずブライアン・R・ウィルソンの世俗化理論を検討し、次にピーター・バーガーの「聖なる天蓋」論とその後の世俗化論修正を扱う。続いて、ホセ・カサノヴァによる世俗化概念の分析的分解と「公的宗教」論を考察する。最後に、世俗化論に対する根本的な対抗理論として提起されたロドニー・スタークとウィリアム・S・ベインブリッジの宗教市場理論(合理的選択理論)を検討する。


ブライアン・R・ウィルソンの世俗化論

世俗化の定義

ブライアン・R・ウィルソン(Bryan R. Wilson, 1926-2004)は、オックスフォード大学を拠点として世俗化論の体系的な定式化を行った社会学者である。主著『世俗社会における宗教』(Religion in Secular Society, 1966)において、ウィルソンは世俗化を次のように定義した。世俗化とは、宗教的思考・実践・制度が社会的な重要性を喪失する過程である。

この定義において重要なのは、ウィルソンが世俗化を個人の信仰心の衰退ではなく、社会的レベルでの宗教の機能低下として捉えた点にある。個人的な敬虔さが存続していたとしても、それが宗教的権威から独立して展開されるならば、それ自体が世俗化の指標となる。すなわち、ウィルソンにとって世俗化とは、第一義的には社会構造の変容に関する命題であり、個人の主観的信仰についての主張ではない。

社会化から社会組織化へ:societalizationの概念

ウィルソンの世俗化論の独自性は、「社会組織化」(societalization)の概念にある。societalizationとは、社会の基本的な組織原理が、小規模で対面的な「共同体」(community)から、大規模で非人格的な「社会」(society)へと移行する過程を指す。

前近代社会においては、宗教は小規模な共同体の統合原理として機能していた。宗教的儀礼は共同体の紐帯を強化し、宗教的権威は日常生活の諸局面 ── 法、教育、医療、社会統制 ── を包括的に規制していた。しかし、近代化に伴うsocietalizationの過程で、社会の運営は合理的な官僚制・法体系・科学技術によって担われるようになり、宗教が果たしていた社会的機能は世俗的な制度によって代替されていった。

ウィルソンは、世俗化を促進する要因として、(1)プロテスタンティズムに内在する合理主義的傾向(→ Module 2-8, Section 1「古典的宗教社会学」参照)、(2)国家・行政・経済の合理的組織化(societalization)、(3)自然科学・社会科学の発展、(4)合理主義的イデオロギーの台頭、(5)技術・産業の発展、(6)都市化の進行、を列挙した。

ウィルソン理論の射程と限界

ウィルソンの世俗化論は、宗教の社会的機能の低下という経験的に測定可能な現象に焦点を当てた点で、世俗化論に分析的な精確さをもたらした。しかし、この理論には以下の限界が指摘されている。第一に、ウィルソンの分析は主として西ヨーロッパのキリスト教を念頭に置いており、アメリカ合衆国の高い宗教活動水準や、非西洋世界の宗教動態を十分に説明できない。第二に、societalizationによる宗教機能の代替という図式は、宗教が新たな社会的機能を獲得する可能性を過小評価している。第三に、新宗教運動や原理主義運動の台頭は、ウィルソンの直線的な世俗化図式では捉えきれない。


ピーター・バーガーの宗教社会学

「聖なる天蓋」:ノモスと正当化

ピーター・L・バーガー(Peter L. Berger, 1929-2017)は、ウィーン生まれでアメリカを拠点として活動した社会学者であり、知識社会学的アプローチから宗教を分析した。バーガーの宗教社会学の中核的著作は『聖なる天蓋:宗教社会学の諸要素』(The Sacred Canopy: Elements of a Sociological Theory of Religion, 1967)である。

Key Concept: 聖なる天蓋(sacred canopy)とノモス(nomos) バーガーの宗教社会学における中心概念。ノモスとは、人間が社会的に構成する「意味ある秩序」であり、混沌(アノミー)に対する防壁として機能する。宗教は、このノモスを宇宙論的な次元で正当化し、「聖なる天蓋」として社会的現実を包み込む。すなわち、社会的に構成された秩序を、人間の恣意によるものではなく神的・超越的な根拠を持つものとして提示することで、その秩序に究極的な正当性と安定性を付与するのが宗教の機能である。

バーガーの議論は、トーマス・ルックマン(Thomas Luckmann)との共著『現実の社会的構成』(The Social Construction of Reality, 1966)で展開した知識社会学を宗教に適用したものである。バーガーによれば、人間は本能の欠如した「世界開放的」存在であるため、社会的に意味の秩序(ノモス)を構成しなければ、存在論的な混沌(anomie / アノミー)に直面する。宗教は、この社会的に構成されたノモスを宇宙的な根拠の上に据えることで、最も強力な正当化を行う。死・苦痛・不正義といった秩序を脅かす出来事に対して、宗教は「神義論」(theodicy)を提供し、混沌の侵入を防ぐ「聖なる天蓋」として機能するのである。

ここで重要なのは、バーガーが「もっともらしさの構造」(plausibility structure)と呼ぶ概念である。ノモスの妥当性は、それを支持する社会的基盤 ── 信念を共有する人々の集団と、その信念を維持・再生産する制度 ── によって保証される。この社会的基盤がもっともらしさの構造である。宗教的信念が「自明」であり続けるためには、その信念を当然のものとして共有する共同体(もっともらしさの構造)が安定して存続していなければならない。

世俗化と多元主義

バーガーは『聖なる天蓋』において、世俗化を「社会と文化の諸領域が宗教的制度と宗教的象徴の支配から離脱していく過程」と定義した。バーガーの世俗化論の核心は、世俗化と宗教的多元主義(pluralism)の弁証法的関係にある。

前近代社会においては、一つの宗教が社会全体を包括する独占的な「聖なる天蓋」を提供していた。しかし近代化に伴い、以下の過程が進行した。

  1. 機能分化: 経済・政治・法・教育・科学などの諸領域が宗教から自律化し、宗教は社会の一部門(「私的領域」)へと退却する
  2. 多元主義の出現: 宗教的独占が崩壊し、複数の宗教・世界観が併存する「宗教市場」的状況が出現する
  3. もっともらしさの構造の弱体化: 多元主義のもとでは、いかなる宗教的信念体系も「自明」ではなくなり、競合する世界観との比較にさらされる。もっともらしさの構造が弱体化し、信念の主観化・相対化が進行する
graph TD
    A["前近代: 宗教的独占<br/>(一つの聖なる天蓋)"] --> B["近代化"]
    B --> C["機能分化<br/>(諸領域の宗教からの自律化)"]
    B --> D["宗教的多元主義の出現<br/>(複数の世界観の併存)"]
    C --> E["宗教の「私的領域」への退却"]
    D --> F["もっともらしさの構造の弱体化"]
    F --> G["信念の主観化・相対化"]
    E --> H["世俗化の進行"]
    G --> H
    H -->|"さらなる多元化を促進"| D

バーガーはこの過程を、世俗化と多元主義の相互強化的な循環として描いた。世俗化が宗教的独占を掘り崩し、多元主義を生み出す。多元主義はもっともらしさの構造を弱体化させ、さらなる世俗化を促進する。

バーガーの世俗化論修正:「脱世俗化」

バーガーの知的履歴において特筆すべきは、1960年代に展開した世俗化論を、1990年代に自ら大幅に修正したことである。編著『世界の脱世俗化:復興する宗教と世界政治』(The Desecularization of the World: Resurgent Religion and World Politics, 1999)において、バーガーは「私たちが世俗化された世界に生きているという想定は誤りである」と明言した。

バーガーが世俗化論を修正するに至った経験的根拠は以下の通りである。

  • アメリカ合衆国: 高度に近代化された社会であるにもかかわらず、宗教活動の水準はヨーロッパに比して著しく高い
  • グローバル・サウスの宗教的活力: ラテンアメリカ・サハラ以南アフリカ・東南アジアにおけるペンテコステ派キリスト教の爆発的成長
  • イスラーム復興: 1970年代以降の中東・南アジアにおけるイスラーム主義運動の台頭
  • 旧共産圏の宗教復興: ソ連崩壊後の東欧・ロシアにおけるロシア正教会等の復興

バーガーは、世俗化が進行しているのは「西ヨーロッパ」と「国際的な知識人層」の二つの領域にほぼ限られると修正し、近代化が必然的に世俗化をもたらすという命題は「経験的に反証された」と結論づけた。ただし、バーガーは世俗化そのものを全面的に否定したわけではない。2014年の著作では「世俗化論は完全に誤りだったわけではない」と述べ、近代化がもたらすのは世俗化ではなく「多元主義」であるとの修正命題を提示した。すなわち、近代化の不可避の帰結は宗教の衰退ではなく、複数の世界観が並立する状況であり、宗教はその中で衰退する場合もあれば活力を維持する場合もある、というのがバーガーの最終的な立場である。


ホセ・カサノヴァの「公的宗教」論

世俗化概念の分析的分解

ホセ・カサノヴァ(Jose Casanova, 1951-)は、スペイン出身でジョージタウン大学に拠点を置く社会学者であり、主著『近代世界の公的宗教』(Public Religions in the Modern World, 1994)において、世俗化論争に決定的な分析的整理をもたらした。

カサノヴァの貢献は、「世俗化」という単一概念に混在する三つの異なる命題を分離し、それぞれの経験的妥当性を個別に検証した点にある。

命題 内容 経験的妥当性
(1) 分化(differentiation) 政治・経済・科学・法などの社会的領域が宗教的規範・権威から分離・自律化する 近代化の構造的趨勢として広く妥当する
(2) 衰退(decline) 宗教的信念と実践が衰退する 西ヨーロッパでは妥当するが、普遍的ではない
(3) 私事化(privatization) 宗教は公的領域から退却し、私的領域に限定される 最も問題のある命題。経験的に反証される事例が多い

カサノヴァの議論の核心は、命題(1)の「分化」のみが世俗化の中核的・不可逆的な構造的過程であり、命題(2)と(3)は近代化の必然的帰結ではなく、歴史的に偶然的な現象であるとした点にある。

「脱私事化」と公的宗教

カサノヴァが最も力を注いだのは、命題(3)の私事化テーゼの反証である。カサノヴァは「脱私事化」(deprivatization)の概念を提起し、1980年代以降、世界各地で宗教が公的領域に再参入している現象を分析した。

カサノヴァが検討した事例は以下の四つである。(1)スペインにおけるカトリック教会とフランコ体制後の民主化、(2)ポーランドにおけるカトリック教会と連帯運動、(3)ブラジルにおけるカトリック教会の「解放の神学」と民主化運動、(4)アメリカ合衆国における宗教右派(キリスト教右派)の政治参加。

これらの事例において、宗教は「私的な信仰」の領域にとどまることを拒否し、公共の道徳的議論、人権擁護、社会正義の追求、政治的動員といった「公的」機能を積極的に果たしている。カサノヴァはこれを「公的宗教」(public religion)と呼び、近代社会において宗教が正当に公的役割を担いうる条件を理論的に考察した。

カサノヴァによれば、公的宗教が近代社会において正当であるための条件は、宗教が近代の基本的な構造的分化(国家と教会の分離、政教分離)を受容した上で、市民社会のアクターとして公的な道徳的議論に参加することである。すなわち、政教一致の復活を目指すのではなく、分化を前提とした上での公的参与が近代的公的宗教の様態である。


宗教市場理論(合理的選択理論)

スターク=ベインブリッジ理論の基本構造

ロドニー・スターク(Rodney Stark, 1934-2022)とウィリアム・S・ベインブリッジ(William Sims Bainbridge, 1940-)は、従来の世俗化論に対する根本的な対抗理論として、宗教の合理的選択理論(rational choice theory of religion)を提唱した。主著『宗教の理論』(A Theory of Religion, 1987)および『宗教の未来』(The Future of Religion, 1985)において体系化されたこの理論は、経済学の合理的選択モデルを宗教行動の分析に適用するものである。

スターク=ベインブリッジ理論の基本公理は、「人間は報酬(rewards)を追求し、コスト(costs)を回避する」というものである。人間の行為は、期待される報酬とコストの合理的な計算に基づくとされる。

この理論における鍵概念が「補償装置」(compensators)である。報酬の中には、現世では入手不可能なものが存在する(例: 死後の永遠の生命、究極的な意味、苦難の神義論的説明)。宗教は、こうした入手不可能な報酬の代わりに「補償装置」を提供する。補償装置とは、将来の報酬の約束、あるいは報酬と等価な代替的説明であり、実際の報酬と区別されるが、行為者はそれを報酬として受容する。

スタークとベインブリッジは、補償装置の性格によって宗教と呪術を区別した。宗教は「一般的補償装置」(general compensators) ── 人生の意味、死後の救済、究極的正義といった包括的・超越的な報酬の約束 ── を提供する。これに対し、呪術は「特殊な補償装置」(specific compensators) ── 病気の治癒、金運の向上、恋愛成就といった限定的・具体的な報酬の約束 ── を提供する。

宗教の「供給側」分析

スタークの理論が世俗化論と最も鋭く対立するのは、「供給側」(supply-side)分析においてである。従来の世俗化論は、近代化に伴い宗教への「需要」(demand)が低下するという「需要側」の変動を前提としていた。スタークはこの前提を根本的に批判し、宗教への需要は歴史を通じてほぼ一定であると主張した。

スタークとローレンス・アイアナコーン(Laurence Iannaccone)は、宗教活動の水準の地域差を「供給側」の要因 ── すなわち宗教組織の競争環境 ── によって説明した。彼らの主張の骨子は以下の通りである。

  • 宗教市場の規制緩和(deregulation): 国家が特定の宗教を公認・保護する「独占」体制のもとでは、宗教組織は競争圧力を受けず、怠惰(lazy monopoly)になり、信者の多様な需要に応えられなくなる。結果として、宗教参加率は低下する
  • 宗教的多元主義と競争: 政教分離が確立され、複数の宗教組織が自由に競争する「規制緩和された宗教市場」においては、各組織は信者獲得のために教義・儀礼・共同体サービスを改善する。結果として、宗教参加率は上昇する

この理論によれば、西ヨーロッパの宗教活動の低迷は、近代化による宗教需要の低下ではなく、国教会制度による宗教市場の独占と競争の不在が原因である。対照的に、アメリカ合衆国の高い宗教活動水準は、政教分離の原則による宗教市場の自由競争の結果として説明される。

graph LR
    subgraph 世俗化論の説明
        A1["近代化"] --> A2["宗教への需要低下"] --> A3["宗教参加の減少"]
    end

    subgraph 宗教市場理論の説明
        B1["宗教市場の規制状況"] --> B2{"独占 or 競争?"}
        B2 -->|"国教会制度<br/>(独占)"| B3["宗教組織の怠惰化<br/>供給の質の低下"]
        B3 --> B4["宗教参加の減少<br/>(西ヨーロッパ型)"]
        B2 -->|"政教分離<br/>(自由競争)"| B5["宗教組織間の競争<br/>供給の質の向上"]
        B5 --> B6["宗教参加の活性化<br/>(アメリカ型)"]
    end

宗教市場理論への批判

宗教市場理論は宗教社会学に大きな刺激を与えたが、同時に広範な批判を受けている。

第一に、方法論的個人主義の限界が指摘される。宗教的行為を報酬とコストの合理的計算に還元するモデルは、宗教の非合理的・情動的・美的次元を捨象している。宗教的回心・神秘的体験・殉教といった行為は、合理的選択モデルでは説明困難である。

第二に、「補償装置」概念の検証不可能性が問題とされる。超自然的な報酬(死後の生命等)は経験的に検証できないため、行為者がそれを「合理的」に選択しているとする主張の反証可能性が乏しい。

第三に、供給側モデルの経験的妥当性に疑問が呈されている。ヨーロッパの宗教史を見ると、宗教的多元主義が必ずしも宗教活動の活性化をもたらすわけではない。オランダは高度に多元的な宗教環境を持つが、世俗化が著しく進行している。また、ポーランドやアイルランドでは事実上のカトリック独占にもかかわらず宗教参加率が長らく高水準を維持していた。

第四に、文化的・歴史的文脈の無視が批判される。宗教活動の地域差は、宗教市場の競争環境だけでなく、植民地主義の歴史、ナショナリズムとの結合、階級構造、教育制度など、多様な要因の複合的所産であり、単一の経済学的モデルで説明するのは過度の単純化である。


世俗化論争の現在

以上の理論的展開を踏まえると、世俗化論争の現在は、単純な「世俗化 vs 脱世俗化」の二項対立を超えた、より精緻な分析枠組みの模索の段階にある。

カサノヴァが示した三つの次元 ── 分化・衰退・私事化 ── の分析的区別は広く受け入れられ、「世俗化」を一枚岩の概念として使用することの問題点が共有されている。機能分化としての世俗化は近代社会の構造的特徴として広く認められるが、宗教的信念・実践の衰退は地域的に大きく異なり、宗教の私事化テーゼは脱私事化の事例によって反証されている。

バーガーの修正は、「近代化の帰結は世俗化ではなく多元主義である」という命題に収斂した。スタークの宗教市場理論は、世俗化の地域差を「供給側」の要因で説明しようとしたが、その経済学的モデルの普遍的妥当性には疑問が残る。

現在の宗教社会学においては、「複数の近代」(multiple modernities)という視角 ── アイゼンシュタット(Shmuel N. Eisenstadt)の概念 ── が重要性を増しており、西ヨーロッパ型の世俗化を近代化の普遍的パターンとする前提そのものが問い直されている。宗教と近代性の関係は、一義的な因果法則としてではなく、歴史的・文化的に多様な経路をたどるものとして理解される方向に議論が進んでいる。


まとめ

  • ウィルソンは世俗化を社会的レベルでの宗教の機能低下として定義し、societalization(共同体から大規模社会への移行)を世俗化の構造的基盤として位置づけた。ただし、この理論は西ヨーロッパ中心の分析に偏る限界を持つ。
  • バーガーは宗教を社会的に構成されたノモス(意味秩序)の究極的正当化として分析し、「聖なる天蓋」概念を提示した。多元主義によるもっともらしさの構造の弱体化が世俗化を促進するとしたが、1990年代に自ら世俗化論を修正し、近代化の帰結は世俗化ではなく多元主義であるとの立場に転じた。
  • カサノヴァは世俗化概念を分化・衰退・私事化の三命題に分解し、分化のみが近代化の構造的特徴であり、衰退と私事化は普遍的ではないと論じた。「脱私事化」と「公的宗教」の概念は、宗教が近代社会においても公的役割を担いうることを示した。
  • スターク=ベインブリッジの宗教市場理論は、宗教への需要は一定であるとし、宗教活動の地域差を供給側(宗教市場の競争環境)によって説明した。この理論は世俗化論への重要な対抗理論であるが、方法論的個人主義の限界や経験的反例が指摘されている。
  • 現代の宗教社会学は、単線的な世俗化論を超え、宗教と近代性の関係を多元的・文脈依存的に分析する方向へ進んでいる。これらの理論枠組みは、Section 3で扱う具体的な宗教運動・グローバル化・ジェンダーの分析の前提となる。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
世俗化 secularization 宗教的思考・実践・制度が社会的な重要性を喪失する過程。定義は論者により異なる
社会組織化 societalization ウィルソンの概念。社会の組織原理が対面的な共同体から大規模で非人格的な社会へと移行する過程
聖なる天蓋 sacred canopy バーガーの概念。宗教がノモス(意味秩序)を宇宙論的に正当化し、社会的現実を包括的に覆う機能
ノモス nomos バーガーの概念。人間が社会的に構成する意味ある秩序。アノミー(混沌)に対する防壁
もっともらしさの構造 plausibility structure バーガーの概念。信念体系を「自明」なものとして維持する社会的基盤(共同体・制度)
脱世俗化 desecularization バーガーが提唱。世俗化テーゼに反して宗教が復興・持続する現象を指す概念
分化 differentiation カサノヴァの三命題の一つ。政治・経済・科学等の領域が宗教から自律化する構造的過程
脱私事化 deprivatization カサノヴァの概念。宗教が私的領域から公的領域へ再参入する現象
公的宗教 public religion カサノヴァの概念。近代社会において宗教が公的領域で正当に役割を果たす様態
補償装置 compensators スターク=ベインブリッジの概念。現世では入手不可能な報酬に対する代替的約束・説明
宗教市場 religious economy 宗教組織が信者を獲得するために競争する場を経済市場のアナロジーで捉える分析枠組み
供給側分析 supply-side analysis 宗教活動の水準を、需要ではなく宗教組織の供給(競争環境)から説明するアプローチ

確認問題

Q1: ウィルソンの世俗化論における「societalization」の概念を説明し、それが宗教の社会的機能の低下とどのように関連するかを論じよ。

A1: ウィルソンのsocietalizationとは、社会の基本的な組織原理が、小規模で対面的な共同体(community)から、大規模で非人格的な社会(society)へと移行する過程を指す。前近代社会では宗教は共同体の統合原理として機能し、法・教育・医療・社会統制などの諸機能を包括的に担っていた。しかしsocietalizationが進行すると、これらの機能は合理的な官僚制・法体系・科学技術などの世俗的制度によって代替される。つまり、社会の運営が共同体レベルから大規模社会レベルへ移行する過程そのものが、宗教の社会的機能を構造的に不要にしていくのであり、ウィルソンにとって世俗化はsocietalizationの随伴的現象として位置づけられる。

Q2: バーガーの「聖なる天蓋」論において、宗教的多元主義はなぜ世俗化を促進するとされるのか。「もっともらしさの構造」の概念を用いて説明せよ。

A2: バーガーによれば、宗教的信念が「自明」であり続けるためには、その信念を当然のものとして共有する社会的基盤、すなわち「もっともらしさの構造」が安定して存続する必要がある。前近代社会では一つの宗教が独占的な聖なる天蓋を提供し、もっともらしさの構造は堅固であった。しかし宗教的多元主義のもとでは、複数の宗教・世界観が併存し競合するため、いかなる信念体系も唯一の「自明な」真理ではなくなる。信者は自らの信念が多くの選択肢の一つにすぎないことを意識せざるをえず、信念の主観化・相対化が進行する。こうしてもっともらしさの構造が弱体化し、宗教的信念の確実性が掘り崩されることで世俗化が促進される。

Q3: カサノヴァが世俗化概念を三つの命題に分解したことの学術的意義を説明し、各命題の経験的妥当性を比較せよ。

A3: カサノヴァの分解の学術的意義は、それまで「世俗化」として一括されていた異質な現象を分析的に区別し、それぞれの経験的妥当性を個別に検証可能にした点にある。三命題の経験的妥当性は次の通りである。(1)分化(社会的諸領域の宗教からの自律化)は近代化の構造的趨勢として広く妥当し、最も堅固な命題である。(2)衰退(宗教的信念と実践の低下)は西ヨーロッパでは妥当するが、アメリカ合衆国、ラテンアメリカ、アフリカ、アジアなどでは妥当せず、普遍的な命題ではない。(3)私事化(宗教の公的領域からの退却)は最も問題のある命題であり、1980年代以降の世界的な宗教の「脱私事化」── ポーランドの連帯運動、ブラジルの解放の神学、アメリカのキリスト教右派など ── によって広範に反証されている。この三分割により、世俗化を全面的に肯定も否定もせず、次元ごとに精密な分析を行うことが可能になった。

Q4: スターク=ベインブリッジの宗教市場理論における「供給側」分析は、西ヨーロッパとアメリカ合衆国の宗教活動の差異をどのように説明するか。また、この説明に対する主要な批判を述べよ。

A4: 供給側分析によれば、宗教への需要は歴史を通じてほぼ一定であり、宗教活動水準の差異は宗教の「供給」環境 ── 宗教市場の競争状況 ── によって説明される。西ヨーロッパでは国教会制度による宗教市場の独占が存在し、競争圧力を受けない宗教組織は怠惰化して信者の多様な需要に応えられなくなるため、宗教参加率が低下する。対照的にアメリカ合衆国では政教分離の原則のもとで宗教市場が自由競争状態にあり、各宗教組織が信者獲得のために教義・儀礼・サービスを改善するため、宗教参加率が高水準を維持する。主要な批判としては、(1)宗教的行為を合理的計算に還元することで宗教の非合理的・情動的次元を無視していること、(2)補償装置概念の検証不可能性、(3)多元主義が必ずしも宗教の活性化をもたらさない事例(オランダ等)や独占的状況でも宗教参加率が高い事例(ポーランド、アイルランド等)の存在、(4)宗教活動の地域差は植民地主義・ナショナリズム・階級構造など多要因の複合であり経済学的モデルでは過度に単純化されること、が挙げられる。

Q5: バーガーが1990年代に世俗化論を修正するに至った経験的根拠を挙げ、修正後の立場(「近代化の帰結は世俗化ではなく多元主義である」)がカサノヴァの議論とどのように接続するかを論じよ。

A5: バーガーが世俗化論を修正した経験的根拠は、(1)高度に近代化されたアメリカ合衆国における宗教活動の高水準、(2)グローバル・サウスにおけるペンテコステ派キリスト教の爆発的成長、(3)イスラーム復興運動の台頭、(4)旧共産圏における宗教復興である。これらは「近代化は宗教の衰退をもたらす」という命題に対する反証となった。バーガーの修正後の立場は、近代化の不可避の帰結は宗教の衰退ではなく多元主義であるとするものであり、カサノヴァの三命題分析と以下の点で接続する。カサノヴァが「分化」のみを近代化の構造的特徴とし、「衰退」と「私事化」は普遍的でないとした分析は、バーガーの修正命題と整合する。両者とも近代化と宗教の関係を一義的な衰退論として捉えることを拒否し、多元的・文脈依存的な分析枠組みを志向している。ただしバーガーが「多元主義」を近代化の帰結として提示するのに対し、カサノヴァはそれに加えて宗教の「公的」参与の可能性を積極的に理論化している点に違いがある。