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Module 2-8 - Section 3: 宗教運動・グローバル化・ジェンダー

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-8: 宗教社会学
前提セクション Section 1(古典的宗教社会学)
想定学習時間 6時間

導入

Section 1では、デュルケーム・ウェーバー・ジンメルによる古典的宗教社会学の理論的基盤を検討した。本セクションでは、これらの古典理論を踏まえつつ、宗教社会学が20世紀後半以降に取り組んできた三つの主要な問題領域を扱う。第一に、宗教組織の動態を分析するチャーチ-セクト類型論の展開と精緻化、第二に、グローバル化が宗教に及ぼす影響とその諸相、第三に、宗教とジェンダーの関係をめぐる社会学的分析である。

チャーチ-セクト類型論の基本的な枠組み(トレルチの三類型、ニーバーのデノミネーション概念、インガーの四類型)については既に検討した(→ Module 2-7, Section 1「新宗教研究の学術的枠組みとカルト概念」参照)。本セクションでは、この類型論のその後の理論的展開、特にブライアン・ウィルソンのセクト類型論やロドニー・スタークとウィリアム・シムズ・ベインブリッジによるカルト形成論を扱う。次いで、ペンテコステ運動のグローバルな拡大、イスラーム復興運動、宗教的ナショナリズムといった現代宗教の動態を、グローバル化との関連において分析する。最後に、宗教的権威とジェンダーの問題、女性聖職者問題、フェミニスト宗教学の展開を検討する。


チャーチ-セクト類型論の展開

ウィルソンのセクト類型論

ブライアン・ウィルソン(Bryan R. Wilson, 1926-2004)は、オックスフォード大学の宗教社会学者として、セクト研究を理論的に発展させた。ウィルソンの主要な貢献は、セクトを「社会との緊張関係」という一次元的な軸で捉えるのではなく、各セクトが「この世の悪」にどのように応答するかという「世界への応答」(response to the world)に基づいて多元的に類型化した点にある。

Key Concept: セクトの応答類型(sectarian response types) ブライアン・ウィルソンが提唱した、セクトを「世界への応答」の様式に基づいて分類する類型論。従来のチャーチ-セクト二項対立を超え、セクトの内部的多様性を救済論の構造から体系的に把握する枠組みを提供した。

ウィルソンは『セクトと社会』(Sects and Society, 1961)および『宗教のセクト』(Religious Sects, 1970)において、以下の七類型を提示した。

応答類型 「世界」への態度 救済の方法 典型的事例
回心主義型(conversionist) 世界は堕落しているが、個人の回心によって救済される 個人的な回心体験 救世軍、ペンテコステ諸派
革命主義型(revolutionist) 世界は超自然的力によって根本的に転覆される 千年王国の到来を待望 エホバの証人、初期キリスト教の一部
内向主義型(introversionist) 世界から撤退し、内的な聖性を追求する 共同体内部での霊的修練 アーミッシュ、クエーカー
操作主義型(manipulationist) 世界を変えるのではなく、世界の中で成功するための特別な知識・技法を提供する 秘教的知識の獲得 クリスチャン・サイエンス、一部のニューエイジ団体
奇跡主義型(thaumaturgical) 個人的な超自然的介入による問題解決を求める 奇跡・治癒・霊的力 スピリチュアリスト教会
改革主義型(reformist) 世界の制度的変革を通じて救済を実現する 社会改革活動 クエーカーの一部
ユートピア主義型(utopian) 理想的な共同体の建設を通じて世界を変える 共同体的実験 フッター派、一部のコミューン

ウィルソンの類型論の理論的意義は、セクトを単に「社会と緊張関係にある宗教集団」という均質的カテゴリーとして扱うのではなく、その内部構造と救済論の多様性を捉えた点にある。同じ「セクト」であっても、回心主義型と革命主義型では社会への態度も組織構造も根本的に異なる。この類型論により、宗教運動の個別的な特性をより精密に分析することが可能になった。

スターク=ベインブリッジのカルト形成論

ロドニー・スターク(Rodney Stark, 1934-2022)とウィリアム・シムズ・ベインブリッジ(William Sims Bainbridge, 1940-)は、『宗教の未来』(The Future of Religion, 1985)において、宗教市場理論(合理的選択理論)の立場からカルト形成の社会学的モデルを提示した。

Key Concept: カルト形成の三モデル(three models of cult formation) スタークとベインブリッジが提示した、新しい宗教運動が誕生するメカニズムの三類型。精神病理モデル、起業家モデル、亜文化的進化モデルの三つからなり、カルト形成を合理的選択と社会的相互作用の産物として分析する。

スタークとベインブリッジは、カルト(彼らの用語では「新しい宗教伝統を創出する集団」)が形成されるメカニズムとして、以下の三つのモデルを提示した。

精神病理モデル(psychopathology model): カルトの創始者が精神的危機(精神病、抑鬱、社会的孤立等)を経験し、その解決過程で新しい宗教的世界観を構築する。創始者は自己の病理的経験を普遍的な救済の物語へと昇華させ、同様の問題を抱える人々を引きつける。このモデルはウェーバーのカリスマ概念と親和的であるが、スタークとベインブリッジはカリスマの形成過程をより心理学的に分析した。

起業家モデル(entrepreneur model): カルトの創始者が意図的・戦略的に宗教的「商品」を開発し、「市場」に投入する。創始者は既存の宗教伝統の要素を選択的に組み合わせ、特定の「需要」に応える新しい教義・実践パッケージを構築する。このモデルは宗教市場理論の論理を直接反映している。

亜文化的進化モデル(subculture-evolution model): 特定の亜文化集団(オカルト愛好者の集まり、スピリチュアルな探求グループなど)の内部で、相互作用を通じて漸進的に新しい宗教的世界観が形成される。特定のカリスマ的創始者ではなく、集合的な創造過程によって新しい宗教が生まれる。このモデルは、ニューエイジ運動や現代のスピリチュアリティ文化の形成過程をよく説明する。

チャーチ-セクト理論の現代的評価

チャーチ-セクト類型論は、ウェーバーとトレルチに遡る宗教社会学の最も基本的な分析枠組みの一つであるが、21世紀に入って以下の限界が指摘されている。

第一に、この理論はキリスト教(とりわけ欧米プロテスタンティズム)を範型として構築されたものであり、イスラーム、ヒンドゥー教、仏教など非キリスト教圏の宗教組織に対する適用可能性に疑義がある。イスラームにおけるスンナ派とシーア派の関係、あるいはヒンドゥー教のサンプラダーヤ(教派)をチャーチ-セクトの枠組みで分析することには本質的な困難が伴う。

第二に、「緊張関係」という概念自体の測定困難性がある。宗教組織と社会の間の「緊張」をどのように操作的に定義し測定するかについて、明確な合意は存在しない。

第三に、宗教的多元主義が常態化した現代社会では、「社会全体を包括する」チャーチ(エクレシア)という類型自体が、スカンジナビア諸国の国教会など限られた事例を除いて、ほぼ歴史的遺制となっている。

graph TD
    subgraph "チャーチ-セクト類型論の発展系譜"
        A["ウェーバー / トレルチ<br/>チャーチ vs セクト<br/>(1912)"]
        B["ニーバー<br/>デノミネーション概念<br/>(1929)"]
        C["インガー<br/>四類型体系<br/>(1947)"]
        D["ウィルソン<br/>セクトの七応答類型<br/>(1961/1970)"]
        E["スターク=ベインブリッジ<br/>カルト形成の三モデル<br/>(1985)"]
    end

    A --> B
    A --> C
    B --> C
    C --> D
    C --> E
    D -.->|"セクトの内部多様性"| F["現代的課題:<br/>非キリスト教圏への<br/>適用可能性"]
    E -.->|"合理的選択理論"| F

グローバル化と宗教

グローバル化時代の宗教動態

20世紀後半以降のグローバル化(globalization)は、宗教にも根本的な影響を及ぼしている。世俗化論(→ Section 2参照)が予測した「近代化に伴う宗教の衰退」は、少なくともグローバルな規模では実現しなかった。むしろ、グローバル化は宗教の再活性化・変容・越境的拡散を促進する契機として作用している。

Key Concept: 宗教のグローバル化(globalization of religion) 人・情報・資本の越境的移動の加速に伴い、宗教の伝播・変容・競合がグローバルな規模で展開する現象。宗教のトランスナショナルなネットワーク化、ディアスポラ宗教共同体の形成、メディアを通じた宗教の拡散などを含む。世俗化論の「宗教衰退」予測に対する反証としても注目される。

社会学者ピーター・バイヤー(Peter Beyer, 1949-)は、宗教のグローバル化を分析する枠組みとして、ニクラス・ルーマン(Niklas Luhmann)のシステム理論を援用した。バイヤーは『宗教とグローバル化』(Religion and Globalization, 1994)において、グローバル化がもたらす「包摂」(inclusion)と「排除」(exclusion)の論理が宗教運動を活性化させると論じた。グローバル化は地域的な文化的アイデンティティを脅かすため、宗教が文化的差異の標識(マーカー)として再活性化される。バイヤーはこれを「機能的」宗教(社会全体の統合に寄与する宗教)と「パフォーマンス的」宗教(特定集団のアイデンティティを強化する宗教)の区別によって分析した。

ペンテコステ運動のグローバルな拡大

20世紀の宗教史における最も顕著なグローバルな現象の一つが、ペンテコステ運動(Pentecostalism)の爆発的拡大である。

Key Concept: ペンテコステ運動(Pentecostalism) 聖霊の賜物(異言、預言、神癒)を重視するキリスト教運動。1901年の米国トピカ(カンザス州)および1906年のアズサ・ストリート・リバイバル(ロサンゼルス)を起源とし、20世紀を通じてグローバルに拡大した。現在の信者数は推定6億人以上とされ、カトリック教会に次ぐキリスト教第二の勢力となっている。

ペンテコステ運動は1901年、チャールズ・フォックス・パーハム(Charles Fox Parham, 1873-1929)がカンザス州トピカで開いた聖書学校での異言(glossolalia)体験を直接の起源とする。その後、1906年にウィリアム・ジョセフ・シーモア(William Joseph Seymour, 1870-1922)がロサンゼルスのアズサ・ストリートで開始したリバイバル集会が、運動の決定的な転機となった。このアズサ・ストリート・リバイバルは約3年間にわたって継続し、人種・階級を超えた参加者を集めた。

ペンテコステ運動の社会学的特徴として、以下の点が挙げられる。

身体的・感情的な宗教経験の重視: 異言(舌を使って意味不明の言葉を語る現象)、神癒(divine healing)、預言、聖霊のバプテスマといった身体的・感覚的な宗教体験を信仰の中核に置く。知的な教義理解よりも直接的な霊的経験を重視する点で、ウィルソンの類型論では回心主義型に分類される。

土着化(indigenization)の能力: ペンテコステ運動がグローバルに拡大した要因として、高度な「土着化」能力が指摘されている。西洋的な神学的枠組みに拘束されず、各地の民俗的信仰・治癒実践・音楽様式を柔軟に取り込むことで、多様な文化的文脈に適応する。アフリカにおけるペンテコステ運動は、伝統的な霊的世界観(精霊、祖霊、呪術)をキリスト教的な枠組みで再解釈し、「悪霊からの解放」(deliverance)という実践を中核に据えている。ラテンアメリカでは、カトリック的な聖人崇拝の文化と融合しつつも、個人的な回心体験と禁酒・禁煙・家庭的責任の倫理を強調することで、社会的上昇の通路として機能している。

社会経済的文脈: デイヴィッド・マーティン(David Martin, 1929-2019)は『舌の火』(Tongues of Fire, 1990)において、ラテンアメリカにおけるペンテコステ運動の拡大を分析し、この運動がウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理」に匹敵する倫理的変革を南半球にもたらしていると論じた。ペンテコステ運動への改宗は、アルコール依存や家庭内暴力からの離脱、貯蓄と教育への投資、互酬的な教会コミュニティへの参加を促し、結果として社会経済的上昇の機制として機能するという。

イスラーム復興運動

20世紀後半のグローバルな宗教動態を語る上で不可欠なのが、イスラーム復興運動(Islamic revival / al-sahwa al-islamiyya)である。

Key Concept: イスラーム復興運動(Islamic revival / Islamic resurgence) 20世紀後半以降、イスラーム世界の広範な地域で展開された、イスラーム的価値・制度・実践への回帰を志向する多様な運動の総称。世俗的近代化への反動としてのみ理解すべきではなく、グローバル化・ポスト植民地主義・国家建設といった複合的な文脈の中で分析される必要がある。

イスラーム復興運動は単一の運動ではなく、極めて多様な潮流を含む。その主要な系譜を整理すると以下のようになる。

ムスリム同胞団(al-Ikhwan al-Muslimun): 1928年にエジプトでハサン・アル=バンナー(Hasan al-Banna, 1906-1949)が創設した運動。イスラーム法(シャリーア)に基づく社会改革を志向し、教育・福祉活動を基盤として大衆的支持を獲得した。その後、エジプトを超えてシリア、ヨルダン、パレスチナなど広域に拡大した。サイイド・クトゥブ(Sayyid Qutb, 1906-1966)による「ジャーヒリーヤ」(前イスラーム的無知の状態)概念の急進的解釈は、後のイスラーム主義運動に大きな影響を与えた。

イラン革命(1979年): ルーホッラー・ホメイニー(Ruhollah Khomeini, 1902-1989)に率いられた革命は、シーア派のイスラーム法学者による統治(ヴェラーヤテ・ファギーフ、法学者の統治)という新しい政治的モデルを提示した。イラン革命はイスラーム復興運動全体に巨大な衝撃を与え、イスラーム的統治が現実的に可能であることを示した。

社会学的な観点からは、イスラーム復興運動の担い手が都市の高学歴中間層(大学生、エンジニア、医師等)に集中しているという知見が重要である。オリヴィエ・ロワ(Olivier Roy, 1949-)は『グローバル化するイスラム』(L'Islam mondialise, 2002)において、グローバル化に伴うディアスポラ・ムスリムの増加が、文化的文脈から切り離された「脱領域化されたイスラーム」(deterritorialized Islam)を生み出していると論じた。ヨーロッパに移住したムスリム第二世代・第三世代は、親世代の民族的・地域的なイスラームではなく、グローバルなウンマ(イスラーム共同体)への帰属意識に基づく「純化された」イスラーム的アイデンティティを志向する傾向がある。

宗教的ナショナリズム

Key Concept: 宗教的ナショナリズム(religious nationalism) 宗教的アイデンティティと国民的・民族的アイデンティティが融合し、国家建設やナショナリズム運動の中核的原理として宗教が動員される現象。世俗的ナショナリズムの代替ないし補完として、20世紀後半以降グローバルに顕在化した。

マーク・ユルゲンスマイヤー(Mark Juergensmeyer, 1940-)は『グローバル時代の宗教的反乱』(The New Cold War? Religious Nationalism Confronts the Secular State, 1993)において、宗教的ナショナリズムを世俗的ナショナリズムの「失敗」に対する応答として分析した。ユルゲンスマイヤーによれば、ポスト植民地国家において世俗的ナショナリズムが経済的発展・社会的公正・政治的安定を実現できなかったことが、宗教を代替的な社会秩序の原理として再浮上させた。

宗教的ナショナリズムの具体的な展開として、以下の事例が挙げられる。

事例 宗教 特徴
インドのヒンドゥー・ナショナリズム(ヒンドゥトヴァ) ヒンドゥー教 インドを「ヒンドゥー国家」として定義し、ムスリムや他の少数派を排除する傾向
イスラエルの宗教的シオニズム ユダヤ教 聖書的土地の約束を領土的主張の根拠とする
米国のキリスト教右派 キリスト教(プロテスタント福音派) 「キリスト教国家」としてのアメリカの再定義を志向
スリランカの仏教ナショナリズム 上座部仏教 シンハラ仏教徒のアイデンティティと国家を同一視

これらの事例に共通するのは、宗教が単なる個人的信仰の領域を超えて、国家の正統性の源泉・集合的アイデンティティの核として機能している点である。ホセ・カサノヴァ(Jose Casanova, 1951-)の概念を用いれば、これは宗教の「脱私事化」(de-privatization)── 宗教が近代の世俗化論が想定した「私的領域」から「公的領域」へと再参入する現象 ── の一形態として理解できる。


宗教とジェンダー

宗教的権威とジェンダー構造

宗教社会学におけるジェンダー分析は、1970年代以降のフェミニズム第二波を背景として本格化した。その基本的な問題関心は、宗教がジェンダー秩序の形成・維持・正当化にどのように関与しているか、という点にある。

Key Concept: 宗教的家父長制(religious patriarchy) 宗教的教義・制度・象徴体系が男性の権威と女性の従属を正当化し再生産する構造。聖典解釈における男性中心主義、宗教的指導権からの女性の排除、神の男性的表象などを含む。フェミニスト宗教学の中心的な批判対象である。

世界の主要な宗教伝統のほぼすべてにおいて、宗教的権威構造にはジェンダーの非対称性が組み込まれている。この非対称性は、教義的正当化、制度的排除、象徴的表象の三つのレベルで作用する。

教義的正当化: 聖典のテクストが男女の役割分担を神的秩序として定義する。キリスト教における「女は教会では黙っていなさい」(コリント前書14:34)、イスラームにおける男性の女性に対する「保護者」(カッワーム)的地位を定めるクルアーンの節(4:34)、ヒンドゥー教の『マヌ法典』における女性の従属的地位の規定などがその典型である。

制度的排除: 多くの宗教伝統において、最高位の宗教的権威(司祭、イマーム、ラビ、僧侶等)への女性のアクセスは制度的に制限されてきた。カトリック教会は現在でも女性の叙階を認めていない。正統派ユダヤ教ではラビや正式な礼拝の主導的役割から女性が排除されている。上座部仏教では比丘尼(女性僧侶)の正式な戒壇が多くの地域で途絶している。

象徴的表象: 神の男性的表象(父なる神、王としての神)が宗教的想像力における男性の優位を自然化する。この象徴的次元は、教義的・制度的次元よりも深層的であり、意識的な改革の対象となりにくい。

女性聖職者問題

女性聖職者(women's ordination)問題は、宗教的権威とジェンダーの交差を最も先鋭的に示す論点の一つである。

キリスト教内部では、女性の叙階をめぐって大きな分裂が存在する。プロテスタント諸派では19世紀後半から女性の聖職を認める動きが始まり、20世紀後半に加速した。米国聖公会(1976年)、イングランド国教会(1994年、主教叙階は2015年)、ルーテル派世界連盟加盟教会の多く、改革派教会などが女性の叙階を認めている。一方、カトリック教会はヨハネ・パウロ2世の使徒的書簡『オルディナツィオ・サチェルドターリス』(Ordinatio Sacerdotalis, 1994)において、女性の叙階を認めない立場を「決定的に保持すべき」教義であると宣言した。その論拠は、イエスが十二使徒として男性のみを選んだこと、および2000年にわたる教会の一貫した伝統に求められている。

ユダヤ教においても、改革派(1972年に初の女性ラビ誕生)と保守派(1985年)は女性のラビ就任を認めているが、正統派はこれを認めていない。イスラームでは、女性が男女混合の礼拝を主導することの可否をめぐって議論がある。2005年にアミーナ・ワドゥード(Amina Wadud, 1952-)がニューヨークで男女混合の金曜礼拝を主導し、大きな論争を引き起こした。

社会学的に見ると、女性聖職者の受容度は宗教的伝統の教義的立場のみならず、当該社会のジェンダー規範、政治的文脈、世代的変化など複合的な要因に規定される。マーク・チェイブス(Mark Chaves, 1960-)は『女性を叙階する』(Ordaining Women, 1997)において、アメリカのデノミネーションが女性の叙階を認める決定に至る過程を組織社会学的に分析し、教義的議論よりも組織的正統性(organizational legitimacy)の論理 ── すなわち、社会的環境における正統性の維持を図る組織的適応 ── が決定的な要因であることを示した。

フェミニスト宗教学の展開

Key Concept: フェミニスト宗教学(feminist study of religion) 宗教の教義・制度・実践・象徴体系をジェンダーの視点から批判的に分析する学問的立場。1970年代以降に本格化し、宗教的家父長制の批判、女性の宗教経験の可視化、宗教的象徴の再解釈、ジェンダー包括的な神学の構築などを含む。

フェミニスト宗教学の先駆者として、メアリ・デイリー(Mary Daly, 1928-2010)が挙げられる。デイリーは『教会と第二の性』(The Church and the Second Sex, 1968)でカトリック教会の性差別を批判し、さらに『父なる神を超えて』(Beyond God the Father, 1973)では、キリスト教の神概念そのものが家父長制の究極的な正当化装置であると主張した。デイリーの有名なテーゼ「神が男であるならば、男は神である」(If God is male, then the male is God)は、神の男性的表象と世俗的な男性支配の共犯関係を端的に表現している。

デイリーが最終的にキリスト教そのものから離脱した「ポスト・キリスト教」的立場をとったのに対し、ロザマリー・ラドフォード・ルーサー(Rosemary Radford Ruether, 1936-2022)はキリスト教内部からの改革を志向した。ルーサーは『性差別と神の語り』(Sexism and God-Talk, 1983)において、キリスト教の伝統の中に家父長制を批判する「預言者的原理」が内在していると論じ、この原理を根拠としてジェンダー包括的な神学の再構築を試みた。

フェミニスト宗教学はキリスト教神学の枠内にとどまらず、比較宗教学的な展開を遂げている。リタ・グロス(Rita Gross, 1943-2015)は『フェミニズムと宗教』(Feminism and Religion, 1996)において、仏教とフェミニズムの対話を試み、仏教の「空」の思想が本質主義的なジェンダー二元論を脱構築する可能性を論じた。イスラーム・フェミニズムの分野では、前述のアミーナ・ワドゥードが『クルアーンと女性』(Qur'an and Woman, 1992)において、クルアーンのジェンダー包括的な再読解を試みている。

フェミニスト宗教学の理論的発展の中で、重要な批判の一つが「交差性」(intersectionality)の視点である。初期のフェミニスト宗教学は白人中産階級女性の経験を暗黙の規範としていたが、ウーマニスト神学(womanist theology)の提唱者であるデローレス・ウィリアムズ(Delores S. Williams, 1937-2022)らは、人種・階級・ジェンダーが交差する地点から宗教経験を分析する必要性を主張した。ムヘリスタ(mujerista)神学を提唱したアダ・マリア・イサシ=ディアス(Ada Maria Isasi-Diaz, 1943-2012)は、ラテンアメリカ系女性の宗教経験に焦点を当てた。

graph TD
    A["フェミニスト宗教学の展開"]
    A --> B["第1段階: 批判と告発<br/>(1960-70年代)"]
    A --> C["第2段階: 再構築と代替<br/>(1980-90年代)"]
    A --> D["第3段階: 交差性と多声性<br/>(1990年代-)"]

    B --> B1["デイリー<br/>『父なる神を超えて』<br/>宗教的家父長制の告発"]
    B --> B2["女性の宗教経験の<br/>不可視性の指摘"]

    C --> C1["ルーサー<br/>ジェンダー包括的<br/>キリスト教神学"]
    C --> C2["グロス<br/>仏教とフェミニズムの<br/>対話"]
    C --> C3["ワドゥード<br/>クルアーンの<br/>ジェンダー包括的再読"]

    D --> D1["ウーマニスト神学<br/>(ウィリアムズ)<br/>人種×ジェンダー"]
    D --> D2["ムヘリスタ神学<br/>(イサシ=ディアス)<br/>民族×ジェンダー"]
    D --> D3["ポストコロニアル・<br/>フェミニスト宗教学"]

まとめ

  • チャーチ-セクト類型論は、トレルチ・ニーバー・インガーの基本枠組みを超えて、ウィルソンの「世界への応答」に基づくセクト七類型、スターク=ベインブリッジのカルト形成三モデルへと発展した。ウィルソンの類型論はセクトの内部的多様性を救済論の構造から把握する枠組みを提供し、スターク=ベインブリッジは新しい宗教運動の形成メカニズムを合理的選択理論の枠組みで分析した。
  • グローバル化は宗教の衰退をもたらすのではなく、宗教の越境的拡散・再活性化・変容を促進している。ペンテコステ運動のグローバルな拡大は、その高い「土着化」能力と社会経済的上昇の機制としての機能を示し、イスラーム復興運動はグローバル化に対する多様な応答の諸相を体現している。
  • 宗教的ナショナリズムは、世俗的ナショナリズムの「失敗」に対する応答として、宗教を国家の正統性とアイデンティティの源泉に据える運動であり、カサノヴァの「脱私事化」概念で分析される。
  • フェミニスト宗教学は、宗教的家父長制の教義的・制度的・象徴的批判、ジェンダー包括的な神学の再構築、交差性の視点による多声的分析へと段階的に発展してきた。宗教とジェンダーの関係は、宗教社会学において不可避の分析軸となっている。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
セクトの応答類型 sectarian response types ウィルソンが提唱した、セクトを「世界への応答」の様式に基づいて7類型に分類する枠組み
カルト形成の三モデル three models of cult formation スターク=ベインブリッジが提示した、新宗教運動形成のメカニズム(精神病理・起業家・亜文化的進化)
宗教のグローバル化 globalization of religion 宗教の伝播・変容・競合がグローバルな規模で展開する現象
ペンテコステ運動 Pentecostalism 聖霊の賜物(異言・神癒・預言)を重視するキリスト教運動。20世紀最大の宗教的拡大の一つ
土着化 indigenization 宗教が各地の文化的文脈に適応し、土着の信仰実践と融合する過程
イスラーム復興運動 Islamic revival / Islamic resurgence イスラーム的価値・制度への回帰を志向する20世紀後半以降の多様な運動の総称
脱領域化されたイスラーム deterritorialized Islam ロワの概念。特定の文化的・地域的文脈から切り離されたグローバルなイスラーム的アイデンティティ
宗教的ナショナリズム religious nationalism 宗教的アイデンティティと国民的アイデンティティが融合し、国家建設の原理として宗教が動員される現象
宗教的家父長制 religious patriarchy 宗教的教義・制度・象徴が男性の権威と女性の従属を正当化・再生産する構造
フェミニスト宗教学 feminist study of religion 宗教の教義・制度・象徴をジェンダーの視点から批判的に分析する学問的立場
ウーマニスト神学 womanist theology 黒人女性の経験に基づいてキリスト教神学を再構築する立場。人種×ジェンダーの交差性を重視
交差性 intersectionality 人種・ジェンダー・階級等の社会的カテゴリーが相互に交差し重層的に作用するという分析視座

確認問題

Q1: ブライアン・ウィルソンのセクト応答類型論は、従来のチャーチ-セクト類型論をどのように発展させたか。回心主義型と革命主義型を対比しつつ、ウィルソンの理論的貢献を論ぜよ。

A1: 従来のチャーチ-セクト類型論はセクトを「社会と緊張関係にある宗教集団」として均質的に扱ったが、ウィルソンはセクトが「世界の悪」にどう応答するかという救済論的様式に基づいて七類型に分類し、セクトの内部的多様性を体系的に把握した。回心主義型(救世軍、ペンテコステ諸派)は世界の堕落を認識しつつも個人の回心によって救済が可能だと考え、積極的な伝道活動を展開する。一方、革命主義型(エホバの証人など)は超自然的力による世界の根本的転覆(千年王国の到来)を待望し、現世の改革には関与しない。同じ「セクト」カテゴリーでも、社会への態度・組織構造・信者の行動様式が根本的に異なることをウィルソンは明示し、宗教運動の個別的特性の精密な分析を可能にした。

Q2: ペンテコステ運動がグローバルに拡大した社会学的要因を、「土着化」の概念と社会経済的機能の両面から説明せよ。

A2: ペンテコステ運動のグローバルな拡大には二つの社会学的要因がある。第一に、高い「土着化」能力である。ペンテコステ運動は知的な教義体系よりも身体的・感情的な霊的体験(異言・神癒・聖霊のバプテスマ)を重視するため、西洋的神学に拘束されず各地の民俗的信仰を柔軟に取り込む。アフリカでは伝統的な霊的世界観を「悪霊からの解放」として再解釈し、ラテンアメリカではカトリック文化と融合しつつ独自の展開を遂げた。第二に、社会経済的上昇の機制としての機能である。マーティンが論じたように、ペンテコステ運動への改宗は禁酒・禁煙・家庭的責任の倫理を伴い、貯蓄と教育への投資を促進する。互酬的な教会コミュニティが社会関係資本として機能し、結果的にウェーバーが論じた「プロテスタンティズムの倫理」に比肩する倫理的変革を南半球で引き起こしている。

Q3: 宗教的ナショナリズムを、カサノヴァの「脱私事化」概念を用いて説明し、具体的事例を一つ挙げて論ぜよ。

A3: カサノヴァの「脱私事化」とは、近代の世俗化論が想定した宗教の「私的領域」への退却に反して、宗教が「公的領域」へと再参入する現象を指す。宗教的ナショナリズムはこの脱私事化の一形態であり、宗教が個人的信仰を超えて国家の正統性の源泉・集合的アイデンティティの核として機能する。具体的事例としてインドのヒンドゥー・ナショナリズム(ヒンドゥトヴァ)が挙げられる。この運動はインドを「ヒンドゥー国家」として定義し、ヒンドゥー的価値を国家のアイデンティティの根幹に据える。世俗的なネルー主義的ナショナリズムが経済格差や社会的矛盾を解決できなかったことへの応答として、ヒンドゥー教が代替的な社会秩序の原理として動員されているのである。

Q4: フェミニスト宗教学において、メアリ・デイリーとロザマリー・ルーサーの立場はどのように異なるか。両者の「宗教的家父長制」への対処法の違いを中心に論ぜよ。

A4: デイリーとルーサーは、宗教的家父長制の批判という問題意識を共有しつつも、その対処法において根本的に異なる立場をとった。デイリーは『父なる神を超えて』において、キリスト教の神概念そのものが家父長制の究極的正当化装置であると主張し(「神が男であるならば、男は神である」)、最終的にキリスト教を離脱する「ポスト・キリスト教」的立場に至った。これに対しルーサーは、キリスト教の伝統内部に家父長制を批判しうる「預言者的原理」が内在していると論じ、この内在的批判原理を根拠としてキリスト教内部からジェンダー包括的な神学の再構築を試みた。デイリーが伝統の外に出ることで家父長制からの解放を図ったのに対し、ルーサーは伝統の内在的資源を用いた改革を志向した点で、両者は対照的である。

Q5: 「交差性」の視点は、初期フェミニスト宗教学のどのような限界を克服しようとしたか。ウーマニスト神学またはムヘリスタ神学を例に説明せよ。

A5: 初期のフェミニスト宗教学は、白人中産階級女性の経験を暗黙の規範とし、「女性」を均質的なカテゴリーとして扱う傾向があった。交差性の視点は、人種・階級・ジェンダーが相互に交差し重層的に作用するという認識に基づき、この均質化の限界を克服しようとした。たとえばウーマニスト神学の提唱者デローレス・ウィリアムズは、黒人女性の宗教経験が白人女性のそれとは質的に異なることを主張した。黒人女性は家父長制による抑圧と人種差別による抑圧を同時に経験しており、白人女性フェミニストの宗教批判は人種的特権を無自覚に前提としている。ウーマニスト神学は、人種とジェンダーが交差する地点から聖書を読み直し、ハガル(アブラハムの側女)のような周縁化された女性の物語に注目することで、支配的なフェミニスト神学では不可視化されていた宗教経験を可視化した。