コンテンツにスキップ

Module 2-9 - Section 3: 進化心理学・神経科学と宗教

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-9: 宗教心理学・認知科学的宗教学
前提セクション Section 2(認知科学的宗教研究)
想定学習時間 6時間

導入

Section 2では、認知科学的宗教研究(CSR)がボイヤーのMCI理論、バレットのHADD仮説、アトランの聖なる価値観論を通じて、宗教的概念が人間の通常の認知メカニズムの産物として発生する過程を分析した。CSRのまとめにおいて示唆されたように、宗教的認知を生み出す認知メカニズムが進化的適応(adaptation)として自然選択により形成されたのか、それとも適応の副産物(by-product)にすぎないのかという問いは、CSRの中核的論争の一つである。

本セクションでは、まず宗教の進化心理学的説明を二つの立場――適応主義的説明と副産物仮説――に整理し、集団選択理論と高価な信号理論を中心にその論争を検討する。続いて、宗教体験の神経科学的研究に転じ、パーシンガーの「神の兜」実験、ニューバーグのニューロセオロジー、瞑想のfMRI研究を概観し、宗教と脳の関係についての現在の知見を整理する。


宗教の進化心理学的説明

適応主義 vs 副産物仮説

宗教が進化的にどのように位置づけられるかについて、進化心理学・進化生物学の研究者は大きく二つの立場に分かれる。

適応主義的説明(adaptationist account)は、宗教的信念・行動それ自体が自然選択によって形成された適応形質であり、信仰者ないし信仰集団に何らかの適応度上の利益をもたらすと主張する。この立場では、宗教は進化の過程で集団の協力・凝集・存続に寄与したがゆえに選択されたとされる。

副産物仮説(by-product hypothesis)は、宗教的認知は行為者検出(HADD)、直感的存在論、社会的交換の監視といった、それ自体は適応的な認知メカニズムの副産物(by-product)ないしスパンドレル(spandrel)として発生したものであり、宗教それ自体が自然選択の標的ではなかったと主張する。

スパンドレル概念は、古生物学者スティーヴン・ジェイ・グールド(Stephen Jay Gould, 1941-2002)とリチャード・ルウォンティン(Richard Lewontin)が1979年の論文「サンマルコのスパンドレルとパングロス的パラダイム」で導入したものである。建築のスパンドレル(アーチとアーチの間に必然的に生じる三角形の空間)が構造的必然から生じたのちに装飾の場として利用されるように、進化においてもある形質の副産物として生じた特性が後に利用される(離用 exaptation)ことがある。ボイヤーやアトランは宗教をこのスパンドレルの一例と位置づけ、宗教は行為者検出や直感的推論といった適応的認知メカニズムの副産物として発生したものであり、宗教のための遺伝子が選択されたわけではないと論じた。

現在の学術的コンセンサスとしては、副産物仮説がCSR研究者の間では優勢であるが、適応主義的説明も一定の支持を得ており、両者は必ずしも排他的ではないとする見方もある。

graph TD
    subgraph 進化心理学における宗教の位置づけ
        Q["宗教はなぜ進化したか?"]
        A["適応主義的説明<br/>宗教それ自体が適応形質"]
        B["副産物仮説<br/>他の適応の副産物"]
    end

    Q --> A
    Q --> B

    A --> A1["集団選択理論<br/>(D.S. ウィルソン)"]
    A --> A2["高価な信号理論<br/>(ソシス、アイアノネ)"]

    B --> B1["認知的副産物<br/>(ボイヤー、アトラン)"]
    B --> B2["スパンドレル<br/>(グールド)"]

    A1 --> C["集団間競争で<br/>協力的集団が有利"]
    A2 --> D["宗教的儀礼が<br/>信頼のシグナルとなる"]
    B1 --> E["HADD・MCI等の<br/>認知メカニズムの転用"]
    B2 --> F["離用(exaptation)<br/>による二次的利用"]

集団選択理論と宗教

適応主義的説明の代表的論者が、進化生物学者デイヴィッド・スローン・ウィルソン(David Sloan Wilson, 1949-)である。ウィルソンは主著『ダーウィンの大聖堂――宗教の進化・機能・未来』(Darwin's Cathedral: Evolution, Religion, and the Nature of Society, 2002)において、宗教を集団レベルの適応(group-level adaptation)として論じた。

ウィルソンの議論は、エリオット・ソーバー(Elliott Sober)との共著『他者のために――利他主義の進化と心理学』(Unto Others: The Evolution and Psychology of Unselfish Behavior, 1998)で提示した多層的選択理論(multilevel selection theory)に基づく。従来の進化生物学では、自然選択は主として個体レベル(あるいは遺伝子レベル)で作用するとされてきたが、多層的選択理論は、選択が遺伝子・個体・集団といった複数の階層で同時に作用しうると主張する。個体間選択では利他的行動は不利であるが、集団間選択では利他的個体を多く含む集団が競争に勝つため、集団間の差異が十分に大きく個体間選択の不利を上回る場合に、利他的行動が進化しうる。

ウィルソンはこの枠組みを宗教に適用し、宗教的信念・儀礼・制度が集団内の協力と凝集を促進することで、宗教的集団が非宗教的集団との競争において優位に立つと論じた。ウィルソンはこの主張を支持する事例として、初期キリスト教の急速な拡大(疫病時に信徒が相互扶助を行ったことによる生存率の優位性)、カルヴァン主義ジュネーヴの社会組織、ユダヤ教コミュニティの存続などを分析した。

ただし、集団選択理論に対しては、進化生物学の主流から根強い批判がある。第一に、集団間選択が個体間選択を凌駕するために必要な条件(集団間の遺伝的分散が集団内の分散を上回ること)が自然界で充足されることは稀であるという批判がある。第二に、集団選択論で説明される現象の多くは、血縁選択(kin selection)や互恵的利他主義(reciprocal altruism)など、個体レベルの選択メカニズムで説明可能であるという批判がある。第三に、宗教の事例についても、相関関係(宗教的集団が存続した)と因果関係(宗教のゆえに存続した)の区別が十分になされていないという方法論的批判がある。


高価な信号理論と宗教

理論的基盤

Key Concept: 高価な信号理論(Costly Signaling Theory) 生物が偽装困難なコストを伴う行動によって自らの質や意図を他者に信頼性をもって伝達するメカニズムの理論。宗教的文脈では、苦痛・危険・経済的負担を伴う儀礼への参加が、集団へのコミットメントの真正性を信号として伝え、協力の基盤を形成するとされる。

高価な信号理論は、もともと進化生物学者アモツ・ザハヴィ(Amotz Zahavi, 1928-2017)が提唱したハンディキャップ原理(handicap principle, 1975)に由来する。ザハヴィは、クジャクの尾のように生存に不利な形質が性的選択で維持される理由を、そのコストの高さゆえに信号の信頼性が保証されるためだと論じた。高コストの信号は偽装が困難であるため、受信者はその信号を信頼性のある情報として利用できる。

人類学者リチャード・ソシス(Richard Sosis)は、この理論を宗教的行動の分析に導入した。宗教的儀礼は、参加者に身体的苦痛(イニシエーション儀礼における割礼、焼灼、断食)、経済的コスト(寄付、十分の一税、生産活動の中断)、時間的負担(毎日の祈祷、安息日の労働禁止)を課す。これらのコストは偽装が困難(hard-to-fake)であり、参加者の集団への誠実なコミットメントを信号として伝達する。儀礼的コストを払う個体は「フリーライダーではない」という情報を集団に提供し、これが集団内の信頼と協力を促進する。

ソシスのコミューン研究

ソシスとブレスラー(Eric R. Bressler)は、高価な信号理論の予測を歴史的データで検証する研究(2003)を行った。19世紀アメリカの宗教的コミューンと世俗的コミューンの存続期間を比較分析した結果、以下の知見が得られた。

第一に、宗教的コミューンは世俗的コミューンよりも有意に長く存続した。第二に、宗教的コミューンにおいて、成員に課す高価な要求(costly demands)の数とコミューンの存続期間の間に正の線形関係が認められた。すなわち、より多くの犠牲(食事制限、服装規定、断食、性的禁欲など)を要求する宗教的コミューンほど、より長く存続した。第三に、世俗的コミューンにおいては、高価な要求の数と存続期間の間にこのような関係は見られなかった。

この非対称性は、高価な信号理論が予測するところと合致する。宗教的文脈では高価な行動が超自然的行為者への義務として意味づけられ、信号としての機能が強化されるが、世俗的文脈ではそのような意味づけが欠如するため、コストが信号として有効に機能しない。

キブツ研究

ソシスとブラッドリー・ルッフル(Bradley J. Ruffle)は、イスラエルのキブツ(kibbutz)を対象としたフィールド実験(2003, 2006)でも高価な信号理論の検証を行った。宗教的キブツと世俗的キブツの成員に経済ゲーム(共有資源ゲーム)を実施させた結果、宗教的キブツの男性成員は世俗的キブツの成員よりも有意に高い協力率を示した。さらに、宗教的儀礼への参加頻度と協力行動の間に正の相関が認められた。ただし、この効果は男性にのみ顕著であり、女性ではキブツの宗教性による差異は限定的であった。ソシスはこの性差を、ユダヤ教の儀礼的義務が男性に集中していることと関連づけて解釈した。

高価な信号理論への批判

高価な信号理論に対しては、いくつかの重要な批判がある。

第一に、宗教的行動のコストがすべて「信号」として機能しているのかという問いがある。宗教的儀礼のコストは、信号としての機能だけでなく、参加者の心理的変容(通過儀礼による集団帰属意識の内面化)、共有された身体的経験による情動的結合、超自然的制裁への恐怖による行動規制など、複数のメカニズムを通じて集団の凝集を促進しうる。信号理論はこれらの代替的メカニズムを排除できていないという批判がある。

第二に、ソシスのコミューン研究の解釈についても、宗教的コミューンの存続要因がコストの信号機能だけでなく、共通の信念体系による意味付与、宗教的権威による組織的安定性、世俗社会からの差別による集団凝集の強化など、複数の要因にある可能性が指摘されている。

第三に、集団内の信号の受信と評価が実際にどのように行われるかという微視的メカニズムの解明が不十分であるという批判がある。


副産物仮説の詳細

ボイヤーとアトランの立場

Section 2で検討したボイヤーとアトランの理論は、基本的に副産物仮説の立場に立つ。ボイヤーは宗教を「特定の認知的傾向の組み合わせの副産物」として位置づける。行為者検出の過敏性(HADD)、直感的存在論に基づくカテゴリー的推論、社会的交換の監視、汚染回避、死者の表象――これらはいずれも進化的に適応的な認知メカニズムであるが、宗教のために進化したものではない。これらのメカニズムが特定の環境条件下で組み合わさることで、超自然的行為者の概念、儀礼的行為、道徳的規範と超自然的制裁の結合といった宗教的表象が「自然に」生成される。

アトランもまた、宗教それ自体は自然選択の直接的産物ではなく、「進化的景観」(evolutionary landscape)のなかで認知的・社会的メカニズムの組み合わせから創発するものであると論じた。ただしアトランは、宗教がいったん発生した後は、集団的コミットメントの装置として社会的機能を果たしうるという点を強調する。この意味でアトランの立場は、純粋な副産物仮説と適応主義的説明の中間に位置する。

副産物から離用へ

副産物仮説と適応主義的説明を統合する試みとして、宗教を離用(exaptation)として理解する立場がある。グールドとエリザベス・ヴルバ(Elisabeth Vrba)が1982年に導入した離用概念は、ある機能のために進化した形質が、後に別の機能に転用されるという現象を指す。この枠組みでは、宗教的認知はHADD等の副産物として発生した後、集団の凝集や協力の促進という新たな機能を獲得し、文化的選択(cultural selection)によって精緻化されたと理解される。この統合的立場は、発生の機序については副産物仮説を、その後の維持・精緻化については適応主義的説明を採用するものであり、現在の研究者の多くが支持する折衷的見解である。


神経科学と宗教

ニューロセオロジーの成立

宗教的体験の神経基盤を探る研究は、1990年代以降の神経画像法の発達とともに急速に展開した。この研究領域はニューロセオロジー(neurotheology)と呼ばれることがある。ニューロセオロジーという語は、1984年にジェイムズ・アシュブルック(James B. Ashbrook)が使用したのが初期の例とされるが、この領域を体系的に確立したのは放射線医学者・神経科学者のアンドリュー・ニューバーグ(Andrew B. Newberg, 1966-)である。

ニューバーグはユージン・ダキリ(Eugene G. d'Aquili, 1940-1998)との共著『神はなぜ消えないのか?――脳科学と宗教の謎』(Why God Won't Go Away: Brain Science and the Mind of God, 2001)および単著『ニューロセオロジーの原理』(Principles of Neurotheology, 2010)において、瞑想・祈祷・宗教的儀礼といった宗教的実践が脳の特定の領域に及ぼす影響を神経画像法によって研究する枠組みを提示した。

ニューバーグの研究は方法論的自然主義の立場をとる。すなわち、宗教的体験の神経相関(neural correlates)を同定することは、その体験が「単なる脳の活動にすぎない」ことを意味するのでも、「神が実在する」ことを意味するのでもない。神経科学は宗教的体験の形而上学的地位(超自然的原因の有無)については判断を保留し、あくまで体験の神経的基盤の記述に専念する。

ニューバーグの神経画像研究

ニューバーグらは、SPECT(単一光子放射断層撮影)、PET(陽電子放射断層撮影)、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)を用いて、瞑想中および祈祷中の脳活動を測定した。主要な知見は以下のとおりである。

チベット仏教瞑想者の研究: 瞑想中に頭頂葉(parietal lobe)、特に上頭頂小葉(superior parietal lobule)の活動が低下した。この領域は空間的定位(spatial orientation)と自己-環境の境界の知覚に関与しており、ニューバーグはこの活動低下が瞑想者が報告する「自他の境界の消失」「宇宙との一体感」といった体験と対応すると解釈した。

フランシスコ会修道女の祈祷: 異言の祈り(glossolalia)中に前頭葉の活動パターンの変化が観察された。通常の祈祷では前頭葉(意志的制御に関与)の活動が増大するが、異言の祈りでは前頭葉の活動が低下し、主体的制御の感覚の喪失と対応した。

これらの知見は、宗教的体験が特定の神経回路の活動変化と相関することを示すが、因果関係の方向(脳の活動変化が体験を生むのか、体験が脳の活動変化を引き起こすのか、あるいは両者が共通の原因をもつのか)については慎重な解釈が必要である。

パーシンガーの「神の兜」実験

神経科学と宗教の研究のなかで最も大きな公的反響を呼んだのが、カナダの神経科学者マイケル・パーシンガー(Michael A. Persinger, 1945-2018)による「神の兜」(God Helmet)実験である。

パーシンガーはスタンリー・コレン(Stanley Koren)と共同で、弱い複合磁場(complex magnetic fields)を側頭葉に照射する実験装置(コレン・ヘルメット、通称「神の兜」)を開発した。パーシンガーの仮説は、宗教的・スピリチュアルな体験が側頭葉の神経活動に起因するというものであり、側頭葉てんかん患者にしばしば宗教的体験が報告されるという臨床的知見に基づいている。

パーシンガーの報告によれば、「神の兜」を装着した被験者の多くが「存在の気配」(sensed presence)を報告した。すなわち、実験室に自分以外の誰かが存在するという感覚である。パーシンガーはこれを宗教的体験(神の臨在感)の神経的再現として解釈し、すべての宗教的体験は側頭葉の電磁気的活動に還元されうるという強い主張を行った。

パーシンガーの理論的枠組みは「ベクトル半球性仮説」(Vectorial Hemisphericity Hypothesis)と呼ばれる。これによれば、人間の自己感覚(sense of self)は左右の大脳半球がそれぞれ異なる寄与をすることで構成されるが、通常は左半球が優勢である。側頭葉への磁場刺激が右半球の自己感覚の成分を左半球の支配から一時的に解放すると、これが「自分以外の存在」として知覚される。宗教的文脈ではこの知覚が「神」「天使」「霊」として解釈される。

「神の兜」実験への批判

パーシンガーの実験は、複数の重大な方法論的批判にさらされている。

最も重要な批判は、ウプサラ大学の心理学者ペール・グランクヴィスト(Pehr Granqvist)らによる二重盲検追試研究(2005)である。グランクヴィストらは、パーシンガーの実験プロトコルを二重盲検条件(被験者も実験者も磁場の照射の有無を知らない条件)で再現し、磁場の照射と宗教的体験の報告の間に有意な関連を認めなかった。宗教的体験を報告した被験者は、磁場の有無にかかわらず、被暗示性(suggestibility)と吸収特性(absorption)の高い個人であった。この結果は、パーシンガーの実験における宗教的体験の報告が磁場刺激の効果ではなく、暗示効果と個人差に帰せられることを示唆する。

グランクヴィストらの追試結果は『Neuroscience Letters』(2005)に発表され、『Nature』(2004年12月)でも報道された。パーシンガーは磁場の波形パラメータの相違を理由にグランクヴィストの追試の妥当性を争ったが、独立した他のグループからも効果の非再現性が報告されており、現在の神経科学コミュニティでは「神の兜」実験の知見は十分に再現されていないというのが一般的評価である。

パーシンガーの実験は、宗教的体験を単純に側頭葉の電磁気的活動に還元するという還元主義的主張の問題を浮き彫りにした。宗教的体験には認知的解釈、文化的文脈、個人史、社会的状況が複雑に関与しており、単一の神経的メカニズムへの還元は、現象の多層性を捉え損ねる危険がある。


瞑想の神経科学的研究

デフォルトモードネットワークと瞑想

瞑想の神経科学は、パーシンガーの還元主義的アプローチとは異なり、方法論的に洗練された研究蓄積をもつ領域である。特に2000年代以降、fMRIを用いた瞑想研究が急速に進展した。

ブルワー(Judson A. Brewer)らの研究(2011, PNAS)は、熟練瞑想者と初心者の脳活動をfMRIで比較し、瞑想中のデフォルトモードネットワーク(Default Mode Network, DMN)の活動変化を検討した。DMNは内側前頭前皮質(medial prefrontal cortex)と後部帯状皮質(posterior cingulate cortex)を主要なノードとする脳のネットワークであり、自己参照的思考(self-referential thinking)、心のさまよい(mind-wandering)、内省に関与する。

主要な知見として、熟練瞑想者はすべての瞑想タイプ(集中瞑想、慈悲瞑想、開放的モニタリング瞑想)において、DMNの主要ノード(内側前頭前皮質、後部帯状皮質)が初心者と比較して相対的に不活性化していた。さらに、熟練瞑想者ではDMNと実行制御ネットワークとの機能的結合が変化しており、瞑想が長期にわたってDMNの活動パターンを変容させうることが示唆された。

DMNの活動低下は「自己」への固着の減弱と解釈されうる。仏教瞑想の伝統的な目標の一つである「無我」(anatta)の体験――固定的な自己の感覚の解体――と、DMNの不活性化との間には興味深い対応がある。ただし、主観的体験と神経活動の相関から、両者の因果関係や同一性を結論づけることは方法論的に慎重を要する。

瞑想研究の方法論的課題

瞑想の神経科学には、いくつかの方法論的限界がある。

第一に、多くの研究は横断的デザイン(熟練者と初心者の比較)であり、瞑想実践と脳の構造的・機能的変化の因果関係を確立するには、長期的な縦断的研究が必要である。瞑想を長期間実践する人がもともと特定の神経的特性をもっている可能性(自己選択バイアス)を排除できない。

第二に、「瞑想」は単一の実践ではなく、集中瞑想(samatha)、洞察瞑想(vipassana)、慈悲瞑想(metta)、禅の坐禅、キリスト教の観想祈祷(contemplative prayer)など、多様な伝統と技法を包含する。これらの異なる実践が脳に及ぼす影響が同一であるとは限らず、「瞑想」を一括して論じることの妥当性は限定的である。

第三に、瞑想研究における「熟練者」の定義が研究間で不統一である。累積瞑想時間、瞑想歴の年数、日常的実践の頻度のいずれを基準とするかが研究によって異なり、結果の比較可能性が制約される。


神経科学的研究の認識論的問題

宗教の神経科学的研究には、研究全体に通底する認識論的問題がある。

還元主義の問題: 宗教的体験にX領域の活動変化が伴うことは、その体験がX領域の活動に「すぎない」ことを意味しない。すべての意識的体験には神経相関があるのであり、宗教的体験に神経相関が見出されること自体は自明である。問題は、神経相関の同定が宗教的体験の十全な説明を構成するかどうかであり、多くの宗教学者と哲学者はこれを否定する。

逆推論の問題: 脳の特定領域の活動から特定の心理的状態を推論する「逆推論」(reverse inference)は、方法論的に問題がある。たとえば、頭頂葉の活動低下が「自他の境界の消失」と対応するという解釈は、頭頂葉の活動低下が他の心理的状態(空間的注意の変化等)とも関連しうることを十分に考慮していない。

方法論的中立性: ニューバーグが繰り返し強調するように、神経科学的知見は宗教的体験の「究極的な原因」(超自然的原因の有無)については判断を保留する。脳活動のパターンから「神は存在しない」とも「神は存在する」とも結論づけることは、神経科学の方法論的射程を超えている。


まとめ

  • 宗教の進化的位置づけについて、適応主義的説明(宗教それ自体が適応形質)と副産物仮説(他の適応的認知メカニズムの副産物)の二つの立場がある。CSR研究者の間では副産物仮説が優勢であるが、離用(exaptation)概念を用いた統合的見解も提示されている。
  • D.S. ウィルソンの集団選択理論は宗教を集団レベルの適応として論じたが、集団選択の条件充足の困難さ、代替的説明の可能性、相関と因果の区別に関する批判がある。
  • 高価な信号理論は、宗教的儀礼のコストが集団へのコミットメントの信頼性あるシグナルとして機能すると主張する。ソシスのコミューン研究・キブツ研究はこの理論を部分的に支持するが、代替的メカニズムの排除が不十分であるという批判がある。
  • ニューロセオロジーは宗教的体験の神経相関を神経画像法で研究する領域であり、ニューバーグの研究は瞑想中の頭頂葉の活動低下や前頭葉の活動変化を報告した。
  • パーシンガーの「神の兜」実験は大きな反響を呼んだが、グランクヴィストらの二重盲検追試で再現されず、現在では十分に支持されていない。
  • 瞑想の神経科学はDMNの活動低下など方法論的に洗練された知見を蓄積しているが、横断的デザインの限界、「瞑想」の多様性、「熟練者」の定義の不統一などの方法論的課題がある。
  • 宗教の神経科学的研究全体に、還元主義、逆推論、形而上学的中立性といった認識論的問題が通底している。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
高価な信号理論 Costly Signaling Theory 偽装困難なコストを伴う行動が自らの意図や質の信頼性あるシグナルとなるとする理論。宗教的文脈では儀礼のコストが集団コミットメントの信号として機能する
適応主義的説明 adaptationist account 宗教的信念・行動それ自体が自然選択により形成された適応形質であるとする立場
副産物仮説 by-product hypothesis 宗教的認知は他の適応的認知メカニズムの副産物であり、宗教それ自体は自然選択の標的ではなかったとする立場
スパンドレル spandrel 適応の副産物として構造的必然から生じた形質。グールドとルウォンティンが進化生物学に導入
離用 exaptation ある機能のために進化した形質が後に別の機能に転用されること。グールドとヴルバが命名
多層的選択理論 multilevel selection theory 自然選択が遺伝子・個体・集団といった複数の階層で同時に作用しうるとする理論
ハンディキャップ原理 handicap principle 生存に不利な高コスト形質が信号の信頼性を保証するために維持されるとする原理。ザハヴィが提唱
ニューロセオロジー neurotheology 宗教的体験・実践の神経相関を神経画像法等で研究する学際的領域
神の兜 God Helmet パーシンガーとコレンが開発した、弱い磁場を側頭葉に照射する実験装置。宗教的体験の神経的基盤を検証する目的で使用
ベクトル半球性仮説 Vectorial Hemisphericity Hypothesis 自己感覚が左右の大脳半球の異なる寄与から構成され、右半球の寄与が「他者の存在」として知覚されうるとするパーシンガーの仮説
デフォルトモードネットワーク Default Mode Network (DMN) 内側前頭前皮質と後部帯状皮質を主要ノードとし、自己参照的思考や心のさまよいに関与する脳ネットワーク
逆推論 reverse inference 脳の特定領域の活動パターンから特定の心理的状態を推論する方法。一対一対応が成立しない場合に誤りとなりうる

確認問題

Q1: 宗教の進化的起源に関する適応主義的説明と副産物仮説の相違を述べ、両者を統合する「離用」概念がどのような立場をとるかを説明せよ。

A1: 適応主義的説明は、宗教的信念・行動それ自体が自然選択によって形成された適応形質であり、信仰集団に適応度上の利益(協力の促進、集団の凝集等)をもたらすと主張する。代表例はD.S. ウィルソンの集団選択理論である。副産物仮説は、宗教的認知はHADD・直感的存在論・社会的交換の監視といった適応的認知メカニズムの副産物として発生したものであり、宗教それ自体は自然選択の直接的標的ではなかったと主張する。ボイヤーやアトランがこの立場をとる。離用概念はこの二つを統合し、宗教的認知の発生については副産物仮説を採用しつつ(認知的副産物として発生)、その後の維持・精緻化については適応主義的説明を採用する(集団の協力促進等の新たな機能を獲得し、文化的選択で精緻化された)という折衷的立場を提示する。

Q2: ソシスのコミューン研究において、宗教的コミューンと世俗的コミューンの間にどのような差異が見出されたか。この差異が高価な信号理論の予測とどのように合致するかを説明せよ。

A2: ソシスらは19世紀アメリカのコミューンの歴史的データを分析し、以下の差異を見出した。(1) 宗教的コミューンは世俗的コミューンよりも有意に長く存続した。(2) 宗教的コミューンでは、成員に課す高価な要求(食事制限、服装規定、断食、性的禁欲等)の数と存続期間の間に正の線形関係があった(より多くの犠牲を要求するほど長く存続した)。(3) 世俗的コミューンでは高価な要求の数と存続期間にこのような関係は見られなかった。高価な信号理論は、コストの高い行動が集団へのコミットメントの信頼性あるシグナルとして機能し、フリーライダーを排除して協力を促進すると予測する。宗教的文脈では高価な行動が超自然的行為者への義務として意味づけられることで信号機能が強化されるが、世俗的文脈ではそのような意味づけが欠如するためコストが有効な信号として機能しない。上記の非対称性はこの予測と合致する。

Q3: パーシンガーの「神の兜」実験の内容とその仮説を述べ、グランクヴィストらの追試研究によってどのような批判が提起されたかを説明せよ。

A3: パーシンガーは弱い複合磁場を側頭葉に照射する装置(「神の兜」)を用いて、被験者の多くが「存在の気配」(sensed presence)を報告したとし、宗教的体験は側頭葉の電磁気的活動に起因するという仮説(ベクトル半球性仮説)を提唱した。この仮説では、右半球の自己感覚の成分が磁場刺激によって左半球の支配から解放されると「自分以外の存在」として知覚され、宗教的文脈では「神」等として解釈されるとした。グランクヴィストらは二重盲検条件(被験者も実験者も磁場照射の有無を知らない条件)でこの実験を追試した結果、磁場の有無と宗教的体験の報告の間に有意な関連を認めなかった。宗教的体験を報告した被験者は磁場の有無にかかわらず被暗示性と吸収特性の高い個人であり、パーシンガーの実験結果は磁場の効果ではなく暗示効果と個人差に帰せられることが示唆された。

Q4: 瞑想の神経科学的研究において、デフォルトモードネットワーク(DMN)の活動変化に関してどのような知見が得られており、その解釈にどのような方法論的限界があるかを論じよ。

A4: ブルワーらの研究は、熟練瞑想者がすべての瞑想タイプにおいてDMNの主要ノード(内側前頭前皮質、後部帯状皮質)の相対的な不活性化を示すことを見出した。DMNは自己参照的思考や心のさまよいに関与するため、この不活性化は「自己への固着の減弱」と解釈されうる。しかし、方法論的限界として以下が挙げられる。第一に、多くの研究は横断的デザイン(熟練者と初心者の比較)であるため、因果関係ではなく相関関係しか示せない。瞑想を長期実践する人がもともと特定の神経特性をもつ自己選択バイアスの可能性を排除できない。第二に、「瞑想」は多様な伝統・技法を包含する総称であり、異なる実践が脳に及ぼす影響を一括して論じることの妥当性は限定的である。第三に、「熟練者」の定義が研究間で不統一であり、結果の比較可能性が制約される。