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Module 3-2 - Section 3: 宗教的マイノリティの権利

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 3-2: 宗教と政治・法
前提セクション Section 1(政教分離の思想史と諸類型)
想定学習時間 6時間

導入

Section 1では、政教分離の思想史と諸類型を概観し、各国が採用する国家と宗教の関係の制度的枠組みを検討した。本セクションでは、その枠組みのもとで宗教的マイノリティの権利がいかに保障され、またいかなる制約を受けるかを、国際人権法・各国法・判例の具体的検討を通じて分析する。

信教の自由(freedom of religion or belief)は近代立憲主義の中核的人権の一つであるが、その保障の具体的内容――とりわけ少数派の宗教的実践が多数派社会の規範や国家の法制度と衝突する場面――は、現代においてもなお争われ続けている。良心的兵役拒否(conscientious objection to military service)や宗教的服装の着用規制(ヒジャーブ論争)は、その典型的な争点である。

本セクションでは、第一に国際人権法上の信教の自由の保障構造を確認し、第二に良心的兵役拒否の法的展開を検討し、第三にヒジャーブ論争を通じて宗教的標章規制の問題を分析する。


国際人権法における信教の自由の保障

世界人権宣言と自由権規約

信教の自由の国際的保障の出発点は、世界人権宣言(Universal Declaration of Human Rights, UDHR, 1948年)第18条である。

「すべて人は、思想、良心及び宗教の自由に対する権利を有する。この権利は、宗教又は信念を変更する自由並びに、単独で又は他の者と共同して、公的に又は私的に、布教、行事、礼拝及び儀式によってその宗教又は信念を表明する自由を含む」

この規定は、法的拘束力を有する条約として、自由権規約(International Covenant on Civil and Political Rights, ICCPR, 1966年採択、1976年発効)第18条に具体化された。

Key Concept: 自由権規約第18条(ICCPR Article 18) 思想、良心及び宗教の自由を保障する国際人権法上の中核的規定。第1項で信仰を持つ・採用する・変更する自由と信仰を表明する自由を保障し、第2項で信仰の強制を禁止し、第3項で表明の自由に対する制限の要件を定め、第4項で子の宗教教育に関する親の自由を保障する。173か国が批准(2024年時点)。

ICCPR第18条は4項からなる。

  1. 第1項: 思想、良心及び宗教の自由を保障する。この権利には、宗教または信念を持つまたは採用する自由、および礼拝・儀式・実践・布教によって宗教または信念を表明する自由を含む
  2. 第2項: 何人も、宗教または信念を持つまたは採用する自由を侵害するおそれのある強制を受けない
  3. 第3項: 宗教または信念を表明する自由は、法律により定められ、かつ公共の安全、公の秩序、公衆の健康もしくは道徳、または他の者の基本的権利および自由の保護のために必要な制限のみに服する
  4. 第4項: 締約国は、父母または法定保護者が自己の信念に従って子の宗教的・道徳的教育を確保する自由を尊重することを約束する

フォーラム・インテルヌムとフォーラム・エクステルヌム

Key Concept: フォーラム・インテルヌム / フォーラム・エクステルヌム(forum internum / forum externum) 信教の自由の内面的側面(内心の自由)と外面的側面(表明の自由)を指す法学上の概念。フォーラム・インテルヌムは絶対的に保障され、いかなる制限も許されない。フォーラム・エクステルヌムは一定の要件のもとで制限可能である。

信教の自由の保障構造を理解するうえで、この二つの次元の区別は決定的に重要である。

フォーラム・インテルヌム(内心の自由)は、宗教的信念を形成し、保持し、変更する自由であり、絶対的権利として保障される。国家の安全保障や公の秩序を理由としても、いかなる制限も許されない。これは、国家が個人の内面的信仰に介入することの正当性を根本的に否定するものである。

フォーラム・エクステルヌム(表明の自由)は、宗教的信念を礼拝・儀式・実践・布教によって外部に表明する自由であり、ICCPR第18条第3項に定める要件を満たす場合に限り、制限が許される。制限が正当化されるためには、以下の三つの要件をすべて充足しなければならない。

  1. 法律による規定: 制限は法律によって定められていなければならない
  2. 正当な目的: 公共の安全、公の秩序、公衆の健康・道徳、または他者の基本的権利・自由の保護のためでなければならない
  3. 必要性: 上記の目的のために必要な範囲にとどまらなければならない

一般的意見第22号

Key Concept: 一般的意見第22号(General Comment No. 22) 自由権規約委員会(Human Rights Committee)が1993年に採択した、ICCPR第18条の権威的解釈文書。信教の自由の適用範囲、制限の要件、国家の義務を包括的に明確化した。宗教・信念の語は広く解釈されるべきこと、伝統的宗教に限られないことを明示した。

自由権規約委員会の一般的意見第22号(1993年)は、第18条の解釈上の指針を示した重要文書である。その主要な内容は以下のとおりである。

  • 「宗教」「信念」の概念は広義に解釈されるべきであり、伝統的宗教、非有神論的信念、無神論も保護の対象に含まれる
  • 第18条は既存の宗教・信念に限定されず、新たに成立した宗教や少数派の宗教も保護する
  • 表明の自由の制限は厳格に解釈されなければならず、第18条第3項に明示的に列挙された事由以外の事由(国家安全保障等)に基づく制限は許されない
  • 第18条の保障は第4条第2項により逸脱不能権(non-derogable right)であり、緊急事態においても停止することができない
graph TD
    A["信教の自由<br/>ICCPR 第18条"] --> B["フォーラム・インテルヌム<br/>(内心の自由)"]
    A --> C["フォーラム・エクステルヌム<br/>(表明の自由)"]

    B --> B1["信仰の保持・採用・変更"]
    B --> B2["絶対的保障<br/>いかなる制限も不可"]

    C --> C1["礼拝・儀式・実践・布教"]
    C --> C2["制限可能(第3項)"]

    C2 --> D1["法律による規定"]
    C2 --> D2["正当な目的"]
    C2 --> D3["必要性"]

    D2 --> E1["公共の安全"]
    D2 --> E2["公の秩序"]
    D2 --> E3["公衆の健康・道徳"]
    D2 --> E4["他者の基本的権利・自由"]

欧州人権条約第9条

欧州地域では、欧州人権条約(European Convention on Human Rights, ECHR, 1950年)第9条が信教の自由を保障する。その構造はICCPR第18条と類似しており、第1項で信教の自由を保障し、第2項で表明の自由に対する制限の要件を定める。ただし、ECHR第9条第2項の制限事由にはICCPRにはない「公の秩序の保護」(protection of public order)のほか「他の者の権利及び自由の保護」が含まれ、欧州人権裁判所(European Court of Human Rights, ECtHR)はこの規定を基盤に宗教的マイノリティに関わる多数の事案を判断してきた。


良心的兵役拒否

概念と歴史的展開

Key Concept: 良心的兵役拒否(conscientious objection to military service) 宗教的・道徳的・倫理的・人道主義的な深い確信に基づき、軍事的役務(とりわけ殺傷行為を伴いうる兵役)を拒否すること。自由権規約第18条に基づく信教の自由の派生的権利として国際人権法上認められてきた。

良心的兵役拒否は、歴史的にはキリスト教の平和教会(peace churches)――クエーカー(フレンズ派)、メノナイト、ブレザレン――の信仰実践に起源を有する。これらの教派は、キリストの山上の説教における非暴力の教えを文字どおりに解し、一切の軍事行為への参加を拒否した。

近代国民国家における徴兵制の導入とともに、良心的兵役拒否は個人の宗教的良心と国家の兵役義務の衝突として法的問題化した。第一次世界大戦期のイギリス(1916年の兵役法で良心的兵役拒否者に代替役務を認めた)は、法制度上これを承認した初期の事例である。

国際人権法上の展開

良心的兵役拒否の権利は、ICCPR第18条に明示的には規定されていない。その法的根拠は、同条の解釈を通じて段階的に確立された。

自由権規約委員会は、一般的意見第22号(1993年、パラグラフ11)において、「致死的な力の行使を義務づけることは、良心の自由および宗教・信念を表明する権利と深刻に抵触しうる」として、良心的兵役拒否の権利がICCPR第18条から導出されうるとの見解を示した。

Key Concept: 代替役務(alternative service) 良心的兵役拒否者に対し、軍事的役務に代えて従事させる非軍事的な公務。社会福祉施設での勤務、環境保全活動、災害救援などが一般的な形態である。国連人権委員会は、代替役務が懲罰的性格を持たず、合理的な期間にとどまるべきことを求めている。

旧国連人権委員会(Commission on Human Rights)は、決議1998/77において、良心的兵役拒否を「思想、良心及び宗教の自由の正当な行使」として明確に承認した。同決議は以下の原則を確立した。

  • 良心的兵役拒否の権利は宗教的信念に限定されず、道徳的・倫理的・人道主義的その他類似の動機に基づく深い確信からも導かれる
  • 徴兵制を有する国家は、良心的兵役拒否者に対して代替役務の制度を設けるべきである
  • 良心的兵役拒否の認定は、独立かつ公平な機関によって行われるべきである
  • 良心的兵役拒否者に対する差別的取扱いは禁止される

韓国の事例

韓国は、良心的兵役拒否をめぐる国際的議論の中で注目された事例である。韓国では徴兵制のもとで兵役が義務づけられており、良心的兵役拒否は刑法上の処罰対象であった。2004年から2015年にかけて、年間数百名の良心的兵役拒否者(大半がエホバの証人信徒)が有罪判決を受け、通常1年6月から3年の懲役刑に服した。

自由権規約委員会は、韓国の良心的兵役拒否者からの個人通報に基づき、2006年(ユン・ヨフン対韓国、通報No. 1321-1322/2004)および2010年(チョン・ウンジョン他対韓国、通報No. 1593-1603/2007)において、韓国のICCPR第18条違反を認定した。委員会は、兵役拒否に対する刑事罰の賦課が信教の自由の不当な制限に当たると判断した。

2018年、韓国の憲法裁判所は、代替役務制度を定めない兵役法の規定を憲法不合致と決定した。これを受けて2019年に代替役務法が施行され、36か月間の代替役務(矯正施設等での勤務)が導入された。

欧州人権裁判所の展開

欧州人権裁判所は、長期にわたりECHR第9条が良心的兵役拒否の権利を保障するか否かについて消極的立場をとっていた。

この転換点となったのがバヤトヤン対アルメニア事件(Bayatyan v. Armenia, 大法廷判決、2011年7月7日)である。

Key Concept: バヤトヤン対アルメニア事件(Bayatyan v. Armenia, 2011) 欧州人権裁判所大法廷が、ECHR第9条(思想、良心及び宗教の自由)の保護範囲に良心的兵役拒否が含まれることを初めて認めた判決。エホバの証人信徒であるバヤトヤンがアルメニアで兵役拒否を理由に有罪判決を受けた事案。大法廷は16対1で第9条違反を認定した。

大法廷は、欧州人権条約は「民主的社会における現在の条件と考えに照らして解釈されなければならない生きた文書(living instrument)」であるとしたうえで、判決時点で欧州評議会加盟国の圧倒的多数が法律上および実践上で良心的兵役拒否の権利を認めていること(事実上のコンセンサスの形成)を重視し、第9条の保護範囲に良心的兵役拒否が含まれるとの判断を示した。

各国の対応の類型

良心的兵役拒否に対する各国の制度的対応は、以下のように類型化できる。

類型 内容 代表的な国
完全承認型 法律で良心的兵役拒否を認め、代替役務を制度化 ドイツ、オーストリア、フィンランド
制限的承認型 一定の要件のもとで良心的兵役拒否を認める 韓国(2019年以降)、台湾
非承認型 良心的兵役拒否を法的に認めず刑事罰を科す トルコ、エリトリア
徴兵制廃止型 徴兵制そのものを廃止し、問題が生じない 日本、イギリス、フランス(2001年停止)

ドイツは良心的兵役拒否の制度化において先駆的な位置を占める。ドイツ基本法(Grundgesetz)第4条第3項は「何人も、良心に反して武器をもってする兵役に強制されない」と明文で規定しており、冷戦期から多数の若者が代替役務(Zivildienst)に従事した。代替役務従事者は社会福祉・医療の領域で重要な人的資源となり、2011年の徴兵制停止まで制度として定着していた。


宗教的服装規制問題――ヒジャーブ論争

問題の所在

Key Concept: ヒジャーブ論争(hijab controversy) ムスリム女性の頭部を覆うスカーフ(ヒジャーブ)をはじめとする宗教的服装の着用を公的空間で規制することの是非をめぐる論争。信教の自由、ライシテ(世俗主義)、ジェンダー平等、文化的多元主義が交錯する現代の代表的な人権問題である。

宗教的服装の着用規制は、とりわけ西欧諸国においてムスリム移民人口の増大を背景に2000年代以降に政治的争点化した。論争の中心にあるのは、ムスリム女性が着用するヒジャーブ(hijab、頭髪を覆うスカーフ)、ニカーブ(niqab、顔面を覆い目の部分のみを露出するヴェール)、ブルカ(burqa、全身および顔面を覆う衣服)である。

この問題が信教の自由の観点から複雑であるのは、相互に対立する複数の権利・価値が関与するためである。

  • 信教の自由: 宗教的服装の着用は宗教的信念の外面的表明(フォーラム・エクステルヌム)であり、その規制は信教の自由の制限に当たりうる
  • 世俗主義・政教分離: 公的空間における宗教的中立性の維持は、ライシテの核心的要請である
  • ジェンダー平等: ヒジャーブ・ニカーブ・ブルカの着用が女性の従属の象徴か、それとも主体的な宗教的選択かは争われている
  • 公共の安全: 顔面を覆うヴェールは身元確認を困難にするとの主張がなされる
  • 社会統合: 宗教的服装が社会的分断を可視化し、統合を阻害するとの議論がある

フランスの立法動向

フランスは宗教的服装規制において最も包括的な立法を行った国である。

2004年法(スタジ法): 公立学校において生徒が宗教的帰属を目立つ形で示す標章・服装(signes ou tenues par lesquels les élèves manifestent ostensiblement une appartenance religieuse)を着用することを禁止した。ヒジャーブ、大きな十字架、キッパ(ユダヤ教の帽子)がその対象となるが、事実上の主たる対象はムスリムのヒジャーブであった。この法律の背景には、2003年のスタジ委員会(ベルナール・スタジ委員長)の報告書がある。

2010年法(ブルカ禁止法): 公共の場において顔を隠すことを目的とする衣服の着用を禁止した。法文上は宗教中立的な表現であるが、事実上はニカーブ・ブルカの着用禁止を意図したものであった。違反には150ユーロの罰金が科される。

欧州人権裁判所の判例

ダハラブ対スイス事件(Dahlab v. Switzerland, 2001年)

ジュネーブの公立小学校の教員が、イスラームに改宗後にヒジャーブを着用して授業を行ったところ、州当局から着用禁止を命じられた事案。欧州人権裁判所は申立てを受理不能(inadmissible)と決定し、ヒジャーブ着用の禁止がECHR第9条に違反しないと判断した。裁判所は、教員のヒジャーブ着用が「幼い児童に対する布教的効果(proselytizing effect)」を持ちうること、およびジェンダー平等の原則との関係を指摘した。

レイラ・シャヒン対トルコ事件(Leyla Şahin v. Turkey, 大法廷判決、2005年)

Key Concept: レイラ・シャヒン対トルコ事件(Leyla Şahin v. Turkey, 2005) トルコの大学におけるヒジャーブ着用禁止の合法性を争った事案。欧州人権裁判所大法廷は、トルコの世俗主義(ライクリック)の保護および他者の権利の保護という正当な目的のために、大学でのヒジャーブ着用禁止はECHR第9条に違反しないと判断した。「評価の余地(margin of appreciation)」の法理を広く適用した。

大法廷は、政教関係に関する欧州各国の合意が存在しないことから、締約国に広い評価の余地(margin of appreciation)を認め、トルコの世俗主義原則が「民主的価値の保障」のために必要であるとするトルコ政府の主張を容認した。ただし、この判決に対しては、国家の世俗主義政策の名のもとに個人の信教の自由を広範に制限することを正当化するものであるとの批判がなされた。

S.A.S.対フランス事件(S.A.S. v. France, 大法廷判決、2014年)

Key Concept: S.A.S.対フランス事件(S.A.S. v. France, 2014) フランスの2010年法(公共の場での顔面被覆禁止法)の合法性を争った事案。欧州人権裁判所大法廷は、「共生の最低限の要請(minimum requirements of living together)」という新たな概念を援用し、同法がECHR第9条に違反しないと判断した。ただし、この根拠はECHRの判例法上に先例のないものであり、2名の裁判官が反対意見を付した。

大法廷は、フランス政府が主張した三つの正当化事由(公共の安全、男女平等、人間の尊厳)のうち、公共の安全と男女平等については包括的禁止を正当化するには不十分であるとした。しかし、「社会における共生の最低限の要請」(le respect des exigences minimales de la vie en société)という理由については、フランスの評価の余地の範囲内であるとして、結論として第9条違反を否定した。

反対意見を付したニュスベルガー裁判官とヤーデルベルグ裁判官は、「共生」という極めて一般的な概念はECHRが保障する権利・自由のいずれにも直接的に対応しないと批判した。

比較法的検討

宗教的服装規制に対する各国の対応は、政教分離の類型と密接に関連する。

主な規制内容 政教分離の類型
フランス 公立学校での宗教的標章禁止(2004年)、公共の場での顔面被覆禁止(2010年) 厳格分離型(ライシテ)
ベルギー 公共の場での顔面被覆禁止(2011年) 厳格分離型
トルコ 大学・公的機関でのヒジャーブ禁止(→2013年以降段階的緩和) 国家管理的世俗主義
ドイツ 州ごとに対応が異なる(一部の州で公務員のヒジャーブ禁止→連邦憲法裁判所が一律禁止を違憲と判断、2015年) 協約型
イギリス 包括的禁止なし、個別の事案ごとに判断 国教制度型(実質的多元主義)
カナダ 包括的禁止なし、合理的配慮(reasonable accommodation)の原則による調整 多元主義型

ドイツの連邦憲法裁判所は2015年の決定(BVerfG, 1 BvR 471/10 und 1 BvR 1181/10)において、公立学校の教員に対するヒジャーブの一律禁止は基本法第4条1項・2項(信教の自由)に違反するとし、「学校の平穏や国家の中立性に対する具体的危険」が認定される場合にのみ個別的に禁止が許されるとの判断を示した。これはフランスの包括的禁止アプローチとは対照的な立場である。

graph LR
    A["宗教的服装規制への<br/>アプローチ"] --> B["包括的禁止型"]
    A --> C["個別判断型"]
    A --> D["無規制・合理的配慮型"]

    B --> B1["フランス<br/>ライシテに基づく<br/>公的空間からの排除"]
    B --> B2["ベルギー<br/>顔面被覆禁止"]

    C --> C1["ドイツ<br/>具体的危険がある<br/>場合のみ禁止可"]
    C --> C2["トルコ<br/>段階的緩和の途上"]

    D --> D1["イギリス<br/>事案ごとの個別判断"]
    D --> D2["カナダ<br/>合理的配慮の原則"]

学術的論点

ヒジャーブ論争は、学術的には以下の論点を含んでいる。

第一に、「宗教的表明」と「宗教的アイデンティティ」の区別。ヒジャーブの着用は、特定の宗教的実践の「表明」(manifestation)なのか、それとも宗教的アイデンティティの不可分な一部なのか。この区別は、ICCPR第18条第3項やECHR第9条第2項の制限条項の適用範囲に直接関わる。

第二に、エージェンシーの問題。ヒジャーブの着用は女性の主体的選択なのか、家族・共同体の圧力による強制なのか。着用規制が女性の「解放」に資するのか、逆に選択肢を奪い公的空間からの排除を招くのか。フランスのフェミニスト内部でも意見は分かれており、ライシテを重視する立場からの支持と、ポスト植民地主義的批判からの反対が対立する。

第三に、「中立性」の意味。公的空間における宗教的中立性の要請は、宗教的標章の不存在を意味するのか、それともあらゆる宗教的標章が平等に存在しうる状態を意味するのか。前者はフランスのライシテの立場であり、後者はイギリスやカナダの多元主義的立場に近い。


まとめ

  • 信教の自由は国際人権法上、ICCPR第18条およびECHR第9条を中核として保障されている。その保障は、絶対的に保護されるフォーラム・インテルヌム(内心の自由)と、一定の要件のもとで制限可能なフォーラム・エクステルヌム(表明の自由)の二層構造をなす
  • 自由権規約委員会の一般的意見第22号は、宗教・信念の概念を広義に解釈すべきこと、制限は厳格に解釈されるべきことを明確にした。第18条は逸脱不能権として緊急事態においても停止できない
  • 良心的兵役拒否は、ICCPR第18条からの派生的権利として国際人権法上認められるに至った。欧州人権裁判所も2011年のバヤトヤン対アルメニア事件でECHR第9条の保護範囲に含まれることを確認した
  • ヒジャーブ論争は、信教の自由・世俗主義・ジェンダー平等・社会統合という複数の価値の衝突を示す現代的問題であり、各国の政教分離の類型に応じて異なるアプローチが採用されている
  • 欧州人権裁判所は「評価の余地」の法理を用いて各国の裁量を広く認める傾向にあるが、この立場は宗教的マイノリティの権利保障の実効性を損なうとの批判を受けている
  • 宗教的マイノリティの権利保障は、抽象的な原理の問題にとどまらず、具体的な制度設計と司法判断の蓄積を通じて展開されるものであり、その動態的な発展過程を理解することが重要である

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
自由権規約第18条 ICCPR Article 18 思想・良心・宗教の自由を保障する国際人権法上の中核的規定
フォーラム・インテルヌム forum internum 信教の自由の内面的側面(内心の自由)。絶対的に保障される
フォーラム・エクステルヌム forum externum 信教の自由の外面的側面(表明の自由)。一定の要件のもとで制限可能
一般的意見第22号 General Comment No. 22 自由権規約委員会が1993年に採択したICCPR第18条の権威的解釈文書
良心的兵役拒否 conscientious objection to military service 宗教的・道徳的・倫理的な深い確信に基づき軍事的役務を拒否すること
代替役務 alternative service 良心的兵役拒否者に対し軍事的役務に代えて従事させる非軍事的公務
バヤトヤン対アルメニア事件 Bayatyan v. Armenia ECtHR大法廷がECHR第9条の保護に良心的兵役拒否を含めた2011年の判決
ヒジャーブ論争 hijab controversy ムスリム女性の宗教的服装規制をめぐる論争
レイラ・シャヒン対トルコ事件 Leyla Şahin v. Turkey トルコの大学でのヒジャーブ禁止をECtHR大法廷が合法と判断した2005年の判決
S.A.S.対フランス事件 S.A.S. v. France フランスの顔面被覆禁止法をECtHR大法廷が合法と判断した2014年の判決
評価の余地 margin of appreciation 人権条約の適用において締約国に認められる裁量の範囲
逸脱不能権 non-derogable right 緊急事態においても停止が許されない権利

確認問題

Q1: ICCPR第18条における信教の自由の二層構造(フォーラム・インテルヌムとフォーラム・エクステルヌム)について、それぞれの保障内容と制限可能性の違いを説明せよ。

A1: フォーラム・インテルヌム(内心の自由)は、宗教的信念を形成し、保持し、変更する自由であり、絶対的権利として保障される。国家安全保障や公の秩序を理由としても、いかなる制限も許されない。フォーラム・エクステルヌム(表明の自由)は、宗教的信念を礼拝・儀式・実践・布教によって外部に表明する自由であり、ICCPR第18条第3項に基づき、(1)法律による規定、(2)正当な目的(公共の安全、公の秩序、公衆の健康・道徳、他者の基本的権利・自由の保護)、(3)必要性の三要件をすべて充足する場合に限り制限が許される。この二層構造は、内面的信仰への国家介入を絶対的に禁止しつつ、信仰の外面的表明と他の法益との調整を可能にするものである。

Q2: 良心的兵役拒否の権利が国際人権法上確立されるに至った過程を、自由権規約委員会の一般的意見第22号、旧国連人権委員会の決議1998/77、欧州人権裁判所のバヤトヤン対アルメニア事件に言及して説明せよ。

A2: 良心的兵役拒否はICCPR第18条に明示的に規定されていないが、その権利は段階的に確立された。まず自由権規約委員会の一般的意見第22号(1993年)パラグラフ11が、致死的な力の行使の義務づけが良心の自由と深刻に抵触しうるとして、第18条から良心的兵役拒否の権利が導出されうることを示した。次に旧国連人権委員会の決議1998/77が、良心的兵役拒否を「思想、良心及び宗教の自由の正当な行使」として明確に承認し、代替役務制度の設置、独立・公平な認定機関の設置、差別的取扱いの禁止を求めた。欧州においては、欧州人権裁判所がバヤトヤン対アルメニア事件大法廷判決(2011年)において、ECHR第9条の保護範囲に良心的兵役拒否が含まれることを初めて認めた。大法廷は欧州人権条約が「生きた文書」であるとし、判決時点で欧州評議会加盟国の圧倒的多数が良心的兵役拒否の権利を認めているという事実上のコンセンサスの形成を重視した。

Q3: フランスの宗教的服装規制(2004年法と2010年法)の内容を説明し、それぞれがいかなるライシテの論理に基づいているかを分析せよ。

A3: 2004年法(スタジ法)は、公立学校において生徒が宗教的帰属を目立つ形で示す標章・服装を着用することを禁止した。法文上は宗教中立的であり、ヒジャーブ・大きな十字架・キッパが対象となるが、事実上の主たる対象はムスリムのヒジャーブであった。この法律は、公教育の場における国家の宗教的中立性の確保と、未成年者に対する宗教的圧力の排除というライシテの論理に基づく。2010年法(ブルカ禁止法)は、公共の場において顔を隠すことを目的とする衣服の着用を禁止した。法文上は宗教に言及しないが、事実上はニカーブ・ブルカの着用禁止を意図する。この法律は、社会における「共生の最低限の要請」――すなわち顔を隠さないことが社会的交流の基本条件であるという論理に基づく。いずれもライシテの原則に立脚しているが、2004年法が公教育という限定的な場における宗教的中立性を根拠とするのに対し、2010年法はより広い公共空間における「共生」という一般的概念に依拠しており、射程と論理構造が異なる。

Q4: ヒジャーブ論争に関する欧州人権裁判所の判例において、「評価の余地(margin of appreciation)」の法理はいかなる機能を果たしているか。この法理の限界についても論ぜよ。

A4: 評価の余地の法理は、人権条約の適用にあたって締約国に一定の裁量を認めるものであり、各国の歴史的・社会的・文化的条件が異なる場合に、統一的な欧州基準の適用を回避する機能を果たす。レイラ・シャヒン対トルコ事件(2005年)ではトルコの世俗主義(ライクリック)の維持を、S.A.S.対フランス事件(2014年)ではフランスの「共生の要請」を、それぞれ各国の評価の余地の範囲内であるとして容認した。しかしこの法理には限界がある。第一に、宗教的マイノリティの権利保障の実効性が多数派社会の価値判断に委ねられ、マイノリティ保護という人権法の本来的機能が損なわれるおそれがある。第二に、「評価の余地」の広狭の判断基準が不明確であり、裁判所の判断に予測可能性が欠ける。第三に、S.A.S.事件で援用された「共生」概念はECHRの権利・自由のいずれにも直接対応しないとの反対意見が示すように、法理の外延が拡大される危険がある。

Q5: 宗教的服装規制に対するフランスの包括的禁止アプローチとドイツの個別判断アプローチを比較し、それぞれの法的根拠と問題点を論ぜよ。

A5: フランスは包括的禁止アプローチを採用し、2004年法で公立学校における宗教的標章着用を一律に禁止し、2010年法で公共の場における顔面被覆を一律に禁止した。その法的根拠はライシテ(公的空間の宗教的中立性)と「共生の要請」である。このアプローチの問題点は、個別事案の具体的事情を考慮しないため、信教の自由に対する制限が必要最小限度を超えるおそれがあること、および事実上ムスリム女性を不均衡に対象とする間接差別の疑いが生じることである。他方、ドイツの連邦憲法裁判所は2015年決定で公立学校教員のヒジャーブ一律禁止を違憲とし、「学校の平穏や国家の中立性に対する具体的危険」が個別に認定される場合にのみ禁止が許容されるとした。法的根拠は基本法第4条(信教の自由)の保障である。このアプローチの問題点は、「具体的危険」の認定基準が不明確であり事案ごとの判断に予測可能性が欠けること、および個別判断のコストが高いことである。両アプローチの差異は、フランスとドイツの政教分離類型の違い(厳格分離型と協約型)に根ざしている。