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Module 3-4 - Section 1: 世俗化論の再考とグローバル宗教の拡大

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 3-4: 現代世界の宗教動態
前提セクション なし
想定学習時間 5時間

導入

Module 2-8 Section 2では、ウィルソン、バーガー、カサノヴァ、スタークらによる世俗化論争の基本的構図を検討した。そこで明らかになったのは、「近代化は必然的に宗教の衰退をもたらす」という古典的世俗化テーゼが、経験的に単純には支持されないということであった。本セクションでは、この議論をさらに二つの方向へ展開する。

第一に、チャールズ・テイラーの大著『世俗の時代』(A Secular Age, 2007)を取り上げる。テイラーは、世俗化を制度的・統計的な宗教衰退の問題としてではなく、「信じること」の条件そのものの歴史的変容として再定式化した。この視角は、世俗化論争に新たな深度をもたらすものである。

第二に、グローバル・サウスにおける宗教の爆発的拡大を具体的に検討する。アフリカ・ラテンアメリカのペンテコステ運動(→ Module 2-8, Section 3参照)、韓国キリスト教のメガチャーチ現象、中国の宗教復興を取り上げ、フィリップ・ジェンキンズが「重心移動」と呼んだグローバル・クリスチャニティの構造転換を分析する。これらの事例は、世俗化論の再考がたんなる理論的修正ではなく、現代世界の宗教動態によって切実に要請されていることを示している。


世俗化論の古典的定式とその再検討

バーガーの世俗化論とその撤回

ピーター・バーガーの世俗化論とその修正については、既にModule 2-8 Section 2で詳細に検討した(→ Module 2-8, Section 2「世俗化論と宗教市場理論」参照)。ここではその議論を前提として、世俗化論再検討の核心的論点を整理する。

バーガーが『聖なる天蓋』(1967)で展開した世俗化論 ── 近代化による機能分化と宗教的多元主義がもっともらしさの構造を弱体化させ、宗教の衰退をもたらす ── は、1990年代に本人自身によって大幅に修正された。編著『世界の脱世俗化』(1999)においてバーガーは「世俗化された世界に生きているという想定は誤りである」と明言し、世俗化が進行しているのは「西ヨーロッパ」と「国際的な知識人層」の二領域にほぼ限られると論じた。

バーガーのこの修正は、世俗化をめぐる「ヨーロッパの例外」対「アメリカの例外」という論争を惹起した。従来の世俗化論は、西ヨーロッパの宗教衰退を近代化の普遍的帰結とみなし、アメリカの宗教的活力を「例外」として説明しようとした。バーガーはこの図式を転倒させ、グローバルに見れば宗教的活力こそが常態であり、西ヨーロッパの世俗化こそが「例外」であると主張したのである。バーガー自身の表現を借りれば、アメリカは「極めて宗教的な(インド的な)国民」を持ちながら「極めて世俗的な(スウェーデン的な)知識人エリート」を擁する、という二重構造を持つ社会である。

Key Concept: ヨーロッパ例外論(European exceptionalism) 世俗化は近代化の普遍的帰結ではなく、西ヨーロッパに特殊な歴史的経路の所産であるとする立場。グローバルに見れば宗教の活力が維持されている地域のほうが多数であり、西ヨーロッパの世俗化こそが「例外」であるとする。バーガーの世俗化論修正、グレイス・デイヴィの「ヨーロッパの例外的事例」論などがこの立場に連なる。

カサノヴァの「公的宗教」とフェンの理論

ホセ・カサノヴァの世俗化概念の三次元分解 ── 分化・衰退・私事化 ── については既に検討した(→ Module 2-8, Section 2参照)。カサノヴァの貢献の要点は、「分化」のみが近代化の構造的特徴であり、「衰退」と「私事化」は普遍的ではないことを示した点にある。とりわけ「脱私事化」(deprivatization)の概念 ── 宗教が公的領域に再参入する現象 ── は、現代の宗教動態を分析するうえで不可欠の分析枠組みとなっている。

リチャード・フェン(Richard K. Fenn, 1934-2012)は、プリンストン神学校の宗教社会学者として、世俗化をより動態的なプロセスとして理論化した。フェンは『世俗化をめぐって』(Toward a Theory of Secularization, 1978)において、世俗化を単線的な過程ではなく、宗教と世俗の間の「境界」(boundary)が絶えず交渉・再定義される持続的な過程として描いた。フェンによれば、世俗化は宗教の消滅へ向かう不可逆的な趨勢ではなく、宗教的権威と世俗的権威の間の管轄権をめぐる闘争の一局面である。宗教は公的領域から退却する局面もあれば、新たな形態で公的領域に再参入する局面もあり、その動態は社会の政治的・文化的文脈に依存する。

ヨーロッパの例外かアメリカの例外か:グローバルな比較

世俗化をめぐるグローバルな比較は、以下の三つの立場に整理できる。

立場 主な論者 主張
古典的世俗化論 ウィルソン、初期バーガー、スティーヴ・ブルース 近代化は宗教の衰退をもたらす。アメリカは例外
ヨーロッパ例外論 後期バーガー、グレイス・デイヴィ 世俗化は西ヨーロッパに特殊。グローバルには宗教は健在
複数の近代 アイゼンシュタット、カサノヴァ 近代化の経路は複数あり、宗教との関係も多様

グレイス・デイヴィ(Grace Davie, 1946-)は『ヨーロッパ──例外的な事例』(Europe: The Exceptional Case, 2002)において、ヨーロッパの世俗化を国教会制度の遺産、二度の世界大戦による伝統的権威の失墜、福祉国家による宗教的機能の代替といった歴史的特殊要因の複合的所産として分析した。デイヴィはまた「信じているが帰属しない」(believing without belonging)という概念を提起し、ヨーロッパにおいても宗教的信念そのものは制度的宗教の衰退ほどには低下していない場合があることを指摘した。

Key Concept: 信じているが帰属しない(believing without belonging) グレイス・デイヴィが提唱した概念。制度的宗教(教会出席・宗教組織への帰属)が衰退しても、個人的な宗教的信念やスピリチュアリティは一定程度維持される現象を指す。ヨーロッパの世俗化を「制度の衰退」と「信念の衰退」に分離して分析する視座を提供した。

一方、スティーヴ・ブルース(Steve Bruce, 1954-)は『神は死んだ:西洋における世俗化』(God is Dead: Secularization in the West, 2002)において、古典的世俗化論を堅持する立場から反論した。ブルースは、合理化・社会的分化・個人主義化という近代化の構造的過程が宗教の社会的重要性を不可逆的に低下させるとし、アメリカの宗教的活力も長期的に見れば低下傾向にあると主張した。


チャールズ・テイラー『世俗の時代』

「世俗」の三つの意味

チャールズ・テイラー(Charles Taylor, 1931-)は、カナダの哲学者であり、マギル大学の名誉教授である。テイラーの大著『世俗の時代』(A Secular Age, 2007)は、世俗化の問題を宗教社会学の統計的・制度的分析から、哲学的・文明史的な次元へと転換する画期的な著作である。

テイラーはまず、「世俗」(secular)という語に三つの異なる意味が含まれていることを指摘する。

Key Concept: 世俗の三類型(three senses of secularity) チャールズ・テイラーが『世俗の時代』で提示した「世俗」概念の分析的区別。世俗1は公共空間からの宗教の退却、世俗2は宗教的信念と実践の統計的衰退、世俗3は信仰の条件そのものの変容を指す。テイラーの独自の分析対象は世俗3である。

類型 内容 分析の焦点
世俗1(Secularity 1) 公共空間が宗教的権威から分離される。政治・経済・学術などの領域が宗教の直接的支配を離れる 制度的分化(カサノヴァの「分化」命題に対応)
世俗2(Secularity 2) 宗教的信念と実践が統計的に衰退する。教会出席率の低下、信者数の減少など 信仰と実践の量的変化(カサノヴァの「衰退」命題に対応)
世俗3(Secularity 3) 信仰が「一つの選択肢」となる。神を信じないことが十分に可能な社会的条件が成立する 信仰の条件(conditions of belief)の変容

テイラーの中心的関心は世俗3にある。テイラーが問うのは、「なぜ1500年頃の西洋社会では神を信じないことがほとんど不可能であったのに、2000年頃には信仰が多くの選択肢の一つにすぎなくなったのか」という問いである。この問いは、宗教の制度的衰退や統計的変動(世俗1・世俗2)ではなく、信じることを可能にする(あるいは困難にする)背景的条件そのものの歴史的変容に照準している。

信仰の条件の歴史的変容

テイラーは、中世の西洋社会においては、神の存在は疑いえない前提であったと論じる。それは個々人の心理的確信の問題ではなく、社会全体がそのように構成されていた ── 自然界は神の摂理の表現として経験され、社会秩序は神的秩序の反映として正当化され、人間の存在は超越的な目的への参与として了解されていた。テイラーはこの状態を「素朴な実在論」(naive realism)と呼ぶ ── 人々は自らが宗教的解釈を「選択」しているとは意識せず、それが世界のありのままの姿だと経験していた。

近代への移行は、この信仰の条件を根本的に変容させた。テイラーはこの過程を「大いなる脱埋め込み」(the great disembedding)として描く。中世社会において人間の生は、宇宙的秩序(cosmos)、社会的全体、神の摂理という三重の枠組みに「埋め込まれて」いた。宗教改革、科学革命、啓蒙思想といった一連の歴史的過程を通じて、個人はこれらの枠組みから段階的に「脱埋め込み」され、自立した主体として自己を了解するようになった。

Key Concept: 内在的枠組み(immanent frame) テイラーの概念。近代社会において、人間の生が超越的な参照点なしに ── 自然法則、人間理性、社会的規範のみに基づいて ── 理解される認知的・存在論的な構造。内在的枠組みの内部では、宗教的信仰も非信仰も共に「選択肢」として出現する。重要なのは、この枠組みが超越への「開き」(open)を持つ場合と、超越を排除する「閉じた」(closed)構造をとる場合の両方があることである。

内在的枠組みと排他的ヒューマニズム

テイラーの議論の核心は「内在的枠組み」(immanent frame)の概念にある。近代社会は、超越的な目的や神的秩序への参照なしに、自然科学的な因果法則、人間理性、社会契約的な規範のみで社会生活を組織し、人間の繁栄(human flourishing)を追求することが可能な枠組みを構成した。テイラーはこれを「内在的枠組み」と呼ぶ。

内在的枠組みの成立により、人間の目的を「人間的繁栄」の水準に限定する「排他的ヒューマニズム」(exclusive humanism)が歴史上初めて大規模な生の選択肢として出現した。排他的ヒューマニズムとは、超越的な目的(神の栄光、涅槃、解脱など)を必要とせず、人間の幸福・正義・自由といった内在的な価値のみで意味ある生を構成しうるとする立場である。

Key Concept: 排他的ヒューマニズム(exclusive humanism) テイラーの概念。人間の繁栄を超えた超越的目的への参照なしに、完全に充足した意味ある人間生活が可能であるとする近代特有の生の構え。テイラーにとって、排他的ヒューマニズムの出現こそが「世俗の時代」の最も根本的な特徴であり、それは1500年頃の西洋社会では想像すらできなかった選択肢であった。

テイラーが強調するのは、内在的枠組みは信仰を不可能にするわけではなく、信仰と非信仰の双方を「選択肢」として共存させる構造であるという点である。内在的枠組みは「開いた」(open)構造をとることも「閉じた」(closed)構造をとることもできる ── 超越への問いかけに開かれた形で内在的枠組みの中に生きることも、超越を原理的に排除する形で生きることも可能である。テイラーにとって、近代の「世俗性」とは宗教の消滅ではなく、信じることと信じないことの間の「競合的選択肢の増殖」(fragilization)の状態である。

graph TD
    subgraph PreModern["前近代: 素朴な実在論"]
        A["宇宙的秩序に<br/>埋め込まれた生"]
        B["信仰は自明の前提<br/>不信仰はほぼ不可能"]
    end

    subgraph Transition["移行過程: 大いなる脱埋め込み"]
        C["宗教改革"]
        D["科学革命"]
        E["啓蒙思想"]
    end

    subgraph Modern["近代: 内在的枠組み"]
        F["超越への開き<br/>信仰は選択肢の一つ"]
        G["排他的ヒューマニズム<br/>超越なしの意味ある生"]
        H["多様なスピリチュアリティ<br/>宗教的探求の個人化"]
    end

    A --> B
    B --> C
    B --> D
    B --> E
    C --> F
    D --> G
    E --> G
    F <-->|"競合的選択肢<br/>の増殖"| G
    F <--> H
    G <--> H

テイラーの議論の学術的意義は、世俗化を制度的・統計的な宗教衰退として測定する従来のアプローチから、「信じることの条件」という存在論的・認識論的な次元に分析を転換した点にある。この視角からは、世俗化は宗教の消滅ではなく、信仰のあり方の質的変容として理解される。


グローバル・サウスにおける宗教の拡大

アフリカ・ラテンアメリカのペンテコステ運動

ペンテコステ運動の起源と基本的特徴についてはModule 2-8 Section 3で検討した(→ Module 2-8, Section 3「宗教運動・グローバル化・ジェンダー」参照)。ここでは、グローバル・サウスにおけるペンテコステ運動の具体的な拡大の態様とその社会的意味をさらに掘り下げる。

ペンテコステ運動の信者数は、1970年代の推定6,300万人から2020年代には6億人以上へと爆発的に増大した。この成長はキリスト教全体の約四分の一をペンテコステ・カリスマ系が占めるまでに至っている。増加の大部分はグローバル・サウス ── アフリカ、ラテンアメリカ、アジア ── において生じている。

アフリカにおける展開: アフリカにおけるペンテコステ運動の拡大は、20世紀後半から21世紀にかけて最も劇的な宗教的変動の一つである。1970年にはアフリカ人口に占めるペンテコステ・カリスマ系の割合は5%未満であったが、現在では約12%(推定1億700万人)に達している。西アフリカのナイジェリアとガーナ、東アフリカのケニアとタンザニアにおいて特に顕著な成長が見られる。

アフリカのペンテコステ運動の特徴として注目すべきは、「解放」(deliverance)と「繁栄の福音」(prosperity gospel)の二つの実践的軸である。「解放」とは、病気・貧困・家庭問題といった人生の困難を悪霊や呪術の働きとして解釈し、聖霊の力による霊的戦い(spiritual warfare)を通じてそこから解放されるという実践である。これは伝統的なアフリカの霊的世界観 ── 精霊・祖霊・呪術が現実世界に作用するという理解 ── をキリスト教的枠組みの中に再文脈化したものであり、ペンテコステ運動の高い「土着化」能力を示している。

ラテンアメリカにおける展開: ラテンアメリカにおけるペンテコステ運動の拡大は、500年にわたるカトリック教会の支配的地位を根底から揺るがすものである。Pew Research Centerの調査によれば、ラテンアメリカ全体で約5人に1人がプロテスタントを自認しており、その大多数がペンテコステ系である。ブラジルでは特に劇的で、福音派人口は1970年の5.3%から2020年代には約31%へと急増した。

Key Concept: 繁栄の福音(prosperity gospel) 信仰と献金によって物質的繁栄・健康・成功が神から与えられるとする神学的立場。ペンテコステ系の教会において特に広まっているが、伝統的なプロテスタント神学からは批判も多い。グローバル・サウスにおける急速な経済変動と都市化の文脈で、社会的上昇への期待と結びついて拡大している。

デイヴィッド・マーティンが『舌の火』(1990)で論じたように、ラテンアメリカにおけるペンテコステ運動への改宗は、個人の倫理的変容 ── 禁酒、家庭的責任の引き受け、勤勉と貯蓄の倫理 ── を通じた社会経済的上昇の通路として機能している。カトリック教会が階層的な聖職者制度と伝統的な儀礼に基づく「上からの」宗教であるのに対し、ペンテコステ運動は平信徒の霊的体験と共同体参加を中心とする「下からの」宗教として、都市周辺部の貧困層に浸透している。

韓国キリスト教の急成長とメガチャーチ現象

韓国は、非西洋世界におけるキリスト教の急成長の最も注目すべき事例の一つである。1945年の植民地解放時点で人口のわずか2〜3%にすぎなかったキリスト教人口は、1990年代初頭には約40%に達した。

Key Concept: メガチャーチ(megachurch) 毎週の礼拝出席者が2,000人以上の教会を指す。特に韓国とアメリカ合衆国において顕著な現象であり、大規模な施設、メディアの活用、多様なプログラム提供を特徴とする。宗教の「消費文化」的側面との関連でも分析される。

韓国キリスト教の成長を象徴するのが、汝矣島純福音教会(Yoido Full Gospel Church)である。1958年にチョー・ヨンギ(趙鎔基、David Yonggi Cho, 1936-2021)と崔子実(チェ・ジャシル)によって自宅で始められたこの教会は、わずか5人の礼拝からスタートした。1960年に会員500人、1964年に3,000人、1973年に汝矣島への移転後は爆発的に成長し、1984年に40万人、1993年にはギネスブックに世界最大の教会として認定された時点で70万人の会員を擁した。2023年の65周年時点での総会員数は約58万人である。

韓国キリスト教の急成長の社会学的要因としては、以下の点が指摘されている。第一に、日本植民地支配期(1910-1945)におけるキリスト教と民族独立運動の結合が、キリスト教に民族的正統性を付与した。第二に、朝鮮戦争(1950-1953)後の急速な近代化・都市化の過程で、農村から都市に流入した人々に対して教会が共同体的紐帯と社会的支援のネットワークを提供した。第三に、反共主義・アメリカとの同盟関係の文脈で、キリスト教(とりわけプロテスタンティズム)が「近代的」「民主的」な価値と同一視された。第四に、ペンテコステ的な霊的体験の重視が、韓国の伝統的なシャーマニズム的宗教性と親和性を持った。

ただし、韓国キリスト教は2000年代以降、成長の停滞と信者数の減少傾向に直面している。世代間の価値観の変化、教会指導者の不祥事、メガチャーチの権威主義的体質への批判などが要因として挙げられており、韓国においても「世俗化」の動きが見られる。

中国の宗教復興

中国における宗教の動態は、世俗化論の枠組みでは捉えきれない独自の複雑さを持つ。中華人民共和国の建国(1949年)以降、とりわけ文化大革命期(1966-1976)には、宗教は「封建的迷信」として徹底的に弾圧された。しかし1978年の改革開放政策以降、中国では「驚くべき宗教復興」(astounding religious revival)が進行している。

推計によれば、現代中国には約3億人の宗教的信仰者が存在する ── プロテスタント約6,000万人、カトリック約1,000万人、ムスリム約2,000万人、そして仏教・道教・民間信仰の信者は最大2億人に達するとされる。ただし、中国政府による宗教統計は制限的であり、実態はこれを上回る可能性がある。

キリスト教の成長: 中国におけるプロテスタント・キリスト教の成長は特に注目に値する。政府公認の「三自愛国教会」(Three-Self Patriotic Movement)に属する信者に加え、非公認の「家庭教会」(house churches)が広範に存在する。家庭教会は、政府の宗教管理の外部で活動する非登録の教会であり、その信者数は三自愛国教会をはるかに上回るとされている。家庭教会の担い手は、農村部の高齢女性から都市部の高学歴若年層へと変化しつつあり、とりわけ2000年代以降は「都市家庭教会」が知識人層・専門職層に浸透している。

仏教・道教の復興: 仏教と道教の復興も顕著である。2020年代の中国には約33,000の仏教寺院と約9,000の道教寺観が活動しており、1980年代以降に破壊された寺院の再建・修復が大規模に進行した。特に禅(チャン)仏教と浄土教は都市部の中間層にも浸透しており、「人間仏教」(人間仏教、humanistic Buddhism)の理念のもとで社会福祉活動や文化活動に取り組む仏教団体も増加している。道教については、気功・太極拳といった身体実践を通じた大衆的な受容に加え、学術的な道教研究の復興と道教文化のナショナリズム的な再評価が進行している。

中国の宗教復興は、急速な経済成長・都市化・社会変動が生み出す「意味の真空」(spiritual vacuum)への応答として解釈されることが多い。共産主義イデオロギーの求心力低下と市場経済化による価値観の流動化の中で、宗教が道徳的秩序と共同体的紐帯の源泉として再浮上しているのである。

グローバル・クリスチャニティの「重心移動」

Key Concept: グローバル・クリスチャニティの重心移動(shift of Christianity's center of gravity) フィリップ・ジェンキンズが提唱した概念。キリスト教の人口的・文化的・神学的な中心が、北半球(ヨーロッパ・北米)から南半球(アフリカ・ラテンアメリカ・アジア)へと移動している構造的変動を指す。2050年までにキリスト教徒の5人に4人が非白人となると予測されており、キリスト教をもはや「西洋の宗教」として理解することは不可能になりつつある。

フィリップ・ジェンキンズ(Philip Jenkins, 1952-)は、ペンシルヴァニア州立大学(のちベイラー大学)の歴史学者であり、主著『次のキリスト教世界:グローバル・クリスチャニティの到来』(The Next Christendom: The Coming of Global Christianity, 2002)において、キリスト教の「重心移動」という概念を提起した。

ジェンキンズの議論の骨子は以下の通りである。20世紀における最も重要な宗教的事象は、キリスト教の中心がヨーロッパ・北米から南半球へと移動したことである。20世紀初頭にはキリスト教徒の圧倒的多数が北半球に居住していたが、21世紀初頭にはラテンアメリカ・アフリカ・アジアのキリスト教徒が全体の過半数を占めるようになった。2050年までにキリスト教徒の78%がグローバル・サウスに居住すると予測されており、「非ラテン系白人」のキリスト教徒は5人に1人にすぎなくなる。

ジェンキンズが強調するのは、グローバル・サウスのキリスト教が北半球のリベラルなプロテスタンティズムとは質的に異なる特徴を持つ点である。グローバル・サウスのキリスト教は、聖書の権威を重視し、超自然的な霊的力 ── 神癒、悪霊祓い、預言、異言 ── を日常的な信仰実践の一部とし、道徳的保守主義の傾向を持つ。ジェンキンズはこの南北の差異を「霊的力とそれが日常生活に及ぼす影響こそが、北半球と南半球のキリスト教徒を分かつ核心的な問題である」と表現した。

この重心移動は、キリスト教内部の権力関係にも影響を及ぼしている。アングリカン・コミュニオン(世界聖公会)における同性愛をめぐる分裂(2003年のジーン・ロビンソン主教の叙任問題以降)は、リベラルな北米・西欧の教会と保守的なアフリカの教会の対立として先鋭化した。世界のアングリカン信者の過半数がアフリカに居住するという人口動態が、この対立における南の発言力を強めている。

graph LR
    subgraph North["北半球: ヨーロッパ・北米"]
        N1["制度的世俗化の進行"]
        N2["教会出席率の低下"]
        N3["リベラル神学の展開"]
    end

    subgraph South["南半球: グローバル・サウス"]
        S1["ペンテコステ運動の<br/>爆発的拡大"]
        S2["メガチャーチ現象"]
        S3["霊的体験重視・<br/>道徳的保守主義"]
    end

    subgraph Shift["重心移動の帰結"]
        R1["キリスト教は<br/>もはや西洋の宗教ではない"]
        R2["南北間の神学的・<br/>倫理的緊張"]
        R3["教会内権力関係の<br/>再編"]
    end

    North -->|"人口的縮小"| Shift
    South -->|"人口的拡大"| Shift
    N3 <-->|"対立"| S3

まとめ

  • 世俗化論の再検討は、古典的な「近代化→宗教衰退」テーゼの修正として展開された。バーガーの自己修正、カサノヴァの三次元分解、デイヴィのヨーロッパ例外論、ブルースの古典的世俗化論堅持といった諸立場が対立しつつも、「世俗化は西ヨーロッパに特殊な現象である可能性が高い」という認識が広まった。
  • チャールズ・テイラーは『世俗の時代』において、世俗化を「信仰の条件」の変容として再定式化した。「世俗の時代」とは宗教の消滅ではなく、内在的枠組みのもとで信仰と非信仰が共に選択肢として競合する状態を指す。排他的ヒューマニズムの出現こそが近代の根本的な新しさである。
  • グローバル・サウスでは宗教の爆発的拡大が進行している。アフリカ・ラテンアメリカのペンテコステ運動は6億人を超え、韓国ではキリスト教がメガチャーチ現象を伴いつつ急成長し、中国では改革開放以降に仏教・道教・キリスト教を含む広範な宗教復興が進行している。
  • ジェンキンズの「重心移動」論は、キリスト教がもはや「西洋の宗教」ではなく、グローバル・サウスを中心とする宗教へと構造的に転換しつつあることを示す。この変動は、キリスト教内部の神学的・倫理的緊張と権力関係の再編をもたらしている。
  • これらの動態は、Section 2で扱うSBNR現象やデジタル時代の宗教、Section 3で扱う宗教と科学・資本主義の問題とも密接に関連する。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
ヨーロッパ例外論 European exceptionalism 世俗化は近代化の普遍的帰結ではなく西ヨーロッパに特殊な現象であるとする立場
信じているが帰属しない believing without belonging デイヴィの概念。制度的宗教の衰退が信念の衰退を必ずしも伴わない現象
世俗の三類型 three senses of secularity テイラーによる「世俗」概念の三分類。世俗1=制度的分化、世俗2=信仰の量的衰退、世俗3=信仰の条件の変容
内在的枠組み immanent frame テイラーの概念。超越的参照点なしに人間の生が理解される近代の認知的・存在論的構造
排他的ヒューマニズム exclusive humanism テイラーの概念。超越的目的なしに意味ある人間生活が可能とする近代特有の生の構え
繁栄の福音 prosperity gospel 信仰と献金が物質的繁栄をもたらすとする神学的立場。グローバル・サウスで広く拡大
メガチャーチ megachurch 毎週の礼拝出席者が2,000人以上の大規模教会。韓国・アメリカで顕著
重心移動 shift of center of gravity ジェンキンズの概念。キリスト教の中心が北半球から南半球へ移動する構造的変動

確認問題

Q1: チャールズ・テイラーの「世俗」の三つの意味を説明し、テイラーが世俗3に焦点を当てることの学術的意義を論ぜよ。

A1: テイラーの三類型は以下の通りである。世俗1は公共空間からの宗教の退却(制度的分化)、世俗2は宗教的信念と実践の統計的衰退、世俗3は信仰が自明の前提ではなく多くの選択肢の一つとなる「信仰の条件」の変容を指す。テイラーが世俗3に焦点を当てることの学術的意義は、世俗化の分析を制度的・統計的な変動の記述から、信じることを可能にする背景的条件そのものの歴史的変容の解明へと転換した点にある。この視角により、世俗化は宗教の消滅ではなく、信仰のあり方の質的変容 ── 素朴な実在論から、信仰と非信仰が共に選択肢として競合する状態への移行 ── として理解される。これはカサノヴァの三次元分解(分化・衰退・私事化)とは異なる切り口から世俗化の問題に接近するものであり、宗教社会学と哲学の対話を促進する分析枠組みを提供した。

Q2: テイラーの「内在的枠組み」の概念を説明し、それが信仰と非信仰の関係にどのような構造を与えるかを論ぜよ。

A2: 内在的枠組みとは、近代社会において人間の生が超越的な参照点なしに ── 自然法則、人間理性、社会的規範のみに基づいて ── 理解される認知的・存在論的な構造を指す。前近代社会では人間の生は宇宙的秩序・社会的全体・神の摂理に「埋め込まれて」おり、超越は世界の自明の構成要素であった。内在的枠組みの成立により、この埋め込みが解除され、信仰と非信仰の双方が選択肢として出現する。重要なのは、内在的枠組みが超越への「開き」を持つ場合と超越を排除する「閉じた」構造をとる場合の両方がありうる点である。信仰者も非信仰者も同一の内在的枠組みの中に生きているが、その枠組みの「開き」と「閉じ」の度合いが異なる。こうして近代の世俗性は、宗教の消滅ではなく、信じることと信じないことの間の「競合的選択肢の増殖」として構造化される。

Q3: グローバル・サウスにおけるペンテコステ運動の拡大が、古典的世俗化論に対してどのような反証を構成するかを論ぜよ。

A3: 古典的世俗化論は、近代化・合理化・都市化の進行が宗教の社会的重要性を不可逆的に低下させると主張した。しかしグローバル・サウスにおけるペンテコステ運動は、まさに急速な近代化・都市化の進行する社会において爆発的に拡大している。アフリカでは1970年以降にペンテコステ・カリスマ系信者が人口の5%未満から12%へと急増し、ラテンアメリカではブラジルの福音派人口が5.3%から31%へと成長した。これらの地域は近代化の途上にあり、都市化・教育水準の向上・市場経済の浸透が進行中であるにもかかわらず、宗教的活力は衰退するどころかかつてないほど高まっている。さらに、ペンテコステ運動は近代化に対する単なる反動ではなく、マーティンが指摘したように勤勉・禁酒・貯蓄の倫理を通じた社会経済的上昇の通路として機能しており、近代化と宗教の親和的な関係を示している。これは、近代化と宗教衰退の間に必然的な因果関係を想定する古典的世俗化論への有力な反証を構成する。

Q4: フィリップ・ジェンキンズの「重心移動」論の内容を説明し、この構造変動がキリスト教内部にもたらす緊張について具体例を挙げて論ぜよ。

A4: ジェンキンズの重心移動論とは、キリスト教の人口的・文化的中心が北半球(ヨーロッパ・北米)から南半球(アフリカ・ラテンアメリカ・アジア)へと移動しているという構造的変動を指す。2050年までにキリスト教徒の78%がグローバル・サウスに居住すると予測される。この変動がもたらす緊張の具体例として、アングリカン・コミュニオンにおける同性愛問題をめぐる分裂が挙げられる。2003年に米国聖公会が公然と同性愛者であるジーン・ロビンソンを主教に叙任したことに対し、信者の過半数を擁するアフリカの聖公会諸教会は強く反発し、北米・西欧のリベラルな教会との断絶が深まった。この対立は、グローバル・サウスのキリスト教が聖書の権威・超自然的霊的体験・道徳的保守主義を重視するのに対し、北半球のリベラルなプロテスタンティズムが歴史批評的聖書解釈と社会的包摂を志向するという神学的差異を反映しており、人口動態の変化が教会内権力関係の再編をもたらしている実例である。

Q5: 中国の宗教復興はどのような歴史的文脈で進行しており、その復興にはどのような宗教伝統が含まれるか。また、この現象が世俗化論に対して持つ含意を論ぜよ。

A5: 中国の宗教復興は、文化大革命期(1966-1976)の徹底的な宗教弾圧と、1978年以降の改革開放政策という歴史的文脈で進行している。この復興には、プロテスタント・キリスト教(公認の三自愛国教会と非公認の家庭教会)、カトリック、仏教(禅仏教・浄土教)、道教、民間信仰、イスラームといった多様な宗教伝統が含まれ、推計で約3億人の信仰者が存在する。世俗化論に対するこの現象の含意は二重である。第一に、共産主義体制による宗教の国家的弾圧は、近代化に伴う「自然な」世俗化とは区別されるべきであり、弾圧の解除後に宗教が急速に復興していることは、宗教への需要が弾圧によっては消滅しないことを示している。これはスタークの宗教市場理論における「宗教への需要は一定である」という命題を部分的に支持する。第二に、中国における宗教復興が急速な経済成長と同時に進行していることは、「近代化が宗教を衰退させる」という古典的テーゼに対する反証となる。ただし、中国の事例は政教関係の特殊性(党国家体制による宗教管理)を持つため、他の事例との単純な比較には慎重であるべきである。