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Module 3-4 - Section 2: スピリチュアリティとデジタル時代の宗教

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 3-4: 現代世界の宗教動態
前提セクション Section 1(世俗化論の再考とグローバル宗教の拡大)
想定学習時間 5時間

導入

Section 1では、チャールズ・テイラーの「内在的枠組み」(→ Module 3-4, Section 1参照)が示したように、近代の世俗性とは宗教の消滅ではなく、信仰と非信仰が共に選択肢として競合する状態であることを確認した。本セクションでは、この「競合的選択肢の増殖」がもたらす具体的な帰結として、三つの現象を検討する。

第一に、制度的宗教から離脱しつつも「スピリチュアル」であることを自認する人々(SBNR)の増大と、ニューエイジ運動の展開である。第二に、仏教的瞑想技法が宗教的文脈を脱して「マインドフルネス」として世俗的に受容される過程とその批判的検討である。第三に、デジタル技術が宗教の実践・布教・変容に及ぼす影響であり、オンライン礼拝、SNSを通じた布教と過激化、AI時代における宗教的問いの出現を扱う。

これらの現象はいずれも、テイラーが描いた内在的枠組み(→ Module 3-4, Section 1参照)の中で宗教がいかなる変容を遂げつつあるかを示す具体例である。


スピリチュアリティと「宗教離れ」

「宗教的」と「スピリチュアル」の分離

20世紀後半以降、欧米圏を中心に「宗教的」(religious)と「スピリチュアル」(spiritual)を区別し、後者に肯定的な意味を、前者に否定的な意味を付与する言説が広まった。「宗教」が制度・教義・権威・義務といった外的構造と結びつくのに対し、「スピリチュアリティ」は個人の内面的体験・自己探求・全体性の感覚と結びつけられる。

Key Concept: SBNR(Spiritual But Not Religious) 「スピリチュアルであるが宗教的ではない」と自己規定する立場。制度的宗教への帰属を拒否しつつ、何らかのスピリチュアルな関心・実践を持つ個人の増大を指す。Pew Research Centerの調査(2023)によれば、アメリカ成人の約27%がSBNRを自認する。若年層・高学歴層に多く、自然の中の霊的エネルギー、動物の精霊性への信念を持つ傾向が宗教的集団より高い一方、聖書の神への信仰、日常的祈り、礼拝出席の割合は大幅に低い。

SBNR現象は、デイヴィの「信じているが帰属しない」(→ Module 3-4, Section 1参照)とも重なるが、より積極的に制度的宗教を否定する点で異なる。SBNRは「帰属しない」だけでなく、制度としての「宗教」そのものに対する忌避感を伴うことが多い。個人の自律性・選択の自由を重視する近代的価値観が、制度的宗教の権威主義・排他性・硬直性と相容れないものとして経験されるのである。

ケンダル・プロジェクトと「スピリチュアル革命」テーゼ

ポール・ヒーラス(Paul Heelas, 1946-2021)とリンダ・ウッドヘッド(Linda Woodhead, 1964-)は、イングランド北部の町ケンダル(人口約28,000人)を対象に、2000年から2003年にかけて「ケンダル・プロジェクト」(Kendal Project)と呼ばれる実証研究を実施した。その成果は『スピリチュアル革命──なぜ宗教はスピリチュアリティに道を譲りつつあるのか』(The Spiritual Revolution: Why Religion is Giving Way to Spirituality, 2005)として公刊された。

Key Concept: スピリチュアル革命テーゼ(spiritual revolution thesis) ヒーラスとウッドヘッドが提唱した仮説。伝統的な「会衆領域」(congregational domain)── 教会を中心とする制度的宗教実践 ── が衰退する一方で、「ホリスティック・ミリュー」(holistic milieu)── ヨガ、瞑想、レイキ、アロマセラピー、太極拳などの心身統合的実践を中心とするネットワーク ── が成長しており、両者の逆転が「スピリチュアル革命」を構成するとする理論。この変動は、広い文化における「主観的転回」(subjective turn)── 外的権威への服従よりも内面的体験と主観的ウェルビーイングを重視する価値変容 ── によって駆動される。

ケンダル・プロジェクトの調査結果は、スピリチュアル革命テーゼを部分的に支持するものであった。2001年時点で、ケンダルの会衆領域の参加者はホリスティック・ミリューの参加者の約5倍であり、「革命」は未完であった。しかし、会衆領域は減少傾向にあり、ホリスティック・ミリューは成長傾向にあった。ヒーラスとウッドヘッドは、会衆領域の中でも「主観的ウェルビーイング」に配慮する教会(クエーカーやリベラルなアングリカン教会など)は比較的健全であり、外的権威への服従を要求する保守的な教会が最も急速に衰退していることを見出した。

ニューエイジ運動の展開と変容

SBNR現象の背景には、1960年代から70年代にかけて欧米で台頭したニューエイジ運動(New Age movement)(→ Module 1-1, Section 3「新霊性運動」参照)の影響がある。

Key Concept: ニューエイジ運動(New Age movement) 1960年代から70年代にかけて欧米で興隆した、既成宗教の枠を超えた霊的探求の総称。占星術、チャネリング、クリスタル・ヒーリング、輪廻転生、東洋的瞑想、自然との調和、意識変容の探求などを包含する。統一的な教義・組織・指導者を持たず、ネットワーク的に連結された個人の実践と信念の集合体として特徴づけられる。

マリリン・ファーガソン(Marilyn Ferguson, 1938-2008)の『アクエリアン陰謀──やさしい革命のためのネットワーキング』(The Aquarian Conspiracy: Personal and Social Transformation in the 1980s, 1980)は、ニューエイジ運動の自己理解を集約した著作として広く読まれた。ファーガソンは、科学・医療・教育・政治のあらゆる領域で、機械論的パラダイムから全体論的パラダイムへの転換が進行中であり、この転換が人間の意識と社会の根底的な変容 ── 「アクエリアン陰謀」 ── をもたらすと主張した。ここで「陰謀」とは秘密結社的な意味ではなく、ラテン語の conspirare(「共に呼吸する」)に由来する比喩であり、個人の内面的変容が自然発生的にネットワーク化されて社会変革に至るという楽観的ビジョンを表現している。

しかし、1990年代以降、「ニューエイジ」という呼称は当事者自身によっても忌避されるようになった。その理由は多岐にわたるが、メディアによる戯画化、商業主義的搾取への批判、千年王国的な時代認識の退潮などが挙げられる。ヒーラスとウッドヘッドが「ホリスティック・ミリュー」という概念を用いたのは、「ニューエイジ」の語が帯びるようになった否定的含意を避けつつ、これらの実践群の実態をより正確に記述するためであった。現代のホリスティック・ミリューは、初期ニューエイジの千年王国的・カウンターカルチャー的な性格を脱し、ウェルビーイング・自己実現・心身の健康を志向する「生活のスピリチュアリティ」として日常生活に浸透している。


マインドフルネスの脱宗教的受容

MBSR:仏教瞑想の世俗化

マインドフルネス(→ Module 2-4, Section 4参照)の世俗的受容における最も重要な転換点は、ジョン・カバットジン(Jon Kabat-Zinn, 1944-)によるマインドフルネス・ストレス低減法(Mindfulness-Based Stress Reduction, MBSR)の開発である。

Key Concept: マインドフルネス・ストレス低減法(Mindfulness-Based Stress Reduction / MBSR) 1979年にジョン・カバットジンがマサチューセッツ大学医学部ストレス低減クリニックで開発した8週間の構造化プログラム。仏教のヴィパッサナー瞑想(→ Module 2-4, Section 4参照)、禅の座禅、ハタ・ヨーガの技法を、宗教的文脈から切り離して医療的・科学的枠組みに再配置した。慢性疼痛、ストレス、不安障害などの患者を対象とし、非判断的な注意の訓練を中核とする。

カバットジンは、禅仏教のフィリップ・カプロー(Philip Kapleau)、ティク・ナット・ハン(Thich Nhat Hanh)、崇山行願(スンサン・ヘンウォン, Seung Sahn)らに師事した瞑想実践者であったが、MBSRの開発に際しては意図的に仏教的語彙と宗教的目的論を排除した。カバットジンは後に、これを「法(ダルマ)の本質を保持しつつ、仏教の文化的外殻を取り除く」試みであったと説明している。MBSRにおけるマインドフルネスは「意図的に、今この瞬間に、非判断的に注意を向けること」と定義され、仏教の八正道の一項目としてのサティ(sati)から、科学的に測定可能な心理的能力へと再定義された。

1991年の著書『マインドフルネス・ストレス低減法』(Full Catastrophe Living)の刊行、1993年のPBSドキュメンタリー『癒しと心』(Healing and the Mind)への出演を経て、MBSRは医療・心理学・教育・企業の各領域に急速に普及した。その後、マーク・ウィリアムズ(Mark Williams)らによるマインドフルネス認知療法(MBCT)など、MBSRを基盤とした派生プログラムが開発された。

仏教的瞑想の脱文脈化の問題

MBSRに代表されるマインドフルネスの世俗化は、宗教学的には「脱文脈化」(decontextualization)の問題を提起する。仏教においてサティ(マインドフルネス)は、八正道の一要素であり、正見(正しい理解)・正精進(正しい努力)・正定(正しい集中)といった他の修道的要素と不可分の関係にある。マインドフルネスを八正道から切り離し、単独の技法として抽出することは、仏教の修道体系全体の文脈を失わせることを意味する。

さらに、仏教におけるマインドフルネスの目的は、煩悩からの解放(涅槃)という究極的な宗教的目標に向けられている。MBSRにおけるストレス低減・ウェルビーイングの向上という目標は、仏教的な意味での「解脱」とは質的に異なる。この差異は、MBSRが仏教の「方便」(upāya)の現代的展開であるのか、それとも仏教の本質的な要素を骨抜きにした商業化であるのかという論争を生んでいる。

パーサーの「マクマインドフルネス」批判

Key Concept: マクマインドフルネス(McMindfulness) ロナルド・パーサーが提唱した批判的概念。マインドフルネスが仏教の社会倫理的文脈から切り離され、新自由主義的資本主義と共犯関係に入った状態を指す。マクドナルドの「マック」を冠することで、マインドフルネスの商品化・画一化・表層化を風刺的に表現している。推定10億ドル規模のマインドフルネス産業が、構造的な社会問題の責任を個人の自己管理に転嫁していると批判する。

ロナルド・パーサー(Ronald Purser, 1956-)は、サンフランシスコ州立大学の経営学教授であり、『マクマインドフルネス──マインドフルネスはいかにして新たな資本主義的スピリチュアリティとなったか』(McMindfulness: How Mindfulness Became the New Capitalist Spirituality, 2019)において、マインドフルネスの世俗化に対する包括的な批判を展開した。

パーサーの批判は以下の論点から構成される。第一に、マインドフルネスが仏教の社会倫理的次元 ── 正語・正業・正命といった倫理的実践、慈悲の涵養、社会的苦の構造的原因への洞察 ── を切り捨て、個人の心理的技法に還元されたことへの批判である。第二に、企業・軍隊・政府がマインドフルネスを採用する文脈では、それが労働者のストレス耐性を高め、不公正な構造への適応を促す「順応の技法」として機能しうるという批判である。第三に、マインドフルネス産業が推定10億ドル規模の市場を形成し、アプリ、リトリート、コーチング資格の商品化が進行しているという「商品化」への批判である。

パーサーの批判に対しては、マインドフルネスが宗教的文脈を離れたからこそ、宗教を持たない人々にも恩恵を提供できるとする反論や、臨床的有効性のエビデンスが蓄積されている事実を重視する立場もある。カバットジン自身は、MBSRの世俗性は仏教の「否定」ではなく、仏教的洞察を現代社会に適用するための「善巧方便」(skillful means)であると応じている。

graph TD
    subgraph Buddhist["仏教的文脈"]
        A["サティ / 正念"]
        B["八正道の一要素"]
        C["解脱・涅槃を目指す<br/>修道体系の中に位置"]
    end

    subgraph Secular["世俗的マインドフルネス"]
        D["MBSRプログラム<br/>1979年〜"]
        E["ストレス低減<br/>ウェルビーイング向上"]
        F["医療・教育・企業<br/>への普及"]
    end

    subgraph Critique["批判的議論"]
        G["脱文脈化批判:<br/>倫理的次元の喪失"]
        H["マクマインドフルネス:<br/>資本主義との共犯"]
        I["方便か骨抜きか"]
    end

    A --> B --> C
    A -->|"脱文脈化"| D
    D --> E --> F
    F --> H
    D --> G
    G --> I
    H --> I

デジタル時代の宗教

オンライン宗教と宗教のオンライン化

デジタル技術と宗教の関係を理論化する上で最も影響力のある枠組みは、ハイディ・キャンベル(Heidi A. Campbell, 1970-)によるものである。キャンベルはテキサスA&M大学コミュニケーション学部の教授であり、「デジタル宗教」(digital religion)研究の創始者の一人である。

Key Concept: 「オンライン宗教」と「宗教のオンライン化」(online religion / religion online) クリストファー・ヘランド(Christopher Helland)が2000年に提唱し、キャンベルが発展させた区別。「宗教のオンライン化」(religion online)は、既存の宗教組織がインターネットを情報伝達の手段として利用する形態を指す ── 教会のウェブサイト、説教のポッドキャスト配信、教義の解説ページなど。「オンライン宗教」(online religion)は、インターネット空間それ自体の中で宗教的実践が新たに創出・遂行される形態を指す ── バーチャル礼拝、オンライン祈祷グループ、アバターによる巡礼など。

キャンベルは『デジタル宗教──ニューメディア世界における宗教実践を理解する』(Digital Religion: Understanding Religious Practice in New Media Worlds, 2013)において、この二分法をさらに精緻化した。キャンベルによれば、デジタル時代の宗教はオンラインとオフラインが截然と分離されるのではなく、相互に浸透し合う「融合的」(convergent)な形態をとる。キャンベルはデジタル宗教の六つの特質として、ネットワーク化されたコミュニティ(networked community)、融合的実践(convergent practice)、マルチサイト的現実(multisite reality)、物語的アイデンティティ(storied identity)、権威の変容(shifting authority)、体験的真正性(experiential authenticity)を挙げた。

バーチャル・チャーチとCOVID-19パンデミック

オンライン礼拝の試みは2000年代から存在していたが、それが全世界的な規模で一挙に拡大したのは、COVID-19パンデミック(2020年)においてである。各国政府の集会制限措置により、対面での礼拝が不可能となった教会・寺院・モスクの多くが、Zoom、YouTube Live、Facebook Liveなどのプラットフォームを通じたオンライン礼拝に移行した。

パンデミックは、キャンベルの枠組みでいえば「宗教のオンライン化」を全面的に加速させた。しかし、この急速な移行は宗教学的にも神学的にも重要な問いを提起した。聖餐(エウカリスティア)は画面越しに有効に執り行われうるか。洗礼はオンラインで可能か。共同体の「臨在」(presence)は物理的な同一空間の共有なしに成立するか。宗教的権威はデジタル化によってどのように再編されるか。

パンデミック後の動向は多様である。対面礼拝への全面復帰を志向する教会もあれば、対面とオンラインを並行して提供する「ハイブリッド」モデルを恒常化させた教会もある。いずれにせよ、パンデミックの経験はデジタル技術が宗教実践の「代替手段」にとどまらず、宗教のあり方そのものを変容させる契機となりうることを示した。

SNSを通じた布教と過激化

ソーシャル・メディアは布教と宗教的動員の手段としても広く利用されている。キリスト教の福音派、イスラームの布教団体、仏教の瞑想指導者など、多くの宗教的アクターがTwitter(現X)、Instagram、TikTok、YouTubeなどのプラットフォームを通じて発信を行っている。これらのプラットフォームは、制度的宗教の階層的な情報伝達構造を迂回し、個人の信仰者やカリスマ的指導者がグローバルな聴衆に直接アクセスすることを可能にしている。

Key Concept: デジタル・ダアワ(digital da'wa) SNSやオンラインプラットフォームを活用したイスラームの布教活動。「ダアワ」はアラビア語で「招き」「呼びかけ」を意味し、伝統的にはイスラームへの招待・教化活動を指す。デジタル時代には、YouTubeの説教動画、Instagramのイスラーム的ライフスタイル投稿、TikTokの短尺宗教コンテンツなど、多様な形態でダアワが展開されている。

他方、SNSが宗教的過激化(radicalization)の媒介となる問題も深刻に認識されている。ISIS(イスラーム国 / al-Dawla al-Islāmiyya)は、2014年から2019年にかけて、Twitterでのプロパガンダ、YouTubeやTelegramでの処刑映像の配信、多言語のオンライン雑誌(Dabiq, Rumiyah)の発行など、デジタル・メディアを極めて戦略的に利用した。ISISのSNS戦略は、遠隔地の若者のリクルートメント、「ローンウルフ」型テロの触発、グローバルなブランド・アイデンティティの構築という三つの機能を果たした。

これは宗教とデジタル技術の関係が本質的に中立的であることを示している。同一のプラットフォームが、穏健な信仰の共有にも過激な暴力の煽動にも利用されうる。キャンベルが指摘するように、デジタル技術は宗教的権威の構造を変容させるが、その変容の方向は技術それ自体ではなく、利用する主体とその文脈によって決定される。

AI時代の宗教的問い

人工知能(AI)の発展は、宗教的思考に対して新たな問いを投げかけている。これらの問いは現時点では発展途上であるが、今後の宗教学と宗教倫理の重要なテーマとなる可能性がある。

第一に、意識と魂の問題がある。AIは「意識」を持つか。もし将来のAIが高度な自己意識を獲得した場合、それは宗教的な意味での「魂」を持つと言えるか。アブラハムの宗教的伝統(ユダヤ教・キリスト教・イスラーム)は「魂」を神から付与された人間固有の属性とするが、仏教の無我(anattā)の教説は固定的な魂の実体を否定しており、AI意識の問題に対して異なる理論的資源を提供しうる。

第二に、宗教的倫理とAI開発の関係がある。AIによる自律的兵器、アルゴリズムによる差別、監視技術の拡大といった問題に対し、宗教的倫理はどのような応答を提供しうるか。バチカンは「ローマ宣言──AIの倫理に関する呼びかけ」(Rome Call for AI Ethics, 2020)を発表し、人間の尊厳の保護を中核とするAI倫理の原則を提示した。

第三に、AIによる宗教的実践の代替の問題がある。AIチャットボットによる牧会カウンセリング、AIが生成した説教、AI仏僧の導入(京都の高台寺が2019年に導入したアンドロイド観音「マインダー」など)は、宗教的実践における「人格」の必要性と真正性の問題を提起している。


まとめ

  • SBNR(Spiritual But Not Religious)現象は、制度的宗教からの離脱とスピリチュアリティの個人化という二重の動向を反映する。テイラーの内在的枠組みの中で、信仰の選択肢が増殖し、制度的宗教はその一つにすぎなくなった状況の帰結である。
  • ヒーラスとウッドヘッドの「ケンダル・プロジェクト」は、会衆領域の衰退とホリスティック・ミリューの成長を実証的に確認し、広い文化における「主観的転回」がこの変動を駆動していると論じた。ニューエイジ運動はこの流れの先駆であるが、現在は「ホリスティック・ミリュー」として日常的なウェルビーイング実践に融解している。
  • マインドフルネスの世俗的受容は、カバットジンのMBSR(1979年)を起点として医療・教育・企業に広がったが、仏教的文脈からの「脱文脈化」と「商品化」に対する批判(パーサーの「マクマインドフルネス」論)を招いている。
  • デジタル技術は宗教に対して二重の作用を及ぼす。キャンベルの「オンライン宗教 / 宗教のオンライン化」の区別に見られるように、デジタル空間は既存の宗教実践の延長であると同時に、新たな形態の宗教性を創出しうる。COVID-19パンデミックはこの過程を劇的に加速させた。
  • SNSは布教と過激化の双方の媒介となりうる。AI時代には、意識・魂・倫理・真正性をめぐる新たな宗教的問いが出現しつつある。
  • Section 3では、宗教と科学、宗教と資本主義、そして現代における宗教多元主義の問題を扱う。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
SBNR Spiritual But Not Religious 制度的宗教に帰属しないがスピリチュアルな関心を持つ立場。欧米で増大傾向
スピリチュアル革命テーゼ spiritual revolution thesis ヒーラスとウッドヘッドの理論。会衆領域の衰退とホリスティック・ミリューの成長による「革命」
ホリスティック・ミリュー holistic milieu ヨガ・瞑想・レイキ等の心身統合的実践のネットワーク。会衆領域と対置される
主観的転回 subjective turn 外的権威への服従から内面的体験・主観的ウェルビーイングの重視への文化的価値変容
ニューエイジ運動 New Age movement 1960-70年代に興隆した既成宗教を超えた霊的探求の総称。統一的組織を持たない
マインドフルネス・ストレス低減法 Mindfulness-Based Stress Reduction / MBSR カバットジンが開発した8週間の構造化プログラム。仏教瞑想の世俗的応用
マクマインドフルネス McMindfulness パーサーの批判的概念。マインドフルネスの商品化と新自由主義的資本主義への共犯を批判
オンライン宗教 / 宗教のオンライン化 online religion / religion online キャンベルが発展させた区別。インターネット上で新たに創出される宗教実践と、既存の宗教のデジタル伝達
デジタル・ダアワ digital da'wa SNS等を活用したイスラームの布教活動

確認問題

Q1: SBNR現象は、テイラーの「内在的枠組み」やデイヴィの「信じているが帰属しない」とどのような関係にあるか。それぞれの概念の共通点と差異を整理して論ぜよ。

A1: テイラーの内在的枠組み(→ Module 3-4, Section 1参照)は、近代社会において超越的参照点なしに人間の生が理解される構造を指し、信仰と非信仰が共に「選択肢」として出現する条件を記述する。SBNR現象は、この選択肢の増殖の具体的帰結であり、制度的宗教でも無宗教でもない「第三の道」としてのスピリチュアリティが選択される状態を示す。デイヴィの「信じているが帰属しない」は、制度的宗教の衰退が信念の衰退を必ずしも伴わないことを指すが、SBNRはこれをさらに押し進め、制度としての「宗教」そのものに対する積極的な忌避を伴う点で異なる。三者の共通点は、制度的宗教の衰退が宗教性そのものの消滅を意味しないという認識であり、差異はテイラーが哲学的・存在論的な信仰の条件を論じ、デイヴィが信念と帰属の分離を社会学的に記述し、SBNRがスピリチュアリティの積極的な自己規定として機能する点にある。

Q2: ケンダル・プロジェクトにおける「会衆領域」と「ホリスティック・ミリュー」の区別を説明し、スピリチュアル革命テーゼの実証的検証結果を論ぜよ。

A2: 会衆領域とは教会を中心とする制度的宗教実践の領域であり、ホリスティック・ミリューとはヨガ・瞑想・レイキ・太極拳等の心身統合的実践のネットワークを指す。スピリチュアル革命テーゼは、前者の衰退と後者の成長がやがて逆転し、宗教性の主要な形態がスピリチュアリティに移行するという仮説である。ケンダルでの実証研究(2000-2003年)の結果、2001年時点で会衆領域はホリスティック・ミリューの約5倍の参加者を持ち、「革命」は未完であった。しかし、会衆領域は減少傾向にあり、ホリスティック・ミリューは成長傾向にあった。さらに、会衆領域の中でも主観的ウェルビーイングに配慮する教会は比較的健全である一方、外的権威への服従を要求する教会が最も急速に衰退していた。この結果は、「主観的転回」── 外的権威よりも内面的体験を重視する文化的価値変容 ── がスピリチュアル革命の駆動力であるという理論的仮説を部分的に支持するものであった。

Q3: マインドフルネスの世俗化におけるカバットジンのMBSRの意義と、パーサーの「マクマインドフルネス」批判の要点を説明し、両者の論争点を整理せよ。

A3: カバットジンのMBSRは、仏教のヴィパッサナー瞑想や禅の技法から宗教的語彙と究極的目的論を意図的に除去し、医療的・科学的枠組みに再配置した8週間のプログラムである。これにより、宗教を持たない人々にもマインドフルネスが利用可能となり、医療・教育・企業への広範な普及が実現した。パーサーはこれに対し、仏教の社会倫理的次元の切り捨て、不公正な社会構造への順応を促す機能、推定10億ドル規模の産業としての商品化という三点から批判した。論争点は、仏教的マインドフルネスの世俗化が「善巧方便」として仏教的洞察を現代社会に適用するものであるのか(カバットジンの立場)、それとも倫理的核心を骨抜きにした「資本主義的スピリチュアリティ」であるのか(パーサーの立場)に集約される。この論争は、宗教的実践が宗教的文脈を離れてもその本来的な意義を保持しうるかという、宗教学における「脱文脈化」の根本的問題に関わっている。

Q4: キャンベルの「オンライン宗教」と「宗教のオンライン化」の区別を説明し、COVID-19パンデミックがデジタル宗教の展開にどのような影響を与えたかを論ぜよ。

A4: 「宗教のオンライン化」(religion online)は、既存の宗教組織がインターネットを情報伝達手段として利用する形態であり、教会のウェブサイトや説教のポッドキャスト配信などを含む。「オンライン宗教」(online religion)は、デジタル空間それ自体の中で宗教的実践が新たに創出・遂行される形態であり、バーチャル礼拝やオンライン祈祷グループなどを含む。COVID-19パンデミックは、集会制限措置により対面礼拝が不可能となったことで、世界中の宗教組織に「宗教のオンライン化」を急速に促した。この経験は、オンライン礼拝における聖餐の有効性、洗礼の可能性、共同体の「臨在」の成立条件といった神学的問いを顕在化させた。パンデミック後は、対面に全面復帰する教会と、対面・オンラインのハイブリッドモデルを恒常化させた教会に分かれており、デジタル技術が宗教実践の代替手段にとどまらず、宗教のあり方そのものを変容させる契機となりうることが示された。

Q5: SNSが宗教的布教と過激化の双方の媒介となりうることを、具体例を挙げながら説明し、デジタル技術と宗教的権威の関係について論ぜよ。

A5: SNSを通じた布教の例として、キリスト教福音派のSNSを通じた伝道、イスラームにおけるデジタル・ダアワ(YouTube説教、Instagram投稿等)が挙げられる。他方、ISISは2014年以降、Twitter・YouTube・Telegramを戦略的に利用し、プロパガンダの拡散、遠隔地の若者のリクルート、ローンウルフ型テロの触発を行った。同一のプラットフォームが穏健な信仰共有にも暴力の煽動にも利用されうるという事実は、デジタル技術の本質的な中立性を示している。宗教的権威との関係では、SNSは制度的宗教の階層的な情報伝達構造を迂回し、個人のカリスマ的指導者がグローバルな聴衆に直接アクセスすることを可能にする。これはキャンベルが指摘する「権威の変容」(shifting authority)に該当し、伝統的な聖職者階層の権威を弱体化させる一方で、オンライン上の新たなカリスマ的権威を生み出す。変容の方向は技術自体ではなく、利用する主体とその文脈によって決定される。