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Module 3-5 - Section 3: 現代日本の宗教文化と災害・臨床宗教師

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 3-5: 宗教と日本の現代的課題
前提セクション Section 1(宗教法人制度と政治・宗教団体)
想定学習時間 5時間

導入

現代日本社会において、「宗教」は伝統的な教団組織や教義体系の枠組みを超え、多様な形態で人々の日常生活に浸透している。パワースポット巡り、スピリチュアル・カウンセリング、アニメ作品における宗教的モチーフの引用――これらは、制度的宗教(institutional religion)に属さないまま「宗教的なもの」を消費・経験する現象であり、宗教学的には「宗教概念の溶解」として捉えられる動向である。

一方、1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災という二つの巨大災害は、宗教者と宗教団体が公共的な役割を果たしうるかという問いを先鋭化させた。災害時の寺院の避難所提供、慰霊・追悼活動、そして被災者への傾聴活動は、宗教が「私的信仰」の領域にとどまらず、公共的な社会資源として機能しうることを示した。この文脈から、東北大学における臨床宗教師(interfaith chaplain)の養成が2012年に始動し、公共空間における宗教的ケアの新たな可能性が模索されている。

本セクションでは、現代日本における「宗教的なもの」の拡散現象を概観したうえで、災害と宗教の関係を阪神・淡路大震災から東日本大震災へと辿り、臨床宗教師の制度的展開とその意義を検討する。本セクションは本モジュールの最終セクションであり、宗教学全体の学びを総括する位置づけも持つ。


「宗教的なもの」の拡散

パワースポットブームと聖地巡礼の世俗化

2000年代後半から2010年代にかけて、日本社会では「パワースポット」ブームが広がった。伊勢神宮、出雲大社、高野山、屋久島といった伝統的な宗教聖地が、「エネルギーをもらえる場所」「運気が上がる場所」として再定義され、とりわけ若年女性層を中心に観光的関心の対象となった。

Key Concept: パワースポット(power spot) 「特別な力が宿る」とされる場所の総称。宗教的聖地が世俗的な文脈で再解釈されたもので、伝統的な信仰実践を伴わずに聖地を訪問する行為を指す場合が多い。宗教社会学的には、制度的宗教から切り離された「聖なるもの」の消費行動として分析される。

このブームの特徴は、訪問者が特定の宗教教義を信仰しているわけではなく、「なんとなく良い気がする」「癒される」といった感覚的・主観的な体験を求めている点にある。これは、宗教的実践が制度的宗教への帰属を前提としなくなった事態を示している。御朱印集めの流行も同様の文脈で理解できる。御朱印は本来、写経を納めた証として授与される宗教的証書であるが、現在ではコレクション的な趣味活動として広がり、限定デザインの御朱印帳が観光商品化されている。

聖地巡礼はアニメ・マンガの舞台となった場所を訪れるファン活動の文脈でも用いられるようになり、「巡礼」という宗教用語が世俗的文脈で転用される事態が生じている。こうした現象は、宗教的語彙や実践形式が、本来の宗教的意味内容を希薄化させながら文化的資源として流通する状況を示している。

スピリチュアル市場の拡大

1990年代後半以降、占い、ヒーリング、前世療法、チャネリング、オーラ診断といったスピリチュアル(spiritual)な実践が、一つの消費市場を形成した。テレビ番組(『オーラの泉』、2005〜2009年)の高視聴率はその象徴であり、江原啓之(えはら・ひろゆき)や美輪明宏(みわ・あきひろ)といったスピリチュアル・カウンセラーが著名人となった。

Key Concept: スピリチュアリティ(spirituality) 制度的宗教への帰属を必ずしも前提とせず、個人の内面的体験・霊的成長・自己超越を重視する志向性。宗教学では、伝統的宗教組織の衰退と個人化された霊性の台頭を示す概念として分析される(→ Module 1-1, Section 3「新霊性運動(new spirituality movements)」参照)。

スピリチュアル市場の拡大は、宗教的ニーズが消滅したのではなく、その充足の回路が制度的宗教から市場メカニズムへと移行したことを示唆する。島薗進(しまぞの・すすむ)は、これを「新霊性運動」の延長線上に位置づけ、1970年代以降の「精神世界」ブームから連続する動向として分析した。一方、占い・運勢判断への関心は日本社会に歴史的に根深く、必ずしも新しい現象ではない。重要なのは、それが「宗教」としてではなく「文化」「エンタテインメント」「セラピー」として消費されている点にある。

アニメ・サブカルチャーにおける宗教的モチーフ

日本のアニメ・マンガ・ゲーム作品には、宗教的モチーフが高頻度で引用される。『新世紀エヴァンゲリオン』(1995年)は、キリスト教の十字架、使徒、死海文書、カバラの生命の樹といった宗教的象徴を作品世界の骨格に組み込んだ。ただし、庵野秀明監督自身が「宗教的意味を深く考えて使ったわけではない」と発言しているように、これらのモチーフは信仰的文脈ではなく、美学的・物語的な素材として活用されている。

『呪術廻戦』(2018年〜)は、呪術・呪霊・祓いといった日本の民俗宗教的概念を物語の中核に据え、『鬼滅の刃』(2016年〜)は鬼と人間の境界という仏教的・民俗学的な主題を扱った。これらの作品は、宗教的概念を娯楽コンテンツの素材として再利用しつつ、結果的に若年層に宗教的語彙や世界観の断片を流通させている。

この現象は、「宗教」の定義そのものに関わる問題を提起する。制度的宗教への帰属も信仰告白もなく、しかし宗教的な象徴・物語・概念が日常的に消費されている状態を、宗教学はどのように記述すべきか。

磯前順一の「宗教概念の溶解」テーゼ

磯前順一(いそまえ・じゅんいち)は、『宗教概念あるいは宗教学の死』(東京大学出版会、2012年)において、近代的な「宗教」概念そのものの再検討を迫った。磯前の議論は、「宗教」というカテゴリーが近代西洋において特定の歴史的条件のもとで構成されたものであり、それを普遍的な分析枠組みとして前提とすることの妥当性を問うものである(→ Module 1-1で扱った宗教学の方法論的課題の発展的論点)。

Key Concept: 宗教概念の溶解(dissolution of the concept of religion) 「宗教」と「非宗教」の境界が曖昧化し、従来の宗教概念では捉えきれない現象が増大する事態を指す。磯前順一が提示したテーゼで、パワースポットブーム、スピリチュアリティの拡散、サブカルチャーにおける宗教的モチーフの流用など、制度的宗教の外部で生起する「宗教的なもの」の増大を理論的に把握する枠組みとなる。

上述したパワースポットブーム、スピリチュアル市場、サブカルチャーにおける宗教的モチーフの活用は、いずれも「宗教的なもの」が制度的宗教の境界を越えて拡散する現象であり、磯前のテーゼが指摘する事態の具体的な現れである。宗教学は、「宗教」というカテゴリーを自明の前提とするのではなく、そのカテゴリー自体の歴史的構成性を意識しつつ、現代社会における「宗教的なもの」の多様な現れを記述・分析する方法論を模索し続けている。


災害と宗教

阪神・淡路大震災(1995年):宗教者の活動と反省

1995年1月17日に発生した阪神・淡路大震災は、死者6,434名、全壊家屋約10万5千棟という甚大な被害をもたらした。この震災に対し、多くの宗教団体・宗教者が支援活動を展開した。天理教は天理市の施設を被災者に開放し、創価学会は神戸市内の会館を避難所として提供した。金光教は炊き出しや物資輸送を組織的に行い、各宗派の寺院・教会も独自に被災者支援を実施した。

しかし、この震災は宗教界に対して深い反省を促す契機ともなった。第一に、宗教団体の支援活動はマスメディアでほとんど報道されず、「宗教界は何もしていない」という印象が社会に広がった。第二に、同年3月のオウム真理教事件が宗教に対する社会的不信を決定的に強め、宗教者が被災地で活動すること自体が「布教目的ではないか」と警戒される状況が生じた。第三に、教派間の連携が不十分であり、各団体が個別に活動するにとどまった。

Key Concept: 宗教の公共性(public role of religion) 宗教が私的信仰の領域にとどまらず、社会的課題の解決に寄与しうる公共的機能を持つことを指す概念。災害支援、福祉活動、終末期ケアなどの文脈で論じられ、世俗社会における宗教の存在意義を再定義する議論の核心をなす。

阪神・淡路大震災での経験は、宗教者が災害時にいかに「宗教的」でない形で公共的支援を行いうるか、宗教団体間の教派を超えた連携をいかに構築するかという課題を明確にし、その後の災害支援における宗教者の活動の方向性に大きな影響を与えた。

東日本大震災(2011年):支援活動の展開と「公共性」の再評価

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、死者・行方不明者約2万2千名という未曾有の被害をもたらした。津波被害が甚大であった東北沿岸部では、遺体の捜索・搬送が困難を極め、長期にわたる避難生活が続いた。この震災において、宗教者と宗教団体は阪神・淡路大震災の反省を踏まえ、より積極的かつ組織的な支援活動を展開した。

寺院・宗教施設の避難所提供は、最も直接的な支援形態であった。津波被害を免れた高台の寺院が避難所として機能し、住職が被災者の生活を支えた事例は多数報告されている。公的避難所に入れない被災者を寺院が受け入れるケースもあった。

慰霊・追悼活動は、宗教者に固有の役割として重要であった。多くの遺体が損傷・発見不能の状態にあるなかで、読経、祈祷、追悼法要といった宗教的儀礼は、遺族の悲嘆に対して公的な心理支援では代替しがたい機能を果たした。「遺体のそばに来てくれただけでありがたかった」という遺族の声は、宗教者の「存在」そのものが持つケアの意味を示している。

傾聴活動も広く展開された。仮設住宅への訪問活動において、宗教者が「聴く」姿勢で被災者に寄り添う活動は、専門的なカウンセリングとは異なる質の支援として評価された。被災者が「死者との関係」「なぜ自分だけ生き残ったのか」といった実存的な問いを語る場において、宗教者はその問いを受け止めうる存在として機能した。

宗教者間の連携も進展した。2011年5月に宮城県宗教法人連絡協議会の呼びかけで設立された「心の相談室」は、仏教・神道・キリスト教・新宗教の宗教者が教派を超えて被災者の心のケアに当たる取り組みであった。これは阪神・淡路大震災で課題とされた教派間連携の一つの回答であった。

稲場圭信の研究:データに基づく災害支援の実態

大阪大学教授の稲場圭信(いなば・けいしん)は、宗教団体の災害支援活動を実証的に研究した代表的な研究者である。稲場は東日本大震災の2日後にFacebook上で「宗教者災害救援ネットワーク」を立ち上げ、研究仲間とともに「宗教者災害救援マップ」を作成した。

稲場の研究は、宗教団体の災害支援が「印象論」ではなくデータに基づいて評価されるべきであるという方法論的立場に基づいている。稲場のチームが開発した「未来共生災害救援マップ」(略称:災救マップ)は、全国の避難所および宗教施設あわせて約30万件のデータを集積した日本最大級の災害救援・防災データベースであり、災害時に宗教施設がどのように社会的資源として活用されうるかを可視化した。

また稲場は、社会福祉協議会と宗教団体の災害時連携についても調査を行い、両者の連携の実態と課題を明らかにした。これらの研究は、宗教団体が持つ物的資源(建物、土地)、人的資源(信者ネットワーク)、精神的資源(儀礼、傾聴の技法)が、災害時の公共的インフラストラクチャーとして機能しうることを実証的に示した点で重要である。

graph TD
    subgraph Hanshin["阪神・淡路大震災 1995年"]
        H1["個別宗教団体の<br/>支援活動"]
        H2["メディアでの<br/>低い可視性"]
        H3["オウム事件による<br/>宗教不信の増大"]
        H4["教派間連携の<br/>不足"]
    end

    subgraph Lessons["教訓と転換"]
        L1["宗教者の公共的<br/>役割の自覚"]
        L2["教派横断的連携の<br/>必要性"]
        L3["布教と支援の<br/>明確な分離"]
    end

    subgraph Tohoku["東日本大震災 2011年"]
        T1["寺院の避難所提供"]
        T2["慰霊・追悼活動"]
        T3["傾聴活動"]
        T4["心の相談室<br/>教派横断的連携"]
        T5["宗教者災害救援<br/>ネットワーク"]
    end

    subgraph Outcome["制度的展開"]
        O1["臨床宗教師の養成<br/>2012年〜"]
        O2["災救マップの構築"]
        O3["宗教の公共性の<br/>再評価"]
    end

    H1 --> L1
    H2 --> L1
    H3 --> L3
    H4 --> L2

    L1 --> T1
    L1 --> T2
    L1 --> T3
    L2 --> T4
    L2 --> T5

    T3 --> O1
    T4 --> O1
    T5 --> O2
    T1 --> O3
    T2 --> O3

臨床宗教師の登場と展開

岡部健と臨床宗教師構想の起源

臨床宗教師(clinical religious specialist / interfaith chaplain)構想は、仙台市の在宅緩和ケア医である岡部健(おかべ・たけし、1950〜2012年)によって提唱された。岡部は、在宅医療の現場で末期がん患者に接するなかで、医療従事者だけでは対応しきれない「スピリチュアルペイン」(spiritual pain)――死の不安、人生の意味への問い、孤独感――が存在することを痛感し、宗教者が医療チームに加わって終末期ケアを担うべきだと主張した。

Key Concept: 臨床宗教師(interfaith chaplain / clinical religious specialist) 布教・伝道を目的とせず、相手の価値観・信仰を尊重しながら、苦悩する人々に寄り添い、スピリチュアルケアおよび宗教的ケアを提供する宗教者。東日本大震災を契機として2012年に東北大学で養成が開始された。欧米のチャプレン制度を参照しつつ、日本の多宗教的・無宗教的状況に適応した独自の制度として発展している。

岡部が構想の核心としたのは、「特定の宗教の布教を行わない宗教者」という一見矛盾した存在のあり方である。宗教者としてのアイデンティティと訓練を持ちながら、ケアの対象者に自らの宗教を勧めるのではなく、対象者自身の価値観や信仰に寄り添うという姿勢は、日本の宗教的多元性と「無宗教」意識のなかでこそ必要とされるものであった。

岡部は2012年1月に膵臓がんで死去したが、彼の構想は東北大学の鈴木岩弓(すずき・いわゆみ)教授らに引き継がれ、制度化への道を歩むことになる。

東北大学における養成の制度化

東北大学大学院文学研究科に「実践宗教学寄附講座」が設置されたのは2012年4月である。この講座は、岡部の構想と東日本大震災での宗教者の活動経験を踏まえ、臨床宗教師の養成を目的として開設された。宗教学者の鈴木岩弓が講座の中心的役割を担い、カリキュラムの設計と運営に当たった。

養成プログラムの特徴は以下のとおりである。

  1. 超宗派性: 仏教(浄土真宗、曹洞宗、真言宗等)、神道、キリスト教など、特定の宗派に限定しない超宗派的な参加資格
  2. 傾聴訓練: 臨床心理学の手法を取り入れた傾聴(active listening)の実践訓練
  3. 臨床実習: 病院、被災地、高齢者施設等での実習を必須化
  4. 倫理規定: 布教の禁止、守秘義務、相手の信仰の尊重を明文化

2014年に日本臨床宗教師会(Society for Interfaith Chaplaincy in Japan: SICJ)が設立され、臨床宗教師の認定制度が整備された。認定を受けるには、所定の研修プログラムの修了に加え、臨床実習の経験が求められる。養成機関は東北大学から龍谷大学、上智大学、種智院大学、愛知学院大学など全国に拡大し、2020年代には認定臨床宗教師の数は200名を超えている。

欧米のチャプレン制度との比較

臨床宗教師を理解するうえで、欧米のチャプレン(chaplain)制度との比較が不可欠である。

Key Concept: チャプレン(chaplain) 欧米のキリスト教文化圏において、病院、軍隊、刑務所、大学などの公共施設に配置され、施設利用者に対して霊的・宗教的ケアを提供する専門職。アメリカでは臨床牧会教育(Clinical Pastoral Education: CPE)の修了が標準的な資格要件とされる。

項目 欧米のチャプレン 日本の臨床宗教師
宗教的背景 主にキリスト教(プロテスタント・カトリック) 仏教・神道・キリスト教等の超宗派
養成制度 CPE(臨床牧会教育)等、確立された制度 2012年に開始、発展途上
制度的位置づけ 病院・軍・刑務所等に公的に配置 公的配置は限定的
財政的基盤 施設が雇用・給与支給 多くはボランティアまたは非常勤
社会的認知 高い(職業として確立) 低い(認知度は徐々に向上中)
対象者の宗教意識 キリスト教文化圏を前提 「無宗教」意識が多数派の社会

アメリカでは、病院にチャプレンを配置することは事実上の標準的実践であり、ACPE(Association for Clinical Pastoral Education)の認定プログラムが養成の基盤となっている。軍隊、刑務所、大学にもチャプレンが配置され、宗教的ケアの提供は制度的に保障されている。

これに対し、日本の臨床宗教師は、キリスト教文化圏のチャプレン制度を直接移植するのではなく、日本の宗教的多元性と「無宗教」意識に適応した独自の制度として設計されている点に特徴がある。「特定の宗教を持たない」と自己認識する人々が多数を占める社会(→ Module 2-6, Section 4「『無宗教』(mushūkyō)」参照)において、宗教的ケアはいかにして正当化されうるか。この問いに対する臨床宗教師の回答は、「宗教的ケア」と「スピリチュアルケア」を区別しつつ両方を提供するという方法論である。すなわち、特定の宗教的儀礼を求める人にはそれに応じ(宗教的ケア)、宗教に帰属しない人にはその人の価値観に寄り添う傾聴(スピリチュアルケア)を行うという柔軟な対応である。

臨床宗教師の活動領域

臨床宗教師の活動は、以下の領域に展開している。

被災地は、臨床宗教師が生まれた原点の場である。東日本大震災後の仮設住宅訪問活動、被災者への傾聴、追悼行事の企画・運営などが継続的に行われている。特に「カフェ・デ・モンク」(cafe de monk)と名づけられた移動傾聴喫茶は、僧侶が被災地を巡回して被災者と対話する独自の取り組みとして注目された。「モンク」は英語のmonk(修道僧)と「文句」をかけた名称であり、被災者が気軽に不満や悩みを語れる場という意味が込められている。

病院・ホスピスは、臨床宗教師が最も制度的に活動しうる場である。終末期患者のスピリチュアルペインへの対応、家族へのグリーフケア(grief care、悲嘆ケア)、医療チームへの参画が活動内容である。一部の病院では臨床宗教師が緩和ケアチームの一員として公式に位置づけられている。

高齢者施設では、入居者の孤独感や死への不安に対する傾聴活動が行われている。高齢者にとって、人生の意味や死後の問題は切実な関心事であり、宗教者が持つ「死」に向き合う専門性が生かされる領域である。

刑事施設においても、教誨師(きょうかいし)の制度と関連しつつ、臨床宗教師的なケアの可能性が模索されている。日本の矯正施設には戦前から教誨師制度が存在するが、臨床宗教師の養成を受けた教誨師がより体系的な傾聴技法を活動に取り入れる動きがある。

公共空間における宗教的ケアの可能性と課題

臨床宗教師の展開は、日本社会における宗教の公共的役割に関する根本的な問いを提起している。

第一の課題は、制度的・財政的基盤の脆弱性である。欧米のチャプレンが施設に雇用される専門職であるのに対し、日本の臨床宗教師の多くはボランティアまたは非常勤であり、安定的な活動基盤を欠いている。臨床宗教師を医療保険制度や社会福祉制度のなかに位置づけることができるかが、今後の制度的課題である。

第二の課題は、政教分離原則との緊張である(→ Section 1参照)。公立病院や公的施設に宗教者を配置することは、憲法の政教分離原則(第20条第3項)との関係で問題を生じうる。臨床宗教師が「宗教活動」ではなく「ケア」を行うという位置づけは、この緊張を緩和する試みであるが、「宗教者が行うケア」と「宗教活動」の境界をどこに引くかは、理論的にも実践的にも容易ではない。

第三の課題は、社会的認知の不足である。臨床宗教師という職種は、医療・福祉の専門職にも一般市民にも十分に知られていない。養成機関は増加しているものの、認定者数は限られており、活動の社会的インパクトは未だ限定的である。

第四の課題は、宗教者自身のアイデンティティの問題である。「布教しない宗教者」という立ち位置は、宗教者としての使命感との間に緊張を生じさせうる。傾聴に徹することと、宗教的な「答え」を提示したいという衝動の間で、臨床宗教師は常に自己の姿勢を問われることになる。


まとめ

  • 現代日本社会では、パワースポットブーム、スピリチュアル市場、アニメ・サブカルチャーにおける宗教的モチーフの活用など、制度的宗教の外部で「宗教的なもの」が拡散している。磯前順一の「宗教概念の溶解」テーゼは、この事態を理論的に把握する枠組みを提供する
  • 阪神・淡路大震災(1995年)では宗教団体が個別に支援活動を行ったが、メディアでの不可視性、オウム事件後の宗教不信、教派間連携の不足が課題として認識された。この反省が東日本大震災(2011年)における組織的な支援活動の基盤となった
  • 東日本大震災では、寺院の避難所提供、慰霊・追悼活動、傾聴活動、教派横断的連携(「心の相談室」等)が展開され、宗教の公共性が再評価された。稲場圭信の実証的研究は、宗教施設・宗教団体が災害時の社会的資源として機能しうることをデータに基づいて示した
  • 臨床宗教師は、岡部健の終末期ケアにおける宗教者の必要性の認識を出発点として、鈴木岩弓らによる東北大学での養成(2012年〜)を経て制度化された。欧米のチャプレン制度を参照しつつ、日本の多宗教的・「無宗教」的状況に適応した独自の制度として発展している
  • 臨床宗教師は被災地、病院、高齢者施設、刑事施設等に活動領域を拡大しているが、財政的基盤の脆弱性、政教分離原則との緊張、社会的認知の不足、宗教者のアイデンティティ問題といった課題を抱えている
  • 本モジュール全体を通じて、宗教法人制度、カルト問題と宗教二世、そして「宗教的なもの」の拡散と災害支援・臨床宗教師という三つの主題を検討してきた。これらはいずれも、現代日本社会において宗教がいかなる公共的役割を果たしうるか、あるいは果たすべきかという共通の問いに収斂する。宗教学という学問は、宗教現象の客観的な記述・分析を使命としつつも、こうした現代的課題への知見の提供を通じて、社会と宗教の関係を不断に問い直し続ける営みでもある

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
パワースポット power spot 「特別な力が宿る」とされる場所の総称。宗教的聖地が世俗的文脈で再解釈され、信仰実践を伴わずに訪問される場合が多い
スピリチュアリティ spirituality 制度的宗教への帰属を前提とせず、個人の内面的体験・霊的成長・自己超越を重視する志向性
宗教概念の溶解 dissolution of the concept of religion 「宗教」と「非宗教」の境界が曖昧化し、従来の宗教概念では捉えきれない現象が増大する事態。磯前順一が提示したテーゼ
宗教の公共性 public role of religion 宗教が私的信仰の領域にとどまらず、災害支援・福祉・終末期ケア等の社会的課題に寄与しうる公共的機能を持つこと
臨床宗教師 interfaith chaplain / clinical religious specialist 布教を目的とせず、相手の価値観を尊重しながら苦悩する人々にスピリチュアルケア・宗教的ケアを提供する宗教者。2012年に東北大学で養成開始
チャプレン chaplain 欧米において病院・軍・刑務所等の公共施設に配置され、施設利用者に霊的・宗教的ケアを提供する専門職
災救マップ disaster relief map 稲場圭信らが開発した、全国の避難所・宗教施設約30万件のデータを集積した災害救援・防災データベース
カフェ・デ・モンク cafe de monk 僧侶が被災地を巡回し、被災者と対話する移動傾聴喫茶の取り組み。東日本大震災後に開始

確認問題

Q1: 磯前順一の「宗教概念の溶解」テーゼとはどのような議論か。パワースポットブーム、スピリチュアル市場、アニメにおける宗教的モチーフの活用のうち一つ以上を具体例として挙げて説明せよ。

A1: 磯前順一の「宗教概念の溶解」テーゼは、近代西洋において構成された「宗教」というカテゴリーの自明性を問い直し、「宗教」と「非宗教」の境界が曖昧化している事態を指摘する議論である。現代日本社会においてこのテーゼが照射する現象として、たとえばパワースポットブームがある。伊勢神宮や出雲大社といった伝統的宗教聖地が、特定の教義への信仰を伴わずに「エネルギーをもらえる場所」として訪問される現象は、宗教的な場が世俗的な文脈で再解釈・消費されている事態を示す。訪問者の多くは自らを「無宗教」と認識しつつ、聖地を訪れて「なんとなく良い気」を感じるという体験を求めており、これは従来の「宗教」概念(教義・教団・信仰の三位一体)では分類困難な行為である。このように、制度的宗教の外部で「宗教的なもの」が拡散する現象の増大が、「宗教概念の溶解」が指し示す事態である。

Q2: 阪神・淡路大震災(1995年)における宗教者の活動が直面した課題を整理し、その反省が東日本大震災(2011年)での宗教者の活動にどのように活かされたか論ぜよ。

A2: 阪神・淡路大震災では、天理教、創価学会、金光教をはじめとする宗教団体が避難所提供や炊き出し等の支援を行ったが、三つの課題に直面した。第一に、宗教団体の活動がマスメディアでほとんど報じられず「宗教界は何もしていない」という印象が広がった。第二に、同年のオウム真理教事件によって宗教への社会的不信が決定的に強まり、被災地での宗教的活動が「布教目的」と警戒された。第三に、各宗教団体が個別に活動し教派間の連携が不十分であった。これらの反省は、東日本大震災での活動に以下のように活かされた。教派横断的連携として「心の相談室」が設立され、仏教・神道・キリスト教・新宗教の宗教者が共同で被災者ケアに当たる体制が構築された。布教と支援の明確な分離が意識され、臨床宗教師のように「布教を目的としない宗教者」の養成が制度化された。また、稲場圭信による宗教者災害救援ネットワークの構築や災救マップの開発は、宗教者の活動を可視化・組織化する試みであった。

Q3: 臨床宗教師と欧米のチャプレンの制度を比較し、臨床宗教師が日本社会に固有の課題として直面している問題を二つ以上指摘せよ。

A3: 欧米のチャプレンは、主にキリスト教文化圏を背景とし、病院・軍・刑務所等に公的に配置される専門職として確立されている。CPE(臨床牧会教育)等の養成制度が整備され、施設に雇用されて安定的な給与を得る。社会的認知も高い。これに対し、日本の臨床宗教師は2012年に養成が始まった新しい制度であり、日本社会に固有の課題を抱えている。第一に、「無宗教」意識が多数派を占める日本社会では、公共空間での宗教的ケアの必要性そのものが自明ではなく、社会的認知が低い。患者や施設利用者から「宗教は必要ない」と拒否される可能性がある。第二に、政教分離原則との緊張がある。欧米ではキリスト教が文化的基盤として社会に浸透しているためチャプレンの公的配置が比較的受容されやすいが、日本では公立病院や公的施設に宗教者を配置することが憲法第20条第3項との関係で問題視されうる。第三に、仏教・神道・キリスト教等の超宗派的な制度として設計されているため、各宗派の教義的差異を超えた共通基盤の構築が求められ、「布教しない宗教者」というアイデンティティが宗教者自身の使命感と緊張を生じさせうるという問題もある。

Q4: 東日本大震災後の臨床宗教師の養成において、岡部健と鈴木岩弓はそれぞれどのような貢献をしたか。また、「カフェ・デ・モンク」の実践は臨床宗教師のどのような特質を体現しているか説明せよ。

A4: 岡部健は仙台市の在宅緩和ケア医として、終末期患者のスピリチュアルペインに医療従事者だけでは対応しきれないことを実践的に認識し、宗教者が医療チームに加わるべきだという構想を提唱した。「特定宗教の布教を行わず、患者の価値観に寄り添う宗教者」という臨床宗教師の核心的理念を提示した点が最大の貢献であり、岡部は「臨床宗教師の父」と呼ばれる。鈴木岩弓は東北大学の宗教学者として、岡部の構想を制度的に実現する役割を担った。2012年に東北大学に「実践宗教学寄附講座」を設置し、超宗派的な養成カリキュラムの設計と運営に当たった。「カフェ・デ・モンク」は、僧侶が被災地を巡回して被災者と対話する移動傾聴喫茶であり、monk(修道僧)と「文句」をかけた名称が示すように、被災者が気軽に悩みを語れる場を提供する取り組みである。この実践は、臨床宗教師の特質である「傾聴に徹する姿勢」「布教ではなくケアとしての宗教的関与」「日常的な場における宗教者の公共的機能」を体現している。