Module 0-1 - Section 2: 心理学の歴史的展開¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 0-1: 心理学概論 |
| 前提セクション | Section 1: 心理学とは何か |
| 想定学習時間 | 3〜4時間 |
導入¶
心理学は19世紀後半に独立した学問として成立して以降、複数の理論的パラダイムの興亡を経て現在の姿に至っている。本セクションでは、哲学的前史から現代の認知神経科学・計算論的アプローチに至るまでの歴史的展開を概観する。各学派がどのような問題意識から生まれ、先行するパラダイムの何を批判し、何を継承したのかを理解することは、心理学の現在の多様性と方法論的特徴を把握するうえで不可欠である。
哲学的前史:経験論 vs 合理論と心身問題¶
心理学が独立の学問として成立する以前、心や意識に関する探究は哲学の領域に属していた。この前史を理解するうえで重要な対立軸が二つある。
第一の対立は、経験論(empiricism) と 合理論(rationalism) の認識論上の対立である。John Locke(ジョン・ロック)に代表される経験論は、人間の心は生得的な観念を持たない白紙(タブラ・ラサ)の状態で生まれ、すべての知識は感覚経験を通じて獲得されると主張した。一方、René Descartes(ルネ・デカルト)やGottfried Wilhelm Leibniz(ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ)に代表される合理論は、理性による先天的な認識能力の存在を重視した。この対立は、後の心理学において「生得か環境か(nature vs nurture)」という形で繰り返し現れることになる。
第二の問題は 心身問題(mind-body problem) である。デカルトは心(精神的実体)と身体(物質的実体)を本質的に異なるものとする心身二元論を提唱した。この立場は、心理的現象をいかにして科学的に研究しうるかという根本的問いを提起し、後の心理学の方法論的議論に深い影響を与えた。19世紀に入り、Gustav Fechner(グスタフ・フェヒナー)が精神物理学(psychophysics)を創始し、物理的刺激と心理的経験の関係を数量的に記述する方法を確立したことは、心理学の科学化への重要な橋渡しとなった。
Wilhelm Wundtと実験心理学の成立¶
Key Concept: 内観法(introspection) 訓練を受けた観察者が自己の意識体験を体系的に報告する方法。Wundtが心理学の研究方法として採用したが、主観性と再現性の問題から後に批判を受けた。
心理学が哲学から独立した経験科学として成立した画期とされるのが、Wilhelm Wundt(ヴィルヘルム・ヴント, 1832-1920)による1879年のライプツィヒ大学心理学実験室の開設である。Wundtはドイツの生理学者・哲学者であり、意識の直接的経験を科学的に研究する方法の確立を目指した。
Wundtの実験室では、反応時間の測定や感覚過程の研究が主要な課題であった。典型的な実験では、被験者は隔離された部屋で光・音・メトロノームの拍動などの刺激を受け、ボタンを押して反応した。装置は1000分の1秒の精度で反応時間を記録した。また、訓練を積んだ助手が刺激に対する感覚・感情を体系的に報告する内観法(introspection)が用いられた。ただし、Wundtの内観法は日常的な自己観察とは異なり、統制された条件下での高度に訓練された観察手続きであった。
Wundtの功績は、心理学に実験的方法論を導入し、哲学・生理学から分離した独自の学問分野としての心理学を制度的に確立した点にある。彼の実験室からは多くの研究者が輩出され、世界各地に心理学の研究拠点が形成されていった。
構成主義と機能主義¶
構成主義¶
Key Concept: 構成主義(structuralism) 意識体験を感覚・感情・心像などの基本的要素に分解し、その構成法則を明らかにすることで心の構造を解明しようとする立場。Edward Titchenerが体系化した。
Edward Bradford Titchener(エドワード・ブラッドフォード・ティチナー, 1867-1927)は、イギリス出身でWundtに師事した後、アメリカのコーネル大学で活動した。Titchenerは、意識体験を基本要素(感覚・感情・心像)に分解し、それらがいかに結合して複合的な意識体験を構成するかを明らかにすることを心理学の目標とした。この立場は構成主義(structuralism)と呼ばれる。
構成主義の方法論は内観法に大きく依存していたが、観察者間の報告の一致が得られにくいという根本的問題を抱えていた。同一の刺激に対して異なる被験者が異なる内観報告を行うことが頻繁に生じ、科学としての客観性が疑問視された。Titchenerの死(1927年)とともに、構成主義は急速に影響力を失った。
機能主義¶
Key Concept: 機能主義(functionalism) 意識の構成要素ではなく、その機能や目的に注目する立場。Charles Darwinの進化論の影響を受け、心的活動が環境への適応においていかなる役割を果たすかを問う。William Jamesが代表的論者。
William James(ウィリアム・ジェイムズ, 1842-1910)は、最初のアメリカ人心理学者とも称される。Jamesは構成主義のアプローチを批判し、意識を静的な要素に分解するのではなく、意識が有機体の環境適応においていかなる機能を果たしているかを問うべきだと主張した。この立場は機能主義(functionalism)と呼ばれる。
機能主義は、Charles Darwin(チャールズ・ダーウィン)の進化論から強い影響を受けている。Jamesは主著『心理学原理(The Principles of Psychology)』(1890年)において、意識を絶えず変化する流れ(意識の流れ, stream of consciousness)として記述し、心的活動が個体の環境への適応を支える実用的な機能を持つことを強調した。
機能主義は単一の学派というよりも、一つの知的態度であった。この考え方は後の応用心理学や教育心理学の発展に寄与し、さらに行動主義への橋渡しとなった。
行動主義¶
Key Concept: 行動主義(behaviorism) 心理学の研究対象を客観的に観察可能な行動に限定し、意識や内的過程を研究対象から排除する(あるいは行動として再定義する)立場。John B. Watsonが創始し、B.F. Skinnerが発展させた。
古典的行動主義:Watson¶
John Broadus Watson(ジョン・ブローダス・ワトソン, 1878-1958)は、1913年の論文「行動主義者の見た心理学(Psychology as the Behaviorist Views It)」において、心理学は意識の研究を放棄し、客観的に観察可能な行動のみを研究対象とすべきだと宣言した。これが行動主義(behaviorism)の出発点である。
Watsonは、Ivan Pavlov(イワン・パヴロフ)の古典的条件づけの研究に強く影響を受け、環境刺激(S: stimulus)と有機体の反応(R: response)の関係を解明することが心理学の課題であると考えた。このS-Rパラダイムは、行動主義の基本的な理論枠組みとなった。
Watsonの行動主義を象徴する実験が Little Albert 実験(1920年)である。Watson と Rosalie Rayner(ロザリー・レイナー)は、生後9ヶ月の乳児 Albert に対し、白いネズミ(中性刺激)を提示するたびに大きな金属音(無条件刺激)を鳴らすことを繰り返した。その結果、Albert は白いネズミのみでも恐怖反応を示すようになった。さらに、この恐怖反応はウサギ、毛皮のコート、サンタクロースのマスクなど、類似した毛のある対象にも般化(stimulus generalization)した。この実験は、情動反応が古典的条件づけによって獲得されうることを示したが、現在の倫理基準では許容されない研究である。
新行動主義:Skinner¶
B.F. Skinner(バラス・フレデリック・スキナー, 1904-1990)は、Watsonの行動主義をさらに発展させ、徹底的行動主義(radical behaviorism)の立場を確立した。Skinnerは、行動を「有機体が行うすべてのこと」と再定義し、思考・感情・発話も行動の範疇に含めた。
Skinnerの最も重要な理論的貢献は オペラント条件づけ(operant conditioning) の体系化である。Pavlovの古典的条件づけが刺激によって誘発される反応(レスポンデント行動)を扱ったのに対し、Skinnerは有機体が環境に自発的に働きかける行動(オペラント行動)とその結果(強化や罰)の関係に注目した。
Skinnerは「スキナー箱(Skinner Box)」と呼ばれるオペラント条件づけ装置を開発し、ハトやネズミを用いた精密な実験を行った。Charles Ferster(チャールズ・ファースター)との共著『強化スケジュール(Schedules of Reinforcement)』(1957年)では、さまざまな強化スケジュール(固定比率・変動比率・固定間隔・変動間隔)が行動パターンに及ぼす影響を体系的に記述した。
行動主義は1920年代から1960年代にかけてアメリカ心理学の主流パラダイムであり、学習理論、行動療法、応用行動分析など多くの実践的成果を生み出した。
ゲシュタルト心理学¶
Key Concept: ゲシュタルト心理学(Gestalt psychology) 「全体は部分の総和とは異なる」という原理に基づき、知覚や思考における全体的構造(ゲシュタルト)の把握を重視する学派。Max Wertheimer、Wolfgang Köhler、Kurt Koffkaが創始した。
構成主義が意識を要素に分解しようとしたのに対し、ゲシュタルト心理学(Gestalt psychology)は、知覚体験は要素の単なる総和に還元できないと主張した。「ゲシュタルト(Gestalt)」はドイツ語で「形態」「全体的構造」を意味する。
ゲシュタルト心理学の出発点は、Max Wertheimer(マックス・ヴェルトハイマー, 1880-1943)による 仮現運動(phi phenomenon) の研究(1912年)である。Werthemerは、二つの光点を適切な時間間隔で交互に点滅させると、実際には運動が存在しないにもかかわらず、光が一方から他方へ動いて見えることを示した。この研究の被験者がWolfgang Köhler(ヴォルフガング・ケーラー, 1887-1967)とKurt Koffka(クルト・コフカ, 1886-1941)であった。仮現運動は、知覚体験が刺激要素の単純な組み合わせからは説明できないことの明確な証拠であった。
Köhlerは、テネリフェ島のプロイセン科学アカデミー類人猿研究所の所長として、チンパンジーの問題解決行動を研究した。その成果は著書『類人猿の知恵試験(Intelligenzprüfungen an Menschenaffen)』(1917年)にまとめられた。Köhlerは、チンパンジーが試行錯誤ではなく、問題状況の構造を把握して突然解決に至る 洞察学習(insight learning) を行うことを示した。たとえば、天井から吊るされたバナナに届かないチンパンジーが、部屋にある箱を積み重ねてバナナを取るという行動は、Pavlovの条件づけやEdward Thorndike(エドワード・ソーンダイク)の試行錯誤学習では説明しがたいものであった。
ゲシュタルト心理学は知覚の群化法則(近接の法則、類同の法則、閉合の法則、良い連続の法則など)を体系化し、知覚心理学や問題解決研究に持続的な影響を与えた。
精神分析とその科学的評価¶
Key Concept: 精神分析(psychoanalysis) Sigmund Freudが創始した理論体系および治療法。無意識の力動、幼児期体験の重要性、防衛機制などの概念を含む。その科学的地位については現在も議論がある。
Sigmund Freud(ジークムント・フロイト, 1856-1939)は、19世紀末から20世紀初頭にかけてウィーンで活動した神経科医であり、精神分析(psychoanalysis)の創始者である。Freudの理論体系は、学術心理学の主流とは異なる発展経路をたどったが、心理学全体に対するその影響は計り知れない。
Freudの理論の中核には以下の考えがある。第一に、人間の行動の多くは 無意識(unconscious) の過程によって動機づけられているという主張である。第二に、幼児期の体験(特に性的発達の段階)が人格形成に決定的な影響を与えるという発達理論である。第三に、不安や葛藤から自我を守るための 防衛機制(defense mechanism) の概念である。治療法としては、自由連想法や夢分析を通じて無意識の内容を意識化することを目指した。
科学的地位をめぐる論争¶
精神分析の科学的地位は、心理学と科学哲学における重要な論争点である。Karl Popper(カール・ポパー)は、反証可能性(falsifiability)の基準から精神分析を批判した。Popperによれば、精神分析理論はあらゆる観察結果と両立可能であり(例:ある人が子どもを溺れさせようとする行動も、子どもを助けようとする行動も、等しく精神分析的に「説明」できる)、反証可能な予測を生み出さないため、科学理論の要件を満たさない。
一方、Adolf Grünbaum(アドルフ・グリュンバウム)はPopperの批判自体を批判し、Freudの実際の著作にはテスト可能な予測が含まれていると指摘した。ただしGrünbaumは、精神分析の臨床的証拠が分析者の暗示によって汚染されている可能性を問題視し、証拠の妥当性という別の観点からFreud理論を批判した。
現在の学術心理学では、Freudの具体的理論(性的発達段階論、夢の意味理論など)の多くは実証的支持が乏しいとみなされている。しかし、無意識的認知過程の存在、幼児期体験の重要性、防衛的認知処理といった一般的な着想は、現代の認知心理学・臨床心理学において異なる理論的枠組みのもとで発展的に研究されている。
認知革命¶
Key Concept: 認知革命(cognitive revolution) 1950年代から1960年代にかけて生じた、心理学が行動主義から認知的アプローチへと転換した知的運動。言語学(Chomsky)、情報理論(Miller)、コンピュータ科学などの領域横断的な影響を受けた。
1950年代後半から1960年代にかけて、行動主義の支配的地位は急速に揺らぎ始めた。この転換は 認知革命(cognitive revolution) と呼ばれ、心理学が再び心的過程を正面から扱う学問へと回帰する契機となった。認知革命は単一の出来事ではなく、複数の知的潮流の収束として理解すべきである。
主要な契機¶
George A. Miller(ジョージ・A・ミラー, 1920-2012) は、1956年の論文「マジカルナンバー7±2(The Magical Number Seven, Plus or Minus Two)」において、人間の短期記憶の容量が約7項目(±2)に制限されていることを示した。この論文は、人間の情報処理能力に内在的な制約があることを実証的に示したものであり、行動主義的な入力-出力分析だけでは人間の認知を十分に記述できないことを示唆した。この論文は科学史上約2万回以上引用されている。
Noam Chomsky(ノーム・チョムスキー, 1928-) による1959年のSkinnerの『言語行動(Verbal Behavior)』(1957年)に対する書評は、認知革命の象徴的な出来事として位置づけられている。Chomskyは、言語の創造性や再帰的構造はS-R結合の蓄積では説明できないと論じ、人間には生得的な言語能力(言語獲得装置, Language Acquisition Device)が備わっていると主張した。この書評は、行動主義の射程の限界を鮮明にし、心理学における認知的アプローチの正当性を裏づけた。
Ulric Neisser(ウルリック・ナイサー, 1928-2012) は、1967年に著書『認知心理学(Cognitive Psychology)』を出版し、この新しいアプローチに名称と統合的な理論的枠組みを提供した。Neisserは「認知心理学の父」と呼ばれることがある。同書は、感覚入力の変換・符号化・貯蔵・検索・利用というプロセスとして認知を特徴づけ、情報処理アプローチの基盤を確立した。
コンピュータ科学の発展も認知革命に大きく寄与した。Alan Turing(アラン・チューリング)の計算理論やJohn von Neumann(ジョン・フォン・ノイマン)のコンピュータ・アーキテクチャが、心をプログラムに、脳をハードウェアになぞらえる「コンピュータ比喩(computer metaphor)」を可能にした。
認知神経科学の台頭¶
Key Concept: 認知神経科学(cognitive neuroscience) 認知過程の神経基盤を研究する学際的分野。脳イメージング技術の発展により、1980年代以降急速に成長した。
1980年代以降、脳イメージング技術の飛躍的発展により、心的過程と脳活動の対応関係を非侵襲的に調べることが可能になった。これが認知神経科学(cognitive neuroscience)の急速な成長を支えた。
1980年代には磁気共鳴画像法(MRI: Magnetic Resonance Imaging)が臨床に導入され、脳の構造を高解像度で可視化できるようになった。1990年代初頭には、機能的磁気共鳴画像法(fMRI: functional Magnetic Resonance Imaging)が登場し、認知課題遂行中の脳活動をリアルタイムに近い形で測定することが可能になった。1991年の磁気共鳴医学会(SMRM)において発表された研究が、fMRIの時代の幕開けとなった。
認知心理学者の実験デザインと脳イメージング技術の結合は、認知神経科学という学際的分野を急速に成長させた。認知心理学が理論的に想定していた情報処理過程が、脳のどの領域でいかなるタイミングで実現されているかを実証的に検討できるようになったのである。
現代的展開¶
進化心理学¶
進化心理学(evolutionary psychology)は、人間の心理的特性をDarwinの自然選択理論の枠組みから理解しようとするアプローチである。人間の認知・感情・行動の傾向は、祖先が直面した適応上の問題を解決するために進化した心理的メカニズムの産物であると考える。Leda Cosmides(レダ・コスミデス)とJohn Tooby(ジョン・トゥービー)がこの分野の体系化に貢献した。
文化心理学¶
文化心理学(cultural psychology)は、心理的過程が文化的文脈によって構成されるという視点を重視する。Richard Shweder(リチャード・シュウェダー)らの研究は、西洋文化圏で得られた知見が普遍的に妥当であるとする暗黙の前提を批判し、心理学における文化的多様性の考慮を促した。近年では、Joseph Henrich(ジョセフ・ヘンリック)らによる WEIRD(Western, Educated, Industrialized, Rich, Democratic)問題の指摘が、心理学研究の被験者サンプルの偏りに対する反省を促している。
計算論的アプローチ¶
計算論的アプローチ(computational approach)は、認知過程を計算理論・アルゴリズム・ニューラルネットワークなどの形式的モデルとして記述しようとする立場である。David Marr(デイヴィッド・マー)が提唱した計算理論・表現とアルゴリズム・ハードウェア実装の三水準の分析枠組みは、計算論的認知科学の基礎となった。近年では、深層学習(deep learning)やベイズ推論モデルの発展が、認知モデリングに新たな可能性を開いている。
歴史的パラダイムの時系列¶
timeline
title 心理学の主要パラダイムの展開
section 前史
17-18世紀 : 経験論 vs 合理論
1860年 : Fechnerの精神物理学
section 実験心理学の成立
1879年 : Wundt ライプツィヒ実験室開設
1890年 : James "心理学原理" 刊行
section 初期の学派
1898年 : Titchenerが構成主義を体系化
1900年 : Freudの精神分析が展開
1912年 : Werthemerの仮現運動研究
section 行動主義の時代
1913年 : Watson 行動主義宣言
1920年 : Little Albert実験
1938年 : Skinner "有機体の行動" 刊行
section 認知革命
1956年 : Miller "マジカルナンバー7"
1959年 : Chomskyの書評
1967年 : Neisser "認知心理学" 刊行
section 認知神経科学以降
1980年代 : MRIの臨床導入
1991年 : fMRIの登場
2000年代以降 : 進化心理学・文化心理学・計算論的アプローチの発展
各学派の影響関係¶
graph TD
A["哲学的前史<br>経験論・合理論・心身問題"] --> B["Wundt: 実験心理学<br>(1879)"]
B --> C["構成主義<br>Titchener"]
B --> D["機能主義<br>James"]
C -->|批判| E["ゲシュタルト心理学<br>Wertheimer, Kohler, Koffka"]
C -->|批判| F["行動主義<br>Watson, Skinner"]
D --> F
G["精神分析<br>Freud"] -.->|並行して発展| F
E -->|知覚の全体性| H["認知革命<br>Miller, Chomsky, Neisser"]
F -->|批判と乗り越え| H
G -.->|無意識概念の継承| H
H --> I["認知神経科学<br>(1980s-)"]
H --> J["現代的展開<br>進化・文化・計算論"]
I --> J
まとめ¶
- 心理学は哲学的前史(経験論・合理論、心身問題)を経て、1879年のWundtの実験室開設を画期として独立の科学となった
- 構成主義(意識の要素分析)と機能主義(意識の適応機能)が初期の対立する二大潮流であった
- 行動主義は主観的な内観法を排し、客観的に観察可能な行動のみを研究対象とすることで心理学の科学的厳密性を高めたが、内的過程の無視が限界となった
- ゲシュタルト心理学は要素還元主義を批判し、知覚や思考における全体的構造の把握を重視した
- 精神分析は無意識の重要性を提起したが、その科学的地位は論争的であり続けている
- 認知革命(1950s-60s)により、心的過程が再び正当な研究対象となり、情報処理アプローチが確立した
- 脳イメージング技術の発展が認知神経科学を生み出し、心と脳の関係の実証的研究を可能にした
- 現代では進化心理学・文化心理学・計算論的アプローチなど、多様な理論的視点が共存している
- 次のセクション(Section 3)では、これらの歴史的展開を踏まえ、現代心理学の主要領域の概観を行う
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 内観法 | introspection | 訓練を受けた観察者が自己の意識体験を体系的に報告する方法 |
| 構成主義 | structuralism | 意識体験を基本的要素に分解し、その構成法則から心の構造を解明しようとする立場 |
| 機能主義 | functionalism | 意識の構成要素ではなく機能や適応的目的に注目する立場 |
| 行動主義 | behaviorism | 客観的に観察可能な行動のみを心理学の研究対象とする立場 |
| オペラント条件づけ | operant conditioning | 行動とその結果(強化・罰)の随伴関係による学習過程 |
| ゲシュタルト心理学 | Gestalt psychology | 知覚や思考における全体的構造の把握を重視し、要素還元主義を批判する学派 |
| 仮現運動 | phi phenomenon | 実際の運動がないにもかかわらず、刺激の時間的配置により運動が知覚される現象 |
| 洞察学習 | insight learning | 問題状況の構造を把握し、突然解決に至る学習形態 |
| 精神分析 | psychoanalysis | Freudが創始した、無意識の力動を重視する理論体系・治療法 |
| 認知革命 | cognitive revolution | 1950-60年代に行動主義から認知的アプローチへと転換した知的運動 |
| 認知神経科学 | cognitive neuroscience | 認知過程の神経基盤を脳イメージング技術等により研究する学際的分野 |
| 精神物理学 | psychophysics | 物理的刺激と心理的経験の数量的関係を研究する分野 |
確認問題¶
Q1: Wundtが1879年にライプツィヒ大学に開設した心理学実験室で主に用いられた研究方法は何か。その方法の特徴と限界を説明せよ。
A1: Wundtが主に用いた方法は内観法(introspection)である。これは、統制された実験条件下で訓練を受けた観察者が自己の意識体験(感覚・感情など)を体系的に報告する方法である。日常的な自己観察とは異なり、特定の刺激に対する反応を厳密な手続きのもとで報告させる点に特徴がある。しかし、主観的な報告に依存するため観察者間の一致が得られにくく、科学としての客観性・再現性に根本的な限界があった。
Q2: 行動主義がアメリカ心理学の主流パラダイムとなった背景を踏まえ、1950年代以降に認知革命が起きた要因を複数挙げて説明せよ。
A2: 行動主義は内観法の主観性を批判し、客観的に観察可能な行動のみを研究対象とすることで科学的厳密性を確保しようとした。しかし、言語や思考といった高次の心的過程をS-R結合のみで説明することには限界があった。認知革命をもたらした主要な要因として、(1) Chomskyによる言語の創造性・再帰的構造は行動主義では説明できないという批判、(2) Millerによる短期記憶容量の実証研究が示した内的情報処理過程の重要性、(3) コンピュータ科学の発展がもたらした心の情報処理モデルという新たな比喩、(4) 言語学・神経科学などの隣接分野における心的過程への関心の復活、が挙げられる。
Q3: ゲシュタルト心理学と構成主義は、意識の研究についてどのように異なる立場をとったか。Köhlerの洞察学習研究を例に用いて説明せよ。
A3: 構成主義(Titchener)は意識体験を基本的要素(感覚・感情・心像)に分解し、その組み合わせから心の構造を理解しようとした(要素還元主義)。これに対しゲシュタルト心理学は、「全体は部分の総和とは異なる」という原理に基づき、知覚や思考における全体的構造の把握を重視した。Köhlerのチンパンジー実験はこの対比を鮮明にする。チンパンジーが天井のバナナを取るために箱を積み重ねるという行動は、個別の刺激-反応の連鎖や要素的な学習単位では説明できず、問題状況全体の構造を把握する洞察的な過程を想定しなければ理解できない。
Q4: Freudの精神分析の科学的地位をめぐる議論について、Popperの批判とそれに対するGrünbaumの反論を整理せよ。
A4: Popperは反証可能性の基準から精神分析を批判した。精神分析理論はあらゆる行動を事後的に「説明」できてしまうため、反証可能な予測を生み出さず、科学理論の要件を満たさないと論じた。一方、GrünbaumはPopperの批判自体に問題があると指摘した。Grünbaumによれば、Freudの実際の著作にはテスト可能な予測が含まれており、反証可能性の欠如というPopper の批判は Freudの原典を十分に検討していない。ただしGrünbaumは、精神分析の臨床的証拠が分析者の暗示効果によって汚染されている可能性を指摘し、証拠の妥当性という別の観点から精神分析を批判した。このように、精神分析の科学的地位の問題は、単純に「科学か非科学か」と二分できるものではなく、多面的な議論が続いている。
Q5: 認知革命は「革命」と呼ぶにふさわしい断絶的な変化だったのか、それとも漸進的な移行であったのか。根拠を示して論じよ。
A5: 「認知革命」という名称は劇的な転換を示唆するが、実態はより複雑である。断絶的変化を支持する根拠としては、(1) Chomskyの書評に象徴される行動主義への明確な理論的批判、(2) 情報処理モデルという根本的に異なる理論的枠組みの採用、(3) 研究対象(行動のみ→内的過程を含む)の質的変化がある。一方、漸進的移行を示す証拠としては、(1) Edward Tolman(エドワード・トールマン)の認知地図概念のように、行動主義内部にも認知的要因を考慮する動きが存在していたこと、(2) ゲシュタルト心理学が以前から全体的認知過程を研究していたこと、(3) 認知的アプローチの受容が分野や地域によって異なるペースで進んだことが挙げられる。したがって、知的基盤の転換という点では「革命」と呼びうるが、実際の研究実践の変化はより漸進的であったと評価するのが妥当である。