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Module 1-1 - Section 1: 注意

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-1: 認知心理学
前提セクション なし
想定学習時間 3.5時間

導入

認知心理学は人間の情報処理過程を研究する分野であり、その出発点となるのが「注意(attention)」の問題である。我々の感覚器官は膨大な量の情報を常に受け取っているが、そのすべてを同時に処理することはできない。注意とは、処理すべき情報を選択し、限られた認知資源を配分するメカニズムであり、知覚・記憶・思考といった後続の認知過程の前提条件をなす。

ウィリアム・ジェイムズ(William James)は1890年の著書『心理学原理(The Principles of Psychology)』において、注意を「心が、同時に可能ないくつかの対象や思考の連鎖のうちの一つを、明晰かつ鮮明な形で占有すること」と記述した。この直感的な定義は今日でも出発点として有用であるが、現代の認知心理学は注意のメカニズムを実験的手法によってより精緻に解明してきた。

本セクションでは、選択的注意の古典的理論から、分割注意と認知資源の問題、注意の制御メカニズム、視覚的注意の理論、そして注意の失敗現象までを概観する。


選択的注意

Key Concept: 選択的注意(selective attention) 複数の情報源の中から特定の情報を選択して優先的に処理し、それ以外の情報を抑制するメカニズム。日常場面では、騒がしい環境の中で特定の会話相手の声を聞き取る場面などに対応する。

選択的注意の研究は、第二次世界大戦中の航空管制官の問題に端を発する。複数の音声チャンネルから同時に情報を受け取る状況で、管制官がどのように特定のメッセージを選択するかが実際的な問題として浮上した。この問題を実験室に持ち込んだのがコリン・チェリー(E. Colin Cherry, 1953)であり、彼はカクテルパーティー問題(cocktail party problem)として定式化した。

Key Concept: カクテルパーティー効果(cocktail party effect) 多数の会話が同時に行われる騒がしい環境においても、注意を向けた特定の話者の声を選択的に聞き取ることができる現象。Cherryが1953年に命名した。

両耳分離聴法と初期の知見

チェリーが開発した実験手法が両耳分離聴法(dichotic listening task)である。この課題では、ヘッドホンを通じて左右の耳にそれぞれ異なるメッセージを同時に提示し、参加者には一方の耳のメッセージのみを復唱(追唱; shadowing)するよう求める。

Key Concept: 両耳分離聴法(dichotic listening task) ヘッドホンの左右チャンネルにそれぞれ異なる聴覚刺激を同時に提示する実験手法。追唱する側を追唱耳(attended ear)、追唱しない側を非追唱耳(unattended ear)と呼ぶ。

チェリーの実験から得られた主要な知見は以下の通りである。

  • 追唱耳のメッセージは正確に報告できる
  • 非追唱耳のメッセージの意味内容はほとんど報告できない
  • 非追唱耳の音声の物理的特性(男性か女性か、音声かトーンか)は報告可能
  • 非追唱耳の言語が変わっても気づかないことがある

これらの知見は、注意の選択がどの処理段階で行われるかという理論的問題を提起した。

Broadbentのフィルター理論

ドナルド・ブロードベント(Donald Broadbent, 1958)は著書『知覚とコミュニケーション(Perception and Communication)』において、注意の初期選択モデルであるフィルター理論(filter theory)を提唱した。

Key Concept: フィルター理論(filter theory) Broadbent(1958)が提唱した選択的注意のモデル。感覚情報は並列的に感覚貯蔵に入力されるが、容量制限のある処理チャンネルに入る前に、物理的特性(音源の位置、声の高さなど)に基づくフィルターによって選択される。選択されなかった情報は意味処理に到達しないとする。

graph LR
    A[感覚入力] --> B[感覚貯蔵<br/>並列的保持]
    B --> C{選択的<br/>フィルター}
    C -->|通過| D[限定容量<br/>チャンネル<br/>意味処理]
    C -->|遮断| E[減衰・消失]
    D --> F[反応]

このモデルの核心は、注意のフィルターが情報処理の初期段階(意味処理の前)に位置するという主張にある。フィルターは物理的特性(全か無か方式)に基づいて作動し、選択されなかった情報は意味的に処理されない。Broadbentはこのモデルを、分割注意課題(split-span task)の実験結果に基づいて構築した。

しかし、フィルター理論には重大な反証が存在する。モレイ(Neville Moray, 1959)は、非追唱耳に参加者自身の名前が提示された場合、約3分の1の参加者がそれに気づくことを示した。これは「カクテルパーティーで自分の名前が呼ばれると気づく」という日常的経験と一致するが、非追唱耳の情報が一切意味処理されないとするBroadbentの理論とは矛盾する。

Treismanの減衰理論

アン・トリーズマン(Anne Treisman, 1960)は、フィルター理論の修正版として減衰理論(attenuation theory)を提唱した。

Key Concept: 減衰理論(attenuation theory) Treisman(1960)が提唱した選択的注意のモデル。フィルターは非注意情報を完全に遮断するのではなく「減衰(attenuation)」させる。減衰された情報であっても、自分の名前のように閾値の低い(生物学的・個人的に重要な)刺激であれば検出されうるとする。

graph LR
    A[感覚入力] --> B[感覚貯蔵]
    B --> C{減衰<br/>フィルター}
    C -->|全強度| D[辞書ユニット<br/>意味処理]
    C -->|減衰| D
    D --> E[閾値判定]
    E -->|閾値超過| F[意識的知覚]
    E -->|閾値未満| G[知覚されず]

Treismanのモデルでは、各単語や概念には活性化閾値が設定されており、自分の名前や危険を知らせる語(「火事」など)は閾値が恒常的に低い。そのため、非追唱耳からの減衰された信号であっても閾値を超えて意識にのぼることがある。この「中期選択モデル」は、Broadbentの理論ではフィルターが全か無かであったのに対し、減衰という連続的な処理を仮定する点で異なる。

Treismanの減衰理論を支持する証拠として、彼女自身が発見した以下の現象がある。追唱耳に「彼はロンドンに馬を走らせた」、非追唱耳に同時に「彼はロンドンに出かけた」が提示された場合、参加者はしばしば非追唱耳のメッセージの一部を追唱耳のメッセージに混入させた。これは非追唱耳の意味情報が完全には遮断されていないことを示す。

Deutsch-Normanの後期選択モデル

ドイチュとドイチュ(J. Anthony Deutsch & Diana Deutsch, 1963)、後にドナルド・ノーマン(Donald Norman, 1968)が精緻化した後期選択モデル(late selection model)は、さらに異なる立場をとる。

Key Concept: 後期選択モデル(late selection model) Deutsch & Deutsch(1963)が提唱し、Norman(1968)が精緻化したモデル。すべての入力情報は意味レベルまで自動的に処理され、注意の選択は意味処理の後の段階(反応選択や意識的気づきの段階)で行われるとする。

このモデルでは、感覚入力はすべて意味レベルまで処理されるが、反応や意識的気づきに至る段階でボトルネックが生じる。後期選択モデルは、非追唱耳の意味的プライミング効果を説明できる点で優れるが、すべての入力を意味処理するというのは認知資源の観点から非効率であるという批判がある。

選択的注意モデルの統合的理解

3つのモデルの本質的な相違は、注意のボトルネック(処理容量の制約が生じる箇所)が情報処理のどの段階に位置するかにある。

モデル 提唱者 選択の段階 非注意情報の処理
フィルター理論 Broadbent (1958) 初期(意味処理前) 物理的特性のみ
減衰理論 Treisman (1960) 中期 減衰して意味処理(閾値依存)
後期選択モデル Deutsch & Deutsch (1963) 後期(意味処理後) 完全に意味処理

現代的な見解では、注意選択の段階は固定的ではなく、課題の要求や知覚負荷(perceptual load)に応じて柔軟に変化すると考えられている。ニリ・ラヴィー(Nilli Lavie, 1995)の知覚負荷理論(perceptual load theory)によれば、主課題の知覚負荷が高い場合には初期選択が生じ(妨害刺激を処理する余剰資源がないため)、知覚負荷が低い場合には後期選択が生じる(余剰資源が妨害刺激の処理に自動的に配分されるため)。


分割注意と認知資源

Key Concept: 分割注意(divided attention) 複数の課題や情報源に同時に注意を配分すること。選択的注意が特定の情報への集中を扱うのに対し、分割注意は複数の情報を並行して処理する能力とその限界を問題にする。

Kahnemanの容量モデル

ダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman, 1973)は著書『注意と努力(Attention and Effort)』において、注意を「限られた認知資源(capacity)」として捉える容量モデル(capacity model)を提唱した。

Key Concept: 容量モデル(capacity model) Kahneman(1973)が提唱した注意のモデル。注意を特定の構造的ボトルネックではなく、限られた量の汎用的な認知資源として捉える。課題の処理に必要な資源の総量が利用可能な容量を超えると、パフォーマンスが低下する。

このモデルでは、注意はBroadbentらが想定したような構造的フィルターではなく、さまざまな課題に柔軟に配分できるエネルギーのような資源として概念化される。二重課題の遂行が困難になるのは、2つの課題の合計資源要求量が利用可能な総容量を超えるためである。覚醒水準(arousal)によって利用可能な総容量は変動し、配分方針(allocation policy)によって課題間の資源配分が決定される。

自動処理と統制処理

ウォルター・シュナイダーとリチャード・シフリン(Walter Schneider & Richard Shiffrin, 1977)は、情報処理の二つの様態を区別した。

Key Concept: 自動処理(automatic processing) 注意資源をほとんど必要とせず、意図的な制御なしに生じる高速・並列的な情報処理。十分な練習によって獲得され、一度確立すると抑制が困難になる。Stroop効果はその典型例である。

Key Concept: 統制処理(controlled processing) 注意資源を多く必要とし、意識的・意図的な制御のもとで逐次的に行われる情報処理。容量制限があり処理速度は遅いが、新奇な状況や柔軟な対応が求められる場面で不可欠である。

特性 自動処理 統制処理
注意資源の必要量 少ない 多い
処理速度 高速 低速
並列/逐次 並列処理可能 逐次処理
意識的制御 不要(抑制困難) 必要
練習の効果 大量の練習で獲得 練習による変化は限定的
柔軟性 低い(修正困難) 高い(状況に応じて変更可能)

Schneider & Shiffrinは、一貫マッピング条件(consistent mapping: 刺激と反応の対応が一定)と変動マッピング条件(varied mapping: 刺激と反応の対応が変わる)を用いた視覚探索実験で、この区別を実証した。一貫マッピング条件では大量の練習によってパフォーマンスが飛躍的に向上し(自動化)、探索項目数の増加による反応時間の増大がほぼ消失した。一方、変動マッピング条件ではこうした自動化は生じなかった。

練習による自動化

自動化(automatization)は日常生活において広範に観察される。自動車の運転を例にとれば、初心者はハンドル操作、ペダル操作、周囲の確認を意識的に統制しなければならず、会話をしながら運転することは困難である。しかし熟練者では、これらの操作の多くが自動化され、会話や音楽の聴取と並行して運転を遂行できるようになる。

自動化の利点は処理の効率化であるが、同時に以下のような問題も生じる。

  • 自動化された処理の抑制困難: ストループ効果(Stroop effect; John Ridley Stroop, 1935)は、色名の読みが自動化されているために、インクの色の命名が干渉を受ける現象であり、自動処理の抑制困難性を端的に示す。
  • 行為のスリップ(action slip): 自動化された行動パターンが不適切な場面で発動する現象。ジェイムズ・リーズン(James Reason, 1990)はこれを体系的に分類し、ルーティン化された行動が注意の欠如によって誤って遂行されるメカニズムを分析した。

注意の制御: ボトムアップとトップダウン

注意の方向づけには、刺激駆動型の処理と目標駆動型の処理の2つのメカニズムが関与する。

Key Concept: 外因性注意(exogenous attention) 環境中の突出した刺激(急な動き、大きな音、鮮やかな色など)によって自動的・反射的に引きつけられる注意。ボトムアップ処理に対応する。

Key Concept: 内因性注意(endogenous attention) 観察者の意図・目標・期待に基づいて随意的に方向づけられる注意。トップダウン処理に対応する。

Posnerの空間的手がかりパラダイム

マイケル・ポスナー(Michael Posner, 1980)は、注意の空間的定位を実験的に研究するために空間的手がかりパラダイム(spatial cueing paradigm)を開発した。

Key Concept: 空間的手がかりパラダイム(spatial cueing paradigm) Posner(1980)が開発した実験手法。画面中央の注視点の左右いずれかに手がかり(cue)を提示した後、左右いずれかの位置にターゲットを出現させ、反応時間を測定する。手がかりとターゲットの位置が一致する条件(有効試行)と不一致の条件(無効試行)を比較する。

実験の結果、以下の知見が得られた。

  • 有効試行(手がかり位置にターゲットが出現): 反応時間が短縮される(注意の促進効果; facilitation)
  • 無効試行(手がかりと反対の位置にターゲットが出現): 反応時間が延長される(注意の抑制効果; inhibition of return)
  • 外因性手がかり(末梢での光の点滅など): 随意的制御なしに注意が自動的に引きつけられる。効果の立ち上がりが速い(約100ms)が持続時間は短い
  • 内因性手がかり(中央の矢印など、解釈を要する手がかり): 随意的に注意を移動させる。効果の立ち上がりは遅い(約300ms)が持続的に維持される

Posnerはこの研究から、注意の空間的定位には「解除(disengage)」「移動(move)」「固定(engage)」の3つの操作が含まれるとする注意の操作モデルを提案した。

stateDiagram-v2
    [*] --> 固定: 注意が現在の位置に固定
    固定 --> 解除: 新たな位置への移動が必要
    解除 --> 移動: 注意の焦点を移動
    移動 --> 固定: 新たな位置に注意を固定

特徴統合理論

Key Concept: 特徴統合理論(feature integration theory; FIT) Treisman & Gelade(1980)が提唱した視覚的注意の理論。視覚処理は、個々の特徴(色、形、方位など)が並列的・自動的に登録される前注意段階と、空間的注意によってそれらの特徴が正しい対象として統合される集中的注意段階の2段階からなるとする。

前注意段階と集中的注意段階

トリーズマンとジェフ・ゲラード(Anne Treisman & Garry Gelade, 1980)は、視覚的対象の知覚が以下の2段階で生じると提唱した。

  1. 前注意段階(preattentive stage): 視覚野の各特徴マップ(色マップ、方位マップ、大きさマップなど)において、個々の特徴が並列的かつ自動的に登録される。この段階は注意を必要としない。
  2. 集中的注意段階(focused attention stage): 空間的注意がある位置に向けられると、その位置に登録された個々の特徴が「マスターマップ」上で統合され、一つのまとまった対象として知覚される。この段階は逐次的であり、注意資源を必要とする。
graph TD
    A[視覚入力] --> B[特徴マップ<br/>色・形・方位・大きさ等]
    B --> C{空間的注意}
    C --> D[マスターマップ<br/>特徴の統合]
    D --> E[対象の知覚]

    subgraph 前注意段階
    A
    B
    end

    subgraph 集中的注意段階
    C
    D
    E
    end

視覚探索パラダイム

特徴統合理論の中心的な実験証拠は、視覚探索パラダイム(visual search paradigm)から得られている。

特徴探索(feature search): ターゲットが単一の特徴(例: 赤い項目を青い項目群から探す)によって定義される場合、探索はディストラクタの数に関係なくほぼ一定の反応時間で遂行される。これは前注意段階での並列処理による「ポップアウト(pop-out)」現象として知られる。探索関数(反応時間をディストラクタ数の関数として描いたもの)の傾きはほぼゼロである。

結合探索(conjunction search): ターゲットが複数の特徴の組み合わせ(例: 赤い正方形を、赤い円と青い正方形の中から探す)によって定義される場合、探索はディストラクタ数の増加に伴い反応時間が線形に増大する。これは、各項目に逐次的に注意を向けて特徴の統合を確認する必要があるためである。探索関数の傾きは正の値をとり、典型的にはターゲットが存在する場合で約20-30ms/項目である。

錯合

Key Concept: 錯合(illusory conjunction) 異なる対象に属する特徴が誤って組み合わされ、実際には存在しない対象が知覚される現象。例えば、赤い円と青い四角が提示された場合に「赤い四角」を見たと報告することがある。注意が十分に向けられない場合に生じやすく、特徴統合理論の予測と整合する。

Treisman & Schmidt(1982)は、短時間提示された刺激配列において、参加者が実際には存在しない色と形の組み合わせを報告することを実験的に示した。錯合は注意が分散される条件(例: 別の課題に注意を向けている間の周辺視野での提示)で増加し、注意を十分に向けられる条件では減少する。この結果は、空間的注意が特徴の正しい統合に不可欠であるという理論の核心的主張を支持する。


不注意の見落としと変化の見落とし

不注意の見落とし

Key Concept: 不注意の見落とし(inattentional blindness) 注意が他の対象や課題に向けられている場合、完全に可視的な刺激であっても知覚されない現象。「見ている」ことと「見えている」ことの乖離を示し、意識的知覚に注意が不可欠であることを示唆する。

不注意の見落としという用語はアリエン・マック(Arien Mack)とアーヴィン・ロック(Irvin Rock, 1998)による命名であるが、この現象を広く知らしめたのはダニエル・シモンズとクリストファー・チャブリス(Daniel Simons & Christopher Chabris, 1999)のゴリラ実験(invisible gorilla experiment)である。

この実験では、参加者は白いシャツのチームと黒いシャツのチームがバスケットボールをパスし合う動画を視聴し、白いシャツチームのパス回数を数えるよう求められた。動画の途中でゴリラの着ぐるみを着た人物が画面中央をゆっくりと横切るが、参加者の約50%がゴリラの存在に気づかなかった。ゴリラは約9秒間画面に映っており、完全に可視的であったにもかかわらずである。

この結果は、注意を向けていない対象は、たとえ網膜に映っていても意識的に知覚されないことを示す。パスの計数という課題に注意資源が消費されることで、予期しない刺激の検出が妨げられたと解釈される。

変化の見落とし

Key Concept: 変化の見落とし(change blindness) 視覚的場面における大きな変化であっても、変化に伴う一過性の局所的信号(transient signal)が遮蔽されると、その変化を検出することが著しく困難になる現象。

ロナルド・レンシンク(Ronald Rensink)らが体系的に研究した変化の見落としは、2つの画像の間に短いブランク(空白画面)を挟んで交互に提示する「フリッカーパラダイム(flicker paradigm)」で典型的に示される。ブランクが挿入されることで変化に伴う視覚的な過渡的信号が消失し、色の変化、物体の出現・消失、位置の移動といった大きな変化であっても検出に時間がかかるか、まったく気づかれないことがある。

日常場面での変化の見落としも実証されている。Simons & Levin(1998)の実験では、通行人に道を尋ねた実験者が、会話の途中でドアを運ぶ作業員の陰で別の人物と入れ替わるという状況が設定されたが、参加者の約50%が人物の交替に気づかなかった。

理論的含意

不注意の見落としと変化の見落としは、以下の重要な理論的含意をもつ。

  1. 注意と意識的知覚の関係: 意識的知覚には注意が必要条件であることを示唆する。網膜に映るだけでは意識的知覚は成立しない。
  2. 視覚世界の内的表象の性質: 我々は視覚世界の詳細で完全な内的表象を保持しているわけではなく、注意を向けた部分のみの限定的な表象を構築していると考えられる。Rensinkはこれを「仮想表象(virtual representation)」と呼び、注意が向けられた時にのみ詳細な表象が生成されるとした。
  3. 実際的含意: 運転中の携帯電話使用や、放射線科医が画像中の異常を見落とす現象など、注意の失敗が重大な結果をもたらす実際的場面との関連が指摘されている。

まとめ

  • 選択的注意の研究は、注意のフィルターが情報処理のどの段階に位置するかという問題をめぐって、初期選択モデル(Broadbent)、中期選択モデル(Treisman)、後期選択モデル(Deutsch-Norman)が提案された。現代では、知覚負荷に応じて選択段階が変動するとするLavieの知覚負荷理論が有力な統合的枠組みを提供している。
  • 分割注意の研究では、注意が限られた認知資源であるというKahnemanの容量モデル、そして処理様式を自動処理と統制処理に区別したSchneider & Shiffrinの枠組みが基盤をなす。練習による自動化は効率性を高めるが、Stroop効果に見られるように抑制困難性という問題も伴う。
  • Posnerの空間的手がかりパラダイムは、外因性注意(ボトムアップ)と内因性注意(トップダウン)の操作的区別を可能にし、注意の空間的定位メカニズムの解明に貢献した。
  • 特徴統合理論(Treisman & Gelade)は、視覚処理を前注意段階と集中的注意段階に分け、特徴の統合には空間的注意が不可欠であることを示した。視覚探索パラダイムにおける特徴探索と結合探索の反応時間パターン、および錯合現象がこの理論を支持する。
  • 不注意の見落としと変化の見落としは、意識的知覚に注意が不可欠であること、および我々の視覚世界の内的表象が想定されるほど詳細ではないことを示している。
  • 次のセクション(→ Module 1-1, Section 2「記憶」)では、注意によって選択された情報がどのように符号化・貯蔵・検索されるかを扱う。注意は記憶への入力を規定する重要な要因であり、本セクションの内容は記憶の理解の前提となる。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
選択的注意 selective attention 複数の情報源から特定の情報を選択して優先的に処理するメカニズム
カクテルパーティー効果 cocktail party effect 騒がしい環境で注意を向けた話者の声を選択的に聞き取れる現象
両耳分離聴法 dichotic listening task 左右の耳に異なる聴覚刺激を同時に提示する実験手法
フィルター理論 filter theory 物理的特性に基づくフィルターが意味処理前に情報を選択するとするモデル(Broadbent, 1958)
減衰理論 attenuation theory フィルターが非注意情報を完全遮断せず減衰させるとするモデル(Treisman, 1960)
後期選択モデル late selection model すべての入力が意味処理された後に選択が行われるとするモデル(Deutsch & Deutsch, 1963)
分割注意 divided attention 複数の課題や情報源に同時に注意を配分すること
容量モデル capacity model 注意を限られた量の汎用的認知資源として捉えるモデル(Kahneman, 1973)
自動処理 automatic processing 注意資源をほとんど必要とせず高速・並列的に行われる処理
統制処理 controlled processing 注意資源を多く必要とし意識的制御のもとで逐次的に行われる処理
外因性注意 exogenous attention 環境刺激によって自動的に引きつけられるボトムアップ型の注意
内因性注意 endogenous attention 意図・目標に基づいて随意的に方向づけられるトップダウン型の注意
空間的手がかりパラダイム spatial cueing paradigm 手がかりの有効性を操作して注意の空間的定位を研究する実験手法(Posner, 1980)
特徴統合理論 feature integration theory 視覚処理を前注意段階と集中的注意段階に分ける理論(Treisman & Gelade, 1980)
錯合 illusory conjunction 異なる対象の特徴が誤って結合され知覚される現象
不注意の見落とし inattentional blindness 注意が他に向けられている場合に可視的刺激が知覚されない現象
変化の見落とし change blindness 一過性の視覚信号が遮蔽されると場面の大きな変化を検出できない現象
知覚負荷理論 perceptual load theory 主課題の知覚負荷に応じて注意選択の段階が変動するとする理論(Lavie, 1995)

確認問題

Q1: Broadbentのフィルター理論、Treismanの減衰理論、Deutsch-Normanの後期選択モデルの3つのモデルについて、注意のボトルネックがどの段階に位置するかという観点から比較し、それぞれの強みと弱みを説明せよ。

A1: Broadbentのフィルター理論は、注意のボトルネックを意味処理の前の段階に置き、物理的特性に基づくフィルターが非注意情報を完全に遮断するとする。チェリーの両耳分離聴法の基本的な知見(非追唱耳の意味内容が報告できない)をよく説明するが、非追唱耳に提示された自分の名前に気づくというモレイの知見を説明できない。Treismanの減衰理論は、フィルターが非注意情報を完全に遮断するのではなく減衰させるとし、重要な刺激は低い閾値のため減衰された信号でも検出されうるとする。自分の名前への気づきを閾値の概念で説明できるが、閾値の設定が事後的になりうるという批判がある。Deutsch-Normanの後期選択モデルは、すべての入力が意味レベルまで処理された上で反応選択段階でボトルネックが生じるとする。非追唱耳の意味的プライミング効果を説明できるが、すべての入力を意味処理することは認知資源の観点から非効率であるという問題がある。

Q2: Schneider & Shiffrinの自動処理と統制処理の区別を説明し、日常生活における自動化の利点と問題点を具体例を挙げて論じよ。

A2: Schneider & Shiffrinは、注意資源をほとんど必要とせず高速・並列的に行われる自動処理と、注意資源を多く必要とし意識的制御のもとで逐次的に行われる統制処理を区別した。一貫マッピング条件での大量の練習によって統制処理が自動処理に移行すること(自動化)を実験的に示した。日常生活では、自動車の運転やタイピングの習熟が自動化の典型例であり、利点は処理の効率化と複数課題の並行遂行が可能になることである。しかし問題点も存在する。第一に、自動化された処理は抑制が困難であり、Stroop効果はその典型である。読みが自動化されているため、色名単語のインク色を命名する際に単語の読みが干渉を引き起こす。第二に、行為のスリップとして、自動化された行動パターンが不適切な場面で発動することがある。例えば、休日に出かけようとして習慣的な通勤経路を運転してしまうといった現象が該当する。

Q3: Posnerの空間的手がかりパラダイムを説明し、外因性注意と内因性注意の違いがこのパラダイムによってどのように実証されたかを述べよ。

A3: Posnerの空間的手がかりパラダイムでは、画面中央の注視点の左右いずれかに手がかりを提示した後にターゲットを出現させ、反応時間を測定する。手がかりとターゲットの位置が一致する有効試行では反応時間が短縮され(促進効果)、不一致の無効試行では延長される。このパラダイムにおいて外因性注意と内因性注意の違いが実証された。末梢での光の点滅のような外因性手がかりは、随意的制御なしに注意を自動的に引きつけ、効果の立ち上がりが速い(約100ms)が持続時間は短い。一方、中央の矢印のような内因性手がかりは解釈を要し、随意的に注意を移動させるため効果の立ち上がりは遅い(約300ms)が持続的に維持される。これらの結果は、空間的注意の定位に反射的・自動的な機構と随意的・目標指向的な機構の2つが存在することを示している。

Q4: Treisman & Geladeの特徴統合理論において、特徴探索と結合探索の反応時間パターンの違いはどのように説明されるか。また、錯合(illusory conjunction)はこの理論にとってどのような意味をもつか。

A4: 特徴統合理論によれば、視覚処理は前注意段階と集中的注意段階の2段階からなる。特徴探索(例: 赤い項目を青い項目群から探す)では、ターゲットが単一の特徴で定義されるため前注意段階の並列処理で検出可能であり、ディストラクタ数に関係なく反応時間はほぼ一定(ポップアウト)となる。結合探索(例: 赤い正方形を赤い円と青い正方形から探す)では、特徴の組み合わせの確認が必要であり集中的注意による逐次処理が要求されるため、ディストラクタ数の増加に伴い反応時間が線形に増大する。錯合は、注意が十分に向けられない状況で異なる対象の特徴が誤って結合される現象であり、特徴の正しい統合には空間的注意が不可欠であるという理論の核心的主張を直接的に支持する証拠である。

Q5: 不注意の見落とし(inattentional blindness)と変化の見落とし(change blindness)の違いを説明し、これらの現象が注意と意識的知覚の関係についてどのような理論的含意をもつか論じよ。

A5: 不注意の見落としは、注意が他の課題に向けられている場合に可視的な刺激が知覚されない現象であり、Simons & Chabrisのゴリラ実験が代表的である。変化の見落としは、視覚的場面における大きな変化であっても一過性の局所的信号が遮蔽されると検出が困難になる現象であり、フリッカーパラダイムで典型的に示される。両者の違いは、不注意の見落としが「注意が他に向けられている」状態での新規刺激の検出失敗であるのに対し、変化の見落としは場面の変化に伴う過渡的信号が遮蔽された場合の変化検出失敗である点にある。これらの現象がもつ理論的含意は以下の通りである。第一に、意識的知覚には注意が必要条件であり、網膜に映るだけでは知覚は成立しない。第二に、我々は視覚世界の詳細で完全な内的表象を保持しているわけではなく、注意を向けた部分のみの限定的な表象を構築している。これはRensinkの「仮想表象」の概念と整合する。