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Module 1-1 - Section 3: 思考と推論

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-1: 認知心理学
前提セクション Section 2(記憶)
想定学習時間 3.5時間

導入

思考(thinking)と推論(reasoning)は、記憶に貯蔵された知識表象を操作し、新たな結論や解を導く高次認知過程である。Section 2で扱ったワーキングメモリ(Baddeleyモデル)は、推論や問題解決においてオンラインで情報を保持・操作する作業空間として機能する。また、意味記憶に蓄えられた概念的知識はカテゴリ化や類推の基盤となり、エピソード記憶は過去の類似事例の想起を通じて問題解決を支援する。このように、思考と推論は記憶システムと密接に連動する認知機能である。

本セクションでは、まず概念とカテゴリ化の理論を概観し、次に演繹的推論・帰納的推論における人間の特性と限界を検討する。さらに、判断場面で用いられるヒューリスティクスとバイアスを整理し、最後に問題解決の過程と方略を扱う。


概念形成とカテゴリ化

我々は世界に存在する膨大な対象を、共通する特徴に基づいてカテゴリに分類することで認知的負荷を軽減している。カテゴリ化(categorization)は、新奇な対象に対しても既有知識を適用し、推論や行動を可能にする基本的な認知機能である。

定義的特徴アプローチ

Key Concept: 定義的特徴アプローチ(defining features approach) カテゴリの成員資格を、必要十分条件となる特徴の集合によって定義する古典的理論。ある対象がすべての定義的特徴を備えていればカテゴリの成員、そうでなければ非成員と判定する。

定義的特徴アプローチは、アリストテレス以来の伝統的なカテゴリ観に基づく。例えば「正方形」は「四辺が等しく、四角がすべて直角である閉じた図形」という定義的特徴によって明確に規定できる。しかし、自然カテゴリ(例: 「鳥」「家具」「ゲーム」)の多くは必要十分条件で定義することが困難である。ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein)は「ゲーム」の概念を例に挙げ、カテゴリの成員間には定義的特徴ではなく家族的類似性(family resemblance)が存在すると論じた。この問題意識がプロトタイプ理論の登場を準備した。

プロトタイプ理論

Key Concept: プロトタイプ理論(prototype theory) カテゴリはその典型例(プロトタイプ)によって表象され、成員資格はプロトタイプとの類似度によって段階的に判定されるとする理論。エレノア・ロッシュ(Eleanor Rosch)が1970年代に体系化した。

Roschの研究は、カテゴリの成員が均質ではなく典型性(typicality)の勾配をもつことを実証した。例えば「鳥」カテゴリでは、コマドリやスズメは典型性が高く、ペンギンやダチョウは典型性が低い。典型性の高い事例ほどカテゴリ判断の反応時間が短く、カテゴリの例として先に挙げられやすい(典型性効果)。

Roschはさらにカテゴリの階層構造における基本レベルカテゴリ(basic-level category)の重要性を示した。例えば「動物—犬—柴犬」という上位—基本—下位の階層において、基本レベル(「犬」)は最も情報価値が高く、知覚的弁別性と概念的包括性のバランスが最適なレベルである。人はこのレベルで最も速くカテゴリ判断を行い、日常的にもこのレベルの語彙を最も頻繁に使用する。

graph TD
    SUP[上位レベル<br>例: 動物] --> BAS[基本レベル<br>例: 犬]
    BAS --> SUB[下位レベル<br>例: 柴犬]
    SUP -.->|包括性: 高<br>弁別性: 低| NOTE1[ ]
    BAS -.->|包括性と弁別性<br>のバランスが最適| NOTE2[ ]
    SUB -.->|包括性: 低<br>弁別性: 高| NOTE3[ ]
    style NOTE1 fill:none,stroke:none
    style NOTE2 fill:none,stroke:none
    style NOTE3 fill:none,stroke:none

事例理論

Key Concept: 事例理論(exemplar theory) カテゴリは抽象的な要約表象(プロトタイプ)ではなく、個々の具体的事例(exemplar)の記憶の集合によって表象されるとする理論。新奇な対象は、記憶された個別事例との類似性に基づいて分類される。

ダグラス・メディン(Douglas Medin)らの研究は、プロトタイプ理論では説明困難な現象を指摘し、事例理論を提唱した。事例理論の利点は、カテゴリ成員間の変動性や例外的事例に関する情報が保持される点にある。例えば、「鳥」カテゴリのプロトタイプ表象だけでは「ペンギンは飛べない」という例外情報を扱いにくいが、事例理論ではペンギンという個別事例の記憶がそのまま保持される。実験的には、カテゴリ内の変動性が大きい場合や学習事例数が少ない場合に事例理論の予測が優れることが示されている。

アドホックカテゴリ

Key Concept: アドホックカテゴリ(ad hoc category) 特定の目標や文脈に応じてその場で構成される一時的なカテゴリ。ローレンス・バルサルー(Lawrence Barsalou)が1983年に提唱した。

Barsalouは、「火事のとき持ち出すもの」「ダイエット中に食べてよいもの」のように、目標指向的に臨機応変に構成されるカテゴリの存在を示した。アドホックカテゴリは事前に長期記憶に安定的に貯蔵されているわけではなく、状況に応じてその場で生成される。しかし、繰り返し使用されるアドホックカテゴリ(例えば定期的なダイエット中の食品選択)は次第に安定した表象を獲得しうる。この知見は、カテゴリが固定的な構造ではなく柔軟に構成される認知的構築物であることを示唆している。


演繹的推論

Key Concept: 演繹的推論(deductive reasoning) 前提が真であれば結論が必然的に真となる推論形式。前提に含まれる情報から論理的に導出される結論を引き出す過程であり、新しい情報は付加されない。

演繹的推論は論理的妥当性(logical validity)によって評価される。結論が前提から必然的に導かれるかどうかが問題であり、前提や結論の事実としての真偽とは独立に評価される。しかし、人間の推論は純粋な論理規則に従うわけではなく、体系的な偏りが観察される。

三段論法推論と信念バイアス

Key Concept: 信念バイアス(belief bias) 推論の論理的妥当性ではなく、結論の信じやすさ(believability)が判断に影響を及ぼす傾向。結論が経験的に真であると信じられる場合に論理的に妥当と判断しやすく、信じがたい場合に妥当でないと判断しやすい。

三段論法(syllogism)は「すべてのAはBである。すべてのBはCである。ゆえにすべてのAはCである」の形式をもつ推論である。ジョナサン・エヴァンズ(Jonathan Evans)らの研究は、人々が三段論法の論理的妥当性を評価する際に、結論の内容の信じやすさに強く影響されることを示した。例えば、論理的に妥当でない推論であっても結論が経験的に真であれば妥当と判断されやすく、逆に論理的に妥当であっても結論が信じがたければ妥当でないと判断されやすい。

条件推論とWasonの選択課題

Key Concept: Wasonの選択課題(Wason selection task) ピーター・ウェイソン(Peter Wason, 1966)が考案した条件推論課題。「もしPならばQ」という規則を検証するために、4枚のカードのうちどれを裏返すべきかを問う。

Wasonの選択課題は条件推論の困難さを示す代表的パラダイムである。典型的な設定では「もしカードの一方の面に母音が書かれていれば、他方の面には偶数が書かれている」という規則に対し、A・K・4・7のカードが提示される。論理的に正しい回答はA(前件肯定)と7(後件否定)の2枚を裏返すことであるが、正答率は約10%に留まる。多くの参加者はAと4(後件肯定)を選択し、前件否定(K)と後件否定(7)の検証を怠る。

興味深いことに、同じ論理構造でも主題内容を日常的な社会的契約に変えると(例: 「もし酒を飲んでいるならば20歳以上でなければならない」)、正答率が劇的に向上する。この内容効果(content effect)は、人間の推論が抽象的な論理規則ではなく、領域固有の知識や実用的な推論スキーマに依存していることを示唆する。

メンタルモデル理論

Key Concept: メンタルモデル理論(mental model theory) フィリップ・ジョンソン=レアード(Philip Johnson-Laird)が提唱した推論理論。人は前提の意味内容に基づいて可能な状況のモデル(メンタルモデル)を構築し、そのモデルにおいて結論が成り立つかどうかを検証することで推論を行うとする。

ジョンソン=レアードのメンタルモデル理論によれば、推論の困難さはメンタルモデルの数に依存する。構築すべきモデルが1つで済む場合は容易であるが、複数のモデルを構築・保持・比較する必要がある場合にはワーキングメモリの負荷が増大し、誤りが生じやすくなる。この理論は、推論がなぜ特定の状況で困難になるかを、ワーキングメモリ容量の制約から統一的に説明する。

graph TD
    P[前提の理解] --> M1[メンタルモデル1の構築]
    M1 --> C1[暫定的結論の導出]
    C1 --> V{他のモデルで<br>反例はあるか?}
    V -->|なし| ACCEPT[結論を受容]
    V -->|あり| M2[メンタルモデル2の構築]
    M2 --> C2[結論の修正]
    C2 --> V

帰納的推論

Key Concept: 帰納的推論(inductive reasoning) 個別の観察事例から一般的な法則や予測を導く推論形式。結論は蓋然的であり、前提が真であっても結論の真が保証されるわけではない。

帰納的推論は日常的な知識獲得や科学的発見の基盤をなす認知過程である。演繹的推論と異なり、帰納的推論は情報を拡張するため、常に不確実性を伴う。

確証バイアス

Key Concept: 確証バイアス(confirmation bias) 自分の既有の仮説や信念を支持する情報を優先的に探索・解釈し、反証情報を軽視・無視する傾向。帰納的推論における体系的な偏りの一つ。

確証バイアスは帰納的推論における最も広範かつ頑健なバイアスの一つである。Wasonの2-4-6課題(1960)はその典型的な実証例である。参加者に「2, 4, 6」という数列を示し、背後にある規則を発見するよう求める。正解は「昇順の3つの数」であるが、多くの参加者は「2ずつ増える偶数列」のような仮説を立て、その仮説に合致する例(例: 8, 10, 12)のみを検証し、反証的な例(例: 1, 3, 5)を生成しない。このため、仮説を修正する機会が制限される。

因果推論と共変動モデル

因果推論(causal reasoning)は、事象間の因果関係を特定する帰納的推論の一形態である。ハロルド・ケリー(Harold Kelley, 1967)の共変動モデル(covariation model)は、原因と結果の共変動パターンから因果帰属を行う過程を説明する。Kelleyは弁別性(distinctiveness)、一貫性(consistency)、合意性(consensus)の3つの情報次元を提唱した。弁別性が高く(その対象に対してのみ反応が生じる)、一貫性が高く(いつでも同じ反応が生じる)、合意性が高い(他者も同じ反応を示す)場合、原因は対象(刺激)に帰属される。ただし、人間は実際には共変動情報を十分に活用せず、顕著な単一事象に因果性を帰属する傾向がある。


ヒューリスティクスとバイアス

Key Concept: ヒューリスティクス(heuristics) 複雑な判断や意思決定を行う際に用いられる、認知的に効率的な簡便法(mental shortcut)。多くの場合は合理的な判断に導くが、体系的な誤り(バイアス)を生じさせることがある。

エイモス・トヴェルスキー(Amos Tversky)とダニエル・カーネマン(Daniel Kahneman)は1970年代以降の一連の研究において、人間の判断における主要なヒューリスティクスとそれに伴うバイアスを体系的に同定した。この研究プログラムは行動経済学の基盤となり、Kahnemanは2002年にノーベル経済学賞を受賞した。

代表性ヒューリスティク

Key Concept: 代表性ヒューリスティク(representativeness heuristic) ある事象がカテゴリや過程をどの程度「代表」しているかに基づいて確率を判断する方略。

代表性ヒューリスティクは、対象の特徴がカテゴリのプロトタイプとどれだけ類似しているかに基づいて判断を行う。この方略は2つの主要なバイアスを生じさせる。

基準率の無視(base-rate neglect): 事前確率(基準率)を軽視し、個別事例の記述的特徴に過度に依存する傾向。Kahneman & Tverskyの「弁護士—エンジニア問題」(1973)では、参加者に集団の構成比(弁護士70名・エンジニア30名 vs. その逆)を教示した上で個人の性格記述を提示しても、判断は構成比にほとんど影響されなかった。

結合錯誤(conjunction fallacy): 2つの事象の結合(AかつB)の確率を、構成事象の一方(AまたはB単独)の確率より高く見積もる誤り。確率論の公理(結合確率は周辺確率以下)に反する。Tversky & Kahnemanの「リンダ問題」(1983)では、リンダの性格記述を読んだ後、「リンダは銀行窓口係である」よりも「リンダは銀行窓口係であり、フェミニスト運動に参加している」の方が確率が高いと判断する参加者が約85%に達した。

利用可能性ヒューリスティク

Key Concept: 利用可能性ヒューリスティク(availability heuristic) 事例や情報が心に想起されやすい(利用可能な)程度に基づいて頻度や確率を判断する方略。想起しやすい事象は実際よりも頻度が高いと判断されやすい。

利用可能性ヒューリスティクは、多くの場合適切な判断に導く。頻度の高い事象ほど記憶に多くの事例が蓄えられ、想起しやすくなるためである。しかし、想起のしやすさは頻度以外の要因(鮮明さ、感情的インパクト、最近性、メディア報道量など)にも影響されるため、体系的な歪みが生じる。例えば、航空機事故は自動車事故よりもメディアで大きく報道されるため、飛行機の方が自動車より危険であるという誤った判断が導かれやすい。

アンカリングと調整

Key Concept: アンカリングと調整(anchoring and adjustment) 数量的判断において、最初に提示された数値(アンカー)を出発点とし、そこから不十分な調整を行うことで判断に至る方略。アンカーが無関連な値であっても判断に影響を及ぼす。

Tversky & Kahneman(1974)は、ルーレットで得られた無関連な数値がアフリカの国連加盟国数の推定値に有意な影響を与えることを示した。アンカーが65であった群は45%と推定し、アンカーが10であった群は25%と推定した。アンカリング効果は専門家においても生じ、その頑健さは繰り返し確認されている。

graph LR
    subgraph ヒューリスティクスとバイアス
        REP[代表性] -->|基準率の無視| BIAS1[基準率無視]
        REP -->|結合確率の過大評価| BIAS2[結合錯誤]
        AVA[利用可能性] -->|想起容易性に依存| BIAS3[頻度の歪み]
        ANC[アンカリング] -->|不十分な調整| BIAS4[初期値への固着]
    end

ヒューリスティクスの適応的側面

上述のバイアスの指摘に対し、ゲルト・ギゲレンツァー(Gerd Gigerenzer)は生態学的合理性(ecological rationality)の観点から反論を展開した。Gigerenzerによれば、ヒューリスティクスは情報と計算資源が限られた環境において適応的に機能する「高速で倹約的な(fast and frugal)」推論方略である。例えば「再認ヒューリスティク(recognition heuristic)」は、再認できる選択肢を再認できない選択肢より高く評価する方略であり、限られた知識環境においては最適に近い判断を導くことが示されている。Gigerenzerは、Tversky & Kahnemanの研究が人工的な実験課題に依存しており、日常的な判断環境における認知方略の適応的価値を過小評価していると批判した。


問題解決

Key Concept: 問題解決(problem solving) 現在の状態から目標状態に到達するために、一連の操作を計画・実行する認知過程。問題の初期状態、目標状態、使用可能な操作子、制約条件によって規定される。

問題空間理論

Key Concept: 問題空間理論(problem space theory) アレン・ニューウェル(Allen Newell)とハーバート・サイモン(Herbert Simon)が1972年に提唱した問題解決の理論的枠組み。問題を初期状態から目標状態への探索問題として捉え、問題解決者が操作子を適用して状態空間を探索する過程として定式化する。

Newell & Simonの問題空間理論では、問題解決は以下の要素から成る問題空間(problem space)の中で行われる。初期状態(initial state)は解決すべき問題が与えられた時点の状態、目標状態(goal state)は達成すべき状態、操作子(operator)は一つの状態を別の状態に変換する操作、制約条件(constraint)は許容されない操作や状態を規定する。問題解決者は、この空間の中で初期状態から目標状態への経路を探索する。

手段-目的分析

Key Concept: 手段-目的分析(means-ends analysis) 現在の状態と目標状態の差を同定し、その差を縮小する操作子を選択・適用する方略。差が直接解消できない場合には、その操作を可能にする下位目標が設定される。

手段-目的分析はNewell & Simonが同定した汎用的な問題解決方略であり、GPS(General Problem Solver)プログラムに実装された。この方略は、(1) 現在の状態と目標状態の差を特定する、(2) その差を縮小する操作子を選択する、(3) その操作子が適用可能でなければ、適用可能にするための下位目標を設定する、という再帰的過程から成る。ハノイの塔(Tower of Hanoi)課題は、手段-目的分析が有効に機能する典型的な問題の一つである。

類推的問題解決

Key Concept: 類推的問題解決(analogical problem solving) 既知の問題(ソース)の解法構造を、新奇な問題(ターゲット)に転移させることで解決を図る方略。ソースとターゲットの間の構造的対応関係(写像)の発見が鍵となる。

メアリー・ギック(Mary Gick)とキース・ホリオーク(Keith Holyoak, 1980, 1983)は、カール・ドゥンカー(Karl Duncker)の放射線問題を用いて類推的問題解決を研究した。放射線問題では、腫瘍を破壊するために強い放射線を照射したいが、周囲の健常組織も破壊されてしまうというジレンマが設定される。この問題の前に、軍隊が複数の道から同時に要塞に収束するという構造的に類似した物語(収束解のソース)を読んだ場合、ソースからの類推が自発的に生じる割合は低かった(約20%)。しかし、ソースとの類似性を示唆するヒントを与えると解決率は大幅に向上した(約75%)。この結果は、類推的転移における表面的類似性と構造的類似性の区別の重要性を示している。

洞察問題解決と機能的固着

Key Concept: 洞察(insight) 問題解決が行き詰まった状態(インパス)から、突然解決策が見出される現象。問題の表象が再構造化されることで生じるとされる。

Key Concept: 機能的固着(functional fixedness) 対象の典型的な用途に固定され、代替的な用途を思いつきにくくなる認知的制約。ドゥンカー(1945)が同定した問題解決の障害の一つ。

Dunckerのロウソク問題は機能的固着を示す古典的実験である。参加者にロウソク、画鋲、マッチ箱(中に画鋲が入っている)を与え、ロウソクを壁に取り付けるよう求める。解決策は画鋲の箱を棚として壁に画鋲で固定し、その上にロウソクを立てることであるが、箱を「画鋲の容器」としてのみ認識する機能的固着によって、多くの参加者がこの解法に到達できない。箱と画鋲が別々に提示された条件では解決率が有意に上昇した。

洞察問題解決は、増分的な(incremental)問題解決とは質的に異なる過程であるとされる。ゲシュタルト心理学者は、洞察を問題の表象が突然再構造化(restructuring)される過程として捉えた。近年の研究では、潜伏期間(incubation period)の効果や、洞察時のAha!体験(eureka moment)に伴う神経活動(側頭葉前部の活性化)が検討されている。

graph TD
    PS[問題解決の方略]
    PS --> MEA[手段-目的分析<br>差の段階的縮小]
    PS --> ANA[類推的問題解決<br>既知の解法構造の転移]
    PS --> INS[洞察的問題解決<br>表象の再構造化]
    MEA --> WELL[良定義問題に有効<br>例: ハノイの塔]
    ANA --> TRANS[構造的類似性の<br>発見が鍵]
    INS --> ILL[不良定義問題に多い<br>例: ロウソク問題]

まとめ

  • 概念とカテゴリ化の理論は、定義的特徴アプローチからプロトタイプ理論、事例理論へと発展し、さらにアドホックカテゴリの研究によってカテゴリの柔軟性・文脈依存性が明らかになった。
  • 演繹的推論において、人間は純粋な論理規則には従わず、信念バイアスや内容効果に影響される。メンタルモデル理論は、推論の困難さをワーキングメモリの制約から説明する統合的枠組みを提供する。
  • 帰納的推論では確証バイアスが広範に認められ、因果推論においても理論的に最適な共変動情報の利用は不完全である。
  • Tversky & Kahnemanが同定したヒューリスティクスとバイアスは人間の判断の体系的な偏りを示すが、Gigerenzerの生態学的合理性の視点は、これらの方略の環境適応的な側面を強調する。
  • 問題解決は手段-目的分析・類推・洞察など多様な方略によって行われ、機能的固着などの認知的制約がその過程に影響を及ぼす。

次のSection 4(意思決定)では、本セクションで扱ったヒューリスティクスとバイアスの知見を基盤として、不確実性下での意思決定、期待効用理論とプロスペクト理論、フレーミング効果など、判断から意思決定への展開を扱う。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
カテゴリ化 categorization 対象を共通特徴に基づいて類に分類する認知過程
定義的特徴アプローチ defining features approach カテゴリ成員資格を必要十分条件で定義する古典的理論
プロトタイプ理論 prototype theory カテゴリが典型例によって表象されるとする理論
典型性効果 typicality effect カテゴリの典型的な事例ほど処理が容易になる現象
基本レベルカテゴリ basic-level category 階層構造において情報価値が最適なカテゴリレベル
事例理論 exemplar theory カテゴリが個別事例の記憶集合で表象されるとする理論
アドホックカテゴリ ad hoc category 目標や文脈に応じてその場で構成される一時的カテゴリ
演繹的推論 deductive reasoning 前提から必然的に結論を導く推論形式
信念バイアス belief bias 結論の信じやすさが論理的妥当性の判断に影響する傾向
Wasonの選択課題 Wason selection task 条件推論の困難さを示す実験パラダイム
メンタルモデル理論 mental model theory 推論を前提の意味的モデルの構築・検証として説明する理論
帰納的推論 inductive reasoning 個別事例から一般法則を導く蓋然的推論
確証バイアス confirmation bias 仮説を支持する情報を優先的に探索・解釈する傾向
共変動モデル covariation model 原因と結果の共変動パターンから因果帰属を行うモデル
ヒューリスティクス heuristics 判断における認知的簡便法
代表性ヒューリスティク representativeness heuristic カテゴリの代表性に基づいて確率を判断する方略
基準率の無視 base-rate neglect 事前確率を軽視し個別記述に依存する傾向
結合錯誤 conjunction fallacy 結合確率を構成要素の確率より高く見積もる誤り
利用可能性ヒューリスティク availability heuristic 想起しやすさに基づいて頻度を判断する方略
アンカリングと調整 anchoring and adjustment 初期値から不十分に調整して判断する方略
生態学的合理性 ecological rationality 環境構造に適合したヒューリスティクスの適応的価値
問題空間理論 problem space theory 問題解決を状態空間の探索として定式化する理論
手段-目的分析 means-ends analysis 現在と目標の差を縮小する操作を再帰的に適用する方略
類推的問題解決 analogical problem solving 既知の解法構造を新奇な問題に転移する方略
洞察 insight 行き詰まりから突然解決策が見出される現象
機能的固着 functional fixedness 対象の典型的用途に固定され代替的用途を着想しにくくなる認知的制約

確認問題

Q1: プロトタイプ理論と事例理論の主要な相違点を、カテゴリの表象形式の観点から説明せよ。また、それぞれの理論が優位に予測を行える場面の違いを具体例を挙げて論じよ。

A1: プロトタイプ理論ではカテゴリは抽象的な要約表象(プロトタイプ)として貯蔵されるのに対し、事例理論ではカテゴリは個々の具体的事例の記憶集合として表象される。プロトタイプ理論は、典型性判断のように中心傾向への反応が問われる場面で優れた予測を行う(例: コマドリが鳥のカテゴリ判断でペンギンより速い)。一方、事例理論はカテゴリ内の変動性に関する情報を保持できるため、例外的事例の分類や、カテゴリ境界付近の微妙な判断が求められる場面で優位性をもつ(例: 少数の学習事例から新奇な事例を分類する場合に、各事例の詳細な特徴が判断に利用される)。

Q2: Wasonの選択課題で抽象的な素材を用いた場合に正答率が低いのに対し、社会的契約の文脈に変更すると正答率が向上する現象(内容効果)を説明せよ。この知見は人間の推論能力について何を示唆しているか。

A2: 抽象的素材では約10%の正答率にとどまるが、「飲酒するなら20歳以上でなければならない」のような社会的契約の文脈では正答率が劇的に向上する。これは、人間の推論が形式論理の規則に従う汎用的な過程ではなく、進化的に重要であった社会的場面(裏切り者の検出など)に特化した領域固有の推論メカニズムに依存していることを示唆する。人間は抽象的な命題論理の操作は苦手であるが、社会的ルール違反の検出という実用的推論には優れた能力をもつ。

Q3: 代表性ヒューリスティクによって生じる「結合錯誤」を、リンダ問題を用いて説明せよ。また、なぜこの判断が確率論の公理に反するのかを明示せよ。

A3: リンダ問題では、リンダの性格記述(哲学専攻、社会正義に関心がある等)を読んだ後に「リンダは銀行窓口係である」と「リンダは銀行窓口係であり、フェミニスト運動に参加している」の確率を比較させると、多くの参加者が後者をより確率が高いと判断する。これは代表性ヒューリスティクにより、リンダの記述がフェミニスト活動家のプロトタイプに類似しているため、その結合が代表的であると感じられることによる。しかし、確率論の公理では P(A∩B) ≤ P(A) であり、2事象の結合確率は必ず構成事象単独の確率以下である。結合条件の方が高確率と判断することは、この公理に直接反する。

Q4: Gigerenzerの生態学的合理性の概念を説明し、Tversky & Kahnemanのヒューリスティクスとバイアス研究に対するGigerenzerの主要な批判を述べよ。

A4: 生態学的合理性とは、ヒューリスティクスが特定の環境構造において適応的かつ効率的に機能するという考え方である。Gigerenzerの主要な批判は、(1) Tversky & Kahnemanの研究が人工的な実験課題に依存しており、日常環境における判断の適応的側面を過小評価していること、(2) 限られた情報と計算資源の下では、より多くの情報を処理する複雑なアルゴリズムよりも「高速で倹約的な」ヒューリスティクスの方がしばしば良い判断をもたらすこと(less-is-more効果)、(3) バイアスと呼ばれる現象の多くは、確率表現の形式(頻度形式 vs. 単一事象確率形式)を変更すれば減少・消失することがある、という点に要約される。

Q5: 機能的固着を示すDunckerのロウソク問題の実験内容を記述し、問題解決における表象の再構造化がなぜ重要であるかを論じよ。

A5: ロウソク問題では、参加者にロウソク、画鋲(箱に入った状態)、マッチを与え、ロウソクを壁に固定するよう求める。正解は箱を画鋲で壁に固定し、棚として使ってロウソクを立てることである。しかし、箱を「画鋲の容器」として認識する機能的固着のため、多くの参加者は箱を棚として利用する発想に至らない。箱と画鋲を別々に提示すると解決率が向上することから、対象の初期表象が問題解決を制約していることが示される。表象の再構造化が重要なのは、問題空間の初期定義(操作子や制約の認識)が不適切な場合、手段-目的分析などの探索方略をいくら適用しても目標状態に到達できないためである。洞察的問題解決では、問題の表象自体を変更することで新たな解法経路が出現する。