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Module 1-1 - Section 5: 言語と認知

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-1: 認知心理学
前提セクション Section 1(注意), Section 2(記憶)
想定学習時間 3時間

導入

言語は人間の認知活動を特徴づける最も顕著な能力の一つである。我々は毎日数万語を産出・理解し、言語を通じて思考を組織し、他者と意味を共有する。言語処理は認知心理学の中核的テーマであり、Section 1で扱った注意の制御機構やSection 2で扱った記憶システムと密接に関わる。例えば、文の理解にはワーキングメモリの音韻ループが統語構造の一時的保持に不可欠であり(→ Module 1-1, Section 2「記憶」参照)、曖昧な文の解析には注意の制御的配分が要求される(→ Module 1-1, Section 1「注意」参照)。

本セクションでは、言語理解の過程(語彙アクセスから談話理解まで)、言語産出のモデル、そして言語と思考の関係というSapir-Whorf仮説をめぐる問題を概観する。これらの知見は、認知心理学が扱う注意・記憶・思考・意思決定の諸過程が言語という媒体を通じていかに統合的に機能するかを示すものである。


言語理解の過程

言語理解は、音声や文字の知覚から始まり、語の認識、文の統語的・意味的解析、そして談話全体の意味構築に至る多段階の過程である。

語彙アクセス

Key Concept: 心的辞書(mental lexicon) 個人が知っている語の意味・音韻・統語情報が貯蔵された心的な知識構造。長期記憶の意味記憶の一部として位置づけられ、成人の語彙規模は5万〜10万語と推定される。

語彙アクセス(lexical access)とは、文字列や音声入力から心的辞書内の適切な語彙表象にたどり着く過程である。この過程の特性は、語彙判断課題(lexical decision task)によって実験的に検討されてきた。語彙判断課題では、画面上に提示された文字列が実在の語か非語(pseudoword)かをできるだけ速く正確に判断するよう求める。反応時間の分析から、語彙アクセスに影響する要因が明らかにされている。

語彙アクセスの主要な促進要因として、プライミング効果(priming effect)がある。デイヴィッド・マイヤー(David Meyer)とロジャー・シュヴァネヴェルト(Roger Schvaneveldt, 1971)は、意味的に関連する先行語(プライム)が提示されると、後続のターゲット語の語彙判断が促進されることを示した。例えば「医者」の後に「看護師」を提示すると、「医者」の後に「パン」を提示する場合よりも反応が速くなる。この意味的プライミング効果は、心的辞書における語彙表象が意味的関連性によってネットワーク状に結合していることを示唆する。

Key Concept: プライミング効果(priming effect) 先行する刺激(プライム)の処理が後続の刺激(ターゲット)の処理に促進的または抑制的な影響を与える現象。意味的プライミングでは、意味的に関連する語の間で反応時間の促進が観察される。

語彙アクセスのモデルとして、ジョン・モートン(John Morton, 1969)のロゴジェンモデル(logogen model)や、ケネス・フォースター(Kenneth Forster, 1976)の探索モデルが提案されてきた。ロゴジェンモデルでは、各語に対応するロゴジェンと呼ばれるユニットが感覚的入力を蓄積し、閾値に達すると活性化されるとする。一方、マースレン=ウィルソン(William Marslen-Wilson, 1987)のコホートモデル(cohort model)は、音声語彙アクセスにおいて、語の冒頭部分の音韻情報に基づいて候補語群(コホート)が活性化され、入力が進むにつれて候補が順次絞り込まれるとする。

文処理

Key Concept: 統語解析(syntactic parsing) 語の連鎖に対して統語構造(文法的構造)を割り当てる過程。構文解析器(parser)が文を逐次的に処理し、語の文法的役割と句構造を決定する。

文の理解は、個々の語の認識を超えて、語と語の間の文法的関係を解析する過程を含む。この統語解析において特に興味深い現象が、構文的曖昧性(syntactic ambiguity)の解消過程である。

リン・フレイジャー(Lyn Frazier)とキース・レイナー(Keith Rayner, 1982)は、眼球運動の測定を用いて統語解析の過程を検討した。構文的曖昧性を含む文に対して、人間の構文解析器は最小付加の原則(minimal attachment)に従い、統語的に単純な構造を優先的に割り当てることを示した。

Key Concept: ガーデンパス文(garden-path sentence) 読み手が初期の統語解析で誤った構造を割り当て、後続の情報によってその解析が破綻するために再分析を余儀なくされる文。名称は「庭園の小道に迷い込む」という比喩に由来する。

ガーデンパス文の代表例として、"The horse raced past the barn fell."(馬小屋を通り過ぎて走らされた馬は倒れた)がある。多くの読者は "raced" を主動詞として解析するが、文末の "fell" に遭遇して解析が破綻し、"raced past the barn" を関係節として再解析する必要が生じる。この現象は、統語解析器が逐次的(incremental)に働き、しかも初期解析において意味的・文脈的情報よりも統語的な単純さを優先する傾向を示唆する。

ガーデンパス理論に対しては、統語情報と意味情報が並列的に利用されるとする制約充足モデル(constraint-based model; MacDonald, Pearlmutter, & Seidenberg, 1994)が対立する立場として存在する。制約充足モデルでは、語の頻度情報・意味的適合性・文脈情報など複数の制約が同時に統語解析に影響するとし、統語情報のみに基づく初期解析を仮定しない。

graph TD
    A[文字列・音声入力] --> B[語彙アクセス<br/>心的辞書からの語の同定]
    B --> C[統語解析<br/>文法構造の割り当て]
    B --> D[意味解析<br/>語義の統合]
    C --> E[文の意味表象]
    D --> E
    E --> F[談話モデルへの統合]

談話理解

語と文の処理を超えて、複数の文からなるテクスト全体の理解には、明示されていない情報を補う推論(inference)の生成が不可欠である。

Key Concept: 推論(inference) テクストに明示的に記述されていない情報を、背景知識や文脈に基づいて補完する認知過程。橋渡し推論(bridging inference)と精緻化推論(elaborative inference)に大別される。

橋渡し推論は、テクストの一貫性を維持するために必須の推論であり、読解中に自動的に生成されるとされる。例えば「マリーはケーキを焼いた。オーブンはとても熱かった」という文対では、「ケーキはオーブンで焼かれた」という橋渡し推論が生成される。一方、精緻化推論はテクストの一貫性維持には不要だが理解を豊かにする推論であり、その自動的生成の範囲は議論の対象となっている。

ラルフ・ツヴァーン(Rolf Zwaan)とガブリエル・ラドヴァンスキー(Gabriel Radvansky, 1998)は、状況モデル(situation model)の枠組みを提唱した。状況モデルとは、テクストの命題的内容を超えて、テクストが描写する状況そのものの心的表象を構築する過程を指す。読者はテクストの登場人物・空間・時間・因果関係・意図性の5つの次元に沿って状況を追跡し、これらの次元における不連続が生じると処理コストが増大する(読み時間の増加として観察される)。

Key Concept: 状況モデル(situation model) テクストの理解において構築される、テクストが描写する状況そのものの心的表象。空間・時間・因果・登場人物・意図性の多次元的な追跡を含み、テクストの表面的な命題表象を超えた深い理解を可能にする。

状況モデルの構築には、ワーキングメモリの容量が重要な制約要因となる。ワーキングメモリ容量の大きい読者は、より精緻な状況モデルを構築し、テクスト内の離れた情報の統合も効率的に行えることが示されている。これはSection 2で扱ったワーキングメモリの個人差が、高次の言語理解に直結することを意味する。


言語産出のモデル

言語理解が入力の処理であるのに対し、言語産出(language production)は伝達意図から音声・文字の出力に至る過程である。この過程は、日常的には意識的な努力をほとんど必要としないほど自動化されているが、発話の誤り(speech errors)の分析から、その内部構造が明らかにされてきた。

Leveltの言語産出モデル

Key Concept: Leveltの言語産出モデル(Levelt's model of speech production) ウィレム・レヴェルト(Willem Levelt, 1989)が提唱した、発話産出の包括的な処理モデル。概念化(conceptualizer)・定式化(formulator)・調音(articulator)の3段階から成り、各段階は比較的独立して機能するモジュール的構造を仮定する。

Leveltのモデルでは、発話産出は以下の3段階を経る。

  1. 概念化(conceptualization): 話者が伝達したい内容(伝達意図)を前言語的メッセージ(preverbal message)として生成する段階。何を言うか、どの順番で言うかの計画が含まれる。
  2. 定式化(formulation): 前言語的メッセージを言語的形式に変換する段階。文法的符号化(grammatical encoding)と音韻的符号化(phonological encoding)の2つの下位過程を含む。文法的符号化では、適切な語彙項目(レンマ; lemma)が選択され、統語構造が構築される。音韻的符号化では、選択された語の音韻形式が検索され、発話の音韻計画が作成される。
  3. 調音(articulation): 音韻計画に基づいて、口腔・喉頭等の調音器官の運動が制御され、実際の音声が産出される段階。
graph TD
    A[伝達意図] --> B[概念化<br/>Conceptualizer]
    B --> C[前言語的メッセージ]
    C --> D[定式化<br/>Formulator]
    D --> D1[文法的符号化<br/>レンマ選択・統語構造]
    D1 --> D2[音韻的符号化<br/>音韻形式の検索]
    D2 --> E[音韻計画]
    E --> F[調音<br/>Articulator]
    F --> G[音声出力]
    G --> H[自己モニタリング<br/>Self-monitoring]
    H -->|誤り検出| B

このモデルの重要な特徴は、自己モニタリング(self-monitoring)の存在である。話者は自身の発話を内的・外的にモニターし、誤りを検出した場合には発話を中断して修正する。これは、言語産出システムが言語理解システムの一部を利用して自身の出力を監視するという知覚ループ仮説(perceptual loop hypothesis)によって説明される。

発話の誤りと言語産出の構造

発話の誤り(speech errors)の系統的分析は、ヴィクトリア・フロムキン(Victoria Fromkin, 1971, 1973)によって本格的に開始され、言語産出の処理段階を推測する重要な手がかりを提供してきた。

Key Concept: スプーナリズム(spoonerism) 2つの語の間で音韻が交換される発話の誤り。オックスフォード大学の学寮長ウィリアム・スプーナー(William Spooner)にちなんで名づけられた。例: "you have hissed all my mystery lectures" ← "you have missed all my history lectures"。

発話の誤りは、その性質によって以下のように分類される。

誤りの種類 示唆する処理段階
音韻交換(スプーナリズム) 「たまご」→「がまと」 音韻的符号化
語の交換 「足を手に持つ」←「手を足に持つ」 文法的符号化
語の混成(blend) 「すごい」+「ひどい」→「すどい」 レンマ選択
形態素の誤配置 "slicely thinned" ← "thinly sliced" 形態的符号化

これらの誤りのパターンは、Leveltのモデルが仮定する処理段階の独立性を支持する。特に、音韻交換が語の境界を超えて生じるが句の境界を超えることはまれであるという観察は、音韻的符号化が句単位で計画されることを示唆する。

先端現象

Key Concept: 先端現象(tip-of-the-tongue phenomenon; TOT) ある語を知っていて伝達したいにもかかわらず、その語の完全な音韻形式を検索できない状態。語の意味的表象や部分的な音韻情報(頭文字、音節数など)にはアクセスできる場合が多い。

ロジャー・ブラウン(Roger Brown)とデイヴィッド・マクニール(David McNeill, 1966)による先駆的研究以来、TOT現象は語彙アクセスの過程を理解するための自然な窓として研究されてきた。TOT状態にある話者は、ターゲット語の頭文字を正しく報告できる確率が偶然水準を有意に超え、音節数も比較的正確に報告できることが知られている。

この現象は、Leveltのモデルにおけるレンマ(語の意味・統語情報)と語形(lexeme; 語の音韻形式)の分離を支持する証拠とされる。TOT状態は、レンマの活性化には成功しているが語形の検索に失敗している状態として解釈される。加齢に伴うTOT現象の増加は、語形レベルの検索効率の低下を反映すると考えられている。


言語と思考の関係

言語は思考の道具なのか、それとも思考を規定する枠組みなのか。この問いは、認知心理学・言語学・人類学にまたがる根本的な問題であり、20世紀初頭から継続的に議論されてきた。

Sapir-Whorf仮説

Key Concept: Sapir-Whorf仮説(Sapir-Whorf hypothesis) 言語の構造が話者の思考や世界の知覚に影響を与えるとする仮説。言語学者エドワード・サピア(Edward Sapir)とその弟子ベンジャミン・リー・ウォーフ(Benjamin Lee Whorf)の著作に基づく。言語決定論(強い版)と言語相対論(弱い版)に区別される。

Sapir-Whorf仮説には2つのバージョンがある。

  • 強い版(言語決定論; linguistic determinism): 言語が思考を決定する。ある言語に存在しない概念はその言語の話者には思考不可能であるとする。
  • 弱い版(言語相対論; linguistic relativity): 言語が思考に影響を与える。言語の構造が認知的な選好やカテゴリ化に偏りを生じさせるが、思考を完全に制約するわけではないとする。

強い版は現在ではほぼ否定されている。どの言語の話者も、自言語に特定の語がなくとも、迂言的にあらゆる概念を表現し思考することが可能だからである。一方、弱い版については、近年の実験的研究により部分的な支持が得られている。

色彩カテゴリと言語

言語と知覚の関係を検討する最も体系的な研究は、色彩カテゴリの領域で行われてきた。ブレント・バーリン(Brent Berlin)とポール・ケイ(Paul Kay, 1969)は、98言語の調査に基づき、基本色彩語には普遍的な階層構造が存在すると主張した。すべての言語は少なくとも白と黒を区別し、3番目に赤、次に緑か黄、といった序列で基本色彩語が追加されるとした。この知見は、色彩カテゴリ化が言語によって恣意的に決定されるわけではなく、知覚的・生理学的基盤を持つことを示唆し、強い言語決定論に対する反証とされた。

しかし、ジョナサン・ウィナワー(Jonathan Winawer)ら(2007)の研究は、言語的カテゴリが知覚的弁別に影響しうることを示した。ロシア語には英語の "blue" に相当する1語がなく、明るい青(goluboy)と暗い青(siniy)を異なる基本色彩語で区別する。Winawerらは、ロシア語話者が goluboy/siniy の境界をまたぐ色の弁別において、カテゴリ内の弁別よりも速い反応を示すことを見出した。この効果は英語話者では観察されず、かつ言語的妨害課題(verbal interference task)を同時に課すと消失した。この結果は、色彩弁別が言語的カテゴリの影響を受けるが、その影響は言語処理資源に依存するオンラインの効果であることを示唆する。

graph LR
    subgraph strong ["強い版(否定的)"]
        L1[言語] ==>|決定| T1[思考]
    end
    subgraph weak ["弱い版(支持的証拠あり)"]
        L2[言語] -.->|影響| T2[思考・知覚]
        T2 -.->|影響| L2
    end

空間認知と言語

スティーヴン・レヴィンソン(Stephen Levinson, 2003)は、空間参照枠の言語間差異が空間認知に影響することを示した。英語話者は一般に相対的参照枠(relative frame of reference)を用い、「テーブルの左」のように自己の視点を基準に空間関係を記述する。一方、オーストラリアのグーグ・イミディル語(Guugu Yimithirr)の話者は絶対的参照枠(absolute frame of reference)を用い、「テーブルの北」のように方位を基準に記述する。

Levinsonらの研究は、この言語的差異が非言語的な空間記憶課題にも反映されることを示した。絶対的参照枠を用いる言語の話者は、180度回転した環境でも方位基準で空間配置を再現する傾向があった。これは、言語的な空間概念化が習慣的思考(habitual thought)に影響を与えることを示す証拠として解釈されている。

バイリンガルの認知的効果

バイリンガリズムの研究は、言語と認知の関係に別の角度から光を当てる。エレン・ビアリストク(Ellen Bialystok)らの一連の研究は、バイリンガル児が実行機能(executive function)の課題、特に抑制制御(inhibitory control)を要する課題においてモノリンガル児よりも優れた成績を示すことを報告した(Bialystok, 1999; Bialystok & Martin, 2004)。この「バイリンガル優位性(bilingual advantage)」は、2つの言語システムの間で常に干渉を管理する必要性が実行機能を鍛えるためと解釈された。

ただし、バイリンガル優位性については再現性に関する議論がある。アンジェラ・デ・ブルーイン(Angela de Bruin)ら(2015)のメタ分析は、出版バイアスの存在を指摘し、効果の頑健性に疑問を呈した。現在の研究動向としては、バイリンガル優位性は一律に存在するものではなく、言語使用のパターン(両言語の切り替え頻度、習熟度など)によって変動するというより精緻な見方が主流となりつつある。

言語と思考の関係に関する現代的合意

現代の研究者の多くは、以下のような中間的立場に収斂している。

  1. 言語は思考を「決定」するのではなく「影響」する。その影響は、習慣的な注意の向け方やカテゴリ化の偏りとして現れる。
  2. 言語的影響は、言語処理に関わるオンラインの過程で媒介されることが多い(Winawerらの言語的妨害課題の知見)。
  3. 言語と思考の関係は一方向的ではなく双方向的である。思考や経験が言語変化を駆動することもある。
  4. 「思考」という概念自体が多層的であり、知覚的弁別・カテゴリ化・推論・記憶符号化など、言語の影響を受けやすい過程と受けにくい過程がある。

この現代的合意は、言語決定論の全面的否定でも言語相対論の全面的肯定でもなく、言語と認知の関係を経験的に検討可能な具体的問題として再定式化するものである。

graph TD
    A[言語的カテゴリ] --> B[習慣的注意の方向づけ]
    B --> C[知覚的弁別への影響]
    B --> D[空間認知への影響]
    B --> E[記憶符号化への影響]
    F[非言語的認知能力] --> C
    F --> D
    F --> E
    G[言語間差異] --> A
    H[文化的実践] --> A
    H --> F

まとめ

  • 言語理解は、語彙アクセス(心的辞書からの語の同定)、文処理(統語解析と意味統合)、談話理解(推論生成と状況モデルの構築)という多段階の過程として記述される。語彙アクセスにおけるプライミング効果は心的辞書のネットワーク的組織化を示し、ガーデンパス現象は統語解析の逐次的・自動的性質を明らかにする。
  • 言語産出はLeveltのモデルにおいて概念化・定式化・調音の3段階として体系化されており、発話の誤りの分析から各段階の独立性が支持される。TOT現象は、語の意味的表象と音韻形式が独立に表象されていることの証拠である。
  • Sapir-Whorf仮説の強い版(言語決定論)は否定されるが、弱い版(言語相対論)は色彩弁別・空間認知などの領域で部分的な支持を得ている。言語的影響はオンラインの過程として媒介され、習慣的思考のレベルで作用する。
  • 本セクションの知見は、Module 1-1の他のセクションと統合的に理解されるべきである。言語理解にはSection 1で扱った注意の制御的配分が必要であり、Section 2のワーキングメモリが文処理と談話理解の基盤を成す。思考と言語の関係は、意思決定や問題解決といったより高次の認知過程とも連動しており、認知心理学が扱う注意→記憶→思考→意思決定→言語という諸過程は相互に依存する統合的システムとして機能している。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
心的辞書 mental lexicon 個人が知っている語の意味・音韻・統語情報が貯蔵された心的知識構造
語彙アクセス lexical access 入力から心的辞書内の適切な語彙表象にたどり着く過程
語彙判断課題 lexical decision task 文字列が実在の語か非語かを判断させる実験課題
プライミング効果 priming effect 先行刺激の処理が後続刺激の処理に影響を与える現象
コホートモデル cohort model 語の冒頭の音韻情報から候補語群が活性化され順次絞り込まれるとする語彙アクセスモデル
統語解析 syntactic parsing 語の連鎖に文法構造を割り当てる過程
ガーデンパス文 garden-path sentence 初期の統語解析が後続情報により破綻し再分析を要する文
最小付加の原則 minimal attachment 統語解析において構造的に単純な解析を優先する原則
推論 inference テクストに明示されていない情報を背景知識から補完する過程
状況モデル situation model テクストが描写する状況そのものの心的表象
概念化 conceptualization 伝達意図を前言語的メッセージとして生成する言語産出の第1段階
定式化 formulation 前言語的メッセージを言語形式に変換する言語産出の第2段階
調音 articulation 音韻計画に基づき音声を産出する言語産出の第3段階
レンマ lemma 語の意味・統語情報を含む抽象的な語彙表象
スプーナリズム spoonerism 2つの語の間で音韻が交換される発話の誤り
先端現象 tip-of-the-tongue phenomenon (TOT) 語を知っているが音韻形式を検索できない状態
Sapir-Whorf仮説 Sapir-Whorf hypothesis 言語構造が思考や知覚に影響を与えるとする仮説
言語決定論 linguistic determinism 言語が思考を決定するとする主張(Sapir-Whorf仮説の強い版)
言語相対論 linguistic relativity 言語が思考に影響を与えるとする主張(Sapir-Whorf仮説の弱い版)

確認問題

Q1: ガーデンパス文の処理において読み手が困難を経験するメカニズムを、Frazierの最小付加の原則の観点から説明せよ。

A1: ガーデンパス文では、統語解析器が最小付加の原則に従って構造的に最も単純な解析を初期に採用する。例えば "The horse raced past the barn fell." において、"raced" は主動詞として解析される方が統語的に単純であるため、その解析が優先される。しかし文末の "fell" に遭遇すると、この解析では文が成立しないことが判明し、"raced past the barn" を関係節として再解析する必要が生じる。この再分析に伴う処理コストの増大が読み手の困難として経験される。

Q2: Leveltの言語産出モデルにおいて、先端現象(TOT)はどの処理段階の問題として解釈されるか。その根拠とともに説明せよ。

A2: TOT現象は、定式化段階における文法的符号化(レンマレベル)と音韻的符号化(語形レベル)の間の解離として解釈される。TOT状態の話者は、ターゲット語の意味や統語的カテゴリ(名詞か動詞かなど)にはアクセスできているが(レンマの活性化に成功)、その語の完全な音韻形式を検索できていない(語形の検索に失敗)。TOT状態で頭文字や音節数などの部分的音韻情報が報告できるという事実は、語形検索が全か無かではなく段階的な過程であることを示す。

Q3: Winawerら(2007)の色彩弁別実験の結果が、Sapir-Whorf仮説の「弱い版」を支持すると解釈される理由を、実験デザインの特徴に言及しつつ説明せよ。

A3: Winawerらは、ロシア語話者が goluboy(明るい青)と siniy(暗い青)のカテゴリ境界をまたぐ色対の弁別において、カテゴリ内の色対よりも速い反応を示すこと、そしてこの効果が英語話者では観察されないことを示した。この結果は、言語的カテゴリの違いが知覚的弁別に影響することを示し、弱い版を支持する。さらに重要なのは、言語的妨害課題を同時に課すとこの効果が消失した点である。これは、言語的影響が恒常的な知覚の変容ではなく、言語処理資源を利用するオンラインの過程であることを示す。すなわち、言語は思考を「決定」するのではなく「影響」するという弱い版の主張と一致する。

Q4: 談話理解におけるZwaanとRadvanskyの状況モデルの5つの次元を挙げ、それぞれの不連続がどのように処理コストの増大として観察されるか説明せよ。

A4: 5つの次元は、登場人物(protagonist)、空間(space)、時間(time)、因果関係(causation)、意図性(intentionality)である。テクストの読解中、読者はこれら5次元に沿って状況を継続的に追跡する。例えば、場面の空間的位置が変わると空間次元の不連続が生じ、時間的跳躍があると時間次元の不連続が生じる。各次元における不連続は、現在の状況モデルの更新を必要とし、その更新処理のコストが読み時間の増加として測定される。複数の次元で同時に不連続が生じる場合、処理コストは加算的に増大する。