Module 1-2 - Section 4: その他の感覚と多感覚統合¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 1-2: 知覚心理学 |
| 前提セクション | Section 1(感覚の基礎) |
| 想定学習時間 | 3時間 |
導入¶
Section 1 では、精神物理学・信号検出理論・感覚系の一般原理(変換、適応、受容野、特殊神経エネルギー説)といった全感覚モダリティに共通する基盤を概観した。Section 2・3 では視覚と聴覚という二大遠隔感覚を個別に扱った。本セクションでは、残る主要な感覚モダリティ——体性感覚(触覚・温度覚・痛覚)、化学感覚(味覚・嗅覚)、前庭感覚・固有受容覚——を取り上げたのち、複数の感覚モダリティからの情報を統合する多感覚統合(multisensory integration)の原理と現象を扱う。日常の知覚経験はほぼ常に多感覚的であり、個別感覚の理解だけでは捉えきれない統合過程を知ることが、知覚心理学の全体像を把握するうえで不可欠である。
体性感覚¶
体性感覚の概要¶
Key Concept: 体性感覚(somatosensation) 皮膚・筋・関節・内臓などの身体組織からの感覚情報の総称。触覚、温度覚、痛覚(侵害受容)、固有受容覚を包含する。視覚・聴覚のように単一の受容器官を持たず、身体全体に分布する多種多様な受容器によって担われる。
体性感覚は、Section 1 で述べた変換(transduction)の原理が多様な形態で実現される好例である。機械的変形、温度変化、組織損傷といった異なる種類の物理的エネルギーが、それぞれ特殊化した受容器によって神経信号に変換される。
触覚の機械受容器¶
皮膚には4種類の主要な機械受容器(mechanoreceptor)が存在し、それぞれ異なる触覚の側面を担う。
graph TD
subgraph "皮膚の機械受容器"
direction TB
A["機械受容器"] --> B["Meissner小体<br/>(速順応・小受容野)<br/>軽い接触、微細な質感"]
A --> C["Merkel細胞<br/>(遅順応・小受容野)<br/>持続的圧力、形状・縁"]
A --> D["Pacini小体<br/>(速順応・大受容野)<br/>振動、工具伝達の振動"]
A --> E["Ruffini終末<br/>(遅順応・大受容野)<br/>皮膚の伸展、関節位置"]
end
style B fill:#e3f2fd,stroke:#1565C0
style C fill:#e8f5e9,stroke:#2E7D32
style D fill:#e3f2fd,stroke:#1565C0
style E fill:#e8f5e9,stroke:#2E7D32
| 受容器 | 順応特性 | 受容野 | 主な機能 |
|---|---|---|---|
| Meissner小体 | 速順応(FA I) | 小 | 軽い接触、滑り検出、微細な質感弁別 |
| Merkel細胞 | 遅順応(SA I) | 小 | 持続的圧力、形状・縁・点字読取 |
| Pacini小体 | 速順応(FA II) | 大 | 高周波振動(200-300 Hz)、工具使用時の振動伝達 |
| Ruffini終末 | 遅順応(SA II) | 大 | 皮膚の伸展、指の姿勢、把持制御 |
速順応(rapidly adapting: RA / FA)型の受容器は刺激の変化(onset/offset)に応答し、遅順応(slowly adapting: SA)型は持続的な刺激にも継続して応答する。この区別は Section 1 で扱った感覚適応の具体例であり、速順応型は動的変化の検出に、遅順応型は刺激の持続的特徴の符号化に適している。
指先は Meissner小体と Merkel細胞が高密度に分布しており、空間分解能が極めて高い。この分布密度の身体部位による差異は、後述の体性感覚皮質の表象にも反映される。
温度覚と痛覚¶
温度覚は温受容器と冷受容器によって担われる。温受容器は約30-45°C、冷受容器は約10-35°Cの範囲に応答し、両者の活動パターンの差から温度が符号化される。温度受容にはTRP(transient receptor potential)チャネルファミリーが関与しており、例えばTRPV1はカプサイシン(唐辛子の辛味成分)と高温(>43°C)の双方に応答する。これがカプサイシンを「熱い」と感じる神経基盤である。
Key Concept: 侵害受容(nociception) 組織損傷をもたらす、あるいはもたらしうる有害な刺激を検出する感覚過程。痛みの感覚経験そのもの(pain)とは区別される。侵害受容器(nociceptor)は自由神経終末として分布し、機械的、熱的、化学的な有害刺激に応答する。
侵害受容器にはAδ線維(有髄、高速伝導、鋭い局在性のある痛み)とC線維(無髄、低速伝導、鈍くびまん性の痛み)の2種がある。怪我をした瞬間に感じる鋭い痛みの直後に、鈍い痛みが遅れて生じるのは、この伝導速度の差による。
ゲートコントロール理論¶
Key Concept: ゲートコントロール理論(gate control theory) Ronald Melzack と Patrick Wall(1965)が提唱した痛覚調節理論。脊髄後角において、太い有髄線維(Aβ線維、触覚)の活動が「ゲート」を閉じて痛覚信号(細いAδ・C線維)の伝達を抑制し、逆にゲートが開くと痛覚信号が脳へ伝達されるとする。
この理論は、痛い部位をさすると痛みが軽減する日常的経験を説明する。触覚の太い線維が脊髄レベルで痛覚信号の伝達を抑制するためである。さらに、脳からの下行性抑制経路もゲート制御に関与し、注意・情動・期待が痛みの経験を調節する機構を提供する。現在では元の理論は詳細において修正されているが、痛覚が末梢からの一方向的な信号ではなく脊髄・脳レベルで能動的に調節されるという基本的洞察は広く受容されている。
体性感覚の皮質表象¶
Key Concept: ホムンクルス(homunculus) Wilder Penfield(1950年代)が開頭手術中の電気刺激によって明らかにした、一次体性感覚野(S1)における身体表面の地図的表象。身体部位の感覚的重要性(受容器密度)に比例して皮質領域が拡大されており、手・唇・舌の表象が不釣り合いに大きい。
ホムンクルスは、皮質表象が身体の物理的な大きさではなく機能的重要性を反映するという原理を端的に示す。この不均一な拡大は受容器密度と直接対応しており、指先や唇の二点弁別閾が背中と比較してはるかに小さいことと整合する。ホムンクルスは固定的なものではなく、末梢入力の変化(例: 指の切断、反復的な触覚訓練)に応じて皮質地図が再編される可塑性を持つことも知られている。
化学感覚¶
味覚¶
味覚は口腔内の化学物質を検出する感覚モダリティである。味覚受容体は味蕾(taste bud)の味細胞上に発現しており、味蕾は主に舌の乳頭に分布するが、軟口蓋・咽頭・喉頭蓋にも存在する。
Key Concept: 基本味(basic tastes) 甘味(sweet)、塩味(salty)、酸味(sour)、苦味(bitter)、うま味(umami)の5種。それぞれ異なる受容体メカニズムを持ち、栄養素の同定と有害物質の回避という生存上の機能を果たす。
| 基本味 | 主な刺激物質 | 受容メカニズム | 生物学的意義 |
|---|---|---|---|
| 甘味 | 糖類 | T1R2+T1R3受容体(GPCR) | エネルギー源の検出 |
| 塩味 | NaCl | ENaCイオンチャネル | 電解質バランス維持 |
| 酸味 | H⁺(酸) | OTOP1チャネル | 腐敗・未成熟果実の回避 |
| 苦味 | アルカロイド等 | T2R受容体ファミリー(約25種) | 毒物の回避 |
| うま味 | グルタミン酸、核酸 | T1R1+T1R3受容体(GPCR) | タンパク質源の検出 |
苦味の受容体(T2Rファミリー)が約25種と多様であるのは、植物が産生する多様な毒性アルカロイドを幅広く検出する必要性を反映している。一方、甘味・うま味は少数の受容体の組み合わせで実現されている。この非対称性は、「有害物質の確実な検出」に対する自然選択圧の強さを示唆する。
嗅覚¶
Key Concept: 嗅覚受容体(olfactory receptor) Linda Buck と Richard Axel(1991)が発見した、約400種類(ヒトの場合)の嗅覚受容体遺伝子ファミリー。各嗅覚ニューロンは原則として1種類の受容体のみを発現し(one receptor-one neuron rule)、個々の匂い物質は複数の受容体の組み合わせ的活性化パターンによって符号化される。この発見は2004年のノーベル生理学・医学賞の対象となった。
嗅覚の符号化は、Section 1 で述べた集団符号化(population coding)の典型例である。約400種の受容体の組み合わせ的活動パターンにより、数千種類を超える匂い物質の識別が可能となる。嗅覚ニューロンの軸索は嗅球(olfactory bulb)の糸球体(glomerulus)に収束し、同一の受容体を発現するニューロンの軸索は同一の糸球体に投射する。この構造により、組み合わせ符号が空間的パターンとして嗅球上に表現される。
嗅覚は他の感覚モダリティと比較して、記憶・情動との結びつきが顕著に強い。解剖学的には、嗅覚情報は視床を経由せずに嗅皮質(piriform cortex)に直接到達し、扁桃体・海馬との結合が密である。Marcel Proust の小説において、マドレーヌの匂いが幼少期の記憶を鮮明に呼び起こす描写は「プルースト効果」として知られ、嗅覚と自伝的記憶の特権的な結びつきを象徴する。
風味としての多感覚統合¶
日常的に「味」と呼ばれる経験の大部分は、実際には味覚と嗅覚の統合である風味(flavor)として生じている。鼻をつまんで食事をすると風味が著しく減退することからも明らかなように、鼻腔後方経路(retronasal olfaction)を通じた嗅覚が風味知覚において支配的な役割を果たす。風味にはさらに、三叉神経を介した刺激感覚(辛味、清涼感、渋味)、食物の温度、テクスチャーなどの体性感覚情報も統合される。このように風味は、化学感覚と体性感覚の多感覚統合の産物である。
前庭感覚と固有受容覚¶
前庭器官¶
Key Concept: 前庭器官(vestibular apparatus) 内耳に位置し、頭部の回転運動と直線加速度(重力を含む)を検出する感覚器官。3つの半規管(semicircular canals)と2つの耳石器(otolith organs: 卵形嚢と球形嚢)から構成される。
graph TD
subgraph "前庭器官の構成"
V["前庭器官"] --> SC["半規管<br/>(3対)"]
V --> OT["耳石器<br/>(2種)"]
SC --> H["水平半規管<br/>水平回転"]
SC --> A["前半規管<br/>前後傾斜回転"]
SC --> P["後半規管<br/>側方傾斜回転"]
OT --> U["卵形嚢<br/>(utricle)<br/>水平方向の直線加速度"]
OT --> S["球形嚢<br/>(saccule)<br/>垂直方向の直線加速度"]
end
style SC fill:#fff3e0,stroke:#E65100
style OT fill:#e8eaf6,stroke:#283593
半規管は3つの直交する平面に配置されており、三次元空間におけるあらゆる方向の回転運動(角加速度)を検出する。管内のリンパ液の慣性運動がクプラ(cupula)を偏向させ、有毛細胞が刺激される。耳石器は炭酸カルシウム結晶(耳石)の慣性力によって有毛細胞上のゼラチン層を変位させ、直線加速度と重力方向を検出する。
前庭感覚は通常、意識的に自覚されることが少ないが、姿勢制御、眼球運動の安定化(前庭動眼反射: VOR)、空間定位に不可欠である。前庭動眼反射は頭部の回転と逆方向に眼球を動かすことで、頭部運動中も網膜像を安定させる極めて高速な反射経路である。
固有受容覚¶
Key Concept: 固有受容覚(proprioception) 筋・腱・関節に分布する受容器からの情報に基づき、身体各部位の位置・運動・力を感知する感覚。「第六感」とも称される。視覚情報がなくても自分の手足の位置を知覚できるのは固有受容覚による。
固有受容覚の主要な受容器は以下の2種である。
- 筋紡錘(muscle spindle): 骨格筋内に分布し、筋の長さとその変化速度(伸張)を検出する。錘内筋線維(intrafusal fiber)の中央部に感覚終末が巻き付いており、筋の伸張に応じて発火する。γ運動ニューロンにより感度が調節される。
- ゴルジ腱器官(Golgi tendon organ): 筋腱移行部に位置し、筋が発生する張力を検出する。筋紡錘が筋の「長さ」を、ゴルジ腱器官が「力」をそれぞれ符号化することで、運動制御に必要な情報が相補的に提供される。
固有受容覚が失われた症例(大径感覚線維のニューロパチー)では、視覚によるフィードバックがなければ立位の維持や協調運動がほぼ不可能となる。Ian Waterman の症例(1971年に固有受容覚を喪失)は、視覚的補償によって運動を再学習した稀有な事例として知られ、固有受容覚の不可欠性を示す。
多感覚統合¶
多感覚統合の概要¶
Key Concept: 多感覚統合(multisensory integration) 複数の感覚モダリティからの情報を統合し、単一の一貫した知覚経験を生成する神経過程。日常の知覚は、視覚・聴覚・体性感覚などが別個に処理されるのではなく、相互に影響し合って統一的な世界像を構成している。
多感覚統合は単なる感覚情報の「足し算」ではなく、各モダリティからの情報が相互に変容・強化・抑制し合う能動的な過程である。以下に代表的な現象を通じてその特性を概観する。
McGurk 効果¶
Key Concept: McGurk 効果(McGurk effect) Harry McGurk と John MacDonald(1976)が報告した視聴覚の相互作用現象。聴覚的に /ba/ の音声を提示しながら、視覚的に /ga/ の口唇運動を提示すると、観察者は /da/ という第三の音韻を知覚する。視覚情報が聴覚的音韻知覚を変容させることを示す。
McGurk 効果は、音声知覚が純粋に聴覚的な過程ではなく、視覚情報(話者の口唇・舌の運動)が自動的かつ不可避的に統合されることを実証する。この効果は、聴覚刺激が /ba/ であると知っていても消失しないことが特徴的であり、多感覚統合が意識的制御の及ばない自動的過程であることを示す(→ Module 1-2, Section 3「聴覚」参照)。
ラバーハンド錯覚¶
Key Concept: ラバーハンド錯覚(rubber hand illusion) Matthew Botvinick と Jonathan Cohen(1998)が報告した身体所有感(body ownership)に関する錯覚。被験者の見えない本物の手と、見えるゴム製の手を同時に同期的に筆で撫でると、被験者はゴムの手を自分の手であるかのように感じ始める。視覚・触覚・固有受容覚の統合により身体表象が書き換えられることを示す。
この錯覚は視覚と触覚の時間的・空間的一致が鍵であり、非同期的な撫で方では生じない。ラバーハンド錯覚は、身体の所有感が固定的な感覚ではなく、多感覚情報の統合によって動的に構成されることを示す重要な知見であり、幻肢痛の理解や義肢の身体統合、仮想現実における身体表象の研究にも応用されている。
腹話術効果¶
Key Concept: 腹話術効果(ventriloquism effect) 視覚刺激と聴覚刺激が空間的に若干ずれている場合、音の定位が視覚刺激の方向に引き寄せられる現象。映画館でスクリーン上の俳優の口元から音声が聞こえるように知覚されるのは、実際にはスピーカーが画面横に設置されていてもこの効果による。
腹話術効果は、空間定位における視覚の優位性(visual dominance/visual capture)を反映する。一般に空間的解像度は聴覚よりも視覚の方が高いため、空間定位の不一致が生じた場合、より信頼性の高い視覚情報に聴覚的定位が「捕獲」される。
多感覚統合の原理¶
多感覚統合を支配する主要原理として、以下の3つが知られている。これらは主に Barry Stein と Alex Meredith(1993)による上丘ニューロンの研究から同定された。
graph LR
subgraph "多感覚統合の三原理"
SP["空間的一致の原理<br/>(spatial rule)<br/>同一空間位置からの刺激は統合促進"]
TP["時間的一致の原理<br/>(temporal rule)<br/>時間的に近接した刺激は統合促進"]
IE["逆効果性の原理<br/>(inverse effectiveness)<br/>単一感覚での応答が弱いほど<br/>多感覚統合の増強効果が大きい"]
end
style SP fill:#e8f5e9,stroke:#2E7D32
style TP fill:#e3f2fd,stroke:#1565C0
style IE fill:#fff3e0,stroke:#E65100
- 空間的一致の原理(spatial rule): 異なるモダリティの刺激が同一の空間的位置から生じる場合、統合が促進される。空間的に不一致な場合は統合が減弱あるいは抑制される。
- 時間的一致の原理(temporal rule): 異なるモダリティの刺激が時間的に近接(ほぼ同時)して生じる場合、統合が促進される。ただし完全な同時性は必ずしも必要ではなく、光と音の物理的な伝達速度差に対応する程度の時間窓が許容される。
- 逆効果性の原理(inverse effectiveness): 単一モダリティでの応答が弱い(刺激が微弱な)ときほど、他のモダリティの情報を加えた際の反応増強が大きい。逆に、一方のモダリティだけで十分強い応答が得られる場合、他モダリティの付加による増強は小さい。
上丘と多感覚ニューロン¶
Key Concept: 上丘(superior colliculus) 中脳に位置する層構造を持つ神経核。視覚・聴覚・体性感覚の地図的表象が重なり合って存在し、多感覚統合の初期モデルとして集中的に研究された。上丘の深層には多感覚ニューロンが存在し、複数のモダリティからの入力を単一のニューロンレベルで統合する。
上丘の多感覚ニューロンは、上述の三原理に従って応答する。空間的・時間的に一致した視覚・聴覚刺激に対しては、各モダリティ単独での応答の算術和を超える超加算的(superadditive)応答を示す。この超加算的応答は特に逆効果性の原理のもとで顕著であり、弱い刺激の組み合わせが強力な神経応答を生じさせることがある。上丘は定位反射(頭部・眼球を刺激源に向ける運動)の制御に関与しており、多感覚統合が行動出力に直接結びつく場として重要である。
多感覚統合は上丘に限定されるものではなく、大脳皮質レベルでも広範に生じる。上側頭溝(superior temporal sulcus: STS)、頭頂間溝(intraparietal sulcus)、島皮質(insula)などが多感覚統合に関与する皮質領域として同定されている。さらに近年の研究では、従来「単一感覚」と見なされていた一次感覚野(一次視覚野、一次聴覚野など)においても他モダリティからの影響が確認されており、多感覚的相互作用は感覚処理の初期段階から生じている可能性が示唆されている。
まとめ¶
- 体性感覚は4種類の機械受容器(Meissner小体、Merkel細胞、Pacini小体、Ruffini終末)が順応特性と受容野の大きさにより異なる触覚情報を分担して処理し、温度覚・痛覚はTRPチャネルや侵害受容器によって担われる
- ゲートコントロール理論(Melzack & Wall)は、痛覚が脊髄レベルおよび下行性経路によって能動的に調節されることを示し、痛みの一方向的モデルを克服した
- ペンフィールドのホムンクルスは、体性感覚皮質の表象が身体部位の機能的重要性(受容器密度)を反映する不均一な地図であることを示す
- 味覚は5種の基本味に対応する受容メカニズムを持ち、嗅覚は約400種の受容体の組み合わせ的パターンにより多様な匂いを符号化する
- 前庭感覚(半規管・耳石器)は回転運動と直線加速度を検出し、固有受容覚(筋紡錘・ゴルジ腱器官)は身体位置と力を感知する
- 多感覚統合は空間的一致・時間的一致・逆効果性の三原理に従い、McGurk効果・ラバーハンド錯覚・腹話術効果などの現象を生む
- 上丘の多感覚ニューロンは超加算的応答を示し、皮質レベルでも一次感覚野を含む広範な領域で多感覚的相互作用が生じている
- 次のSection 5(知覚の理論的枠組み)では、個別の感覚処理と多感覚統合を通じて得られた知覚情報が、いかにして意味のある対象認識・シーン理解に至るかを、トップダウン処理・ボトムアップ処理の理論的枠組みから検討する
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 体性感覚 | somatosensation | 皮膚・筋・関節などからの感覚情報の総称(触覚・温度覚・痛覚・固有受容覚を含む) |
| 機械受容器 | mechanoreceptor | 機械的変形(圧力・振動・伸展)を神経信号に変換する受容器 |
| Meissner小体 | Meissner's corpuscle | 速順応・小受容野の機械受容器。軽い接触・微細な質感弁別を担う |
| Merkel細胞 | Merkel cell | 遅順応・小受容野の機械受容器。持続的圧力・形状・縁の検出を担う |
| Pacini小体 | Pacinian corpuscle | 速順応・大受容野の機械受容器。高周波振動の検出を担う |
| Ruffini終末 | Ruffini ending | 遅順応・大受容野の機械受容器。皮膚の伸展を検出する |
| 侵害受容 | nociception | 有害刺激を検出する感覚過程。痛みの主観的経験(pain)とは区別される |
| ゲートコントロール理論 | gate control theory | 脊髄後角での痛覚信号の調節機構に関する理論(Melzack & Wall, 1965) |
| ホムンクルス | homunculus | 一次体性感覚野における身体表面の地図的表象。機能的重要性に比例して歪む |
| 基本味 | basic tastes | 甘味・塩味・酸味・苦味・うま味の5種の味覚カテゴリー |
| 嗅覚受容体 | olfactory receptor | 約400種の受容体遺伝子ファミリー。組み合わせ符号で匂いを識別する |
| 風味 | flavor | 味覚・嗅覚・体性感覚の多感覚統合による総合的な食物の知覚 |
| 前庭器官 | vestibular apparatus | 半規管と耳石器から成り、回転運動と直線加速度を検出する内耳の器官 |
| 半規管 | semicircular canals | 3つの直交する管で角加速度(回転運動)を検出する |
| 耳石器 | otolith organs | 卵形嚢と球形嚢から成り、直線加速度と重力方向を検出する |
| 固有受容覚 | proprioception | 筋・腱・関節の受容器に基づく身体位置・運動・力の感覚 |
| 筋紡錘 | muscle spindle | 骨格筋内に分布し、筋の長さと伸張速度を検出する受容器 |
| ゴルジ腱器官 | Golgi tendon organ | 筋腱移行部に位置し、筋張力を検出する受容器 |
| 多感覚統合 | multisensory integration | 複数の感覚モダリティの情報を統合して一貫した知覚を生成する過程 |
| McGurk効果 | McGurk effect | 視覚的口唇運動が聴覚的音韻知覚を変容させる視聴覚相互作用現象 |
| ラバーハンド錯覚 | rubber hand illusion | 視覚・触覚の同期的刺激によりゴムの手を自分の手と感じる錯覚 |
| 腹話術効果 | ventriloquism effect | 音の定位が視覚刺激の位置に引き寄せられる現象 |
| 逆効果性の原理 | inverse effectiveness | 単一感覚の応答が弱いほど多感覚統合による増強が大きくなる原理 |
| 上丘 | superior colliculus | 中脳の層構造核。多感覚統合と定位反射に関与する |
確認問題¶
Q1: 皮膚の4種類の機械受容器(Meissner小体、Merkel細胞、Pacini小体、Ruffini終末)を、順応特性と受容野の大きさの2軸で分類し、それぞれの機能的役割を説明せよ。 A1: 4種の受容器は、順応特性(速順応/遅順応)と受容野の大きさ(小/大)の組み合わせで分類される。Meissner小体は速順応・小受容野で、軽い接触や滑りの検出に関与する。Merkel細胞は遅順応・小受容野で、持続的圧力や形状・縁の検出を担う。Pacini小体は速順応・大受容野で、高周波振動(200-300 Hz)を検出し、工具使用時の振動伝達にも寄与する。Ruffini終末は遅順応・大受容野で、皮膚の伸展を検出する。速順応型は刺激の変化に応答し動的触覚情報を提供し、遅順応型は持続的な刺激特徴を符号化する。受容野が小さい受容器は空間分解能が高く精密な触覚弁別に適し、大きい受容器は広い領域の刺激を検出する。
Q2: ゲートコントロール理論の基本的な機構を説明し、この理論がそれ以前の痛覚理解とどのように異なるかを述べよ。 A2: ゲートコントロール理論(Melzack & Wall, 1965)は、脊髄後角に痛覚信号の伝達を調節する「ゲート」が存在するとする。太い有髄線維(Aβ線維、触覚)の活動はゲートを閉じて痛覚信号(細いAδ・C線維からの入力)の脳への伝達を抑制し、ゲートが開くと痛覚信号が通過する。さらに、脳からの下行性抑制経路もゲートを調節する。それ以前の痛覚理解では、末梢の侵害受容器から脳への一方向的な信号伝達で痛みが決定されると考えられていた。ゲートコントロール理論は、痛みが脊髄・脳レベルで能動的に調節される過程であること、注意・情動・期待が痛みの経験を変容させうることを示し、痛覚研究のパラダイムを転換した。
Q3: 嗅覚における匂い物質の符号化が「集団符号化(組み合わせ符号化)」であると言われる理由を、嗅覚受容体の特性に基づいて説明せよ。 A3: ヒトには約400種類の嗅覚受容体が存在し、各嗅覚ニューロンは原則として1種類の受容体のみを発現する(one receptor-one neuron rule)。個々の匂い物質は複数の受容体を異なる強度で活性化し、その活性化パターンの組み合わせによって匂いが識別される。約400種の受容体の膨大な組み合わせにより、数千種類以上の匂い物質を弁別できる。これは特定の受容体が特定の匂いに1対1で対応するラベル付き回線方式ではなく、多数のニューロンの活動パターン全体が情報を担う集団符号化の典型例である。
Q4: 多感覚統合の三原理(空間的一致、時間的一致、逆効果性)を説明し、それぞれの原理を示す実験的証拠または日常的な例を挙げよ。 A4: (1) 空間的一致の原理: 異なるモダリティの刺激が同一の空間位置から生じるとき統合が促進される。上丘の多感覚ニューロンは、空間的に一致した視覚・聴覚刺激に対して超加算的応答を示すが、空間的に不一致な場合は抑制的になる。(2) 時間的一致の原理: 異なるモダリティの刺激が時間的に近接するとき統合が促進される。映像と音声のずれが大きいと腹話術効果は消失し、McGurk効果も視覚と聴覚の同期がずれると減弱する。(3) 逆効果性の原理: 単一モダリティの応答が弱いほど、他モダリティの付加による増強効果が大きい。例えば、雑音の多い環境(聴覚情報が劣化)では話者の口元の視覚情報による音声了解度の改善が特に顕著であり、静寂な環境では視覚情報の寄与は相対的に小さい。
Q5: ラバーハンド錯覚の実験手続きと結果を説明し、この錯覚が身体所有感(body ownership)に関して何を示唆するかを述べよ。 A5: Botvinick と Cohen(1998)の実験では、被験者の本物の手を衝立で隠し、代わりにゴム製の手を見える位置に置く。実験者が本物の手とゴムの手を筆で同期的に撫でると、約1-2分後に被験者はゴムの手を自分の手であるように感じ始め(所有感の転移)、ゴムの手に向かって自分の手の位置を誤知覚する(固有受容覚のドリフト)。非同期的に撫でた場合にはこの錯覚は生じない。この結果は、身体所有感が固定的な感覚ではなく、視覚・触覚・固有受容覚の時間的・空間的に一致した情報の統合によって動的に構成・更新されることを示す。身体表象は多感覚的な推論過程の産物であり、一致した感覚入力があれば人工物にまで拡張されうるという重要な示唆を提供する。