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Module 1-3 - Section 3: 学習の認知的理論

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-3: 学習・記憶の心理学
前提セクション Section 1(古典的条件づけ), Section 2(オペラント条件づけ)
想定学習時間 3.5時間

導入

Section 1およびSection 2では、古典的条件づけとオペラント条件づけという連合学習(associative learning)の二大パラダイムを検討した。古典的条件づけは刺激間(S-S)の連合による不随意的反応の獲得を、オペラント条件づけは行動とその結果(R-S)の随伴関係による随意的行動の変容を扱うものであった。いずれも外部から観察可能な刺激と反応の関係に焦点を当てる行動主義的枠組みに基づいている。

しかし、20世紀中葉以降、この刺激-反応(S-R)の枠組みでは説明が困難な学習現象が次々と報告された。強化なしでも学習が生じること(潜在学習)、直接経験なしに他者の行動を観察するだけで新たな行動が獲得されること(観察学習)、統制不可能な経験が将来の学習を阻害すること(学習性無力感)、意識を伴わずに環境の規則性が獲得されること(暗黙の学習)――これらの現象は、学習過程における認知的表象・期待・帰属といった内的過程の役割を浮き彫りにした。本セクションでは、行動主義から認知心理学への転換(認知革命; cognitive revolution)を準備した主要な理論と実証研究を概観する。


潜在学習と認知地図(Tolman)

S-R学習からS-S学習へ

Key Concept: 潜在学習(latent learning) 外部からの明示的な強化がなくても生じる学習であり、行動の遂行には直ちに反映されないが、適切な動機づけが与えられたときに初めて行動として顕在化する。Edward Chace Tolmanが1930年代に提唱・実証した概念であり、学習と遂行(performance)の区別を要請する。

エドワード・チェイス・トールマン(Edward Chace Tolman, 1886-1959)は、行動主義の方法論を用いながらも、行動の目的性と認知的表象の存在を主張した「目的的行動主義(purposive behaviorism)」の立場をとった。Tolmanの理論は、当時の主流であったClark Leonard Hullの動因低減理論(drive reduction theory)やSkinnerの徹底的行動主義と鋭く対立するものであった。

Tolmanの迷路実験

Tolman & Honzik(1930)は、ラットの迷路学習を用いて潜在学習の存在を実験的に示した。実験の基本デザインは以下の通りである。

  • 群1(常時強化群): ゴール地点で毎回食物報酬を受ける
  • 群2(無強化群): 迷路を自由に探索するが、食物報酬は一切与えられない
  • 群3(遅延強化群): 最初の10日間は報酬なしで迷路を探索し、11日目から食物報酬を導入する

群1はエラー数(誤った通路への進入)が試行とともに漸減する通常の学習曲線を示した。群2はエラー数がほとんど減少しなかった。注目すべきは群3の結果である。11日目に報酬が導入されると、群3のエラー数は翌日には劇的に減少し、群1の水準に急速に追いついた。

graph LR
    subgraph "Tolman & Honzik 1930 の実験結果"
        A["1-10日目<br/>群3: 報酬なし<br/>エラー数は高いまま"] -->|"11日目: 報酬導入"| B["12日目以降<br/>群3: エラー数が急減<br/>群1の水準に到達"]
    end

この結果は、群3のラットが報酬なしの10日間にも迷路の空間構造を学習していたことを示す。強化が存在しない期間にも学習は生じていたが、行動として顕在化する動機づけがなかったために遂行に反映されなかったのである。報酬の導入により動機づけが生じ、すでに獲得されていた知識が行動に転化した。

この知見は行動主義の基本テーゼに対する2つの重要な挑戦を含む。第一に、学習は強化の不在下でも生じうる。第二に、学習(知識の獲得)と遂行(行動の発現)は区別されなければならない。

認知地図

Key Concept: 認知地図(cognitive map) Tolman(1948)が提唱した概念。有機体が環境の空間的配置について内的に構成する表象であり、単なるS-R連鎖の蓄積ではなく、環境の全体的構造に関する知識を含む。有機体はこの認知地図を用いて柔軟に経路を選択し、新奇な近道や迂回路を利用できる。

Tolmanは、ラットが迷路内で形成しているのは特定の転回反応の連鎖(S-R連合)ではなく、迷路全体の空間的配置に関する内的表象であると主張した。この主張を支持する主要な証拠は以下の通りである。

  • 場所学習 vs 反応学習: Tolman, Ritchie & Kalish(1946)は、T字型迷路で場所学習(特定の場所に行く)と反応学習(特定の方向に曲がる)を比較し、場所学習のほうが速やかに獲得されることを示した
  • 近道行動: 迷路の構造を変更し、以前は存在しなかった近道を利用可能にすると、ラットは新しい経路を即座に選択した。これはS-R連鎖の理論では説明が困難である
  • 迂回行動: 学習済みの経路が遮断された場合、ラットは代替経路を選択して目的地に到達した

Key Concept: S-S学習(stimulus-stimulus learning) Tolmanが提唱した学習の捉え方。学習とは刺激と反応の直接的な結合(S-R学習)ではなく、刺激と刺激の関係(S-S)に関する期待・知識の形成である。有機体は「どの刺激がどの刺激に先行するか」「どの場所がどの場所に隣接するか」といった環境の構造を学習する。

graph TD
    subgraph "S-R理論(Hull, Skinner)"
        A1["刺激 S"] -->|"直接的結合"| B1["反応 R"]
        B1 -->|"強化により結合強化"| A1
    end
    subgraph "S-S理論(Tolman)"
        A2["刺激 S1"] -->|"期待・認知地図の形成"| B2["刺激 S2"]
        B2 -->|"動機づけ"| C2["行動の選択"]
    end

Tolmanの研究は、行動主義全盛の時代に認知的概念を学習理論に導入した先駆的業績であり、1950年代以降の認知革命を理論的に準備した。ただし、認知地図が具体的にどのような神経メカニズムによって実現されるかについてTolman自身は明示しなかった。この問いは後年、John O'Keefeらによる海馬の場所細胞(place cell)の発見(1971)によって神経科学的基盤を得ることになる(→ Module 1-3, Section 4「記憶の神経基盤」参照)。


観察学習とモデリング(Bandura)

ボボ人形実験

Key Concept: 観察学習(observational learning) 他者(モデル)の行動とその結果を観察することにより、観察者自身が直接経験(試行錯誤や直接強化)なしに新たな行動パターンを獲得する学習過程。Albert Bandura(1925-2021)が社会的学習理論の中核概念として体系化した。

アルバート・バンデューラ(Albert Bandura, 1925-2021)は、スタンフォード大学での一連の実験を通じて、学習が直接的な強化なしに他者の行動の観察のみによっても生じることを実証した。

最も著名な実験がボボ人形実験(Bobo doll experiment; Bandura, Ross & Ross, 1961, 1963)である。実験の概要は以下の通りである。

  • 参加者: 幼児(3-6歳)
  • 実験群: 大人のモデルがボボ人形(空気で膨らませた起き上がりこぼし型の人形)に対して殴る、蹴る、木槌で叩くなどの攻撃的行動を行う場面を観察する
  • 統制群: 攻撃的行動を観察しない
  • 測定: その後、フラストレーションを誘発する操作(魅力的な玩具を取り上げる)の後にボボ人形のある部屋に入れ、攻撃行動を観察する

結果として、攻撃モデルを観察した群は、統制群と比較して有意に多くの攻撃行動を示した。さらに注目すべき点として、子どもたちはモデルが行った特定の攻撃行動をかなり正確に模倣しただけでなく、モデルが行わなかった新しい攻撃行動も示した。これは、単なる行動の模写(copying)ではなく、攻撃行動の一般的なカテゴリーが学習されたことを示唆する。

観察学習の4過程

Bandura(1977, 1986)は、観察学習が成立するために必要な4つの下位過程を定式化した。

graph LR
    A["注意過程<br/>Attention"] --> B["保持過程<br/>Retention"]
    B --> C["運動再生過程<br/>Motor Reproduction"]
    C --> D["動機づけ過程<br/>Motivation"]
    D -->|"遂行"| E["行動の実行"]
  1. 注意過程(attentional process): モデルの行動の関連特徴を選択的に知覚・注意する過程。モデルの魅力、地位、有能さ、行動の顕著性などが注意の配分に影響する
  2. 保持過程(retention process): 観察した行動を記憶に符号化し、象徴的な形式(言語的符号化や視覚的イメージ)で保持する過程。認知的リハーサルが保持を促進する
  3. 運動再生過程(motor reproduction process): 保持された象徴的表象を実際の行動に変換する過程。観察者の身体的能力や運動スキルの水準が制約要因となる
  4. 動機づけ過程(motivational process): 獲得した行動を実際に遂行するかどうかを決定する過程。直接強化、代理強化、自己強化が動機づけに影響する

この4過程モデルは、学習と遂行の区別を明確にしている。注意過程と保持過程は「学習」(行動の獲得)に関わり、運動再生過程と動機づけ過程は「遂行」(行動の発現)に関わる。Tolmanの潜在学習と同様に、学習が生じても適切な動機づけがなければ行動には現れない。

代理強化

Key Concept: 代理強化(vicarious reinforcement) モデルの行動が強化される(報酬を受ける)場面を観察すると、観察者自身がその行動を模倣する傾向が高まる現象。逆に、モデルが罰を受ける場面を観察すると、観察者の模倣行動は減少する(代理罰; vicarious punishment)。観察者は自らの直接経験なしに、行動の結果についての期待を形成する。

Bandura(1965)は、ボボ人形実験の変形において、攻撃モデルが報酬を受ける条件、罰を受ける条件、結果が示されない条件を比較した。結果として、モデルが罰を受ける条件では子どもの自発的な攻撃行動は減少した。しかし、「やってみせたら報酬をあげる」というインセンティブを提示すると、3条件間の遂行差はほぼ消失した。これは、罰条件の子どもも攻撃行動を「学習」してはいたが、代理罰の影響で「遂行」を抑制していたことを意味する。

自己効力感

Key Concept: 自己効力感(self-efficacy) Bandura(1977)が提唱した概念。特定の課題を遂行するために必要な行動を組織し実行する自己の能力に対する信念。自己効力感は、行動の選択、努力の持続、困難に直面した際の忍耐力に影響する。結果期待(outcome expectancy)とは区別される。

自己効力感は以下の4つの情報源から形成される。

情報源 説明 影響力
遂行達成経験(mastery experience) 自らの成功体験 最も強い
代理経験(vicarious experience) 類似した他者の成功の観察 中程度
言語的説得(verbal persuasion) 他者からの励まし・説得 比較的弱い
生理的・感情的状態(physiological/emotional state) 不安・覚醒の知覚 状況依存的

社会的学習理論から社会的認知理論へ

Bandura(1986)は、社会的学習理論(social learning theory)を発展させて社会的認知理論(social cognitive theory)と改称した。この転換は、認知過程の役割をより明確に理論の中心に据えることを意図したものである。社会的認知理論の中核概念は相互決定論(reciprocal determinism)であり、行動(behavior)、個人的要因(認知・感情; personal factors)、環境(environment)の三者が相互に影響し合うという立場をとる。行動主義が環境から行動への一方向的因果を想定したのに対し、Banduraは個人が環境を能動的に選択・変容する主体性(agency)を強調した。


学習性無力感(Seligman)

電撃実験

Key Concept: 学習性無力感(learned helplessness) Martin Elias Peter Seligman & Steven F. Maier(1967)が報告した現象。統制不可能な嫌悪的事象(回避も逃避もできない電撃など)に繰り返し曝された有機体が、その後、嫌悪事象の回避・逃避が客観的に可能な状況においてもそれらの行動を学習しなくなる現象。

マーティン・セリグマン(Martin Elias Peter Seligman, 1942-)とスティーヴン・マイアー(Steven F. Maier)は、イヌを用いた二段階実験でこの現象を報告した。

Phase 1(前処理段階): - 統制可能群: イヌはパネルを押すことで電撃を停止できる - 統制不可能群: 統制可能群のイヌと同じ強度・持続時間の電撃を受けるが、自らの行動では電撃を制御できない(ヨーク統制; yoked control) - 統制群: 電撃を受けない

Phase 2(テスト段階): すべてのイヌをシャトルボックス(中央に仕切りのある2部屋の装置)に入れ、信号音の後に床面から電撃が与えられる。仕切りを飛び越えれば電撃を回避できる。

結果として、統制可能群と統制群のイヌは速やかに回避反応を学習したが、統制不可能群のイヌの約3分の2は回避反応を学習できなかった。電撃が与えられても床に伏せたままで受動的に耐え、逃避や回避の試みを行わなかった。

この結果の核心は、Phase 1で客観的に同一の嫌悪刺激(電撃)を経験した2群のうち、統制可能性の有無だけが異なることである。電撃の経験そのものではなく、「自分の行動では事態を統制できない」という学習が、後続の学習を阻害したのである。

graph TD
    subgraph "学習性無力感の実験パラダイム"
        A["Phase 1: 統制不可能な電撃"] --> B["反応-結果の非随伴性の学習<br/>(何をしても結果が変わらない)"]
        B --> C["Phase 2: 回避可能な場面"]
        C --> D["動機づけ欠如: 回避行動を開始しない"]
        C --> E["認知的欠如: 成功しても反応-結果の随伴性を学習しない"]
        C --> F["情動的欠如: 抑うつ・不安の増大"]
    end

帰属理論との統合

Seligmanの学習性無力感理論は、当初は動物実験に基づくものであったが、ヒトへの拡張において重要な修正が加えられた。Lyn Y. Abramson, Seligman & John D. Teasdale(1978)は、帰属理論(attribution theory)を統合した改訂版学習性無力感モデルを提唱した。

改訂モデルでは、統制不可能な事象を経験した個人がどのような原因帰属(causal attribution)を行うかによって、無力感の性質と範囲が異なると主張された。帰属の次元は以下の3つである。

帰属次元 内容 無力感への影響
内在性-外在性(internal-external) 原因が自分にあるか状況にあるか 内在的帰属は自尊心の低下を伴う
安定性-不安定性(stable-unstable) 原因が持続的か一時的か 安定的帰属は無力感の持続性を増す
全体性-特殊性(global-specific) 原因が広範な状況に及ぶか特定の状況に限られるか 全体的帰属は無力感の般化を促進する

最も重篤な無力感は、失敗を内在的・安定的・全体的に帰属する場合に生じる(例:「自分は能力がないから、何をやってもいつもだめだ」)。この帰属スタイルは抑うつ的帰属スタイル(depressive attributional style)と呼ばれ、うつ病の認知的脆弱性要因として位置づけられた。

うつ病モデルとしての意義

学習性無力感とうつ病の症状には顕著な類似性がある。

  • 動機づけ欠如: うつ病患者に見られる意欲低下・行動の減少
  • 認知的欠如: 否定的な認知パターン、成功体験を学習できない傾向
  • 情動的障害: 悲哀感、不安、絶望感
  • 神経生物学的類似性: セロトニン系の関与、視床下部-下垂体-副腎皮質(HPA)軸の活性化

学習性無力感モデルは、Aaron T. Beckの認知療法(cognitive therapy)やうつ病の認知理論と相補的な位置にあり、うつ病の理解と治療に大きな影響を与えた。

ポジティブ心理学への展開

Seligmanは1990年代以降、学習性無力感の研究から得た知見を反転させ、楽観性(optimism)と心理的レジリエンス(resilience)の研究へと発展させた。Seligman(1991)は、楽観的帰属スタイル(外在的・不安定的・特殊的帰属)が抑うつに対する防御因子として機能することを示した。1998年にアメリカ心理学会(APA)会長に就任したSeligmanは、ポジティブ心理学(positive psychology)を提唱し、人間の強みと美徳の科学的研究を推進した。学習性無力感から楽観性へという研究の軌跡は、病理の解明から適応的機能の促進へという心理学の関心の拡大を象徴している。


暗黙の学習(implicit learning)

人工文法学習課題

Key Concept: 暗黙の学習(implicit learning) Arthur S. Reber(1967)が導入した概念。環境の規則性や構造的パターンが、その規則を意識的に言語化できない状態で獲得される学習過程。学習者が「何を学んだか」を明示的に報告できないにもかかわらず、行動レベルでは規則に従った反応が観察される。

アーサー・リーバー(Arthur S. Reber, 1937-2016)は、人工文法学習課題(artificial grammar learning task)を用いて暗黙の学習を実験的に示した。

実験の手続きは以下の通りである。参加者に有限状態文法(finite-state grammar)から生成された文字列(例: MXRVXT, VXTRM)を提示し、「記憶してください」と教示する。文法の規則自体については一切の説明を行わない。学習フェーズの後、テストフェーズにおいて新しい文字列が当該文法に適合するかどうかの判断を求めると、参加者は偶然の水準(50%)を有意に上回る正答率(通常60-70%程度)を示した。しかし、判断の根拠を尋ねると、文法の規則を明示的に言語化することはできなかった。

この結果は、参加者が文法の規則性を意識的な認知を伴わずに獲得したことを示唆する。

暗黙の学習の特徴

暗黙の学習は以下の特徴を持つとされる。

  1. 堅固性(robustness): IQ、年齢、精神疾患などの個人差要因に対して比較的頑健であり、顕在的学習ほどこれらの要因の影響を受けない
  2. 抽象性(abstractness): 表面的な刺激特徴ではなく、より抽象的な構造的規則性が獲得される
  3. 無意識性(unconsciousness): 獲得された知識は主として意識の外にあり、明示的な言語報告が困難である
  4. 年齢非依存性: 暗黙の学習の能力は加齢による衰退が小さく、子どもと大人で類似した水準を示す

ただし、これらの特徴については議論が続いている。特に「意識性」の操作的定義と測定方法について、暗黙の学習の研究ではメタ認知的判断と直接的知覚の区別が問題となる。

系列反応時間課題

Key Concept: 系列反応時間課題(serial reaction time task; SRT task) Mary Jo Nissen & Peter Bullemer(1987)が開発した暗黙の学習の実験パラダイム。画面上の4つの位置のいずれかに刺激が出現し、参加者は対応するキーをできるだけ速く押す。刺激の出現位置にはあらかじめ定められた系列パターンが埋め込まれている。

SRT課題では、参加者は刺激の出現位置に反復パターンがあることに気づかないが、練習に伴い反応時間は漸進的に短縮する。パターンをランダム配列に置き換えると反応時間は急激に増加し、パターン配列に戻すと再び短縮する。このパターン配列とランダム配列の反応時間差が暗黙の系列学習の指標となる。

SRT課題を用いた研究は、暗黙の学習が宣言的記憶システムとは独立した手続き的記憶システムに依存することを示唆している。健忘症患者はSRT課題で正常な暗黙の系列学習を示す一方で、学習した系列パターンの明示的な再認は困難である(→ Module 1-3, Section 4「記憶の神経基盤」参照)。

暗黙の学習と顕在的学習の二重解離

暗黙の学習と顕在的学習(explicit learning)が独立した認知システムに依存するという主張は、二重解離(double dissociation)の証拠によって支持されている。

暗黙の学習 顕在的学習
健忘症患者 正常に保持される 著しく障害される
注意資源の分割(二重課題) 比較的影響を受けにくい 顕著に阻害される
加齢の影響 比較的小さい 顕著な低下
IQとの相関 低い 中〜高程度

この二重解離は、学習が単一の汎用的メカニズムではなく、少なくとも2つの質的に異なるシステムによって担われていることを示唆する。この知見は、記憶の多重システム理論(→ Module 1-3, Section 4参照)との理論的整合性を持つ。


まとめ

  • Tolmanの潜在学習の実験は、強化なしでも学習が生じること、および学習と遂行は区別されるべきであることを実証した。認知地図の概念は、学習を内的表象の形成として捉えるS-S学習理論を提示し、行動主義のS-R学習理論に対する認知的代替案を提供した。
  • Banduraの観察学習理論は、直接経験なしに他者の行動の観察のみで新たな行動が獲得されることを示し、学習過程を注意・保持・運動再生・動機づけの4過程に分解した。代理強化の概念と自己効力感の理論は、社会的学習理論から社会的認知理論への発展を導いた。
  • Seligmanの学習性無力感は、統制不可能性の知覚が動機づけ・認知・情動に広範な障害をもたらすことを示した。帰属理論との統合により、うつ病の認知的脆弱性モデルが構築され、さらにポジティブ心理学の基盤ともなった。
  • Reberの暗黙の学習研究は、意識を伴わない規則性の獲得が存在することを実証し、顕在的学習との二重解離によって学習の多重システムの存在を示唆した。
  • これらの認知的学習理論は、行動主義のS-R枠組みの限界を明示し、認知革命への理論的基盤を形成した。次のSection 4「記憶の神経基盤」では、ここで扱った学習過程がどのような神経メカニズムによって実現されるかを検討する。特に、暗黙の学習と顕在的学習の二重解離を支える記憶の多重システム理論、および認知地図を支える海馬の機能が中心的テーマとなる。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
潜在学習 latent learning 強化なしに生じ、適切な動機づけが与えられるまで行動に顕在化しない学習
認知地図 cognitive map 環境の空間的配置について内的に構成される表象(Tolman, 1948)
S-S学習 stimulus-stimulus learning 刺激間の関係に関する期待・知識の形成としての学習の捉え方
観察学習 observational learning 他者の行動の観察により新たな行動パターンを獲得する学習過程
代理強化 vicarious reinforcement モデルが強化を受ける場面を観察し、観察者の模倣傾向が高まる現象
自己効力感 self-efficacy 特定の課題を遂行する自己の能力に対する信念(Bandura, 1977)
社会的認知理論 social cognitive theory 行動・個人的要因・環境の三者間の相互決定を重視する理論(Bandura, 1986)
相互決定論 reciprocal determinism 行動・個人的要因・環境が相互に影響し合うという立場
学習性無力感 learned helplessness 統制不可能な経験により後続の学習が阻害される現象(Seligman & Maier, 1967)
抑うつ的帰属スタイル depressive attributional style 失敗を内在的・安定的・全体的に帰属する傾向
暗黙の学習 implicit learning 意識的な認知を伴わずに環境の規則性が獲得される学習過程(Reber, 1967)
系列反応時間課題 serial reaction time task 刺激の系列パターンの暗黙の学習を測定する実験パラダイム
人工文法学習 artificial grammar learning 有限状態文法から生成された文字列の規則性を暗黙に学習する課題
二重解離 double dissociation 2つの機能が独立したシステムに依存することを示す神経心理学的証拠

確認問題

Q1: Tolman & Honzik(1930)の迷路実験において、遅延強化群の結果は行動主義的学習理論のどのような前提に挑戦するか。「学習と遂行の区別」という概念を用いて説明せよ。

A1: 行動主義的学習理論は、学習が強化(報酬や罰)に依存して成立すると仮定している。Tolman & Honzikの実験では、遅延強化群のラットは最初の10日間、報酬なしで迷路を探索し、この期間中はエラー数の目立った減少を示さなかった。しかし、11日目に報酬が導入されると、翌日にはエラー数が劇的に減少し、常時強化群の水準に急速に追いついた。この急激な遂行改善は、ラットが報酬なしの期間中にも迷路の空間構造を学習していたことを示す。つまり、学習(迷路構造に関する認知地図の形成)は報酬なしでも生じていたが、遂行(効率的な走行行動)に反映される動機づけがなかった。この結果は、学習と遂行を区別する必要性を示すとともに、「学習には強化が不可欠である」という行動主義の基本前提に直接的な反証を提供する。

Q2: Banduraの観察学習理論における4つの下位過程を挙げ、それぞれの過程が学習と遂行のどちらに関わるかを説明せよ。また、代理罰条件で攻撃行動の自発的遂行は減少するが、インセンティブ条件で回復するという実験結果は、この4過程モデルのどの側面を支持するか。

A2: 4つの下位過程は、注意過程、保持過程、運動再生過程、動機づけ過程である。注意過程(モデルの行動への選択的注意)と保持過程(観察内容の記憶符号化・保持)は「学習」(行動の獲得)に関わる。運動再生過程(象徴的表象の行動への変換)と動機づけ過程(獲得した行動を実際に遂行するかの決定)は「遂行」(行動の発現)に関わる。代理罰条件の子どもは攻撃行動の自発的遂行は抑制されたが、インセンティブを提示すると他の条件と同程度に攻撃行動を遂行できた。これは、代理罰条件でも注意過程と保持過程は正常に機能し、攻撃行動は「学習」されていたが、動機づけ過程のレベルで遂行が抑制されていたことを示す。すなわち、学習と遂行の区別を明確にする動機づけ過程の重要性を支持する証拠である。

Q3: Seligmanの学習性無力感実験において、統制不可能群と統制可能群はPhase 1で物理的に同一の電撃を経験するにもかかわらず、Phase 2の学習に差異が生じるのはなぜか。帰属理論による改訂モデルの観点も含めて論じよ。

A3: 統制不可能群と統制可能群が物理的に同一の電撃を経験するにもかかわらず異なる結果を示すのは、嫌悪刺激そのものではなく、反応と結果の随伴性(統制可能性)の有無が学習の本質的な要因だからである。統制不可能群は「自分の行動と電撃の停止の間に随伴関係がない」ことを学習し、この「反応-結果の非随伴性」の期待が新たな場面に般化して、回避行動の動機づけ欠如と随伴性の認知的学習の障害をもたらす。Abramson, Seligman & Teasdaleの改訂モデルでは、ヒトの場合、統制不可能な経験に対する原因帰属の仕方が無力感の性質を規定する。内在的帰属(自分に原因がある)は自尊心の低下を、安定的帰属(原因が持続的である)は無力感の慢性化を、全体的帰属(原因が広範な場面に及ぶ)は無力感の般化をもたらす。これら3次元すべてにおいて否定的な帰属を行う「抑うつ的帰属スタイル」がうつ病の認知的脆弱性要因として機能する。

Q4: 暗黙の学習と顕在的学習が異なる認知システムに依存するという主張を支持する証拠を、二重解離の概念を用いて説明せよ。

A4: 二重解離とは、条件Aが課題Xを障害するが課題Yを障害しない一方で、条件Bが課題Yを障害するが課題Xを障害しないという関係である。暗黙の学習と顕在的学習の場合、以下の二重解離が報告されている。健忘症患者(側頭葉内側面の損傷)は、SRT課題での暗黙の系列学習は正常に遂行できるが、学習した系列の明示的な再認や言語報告は困難である。すなわち、健忘症は顕在的学習を選択的に障害する。一方、注意資源の分割(二重課題条件)は顕在的学習を顕著に阻害するが、暗黙の学習への影響は比較的小さい。また加齢は顕在的学習を顕著に低下させるが、暗黙の学習への影響は限定的である。これらの二重解離パターンは、暗黙の学習と顕在的学習が質的に異なるシステムに依存しており、単一の汎用的学習メカニズムでは説明できないことを示唆する。この知見は記憶の多重システム理論とも整合的である。

Q5: 本セクションで扱った4つの理論(潜在学習、観察学習、学習性無力感、暗黙の学習)に共通する、行動主義的S-R学習理論への批判点を整理し、これらが認知革命にどのように寄与したかを論じよ。

A5: 4つの理論に共通する行動主義的S-R学習理論への批判点は以下の通りである。第一に、学習には必ずしも外部からの直接的強化を要しないという点である。潜在学習は強化なしの学習を、観察学習は直接経験なしの学習を、暗黙の学習は意識的意図なしの学習を示した。第二に、学習を外部から観察可能な行動の変容としてのみ捉えることは不十分であるという点である。潜在学習と観察学習は学習と遂行の区別を要請し、暗黙の学習は意識的報告と行動指標の乖離を示した。第三に、学習の過程には内的な認知的表象や期待が関与するという点である。認知地図(Tolman)、象徴的符号化(Bandura)、統制可能性の知覚と帰属(Seligman)、無意識的な規則抽出(Reber)はいずれも、刺激と反応の直接的結合では捉えきれない内的過程の存在を示す。これらの理論は、行動主義の方法論的厳密さを保ちながらも認知的概念の必要性を実証的に示すことで、1950-60年代の認知革命の理論的基盤を形成した。特にTolmanの研究は時代的に先行し、認知心理学の先駆として位置づけられる。Banduraの社会的認知理論は個人の能動的な主体性を強調し、Seligmanの学習性無力感は認知的脆弱性の概念を通じて臨床心理学に認知的アプローチを導入する契機となった。