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Module 1-4 - Section 2: 自己と社会的アイデンティティ

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-4: 社会心理学
前提セクション Section 1(社会的認知)
想定学習時間 3.5時間

導入

Section 1では、他者の行動を知覚・解釈し原因を推論する社会的認知のプロセスを検討した。そこで登場した自己スキーマ(self-schema)や自己奉仕バイアス(self-serving bias)は、社会的認知の対象が「他者」だけでなく「自己」にも向けられることを示していた。本セクションでは、この「自己」に焦点を移し、自己概念の構造、自尊感情の機能、社会的比較のプロセス、そして社会的アイデンティティの形成メカニズムを検討する。

自己に関する心理学的研究は、William James(1890)が『心理学原理』で「知る主体としての自己(I)」と「知られる対象としての自己(Me)」を区別したことに端を発する。現代の社会心理学では、自己は固定的な実体ではなく、社会的文脈の中で動的に構成される認知構造として理解されている。


自己概念と自己スキーマ

自己概念の定義と構造

Key Concept: 自己概念(self-concept) 自分自身に関する信念や知識の総体。「自分はどのような人間か」についての認知的表象であり、属性、能力、社会的役割、価値観などの多次元的な要素から構成される。

自己概念は単一の統一的イメージではなく、複数の領域にわたる自己知識の集合体である。学業的自己概念(「数学が得意だ」)、社会的自己概念(「友人関係を築くのがうまい」)、身体的自己概念(「スポーツは苦手だ」)など、領域ごとに異なる自己評価が存在する。Herbert Marsh(1990)の自己概念の多次元モデルは、こうした領域特異的な自己評価が階層構造をなし、その頂点に全般的な自己概念が位置するとする。

Markusの自己スキーマ

Key Concept: 自己スキーマ(self-schema) 自己に関する特定の領域について高度に組織化された知識構造。その領域の情報処理を効率化し、関連する情報への注意、符号化、記憶を促進する。Hazel Markus(1977)が提唱した。

Hazel Markus(1977)は、Section 1で扱ったスキーマの概念を自己に適用し、自己スキーマの概念を提唱した。自己スキーマとは、過去の経験から構築された、自己に関する特定領域の認知的一般化である。

Markusの実験では、自分を「独立的」と強く認識する参加者(独立性スキーマ保有者)は、独立性に関連する形容詞が自分に当てはまるかどうかの判断を迅速に行い、独立的な行動の過去のエピソードを多く想起でき、将来の独立的行動を予測できた。一方、自分を「依存的」とも「独立的」とも強く認識しない参加者(非スキーマ者)はこれらの課題でスキーマ保有者ほどの効率性を示さなかった。

自己スキーマの重要な特徴は以下の通りである。

  • 領域特異性: すべての領域にスキーマを持つのではなく、個人にとって重要な次元についてのみスキーマが形成される
  • 情報処理の効率化: スキーマが存在する領域では、関連情報の処理が迅速かつ自信をもって行われる
  • 行動予測: 自己スキーマはその領域における将来の行動の予測と計画を可能にする

可能自己

Key Concept: 可能自己(possible selves) 将来自分がなりうる姿についての認知的表象。「なりたい自己(hoped-for selves)」と「なりたくない自己(feared selves)」を含み、動機づけと自己制御の機能を担う。Hazel Markus & Paula Nurius(1986)が提唱した。

Markus & Paula Nurius(1986)は、自己概念が現在の自己認知だけでなく、将来の可能な自己についての表象をも含むことを提唱した。可能自己には「成功した研究者になった自分」のような理想的自己と、「孤独で失業した自分」のような回避したい自己がある。

可能自己の心理的機能は主に2つある。第一に、目標への動機づけを提供する。なりたい自己の具体的なイメージは行動の方向性を与え、なりたくない自己のイメージは回避動機として機能する。Daphna Oyserman, Deborah Bybee, & Kathy Terry(2006)の介入研究では、低所得地域の青少年に学業的な可能自己を具体化させるプログラムが学業成績の向上に寄与することが示された。第二に、自己評価の基準を提供する。現在の自己と可能自己との距離が自己評価に影響する。

自己の文化的差異

Key Concept: 相互独立的自己(independent self-construal)/ 相互協調的自己(interdependent self-construal) 自己を他者から独立した存在として構成するか、他者との関係の中で構成するかという自己解釈の文化的差異。Hazel Markus & Shinobu Kitayama(1991)が提唱した。

Markus & Shinobu Kitayama(1991)は、自己の捉え方に文化間で体系的な差異があることを理論化した。

graph LR
    subgraph "相互独立的自己"
        S1["自己"]
        F1["友人"] -.-> S1
        FA1["家族"] -.-> S1
        C1["同僚"] -.-> S1
    end
    subgraph "相互協調的自己"
        S2["自己"]
        F2["友人"] --- S2
        FA2["家族"] --- S2
        C2["同僚"] --- S2
    end
次元 相互独立的自己 相互協調的自己
自己の境界 明確で安定的 流動的で関係依存的
自己の構成要素 内的属性(能力、信念、感情) 社会的関係、役割、地位
重視される課題 独自性の表現、自己主張 調和の維持、適切な役割遂行
自尊感情の源泉 個人的達成、自己表現 所属集団への貢献、関係の維持
典型的な文化 北米、西欧 東アジア、ラテンアメリカ

この理論は広く引用されているが、いくつかの重要な留意点がある。第一に、個人主義-集団主義の文化差は連続的であり、同一文化内でも個人差が大きい。第二に、同一個人の中でも状況により独立的・協調的いずれの自己構成も活性化されうる。第三に、「西洋=独立的、東洋=協調的」という単純な二分法に対する批判もあり、Vignoles et al.(2016)の33か国調査では文化差のパターンがより複雑であることが示されている。


自尊感情の理論

自尊感情の定義と測定

Key Concept: 自尊感情(self-esteem) 自分自身に対する全般的な評価。自己概念の感情的・評価的側面であり、自己価値の感覚を含む。

自尊感情は自己概念の評価的次元であり、「自分に価値がある」という感覚の程度を指す。最も広く使用される測定尺度がMorris Rosenberg(1965)のRosenberg自尊感情尺度(Rosenberg Self-Esteem Scale: RSES)である。RSESは「全体として自分に満足している」「自分にはよいところがたくさんあると思う」などの10項目からなる自己報告式尺度であり、全般的自尊感情(global self-esteem)を測定する。

自尊感情には特性的自尊感情(trait self-esteem: 比較的安定した個人差)と状態的自尊感情(state self-esteem: 状況や経験に応じて変動する一時的な自己評価)の区別がある。日常の出来事(試験の成功、社会的拒絶など)は状態的自尊感情を変動させるが、特性的自尊感情は長期にわたり比較的安定している。

ソシオメーター理論

Key Concept: ソシオメーター理論(sociometer theory) 自尊感情は社会的受容と排斥の程度を監視する心理的指標(ソシオメーター)として機能するという理論。自尊感情の低下は所属への脅威を知らせる警報シグナルである。Mark Leary & Roy Baumeister(2000)が提唱した。

Mark Leary & Roy Baumeister(2000)は、自尊感情の進化的機能について新たな見解を提示した。ソシオメーター理論では、自尊感情は「気分をよくするための自己評価」ではなく、所属(belongingness)の状態を監視し、社会的排斥のリスクを検知するための適応的装置であるとする。

この理論の論理は以下の通りである。人間は集団生活に依存する社会的種であり、集団からの排斥は生存と繁殖にとって深刻な脅威であった。そのため、自分が集団に受け入れられているか否かを常時監視するシステムが進化的に有利であった。自尊感情はこの監視システム(ソシオメーター)の主観的出力であり、社会的受容が脅かされると自尊感情が低下して注意を喚起し、修復行動を動機づける。

Learyらの実験では、社会的排斥の操作(集団から除外される、他者に拒絶される)が自尊感情を低下させること、また自尊感情の変動が所属の指標(他者から好かれていると思う程度)と強く相関することが繰り返し示されている。

自己確認理論

Key Concept: 自己確認理論(self-verification theory) 人は自己概念と一致するフィードバックを求め、自己像の一貫性と予測可能性を維持しようとするという理論。自尊感情が低い人でさえ、否定的な自己概念を確認するフィードバックを選好する場合がある。William Swann(1983)が提唱した。

William Swann(1983)の自己確認理論は、自尊感情の向上という動機だけでは人の行動を説明できないことを示した。この理論によれば、人には自己高揚動機(self-enhancement motive: 自分を肯定的に見たい)とは別に、自己確認動機(self-verification motive: 自己概念と一致するフィードバックを得たい)が存在する。

graph TD
    A["自己に関するフィードバック"] --> B{"自己概念との一致?"}
    B -->|"一致"| C["自己確認: 安定感・予測可能性"]
    B -->|"不一致(肯定的)"| D["自己高揚: 快感情"]
    B -->|"不一致(否定的)"| E["脅威: 不快感情"]
    C --> F["フィードバック源への接近"]
    D --> G{"自尊感情の水準"}
    G -->|"高自尊感情"| F
    G -->|"低自尊感情"| H["葛藤: 高揚 vs 確認"]
    E --> I["フィードバック源からの回避"]

Swannの研究で特に注目されるのは、否定的自己概念を持つ人の行動パターンである。自己確認理論によれば、自尊感情が低い人は、自分に対する肯定的フィードバック(自己高揚的)よりも否定的フィードバック(自己確認的)を選好する場合がある。例えば、Swann, Pelham, & Krull(1989)は、否定的自己概念を持つ参加者が、自分を肯定的に評価する交際相手よりも否定的に評価する交際相手を好むことを示した。

この現象は直観に反するが、自己概念の一貫性が対人関係や社会的世界の予測可能性を支えるという認識論的動機で説明される。自己概念と矛盾するフィードバックは、自分の世界理解の基盤を揺るがすため、たとえそれが肯定的であっても不安を喚起するのである。

自尊感情の高低と心理的適応

自尊感情と心理的適応の関連については膨大な研究がある。高い自尊感情は主観的幸福感(subjective well-being)、楽観性、ストレス耐性と正の相関を示し、抑うつ、不安、孤独感と負の相関を示す。

しかし、Roy Baumeister, Jennifer Campbell, Joachim Krueger, & Kathleen Vohs(2003)による大規模レビューは、自尊感情の効果について過大な主張を修正した。自尊感情と学業成績・職業的成功・対人関係の質との因果関係は弱く、自尊感情が高いから成功するのではなく、成功の結果として自尊感情が高まる可能性が指摘された。

また、高い自尊感情にも「脆弱な高自尊感情(fragile high self-esteem)」と「安定した高自尊感情(secure high self-esteem)」の区別がある。脆弱な高自尊感情は自尊感情への脅威に対して防衛的・攻撃的反応を示しやすく、narcissism(自己愛傾向)と関連する。


社会的比較理論

Festingerの社会的比較理論

Key Concept: 社会的比較(social comparison) 自分の意見や能力を他者と比較することで自己を評価するプロセス。客観的基準が利用できない場合に特に活性化される。Leon Festinger(1954)が提唱した。

Leon Festinger(1954)は、人間には自分の意見や能力を正確に評価したいという基本的動因があり、客観的・非社会的な基準が利用できない場合に他者との比較によってこの評価を行うとする社会的比較理論を提唱した。

Festingerの理論の主要な仮説は以下の通りである。

  1. 類似性仮説: 自分と類似した他者との比較が選好される。能力や意見が大きく異なる他者との比較は有益な自己評価情報を提供しにくいためである
  2. 上方駆動仮説: 能力に関しては、常に少しでも良くなりたいという上方への駆動力が存在する(意見にはこの傾向がない)
  3. 比較の停止: 他者との差異が大きすぎると比較が行われなくなる

上方比較と下方比較

Festingerの原理論は主に正確な自己評価の動機に焦点を当てていたが、後続の研究により、比較の方向性とその動機に関する理解が拡張された。

比較の方向 定義 動機 心理的影響
上方比較(upward comparison) 自分より優れた他者との比較 自己改善、情報獲得 鼓舞されることもあれば、自尊感情の低下を招くこともある
下方比較(downward comparison) 自分より劣った他者との比較 自己高揚、気分の改善 主観的幸福感の向上だが、他者への共感の低下を伴いうる

Thomas Wills(1981)は下方比較理論を提唱し、自尊感情が脅かされた状況では下方比較が能動的に求められ、自己評価の回復に寄与することを示した。例えば、重病の患者が「自分よりもっと重症の人がいる」と考えることで心理的安定を得る場合がこれにあたる。

一方、上方比較の効果は一様ではない。Collins(1996)が指摘するように、上方の他者との比較は「自分もそうなれる」という同化(assimilation)を生じさせる場合と、「自分はそこに及ばない」という対比(contrast)を生じさせる場合がある。同化が生じるか対比が生じるかは、比較対象との心理的距離、自己関連性の程度、達成可能性の知覚などに依存する。

自己評価維持モデル

Key Concept: 自己評価維持モデル(self-evaluation maintenance model: SEM) 親しい他者の優れた業績が自己評価に及ぼす影響を、「反映(reflection)」と「比較(comparison)」の2過程で説明するモデル。Abraham Tesser(1988)が提唱した。

Abraham Tesser(1988)の自己評価維持モデル(SEM model)は、親密な他者の成功が自己評価にとって脅威にも後押しにもなりうるという現象を体系的に説明する。

このモデルでは2つの過程が想定される。

  1. 反映過程(reflection): 親しい他者の成功を自分の光栄として享受する過程。「私の友人は一流の研究者だ」と誇りに感じる場合がこれにあたる
  2. 比較過程(comparison): 親しい他者の成功と自分を比較し、劣等感を抱く過程。「友人はあんなに成功しているのに自分は…」と感じる場合がこれにあたる
graph TD
    A["親しい他者の優れた業績"] --> B{"自己関連性の高い領域か?"}
    B -->|"低い"| C["反映過程: 誇り・栄光浴"]
    B -->|"高い"| D["比較過程: 脅威・劣等感"]
    D --> E["自己評価維持のための方略"]
    E --> E1["領域の重要性を低下させる"]
    E --> E2["他者との親密さを減少させる"]
    E --> E3["自分の業績を向上させる"]

どちらの過程が生じるかを決定する要因は自己関連性(self-relevance)である。自己定義にとって重要な領域(例えば、研究者にとっての研究業績)で親しい他者が成功すると比較過程が優勢となり、脅威を感じる。逆に、自己定義にとって重要でない領域(例えば、研究者にとってのスポーツの成績)で親しい他者が成功すると反映過程が優勢となり、誇りを感じる。

自己評価が脅かされた場合、人は3つの方略で自己評価を維持する。(1) 領域の重要性を下げる(「研究だけが人生じゃない」)、(2) 他者との心理的距離を広げる(疎遠になる)、(3) 自分の業績を向上させる(努力の増加)。Tesserの研究は、きょうだい関係や友人関係においてこれらの方略が実際に用いられることを実証している。


社会的アイデンティティ理論

最小条件集団パラダイム

Key Concept: 最小条件集団パラダイム(minimal group paradigm) 無意味な基準(コイン投げ、絵画の好みなど)で集団を分けるだけで内集団ひいきが生じることを示す実験手法。Henri Tajfel(1970)が開発した。

Henri Tajfel(1970)は、集団間差別が生じる最小限の条件を探求するため、最小条件集団パラダイムを開発した。この実験では、参加者は無意味な基準(例えばKleeの絵とKandinskyの絵のどちらを好むか)によって2つの集団に分類された。参加者同士の対面的交流はなく、集団間の利害対立も存在しなかった。

にもかかわらず、参加者は報酬の分配において内集団メンバーを優遇する傾向を示した。さらに注目すべきことに、参加者は「両集団の絶対的利益を最大化する」方略よりも、「内集団と外集団の差を最大化する」方略を選好する場合があった。つまり、内集団の絶対的利得を犠牲にしてでも外集団に対する相対的優位性を確保しようとしたのである。

社会的アイデンティティ理論の3段階

Key Concept: 社会的アイデンティティ理論(social identity theory) 個人のアイデンティティの一部は所属する社会集団から派生し、集団間の肯定的差異化を通じて肯定的自己評価が維持されるとする理論。Henri Tajfel & John Turner(1979)が体系化した。

Tajfel & John Turner(1979)は、最小条件集団パラダイムの知見を基盤として社会的アイデンティティ理論を体系化した。この理論は、個人のアイデンティティ(personal identity)と社会的アイデンティティ(social identity)の区別を出発点とする。個人的アイデンティティが個人固有の属性(性格、能力)に基づくのに対し、社会的アイデンティティは集団成員性(group membership)に基づく自己定義である。

graph TD
    A["社会的カテゴリ化"] --> B["社会的同一化"]
    B --> C["社会的比較"]
    C --> D{"比較結果"}
    D -->|"内集団が優位"| E["肯定的社会的アイデンティティ"]
    D -->|"内集団が劣位"| F["否定的社会的アイデンティティ"]
    F --> G["個人的移動"]
    F --> H["社会的創造性"]
    F --> I["社会的競争"]
    A -->|"フィードバック"| C

社会的アイデンティティの形成は3段階を経る。

第1段階: 社会的カテゴリ化(social categorization) 人は社会的世界を「我々(内集団: in-group)」と「彼ら(外集団: out-group)」に分類する。この分類は認知的に自動的に行われ、Section 1で扱ったカテゴリ化やステレオタイプの基盤となる。

第2段階: 社会的同一化(social identification) 個人は自分をカテゴリの成員として同一視し、集団の規範・価値観・典型的特徴を内面化する。この段階で集団成員性が自己概念の一部となる。

第3段階: 社会的比較(social comparison) 所属集団を他の集団と比較し、肯定的差異化(positive distinctiveness)を追求する。自集団が他集団よりも好ましい点を見出すことで、肯定的な社会的アイデンティティが達成される。

内集団ひいき

Key Concept: 内集団ひいき(in-group favoritism) 内集団メンバーを外集団メンバーよりも好意的に評価し、優遇する傾向。社会的アイデンティティの維持・向上の動機から生じる。

内集団ひいきは、社会的アイデンティティ理論の予測する中核的現象である。この傾向は最小条件集団のような人工的状況だけでなく、国籍、民族、性別、大学、スポーツチームのファンなど、多様な社会的カテゴリにおいて確認されている。

内集団ひいきは以下の形態をとる。

  • 評価のバイアス: 内集団メンバーの行動をより好意的に解釈し、外集団メンバーの行動をより否定的に解釈する(Thomas Pettigrew(1979)の究極的帰属錯誤: 内集団の成功は内的要因に、外集団の成功は外的要因に帰属する)
  • 資源分配のバイアス: 報酬や資源を内集団メンバーに多く配分する
  • 記憶のバイアス: 内集団に好ましい情報を選択的に記憶する

ただし、内集団ひいきは常に外集団への敵意を伴うわけではない。Marilynn Brewer(1999)は、内集団ひいきと外集団への差別は独立した過程であり、内集団を好むことが自動的に外集団を嫌うことを意味しないと主張した。

自己カテゴリ化理論

Key Concept: 自己カテゴリ化理論(self-categorization theory) 自己概念がカテゴリ化の水準に応じて変動し、集団状況では個人的アイデンティティから社会的アイデンティティへの移行が生じるとする理論。John Turner(1987)が提唱した。

John Turner(1987)は社会的アイデンティティ理論を発展させ、自己カテゴリ化理論を提唱した。この理論は、自己概念が3つの抽象度水準で機能することを主張する。

カテゴリ化の水準 内容 比較の対象
上位水準(人間) 人間としてのアイデンティティ 人間 vs 非人間
中間水準(社会的) 集団成員としてのアイデンティティ 内集団 vs 外集団
下位水準(個人的) 個人としてのアイデンティティ 自己 vs 内集団他者

どの水準が活性化されるかは文脈に依存する。集団間の差異が顕著な状況(例えば国際試合)では中間水準が活性化され、個人間の差異が顕著な状況では下位水準が活性化される。

脱個人化と集団行動

Key Concept: 脱個人化(depersonalization) 自己カテゴリ化理論における概念で、自己知覚が個人的アイデンティティから社会的アイデンティティへ移行し、自己を集団の交換可能な一員として知覚する過程。集団規範への同調や集団行動の基盤となる。

自己カテゴリ化理論において、社会的カテゴリ化が顕著になると脱個人化が生じる。脱個人化とは、自己を独自の個人としてではなく、集団の典型例(プロトタイプ)として知覚するようになることである。

脱個人化は必ずしも否定的な現象ではない。古典的な脱個人化理論(Philip Zimbardo, 1969)は匿名性による反社会的行動の増加を強調したが、Turnerの自己カテゴリ化理論における脱個人化はより広い現象である。集団のプロトタイプが利他的行動を含む場合、脱個人化は利他的行動を促進する。Stephen Reicher(1984)のブリストル暴動の研究は、群衆行動が無秩序ではなく、集団アイデンティティの規範に沿った規則的パターンを示すことを明らかにした。

脱個人化は以下の集団現象の基盤となる。

  • 集団規範への同調: 集団の典型的態度・行動への同化
  • 集団極性化: 集団内の議論を通じて態度が極端化する現象
  • 集団間差別: 内集団と外集団の対比的知覚の強化
  • 集合行動: デモ、社会運動など集団としての統一的行動

まとめ

  • 自己概念は多次元的構造をもち、自己スキーマは特定の領域での情報処理を効率化する。可能自己は将来に向けた動機づけ機能を担う
  • 自己の捉え方には文化差があり、相互独立的自己と相互協調的自己の区別はSection 1で扱った帰属の文化差とも一貫する
  • 自尊感情は単なる自己評価ではなく、ソシオメーター理論が示すように社会的受容の指標としての適応的機能をもつ。自己確認理論は自己概念の一貫性を維持する動機を明らかにした
  • 社会的比較は自己評価の基本的メカニズムであり、比較の方向(上方/下方)と自己関連性が心理的影響を決定する
  • 社会的アイデンティティ理論は、集団成員性が自己概念の重要な構成要素であること、そして内集団ひいきがカテゴリ化の最小限の条件でも生じることを示した
  • 自己カテゴリ化理論は自己概念の文脈依存的な変動を説明し、脱個人化が集団行動の心理的基盤となることを示した

これらの知見は、Section 3「態度と態度変容」における自己と態度の関係(認知的不協和と自己概念の関連)、および Section 5「対人関係と集団過程」における集団内過程(同調、集団意思決定)の理解に直結する。特に社会的アイデンティティ理論の枠組みは、偏見・差別のメカニズム(→ Section 5参照)を理解するための不可欠な理論的基盤となる。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
自己概念 self-concept 自分自身に関する信念や知識の総体
自己スキーマ self-schema 自己に関する特定領域の組織化された知識構造
可能自己 possible selves 将来自分がなりうる姿についての認知的表象
相互独立的自己 independent self-construal 自己を他者から独立した存在として構成する自己解釈
相互協調的自己 interdependent self-construal 自己を他者との関係の中で構成する自己解釈
自尊感情 self-esteem 自分自身に対する全般的な評価・自己価値の感覚
ソシオメーター理論 sociometer theory 自尊感情を社会的受容・排斥の監視指標とみなす理論
自己確認理論 self-verification theory 自己概念と一致するフィードバックを求める傾向に関する理論
自己高揚動機 self-enhancement motive 自分を肯定的に見たい・評価されたいという動機
自己確認動機 self-verification motive 自己概念と一致する評価を得たいという動機
社会的比較 social comparison 他者との比較を通じて自己を評価するプロセス
上方比較 upward comparison 自分より優れた他者との比較
下方比較 downward comparison 自分より劣った他者との比較
自己評価維持モデル self-evaluation maintenance model 親しい他者の業績が自己評価に及ぼす影響を説明するモデル
反映過程 reflection 親しい他者の成功を自分の光栄として享受する過程
社会的アイデンティティ social identity 集団成員性に基づく自己定義
個人的アイデンティティ personal identity 個人固有の属性に基づく自己定義
最小条件集団パラダイム minimal group paradigm 無意味な基準で集団を分けるだけで内集団ひいきが生じることを示す実験手法
社会的カテゴリ化 social categorization 社会的世界を内集団と外集団に分類する認知プロセス
社会的同一化 social identification 集団の規範・価値観を内面化し自己概念に組み込む過程
内集団ひいき in-group favoritism 内集団メンバーを外集団メンバーよりも優遇する傾向
自己カテゴリ化理論 self-categorization theory 自己概念がカテゴリ化の水準に応じて変動することを説明する理論
脱個人化 depersonalization 自己を集団の交換可能な一員として知覚する過程

確認問題

Q1: Markusの自己スキーマの概念とSection 1で扱ったスキーマの概念は、どのような関係にあるか。自己スキーマに固有の特徴とともに説明せよ。

A1: 自己スキーマは、Section 1で扱った一般的なスキーマ(特定対象に関する組織化された知識構造)の概念を「自己」という対象に適用したものである。一般的なスキーマと同様に、自己スキーマも関連情報の効率的な処理(迅速な判断、選択的記憶)を可能にする。しかし自己スキーマに固有の特徴として、(1) 個人にとって重要な次元にのみ形成される領域特異性、(2) 自己に関連する情報の処理において特に強力な効率化効果を示すこと(自己参照効果)、(3) 将来の行動の予測と計画を方向づける機能をもつことが挙げられる。

Q2: ソシオメーター理論と自己確認理論は、自尊感情の機能についてどのように異なる説明を提供するか。両理論の説明が矛盾する可能性のある具体的場面を挙げて論じよ。

A2: ソシオメーター理論は自尊感情を社会的受容の監視指標と捉え、自尊感情の変動は所属の状態を反映する適応的シグナルであるとする。自己確認理論は自己概念の一貫性維持を重視し、自己概念に合致するフィードバックが選好されるとする。矛盾が生じうるのは、自尊感情が低い人が社会的に受容される場面である。ソシオメーター理論によれば社会的受容は自尊感情を高めるが、自己確認理論によれば低い自己概念と矛盾する肯定的フィードバックは不快を生じさせ回避される可能性がある。つまり、受け入れられているのに「自分にはふさわしくない」と感じる事態が生じうる。

Q3: Tesserの自己評価維持モデルにおいて、ある人が親友の学業成績に対して反映過程ではなく比較過程を経験する条件を説明し、その場合にとりうる自己評価維持方略を具体的に述べよ。

A3: 比較過程が生じるのは、親友の業績が自分にとって自己定義的に重要な領域(例えば、自分も学業成績を自己価値の中心としている場合)にある場合である。自己関連性の高い領域で親友が自分を上回ると、社会的比較を通じて自己評価が脅かされる。この場合の維持方略として、(1) 学業成績の重要性を心理的に低下させる(「成績より人間性が大事だ」)、(2) 親友との心理的距離を広げる(以前ほど親しくしない)、(3) 自分自身の学業成績を向上させる努力を増加させる、という3つが考えられる。

Q4: 社会的アイデンティティ理論における「社会的カテゴリ化→社会的同一化→社会的比較」の3段階を、大学生の学部間対抗行事という具体例を用いて説明せよ。

A4: (1) 社会的カテゴリ化: 学部間対抗行事において、参加者は「自分は文学部生である」「相手は工学部生である」というカテゴリ分けを行う。この段階で「我々文学部」と「彼ら工学部」という内集団-外集団の区分が生じる。(2) 社会的同一化: 文学部生としてのアイデンティティが活性化され、文学部の特徴(人文的教養、批判的思考力など)を自己概念に取り込む。文学部の勝利を「自分たちの勝利」として経験する準備が整う。(3) 社会的比較: 文学部と工学部を比較し、文学部が優位な次元(表現力、議論の深さなど)を見出して肯定的差異化を達成する。この過程で内集団ひいき(文学部生の能力を高く評価し、工学部生の能力を低く見積もる)が生じる。

Q5: 自己カテゴリ化理論における脱個人化は、Zimbardoの古典的な脱個人化理論とどのように異なるか。両理論の相違点を踏まえ、集団行動が常に反社会的になるわけではない理由を説明せよ。

A5: Zimbardoの古典的理論は、匿名性や没個性化が自己認識と自己制御を低下させ、反社会的・衝動的行動を増加させると主張した。これに対し、Turnerの自己カテゴリ化理論における脱個人化は、個人的アイデンティティから社会的アイデンティティへの移行を意味し、自己制御の喪失ではなく集団規範に基づく行動への移行として捉えられる。したがって、集団のプロトタイプ(典型的成員像)が含む規範内容によって行動の方向は異なる。集団規範が援助や協力を含む場合には利他的行動が促進され、攻撃的規範を含む場合にのみ反社会的行動が生じる。Reicherのブリストル暴動の研究が示したように、群衆行動も集団アイデンティティの規範に沿った規則的パターンを示すのであり、脱個人化は制御喪失ではなく行動の準拠基準の移行として理解すべきである。