Module 1-5 - Section 1: 発達研究の方法論¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 1-5: 発達心理学 |
| 前提セクション | なし |
| 想定学習時間 | 3時間 |
導入¶
発達心理学(developmental psychology)は、受胎から死に至るまでの人間の変化を記述・説明・予測する学問である。その知見の妥当性は、用いられる研究方法に依存する。発達という現象は本質的に時間経過に伴う変化を扱うため、一般的な心理学研究とは異なる独自の方法論的課題を抱えている。
本セクションでは、まず発達研究に固有のデザイン(横断研究・縦断研究・系列研究)を概観し、次に発達の規定因としての遺伝と環境の相互作用に関する理論的枠組みを整理する。さらに行動遺伝学の基本概念を解説し、最後に近年注目されるエピジェネティクスが発達心理学にもたらす含意を検討する。これらの方法論的・理論的基盤は、続くSection 2(認知発達)以降のすべての内容を理解するための前提となる。
発達研究のデザイン¶
発達を研究するためには、年齢に伴う変化をどのように捉えるかという根本的な問題に直面する。ここでは代表的な3つの研究デザインと、近年注目される微視的手法を解説する。
横断研究¶
Key Concept: 横断研究(cross-sectional study) 異なる年齢群の参加者を同一時点で比較することにより、年齢差を検出する研究デザイン。実施が比較的容易であるが、年齢差と発達的変化を直接同一視できないという制約をもつ。
横断研究では、たとえば5歳・10歳・15歳の子どもを同時に調査し、年齢群間の差異を分析する。短期間で効率的にデータを収集できる反面、重大な限界がある。
最も本質的な問題はコホート効果(cohort effect)である。コホートとは同一時期に生まれた集団を指す。異なる年齢群は異なるコホートに属するため、観察された年齢差が純粋な発達的変化を反映しているのか、各コホートが経験した異なる歴史的・社会的条件の影響なのかを区別できない。たとえば、2024年に60歳と20歳の知能を比較した場合、差異には加齢による変化だけでなく、教育環境や栄養状態の世代間差異が混入する可能性がある。
縦断研究¶
Key Concept: 縦断研究(longitudinal study) 同一の参加者を一定期間にわたって繰り返し測定し、個体内の変化を直接追跡する研究デザイン。発達的変化そのものを捉えることができるが、時間・費用がかかり、参加者の脱落が生じやすい。
縦断研究は発達的変化を直接的に測定できる点で横断研究より方法論的に優れているが、固有の問題を抱える。
第一に、選択的脱落(selective attrition)の問題がある。長期間の追跡過程で参加者が脱落するが、脱落は無作為に生じるとは限らない。健康状態が悪い者、社会経済的地位が低い者は脱落しやすく、残存する参加者は元の集団を代表しなくなる。
第二に、時代効果(time-of-measurement effect)がある。測定時期に特有の歴史的事象(戦争、パンデミック、技術革新など)が結果に影響を及ぼす可能性があり、これを発達的変化と分離することが困難である。
第三に、練習効果(practice effect)がある。同一の検査を繰り返し受けることで成績が向上する可能性があり、純粋な発達的変化を過大評価する恐れがある。
系列研究¶
Key Concept: 系列研究(sequential design) 横断研究と縦断研究を組み合わせたデザイン。K. Warner Schaieが体系化した方法であり、年齢効果・コホート効果・時代効果を分離して推定することを目的とする。
K. Warner Schaie(1965)は、シアトル縦断研究(Seattle Longitudinal Study)において系列研究を体系的に導入した。この方法では、複数のコホートを複数の時点で測定する。たとえば、1950年生まれと1960年生まれのコホートを、それぞれ2000年と2010年に測定する。これにより、年齢効果(どちらのコホートでも加齢とともに変化するか)、コホート効果(同年齢でもコホート間で差があるか)、時代効果(同コホート・同年齢でも測定時期により差があるか)をある程度分離できる。
Schaieのシアトル縦断研究は、この方法を用いて成人期の知的能力の変化を50年以上にわたって追跡し、知能の加齢変化に関する従来の悲観的な見方(横断研究に基づく)を修正する重要な知見を提供した。
マイクロジェネティック法¶
Key Concept: マイクロジェネティック法(microgenetic method) 変化が生じると予測される期間に高頻度で観察を行い、変化の過程・メカニズムを詳細に記述する方法。Robert Sieglerらが提唱した。
Robert Siegler(1996)らが提唱したマイクロジェネティック法は、発達的変化が実際に起こる過程を微視的に追跡する手法である。通常の縦断研究が数か月から数年の間隔で測定を行うのに対し、マイクロジェネティック法では変化が予測される期間に密な間隔(数日〜数週間)で繰り返し観察する。
この方法の特徴は、変化の過程に焦点を当てる点にある。たとえば、子どもが引き算の方略を獲得する過程を毎日観察すると、新しい方略は突然古い方略を置き換えるのではなく、複数の方略が並存する過渡期を経ることが明らかになった。Sieglerはこれを重複波モデル(overlapping waves model)として定式化している。
graph TD
subgraph "発達研究デザインの比較"
A["横断研究"] -->|"年齢差の検出"| E["発達的変化の推定"]
B["縦断研究"] -->|"個体内変化の追跡"| E
C["系列研究"] -->|"年齢・コホート・時代効果の分離"| E
D["マイクロジェネティック法"] -->|"変化過程の微視的記述"| E
end
A -.-|"限界: コホート効果"| F["方法論的課題"]
B -.-|"限界: 脱落・時代効果"| F
C -.-|"利点: 複数効果の分離"| F
D -.-|"利点: 変化メカニズムの解明"| F
発達の規定因:遺伝と環境の相互作用¶
成熟と学習の論争の歴史¶
発達の規定因をめぐる議論は、心理学の歴史を通じて繰り返されてきた。Arnold Gesell(1880-1961)は成熟優位説を唱え、発達は遺伝的プログラムに基づく成熟の過程であり、環境はそれを促進も阻害もするが本質的に変えることはできないと主張した。Gesellの階段登り実験(双生児統制法)では、一卵性双生児の一方に階段登りの訓練を早期に開始し、他方は後から訓練を開始したが、最終的な到達水準に差がなかったことから、成熟の準備性(readiness)が重要であると結論づけた。
一方、John B. Watson(1878-1958)に代表される行動主義は、環境(学習経験)が発達を決定すると主張した。Watsonの有名な宣言「健康な乳児を12人与えてくれれば、どんな専門家にでも育ててみせる」は、環境決定論の極端な表現である。
現代の発達心理学では、遺伝か環境かという二者択一の問いは不適切であるという認識が共有されている。問題は両者がいかに相互作用するかである。
加算モデルから相互作用モデルへ¶
初期の妥協案は加算モデルであり、発達の結果 = 遺伝の寄与 + 環境の寄与と捉える。しかしこのモデルは、遺伝と環境が独立に作用するという非現実的な仮定に基づいている。
現在の標準的理解は相互作用モデル(interactionist model)である。遺伝と環境は独立に作用するのではなく、遺伝的素因が特定の環境に対する感受性を規定し、環境が遺伝子の発現を調整するという双方向的な関係にある。
Key Concept: 遺伝子型-環境相関(genotype-environment correlation) 個体の遺伝子型と環境経験が非独立であること。Sandra Scarrにより受動的・喚起的・能動的の3類型に整理された。
Sandra Scarr & Kathleen McCartney(1983)は、遺伝子型-環境相関(rGE)を以下の3類型に整理した。
受動的相関(passive rGE): 親が子に遺伝子と環境の双方を提供することにより生じる。たとえば、知的能力の高い親は知的刺激に富む家庭環境を提供しやすく、同時にその能力に関連する遺伝子を子に伝える。子は遺伝的素因に適合的な環境に受動的に置かれることになる。
喚起的相関(evocative rGE): 子の遺伝的特性に基づく行動が周囲から特定の反応を引き出すことにより生じる。たとえば、社交的な気質をもつ乳児は養育者からより多くの社会的刺激を引き出し、結果としてさらに社会的スキルを発達させる環境に置かれる。
能動的相関(active rGE、ニッチ・ピッキング niche-picking とも呼ばれる): 個体が自らの遺伝的素因に適合する環境を主体的に選択・構築することにより生じる。年齢とともにこの能動的相関の影響は増大する。音楽的才能のある子どもが自発的に楽器に向かうといった例がこれにあたる。
遺伝子×環境交互作用¶
Key Concept: 遺伝子×環境交互作用(gene-environment interaction, G×E) 特定の遺伝子型をもつ個体が、特定の環境条件下でのみ異なる表現型を示す現象。遺伝と環境の効果が乗法的に作用する。
遺伝子型-環境相関(rGE)が遺伝子型と環境経験の共変動を指すのに対し、G×E交互作用は遺伝子型によって環境への反応性が異なることを指す。
最も著名な例の一つが、Avshalom Caspiら(2002)によるMAOA遺伝子(モノアミン酸化酵素A)と幼少期の虐待の研究である。ニュージーランドのダニーデン縦断研究のデータを分析した結果、MAOA活性の低い遺伝子型をもつ男性は、幼少期に虐待を受けた場合に反社会的行動のリスクが顕著に高まったが、虐待経験がなければ同遺伝子型でもリスクの上昇は見られなかった。一方、MAOA活性の高い遺伝子型をもつ男性では、虐待の有無による反社会的行動の差は比較的小さかった。
この知見は、遺伝的リスクが環境的ストレッサーの存在下で初めて顕在化しうることを示しており、「遺伝か環境か」の二分法が不適切であることの実証的根拠となっている。ただし、G×E研究は統計的検出力やサンプルサイズの問題から再現性の課題も指摘されており、個々の知見の解釈には慎重さが求められる。
graph LR
subgraph "遺伝と環境の関係モデルの変遷"
A["成熟優位説\n(Gesell)"] --> D["加算モデル\n遺伝 + 環境"]
B["環境決定論\n(Watson)"] --> D
D --> E["相互作用モデル\n遺伝 × 環境"]
E --> F["rGE\n遺伝子型-環境相関"]
E --> G["G×E\n遺伝子×環境交互作用"]
end
行動遺伝学の基本概念¶
行動遺伝学(behavioral genetics)は、行動の個人差における遺伝的要因と環境的要因の相対的寄与を定量的に推定する学問分野である。
双生児研究¶
Key Concept: 双生児法(twin method) 一卵性双生児(MZ: monozygotic)と二卵性双生児(DZ: dizygotic)の類似度を比較することにより、遺伝と環境の相対的寄与を推定する方法。
一卵性双生児(MZ)は遺伝子を100%共有し、二卵性双生児(DZ)は平均50%を共有する。両者がともに同一家庭で養育される場合、共有環境の影響は同等と仮定される(等環境仮定, equal environments assumption)。MZペアの表現型の相関がDZペアの相関を上回る場合、その差は遺伝的要因に帰属される。
双生児法の論理を簡略化すると以下のようになる。MZの相関を $r_{MZ}$、DZの相関を $r_{DZ}$ とすると、遺伝率の粗い推定値は $2(r_{MZ} - r_{DZ})$ で得られる(Falconerの公式)。
等環境仮定は批判の対象となることがあるが、これまでの検証研究では概ね支持されている。
養子研究¶
養子研究(adoption study)は、遺伝的つながりのない家族メンバー間の類似性と、遺伝的つながりのある家族メンバー間の類似性を比較する。養子と養父母の類似性は共有環境の影響を、養子と生物学的親の類似性は遺伝的影響を反映すると推定される。
コロラド養子プロジェクト(Colorado Adoption Project)などの大規模研究は、認知能力やパーソナリティにおける遺伝的影響を一貫して示してきた。
遺伝率¶
Key Concept: 遺伝率(heritability) ある集団における表現型の分散のうち、遺伝的要因に帰属される割合。集団レベルの統計量であり、個体レベルの遺伝的影響を示すものではない。
遺伝率は0から1(または0%から100%)の値をとる。たとえば、知能のIQの遺伝率が約0.50であるとは、集団における知能の個人差の約50%が遺伝的差異に帰属されるという意味である。
遺伝率の解釈にあたり、以下の点に注意が必要である。
第一に、遺伝率は集団特性であり、個人に適用できない。「知能の遺伝率が50%」は「ある個人の知能の50%が遺伝で決まる」という意味ではない。
第二に、遺伝率は集団と時代に依存する。環境の均質性が高い集団では遺伝率は高くなり、逆に環境の差が大きい集団では低くなる。
第三に、高い遺伝率は変化不能性を意味しない。身長の遺伝率は約0.80と高いが、栄養状態の改善により集団の平均身長は世代を超えて大きく上昇してきた。
共有環境と非共有環境¶
Key Concept: 非共有環境(nonshared environment) 同じ家庭で育つきょうだいを異なるものにする環境要因。友人関係、きょうだい間の異なる扱い、偶然の経験などが含まれる。
行動遺伝学では、環境要因を共有環境(shared environment, c²)と非共有環境(nonshared environment, e²)に分解する。共有環境はきょうだいを類似させる要因(家庭の社会経済的地位、養育方針など)、非共有環境はきょうだいを異なるものにする要因である。
Robert Plomin & Denise Daniels(1987)は、行動遺伝学研究の蓄積から、パーソナリティや精神病理において共有環境の影響は驚くほど小さく、遺伝と非共有環境がほとんどの分散を説明するという結論を示した。この知見は「なぜ同じ家庭で育ったきょうだいがこれほど異なるのか」という問いを提起し、非共有環境の具体的な内容を特定する研究を促進した。
graph TD
subgraph "行動遺伝学における分散の分解"
V["表現型の分散"] --> G["遺伝的分散\n(遺伝率 h²)"]
V --> C["共有環境の分散\n(c²)"]
V --> E["非共有環境の分散\n(e² + 測定誤差)"]
end
subgraph "主要な研究方法"
T["双生児研究"] --> V
AD["養子研究"] --> V
end
エピジェネティクス¶
エピジェネティクスの定義¶
Key Concept: エピジェネティクス(epigenetics) DNA塩基配列の変化を伴わずに遺伝子の発現を制御するメカニズムの総称。DNAメチル化やヒストン修飾が代表的な機構であり、環境要因により変化しうる。
エピジェネティクス(epigenetics)は、Conrad Hal Waddington(1942)が最初に用語を提唱した分野であり、現在ではDNA配列そのものの変化なしに遺伝子発現が調節される現象を指す。「エピ」(epi-)はギリシア語で「上に」を意味し、遺伝子の「上に」付加される情報層と理解できる。
主要なメカニズム¶
DNAメチル化(DNA methylation): DNA分子のシトシン塩基にメチル基(-CH₃)が付加される化学修飾である。プロモーター領域(遺伝子の転写開始を制御する領域)のメチル化は、一般に当該遺伝子の転写を抑制する。すなわち、遺伝子配列は変わらないままに、その遺伝子が「読まれる」かどうかが変化する。
ヒストン修飾(histone modification): DNAが巻きついているヒストンタンパク質に、アセチル化・メチル化・リン酸化などの化学修飾が加わることで、クロマチン構造の凝縮度が変化し、遺伝子の転写の容易さが調節される。ヒストンのアセチル化は一般にクロマチンを弛緩させ、転写を促進する。
Meaneyのラットの養育研究¶
Michael Meaney(McGill University)らの一連の研究(2004年のNature Neuroscience論文が代表的)は、初期養育環境がエピジェネティックな機構を介して長期的な行動変化を引き起こすことを示した画期的な研究である。
この研究では、生後1週間の母ラットの養育行動を観察し、仔に対するリッキング(舐める行動)とアーチドバック・ナーシング(背中を弓なりにして授乳する姿勢)の頻度により、高養育群と低養育群に分類した。
結果は以下のとおりである。高養育群の仔は成長後、ストレス反応(HPA軸の反応性)が低く、探索行動が多く、情動的に安定していた。一方、低養育群の仔はストレスに対する反応性が高く、不安行動が多かった。
重要なのは、この行動差がエピジェネティックなメカニズムで媒介されていた点である。低養育群では、海馬のグルココルチコイド受容体(GR)遺伝子のプロモーター領域がメチル化されており、GRの発現が減少していた。GRはストレスホルモン(コルチコステロン)のネガティブフィードバックに関与するため、GRの減少はHPA軸の過活動につながる。高養育群ではこのメチル化が少なく、GR発現が維持されていた。
さらに、里子実験(高養育の母から低養育の母へ、またはその逆に仔を移す)によって、この効果が遺伝ではなく養育行動そのものによることが確認された。
発達心理学への含意¶
エピジェネティクスは、発達心理学における遺伝-環境論争に新たな視座を提供する。
第一に、遺伝子は固定的な運命の設計図ではなく、環境との相互作用の中で動的に制御されるものであることを分子レベルで示した。これは相互作用モデルの具体的なメカニズムの一つを提供する。
第二に、初期経験の長期的影響に関して、「感受期」(sensitive period)における環境要因がエピジェネティックな「刻印」を通じて持続的に作用しうるという機構が明らかになった。これは発達初期の養育環境の重要性を生物学的に裏づけるものである。
第三に、エピジェネティックな変化は原理的に可逆的でありうる点が重要である。Meaneyらの研究では、薬理学的にメチル化を除去すると行動差が消失することも示されている。これは、初期の不利な経験が必ずしも決定論的な結果をもたらすわけではないという、介入の可能性を示唆する。
ただし、動物モデルからヒトへの直接的な一般化には慎重さが必要であり、ヒトにおけるエピジェネティクス研究はまだ発展途上にある。
graph TD
subgraph "Meaneyのラット養育研究の機序"
A["母ラットの養育行動\n(リッキング・ABN)"] -->|高頻度| B["GR遺伝子プロモーターの\n低メチル化"]
A -->|低頻度| C["GR遺伝子プロモーターの\n高メチル化"]
B --> D["GR発現の維持"]
C --> E["GR発現の減少"]
D --> F["HPA軸の適切な\nネガティブフィードバック"]
E --> G["HPA軸の過活動"]
F --> H["低ストレス反応性\n高探索行動"]
G --> I["高ストレス反応性\n高不安行動"]
end
まとめ¶
- 発達研究のデザインには横断研究・縦断研究・系列研究・マイクロジェネティック法があり、それぞれ固有の利点と限界をもつ。年齢効果・コホート効果・時代効果の分離が方法論上の中心的課題である。
- 発達の規定因をめぐる議論は、遺伝か環境かの二分法から、両者の相互作用モデルへと発展した。遺伝子型-環境相関(rGE)と遺伝子×環境交互作用(G×E)は、この相互作用の具体的な形態を記述する概念である。
- 行動遺伝学は双生児研究・養子研究により遺伝率を推定するが、遺伝率は集団特性であり、変化不能性を意味しない。非共有環境の影響の大きさは重要な発見である。
- エピジェネティクスは、環境が遺伝子発現を調節するメカニズムを分子レベルで示し、遺伝と環境の相互作用に関する理解を深化させた。
- 本セクションの方法論的・理論的基盤は、Section 2(認知発達)におけるPiagetやVygotskyの理論の評価、およびSection 4(社会性・情動の発達)における愛着理論や気質の議論を理解するための前提となる。特に、遺伝と環境の相互作用という枠組みは、すべての発達領域に通底する基本的視座である。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 横断研究 | cross-sectional study | 異なる年齢群を同一時点で比較する研究デザイン |
| 縦断研究 | longitudinal study | 同一個体を一定期間にわたって追跡する研究デザイン |
| コホート効果 | cohort effect | 同一時期に生まれた集団(コホート)に固有の歴史的・社会的影響 |
| 系列研究 | sequential design | 横断・縦断を組み合わせ、年齢・コホート・時代効果の分離を目指すデザイン |
| マイクロジェネティック法 | microgenetic method | 変化が生じる期間に高頻度の観察を行い、変化過程を詳細に記述する方法 |
| 遺伝子型-環境相関 | genotype-environment correlation (rGE) | 遺伝子型と環境経験が統計的に非独立であること |
| 遺伝子×環境交互作用 | gene-environment interaction (G×E) | 特定の遺伝子型をもつ個体が特定の環境条件下でのみ異なる表現型を示す現象 |
| 遺伝率 | heritability | 集団における表現型分散のうち遺伝的要因に帰属される割合 |
| 共有環境 | shared environment | きょうだいを類似させる環境要因 |
| 非共有環境 | nonshared environment | 同じ家庭で育つきょうだいを異なるものにする環境要因 |
| エピジェネティクス | epigenetics | DNA配列の変化を伴わずに遺伝子発現を制御する機構の総称 |
| DNAメチル化 | DNA methylation | DNAのシトシン塩基にメチル基が付加され遺伝子発現を抑制する修飾 |
| ヒストン修飾 | histone modification | ヒストンタンパク質への化学修飾によりクロマチン構造と転写活性を調節する機構 |
確認問題¶
Q1: 横断研究と縦断研究それぞれの最も重大な方法論的限界を説明し、系列研究がそれらをどのように克服しようとするか述べよ。
A1: 横断研究の最大の限界はコホート効果であり、異なる年齢群が異なる歴史的・社会的条件を経験しているため、観察された年齢差が純粋な発達的変化を反映しているか判別できない。縦断研究の主な限界は選択的脱落と時代効果であり、長期追跡中に参加者が非無作為に脱落し残存サンプルが偏ること、また測定時期に固有の歴史的事象が結果に影響することが問題となる。系列研究(Schaieの方法)は、複数のコホートを複数の時点で測定することにより、年齢効果・コホート効果・時代効果をある程度分離して推定し、両デザインの限界を補完する。
Q2: 遺伝子型-環境相関(rGE)の3類型(受動的・喚起的・能動的)をそれぞれ具体例を挙げて説明し、年齢に伴いどの類型の影響が増大すると考えられるか述べよ。
A2: 受動的相関は、親が遺伝子と環境の双方を提供することで生じる。たとえば音楽的才能の高い親が音楽的遺伝子を子に伝えるとともに楽器のある家庭環境を提供する場合である。喚起的相関は、子の遺伝的特性に基づく行動が周囲から特定の反応を引き出すことで生じる。たとえば社交的な気質の乳児が養育者からより多くの社会的刺激を引き出す場合である。能動的相関(ニッチ・ピッキング)は、個体が自らの遺伝的素因に適合する環境を主体的に選択・構築することで生じる。たとえば運動能力の高い子どもがスポーツチームへの参加を自ら選ぶ場合である。年齢とともに自律性が増すため、能動的相関の影響が増大すると考えられる。
Q3: 遺伝率が0.80である形質について、「この形質は80%遺伝で決まる」という解釈が誤りである理由を説明せよ。
A3: 遺伝率は集団レベルの統計量であり、ある集団における表現型の個人差の分散のうち遺伝的差異に帰属される割合を示す。特定の個人の表現型が「80%遺伝で決まる」という個体レベルの解釈には適用できない。また、遺伝率は集団の環境の均質性に依存し、環境が均質であれば遺伝率は高く、環境差が大きければ低くなる。さらに、高い遺伝率は変化不能性を意味しない。身長の遺伝率は約0.80と高いが、栄養改善により集団の平均身長は世代を超えて大幅に上昇しており、環境介入による変化が可能であることを示している。
Q4: Meaneyらのラットの養育研究において、母親の養育行動が仔の長期的なストレス反応性に影響を及ぼすエピジェネティックなメカニズムを説明せよ。
A4: 高養育(リッキングとアーチドバック・ナーシングの頻度が高い)の母ラットに育てられた仔では、海馬のグルココルチコイド受容体(GR)遺伝子のプロモーター領域のDNAメチル化が低く維持され、GRの発現が保たれる。GRはストレスホルモンのネガティブフィードバックに関与するため、十分なGR発現はHPA軸の反応性を適切に抑制し、低ストレス反応性をもたらす。一方、低養育の母に育てられた仔では、GR遺伝子プロモーターのメチル化が進行してGR発現が減少し、HPA軸のネガティブフィードバックが不十分となり、ストレス反応性の亢進と不安行動の増加が生じる。里子実験により、この効果が遺伝的伝達ではなく養育行動そのものに起因することが確認されている。
Q5: エピジェネティクスの知見は、「遺伝か環境か」という発達心理学の古典的論争に対して、どのような新たな視座を提供するか論じよ。
A5: エピジェネティクスは、遺伝子と環境の相互作用を分子レベルのメカニズムとして具体的に示した点で画期的である。第一に、遺伝子は固定的な設計図ではなく、環境要因によって発現が動的に調節されるものであることを実証した。これにより、遺伝と環境を独立した加算的要因として扱う見方の不適切さが分子生物学的に裏づけられた。第二に、初期環境がエピジェネティックな「刻印」を通じて長期的に作用する機構を示し、発達初期の感受期の重要性に生物学的基盤を与えた。第三に、エピジェネティックな変化が原理的に可逆的でありうることから、不利な初期経験が決定論的な結果をもたらすわけではなく、介入により改善可能であるという見通しを提供する。