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Module 1-5 - Section 2: 認知発達

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-5: 発達心理学
前提セクション Section 1(発達研究の方法論)
想定学習時間 4時間

導入

Section 1では、発達研究の方法論的基盤と、遺伝と環境の相互作用という理論的枠組みを検討した。本セクションでは、この枠組みの中で最も体系的に研究されてきた領域の一つである認知発達(cognitive development)を扱う。

認知発達とは、知覚・記憶・推論・問題解決・概念形成など、知的機能が生涯にわたって変化する過程を指す。この領域における最大の理論的貢献はJean Piagetの認知発達段階説であり、その後のすべての認知発達研究はPiaget理論の検証・修正・拡張として展開されてきたといっても過言ではない。本セクションでは、Piaget理論を出発点とし、それに対する批判と修正、Lev Vygotskyの社会文化的理論、乳児の生得的認知能力に関する中核知識理論、そして心の理論(theory of mind)の発達を順に検討する。

これらの理論は、認知の発達が内的構成によるのか社会的相互作用によるのか、あるいは生得的基盤に依拠するのかという根本的な問いに対して異なる立場を提示しており、Section 1で扱った遺伝-環境の相互作用という視座がここでも通底している。


Piagetの認知発達段階説

構成主義的認識論

Key Concept: 構成主義的認識論(constructivist epistemology) 知識は外界から受動的に受け取られるものではなく、主体が環境との相互作用を通じて能動的に構成するものであるとする認識論的立場。Piagetの理論の哲学的基盤である。

Jean Piaget(1896-1980)はスイスの発達心理学者であり、生物学の訓練を受けた後に認識論的関心から子どもの知的発達の研究に転じた。Piagetの中心的な主張は、子どもは「小さな大人」ではなく、大人とは質的に異なる思考様式をもつということである。発達とは単に知識量の増大ではなく、思考の構造そのものが質的に変容する過程である。

Piagetは、この構造変容を駆動するメカニズムとしてシェマ(schema)、同化(assimilation)、調節(accommodation)、均衡化(equilibration)の4つの概念を提唱した。

Key Concept: シェマ(schema) 世界を理解し相互作用するための組織化された行動または思考のパターン。発達に伴い、感覚運動的シェマから抽象的・操作的シェマへと変容する。

Key Concept: 同化(assimilation)と調節(accommodation) 同化は既存のシェマに新たな経験を取り込む過程、調節は新たな経験に合わせてシェマを修正する過程である。両者は適応(adaptation)の相補的側面をなす。

乳児は当初、把握する・吸うといった感覚運動的シェマを有する。新たな対象に出会ったとき、既存のシェマで対処できれば同化が生じる(新しい玩具もこれまでと同じように握る)。しかし既存のシェマでは対処できない場合、シェマの修正すなわち調節が必要になる(水は握れないので、すくうという新しいシェマを形成する)。

Key Concept: 均衡化(equilibration) 同化と調節の間のバランスを回復しようとする自己調整過程。認知的不均衡(既存のシェマでは説明できない経験)が発達の推進力となる。

均衡化は発達の内的な推進力である。子どもが既存のシェマでは説明できない現象に直面すると認知的不均衡が生じ、それを解消するために調節が起こり、より高次の均衡状態へと移行する。この過程の繰り返しが発達段階の移行を駆動する。

4つの発達段階

Piagetは認知発達を4つの段階に区分した。各段階は質的に異なる思考構造を特徴とし、不変の順序で進行する(段階の飛び越しや逆行はない)とされる。

graph LR
    subgraph "Piagetの認知発達段階"
        A["感覚運動期\n(0〜2歳)"] --> B["前操作期\n(2〜7歳)"]
        B --> C["具体的操作期\n(7〜11歳)"]
        C --> D["形式的操作期\n(11歳〜)"]
    end
    A -.- A1["対象の永続性"]
    B -.- B1["自己中心性\n保存の未獲得"]
    C -.- C1["可逆性\n系列化\n類の包含"]
    D -.- D1["仮説的推論\n命題的思考"]

感覚運動期(sensorimotor stage, 0〜約2歳): 乳児は感覚と運動を通じて世界を理解する。この期に獲得される最も重要な概念は対象の永続性(object permanence)である。対象の永続性とは、対象が視界から消えても存在し続けるという理解であり、Piagetによれば生後8か月頃から獲得が始まる。A-not-B課題(対象を場所Aに繰り返し隠した後に場所Bに隠すと、乳児が依然としてAを探索する)はこの発達過程を示す典型的なパラダイムである。

前操作期(preoperational stage, 約2〜7歳): 表象能力(象徴機能)が出現し、言語・ごっこ遊び・延滞模倣が可能になる。しかしこの期の思考には重大な制約がある。自己中心性(egocentrism)は、他者が自分とは異なる視点をもちうることを理解できない傾向を指し、三つ山課題(three-mountain task)で実証された。また保存(conservation)の未獲得も特徴的であり、たとえば同量の液体を細長い容器と太い容器に移し替えると量が変わったと判断する。これは見かけの知覚的特徴に思考が支配されること(中心化, centration)と、操作の可逆性の理解が欠如していることによる。

具体的操作期(concrete operational stage, 約7〜11歳): 具体的な対象や事象について論理的操作が可能になる。可逆性(reversibility)の理解により保存課題を正答できるようになり、系列化(seriation, 対象を大きさなどの次元に沿って順序づける)や類の包含(class inclusion, 「花」の中に「バラ」と「チューリップ」が包含されるという階層的分類関係の理解)も獲得される。ただし、思考は具体的な対象や状況に束縛されており、抽象的・仮説的な推論はまだ困難である。

形式的操作期(formal operational stage, 約11歳以降): 具体的な事物から離れて、仮説的・抽象的な命題について論理的に推論できるようになる。仮説演繹的推論(hypothetico-deductive reasoning)が可能になり、変数を体系的に操作して仮説を検証する科学的思考が出現する。Piaget & Inhelderの振り子課題では、紐の長さ・重りの重さ・振幅・押す力の4変数のうちどれが振り子の周期を決定するかを体系的に検証できるかが問われる。


Piaget理論の修正と新ピアジェ派

Piaget理論への主要な批判

Piagetの理論は認知発達研究の基盤を築いたが、1970年代以降、実証的研究の蓄積により以下の重要な批判が提起された。

第一に、乳幼児の能力の過小評価である。Piagetの課題は言語的応答や複雑な運動反応を要求するため、子どもの認知能力ではなく課題遂行に必要な周辺的能力の限界を測定していた可能性がある。Renee Baillargeon(1987)は、注視時間を指標とする違反期待法を用いて、生後3.5か月の乳児がすでに対象の永続性の初期的理解を示すことを報告した。これはPiagetが想定した8か月よりはるかに早い。

第二に、発達の連続性への疑問である。Piagetは段階間の移行を比較的急激な質的変化として描いたが、多くの研究は発達がより漸進的・連続的に進行することを示している。保存概念の獲得も、ある日突然すべての保存課題を正答するようになるのではなく、量の保存→重さの保存→体積の保存という順序で段階的に獲得される(水平的デカラージュ, horizontal décalage)。

第三に、領域一般性への疑問である。Piagetは各段階の思考構造が領域横断的に適用されると考えたが、実際には同一の子どもが一方の領域では具体的操作期の思考を示しつつ、別の領域では前操作期にとどまることがしばしば観察される。発達は領域一般的(domain-general)というよりも領域固有的(domain-specific)に進行する側面が大きい。

新ピアジェ派

Key Concept: 新ピアジェ派(neo-Piagetian theories) Piagetの段階的発達の枠組みを維持しつつ、情報処理理論の概念(作業記憶容量など)を統合することで、Piaget理論の限界を克服しようとする理論群。

Robbie Case(1944-2000)は、Piagetの段階構造を情報処理理論と統合した。Caseは各段階内の発達が中央概念構造(central conceptual structure)の精緻化によって進行すると考え、段階間の移行は作業記憶容量(working memory capacity)の増大と自動化(automatization)によって可能になると主張した。すなわち、既存の操作が自動化されることで作業記憶の余裕が生じ、より複雑な操作が可能になる。

Kurt Fischer(1943-2020)のスキル理論(skill theory)は、発達を段階的かつ領域固有的に捉える点で独自の位置を占める。Fischerは、子どもの認知能力は最適水準(optimal level, 支援がある場合の最高遂行水準)と機能的水準(functional level, 自発的な通常の遂行水準)の間で変動すると考えた。この区別は、後述するVygotskyの最近接発達領域の概念と共鳴する。

graph TD
    subgraph "Piaget理論への批判と修正"
        P["Piaget理論"] --> C1["批判1: 乳児能力の過小評価"]
        P --> C2["批判2: 発達の連続性"]
        P --> C3["批判3: 領域一般性への疑問"]
        C1 --> R1["違反期待法の知見\n(Baillargeon)"]
        C2 --> R2["漸進的移行\n水平的デカラージュ"]
        C3 --> R3["領域固有性の証拠"]
        R1 --> NP["新ピアジェ派"]
        R2 --> NP
        R3 --> NP
        NP --> NP1["Case: 中央概念構造\n+ 作業記憶"]
        NP --> NP2["Fischer: スキル理論\n最適水準と機能的水準"]
    end

Vygotskyの社会文化的理論

最近接発達領域

Key Concept: 最近接発達領域(ZPD: Zone of Proximal Development) 子どもが独力では達成できないが、より有能な他者の援助があれば達成できる課題の範囲。Vygotskyにとって、発達の潜在的可能性を示す指標であり、教授-学習の最適な領域である。

Lev Vygotsky(1896-1934)はソ連の心理学者であり、36歳で夭折したにもかかわらず、発達心理学と教育心理学に決定的な影響を及ぼした。Vygotskyの中心的主張は、高次の精神機能は社会的相互作用に起源をもつということである。認知発達は、個体が独力で環境を探索する過程(Piagetの見方)ではなく、文化的に媒介された社会的活動の中で生じる。

Vygotskyは、発達の評価において独力での遂行水準のみに注目するPiaget的アプローチを批判し、最近接発達領域(ZPD)の概念を提唱した。ZPDとは、子どもが自力では解決できないが、大人やより有能な仲間の導きがあれば解決できる課題の範囲である。Vygotskyにとって、「良い教授は発達の前を行く」("Good instruction leads development")のであり、ZPDにおける教授こそが発達を推進する。

足場かけ

Key Concept: 足場かけ(scaffolding) 学習者の能力水準に応じて、より有能な他者が提供する一時的な支援を段階的に撤去していく教授的介入。Jerome Brunerが命名した概念であり、Vygotskyの ZPD に基づく。

足場かけ(scaffolding)はJerome Bruner(1915-2016)がVygotskyの理論に基づいて名づけた概念である。建築における足場と同様に、学習者が自力で課題を遂行できるようになるまでの一時的な支援構造を指す。足場かけの特徴は、学習者の能力が向上するにつれて支援を段階的に撤去する(fading)点にある。

David Wood, Jerome Bruner & Gail Ross(1976)の研究では、母親が3〜5歳の子どもに積み木のピラミッドを組み立てる課題を教える場面を観察し、効果的な足場かけの特徴を分析した。有能な指導者は、子どもが困難に直面したときにのみ介入し、子どもの現在の理解水準に合わせて支援の程度を調整していた。

内言の発達

Key Concept: 内言(inner speech) 音声を伴わない自己への発話。Vygotskyは、外言(社会的発話)→自己中心的言語→内言という発達経路を想定し、思考の道具としての言語の内面化過程を論じた。

Vygotskyは、言語と思考の関係について独自の発達モデルを提示した。幼児に見られる自己中心的言語(egocentric speech)——ひとりでいるときの独り言——について、PiagetとVygotskyは対照的な解釈を与えている。

Piagetは、自己中心的言語は他者の視点をとれない自己中心性の表れであり、発達に伴い社会化された言語に置き換えられて消失すると考えた。一方Vygotskyは、自己中心的言語は社会的起源をもつ外言が、思考を自己調整する道具として内面化される過渡的段階であると主張した。すなわち、外言(他者との対話)→ 自己中心的言語(声に出しての自己対話)→ 内言(音声を伴わない思考)という発達経路を想定した。

この解釈を支持する証拠として、自己中心的言語は課題が困難になると増加するという観察がある。これは自己中心的言語が自己調整機能をもつことを示唆しており、単なる自己中心性の表れとするPiagetの解釈と矛盾する。

PiagetとVygotskyの比較

観点 Piaget Vygotsky
発達の推進力 内的均衡化 社会的相互作用
知識の構成 個体が能動的に構成 社会的・文化的に媒介
言語と思考 思考が言語に先行 言語が思考を形成
自己中心的言語 自己中心性の表れ(消失) 自己調整機能の表れ(内面化)
発達の方向 個人内 → 社会的 社会的 → 個人内
教授の役割 発達に追従 発達を先導(ZPD)

中核知識理論と乳児の認知能力

中核知識理論

Key Concept: 中核知識理論(core knowledge theory) ヒトは進化的に獲得された少数の中核知識システムを生得的に備えており、これが物理・数量・対象・空間・社会的行為者などに関する基礎的理解を可能にするとする理論。Elizabeth Spelkeが主導的に展開した。

Elizabeth Spelke(Harvard大学)が提唱する中核知識理論は、乳児が白紙の状態(tabula rasa)で生まれるのではなく、進化の過程で形成された中核知識システム(core knowledge systems)を備えているとする立場である。Spelkeが提唱する主要な中核システムには、対象の表象(物体は連続的に存在し、固形である)、行為者の表象(意図的行為の理解)、数の表象(少数の正確な表象と大きな数の近似的表象)、空間の幾何学的表象などが含まれる。

これらのシステムは領域固有的(domain-specific)であり、生後早期から機能し、ヒト以外の霊長類にも共有される部分がある点で、進化的起源をもつと考えられている。中核知識理論は、Piagetの「発達は感覚運動的活動から始まる」という見解に対する根本的な挑戦を含んでいる。

違反期待法

Key Concept: 違反期待法(violation-of-expectation paradigm, VOE) 乳児の認知を測定する実験パラダイム。物理法則に合致するイベント(可能事象)と違反するイベント(不可能事象)を提示し、後者への注視時間の延長をもって乳児がその法則を理解していると推論する。

言語や複雑な運動反応を使えない乳児の認知能力を測定するために、Renee Baillargeon、Spelkeらは違反期待法を開発した。この手法は選好注視法(preferential looking)の応用であり、以下の論理に基づく。

乳児がある物理的原理を理解しているならば、その原理に違反する事象(不可能事象)を見たときに驚き、注視時間が延長される。一方、原理に合致する事象(可能事象)は予測通りであるため注視時間は短い。この注視時間の差をもって、乳児がその原理を表象していると推論する。

乳児の物理的知識と数的知識

Baillargeonの先駆的研究(1987)では、跳ね橋課題を用いて以下の手続きを行った。乳児に板が前後に回転する場面を繰り返し見せた後、板の後ろに箱を置いた。可能事象では板が箱の位置で停止し、不可能事象では板が箱を通り抜けるように見えた(実際には箱が密かに除去されていた)。生後3.5〜4.5か月の乳児は不可能事象をより長く注視し、物体の連続性(固形の対象が別の対象を通り抜けることはない)の初期的理解を示した。

数的知識に関しては、Karen Wynn(1992)の「足し算」研究が代表的である。5か月の乳児にミッキーマウスの人形を1体見せた後にスクリーンで隠し、もう1体をスクリーンの後ろに加える場面を見せた。スクリーンを除去したときに2体が現れる場合(1+1=2, 可能事象)と1体のみの場合(1+1=1, 不可能事象)とでは、乳児は不可能事象をより長く注視した。これは、乳児が少数の対象について加算的な期待を形成しうることを示唆する。

生得主義と経験主義の現代的議論

中核知識理論は生得主義的(nativist)立場をとるが、この主張には批判も存在する。Spencer, Thomas, & McClelland(2009)らのコネクショニスト・アプローチは、乳児の行動がネットワーク学習により生後の経験から迅速に獲得されうることをシミュレーションで示し、生得的モジュールを仮定する必要性に疑問を呈している。

現代の議論は「生得か経験か」の二項対立ではなく、生得的バイアスや制約が経験による学習をいかに方向づけるかという相互作用的な枠組みへと移行しつつある。これはSection 1で検討した遺伝-環境の相互作用モデルの認知発達領域への適用と見なすことができる。

graph TD
    subgraph "乳児の認知能力に関する研究パラダイム"
        VOE["違反期待法\n(VOE)"] --> PHY["物理的知識の検出"]
        VOE --> NUM["数的知識の検出"]
        PHY --> P1["対象の永続性\n(Baillargeon, 1987)"]
        PHY --> P2["固形性・連続性"]
        NUM --> N1["少数の正確な表象\n(Wynn, 1992)"]
        NUM --> N2["大数の近似的表象"]
    end
    subgraph "理論的解釈"
        CK["中核知識理論\n(Spelke)"] --> NAT["生得的モジュール"]
        CON["コネクショニスト"] --> EXP["迅速な学習"]
        NAT --> INT["現代的統合:\n生得的バイアス + 経験"]
        EXP --> INT
    end

心の理論

心の理論の定義

Key Concept: 心の理論(theory of mind, ToM) 自己および他者が信念・欲求・意図・感情といった心的状態をもつことを理解し、それに基づいて行動を説明・予測する能力。David Premack & Guy Woodruff(1978)が命名した。

心の理論(theory of mind)は、David Premack & Guy Woodruff(1978)がチンパンジー研究の文脈で導入した概念であり、他者の心的状態を推測する能力を指す。ヒトの社会的認知の基盤をなすこの能力は、他者の行動を単なる物理的出来事としてではなく、信念・欲求・意図に動機づけられた行為として理解することを可能にする。

誤信念課題

Key Concept: 誤信念課題(false belief task) 他者が現実とは異なる信念(誤信念)をもちうることを理解しているかを測定する課題。Heinz Wimmer & Josef Perner(1983)が開発し、心の理論獲得の標準的な指標とされる。

心の理論の操作的な指標として最も広く用いられるのが誤信念課題である。Heinz Wimmer & Josef Perner(1983)が開発した最初の課題は「マクシ課題」と呼ばれる。マクシがチョコレートを場所Aに置いて部屋を出る。マクシの不在中に母親がチョコレートを場所Bに移す。戻ってきたマクシはどこを探すか。

正答(場所A)を得るには、マクシの信念(チョコレートはAにある)が現実(チョコレートはBにある)と異なること——すなわちマクシが誤信念をもつこと——を理解しなければならない。

Simon Baron-Cohen, Alan Leslie & Uta Frith(1985)が開発したSally-Anne課題は、この誤信念課題の簡略版であり、以後の研究で最も広く使用されている。Sallyがビー玉をかごに入れて部屋を出る。Anneがビー玉をかごから取り出して箱に移す。Sallyが戻ったとき、どこを探すか。

心の理論の発達的推移

心の理論の発達は段階的に進行する。

  • 2歳頃: 欲求の理解が出現する。他者が自分とは異なる欲求をもちうることを理解し始める。
  • 3歳頃: 信念と欲求の区別が発達するが、誤信念課題は通過できない。他者の行動を説明する際、現実の状況をそのまま他者の信念として帰属する傾向がある。
  • 4〜5歳頃: 標準的な誤信念課題を通過する。他者が現実とは異なる信念をもちうることを明示的に理解する。この年齢は文化を超えて比較的一貫している。
  • 6〜7歳以降: 二次的誤信念(「AはBが〜と考えていると思っている」)の理解が発達する。皮肉・冗談・社交辞令など、より高次の心の理論的理解が発達し続ける。

ただし、近年の研究では、注視時間や予測的注視を指標とする暗黙的(implicit)誤信念課題において、15か月の乳児ですら誤信念に関する初期的な理解を示すことが報告されている(Onishi & Baillargeon, 2005)。この知見は、明示的な誤信念理解の4〜5歳での獲得と、暗黙的な理解のより早期の出現との間の関係をめぐる議論を生んでおり、心の理論の発達における二重過程の可能性が検討されている。

自閉スペクトラム症との関連

Baron-Cohen, Leslie & Frith(1985)の研究は、心の理論の発達が自閉スペクトラム症(ASD: Autism Spectrum Disorder)と深く関連することを示した。この研究では、自閉症の子ども(平均約12歳)の80%がSally-Anne課題に失敗したのに対し、定型発達の子ども(平均約4歳)の85%とダウン症の子ども(平均約11歳)の86%は通過した。

Alan Leslie(1987)は、心の理論の基盤としてメタ表象(metarepresentation, 表象の表象)能力を仮定するモジュール理論を提唱した。Leslieによれば、心の理論モジュール(Theory of Mind Module, ToMM)は生得的な情報処理機構であり、自閉症ではこのモジュールの障害が中核的な問題であるとする。

Baron-Cohen(1995)はこの考えを発展させ、マインドブラインドネス(mindblindness)仮説を提唱した。ASDにおいては心の理論の障害が社会的コミュニケーションの困難の中核にあるとする見方である。ただし、この見方は現在では過度に単純化されているとの批判もあり、ASDの認知的・神経的基盤はより多面的であることが認識されている。

graph LR
    subgraph "心の理論の発達的推移"
        A["2歳頃\n欲求の理解"] --> B["3歳頃\n信念の理解\n(誤信念は未通過)"]
        B --> C["4〜5歳頃\n一次的誤信念の通過"]
        C --> D["6〜7歳以降\n二次的誤信念\n皮肉・冗談の理解"]
    end
    E["暗黙的誤信念理解\n(15か月, Onishi & Baillargeon)"] -.-> C

まとめ

  • Piagetの認知発達段階説は、子どもが環境との相互作用を通じてシェマを構成・再構成する過程として発達を描き、感覚運動期→前操作期→具体的操作期→形式的操作期の4段階を提唱した。各段階は質的に異なる思考構造を特徴とする。
  • Piaget理論に対しては、乳児の能力の過小評価、発達の連続性、領域固有性の観点から批判が提起された。新ピアジェ派(Case, Fischer)は情報処理理論との統合によりこれらの課題に対応した。
  • Vygotskyの社会文化的理論は、認知発達を社会的相互作用に根ざす過程として捉え、最近接発達領域(ZPD)・足場かけ・内言の概念により、教授と発達の関係を理論化した。PiagetとVygotskyは発達の推進力を内的構成と社会的媒介のいずれに求めるかで対照的である。
  • 中核知識理論(Spelke)は、違反期待法により乳児が生後早期から物理的・数的知識を示すことを実証し、生得的な認知基盤の存在を主張した。生得主義と経験主義の対立は、現代では相互作用的な枠組みへと統合されつつある。
  • 心の理論は4〜5歳頃に誤信念課題の通過として明示的に出現するが、暗黙的理解はより早期に存在する可能性がある。自閉スペクトラム症における心の理論の困難は、社会的認知の神経認知基盤の解明に寄与してきた。
  • 次のSection 3(言語発達)では、言語の獲得過程を認知発達と関連づけて検討する。PiagetとVygotskyの言語-思考関係に関する対照的な見解は、言語発達の理論を理解する重要な前提となる。また、Section 5(青年期以降の発達)では、形式的操作期以降の認知的発達と、成人期・老年期における認知的変化を扱う。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
構成主義的認識論 constructivist epistemology 知識は主体と環境の相互作用を通じて能動的に構成されるとする立場
シェマ schema 世界を理解し相互作用するための組織化された行動・思考パターン
同化 assimilation 既存のシェマに新たな経験を取り込む過程
調節 accommodation 新たな経験に合わせてシェマを修正する過程
均衡化 equilibration 同化と調節の間のバランスを回復しようとする自己調整過程
対象の永続性 object permanence 対象が視界から消えても存在し続けるという理解
自己中心性 egocentrism 他者が自分とは異なる視点をもちうることを理解できない傾向
保存 conservation 見かけの変化にかかわらず量・数などが不変であるという理解
可逆性 reversibility 操作を逆に行えば元の状態に戻るという理解
新ピアジェ派 neo-Piagetian theories Piagetの段階構造と情報処理理論を統合した理論群
最近接発達領域 Zone of Proximal Development (ZPD) 独力では不可能だが他者の援助で達成可能な課題の範囲
足場かけ scaffolding 学習者の能力に応じた一時的支援を段階的に撤去する教授的介入
内言 inner speech 音声を伴わない自己への発話。思考の道具として機能する
中核知識理論 core knowledge theory 生得的な中核知識システムが基礎的認知を可能にするとする理論
違反期待法 violation-of-expectation paradigm 物理法則に違反するイベントへの注視時間延長により乳児の認知を測定する手法
心の理論 theory of mind (ToM) 自己・他者の心的状態を理解し行動を説明・予測する能力
誤信念課題 false belief task 他者が誤信念をもちうることの理解を測定する課題

確認問題

Q1: Piagetのいう同化と調節の違いを説明し、具体例を挙げてそれぞれがどのように機能するか述べよ。

A1: 同化とは既存のシェマに新たな経験を取り込む過程であり、調節とは新たな経験に合わせてシェマを修正する過程である。たとえば「四つ足の動物=犬」というシェマをもつ幼児が猫を見たとき、それを「犬」と呼ぶならば同化が生じている。しかし猫が犬とは異なる鳴き声や行動をすることに気づき、犬と猫を区別する新しいシェマを形成するならば調節が生じている。同化は既存の認知構造の範囲内で経験を処理し、調節は認知構造そのものを変容させる。両者は適応の相補的側面であり、均衡化の過程を通じてバランスを保つ。

Q2: Piaget理論に対する主要な批判を3点挙げ、それぞれについて批判を裏づける実証的根拠を述べよ。

A2: 第一に、乳幼児の能力の過小評価がある。Baillargeon(1987)は違反期待法を用いて生後3.5か月の乳児がすでに対象の永続性の初期的理解を示すことを報告しており、Piagetの想定した8か月よりも大幅に早い。第二に、発達の連続性への疑問がある。保存課題の獲得は量→重さ→体積という順序で漸進的に進行する(水平的デカラージュ)など、段階間の移行はPiagetが想定したほど急激な質的変化ではない。第三に、領域一般性への疑問がある。同一の子どもが一方の課題では具体的操作期の思考を示しつつ、別の課題では前操作期にとどまるといった領域間の非同期性がしばしば観察され、発達が領域一般的ではなく領域固有的に進行する側面が示されている。

Q3: PiagetとVygotskyの理論を、発達の推進力、言語と思考の関係、教育への含意の3つの観点から比較せよ。

A3: 発達の推進力について、Piagetは均衡化という内的な自己調整過程を想定し、子どもが能動的に知識を構成するとした。Vygotskyは社会的相互作用こそが発達を推進すると考え、より有能な他者との協働の中で高次精神機能が内面化されるとした。言語と思考の関係について、Piagetは思考が言語に先行し、自己中心的言語は自己中心性の未熟さの表れとして消失すると考えた。Vygotskyは言語が思考を形成するとし、自己中心的言語は自己調整機能をもつ外言が内言へと内面化される過渡的段階であるとした。教育への含意について、Piaget的立場では教授は子どもの現在の発達段階に合わせるべきであるが、Vygotskyの ZPD 概念に基づけば、良い教授は発達の先を行くべきであり、足場かけを通じて子どもの潜在能力を引き出すことが重視される。

Q4: 違反期待法の基本的な論理を説明し、この方法により示された乳児の認知能力の具体例を1つ挙げよ。

A4: 違反期待法は、乳児がある物理的原理を理解しているならば、その原理に違反する事象(不可能事象)を見たときに驚き注視時間が延長されるという仮定に基づく。乳児に物理法則に合致する可能事象と違反する不可能事象を提示し、注視時間の差をもって当該原理の表象を推論する。Baillargeon(1987)の跳ね橋課題では、板の後ろに箱を置いた状態で、板が箱の位置で停止する可能事象と箱を通り抜けるように見える不可能事象を提示した。生後3.5〜4.5か月の乳児は不可能事象をより長く注視し、固形の対象が別の対象を通り抜けることはないという物体の連続性・固形性に関する初期的理解を示した。

Q5: 心の理論の獲得を測定する誤信念課題の手続きを説明し、この課題が心の理論の指標として適切である理由を述べよ。さらに、自閉スペクトラム症(ASD)児における誤信念課題の遂行について、Baron-Cohen, Leslie & Frith(1985)の知見を述べよ。

A5: 代表的な誤信念課題であるSally-Anne課題では、Sallyがビー玉をかごに入れて退室した後、AnneがそのビーAnneがそのビー玉を箱に移す場面を子どもに見せ、戻ったSallyがどこを探すかを尋ねる。正答(かご)を得るには、Sallyの信念が現実とは異なること(Sallyはビー玉がまだかごにあると誤って信じている)を理解する必要がある。これは他者の心的状態が現実と乖離しうるという理解を要求するため、心の理論の核心的な指標となる。Baron-Cohen, Leslie & Frith(1985)は、定型発達児(約4歳)の85%とダウン症児の86%がこの課題を通過したのに対し、自閉症児(平均約12歳)の80%が失敗したことを報告した。この知見は、自閉症における社会的認知の困難が知的水準や発達年齢では説明できない特異的な心の理論の障害に起因する可能性を示し、ASDの認知的基盤の解明に大きく貢献した。