コンテンツにスキップ

Module 1-5 - Section 3: 言語発達

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-5: 発達心理学
前提セクション Section 2(認知発達)
想定学習時間 3.5時間

導入

Section 2では、Piagetの認知発達段階説とVygotskyの社会文化的理論を中心に認知発達の諸理論を検討した。そこで浮上した重要な論点の一つが、言語と思考の関係である。Piagetにとって言語は認知発達の産物であり思考に従属するものであったのに対し、Vygotskyは言語こそが思考を形成する道具であるとした。この対照的な見解は、言語の獲得が認知発達とは独立した固有のメカニズムによるのか、それとも一般的な認知能力の延長として説明されるのかという、言語発達研究の中核的問題に直結する。

本セクションでは、まず言語発達の経験的事実——乳児期の前言語的コミュニケーションから文法の獲得に至る発達の段階——を概観し、次にこの発達を説明する主要な理論的立場を検討する。さらに、臨界期仮説の証拠とバイリンガリズムが認知発達に及ぼす影響について論じる。


言語発達の段階

前言語期

ヒトの乳児は、最初の語を発する以前から豊かなコミュニケーション能力を展開する。前言語期(prelinguistic period)における発声と社会的相互作用の発達は、後の言語獲得の基盤を形成する。

Key Concept: 喃語(babbling) 生後6か月頃から出現する、子音と母音の反復的な音節産出(例: "bababa", "dadada")。初期には母語に関係なく普遍的な音声が産出されるが、生後10か月頃から母語の音韻体系に同調し始める。

生後2か月頃にはクーイング(cooing)と呼ばれる母音様の発声("aaa", "ooo")が出現し、生後6か月頃には反復喃語(reduplicated babbling)が始まる。この初期の喃語は言語環境に関係なく普遍的なパターンを示すが、Patricia Kuhl(2004)の研究が示すように、乳児の音声知覚は生後6〜12か月の間に母語への特化が進む。具体的には、母語にない音韻的対比の弁別能力が低下し(知覚的狭窄, perceptual narrowing)、母語の音韻カテゴリーの弁別が強化される。この過程は喃語の産出にも反映され、生後10か月頃には喃語が母語の音韻的特徴を帯び始める。

聴覚障害児も喃語を産出するが、その発達はやや遅延し、音声の多様性が制約される。手話環境で育つ聾児は手による喃語(manual babbling)を産出するという報告もあり、喃語が音声固有の現象ではなくリズミカルな運動パターンの反復という、より一般的な発達過程であることが示唆される。

Key Concept: 指さし(pointing) 生後9〜12か月頃に出現する意図的なコミュニケーション行動。要求を示す叙求的指さし(proto-imperative pointing)と、対象への注意の共有を求める叙述的指さし(proto-declarative pointing)に区分される。

指さしは前言語的コミュニケーションにおける重要な達成である。叙求的指さし(proto-imperative pointing, 生後9か月頃)は対象の獲得を目的とする指さしであり、叙述的指さし(proto-declarative pointing, 生後12か月頃)は興味ある対象に他者の注意を向けさせることを意図した指さしである。後者は共同注意(joint attention)の確立を含み、他者が独立した注意の主体であるという理解を前提とするため、社会的認知の発達における重要な指標とされる。Michael Tomaselloは、叙述的指さしの出現を、ヒトに固有の共有志向性(shared intentionality)の初期的な表出として位置づけている。

初語と語彙発達

Key Concept: 初語(first words) 生後12か月前後に産出される最初の意味ある語。指示対象との安定した対応関係をもつ点で喃語と区別される。

生後12か月前後に初語が出現する。初期の語彙は身近な人物(「ママ」「パパ」)、動物、食べ物、身体部位、日常的な動作など、子どもの直接的経験に関連する対象が中心である。初期の語彙獲得は緩やかであり、18か月頃までに50語前後を獲得するのが典型的である。

Key Concept: 語彙爆発(vocabulary spurt) 18か月前後に生じる語彙獲得速度の急激な増加。週に数語のペースから数十語に加速する現象であり、命名洞察(naming insight)の獲得と関連づけられることが多い。

18か月前後に多くの子どもで語彙爆発が観察される。この急激な語彙増加は、すべての事物に名前があるという洞察(命名洞察)の獲得、既存の語彙が臨界量に達してカテゴリー化が促進されること、あるいは指示対象の同定に関する制約原理の成熟など、複数の要因で説明されてきた。ただし、すべての子どもが明確な語彙爆発を示すわけではなく、語彙獲得がより漸進的に進行する子どもも少なくないことが縦断的研究により示されている。

子どもの初期の語彙使用には特徴的な誤りが見られる。過剰拡張(overextension)は語の意味範囲を拡大する誤り(犬以外の四つ足動物もすべて「ワンワン」と呼ぶ)であり、過少拡張(underextension)は意味範囲を限定する誤り(自分の家の犬のみを「ワンワン」と呼ぶ)である。過剰拡張は理解よりも産出においてより顕著であり、語彙が限られているために意味が近い語を代用している側面がある。

timeline
    title 言語発達の主要なマイルストーン
    section 前言語期
        2か月頃 : クーイング
        6か月頃 : 反復喃語の開始
        9か月頃 : 叙求的指さし
        10か月頃 : 喃語の母語同調
        12か月頃 : 叙述的指さし
    section 初期言語期
        12か月頃 : 初語
        18か月頃 : 語彙爆発
        18-24か月 : 二語文の出現
    section 文法発達期
        24-36か月 : 文法形態素の獲得
        36か月以降 : 複文・受動文の発達

二語文から文法の獲得へ

Key Concept: 二語文(two-word stage) 18〜24か月頃に出現する二語の組み合わせによる発話。語順には規則性が見られ、意味関係(行為者-行為、行為-対象など)を表現する。

18〜24か月頃、子どもは二語の組み合わせによる発話を開始する。Roger Brown(1973)は、この段階の発話を電報的発話(telegraphic speech)と特徴づけた。機能語(助詞・冠詞・前置詞など)が省略され、内容語のみで構成される点が電報に似ているためである(例: 「パパ いった」「ジュース ちょうだい」)。ただし、この用語は英語以外の言語に一般化しにくいとの批判もある。

二語文の語順は恣意的ではなく、一定の規則性を示す。英語圏の子どもでは「行為者+行為」("Daddy go")、「行為+対象」("eat cookie")、「所有者+被所有物」("Mommy shoe")などの意味関係が語順によって表現される。これは子どもが単に語を模倣しているのではなく、語の配列に関する規則を抽出していることを示唆する。

Key Concept: 過剰般化(overregularization) 不規則変化をする語に対して規則変化のパターンを適用する誤り(英語の "goed", "foots" など)。子どもが文法規則を抽出して生産的に適用していることの証拠として重要。

2〜3歳以降、文法形態素の獲得が進む。Brown(1973)は英語を母語とする子どもの縦断的研究に基づき、14の文法形態素の獲得順序が子ども間で高い一貫性を示すことを報告した(-ing, 複数形の-s, 過去形の-ed など)。この過程で特に注目されるのが過剰般化である。英語では "go-went", "foot-feet" のような不規則変化形が存在するが、子どもは一旦正しい不規則形を使用した後に、規則変化パターンを適用して "goed", "foots" のような誤りを産出する時期がある(U字型発達)。

この過剰般化は、子どもが文法規則を暗記ではなく抽象的な規則として抽出し、生産的に適用していることの重要な証拠である。過剰般化の誤りは大人の発話には存在しないため、単純な模倣では説明できない。Noam Chomskyはこの現象を、言語獲得が入力の模倣ではなく規則の内在化に基づくことの論拠として強調した。

3歳以降、文法的複雑さは急速に増大する。複文(接続詞による文の連結)、関係節、受動文、疑問文の倒置などが段階的に獲得される。5歳頃までに、子どもは母語の基本的な文法体系の大部分を獲得しているが、複雑な構文(例: 約束構文 "promise" の補文構造)の完全な獲得はさらに遅れる場合がある。


言語獲得の理論

言語発達の段階的事実を前提として、ここではその獲得メカニズムを説明する主要な理論的立場を検討する。中心的な理論的争点は、言語獲得が生得的な言語固有の能力に依存するのか、それとも一般的な認知能力と社会的学習で説明可能なのかである。

行動主義的説明とChomskyの批判

B. F. Skinner(1957)は『言語行動』(Verbal Behavior)において、言語をオペラント条件づけの枠組みで説明しようと試みた。Skinnerによれば、言語行動は他の行動と同様に、強化(reinforcement)の随伴性によって形成される。子どもが「ミルク」と発声し、それに応じてミルクが与えられれば(正の強化)、その言語行動の頻度は増加する。Skinnerは言語行動をマンド(mand, 要求)、タクト(tact, 事物の命名)、エコイック(echoic, 模倣)などの機能的カテゴリーに分類した。

Key Concept: 刺激の貧困(poverty of the stimulus) 子どもが受け取る言語入力は不完全で、非文法的な発話や中断を含み、否定証拠(ある表現が非文法的であるという情報)が体系的に与えられないにもかかわらず、子どもは完全な文法体系を獲得するという問題。Chomskyが生得的言語能力の論拠として提起した。

Noam Chomsky(1959)は、Skinnerの『言語行動』に対する著名な書評において、行動主義的説明の根本的な不十分さを指摘した。Chomskyの批判は以下の論点に集約される。第一に、子どもは聞いたことのない文を生成・理解できる(言語の創造性, creativity)。これは強化の履歴だけでは説明できない。第二に、過剰般化の誤りは環境中の入力の模倣では説明できず、子どもが抽象的規則を抽出していることを示す。第三に、子どもが受け取る言語入力は不完全・不規則であるにもかかわらず(刺激の貧困)、すべての正常な子どもが短期間で母語の複雑な文法体系を獲得する。この刺激の貧困の論証(poverty of the stimulus argument)は、言語獲得を可能にする生得的メカニズムの存在を主張する核心的な論拠である。

生得説: 普遍文法と言語獲得装置

Key Concept: 普遍文法(Universal Grammar, UG) すべてのヒトの言語に共通する文法的原理の体系。Chomskyはこの原理の知識が生得的に備わっていると主張した。

Key Concept: 言語獲得装置(Language Acquisition Device, LAD) Chomskyが仮定した、言語獲得を可能にする生得的な認知機構。普遍文法の知識を含み、言語入力を処理して母語の文法規則を抽出する。

Chomskyは、刺激の貧困を克服して言語獲得を可能にする生得的メカニズムとして、言語獲得装置(LAD)と普遍文法(UG)を提唱した。普遍文法とは、すべてのヒトの言語に共通する構造的原理の体系であり、個別言語の文法はこの普遍文法のパラメータが環境入力によって設定されることで獲得されるとする(原理とパラメータのアプローチ, Principles and Parameters approach)。

たとえば、すべての言語は主語・動詞・目的語をもつが、その語順は言語によって異なる(英語はSVO、日本語はSOV)。Chomskyの枠組みでは、語順の可能性は普遍文法のパラメータとして生得的に規定されており、子どもは入力から自分の言語の語順パラメータの値を設定するだけでよい。

Chomskyの生得説を支持する証拠として、以下が挙げられる。(1)言語獲得の普遍性——正常な認知機能をもつすべての子どもが言語を獲得する。(2)獲得のスケジュールの類似性——文化・言語を超えて発達のマイルストーンが類似する。(3)クレオール語の形成——入力として体系的な文法をもたないピジン語にさらされた子どもが、自発的に文法的に規則的なクレオール語を生成する現象(Derek Bickerton)。

しかし、生得説に対しては、普遍文法の内容が経験的に検証不可能であるとの批判、言語間の多様性が普遍文法の想定以上に大きいという類型論からの批判(例: Daniel Everettの Pirahã 語に関する報告)、および計算論的モデルが「貧困な」入力からでも文法を学習しうることを示す知見が提出されている。

graph TD
    subgraph "言語獲得の理論的対立"
        SK["行動主義\n(Skinner)"] -->|"Chomskyの批判\n(1959)"| CH["生得説\n(Chomsky)"]
        CH --> UG["普遍文法(UG)"]
        CH --> LAD["言語獲得装置(LAD)"]
        SK --> SK1["強化による学習"]
        SK --> SK2["模倣とマンド・タクト"]
        UG --> PP["原理とパラメータ"]
        CH -->|"批判"| UB["用法基盤理論\n(Tomasello)"]
        SK -->|"批判"| UB
        UB --> SOC["社会的認知能力"]
        UB --> PAT["パターン発見"]
        INT["相互作用主義"] --- CH
        INT --- UB
    end

用法基盤理論

Key Concept: 用法基盤理論(usage-based theory) 言語獲得を言語固有の生得的知識ではなく、一般的な認知能力(パターン発見・アナロジー・統計的学習)と社会的認知能力(意図の読み取り・共同注意)によって説明する理論。Michael Tomaselloが中心的に提唱した。

Michael Tomasello(2003)の用法基盤理論(usage-based theory)は、Chomskyの生得説に対する主要な代替理論である。Tomaselloは、言語獲得に言語固有の生得的知識を仮定する必要はなく、以下の一般的な認知能力で説明できると主張する。

第一に、意図の読み取り(intention reading)と共同注意(joint attention)である。子どもは他者が言語表現をどのような意図で使用しているかを読み取ることで、語の意味を同定する。これは前言語期に発達する社会的認知能力の延長である(→ Section 2「心の理論」参照)。

第二に、パターン発見(pattern finding)と統計的学習(statistical learning)である。Jenny Saffran, Richard Aslin & Elissa Newport(1996)は、8か月の乳児が連続する音節列から音節間の遷移確率(transitional probability)に基づいて語の境界を検出できることを実証した。この統計的学習能力は言語固有ではなく、一般的な認知能力である。

第三に、アナロジー抽象化である。子どもは具体的な発話パターン(例: "I want X")を蓄積し、それらのパターン間の類似性からより抽象的な構文スキーマ(例: 主語+動詞+目的語)を段階的に抽出する。Tomaselloはこの過程を動詞の島仮説(verb island hypothesis)として定式化し、初期の文法は個別の動詞ごとに構成されるアイテムベースの構造であり、動詞を超えた抽象的な文法カテゴリーの獲得は漸進的であると主張した。

相互作用主義

Key Concept: 相互作用主義(interactionism) 言語獲得を生得的な能力(必ずしも言語固有ではない)と環境的入力の相互作用の産物として捉える立場。生得説と経験主義の中間的な理論的位置を占める。

相互作用主義は、生得的な能力と環境の双方が言語獲得に不可欠であるとする立場であり、極端な生得説と極端な経験主義の間の理論的空間を占める。Catherine Snow(1977)は、養育者が乳幼児に向ける養育者語(child-directed speech, CDS, かつては motherese とも呼ばれた)の特徴——短い文、高いピッチ、誇張された抑揚、反復、言い換え——が言語獲得を促進する環境的支援として機能することを示した。

Brunerの言語獲得支援システム(Language Acquisition Support System, LASS)の概念は、Chomskyの LAD に対する意図的な応答である。Brunerは、LADが仮に存在するとしても、それだけでは言語獲得は起こりえず、養育者による社会的・語用論的な支援構造が不可欠であると主張した。

現在の言語発達研究において、純粋な生得説や純粋な経験主義をとる研究者は少数であり、生得的バイアス(それが言語固有であるか領域一般的であるかは議論が続く)と環境的入力の相互作用として言語獲得を理解する立場が主流となりつつある。


臨界期仮説

Key Concept: 臨界期仮説(critical period hypothesis) 言語獲得には生物学的に決定された最適な時期(臨界期)が存在し、この期間を過ぎると言語の完全な獲得は困難になるとする仮説。Eric Lenneberg(1967)が体系的に提唱した。

Lennebergの臨界期仮説

Eric Lenneberg(1967)は『言語の生物学的基盤』(Biological Foundations of Language)において、言語獲得には約2歳から思春期までの臨界期が存在するとする仮説を提唱した。Lennebergは、脳の側性化(lateralization)の完成と臨界期の終了を関連づけ、思春期における神経可塑性の低下が言語獲得能力の喪失をもたらすと論じた。

この仮説を支持する証拠として、Lennebergは以下を挙げた。(1)言語獲得の時間経過が成熟のスケジュールに対応すること。(2)早期の脳損傷からの言語回復が、成人の脳損傷よりもはるかに良好であること(脳の可塑性の年齢依存性)。(3)思春期以降に初めて言語に接した場合の獲得の困難さ。

ジーニーの症例

臨界期仮説に関する最も著名な事例は、「ジーニー」(Genie)として知られる少女の症例である(Curtiss, 1977)。ジーニーは生後20か月頃から13歳7か月まで極度の社会的孤立の中で育てられ、言語入力をほぼ完全に遮断されていた。発見後の集中的な言語訓練の結果、ジーニーは語彙を獲得し二語文程度の発話を産出するようになったが、文法的な形態素や複雑な構文の完全な獲得には至らなかった。

この症例は臨界期仮説を支持する証拠として引用されるが、解釈には重大な留意点がある。ジーニーは言語だけでなく栄養・情緒的ケア・社会的相互作用のすべてを剥奪されており、言語獲得の失敗が臨界期の経過に起因するのか、重度の全般的剥奪の結果であるのかを分離できない。単一事例から一般的結論を導くことの限界も明白である。

第二言語習得と年齢効果

Key Concept: 年齢効果(age effects in second language acquisition) 第二言語の最終的な習熟度が、習得開始年齢と負の相関を示す現象。特に音韻と文法の領域で顕著であり、臨界期仮説の間接的証拠とされる。

Jacqueline Johnson & Elissa Newport(1989)は、アメリカ合衆国に移住した中国語・韓国語話者を対象に、渡米年齢と英語文法の習熟度の関係を調べた。その結果、3〜7歳に渡米した被験者は母語話者と同等の文法判断力を示したのに対し、渡米年齢が上がるにつれて成績は直線的に低下し、17歳以降に渡米した群は最も低い成績を示した。特に注目すべきは、7歳を境に成績の低下が顕著になる点であり、これは臨界期仮説と整合的である。

ただし、年齢効果の解釈をめぐっては議論がある。David Birdsong(2006)は、一部の成人学習者が母語話者に匹敵する習熟度に達しうることを示し、臨界期の絶対的な終了点の存在に疑問を呈した。また、年齢効果が生物学的な臨界期に起因するのか、それとも学習環境・動機づけ・母語の干渉といった非生物学的要因によるのかも、完全には解決されていない。

臨界期から敏感期へ

こうした知見を受けて、現在の発達心理学および第二言語習得研究では、言語獲得に完全に不可能になる絶対的な「臨界期」(critical period)が存在するというよりも、言語獲得に特に有利な敏感期(sensitive period)が存在するという、より穏当な立場が主流となっている。敏感期においては、比較的少ない入力で効率的な学習が可能であるが、敏感期を過ぎても学習が完全に不可能になるわけではなく、より多くの努力と時間を要し、最終的な到達度に限界が生じうるとされる。

graph TD
    subgraph "臨界期仮説の証拠と修正"
        LEN["Lennebergの臨界期仮説\n(1967)"] --> E1["証拠1: 脳損傷からの回復\nの年齢依存性"]
        LEN --> E2["証拠2: ジーニーの症例\n(Curtiss, 1977)"]
        LEN --> E3["証拠3: L2習得の年齢効果\n(Johnson & Newport, 1989)"]
        E2 --> L1["制約: 全般的剥奪\nとの分離不可"]
        E3 --> L2["制約: 非生物学的要因\nの寄与"]
        L1 --> SP["敏感期への概念的修正"]
        L2 --> SP
    end

バイリンガリズムと認知発達

バイリンガルの言語発達

二つの言語に同時に接する環境で育つ同時バイリンガル(simultaneous bilingual)の子どもは、当初は二つの言語を混合して使用する傾向があるが、これは二言語が未分化であることを意味しない。研究は、バイリンガル児が2歳頃までに二つの言語体系を区別していることを示している。

Key Concept: コードスイッチング(code-switching) バイリンガル話者が会話の中で二つの言語を交替的に使用すること。混乱の表れではなく、対話相手・場面・話題に応じた語用論的に適切な切り替えであり、高度な言語能力を反映する。

バイリンガル児に見られるコードスイッチングは、かつては言語発達の遅れや混乱の徴候と見なされたが、現在では語用論的に動機づけられた高度な言語運用であることが明らかにされている。バイリンガル児は対話相手が理解する言語を選択し、文法的に適切な位置で言語を切り替える。

バイリンガル児の各言語の語彙量は、同年齢のモノリンガル児と比較して個々の言語では少ない場合があるが、二言語を合計した総語彙量(conceptual vocabulary)はモノリンガル児と同等かそれ以上であることが多い。文法発達のマイルストーンについても、バイリンガル児は各言語においてモノリンガル児と同様の順序と時期で達成する。

バイリンガル優位性仮説

Key Concept: バイリンガル優位性(bilingual advantage) バイリンガルがモノリンガルと比較して、実行機能(特に抑制制御・課題切替)において優位性を示すとする仮説。Ellen Bialystokの一連の研究に基づく。

Ellen Bialystok(2001)は、バイリンガル児がモノリンガル児と比較して、実行機能(executive function)の特定の側面、とりわけ抑制制御(inhibitory control)と注意の切り替え(attentional shifting)において優位性を示すことを報告した。Bialystokの説明では、バイリンガル話者は発話時に不使用言語を常に抑制する必要があり、この継続的な抑制の経験が実行機能の発達を促進するとされる。

Simon課題やFlanker課題において、バイリンガル児はモノリンガル児より速い反応時間を示し、この優位性は児童期から高齢期まで維持されるとする知見も報告された。高齢のバイリンガルでは認知症の発症が平均4〜5年遅延するという疫学的報告(Bialystok, Craik & Freedman, 2007)も、この仮説の射程を広げるものとして注目された。

再現性の議論

しかし、2010年代以降、バイリンガル優位性の再現性に重大な疑義が提起されている。Kenneth Paap & Zachary Greenberg(2013)は、大規模サンプルを用いた研究でバイリンガルとモノリンガルの実行機能の差を検出できなかったことを報告した。その後のメタ分析でも、効果量は出版バイアス(publication bias)を統制すると極めて小さくなるか消失するという結果が示されている。

現在の見解は、バイリンガリズムが実行機能に与える影響は、当初想定されたほど大きくも一貫したものでもない可能性が高い。影響が存在するとしても、バイリンガリズムの種類(同時/継時)、二言語の使用バランス、社会経済的地位、課題の種類など、多くの調整変数に依存する複雑な関係であると考えられている。少なくとも、バイリンガル環境が言語発達や認知発達に有害であるという古い見解は完全に否定されている。


まとめ

  • 言語発達は、前言語期のクーイング・喃語・指さしから始まり、初語(12か月頃)→語彙爆発(18か月頃)→二語文→文法形態素の獲得という段階を経て進行する。過剰般化は子どもが文法規則を抽象的に抽出し生産的に適用していることの証拠である。
  • 言語獲得の理論は、Skinnerの行動主義的説明に対するChomskyの批判を契機に展開された。Chomskyの生得説(普遍文法・LAD)は言語固有の生得的知識を仮定し、Tomaselloの用法基盤理論は一般的な認知能力と社会的認知で言語獲得を説明する。現在は相互作用主義的な立場が主流である。
  • 臨界期仮説(Lenneberg)は、言語獲得に生物学的に最適な時期が存在することを主張する。ジーニーの症例や第二言語習得の年齢効果(Johnson & Newport)がこれを支持するが、現在では絶対的な臨界期よりも敏感期の概念がより妥当とされる。
  • バイリンガル児の言語発達はモノリンガル児と質的に同様の経路をたどる。バイリンガル優位性仮説(Bialystok)は実行機能の向上を主張したが、近年の再現性の問題により、その効果の大きさと普遍性は再検討されている。
  • 言語発達は、Section 2で扱った認知発達(特にPiaget-Vygotskyの言語-思考論争)と密接に関連し、Section 1の遺伝-環境の相互作用という枠組みの具体的な適用例でもある。Section 4(社会性と情動の発達)では、言語能力が社会的相互作用と情動制御に果たす役割が検討される。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
喃語 babbling 生後6か月頃から出現する子音と母音の反復的な音節産出
知覚的狭窄 perceptual narrowing 生後6〜12か月に母語にない音韻対比の弁別能力が低下する現象
指さし pointing 生後9〜12か月に出現する意図的なコミュニケーション行動
共同注意 joint attention 二者が同一の対象に注意を共有する状態とそれを確立する能力
初語 first words 生後12か月前後に産出される最初の意味ある語
語彙爆発 vocabulary spurt 18か月前後に生じる語彙獲得速度の急激な増加
過剰拡張 overextension 語の意味範囲を実際より広く適用する誤り
二語文 two-word stage 18〜24か月頃に出現する二語の組み合わせによる発話段階
電報的発話 telegraphic speech 機能語が省略され内容語のみで構成される初期の発話
過剰般化 overregularization 不規則変化語に規則変化パターンを適用する誤り
刺激の貧困 poverty of the stimulus 不完全な言語入力から完全な文法が獲得されるという問題
普遍文法 Universal Grammar (UG) すべてのヒト言語に共通する生得的な文法原理の体系
言語獲得装置 Language Acquisition Device (LAD) 言語獲得を可能にする生得的な認知機構
用法基盤理論 usage-based theory 一般的認知能力と社会的認知で言語獲得を説明する理論
統計的学習 statistical learning 入力の統計的規則性を検出する学習能力
相互作用主義 interactionism 生得的能力と環境の相互作用として言語獲得を捉える立場
臨界期仮説 critical period hypothesis 言語獲得に生物学的に最適な時期が存在するとする仮説
敏感期 sensitive period 学習が特に効率的に行われる時期。臨界期より緩やかな概念
コードスイッチング code-switching バイリンガルが会話中に二言語を交替的に使用すること
バイリンガル優位性 bilingual advantage バイリンガルが実行機能で優位性を示すとする仮説

確認問題

Q1: 過剰般化(overregularization)とは何か。この現象が言語獲得の理論にとってなぜ重要であるかを、行動主義的説明との対比で説明せよ。

A1: 過剰般化とは、不規則変化をする語に対して規則変化のパターンを適用する誤りである(例: 英語の "go" に対して "goed")。この現象は、子どもが入力を単に模倣しているのではなく、文法規則を抽象的に抽出し生産的に適用していることを示す。大人は "goed" のような形式を使用しないため、過剰般化は強化やモデルの模倣では説明できない。このことはSkinner の行動主義的言語獲得理論——言語行動は環境からの強化と模倣によって形成される——の不十分さを示す重要な証拠であり、Chomskyが主張する規則の内在化に基づく言語獲得の見方を支持する。

Q2: Chomskyの普遍文法(UG)の概念とTomaselloの用法基盤理論は、言語獲得のメカニズムについてどのように異なる説明を提供するか。両者の核心的な対立点を述べよ。

A2: Chomskyは、言語獲得を可能にする言語固有の生得的知識(普遍文法)の存在を仮定する。普遍文法にはすべての言語に共通する構造原理が含まれ、個別言語の文法はそのパラメータの設定として獲得される。刺激の貧困——不完全な入力から完全な文法が獲得されること——が生得的知識の論拠とされる。一方、Tomaselloの用法基盤理論は言語固有の生得的知識を仮定せず、一般的な認知能力(パターン発見・統計的学習・アナロジー)と社会的認知能力(意図の読み取り・共同注意)によって言語獲得を説明する。核心的対立点は、言語獲得に言語に特化した(domain-specific)生得的モジュールが必要か否かである。Chomskyは必要であるとし、Tomaselloは領域一般的(domain-general)な能力で十分であると主張する。

Q3: 臨界期仮説を支持する証拠を2つ挙げ、それぞれの証拠の限界も述べよ。また、臨界期から敏感期への概念的修正が行われた理由を説明せよ。

A3: 第一に、ジーニーの症例がある。13歳まで言語入力を遮断された環境で育てられた後、語彙は獲得したが文法の完全な獲得には至らなかった。しかし、ジーニーは言語だけでなく栄養・情緒・社会的相互作用のすべてを剥奪されていたため、言語獲得の困難が臨界期の経過によるのか全般的剥奪の結果かを分離できないという限界がある。第二に、Johnson & Newport(1989)の第二言語習得研究がある。渡米年齢が上がるにつれて英語文法の最終的な習熟度が低下し、特に7歳以降に顕著であった。しかし、年齢効果が生物学的成熟によるのか、動機づけ・学習環境・母語の干渉などの非生物学的要因によるのかは確定していない。また、一部の成人学習者が母語話者に匹敵する習熟度を達成しうるという知見もある。これらの限界から、言語獲得が完全に不可能になる絶対的な臨界期ではなく、学習が特に効率的な時期としての敏感期という、より穏当な概念への修正が行われた。

Q4: バイリンガル優位性仮説の内容とその理論的根拠を説明した上で、近年この仮説に対して提起されている批判を述べよ。

A4: バイリンガル優位性仮説は、Bialystokらの研究に基づき、バイリンガルがモノリンガルと比較して実行機能(特に抑制制御と注意の切り替え)において優位性を示すと主張する。その理論的根拠は、バイリンガル話者は発話時に不使用言語を常に抑制する必要があり、この継続的な抑制の経験が実行機能の発達を促進するという説明である。しかし、2010年代以降、Paap & Greenberg(2013)の大規模研究をはじめ、バイリンガル優位性を再現できない研究が蓄積された。メタ分析でも、出版バイアスを統制すると効果量が極めて小さくなるか消失するという結果が示されている。現在では、バイリンガリズムが実行機能に与える影響は当初想定されたほど大きくも一貫したものでもなく、効果が存在するとしてもバイリンガリズムの種類・二言語の使用バランス・社会経済的地位などの調整変数に依存する複雑な関係であると考えられている。

Q5: 前言語期の叙述的指さし(proto-declarative pointing)が、後の言語獲得にとってなぜ重要であるとされるか。共同注意および用法基盤理論と関連づけて説明せよ。

A5: 叙述的指さしは、興味ある対象に他者の注意を向けさせることを意図した指さしであり、共同注意(二者が同一の対象に注意を共有する状態)の確立を含む。これは他者が独立した注意の主体であるという理解を前提とし、他者の意図を読み取る社会的認知能力の初期的表出である。Tomaselloの用法基盤理論では、言語獲得は意図の読み取りと共同注意という社会的認知能力に基盤づけられる。語の意味の学習には、話者が何を指示しようとしているかを読み取る必要があり、この能力は叙述的指さしによる共同注意の確立から発展する。したがって、叙述的指さしの出現は言語獲得の社会的・認知的基盤の成立を示す重要なマイルストーンであり、言語発達の予測因子ともなる。