Module 1-5 - Section 4: 社会性・情動の発達¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 1-5: 発達心理学 |
| 前提セクション | Section 1(発達研究の方法論) |
| 想定学習時間 | 4時間 |
導入¶
Section 1で確認した通り、発達は遺伝と環境の相互作用によって規定される。この原理が最も鮮明に現れる領域の一つが、社会性と情動の発達である。ヒトの乳児は生理的早産ともいえる未熟な状態で出生するため、養育者との関係を基盤にして社会的・情動的能力を獲得していく。愛着の形成、気質の表出と環境との適合、道徳的判断の発達、そして自己の認識と概念化は、いずれも遺伝的素因と環境要因が交錯する過程である。
本セクションでは、まずBowlbyとAinsworthによる愛着理論を解説し、次に気質研究の主要な知見を概観する。その後、Kohlbergに代表される道徳性発達の段階理論とその批判的展開を整理し、最後に自己認知と自己概念の発達過程を検討する。これらの知見は、Section 5(青年期以降の発達)で扱うアイデンティティ形成や成人期の社会的発達を理解するための基盤となる。
愛着理論¶
Bowlbyの愛着理論¶
Key Concept: 愛着(attachment) 乳児と特定の養育者との間に形成される持続的な情緒的絆。John Bowlbyが進化論的観点から理論化し、乳児の生存確率を高める生物学的システムとして位置づけた。
John Bowlby(1907-1990)は、精神分析の臨床経験と動物行動学(ethology)の知見を統合し、愛着理論(attachment theory)を構築した。Bowlbyの理論は以下の核心的主張を含む。
第一に、愛着は進化的に形成された行動システムである。ヒトの乳児は自力で移動・摂食できない期間が長く、養育者への近接を維持する行動(泣く、しがみつく、微笑む、後追いするなど)は、捕食者からの保護と養育の確保を通じて生存確率を高める適応的機能をもつ。
第二に、養育者は安全基地(secure base)として機能する。Bowlbyはこの概念をMary Ainsworthの観察研究から取り入れた。乳児は養育者を安心の拠り所とし、そこから環境を探索し、脅威を感じると養育者のもとに戻る。この安全基地機能が適切に作動することが、健全な探索行動と自律性の発達を支える。
Key Concept: 安全基地(secure base) 愛着対象が提供する安心感の拠り所。子どもは安全基地から環境を探索し、不安や脅威を感じた際に帰還する。この機能が安定して作動することで、子どもの探索行動と自律性の発達が促進される。
第三に、愛着関係の経験は内的作業モデル(internal working model)として内面化される。これは自己と他者に関する表象的モデルであり、「自分は助けを求める価値のある存在か」「他者は自分のニーズに応えてくれるか」という暗黙の期待を含む。内的作業モデルはいったん形成されると比較的安定し、その後の対人関係の知覚・期待・行動を方向づけるとされる。
Key Concept: 内的作業モデル(internal working model) 愛着経験に基づいて形成される、自己と他者に関する認知的・情動的表象。対人関係における期待と行動パターンを方向づける。Bowlbyは、このモデルが新たな関係経験によって修正可能であるが、確証バイアス的に自己確認的に機能する傾向をもつと論じた。
Bowlby(1969/1982)は愛着の発達を4つの段階に整理した。第1段階(出生〜約2か月)は人物を区別しない定位と発信の段階、第2段階(約2〜7か月)は特定の人物への選好が現れる段階、第3段階(約7〜24か月)は特定対象への能動的近接維持と安全基地行動が明確になる段階、第4段階(約24か月以降)は目標修正的パートナーシップの段階であり、養育者の目標や計画を理解して自らの行動を調整できるようになる。
Ainsworthのストレンジ・シチュエーション法¶
Key Concept: ストレンジ・シチュエーション法(Strange Situation Procedure) Mary Ainsworthが開発した愛着の質を測定する実験室手続き。母子が見知らぬ環境で分離と再会を経験する一連のエピソードから成り、乳児の行動パターンに基づいて愛着の類型を判定する。
Mary Ainsworth(1913-1999)は、ウガンダおよびボルチモアでの家庭内観察研究を経て、ストレンジ・シチュエーション法(Strange Situation Procedure, SSP)を開発した(Ainsworth, Blehar, Waters, & Wall, 1978)。SSPは約20分間の構造化された実験室手続きであり、8つのエピソード(母子の入室、見知らぬ人の入室、母親の退室、母親との再会など)から構成される。
SSPにおける分類上の鍵は、分離後の再会場面における乳児の行動である。Ainsworthは3つの主要な愛着パターンを同定した。
| 愛着パターン | 再会時の行動 | 養育者の特徴 | 出現率(目安) |
|---|---|---|---|
| 安定型(secure, B型) | 積極的に近接を求め、容易に安定を回復 | 敏感で応答的 | 60-65% |
| 回避型(avoidant, A型) | 養育者を無視・回避、情動表出が乏しい | 拒否的、身体接触を嫌う | 20-25% |
| 抵抗/アンビバレント型(resistant/ambivalent, C型) | 強い苦痛を示すが、接触しても容易に安定しない | 応答が一貫しない | 10-15% |
後にMary Main & Judith Solomon(1986, 1990)は、既存の3分類に該当しない乳児の行動パターンを分析し、無秩序・無方向型(disorganized/disoriented, D型)を追加した。D型の乳児は再会場面で矛盾した行動(接近しながら顔を背ける、凍りつく、常同的動作)を示す。D型は虐待・ネグレクト、養育者自身の未解決なトラウマや喪失体験と関連が深く、後の精神病理のリスク要因として注目されている。
graph TD
subgraph "愛着パターンの分類"
SSP["ストレンジ・シチュエーション法"] --> B["安定型(B型)"]
SSP --> A["回避型(A型)"]
SSP --> C["抵抗/アンビバレント型(C型)"]
SSP --> D["無秩序/無方向型(D型)"]
end
B -->|"安全基地機能が有効"| OUTCOME1["探索行動の促進・情動調整の獲得"]
A -->|"情動の最小化方略"| OUTCOME2["対人的距離の維持"]
C -->|"情動の最大化方略"| OUTCOME3["依存性の増大"]
D -->|"組織化された方略の欠如"| OUTCOME4["精神病理のリスク上昇"]
愛着の長期的影響と世代間伝達¶
愛着パターンの安定性と長期的影響については、多くの縦断研究が蓄積されている。ミネソタ親子プロジェクト(Minnesota Longitudinal Study of Risk and Adaptation)は、高リスク家庭の母子を出生から成人期まで追跡し、乳児期の愛着安定性がその後の社会的能力、感情調整、対人関係の質と関連することを示した(Sroufe, Egeland, Carlson, & Collins, 2005)。ただし、この関連は決定論的ではなく、その後の養育環境の変化やライフイベントによって愛着表象は修正されうる。
世代間伝達に関しては、Main, Kaplan, & Cassidy(1985)が開発した成人愛着面接(Adult Attachment Interview, AAI)が重要な役割を果たしている。AAIは成人が自身の愛着経験を語る際のナラティブの一貫性と組織化の質を評価するものであり、親のAAI分類が子のSSP分類を有意に予測する(van IJzendoorn, 1995のメタ分析で約75%の一致率)。この知見は、親の内的作業モデルが養育行動を介して子の愛着パターンに伝達されるという仮説を支持する。
気質と性格発達¶
Thomas & Chessのニューヨーク縦断研究¶
Key Concept: 気質(temperament) 行動スタイルにおける個人差であり、生物学的基盤をもち、生涯の比較的早い時期から観察可能な特性。情動反応性、活動水準、注意の調整などの次元を含む。
Alexander Thomas & Stella Chess(1977)は、ニューヨーク縦断研究(New York Longitudinal Study, NYLS)において、133名の子どもを乳児期から成人期にかけて追跡し、気質を体系的に研究した。Thomas & Chessは気質を「行動の様式(how)」と定義し、行動の内容(what)や動機(why)とは区別した。彼らは臨床面接と行動観察から9つの気質次元を抽出した。
| 次元 | 内容 |
|---|---|
| 活動水準(activity level) | 運動活動の量と頻度 |
| 周期性(rhythmicity) | 睡眠・食事・排泄などの生理的機能の規則性 |
| 接近-回避(approach/withdrawal) | 新しい刺激への初期反応 |
| 順応性(adaptability) | 環境変化への適応のしやすさ |
| 反応閾(threshold of responsiveness) | 反応を引き起こすのに必要な刺激の強度 |
| 反応の強度(intensity of reaction) | 反応のエネルギー水準 |
| 気分の質(quality of mood) | 快・不快な行動の比率 |
| 注意散漫性(distractibility) | 外的刺激によって行動が変化する程度 |
| 注意の範囲と持続性(attention span/persistence) | 活動への従事の持続時間 |
Thomas & Chessはこれらの次元の組み合わせから3つの気質類型を見出した。容易型(easy child, 約40%)は規則的で順応性が高く気分が快活な子ども、困難型(difficult child, 約10%)は不規則で順応性が低く否定的反応が強い子ども、出だし緩慢型(slow-to-warm-up child, 約15%)は新奇刺激に対して消極的だが徐々に適応する子どもである。残りの約35%はこれらの類型に明確には当てはまらない。
Kaganの行動抑制研究¶
Jerome Kagan(1929-2021)は、気質研究においてとりわけ行動抑制(behavioral inhibition)に焦点を当てた。Kaganらの縦断研究(Kagan, Reznick, & Snidman, 1988; Kagan & Snidman, 2004)は、生後4か月の乳児のうち約15-20%が新奇刺激に対して高い運動活動と泣きを示す「高反応」群であり、この群の多くが幼児期に行動抑制(見知らぬ人や新奇な状況に対する回避・恐怖反応)を示すことを見出した。
Key Concept: 行動抑制(behavioral inhibition) 新奇な刺激、見慣れない人物や状況に対して、回避・警戒・恐怖を示す気質的傾向。Jerome Kaganの縦断研究により、扁桃体の反応閾の低さとの関連が示唆されている。
Kaganは行動抑制の神経基盤として扁桃体(amygdala)の反応閾の低さを仮定し、生理的指標(心拍変動、コルチゾール水準、瞳孔拡張など)との関連を示した。高反応の乳児は交感神経系の覚醒が高い傾向にあり、これが新奇刺激への過敏な反応として行動に現れるとされる。ただし、高反応の乳児すべてが抑制的な幼児になるわけではなく、養育環境との相互作用が発達的軌跡を修飾する。
適合性の概念¶
Key Concept: 適合性(goodness of fit) Thomas & Chessが提唱した概念で、子どもの気質と環境(とりわけ養育者の期待・要求・対応)との間の適合の程度を指す。適合性が高いほど発達的アウトカムは良好であり、不適合は行動上の問題のリスクを高める。
Thomas & Chessは、気質それ自体に「良い・悪い」はなく、気質と環境の間の適合性(goodness of fit)が発達的アウトカムを左右すると主張した。たとえば、困難型の気質をもつ子どもであっても、養育者が忍耐強く一貫した対応をとれば適応的に発達しうる。逆に、養育者の期待と子どもの気質が乖離している場合、行動上の問題が生じやすい。
この概念は、気質の遺伝的基盤を認めつつも環境との相互作用を重視する点で、Section 1で検討した遺伝×環境交互作用の考え方と整合する。
気質からパーソナリティへ¶
気質は生涯にわたるパーソナリティ発達の基盤をなす。近年の縦断研究は、乳幼児期の気質とBig Five(5因子モデル)の性格特性との連続性を示している。たとえば、行動抑制は成人期の神経症傾向(neuroticism)や内向性(introversion)と正の相関をもち、活動水準の高さは外向性(extraversion)と関連する。ただし、この連続性は中程度であり、児童期以降の経験(友人関係、学校環境、重要なライフイベントなど)がパーソナリティの分化に寄与する。Caspi & Shiner(2006)は、気質からパーソナリティへの発達を「精緻化」(elaboration)の過程として記述し、基礎的な情動・行動傾性が認知発達・社会的学習と交錯しながらより複雑な性格構造へと発展すると論じている。
graph LR
subgraph "気質からパーソナリティへの発達"
T["気質(生物学的素因)"] --> INT["遺伝×環境の相互作用"]
ENV["養育環境・社会的経験"] --> INT
INT --> P["パーソナリティの形成"]
end
T --> |"適合性"| GOF["goodness of fit"]
ENV --> GOF
GOF --> |"適応/不適応"| OUT["発達的アウトカム"]
道徳性の発達¶
Kohlbergの道徳発達段階説¶
Key Concept: 道徳発達段階説(stages of moral development) Lawrence Kohlbergが提唱した道徳的推論(moral reasoning)の発達理論。前慣習的・慣習的・脱慣習的の3水準・6段階から成り、Piagetの認知発達理論を道徳領域に拡張したものである。
Lawrence Kohlberg(1927-1987)は、Jean Piagetの道徳的判断に関する研究を拡張し、道徳的推論の発達を3水準6段階で記述した。Kohlbergは仮想的な道徳的ジレンマ(最も有名なのは「ハインツのジレンマ」)に対する被験者の推論の構造を分析し、判断の内容(何を選ぶか)ではなく推論の形式(なぜそう判断するか)を重視した。
| 水準 | 段階 | 道徳的推論の特徴 |
|---|---|---|
| 前慣習的水準 | 段階1: 罰と服従への志向 | 罰の回避に基づく判断。権威への服従 |
| 段階2: 道具的相対主義 | 自分の利益に基づく互恵的判断。「取引」としての公正 | |
| 慣習的水準 | 段階3: 対人的調和への志向 | 他者の期待に応えること、「よい子」であることへの志向 |
| 段階4: 法と秩序の維持 | 社会秩序・法律の遵守への志向。義務の履行 | |
| 脱慣習的水準 | 段階5: 社会契約への志向 | 法律は社会契約であり変更可能。功利主義的考慮 |
| 段階6: 普遍的倫理原則 | 自ら選択した普遍的な正義の原則に基づく判断 |
Kohlberg理論の主要な主張は以下の通りである。段階は不変の順序で進行する(段階の飛び越しや逆行は原則として生じない)。各段階は質的に異なる推論構造を表す。段階の進行は認知発達(とりわけ形式的操作の獲得)を必要条件とするが十分条件ではない。異文化間で同一の段階系列が観察される(ただし到達する最高段階は文化により異なる)。
Kohlberg理論への批判¶
Kohlberg理論は多くの実証的・理論的批判を受けてきた。
Carol Gilligan(1936-) はその著書 In a Different Voice(1982)において、Kohlbergの段階理論が正義(justice)の原理に偏重しており、ケアの倫理(ethics of care)を体系的に過小評価していると批判した。Gilliganによれば、女性はしばしば正義よりもケア(他者への配慮、関係性の維持)に基づいて道徳的判断を行う傾向があり、これはKohlbergの尺度では低い段階として評定されてしまう。Gilliganはケアの倫理にも独自の発達段階を想定したが、実証研究のメタ分析(Walker, 1984; Jaffee & Hyde, 2000)では、道徳的推論の段階に大きな性差は認められていない。それでもGilliganの貢献は、道徳性を正義の一元的な枠組みで捉えることの限界を示した点にある。
その他の批判として、脱慣習的水準(特に段階6)の経験的根拠が薄いこと、道徳的推論の段階と実際の道徳的行動との関連が必ずしも強くないこと、仮想的ジレンマへの反応が日常的な道徳的判断を代表するかが疑問視されていることなどがある。
Haidtの社会的直観主義モデル¶
Key Concept: 社会的直観主義モデル(social intuitionist model) Jonathan Haidtが提唱した道徳判断のモデル。道徳判断は迅速・自動的な直観(intuition)によって先行し、道徳的推論はその事後的な正当化として機能するとする。Kohlbergの合理主義的アプローチとは対照的な立場である。
Jonathan Haidt(2001)は、Kohlbergの理性主義的アプローチに対する根本的な異議申し立てとして、社会的直観主義モデル(social intuitionist model)を提唱した。このモデルによれば、道徳的判断は合理的推論の結論として生じるのではなく、迅速かつ自動的な情動的直観によってまず形成され、道徳的推論はその後づけの正当化として機能する。
Haidtはこの主張を支持する証拠として、道徳的絶句(moral dumbfounding)現象を挙げる。人々は合理的に説明できないにもかかわらず強い道徳的確信を維持する場合があり(たとえば、無害な近親相姦の仮想シナリオに対する嫌悪反応)、これは判断が推論に先立つ直観に基づいていることを示唆する。
道徳基盤理論¶
Haidtはさらに、Jesse Grahamらとともに道徳基盤理論(Moral Foundations Theory, MFT)を提唱した(Graham, Haidt, et al., 2013)。MFTは、道徳性が複数の進化的に準備された基盤(foundations)から構成されるとする。当初は5つの基盤が提唱され、後に6つに拡張された。
| 基盤 | 適応的課題 | 関連する情動 |
|---|---|---|
| ケア/危害(Care/Harm) | 子の保護、脆弱な他者への共感 | 共感、慈悲 |
| 公正/欺瞞(Fairness/Cheating) | 互恵的利他行動の維持 | 怒り、感謝 |
| 忠誠/裏切り(Loyalty/Betrayal) | 集団間競争における結束 | 集団的誇り |
| 権威/転覆(Authority/Subversion) | 階層的関係の維持 | 敬意、恐怖 |
| 神聖/堕落(Sanctity/Degradation) | 汚染物質・病原体の回避 | 嫌悪 |
| 自由/抑圧(Liberty/Oppression) | 支配への抵抗 | 反発 |
MFTは、政治的志向による道徳的判断の差異を説明する枠組みとしても注目されている。リベラル派はケアと公正を特に重視する傾向があるのに対し、保守派は6つの基盤をより均等に重視する傾向がある。
graph TD
subgraph "道徳性発達の理論的展開"
PIAGET["Piaget: 道徳的実在論→道徳的相対主義"] --> KOHLBERG["Kohlberg: 3水準6段階の道徳的推論"]
KOHLBERG --> GILLIGAN["Gilligan: ケアの倫理"]
KOHLBERG --> HAIDT["Haidt: 社会的直観主義"]
HAIDT --> MFT["道徳基盤理論(6基盤)"]
end
KOHLBERG -.->|"推論中心の合理主義"| DEBATE["理性 vs 直観の論争"]
HAIDT -.->|"直観先行・推論は事後的正当化"| DEBATE
自己の発達¶
鏡映自己認知¶
Key Concept: 鏡映自己認知(mirror self-recognition) 鏡に映った像を自分自身であると認識する能力。Michael Lewisらが開発したルージュテストにより評価され、生後18〜24か月頃に出現する。自己意識(self-awareness)の初期指標とされる。
自己の発達の出発点として、Michael Lewis & Jeanne Brooks-Gunn(1979)によるルージュテスト(rouge test / mark test)が重要な知見を提供している。この手続きでは、子どもの鼻や額に気づかれないようにルージュ(赤い印)をつけ、鏡の前に座らせる。子どもが鏡像を見て自分の顔の印に触れる行動は、鏡に映った像が自分であると認識していることを示す。
Lewisらの研究によれば、鏡映自己認知は生後18〜24か月頃に出現する。15か月未満の乳児は鏡像に対して社会的反応(微笑む、手を振るなど)を示すことがあるが、自己として認識してはいない。この時期は、Piagetの感覚運動段階の最終期に対応し、対象の永続性や表象的思考の萌芽と連動している。
鏡映自己認知の出現は、自意識的情動(self-conscious emotions)の出現と関連する。Lewis(2000)は、照れ(embarrassment)、共感(empathy)、嫉妬(jealousy)といった自意識的情動が自己認知の成立後に出現し、さらに誇り(pride)、恥(shame)、罪悪感(guilt)といった自意識的評価情動は、自己を評価基準に照らして判断する能力を要するため、3歳頃から出現すると主張した。
自伝的記憶と幼児期健忘¶
Key Concept: 幼児期健忘(infantile/childhood amnesia) 生後約3歳半以前のエピソード記憶がほとんど想起できない現象。Sigmund Freudが命名したが、現在では神経発達的要因と自伝的記憶の構築に必要な認知的・社会的条件の未成熟によって説明される。
自伝的記憶(autobiographical memory)とは、個人の過去の経験に関する記憶であり、時間的・空間的文脈と自己参照を含む。自伝的記憶の出現は、自己の時間的連続性の認識と密接に関連する。
幼児期健忘について、Freudは抑圧による説明を提出したが、現在では以下の要因が指摘されている。第一に、海馬(hippocampus)を含むエピソード記憶の神経基盤の未成熟である。第二に、自伝的記憶の構築に必要な言語能力と自己概念が十分に発達していないことである。第三に、Katherine Nelson & Robyn Fivush(2004)が強調するように、養育者との会話を通じたナラティブの共同構築が自伝的記憶の形成を促進する。養育者が過去の出来事について詳しく質問し語り合う「精緻化スタイル」(elaborative style)をとる場合、子どもの自伝的記憶はより早く、より豊かに発達する。
自己概念の発達¶
自己概念(self-concept)は、発達に伴って具体的な記述から抽象的な特性記述へと変化する。
幼児期(2〜6歳頃)の自己記述は、観察可能な外的属性(「髪が長い」「走るのが速い」)や所有物(「赤い自転車をもっている」)、行動(「ブロックで遊ぶ」)に基づく。また、自己評価は非現実的に肯定的であることが多い。
児童期中期(7〜11歳頃)になると、社会的比較(他の子どもとの比較)が自己評価の基準となり、心理的特性(「親切」「恥ずかしがり」)による自己記述が増加する。自己評価もより現実的になる。Susan Harter(1999)の研究は、この時期に自己概念が学業的能力、運動的能力、社会的受容、身体的外見、行動的品行などの領域別に分化することを示した。
青年期以降の自己概念の発達については、Section 5(青年期以降の発達)で、Eriksonのアイデンティティ理論とともに詳述する。
graph LR
subgraph "自己の発達過程"
MR["鏡映自己認知(18-24か月)"] --> SCE["自意識的情動の出現"]
MR --> AM["自伝的記憶の形成(3-4歳〜)"]
SCE --> SC1["具体的自己概念(幼児期)"]
AM --> SC1
SC1 --> SC2["領域分化した自己概念(児童期)"]
SC2 --> SC3["抽象的・統合的自己概念(青年期〜)"]
end
まとめ¶
- 愛着理論: Bowlbyは愛着を進化的に形成された行動システムとして理論化し、安全基地と内的作業モデルの概念を提唱した。Ainsworthのストレンジ・シチュエーション法により安定型・回避型・抵抗/アンビバレント型の3類型が同定され、Main & Solomonにより無秩序/無方向型が追加された。愛着パターンは世代間伝達されうる。
- 気質: Thomas & Chessは気質の9次元と3類型を同定し、子どもの気質と環境との適合性(goodness of fit)が発達的アウトカムを左右すると論じた。Kaganは行動抑制の神経基盤を探究した。気質はパーソナリティの発達的基盤をなす。
- 道徳性の発達: Kohlbergの道徳発達段階説は推論の構造に焦点を当てたが、Gilliganのケアの倫理、Haidtの社会的直観主義モデルによる批判的拡張を受けた。道徳基盤理論は道徳性の進化的・多元的基盤を提唱する。
- 自己の発達: 鏡映自己認知は18〜24か月で出現し、自意識的情動や自伝的記憶の発達と連動する。自己概念は具体的な外的属性の記述から、抽象的な心理的特性の記述へと発達する。
Section 5(青年期以降の発達)では、本セクションで整理した愛着・自己・道徳性の発達を前提として、Eriksonのアイデンティティ形成理論、成人期の社会的発達と認知変化、老年期の心理的適応と成功的加齢を検討する。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 愛着 | attachment | 乳児と特定の養育者との間に形成される持続的な情緒的絆 |
| 安全基地 | secure base | 愛着対象が提供する安心感の拠り所。探索行動の出発点 |
| 内的作業モデル | internal working model | 愛着経験に基づく自己と他者に関する認知的・情動的表象 |
| ストレンジ・シチュエーション法 | Strange Situation Procedure | Ainsworthが開発した愛着の質を測定する実験室手続き |
| 無秩序/無方向型 | disorganized/disoriented | Main & Solomonが追加した第4の愛着パターン。矛盾した行動を特徴とする |
| 成人愛着面接 | Adult Attachment Interview (AAI) | 成人の愛着表象を評価する半構造化面接 |
| 気質 | temperament | 生物学的基盤をもつ行動スタイルの個人差 |
| 適合性 | goodness of fit | 子どもの気質と環境要求との適合の程度 |
| 行動抑制 | behavioral inhibition | 新奇刺激に対する回避・警戒の気質的傾向 |
| 道徳発達段階説 | stages of moral development | Kohlbergの3水準6段階の道徳的推論の発達理論 |
| ケアの倫理 | ethics of care | Gilliganが提唱した、関係性と配慮に基づく道徳的判断の枠組み |
| 社会的直観主義モデル | social intuitionist model | Haidtの道徳判断モデル。直観先行、推論は事後的正当化 |
| 道徳基盤理論 | Moral Foundations Theory | 道徳性が複数の進化的基盤から構成されるとする理論 |
| 鏡映自己認知 | mirror self-recognition | 鏡像を自己として認識する能力 |
| 幼児期健忘 | infantile/childhood amnesia | 約3歳半以前のエピソード記憶がほとんど想起できない現象 |
| 自伝的記憶 | autobiographical memory | 個人の過去の経験に関する、自己参照を含む記憶 |
| 自意識的情動 | self-conscious emotions | 自己認知の成立を前提とする情動(照れ、恥、罪悪感など) |
確認問題¶
Q1: Bowlbyの愛着理論における「内的作業モデル」とは何か。それが対人関係に及ぼす影響を説明せよ。 A1: 内的作業モデルとは、愛着経験に基づいて形成される自己と他者に関する認知的・情動的表象である。「自分は助けを求める価値があるか」「他者は自分のニーズに応答してくれるか」という暗黙の期待を含み、いったん形成されると比較的安定的に機能する。安定型の愛着を経験した者は、自己を肯定的に、他者を信頼可能なものとして表象し、親密な関係を形成・維持しやすい。一方、不安定型の愛着経験は、対人関係において回避的あるいは不安・葛藤的なパターンを生じさせやすい。ただし、内的作業モデルはその後の関係経験や治療的介入によって修正されうる。
Q2: Thomas & Chessの「適合性(goodness of fit)」の概念について、気質類型の一つを例に挙げて具体的に説明せよ。 A2: 適合性とは、子どもの気質特性と環境(特に養育者の期待・対応)との間の適合の程度を指す。たとえば「困難型」の気質をもつ子ども(不規則な生理的リズム、新奇刺激への否定的反応、適応の遅さが特徴)の場合、養育者が忍耐強く一貫した対応をとり、環境変化に対して段階的な導入を行えば適合性は高く、良好な発達が期待される。しかし、養育者が即座の適応を要求したり、否定的反応に対して厳しく叱責したりすれば適合性は低下し、行動上の問題が生じやすくなる。気質それ自体に良し悪しはなく、環境との相互作用の質が発達的アウトカムを決定するという点がこの概念の核心である。
Q3: Kohlbergの道徳発達理論に対するHaidtの社会的直観主義モデルの批判の要点を述べよ。両者の道徳判断における「推論」の位置づけの違いに焦点を当てること。 A3: Kohlbergは道徳的推論を道徳判断の中核過程と位置づけた。個人はジレンマに直面して合理的に推論し、その推論の構造的成熟度が道徳発達の段階を規定すると考えた。これに対してHaidtの社会的直観主義モデルは、道徳判断は迅速・自動的な直観(情動的反応)によってまず形成され、道徳的推論はその判断を事後的に正当化する過程にすぎないと主張する。Haidtは「道徳的絶句」現象を証拠として挙げ、人々が合理的な理由を述べられないにもかかわらず強い道徳的確信を維持する事例を示した。つまり、Kohlbergにおいて推論は判断を「生成する」ものであるのに対し、Haidtにおいて推論は判断を「正当化する」ものであり、道徳的判断形成における推論と直観の因果的役割が逆転している。
Q4: 鏡映自己認知の出現が、なぜ自己の発達における重要な指標とされるのか。その後に出現する自意識的情動との関連を含めて論じよ。 A4: 鏡映自己認知(ルージュテストで18〜24か月頃に出現)は、子どもが自分の身体を客観的に認識し、鏡像と自己を対応づける表象的能力を獲得したことを示す。これは主体としての自己(I-self)に加え、客体としての自己(Me-self)の成立を意味する。この自己認知の成立は、照れ、共感、嫉妬といった自意識的情動の出現と連動する。これらの情動は、自己が他者の視線にさらされている、あるいは他者と自己の関係を意識していることを前提とするためである。さらに3歳頃には、誇り・恥・罪悪感といった自意識的評価情動が出現するが、これらは自己を内在化された基準や規範に照らして評価する能力を要する。このように、鏡映自己認知は自己意識の発達的系列の起点であり、社会的・道徳的発達の前提条件となる点で重要な発達的マイルストーンとされる。
Q5: 愛着の世代間伝達のメカニズムについて、成人愛着面接(AAI)の知見を踏まえて説明せよ。 A5: 成人愛着面接(AAI)は、成人が自身の幼少期の愛着経験について語る際のナラティブの一貫性と組織化の質を評価する半構造化面接である。van IJzendoorn(1995)のメタ分析によれば、親のAAI分類は子のストレンジ・シチュエーション法における愛着分類を約75%の一致率で予測する。想定されるメカニズムは以下の通りである。親の内的作業モデル(自身の愛着経験に関する表象)が日常的な養育行動(子どもの信号への敏感な応答、情動調整の支援、安全基地機能の提供)を介して子の愛着体験を形成する。安定した内的作業モデルをもつ親は敏感で応答的な養育を行いやすく、その結果として子に安定型の愛着が形成される。一方、未解決なトラウマや喪失体験をもつ親は、養育場面で解離的・恐怖喚起的な行動を示しやすく、これが子の無秩序/無方向型愛着のリスクを高める。ただし、この伝達は決定論的ではなく、後の経験や治療的介入による修正が可能である。