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Module 1-5 - Section 5: 青年期以降の発達

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-5: 発達心理学
前提セクション Section 2(認知発達), Section 4(社会性・情動の発達)
想定学習時間 3.5時間

導入

Section 2では、Piagetの認知発達段階説における形式的操作期が青年期に達成されること、そしてVygotskyの理論が認知発達を文化的・社会的文脈の中に位置づけることを確認した。Section 4では、Bowlbyの愛着理論が示す内的作業モデルが生涯にわたる対人関係を方向づけること、Kohlbergの道徳発達段階が脱慣習的水準に至りうること、そして自己概念の発達が社会的比較と内省の深化を伴うことを検討した。

本セクションでは、これらの基盤の上に、青年期のアイデンティティ形成から成人期・老年期に至る生涯発達の過程を扱う。発達心理学は長らく児童期を中心に研究されてきたが、Erik Eriksonの心理社会的発達理論を契機として、生涯にわたる発達(life-span development)の視座が確立された。認知的能力の変化、社会的関係の再編、そして加齢に対する心理的適応を理解することで、発達心理学の射程を生涯全体に拡張する。


アイデンティティの形成

Eriksonの心理社会的発達段階

Key Concept: 心理社会的発達段階(psychosocial stages of development) Erik Eriksonが提唱した、生涯を8段階に区分する発達理論。各段階には固有の心理社会的危機があり、その解決が人格的強さ(virtue)の獲得につながるとされる。

Erik Erikson(1902-1994)は、Sigmund Freudの心理性的発達理論を拡張し、発達を乳児期から老年期までの生涯全体にわたる過程として理論化した。Freudが性的衝動(リビドー)を発達の原動力としたのに対し、Eriksonは社会的関係と文化的文脈を重視した。Eriksonの理論の特徴は、各段階において個人が社会から要求される課題と自らの心理的ニーズとの間で経験する葛藤、すなわち心理社会的危機(psychosocial crisis)を発達の中核に据えた点にある。

8つの段階とその危機を以下に整理する。

graph LR
  S1["乳児期: 信頼 vs 不信"] --> S2["幼児前期: 自律性 vs 恥・疑惑"]
  S2 --> S3["幼児後期: 積極性 vs 罪悪感"]
  S3 --> S4["学童期: 勤勉性 vs 劣等感"]
  S4 --> S5["青年期: アイデンティティ vs 役割拡散"]
  S5 --> S6["成人前期: 親密性 vs 孤立"]
  S6 --> S7["成人期: 生殖性 vs 停滞"]
  S7 --> S8["老年期: 統合性 vs 絶望"]
段階 年齢の目安 心理社会的危機 獲得される強さ
1 乳児期(0-1歳) 基本的信頼 vs 不信 希望
2 幼児前期(1-3歳) 自律性 vs 恥・疑惑 意志
3 幼児後期(3-6歳) 積極性 vs 罪悪感 目的
4 学童期(6-12歳) 勤勉性 vs 劣等感 有能感
5 青年期(12-20歳) アイデンティティ vs 役割拡散 忠誠
6 成人前期(20-40歳) 親密性 vs 孤立
7 成人期(40-65歳) 生殖性 vs 停滞 世話
8 老年期(65歳以降) 統合性 vs 絶望 知恵

Eriksonの理論において、各段階の危機は「解決されるか否か」の二項対立ではなく、肯定的解決と否定的解決の間の力動的な均衡として理解される。理想的な発達では肯定的側面が優勢となるが、否定的側面も完全に排除されるわけではない。例えば、基本的信頼の段階でも一定の不信感を獲得することは、他者を見極める健全な判断力の基盤となる。

青年期の危機であるアイデンティティ vs 役割拡散(identity vs. role confusion)は、Erikson理論の中でも最も広く研究されてきた。青年期には身体的成熟、認知的能力の高度化(Section 2で扱った形式的操作の獲得)、そして社会的役割の多様化が同時に生じ、「自分は何者か」「自分の人生の方向性は何か」という問いが切迫する。この問いに対する一貫した回答を形成する過程がアイデンティティの確立であり、それに失敗した状態が役割拡散である。

Key Concept: アイデンティティ(identity) Eriksonの用語で、自己の連続性・一貫性・独自性に対する主観的感覚。職業、価値観、信念、対人関係における自己の位置づけの統合を含む。形式的操作思考の獲得と社会的経験の拡大を基盤として青年期に形成される。

Marciaのアイデンティティ・ステイタスモデル

James Marcia(1966)は、Eriksonのアイデンティティ概念を操作化するために、アイデンティティ・ステイタスモデル(identity status model)を開発した。Marciaは、アイデンティティ形成を「危機(exploration)」と「傾倒(commitment)」という2つの次元で分類した。ここでいう「危機」とは、価値観や目標の選択肢を積極的に探索する過程を指し、「傾倒」とは特定の選択に対して明確なコミットメントを行うことを意味する。

Key Concept: アイデンティティ・ステイタス(identity status) James Marciaが提唱した、アイデンティティ形成の程度を「探索(crisis/exploration)」と「傾倒(commitment)」の2次元で分類する4類型。Eriksonのアイデンティティ概念の操作的定義として広く使用されている。

ステイタス 探索 傾倒 特徴
アイデンティティ達成(achievement) 経験済み あり 探索を経て自らの選択に傾倒している
モラトリアム(moratorium) 進行中 なし 現在積極的に探索しているが未だ傾倒に至っていない
早期完了(foreclosure) 未経験 あり 探索を経ずに(多くは親の価値観を受容して)傾倒している
アイデンティティ拡散(diffusion) 未経験 なし 探索も傾倒も行っていない

縦断研究の知見によれば、アイデンティティ・ステイタスは青年期を通じて固定的ではなく、前進(diffusion→moratorium→achievement)だけでなく退行も生じうる。また、達成は一度で完了するものではなく、成人期においても新たな危機に直面して再探索が起こりうることが示されている(MAMA cycle: moratorium-achievement-moratorium-achievement)。

成人移行期

Key Concept: 成人移行期(emerging adulthood) Jeffrey Jensen Arnettが提唱した、およそ18歳から25歳の時期を指す発達的概念。先進工業社会において、青年期と完全な成人期の間に位置するアイデンティティ探索、不安定性、自己焦点化を特徴とする独自の発達段階として理論化された。

Jeffrey Jensen Arnett(2000)は、先進工業社会における若者の発達的状況の変化を踏まえ、成人移行期(emerging adulthood)という概念を提唱した。高等教育の大衆化、初婚年齢の上昇、職業キャリアの流動化により、18-25歳の時期はもはや従来の「成人前期」とは質的に異なる特徴を示している。Arnettはこの時期の特徴として、(1) アイデンティティ探索の集中、(2) 不安定性、(3) 自己焦点化、(4) 「間にいる」感覚(feeling in-between)、(5) 可能性の時期、の5点を挙げた。

ただし、成人移行期の概念には批判もある。この概念が適用できるのは先進工業社会の中でも高等教育に進む層に限られ、経済的に恵まれない層や非西洋社会の若者の経験を十分に捉えていないという指摘がある。また、成人移行期を独立した発達段階とみなすべきか、既存のErikson理論の成人前期の延長とみなすべきかについても議論がある。


成人期の認知変化

結晶性知能と流動性知能

Key Concept: 結晶性知能(crystallized intelligence)と流動性知能(fluid intelligence) Raymond Cattellが区分した2種類の知能。結晶性知能は経験や学習を通じて蓄積された知識・技能であり、加齢に伴い維持または増加する。流動性知能は新奇な問題に対する推論・処理の能力であり、成人期以降に低下する傾向を示す。

Raymond Cattell(1963)とその弟子のJohn Horn(1966)は、知能を結晶性知能(crystallized intelligence, Gc)と流動性知能(fluid intelligence, Gf)に区分する理論を提唱した。この区分は、加齢に伴う認知的変化のパターンを理解するうえで中心的な枠組みとなっている。

結晶性知能は、語彙、一般知識、専門的技能など、文化的・教育的経験を通じて蓄積された認知的能力を指す。結晶性知能は成人期を通じて維持されるか、むしろ緩やかに増加する傾向を示す。70代以降にも著しい低下を示さないことが多い。

流動性知能は、パターン認識、抽象的推論、新奇な問題の解決など、経験に依存しない認知的処理能力を指す。流動性知能は20代後半から30代にかけてピークに達し、その後緩やかに低下する。この低下は、処理速度の低下と密接に関連している。

graph TD
  subgraph "加齢に伴う認知的変化"
    A["結晶性知能 Gc"] -->|"維持・漸増"| B["70代以降も比較的安定"]
    C["流動性知能 Gf"] -->|"20代後半以降に漸減"| D["処理速度の低下と連動"]
    E["処理速度"] -->|"加齢とともに低下"| C
  end

処理速度と認知的加齢

Timothy Salthouse(1996)は、加齢に伴う認知機能低下の多くが処理速度の低下(processing speed decline)によって説明されるとする処理速度理論(processing speed theory)を提唱した。Salthouseの研究によれば、処理速度の低下は2つのメカニズムを通じて認知的パフォーマンスに影響する。第一に、制限時間内に完了できる認知的操作の量が減少する(制限時間メカニズム)。第二に、先行する処理の結果が利用可能な間に後続の処理を完了できなくなるため、複雑な課題で特に影響が大きくなる(同時性メカニズム)。

処理速度の低下は20代から始まり、直線的に進行する。重要な点は、処理速度を統計的に統制すると、多くの認知課題における年齢差が大幅に縮小することである。これは、加齢に伴う認知的変化の相当部分が処理速度という単一の要因で説明可能であることを示唆している。

知恵の概念

Key Concept: 知恵(wisdom) Paul Baltesらが研究した高次の認知的能力。人生の困難で不確実な問題に関する優れた判断力と洞察を含む。専門知識(expertise)の一形態として概念化され、加齢とともに必然的に増加するものではないが、経験の蓄積を前提とする。

Paul Baltes(1939-2006)とベルリン知恵パラダイム(Berlin Wisdom Paradigm)の研究グループは、知恵を「人生の基本的な問題に関する専門知識」(expert knowledge about the fundamental pragmatics of life)として操作的に定義した。Baltesらは知恵の5つの基準を設定した。(1) 豊富な事実的知識(factual knowledge)、(2) 豊富な手続き的知識(procedural knowledge)、(3) 生涯文脈主義(lifespan contextualism)、(4) 価値の相対主義(value relativism)、(5) 不確実性の認識と管理。

研究の結果、知恵は加齢とともに自動的に増加するものではないことが明らかになった。知恵の高い評価を得る個人は年齢層にわたって分布しており、若年成人にも知恵の高い者はいる。ただし、知恵の前提条件として一定の人生経験の蓄積が必要であるため、極端に若い年齢では知恵が出現しにくい。Baltesは、知恵の発達を促す要因として、豊かな人生経験、メンター的人物との出会い、反省的思考の習慣、そして開放性(openness to experience)を挙げた。

認知予備能

Key Concept: 認知予備能(cognitive reserve) 教育、職業的知的活動、社会的関与、余暇活動などの生涯にわたる知的経験の蓄積が、加齢や神経変性疾患に対する認知的耐性を高めるとする仮説。脳の構造的損傷が同程度であっても、認知予備能の高い個人はより高い機能的水準を維持する。

認知予備能(cognitive reserve)の概念は、同程度の脳の神経病理的変化(例えばアルツハイマー型の変化)を有していても、認知機能の低下の程度に大きな個人差が存在するという観察から発展した。Yaakov Sternら(2002)の研究は、高い教育水準、知的に複雑な職業、活発な社会的参加、余暇における知的活動が認知予備能を構築し、加齢に伴う認知的低下や認知症の発症を遅延させることを示した。

認知予備能の概念は、加齢に伴う認知的変化が不可避であるとしても、その影響を緩和する介入可能性を示唆する点で重要である。


老年期の認知と社会的適応

社会情動的選択性理論

Key Concept: 社会情動的選択性理論(socioemotional selectivity theory) Laura Carstensenが提唱した動機づけ理論。時間的展望(残された時間の知覚)が社会的目標を規定するとする。時間が無限に感じられるとき人は知識獲得を優先し、時間が限られていると感じるとき情動的満足を優先する。

Laura Carstensen(1992, 2006)の社会情動的選択性理論(socioemotional selectivity theory, SST)は、加齢に伴う社会的ネットワークの縮小を、能力の低下や社会的排除の結果ではなく、動機づけの変化に基づく適応的な選択として説明する。

SSTの中核的主張は、社会的目標を規定する要因が時間的展望(future time perspective)であるという点にある。若者は残された時間を広大に感じるため、新たな情報の獲得や社会的ネットワークの拡大といった知識関連目標(knowledge-related goals)を優先する。一方、高齢者は残された時間の有限性を認識するため、情動的に意味のある関係の深化や情動的満足といった情動調整目標(emotion regulation goals)を優先する。

重要なのは、この理論が加齢そのものではなく時間的展望を因果的変数とみなしている点である。実験的研究により、若者であっても時間的展望が制限される状況(重篤な疾患の診断、社会的変動など)では高齢者と同様の社会的選好を示すことが確認されている。逆に、高齢者であっても残された時間の展望が拡張される条件では、知識関連目標の優先度が上昇する。

ポジティビティ効果と情動調整

Carstensenらの研究は、高齢者におけるポジティビティ効果(positivity effect)も明らかにした。高齢者は若年成人と比較して、注意・記憶においてポジティブな情報を選好し、ネガティブな情報を回避する傾向を示す。例えば、ポジティブな顔とネガティブな顔を同時に提示すると、高齢者はポジティブな顔に注意を向けやすい。また、過去の出来事を想起する際にも、高齢者はポジティブな出来事をより多く、より鮮明に想起する傾向がある。

このポジティビティ効果は受動的な認知的衰退の副産物ではなく、情動調整目標の優先に基づく能動的な注意・記憶の制御であるとCarstensenは主張する。ポジティビティ効果が十分な認知資源を前提として生じること、認知負荷が高い条件では減弱することが、この解釈を支持している。

加齢のパラドクス

Key Concept: 加齢のパラドクス(paradox of aging) 客観的な身体的・認知的機能の低下にもかかわらず、高齢者の主観的ウェルビーイング(幸福感、生活満足度)が維持されるか、むしろ向上する現象。SSTによる情動調整の最適化が一因とされる。

加齢に伴い、身体的健康、認知機能、社会的役割、経済的資源など多くの客観的指標は低下する。しかし、大規模調査研究の知見は、高齢者の主観的ウェルビーイング(subjective well-being)が若年成人と同等か、それを上回る水準を示すことを一貫して報告している。この現象は加齢のパラドクス(paradox of aging)と呼ばれる。

SSTはこのパラドクスの有力な説明を提供する。高齢者は情動調整に動機づけ的な優先を置き、ポジティビティ効果に見られるように注意・記憶における情動的選択性を発揮するため、主観的な情動的経験の質が維持・向上する。また、Section 4で検討した愛着理論の観点からは、長年にわたる関係性の中で内的作業モデルが安定化し、親密な関係において安定した情動的基盤が確保されることも寄与していると考えられる。


成功的加齢の理論

Rowe & Kahnの成功的加齢モデル

Key Concept: 成功的加齢(successful aging) John RoweとRobert Kahnが提唱した概念。加齢を「通常の加齢」と「成功的加齢」に区分し、後者を(1)疾病・障害リスクの低さ、(2)高い認知的・身体的機能、(3)積極的な社会参加の3要素で定義した。

John Rowe & Robert Kahn(1987, 1997)は、MacArthur Foundation Study of Aging in Americaの知見に基づき、加齢の過程を通常の加齢(usual aging)と成功的加齢(successful aging)に区分するモデルを提唱した。従来の老年学では「疾病のない加齢」を正常とみなす傾向があったが、RoweとKahnは単なる疾病の不在を超えた積極的な概念として成功的加齢を定義した。

成功的加齢の3要素は階層的に構成される。疾病・障害リスクの低さが基盤となり、その上に高い認知的・身体的機能の維持が位置し、さらにその上に積極的な社会参加が位置する。3要素のすべてが満たされたとき、成功的加齢が実現する。

graph TD
  subgraph "Rowe & Kahnの成功的加齢モデル"
    A["積極的な社会参加"] --> B["高い認知的・身体的機能"]
    B --> C["疾病・障害リスクの低さ"]
  end

補償を伴う選択的最適化(SOC)

Key Concept: 補償を伴う選択的最適化(SOC: Selective Optimization with Compensation) Paul BaltesとMargret Baltesが提唱した適応的加齢の理論的枠組み。加齢に伴う資源の減少に対して、目標の選択(selection)、残存資源の最適化(optimization)、代替手段の活用(compensation)の3つのプロセスを通じて適応するとする。

Paul Baltes & Margret Baltes(1990)は、加齢に伴う適応のメカニズムとして補償を伴う選択的最適化(SOC: Selective Optimization with Compensation)のモデルを提唱した。SOCモデルは、加齢に伴い生物学的・認知的・社会的資源が減少するという前提のもと、個人がいかにして限られた資源で最大限の成果を維持するかを説明する。

3つの構成要素は以下の通りである。選択(selection)は、追求する目標の数を絞り込み、最も重要な領域に資源を集中することである。最適化(optimization)は、選択した目標の達成に向けて残存資源を洗練・強化することである。補償(compensation)は、従来の手段が失われた場合に代替的手段を活用することである。

Baltes自身がしばしば引用した例は、ピアニストのArthur Rubinsteinである。Rubinsteinは晩年、演奏するレパートリーを絞り込み(選択)、選んだ曲をより多く練習し(最適化)、技術的制約を補うために速いパッセージの前にテンポを落として速度の対比を際立たせる(補償)ことで、高水準の演奏を維持した。

graph LR
  subgraph "SOCモデル"
    S["選択 Selection"] -->|"目標を絞る"| O["最適化 Optimization"]
    O -->|"資源を集中・強化"| C["補償 Compensation"]
    C -->|"代替手段の活用"| R["適応的な機能維持"]
  end

成功的加齢概念への批判と代替的枠組み

Rowe & Kahnの成功的加齢モデルは広く影響力をもったが、いくつかの重要な批判が提起されている。

第一に、基準の排他性の問題がある。3要素すべてを充足する高齢者は全体の少数に過ぎず、慢性疾患や障害をもつ高齢者が「失敗的加齢」として暗黙に位置づけられるという批判である。障害学の立場からは、疾病・障害の不在を成功の基準とすること自体が能力主義的(ableist)であるとの指摘がある。

第二に、構造的・社会経済的要因の軽視がある。疾病リスクの低さや社会参加の機会は、個人の行動選択だけでなく、生涯を通じた社会経済的地位、人種・民族、ジェンダー、医療アクセスなどの構造的要因に規定される。成功的加齢を個人の責任として捉える枠組みは、こうした構造的不平等を不可視化する危険がある。

第三に、主観的経験の軽視がある。Rowe & Kahnモデルは客観的指標に基づいているが、高齢者自身がどのように自らの加齢を経験し意味づけるかという主観的側面を十分に取り込んでいない。加齢のパラドクスが示すように、客観的基準では「成功的」でない高齢者も高い主観的ウェルビーイングを報告しうる。

これらの批判に対する代替的枠組みとして、SOCモデルは加齢を目標達成の過程として捉え、どのような状態の個人にも適用可能である点で包括性が高い。また近年では、レジリエンスの視点から加齢を捉える枠組みや、高齢者の主観的経験と意味づけを重視するナラティブ・アプローチなど、多元的な成功的加齢の概念化が進展している。


まとめ

  • Eriksonの心理社会的発達理論は、発達を乳児期から老年期までの生涯にわたる過程として捉え、各段階に固有の心理社会的危機を位置づけた。青年期のアイデンティティ形成は、Section 2で検討した形式的操作思考とSection 4で検討した自己概念の発達を基盤として展開される
  • Marciaのアイデンティティ・ステイタスモデルは、探索と傾倒の2次元により、アイデンティティ形成の多様なパターンを記述可能にした。Arnettの成人移行期の概念は、現代社会におけるアイデンティティ探索の長期化を理論化したが、その適用範囲には限界がある
  • 結晶性知能と流動性知能の区分は、加齢に伴う認知的変化の複合的なパターンを説明する。処理速度の低下が流動性知能の低下の主要な媒介変数であることがSalthouseの研究により示された。一方、知恵や認知予備能の研究は、加齢に伴う認知的変化が一方向的な衰退ではないことを示している
  • Carstensenの社会情動的選択性理論は、時間的展望の変化が社会的目標と情動調整を規定することを明らかにし、加齢のパラドクスに対する理論的説明を提供した
  • Rowe & Kahnの成功的加齢モデルとBaltes & BaltesのSOCモデルは、加齢への適応を理論化する代表的枠組みであるが、前者には排他性や構造的要因の軽視に関する批判がある

本セクションをもって、Module 1-5(発達心理学)の全体を終える。本モジュールでは、方法論的基盤(Section 1)から出発し、認知発達(Section 2)、言語発達(Section 3)、社会性・情動の発達(Section 4)、そして青年期以降の生涯発達(本セクション)を順に検討した。これらは発達を異なる側面から分析したものであるが、実際の発達過程では認知・言語・社会性・情動は相互に影響し合いながら展開する。Piagetの認知的構成主義、Vygotskyの社会文化的理論、Bowlbyの愛着理論、そしてEriksonの心理社会的発達理論は、それぞれ異なる理論的伝統に属しながらも、発達を生物学的成熟と環境的経験の相互作用として捉える点で共通している。生涯発達の視座は、こうした相互作用が一生涯にわたって継続することを示している。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
心理社会的発達段階 psychosocial stages of development Eriksonが提唱した生涯8段階の発達理論。各段階に固有の心理社会的危機がある
アイデンティティ identity 自己の連続性・一貫性・独自性に対する主観的感覚
アイデンティティ・ステイタス identity status Marciaが提唱した、探索と傾倒の2次元によるアイデンティティ形成の4類型
成人移行期 emerging adulthood Arnettが提唱した18-25歳の発達的時期。アイデンティティ探索と不安定性を特徴とする
結晶性知能 crystallized intelligence 経験・学習を通じて蓄積された知識・技能。加齢に伴い維持・増加する
流動性知能 fluid intelligence 新奇な問題に対する推論・処理能力。成人期以降に低下傾向を示す
知恵 wisdom 人生の困難な問題に関する優れた判断力と洞察。Baltesが専門知識の一形態として概念化
認知予備能 cognitive reserve 生涯の知的経験の蓄積が加齢による認知低下への耐性を高めるとする仮説
社会情動的選択性理論 socioemotional selectivity theory Carstensenの理論。時間的展望が社会的目標を規定するとする
ポジティビティ効果 positivity effect 高齢者がポジティブな情報を選好しネガティブな情報を回避する傾向
加齢のパラドクス paradox of aging 客観的機能低下にもかかわらず主観的ウェルビーイングが維持・向上する現象
成功的加齢 successful aging Rowe & Kahnが定義した、疾病回避・高機能・社会参加を要素とする加齢の概念
補償を伴う選択的最適化 SOC: Selective Optimization with Compensation Baltes & Baltesの理論。選択・最適化・補償による加齢への適応を説明する

確認問題

Q1: Eriksonの心理社会的発達段階における青年期の危機は「アイデンティティ vs 役割拡散」であるが、この危機の解決を支える認知的基盤はSection 2で扱ったどのような能力と関連するか。また、Eriksonが各段階の危機について「肯定的側面が完全に勝利すべき」と主張していたわけではないのはなぜか。 A1: 青年期のアイデンティティ形成は、Piagetの形式的操作期に達成される抽象的・仮説的思考能力を認知的基盤とする。「自分とは何者か」「どのような人生を送るべきか」といった問いは、具体的操作を超えた仮説的推論と自己への反省的思考を必要とする。各段階の危機について、否定的側面も一定程度経験されることが健全な発達に寄与する。例えば、基本的信頼の段階でも適度な不信感は他者を弁別する判断力の基盤となり、両側面の力動的均衡が人格的強さの獲得につながる。

Q2: Marciaのアイデンティティ・ステイタスにおける「早期完了」と「アイデンティティ達成」は、いずれも傾倒(commitment)が存在する点で共通するが、発達的に異なる意味をもつ。両者の相違を「探索」の有無と関連づけて説明し、なぜ早期完了が発達的に問題を含みうるか論じなさい。 A2: アイデンティティ達成は探索の過程を経た上での傾倒であり、複数の選択肢を比較検討し、自ら主体的に選択した結果である。一方、早期完了は探索を経ずに傾倒しており、多くの場合は親や権威的人物の価値観を無批判に受容した結果である。早期完了は表面的には安定しているが、主体的な探索に基づかないため、後に予期しない危機(例えば親の価値観と矛盾する経験)に遭遇した際に脆弱であり、退行(拡散状態への移行)が生じうる。

Q3: Carstensenの社会情動的選択性理論は、高齢者の社会的ネットワークの縮小を「喪失」ではなく「選択」として説明する。この理論の核心的な因果変数は何か、またこの理論的主張を支持する実験的証拠を1つ挙げなさい。 A3: SSTの核心的な因果変数は「時間的展望(future time perspective)」であり、暦年齢そのものではない。残された時間が有限と認識されるとき、人は情動調整目標を優先し、情動的に意味のある少数の関係に焦点を絞る。この理論を支持する証拠として、若者であっても時間的展望が制限される条件(重篤な疾患の診断や重大な社会変動の予期)では、高齢者と同様に情動的に親密な社会的パートナーを選好することが実験的に示されている。

Q4: Rowe & Kahnの成功的加齢モデルに対する主要な批判を2点挙げ、Baltes & BaltesのSOCモデルがそれらの批判をどのように克服しうるか説明しなさい。 A4: 主要な批判の第一は、3要素(疾病回避・高機能・社会参加)すべてを満たす高齢者は少数であり、慢性疾患や障害をもつ高齢者が暗黙に「失敗的加齢」と位置づけられてしまう排他性の問題である。第二は、疾病リスクの低さや社会参加の機会が社会経済的地位や医療アクセスなどの構造的要因に規定されるにもかかわらず、個人の行動選択として捉える枠組みが構造的不平等を不可視化する点である。SOCモデルは、加齢を資源の減少に対する適応過程として捉え、選択・最適化・補償の3戦略はどのような健康状態・社会的条件の個人にも適用可能であるため、排他性の問題を回避できる。また、SOCモデルは個人が置かれた条件の中での最適な機能維持を目指すものであり、特定の客観的基準の達成を要求しないため、構造的制約の中でも「成功的」な適応が概念化できる。

Q5: 結晶性知能と流動性知能の加齢に伴う変化パターンの相違を、Salthouseの処理速度理論およびSternらの認知予備能の概念と関連づけて説明しなさい。 A5: 結晶性知能は経験・学習に基づく蓄積的な知識であり、加齢に伴い維持・増加する。流動性知能は新奇な問題に対する処理能力であり、成人期以降に低下する。Salthouseの処理速度理論は、流動性知能の低下の大部分が処理速度の低下によって媒介されることを示した。処理速度を統計的に統制すると年齢差が大幅に縮小することがこれを支持する。一方、認知予備能の概念は、教育や知的活動の蓄積が流動性知能の低下への耐性を高めることを示唆する。認知予備能が高い個人は、同程度の神経病理的変化を有していても認知機能の低下がより緩やかである。結晶性知能の維持・増加は認知予備能の構築に寄与し、間接的に流動性知能の低下を緩衝する可能性がある。