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Module 2-1 - Section 1: 神経系の基礎

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-1: 神経・生理心理学
前提セクション なし
想定学習時間 4時間

導入

神経系は行動・認知・情動のすべてを支える生物学的基盤である。心理学が対象とするあらゆる心的現象は、最終的には神経系における電気化学的信号処理に還元しうる。本セクションでは、神経系の最小機能単位であるニューロンの構造と機能、電気信号(活動電位)の発生・伝導メカニズム、ニューロン間の情報伝達(シナプス伝達)、そして主要な神経伝達物質系を扱う。これらは後続のSection 2(脳の構造と機能)およびSection 3(神経科学的研究法)を理解するための必須の前提知識となる。


神経細胞(ニューロン)の構造と機能

ニューロンの基本構造

Key Concept: ニューロン(neuron) 神経系の基本的な情報処理単位。電気信号の生成・伝導と化学信号による細胞間伝達を担う。ヒトの脳には約860億個のニューロンが存在する。

ニューロンは以下の主要構造から成る。

細胞体(soma / cell body) は核と主要な細胞小器官を含み、タンパク質合成など代謝活動の中心となる。

樹状突起(dendrite) は細胞体から樹枝状に伸びる突起で、他のニューロンからの入力信号を受容する。樹状突起棘(dendritic spine)と呼ばれる微小な突出構造がシナプス後部として機能し、その数と形態は経験依存的に変化する。

軸索(axon) は細胞体の軸索小丘(axon hillock)から伸びる1本の長い突起で、活動電位を伝導する。軸索の長さはニューロンの種類により数十マイクロメートルから1メートル以上まで大きく異なる。軸索の末端は軸索終末(axon terminal / synaptic bouton)と呼ばれ、シナプス前部として神経伝達物質を放出する。

ミエリン鞘(myelin sheath) は軸索を包む脂質に富む絶縁層であり、中枢神経系ではオリゴデンドロサイト(oligodendrocyte)、末梢神経系ではシュワン細胞(Schwann cell)が形成する。ミエリン鞘は軸索全体を連続的に覆うのではなく、一定間隔で露出部分を残す。この露出部分をランビエ絞輪(node of Ranvier) と呼び、活動電位の跳躍伝導を可能にする。

graph LR
  subgraph "ニューロンの基本構造"
    D["樹状突起<br>(dendrite)"] --> S["細胞体<br>(soma)"]
    S --> AH["軸索小丘<br>(axon hillock)"]
    AH --> A1["軸索<br>(axon)"]
    A1 --> M1["ミエリン鞘"]
    M1 --> R1["ランビエ絞輪"]
    R1 --> M2["ミエリン鞘"]
    M2 --> R2["ランビエ絞輪"]
    R2 --> AT["軸索終末<br>(axon terminal)"]
  end

グリア細胞

Key Concept: グリア細胞(glial cell) 神経系においてニューロンを構造的・代謝的に支持する細胞群。ニューロンの約10倍の数が存在するとかつて言われたが、近年の研究ではニューロンとほぼ同数とされる。

グリア細胞は単なる支持細胞にとどまらず、シナプス伝達の調節や免疫防御など多様な機能を担う。

細胞種 局在 主な機能
アストロサイト(astrocyte) 中枢神経系 血液脳関門の形成、イオン・神経伝達物質の恒常性維持、代謝支持、三者間シナプスへの関与
オリゴデンドロサイト(oligodendrocyte) 中枢神経系 ミエリン鞘の形成(1個で複数の軸索を髄鞘化)
シュワン細胞(Schwann cell) 末梢神経系 ミエリン鞘の形成(1個で1つの軸索節間部を担当)、軸索再生の誘導
ミクログリア(microglia) 中枢神経系 免疫監視、損傷部位の貪食、シナプス刈り込み

静止膜電位

Key Concept: 静止膜電位(resting membrane potential) ニューロンが活動していない状態で細胞膜内外に生じている電位差。通常約 -70mV(細胞内が負)である。

静止膜電位は以下のメカニズムにより成立する。

  1. イオン濃度勾配: 細胞内はK+濃度が高く、細胞外はNa+濃度が高い。この濃度差はナトリウム-カリウムポンプ(Na+/K+-ATPase) が3個のNa+を細胞外へ汲み出し、2個のK+を細胞内へ取り込むことで能動的に維持される。
  2. 選択的イオン透過性: 静止状態ではK+漏洩チャネルが主に開口しており、膜はK+に対して選択的に透過性を示す。K+は濃度勾配に従い細胞外へ流出し、その結果として細胞内が負に帯電する。
  3. 平衡電位: 各イオンの平衡電位はネルンストの式(Nernst equation)により算出され、K+は約 -90mV、Na+は約 +60mVである。静止膜電位がK+の平衡電位に近いのは、静止状態の膜透過性がK+に偏っているためであり、ゴールドマンの式(Goldman equation)により定量的に記述される。

活動電位の発生と伝導

活動電位の段階

Key Concept: 活動電位(action potential) ニューロンの軸索膜上で生じる急速かつ一過性の膜電位変化。約1ミリ秒の間に膜電位が -70mV付近から +30mV程度まで変化し、再び静止膜電位に戻る。

活動電位は以下の段階で進行する。

  1. 閾値への到達: シナプス入力等により膜電位が閾値(約 -55mV)に達すると、電位依存性Na+チャネルが開口する。
  2. 脱分極(depolarization): Na+が細胞内へ急速に流入し、膜電位は正の方向へ急上昇する(オーバーシュート、約 +30mV)。
  3. 再分極(repolarization): Na+チャネルが不活性化し、電位依存性K+チャネルが遅れて開口する。K+の細胞外への流出により膜電位は負の方向へ戻る。
  4. 過分極(hyperpolarization): K+チャネルの閉鎖が遅延するため、膜電位は静止膜電位を一時的に下回る(アンダーシュート)。その後、静止膜電位に回復する。
stateDiagram-v2
  [*] --> 静止状態: 約-70mV
  静止状態 --> 閾値到達: 脱分極刺激
  閾値到達 --> 脱分極: Na+チャネル開口
  脱分極 --> 再分極: Na+チャネル不活性化 / K+チャネル開口
  再分極 --> 過分極: K+流出の遅延
  過分極 --> 静止状態: K+チャネル閉鎖

活動電位の発生後、Na+チャネルが不活性化状態にある期間を絶対不応期(absolute refractory period) と呼び、この間は刺激の強度にかかわらず新たな活動電位は発生しない。続く相対不応期(relative refractory period) では、通常より強い刺激により活動電位の発生が可能となる。

全か無かの法則

Key Concept: 全か無かの法則(all-or-none law) 活動電位は閾値を超えれば常に一定の振幅で発生し、閾値未満では発生しない。刺激の強度は活動電位の振幅ではなく発火頻度(頻度符号化)として情報が符号化される。

エドガー・エイドリアン(Edgar Adrian)は1920年代にこの法則を実験的に確立し、感覚刺激の強度が神経線維の発火頻度に変換されることを示した(1932年ノーベル生理学・医学賞)。

跳躍伝導と伝導速度

Key Concept: 跳躍伝導(saltatory conduction) 有髄神経線維において、活動電位がランビエ絞輪から次のランビエ絞輪へ飛び跳ねるように伝導する様式。ミエリン鞘による絶縁が、絞輪間のイオン電流の漏洩を防ぐことで実現する。

跳躍伝導により、有髄線維の伝導速度は無髄線維に比して大幅に向上する。伝導速度を規定する主要因は以下の2つである。

  • 軸索径: 径が大きいほど内部抵抗が小さく、伝導速度が速い。
  • ミエリン化の有無と程度: ミエリン鞘の存在により跳躍伝導が可能となり、速度が飛躍的に向上する。

ヒトの有髄線維の伝導速度は最大約120 m/sに達する(Aα線維)のに対し、無髄のC線維は約0.5〜2 m/sにとどまる。多発性硬化症(multiple sclerosis)では中枢神経系のミエリン鞘が免疫学的に破壊され、伝導障害が生じる。


シナプス伝達

化学シナプスの構造と伝達過程

Key Concept: シナプス(synapse) ニューロン間(またはニューロンと効果器間)の情報伝達部位。化学シナプスでは神経伝達物質を介した化学信号伝達が行われる。電気シナプス(ギャップ結合)も存在するが、哺乳類の中枢神経系では化学シナプスが主要である。

化学シナプスにおける伝達過程は以下の順序で進行する。

  1. 活動電位が軸索終末に到達する。
  2. 電位依存性Ca2+チャネルが開口し、Ca2+が細胞内へ流入する。
  3. Ca2+流入がシナプス小胞(synaptic vesicle)の細胞膜への融合(エキソサイトーシス)を誘発する。
  4. 神経伝達物質がシナプス間隙(synaptic cleft、約20〜40nm)に放出される。
  5. 伝達物質がシナプス後膜の受容体に結合し、イオンチャネルの開閉やセカンドメッセンジャー系を活性化する。
  6. 伝達物質は酵素分解、再取り込み(reuptake)、拡散により除去される。

興奮性・抑制性シナプス後電位

興奮性シナプス後電位(excitatory postsynaptic potential; EPSP) は、Na+やCa2+の流入により膜電位が脱分極方向に変化する段階的電位である。

抑制性シナプス後電位(inhibitory postsynaptic potential; IPSP) は、Cl-の流入やK+の流出により膜電位が過分極方向に変化する段階的電位である。

EPSPとIPSPはいずれも段階的電位(graded potential)であり、活動電位とは異なり全か無かの法則に従わない。

シナプス統合

単一のシナプス入力によるEPSPは通常、閾値に達するには不十分である。ニューロンは複数のシナプス入力を統合して活動電位の発生を決定する。

  • 空間的加重(spatial summation): 異なるシナプスから同時に生じたEPSP/IPSPが加算される。
  • 時間的加重(temporal summation): 同一シナプスから短時間に連続して生じたEPSP/IPSPが加算される。

軸索小丘において、統合されたシナプス後電位の総和が閾値を超えれば活動電位が発生する。

シナプス可塑性の基礎概念

Key Concept: シナプス可塑性(synaptic plasticity) 経験や活動に依存してシナプス伝達の効率が持続的に変化する現象。学習・記憶の細胞レベルの基盤と考えられている。

ドナルド・ヘッブ(Donald Hebb)は1949年の著書『行動の機構(The Organization of Behavior)』において、「シナプス前ニューロンの発火がシナプス後ニューロンの発火に繰り返し寄与すると、そのシナプス結合が強化される」という原理を提唱した(ヘッブ則)。

この原理の神経生理学的実体として、ティモシー・ブリス(Timothy Bliss)とテリエ・レモ(Terje Lomo)が1973年にウサギの海馬において長期増強(long-term potentiation; LTP) を発見した。LTPはNMDA型グルタミン酸受容体の活性化を契機として誘導され、AMPA受容体の膜挿入やシナプス構造の変化を伴う。逆にシナプス効率が低下する長期抑圧(long-term depression; LTD) も存在し、両者のバランスが神経回路の精緻化に寄与する。

(→ Module 1-3「学習・記憶の心理学」参照)


主要な神経伝達物質系

Key Concept: 神経伝達物質(neurotransmitter) シナプス前ニューロンから放出され、シナプス後細胞の受容体に結合して情報を伝達する化学物質。その作用は興奮性・抑制性のいずれにもなりうり、受容体の種類に依存する。

graph TD
  subgraph "主要な神経伝達物質の分類"
    A["アミノ酸系"] --> A1["グルタミン酸(興奮性)"]
    A --> A2["GABA(抑制性)"]
    B["モノアミン系"] --> B1["ドーパミン"]
    B --> B2["セロトニン"]
    B --> B3["ノルアドレナリン"]
    C["その他"] --> C1["アセチルコリン"]
    C --> C2["神経ペプチド類"]
  end

グルタミン酸

グルタミン酸(glutamate)は中枢神経系における主要な興奮性神経伝達物質であり、脳内シナプスの過半数で使用される。受容体はイオンチャネル型(AMPA受容体、NMDA受容体、カイニン酸受容体)と代謝型(mGluR)に大別される。NMDA受容体はCa2+透過性を有し、シナプス可塑性の誘導に中心的な役割を果たす。グルタミン酸の過剰放出は興奮毒性(excitotoxicity)を引き起こし、虚血性脳損傷やてんかん、神経変性疾患の病態に関与する。

GABA

ガンマアミノ酪酸(gamma-aminobutyric acid; GABA)は中枢神経系における主要な抑制性神経伝達物質である。GABA-A受容体はCl-チャネル内蔵型で、ベンゾジアゼピン系薬物やバルビツール酸系薬物、アルコールの結合部位を有する。これらの薬物はGABA-A受容体の機能を増強し、抗不安・鎮静・抗けいれん作用を示す。GABA-B受容体はGタンパク質共役型である。

ドーパミン

ドーパミン(dopamine)はモノアミン系神経伝達物質であり、主要な起始核として中脳の黒質(substantia nigra)と腹側被蓋野(ventral tegmental area; VTA)がある。

  • 黒質線条体路: 運動制御に関与。この経路のドーパミンニューロンの変性がパーキンソン病(Parkinson's disease)の主因である。治療にはドーパミン前駆体であるL-DOPAが用いられる。
  • 中脳辺縁系路: 報酬・動機づけに関与。薬物依存の神経基盤として重要である。
  • 中脳皮質路: 前頭前皮質への投射。ワーキングメモリや実行機能に関与する。

統合失調症のドーパミン仮説は、中脳辺縁系路でのドーパミン過活動が陽性症状に関与するとし、定型抗精神病薬はドーパミンD2受容体を遮断することで効果を発揮する。

セロトニン

セロトニン(serotonin; 5-hydroxytryptamine, 5-HT)は脳幹の縫線核(raphe nuclei)を起始核とし、広範な脳領域に投射する。気分調節、睡眠-覚醒リズム、食欲、衝動性の制御に関与する。

セロトニン系の機能低下はうつ病の病態と関連づけられており(モノアミン仮説)、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor; SSRI)はシナプス間隙のセロトニン濃度を上昇させることで抗うつ効果を示す。ただし、モノアミン仮説は過度に単純化されたモデルであり、近年は神経可塑性や神経回路レベルの変化を重視する見方が広がっている。

アセチルコリン

アセチルコリン(acetylcholine; ACh)は末梢神経系では神経筋接合部において筋収縮を誘発し、自律神経系の節前線維でも使用される。中枢神経系では前脳基底部(マイネルト基底核; nucleus basalis of Meynert)から大脳皮質への投射が注意・覚醒・記憶に関与する。

アルツハイマー病(Alzheimer's disease)ではコリン作動性ニューロンの変性が顕著であり、治療にはアセチルコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル等)が用いられる。

ノルアドレナリン

ノルアドレナリン(noradrenaline / norepinephrine; NE)は脳幹の青斑核(locus coeruleus)を主な起始核とし、覚醒度の調節、注意の維持、ストレス反応に関与する。交感神経系の主要な伝達物質でもある。

ノルアドレナリン系の異常は注意欠如・多動症(ADHD)の病態に関連し、治療薬であるアトモキセチンはノルアドレナリン再取り込み阻害薬である。また、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)は抗うつ薬として使用される。

神経伝達物質 主な作用 主な起始核 関連疾患 関連薬物
グルタミン酸 興奮性 広範 てんかん、虚血性脳損傷 メマンチン(NMDA拮抗薬)
GABA 抑制性 広範(介在ニューロン) てんかん、不安障害 ベンゾジアゼピン
ドーパミン 報酬、運動制御 黒質、VTA パーキンソン病、統合失調症 L-DOPA、抗精神病薬
セロトニン 気分、睡眠 縫線核 うつ病、不安障害 SSRI
アセチルコリン 筋収縮、記憶 マイネルト基底核 アルツハイマー病、重症筋無力症 ドネペジル
ノルアドレナリン 覚醒、注意 青斑核 ADHD、うつ病 アトモキセチン、SNRI

まとめ

  • ニューロンは樹状突起で入力を受け、細胞体で統合し、軸索を通じて活動電位を伝導し、軸索終末からシナプス伝達を行う。
  • 静止膜電位(約 -70mV)はイオン濃度勾配と選択的膜透過性により維持され、閾値を超える脱分極により活動電位が全か無かの法則に従い発生する。
  • ミエリン鞘と跳躍伝導は伝導速度を飛躍的に高め、神経系の高速情報処理を可能にしている。
  • 化学シナプスでは神経伝達物質の放出→受容体結合→EPSP/IPSPの生成という過程で情報が伝達され、空間的・時間的加重により統合される。
  • シナプス可塑性(LTP/LTD)は学習・記憶の細胞レベルの基盤である。
  • 主要な神経伝達物質(グルタミン酸、GABA、ドーパミン、セロトニン、アセチルコリン、ノルアドレナリン)はそれぞれ固有の機能系を構成し、精神疾患の病態や薬物療法と密接に関連する。

次のSection 2「脳の構造と機能」では、本セクションで学んだニューロンとシナプスが組織化された巨視的構造(大脳皮質、辺縁系、基底核など)を扱い、特定の脳領域がどのような機能を担うかを学ぶ。Section 3「神経科学的研究法」では、ここで扱った電気化学的信号を測定・操作するための研究手法(EEG、fMRI、TMS等)を学ぶ。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
ニューロン neuron 神経系の基本的な情報処理単位。電気信号と化学信号により情報を伝達する
グリア細胞 glial cell ニューロンを構造的・代謝的に支持する細胞群
軸索 axon 細胞体から伸びる突起で、活動電位を伝導する
樹状突起 dendrite 他のニューロンからの入力を受容する突起
ミエリン鞘 myelin sheath 軸索を包む絶縁性の脂質層。跳躍伝導を可能にする
ランビエ絞輪 node of Ranvier ミエリン鞘の間隙部分。活動電位が再生される部位
静止膜電位 resting membrane potential ニューロンの非活動時における膜内外の電位差(約 -70mV)
活動電位 action potential 閾値超過により発生する急速な膜電位変化
全か無かの法則 all-or-none law 活動電位が一定の閾値を超えれば常に同じ振幅で発生する原理
跳躍伝導 saltatory conduction 有髄線維においてランビエ絞輪間を跳躍的に伝導する様式
シナプス synapse ニューロン間の情報伝達部位
EPSP excitatory postsynaptic potential 脱分極方向のシナプス後電位。興奮性
IPSP inhibitory postsynaptic potential 過分極方向のシナプス後電位。抑制性
空間的加重 spatial summation 異なるシナプスからの同時入力の加算
時間的加重 temporal summation 同一シナプスからの連続入力の加算
シナプス可塑性 synaptic plasticity 経験依存的にシナプス伝達効率が変化する現象
長期増強 long-term potentiation (LTP) シナプス効率の持続的増大
神経伝達物質 neurotransmitter シナプスで情報伝達を担う化学物質
グルタミン酸 glutamate 中枢神経系の主要な興奮性神経伝達物質
GABA gamma-aminobutyric acid 中枢神経系の主要な抑制性神経伝達物質

確認問題

Q1: 静止膜電位が約 -70mVに維持されるメカニズムを、イオンチャネルとイオンポンプの役割に言及しながら説明せよ。 A1: 静止膜電位の維持には2つの要因が関与する。第一に、Na+/K+-ATPaseが3個のNa+を細胞外へ、2個のK+を細胞内へ能動輸送し、細胞内K+高濃度・細胞外Na+高濃度のイオン濃度勾配を形成・維持する。第二に、静止状態ではK+漏洩チャネルが主に開口しているため、膜はK+に対して選択的に透過性を示す。K+は濃度勾配に従い細胞外へ流出し、細胞内に負電荷が残ることで細胞内が負に帯電する。結果として膜電位はK+の平衡電位(約 -90mV)に近いがそれより正の約 -70mVに落ち着く。これはNa+の微小な流入とNa+/K+-ATPaseの起電性(3:2の不等交換)も寄与するためであり、ゴールドマンの式により定量的に記述される。

Q2: 有髄神経線維と無髄神経線維で活動電位の伝導速度が大きく異なる理由を、跳躍伝導の原理に基づいて説明せよ。 A2: 有髄神経線維ではミエリン鞘が軸索を絶縁し、ランビエ絞輪の間で膜電流の漏洩を防ぐ。活動電位によるイオン電流はミエリン鞘で覆われた部分を低抵抗の局所電流として素早く伝播し、次のランビエ絞輪で再び閾値に達して活動電位が再生される。これにより信号はランビエ絞輪間を「跳躍」するように伝わり、絞輪ごとにイオンチャネルの開閉を行う必要がないため伝導速度が飛躍的に向上する。一方、無髄線維では軸索膜の全長にわたり逐次的にイオンチャネルが開閉しなければならず、伝導速度は大幅に遅くなる。

Q3: シナプスにおける空間的加重と時間的加重の違いを説明し、ニューロンの情報処理における意義を論ぜよ。 A3: 空間的加重は異なるシナプスからほぼ同時に到達した複数のEPSP(またはIPSP)が軸索小丘で加算される過程であり、時間的加重は同一のシナプスから短い時間間隔で連続発生したシナプス後電位が加算される過程である。いずれも段階的電位の加算的性質に基づく。単一のシナプス入力では通常閾値に達しないため、ニューロンは数千のシナプスからの入力をこれらの加重により統合し、興奮と抑制のバランスに基づいて活動電位を発生させるか否かを決定する。この統合機能により、ニューロンは単なる中継器ではなく、複雑な計算素子として機能する。

Q4: ドーパミンの3つの主要な神経回路を挙げ、それぞれの機能と関連する精神・神経疾患を説明せよ。 A4: 第一に黒質線条体路は黒質から線条体(尾状核・被殻)へ投射し、随意運動の開始と制御に関与する。この経路のドーパミンニューロンの変性がパーキンソン病を引き起こし、振戦・固縮・無動が生じる。第二に中脳辺縁系路はVTAから側坐核・扁桃体等へ投射し、報酬・動機づけ・快感に関与する。統合失調症の陽性症状(妄想・幻覚)はこの経路のドーパミン過活動と関連づけられ、薬物依存もこの経路の過剰な活性化が関与する。第三に中脳皮質路はVTAから前頭前皮質へ投射し、ワーキングメモリ・実行機能・注意に関与する。この経路のドーパミン低活動は統合失調症の陰性症状(意欲低下・感情鈍麻)や認知機能障害との関連が指摘されている。

Q5: SSRIがうつ病に対して治療効果を示すメカニズムを、シナプス伝達の過程に即して説明せよ。また、モノアミン仮説の限界についても述べよ。 A5: SSRIはシナプス前膜に存在するセロトニントランスポーターを選択的に阻害し、シナプス間隙に放出されたセロトニンの再取り込みを抑制する。その結果、シナプス間隙のセロトニン濃度が上昇し、シナプス後受容体への作用が増強される。モノアミン仮説はうつ病をセロトニン等のモノアミン系伝達物質の機能低下として説明するが、この仮説にはいくつかの限界がある。SSRIはシナプス間隙のセロトニン濃度を投与直後から上昇させるにもかかわらず、臨床的な抗うつ効果の発現には2〜4週間を要する。このタイムラグは、治療効果が単純な伝達物質濃度の上昇ではなく、受容体感受性の変化、神経栄養因子(BDNF等)の発現増加、神経新生やシナプス可塑性の促進といった下流の適応的変化に依存することを示唆している。