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Module 2-1 - Section 3: 神経科学的研究法

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-1: 神経・生理心理学
前提セクション Section 1(神経系の基礎)
想定学習時間 3.5時間

導入

Section 1では、ニューロンの電気化学的活動(活動電位、EPSP/IPSP)、シナプス伝達、神経伝達物質系といった神経系の微視的メカニズムを学んだ。本セクションでは、そうした神経活動を実際に測定・操作・可視化するための研究手法を体系的に扱う。

神経科学的研究法は、脳と行動の関係を実証的に検討するための方法論的基盤であり、心理学における知見の多くがこれらの手法に依拠している。各手法は固有の原理に基づき、時間分解能・空間分解能・侵襲性・因果推論の可否といった点で異なる特性を持つ。研究目的に応じた手法の選択と、各手法の限界の理解は、神経科学の文献を批判的に読解するうえで不可欠である。


損傷研究と神経心理学的アプローチ

古典的症例研究

Key Concept: 神経心理学(neuropsychology) 脳損傷と行動・認知障害の関係を体系的に研究する分野。特定の脳領域の損傷がどのような機能障害を引き起こすかを分析することで、脳の機能局在を推定する。

脳損傷症例の観察は、脳機能局在の研究において最も古い方法論である。

ポール・ブローカ(Paul Broca)は1861年、左前頭葉下部の損傷により発話産出が重度に障害されたが言語理解は比較的保たれた患者「タン」(ルボルニュ)を報告した。この領域は後にブローカ野(Broca's area)と命名され、発話産出に関与する領域として確立された。

カール・ウェルニッケ(Carl Wernicke)は1874年、左上側頭回後部の損傷により流暢だが意味不明な発話を示し、言語理解が著しく障害された症例を報告した。この領域はウェルニッケ野(Wernicke's area)と呼ばれ、言語理解に関与するとされた。

ヘンリー・モレゾン(Henry Molaison)は、重度のてんかん治療のため1953年にウィリアム・スコヴィル(William Scoville)により両側内側側頭葉(海馬を含む)の切除術を受けた。術後、てんかんは軽減したが、新しい出来事を長期記憶に固定できない重度の前向性健忘(anterograde amnesia)を呈した。一方、手続き記憶(運動技能の学習)は保持されており、この症例は宣言的記憶と手続き記憶の神経基盤が解離することを示す決定的証拠となった。H.M.はブレンダ・ミルナー(Brenda Milner)らによって数十年にわたり研究され、記憶の神経科学に多大な影響を与えた。

二重解離の論理

Key Concept: 二重解離(double dissociation) 損傷Aにより機能Xが障害され機能Yは保たれ、損傷Bにより機能Yが障害され機能Xが保たれるパターン。2つの機能が独立した神経基盤を持つことの強い証拠となる。

単一の解離(損傷Aにより機能Xのみが障害される)では、機能Xが機能Yより単に課題の難易度が高いだけである可能性を排除できない。二重解離はこの問題を克服する論理構造を提供する。

ブローカ失語とウェルニッケ失語は二重解離の典型例であり、発話産出と言語理解が異なる神経基盤を持つことを示す。同様に、H.M.の症例は宣言的記憶と手続き記憶の二重解離を例示する。

graph TD
  subgraph "二重解離の論理構造"
    A["損傷A<br>(例: ブローカ野)"] --> X["機能X障害<br>(発話産出)"]
    A --> Y1["機能Y保持<br>(言語理解)"]
    B["損傷B<br>(例: ウェルニッケ野)"] --> Y["機能Y障害<br>(言語理解)"]
    B --> X1["機能X保持<br>(発話産出)"]
  end

神経心理学的検査バッテリー

臨床場面では、標準化された検査バッテリーにより認知機能の多面的評価を行う。代表的なものとして以下がある。

  • ウェクスラー成人知能検査(WAIS: Wechsler Adult Intelligence Scale): 言語理解、知覚推理、ワーキングメモリ、処理速度の4指標から全般的知能を評価する。
  • ウィスコンシンカード分類テスト(WCST: Wisconsin Card Sorting Test): 前頭葉機能(セットの切り替え、認知的柔軟性)の評価に用いられる。
  • トレイルメイキングテスト(TMT: Trail Making Test): 注意、処理速度、実行機能を評価する。Part AとPart Bから成り、Part Bでは数字とかな文字の交互切り替えを求める。

これらの検査は、損傷部位の推定のみならず、認知リハビリテーションの効果測定や神経変性疾患の経過観察にも用いられる。


電気生理学的手法

脳波(EEG)

Key Concept: 脳波(EEG: electroencephalography) 頭皮上に配置した電極からニューロン集団のシナプス後電位の総和を記録する手法。ミリ秒単位の時間分解能を持つ非侵襲的方法である。

ハンス・ベルガー(Hans Berger)が1929年にヒトの脳波を初めて記録した。EEGは主に大脳皮質の錐体細胞のシナプス後電位(特にEPSP/IPSP)を反映する。個々の活動電位は持続時間が短く同期しにくいため、EEGへの寄与は小さい。

脳波は周波数帯域により以下のように分類される。

帯域 周波数 主な関連状態
デルタ波(δ) 0.5〜4 Hz 深い徐波睡眠(ステージ3)
シータ波(θ) 4〜8 Hz 浅い睡眠、瞑想、記憶符号化
アルファ波(α) 8〜13 Hz 安静閉眼、リラックス状態
ベータ波(β) 13〜30 Hz 覚醒、能動的思考、集中
ガンマ波(γ) 30 Hz以上 注意の結合、意識的処理

アルファ波はベルガーが最初に報告した波形であり、安静閉眼時に後頭部で顕著となり、開眼や認知課題の遂行により減衰する(アルファ抑制 / alpha blocking)。

EEGの主な利点は時間分解能の高さ(ミリ秒単位)と非侵襲性であり、臨床的にはてんかんの診断、睡眠段階の判定(ポリソムノグラフィ)、脳死判定に広く使用される。一方、空間分解能はセンチメートル単位にとどまり、頭蓋骨による電流の拡散(volume conduction)のため、信号源の正確な局在推定には限界がある(逆問題; inverse problem)。

事象関連電位(ERP)

Key Concept: 事象関連電位(ERP: event-related potential) 特定の感覚刺激や認知事象に時間的にロックされた脳電位変化。多数の試行を加算平均することで、背景のノイズ(自発脳波)を相殺し、事象に関連する電位成分を抽出する。

ERPの各成分は、潜時と極性の組み合わせで命名される(N = 陰性、P = 陽性、数字 = 潜時ms)。

主要なERP成分は以下の通りである。

  • N100(N1): 刺激呈示後約100msに出現する陰性成分。聴覚刺激に対する早期の注意捕捉を反映する。
  • P300(P3): 刺激呈示後約300msに出現する陽性成分。オドボール課題(oddball paradigm)において低頻度の標的刺激に対して大きく出現する。注意資源の配分やワーキングメモリの更新を反映するとされる。P3aは前頭部優位で新奇刺激に対する不随意的注意を、P3bは頭頂部優位で課題関連の標的検出を反映する。
  • N400: 刺激呈示後約400msに出現する陰性成分。マータ・クタス(Marta Kutas)とスティーブン・ヒリヤード(Steven Hillyard)が1980年に発見した。意味的に逸脱した文末語(例:「彼はコーヒーに犬を入れた」)に対して振幅が増大し、意味処理の指標とされる。
sequenceDiagram
    participant S as 刺激呈示
    participant N1 as N100 (~100ms)
    participant P3 as P300 (~300ms)
    participant N4 as N400 (~400ms)
    S->>N1: 早期感覚処理・注意捕捉
    N1->>P3: 注意資源配分・WM更新
    P3->>N4: 意味処理(文脈逸脱で増大)

ERPはEEGと同じ時間分解能の利点を持ちつつ、特定の認知過程の時間経過を精密に追跡できる。ただし、加算平均のために多数の試行反復が必要であること、空間分解能の限界はEEGと共通することが制約となる。


構造的脳画像法

CT(コンピュータ断層撮影)

Key Concept: CT(computed tomography) X線を多方向から照射し、コンピュータ処理により脳の断面画像を構成する手法。ゴッドフリー・ハウンズフィールド(Godfrey Hounsfield)が1971年に実用化した(1979年ノーベル生理学・医学賞)。

CTは撮像時間が短く、外傷・出血・腫瘍の臨床的検出に広く用いられる。ただし軟部組織の解像度ではMRIに劣り、放射線被曝を伴う。

MRI(磁気共鳴画像法)

Key Concept: MRI(magnetic resonance imaging) 強い静磁場中で水素原子核(プロトン)の核磁気共鳴現象を利用し、組織の構造を高解像度で画像化する手法。放射線被曝がなく、灰白質・白質の区別に優れる。

MRIの基本原理は以下の通りである。強い静磁場(臨床では1.5〜3テスラ、研究では7テスラ以上も使用)中に置かれた水素原子核のスピンが磁場方向に配列する。特定周波数の高周波パルス(RFパルス)を照射するとスピンの向きが変化し(励起)、パルス停止後にスピンが元の状態に戻る過程(緩和)で信号を放出する。T1緩和とT2緩和の時定数が組織により異なることを利用して、灰白質・白質・脳脊髄液のコントラストを得る。

MRIは空間分解能がミリメートル単位と高く、放射線被曝がないため繰り返し撮像が可能である。脳の解剖学的構造の詳細な評価、萎縮の定量、腫瘍の検出などに広く用いられる。

DTI(拡散テンソル画像法)

Key Concept: DTI(diffusion tensor imaging) MRIの一種で、水分子の拡散方向の異方性を利用して白質線維束の走行を可視化する手法。神経線維は軸索に沿った方向に水分子が拡散しやすいため、拡散の方向性から線維の走行方向を推定できる。

DTIにより得られるトラクトグラフィ(tractography)は、脳領域間の構造的結合を非侵襲的に推定する手段を提供する。脳梁、弓状束、錐体路などの主要な白質経路の描出に用いられる。ただし、線維交差が生じる部位では走行の推定精度が低下するという限界がある。


機能的脳画像法

PET(陽電子放射断層撮影)

Key Concept: PET(positron emission tomography) 放射性同位元素で標識した物質(放射性トレーサー)を体内に投与し、その分布を測定することで脳の代謝活動や神経伝達物質系の活動を画像化する手法。

PETでは、放射性同位元素(18F, 15O, 11C等)で標識されたトレーサーが陽電子を放出し、近傍の電子と対消滅してガンマ線対を生じる。このガンマ線を検出器リングで同時計数することにより、トレーサーの3次元的分布を再構成する。

代表的なトレーサーは18F-フルオロデオキシグルコース(FDG)であり、グルコース代謝の亢進した領域(すなわち活動の高い脳領域)に集積する。また、特定の受容体に結合するリガンドを用いることで、ドーパミン受容体密度やセロトニントランスポーター密度の定量的評価が可能である。

PETの空間分解能は約4〜6mmであり、fMRIよりやや劣る。放射性物質の投与を伴うため被曝があり、また放射性同位元素の製造にサイクロトロンが必要であるため、コストと実施可能な施設が限られる。

fMRI(機能的磁気共鳴画像法)

Key Concept: fMRI(functional magnetic resonance imaging) 神経活動に伴う局所的な血流動態変化(血液酸素化レベル依存信号; BOLD信号)を検出し、脳活動の空間的パターンを画像化する手法。

fMRIの原理は以下の通りである。神経活動が亢進すると、その領域への血流が増加する(神経血管カップリング; neurovascular coupling)。供給される酸素化ヘモグロビン(オキシヘモグロビン)の増加量が実際の酸素消費量を上回るため、活動領域では脱酸素化ヘモグロビン(デオキシヘモグロビン)の相対的割合が低下する。デオキシヘモグロビンは常磁性を示しMRI信号を減衰させるため、その減少は信号強度の上昇として検出される。これがBOLD(blood-oxygen-level-dependent)信号である。

graph LR
  subgraph "BOLD信号の原理"
    A["神経活動の亢進"] --> B["局所血流の増加<br>(神経血管カップリング)"]
    B --> C["酸素化ヘモグロビン<br>の供給増加"]
    C --> D["デオキシヘモグロビン<br>の相対的減少"]
    D --> E["MRI信号強度の<br>上昇(BOLD信号)"]
  end

fMRIの空間分解能はミリメートル単位(通常2〜3mm)と高いが、BOLD信号は神経活動から数秒遅れて生じるため(血行動態応答関数; hemodynamic response function, HRFのピークは約5〜6秒後)、時間分解能は秒単位にとどまる。これはEEGのミリ秒単位の時間分解能と対照的であり、両者を相補的に用いる研究も多い。

逆推論の問題

Key Concept: 逆推論(reverse inference) ある脳領域の活動が観察されたことから、特定の認知過程が関与していると結論づける推論。論理的には妥当ではない(前件肯定の誤り)。

順推論(forward inference)は「認知過程Xが生じれば脳領域Aが活動する」という形式であり、実験的に検証可能である。逆推論は「脳領域Aが活動しているので認知過程Xが生じている」という逆の推論であり、領域Aが複数の認知過程に関与している場合(多くの脳領域は多機能的)、誤った結論に至るリスクがある。

ラッセル・ポルドラック(Russell Poldrack)は2006年の論文でfMRI研究における逆推論の危険性を体系的に論じ、逆推論の妥当性はその脳領域が特定の認知過程に選択的(selective)であるほど高まるが、多くの領域はそうではないと指摘した。

多重比較補正と「死んだサケ」研究

クレイグ・ベネット(Craig Bennett)らは2009年のポスター発表(後に論文化)において、死んだ大西洋サケを対象にfMRI実験を行い、多重比較補正を適用しない場合に「有意な脳活動」が検出されることを示した。fMRIでは1回のスキャンで数万のボクセル(3次元画素)について統計検定を行うため、適切な多重比較補正(例: ボンフェローニ補正、FDR補正、クラスターベースの補正)を施さなければ、偽陽性(false positive)が大量に生じる。この研究はfMRI統計解析の方法論的厳密さの重要性を鮮烈に示し、神経画像研究の解析基準の改善に貢献した。


非侵襲的脳刺激法

TMS(経頭蓋磁気刺激)

Key Concept: TMS(transcranial magnetic stimulation) 頭皮上のコイルに急速な電流変化を生じさせ、電磁誘導により大脳皮質に渦電流を誘起してニューロンを刺激する手法。特定の脳領域の機能を一時的に促進または抑制できる。

TMSの最大の意義は、脳画像法が示す「相関」を超えて「因果関係」の推定を可能にする点にある。特定の脳領域にTMSを適用して一時的に機能を撹乱し、その際の行動変化を観察することで、当該領域が課題遂行に因果的に必要かを検証できる(仮想的損傷法; virtual lesion approach)。

単発パルスTMSは特定時点での皮質興奮性を評価し、反復TMS(rTMS: repetitive TMS)は低頻度刺激(約1Hz)で抑制的効果を、高頻度刺激(5〜20Hz)で促進的効果を持続的に生じさせる。臨床的には、rTMSは治療抵抗性うつ病の治療法としてFDAの承認を受けている。

tDCS(経頭蓋直流電気刺激)

Key Concept: tDCS(transcranial direct current stimulation) 頭皮上の電極を介して微弱な直流電流(1〜2mA)を通電し、皮質ニューロンの静止膜電位をわずかに変調する手法。陽極直下では興奮性が上昇し、陰極直下では低下する。

tDCSはTMSに比べて機器が安価・小型であり、刺激部位の空間特異性はやや低いものの、安全性が高く適用が容易である。ワーキングメモリ、言語学習、運動学習などへの促進効果が報告されているが、再現性の問題も指摘されている。

脳刺激法の意義

脳画像法(fMRI、PET等)は脳活動と行動の「相関」を示すにとどまるが、脳刺激法(TMS、tDCS)は脳活動を操作することで「因果関係」の検証を可能にする。この相補性が、現代の認知神経科学における方法論的基盤を構成している。

graph TD
  subgraph "研究手法と推論の型"
    A["脳画像法<br>(fMRI, PET, EEG)"] --> B["相関の検出<br>(脳活動 ↔ 行動)"]
    C["脳刺激法<br>(TMS, tDCS)"] --> D["因果関係の検証<br>(脳活動 → 行動)"]
    E["損傷研究"] --> F["必要性の推定<br>(脳領域の損傷 → 機能障害)"]
  end

まとめ

  • 損傷研究は脳機能局在の解明に歴史的に大きく貢献し、二重解離の論理は機能の独立性を示す強力な方法論である。
  • EEG/ERPはミリ秒単位の時間分解能を持ち、認知過程の時間経過を精密に追跡できるが、空間分解能は限られる。
  • 構造的脳画像法(CT、MRI、DTI)は脳の解剖学的構造を非侵襲的に可視化し、MRIは特に軟部組織の描出に優れる。
  • fMRIはBOLD信号を通じて脳活動のミリメートル単位の空間パターンを検出するが、血行動態応答の遅延により時間分解能は秒単位にとどまる。逆推論の問題や多重比較補正の必要性に注意を要する。
  • TMS/tDCSは脳活動の操作を通じて因果関係の推定を可能にし、脳画像法の示す相関を補完する。

各手法の選択は、研究目的(時間特性 vs 空間特性 vs 因果推論)と実用的制約(コスト、侵襲性、被験者の適格性)に依存する。以下の表に主要手法の特性を整理する。

手法 時間分解能 空間分解能 侵襲性 因果推論
EEG/ERP ミリ秒 センチメートル 非侵襲 不可(相関)
CT - ミリメートル 放射線被曝 不可
MRI - ミリメートル 非侵襲 不可
PET 4〜6mm 放射線被曝 不可(相関)
fMRI ミリメートル 非侵襲 不可(相関)
TMS ミリ秒〜 センチメートル 非侵襲(軽度) 可能
tDCS センチメートル 非侵襲 可能(限定的)

Section 4「感覚・運動系の神経基盤」では、本セクションで学んだ研究手法が実際にどのように適用され、視覚・聴覚・運動制御の神経基盤の解明に貢献しているかを具体的に学ぶ。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
神経心理学 neuropsychology 脳損傷と行動・認知障害の関係を体系的に研究する分野
二重解離 double dissociation 2つの損傷がそれぞれ異なる機能を選択的に障害するパターン。機能の独立性の強い証拠
脳波 electroencephalography (EEG) 頭皮電極からニューロン集団のシナプス後電位の総和を記録する手法
事象関連電位 event-related potential (ERP) 特定事象に時間ロックされた脳電位変化を加算平均により抽出する手法
CT computed tomography X線を利用した断面画像法
MRI magnetic resonance imaging 核磁気共鳴を利用した高解像度構造画像法
DTI diffusion tensor imaging 水分子拡散の異方性から白質線維束の走行を推定する手法
PET positron emission tomography 放射性トレーサーの分布から脳代謝・受容体活動を画像化する手法
fMRI functional magnetic resonance imaging BOLD信号を利用して脳活動の空間パターンを画像化する手法
BOLD信号 blood-oxygen-level-dependent signal 神経活動に伴う血液酸素化レベルの変化に依存するMRI信号
逆推論 reverse inference 脳領域の活動から特定の認知過程の関与を推定する論理的に妥当でない推論
TMS transcranial magnetic stimulation 電磁誘導により大脳皮質を非侵襲的に刺激する手法
tDCS transcranial direct current stimulation 微弱直流電流により皮質興奮性を変調する手法
神経血管カップリング neurovascular coupling 神経活動の亢進に伴い局所血流が増加する現象

確認問題

Q1: 二重解離が単一解離よりも脳機能局在の推定において強い証拠となる理由を、具体例を挙げて説明せよ。 A1: 単一解離(損傷Aにより機能Xのみが障害される)では、機能Xが機能Yより単に課題の難易度が高く、損傷によりリソースが不足して困難な課題から先に障害されただけである可能性を排除できない。二重解離では、損傷Aが機能Xを障害し機能Yを保ち、損傷Bが機能Yを障害し機能Xを保つため、難易度差による説明が成立しなくなる。例えば、ブローカ野損傷は発話産出を障害するが言語理解は保たれ、ウェルニッケ野損傷は言語理解を障害するが発話産出は比較的保たれる。これにより、発話産出と言語理解が独立した神経基盤を持つことが強く支持される。

Q2: fMRIのBOLD信号が神経活動を「間接的に」反映するとされる理由を、信号生成の原理に即して説明せよ。 A2: BOLD信号は神経活動そのものではなく、神経活動に伴う血行動態変化を反映する。神経活動が亢進すると神経血管カップリングにより局所血流が増加し、酸素化ヘモグロビンの供給が酸素消費量を上回る。その結果、常磁性のデオキシヘモグロビンの相対的割合が低下し、MRI信号強度が上昇する。したがってBOLD信号は、ニューロンの電気的活動ではなく血液酸素化レベルの変化という血行動態的指標を測定しており、約5〜6秒の遅延(HRF)を伴う。このため、ミリ秒単位で生じる神経処理の時間経過を直接的には捉えられない。

Q3: fMRI研究における逆推論の問題を説明し、この問題がなぜ生じるかを論ぜよ。 A3: 逆推論とは、特定の脳領域の活動が観察されたことから、特定の認知過程が生じていると結論づける推論である。順推論「認知過程Xが生じれば領域Aが活動する」が成立しても、その逆「領域Aが活動すれば認知過程Xが生じている」は論理的に妥当ではない(前件肯定の誤り)。多くの脳領域は複数の認知過程に関与しており(例: 島皮質は疼痛、嫌悪、共感、内受容感覚など多様な文脈で活動する)、ある領域の活動を特定の認知過程に帰属させることはできない。逆推論の妥当性はその領域の機能的選択性に依存するが、大多数の領域は高い選択性を持たないため、逆推論に基づく解釈には慎重さが求められる。

Q4: TMSが脳画像法では不可能な「因果関係の検証」を可能にするメカニズムを説明せよ。 A4: 脳画像法(fMRI等)は課題遂行中の脳活動パターンと行動の相関を示すが、ある領域の活動がその課題にとって因果的に必要かどうかは判別できない(付随現象である可能性を排除できない)。TMSは電磁誘導により特定の皮質領域の神経活動を一時的に撹乱(仮想的損傷)できるため、TMS適用中に特定の課題のパフォーマンスが低下すれば、当該領域がその課題遂行に因果的に必要であると結論づけられる。すなわち、TMSは独立変数(脳活動)を実験者が操作し、従属変数(行動)への影響を観察するという実験的操作を可能にし、相関から因果への論理的飛躍を正当化する手段を提供する。

Q5: Bennett et al. (2009)の「死んだサケ」研究が示した方法論的問題と、その対策を説明せよ。 A5: Bennettらは死んだ大西洋サケに対してfMRI実験を行い、多重比較補正を適用しない場合に統計的に「有意な」脳活動が検出されることを示した。fMRIでは1回のスキャンで数万のボクセルそれぞれについて統計検定を行うため、各ボクセルで有意水準5%を設定すると、約5%のボクセルで偶然による偽陽性が生じる。死んだサケに真の脳活動が存在しないことは自明であり、検出された「活動」はすべて偽陽性である。対策として、ボンフェローニ補正(検定数で有意水準を割る)、FDR(false discovery rate)補正、クラスターベースの閾値設定、ランダムフィールド理論に基づく補正などの多重比較補正法を適用し、偽陽性率を適切に統制する必要がある。