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Module 2-1 - Section 4: 感覚・運動系の神経基盤

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-1: 神経・生理心理学
前提セクション Section 2(脳の構造と機能)
想定学習時間 4.5時間

導入

Section 2では大脳皮質の4葉、辺縁系、大脳基底核といったマクロ構造を概観し、一次感覚野・一次運動野の位置と基本的な機能局在を学んだ。本セクションでは、それらの皮質領域を出発点として、感覚情報が末梢の受容器から大脳皮質に到達するまでの神経経路、そして運動指令が大脳皮質から脊髄の運動ニューロンに下行するまでの神経回路を詳細に扱う。

感覚系と運動系は、心理学が扱う知覚・行動・学習のすべてに直結する神経基盤である。視覚系の階層的処理は知覚心理学の中心的テーマであり(→ Module 1-2「知覚心理学」参照)、運動制御の神経機構は行動の実行と学習を理解する鍵となる。ここでは主に神経回路と解剖学の観点から、視覚系、聴覚系、体性感覚系、運動制御系の4つの系を順に取り上げる。


視覚系の神経基盤

網膜の構造と光受容

視覚情報処理の起点は網膜(retina)である。網膜は単なる光検出面ではなく、中枢神経系の一部として高度な前処理を行う多層構造をもつ。

Key Concept: 光受容器(photoreceptor) 網膜に存在する光感受性ニューロン。桿体(rod)と錐体(cone)の2種類があり、桿体は暗所視(scotopic vision)を、錐体は明所視(photopic vision)と色覚を担う。

桿体(rod) は約1億2000万個存在し、光感度が高く薄暗い環境での視覚を可能にするが、空間分解能は低い。視色素ロドプシン(rhodopsin)を含む。網膜周辺部に多く分布する。

錐体(cone) は約600万個存在し、空間分解能と時間分解能が高い。ヒトには3種類の錐体---S錐体(短波長; 青)、M錐体(中波長; 緑)、L錐体(長波長; 赤)---が存在し、三色説(Young-Helmholtz theory)の基盤をなす。中心窩(fovea)に高密度に集中しており、中心視野の高解像度視覚を実現する。

光受容器からの信号は、双極細胞(bipolar cell)を経て網膜神経節細胞(retinal ganglion cell; RGC)に伝達される。この過程で水平細胞(horizontal cell)とアマクリン細胞(amacrine cell)が側方抑制を行い、コントラスト増強や時間的変化の検出に寄与する。

ON/OFF型神経節細胞と受容野

Key Concept: 受容野(receptive field) 特定のニューロンが応答する視覚空間上の領域。網膜神経節細胞の受容野は同心円状の中心-周辺拮抗構造(center-surround antagonism)を示す。

ON中心型(ON-center) 神経節細胞は、受容野の中心に光が当たると発火が増加し、周辺に光が当たると発火が減少する。OFF中心型(OFF-center) 神経節細胞はその逆のパターンを示す。この拮抗構造により、一様な照明では応答が弱く、明暗の境界(エッジ)に対して強く応答する。これは視覚系がコントラスト情報を優先的に抽出する最初の段階である。

神経節細胞はさらに、M細胞(magnocellular; 大細胞型)とP細胞(parvocellular; 小細胞型)に分類される。M細胞は受容野が大きく、運動検出や低空間周波数情報の処理に優れるが色選択性をもたない。P細胞は受容野が小さく、高空間周波数情報と色情報の処理に適する。この機能分化は以降の視覚経路にも継承される。

網膜から一次視覚野への経路

Key Concept: 外側膝状体(lateral geniculate nucleus; LGN) 視床に位置する視覚中継核。網膜神経節細胞の軸索(視神経→視交叉→視索)を受け、一次視覚野(V1)へ中継する。6層構造をもち、M細胞由来の入力は1-2層(大細胞層)に、P細胞由来の入力は3-6層(小細胞層)に分離して投射される。

視神経を構成する神経節細胞の軸索は、視交叉(optic chiasm)において鼻側網膜由来の線維のみが対側に交叉する。この部分交叉により、各半球のLGNおよびV1は対側視野の情報を受ける。この解剖学的特性が、分離脳研究における半視野提示法の基盤である(→ Section 2参照)。

LGNからの軸索は視放線(optic radiation)を形成してV1(後頭葉鳥距溝周囲、BA17)に投射する。LGNは単なる中継核ではなく、大脳皮質からの逆行性入力(フィードバック)や脳幹からの調節入力を受けており、注意や覚醒状態に応じた視覚情報のゲーティングを行う。

graph LR
  subgraph label1 ["視覚経路(網膜からV1へ)"]
    RET["網膜<br>桿体・錐体"] --> RGC["神経節細胞<br>M細胞 / P細胞"]
    RGC --> OC["視交叉<br>鼻側線維の交叉"]
    OC --> LGN["外側膝状体<br>大細胞層 / 小細胞層"]
    LGN --> V1["一次視覚野 V1<br>BA17"]
  end

V1の機能構造: 方位選択性と眼優位性カラム

Key Concept: 方位選択性(orientation selectivity) V1のニューロンが特定の角度の線分やエッジに対して選択的に応答する特性。デイヴィッド・ヒューベル(David Hubel)とトルステン・ウィーゼル(Torsten Wiesel)が1960年代にネコの視覚皮質で発見した。

ヒューベルとウィーゼルは、V1ニューロンの受容野が網膜神経節細胞やLGNニューロンの同心円型とは質的に異なることを示した。V1には以下のニューロンタイプが階層的に存在する。

  • 単純型細胞(simple cell): 特定の方位・位置の明暗エッジに応答する。受容野は細長い興奮帯と抑制帯から構成される。
  • 複雑型細胞(complex cell): 特定の方位のエッジに応答するが、受容野内の正確な位置には依存しない。位置不変性をもつ。
  • 超複雑型細胞(hypercomplex / end-stopped cell): 方位に加え、刺激の長さ(終端の有無)にも選択性を示す。

Key Concept: 眼優位性カラム(ocular dominance column) V1において、左眼優位のニューロンと右眼優位のニューロンが皮質表面に垂直な柱状構造として交互に配列されるパターン。方位選択性カラムとともにV1の機能的モジュール構造を形成する。

ヒューベルとウィーゼルはこの研究でV1の機能的柱状構造を解明し、1981年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。彼らの研究はまた、発達初期の視覚経験が眼優位性カラムの形成に不可欠であることを示し(臨界期; critical period)、神経可塑性研究の端緒となった。

腹側経路と背側経路: 二重経路モデル

V1からの視覚情報は、大きく2つの皮質経路に分岐する。

Key Concept: 腹側経路(ventral stream) V1から側頭葉の下側頭回に至る経路。「what経路」とも呼ばれ、物体の形状、色、テクスチャの認知(物体同定)を担う。紡錘状回顔領域(FFA)はこの経路上に位置する。

Key Concept: 背側経路(dorsal stream) V1から頭頂葉の後頭頂皮質に至る経路。「where/how経路」とも呼ばれ、空間的位置、運動、視覚誘導性の行動制御を担う。

レスリー・アンガーライダー(Leslie Ungerleider)とモーティマー・ミシュキン(Mortimer Mishkin, 1982)は、サルの損傷研究に基づき腹側経路を「what経路」、背側経路を「where経路」として区別した。

メルヴィン・グッデイル(Melvyn Goodale)とデイヴィッド・ミルナー(A. David Milner, 1992)は、背側経路の機能を空間的位置の知覚ではなく「行動のための視覚(vision for action)」として再概念化し、知覚-行動モデル(perception-action model) を提唱した。腹側経路は意識的知覚(vision for perception)を、背側経路は視覚誘導性運動(把持行動の手の形状調整など)を担うとする。

この二重解離を象徴的に示すのが、腹側経路損傷による視覚性失認(visual agnosia) と背側経路損傷による視覚性運動失調(optic ataxia) の対比である。視覚性失認の患者D.F.(ミルナーとグッデイルが詳細に研究)は物体の方位を言語的に報告できないが、郵便受けにカードを投函する際には手の角度を正しく調整できた。逆に視覚性運動失調では、物体を視覚的に認知できるが、正確に手を伸ばして把持する動作が障害される。

graph TD
  subgraph label2 ["視覚系の二重経路モデル"]
    V1["V1(一次視覚野)"]
    V1 --> V2["V2"]
    V2 --> VS["腹側経路(what経路)"]
    V2 --> DS["背側経路(where/how経路)"]
    VS --> V4["V4(色・形状)"]
    V4 --> IT["下側頭回(物体同定)"]
    DS --> MT["V5/MT(運動知覚)"]
    MT --> PP["後頭頂皮質(空間・行動制御)"]
  end

聴覚系の神経基盤

蝸牛における周波数-位置変換

Key Concept: トノトピー(tonotopy) 音の周波数が蝸牛内の位置に体系的に対応する配列原理。蝸牛の基部は高周波数音に、頂部は低周波数音に応答する。この周波数地図は聴覚経路の各中継核から一次聴覚野まで保存される。

音波は外耳道を経て鼓膜を振動させ、中耳の耳小骨(ツチ骨・キヌタ骨・アブミ骨)が振動を増幅して内耳の蝸牛(cochlea)に伝える。蝸牛内部のコルチ器(organ of Corti)に存在する有毛細胞(hair cell)が機械的振動を電気信号に変換する(機械-電気変換; mechanoelectrical transduction)。

内有毛細胞(inner hair cell; IHC) が主たる感覚受容器であり、聴神経線維の約95%はIHCからの入力を受ける。外有毛細胞(outer hair cell; OHC) は蝸牛増幅器(cochlear amplifier)として機能し、基底膜の振動を能動的に増幅・鋭敏化する。OHCの障害は感音性難聴の主要な原因の一つである。

蝸牛の基底膜は基部で狭く硬く、頂部で広く柔軟であるため、高周波数音は基部で、低周波数音は頂部で最大振幅を示す。ジョルジュ・フォン・ベケシー(Georg von Bekesy)は蝸牛内の進行波(traveling wave)を直接観察してこの周波数-位置変換を実証し、1961年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。

聴覚経路と一次聴覚野

蝸牛から大脳皮質までの聴覚経路は、視覚経路に比べ多数の中継核を経由する。

蝸牛神経(聴神経)→ 蝸牛神経核(cochlear nucleus)→ 上オリーブ核(superior olivary complex)→ 下丘(inferior colliculus)→ 内側膝状体(medial geniculate nucleus; MGN)→ 一次聴覚野(A1, BA41/42)

一次聴覚野(A1) は側頭葉上面のヘッシル回に位置し、トノトピックな周波数地図を示す。A1からはさらに高次聴覚野へ情報が送られ、視覚系と類似した「what経路」(腹側; 音の同定)と「where経路」(背側; 音源定位)の機能分化が報告されている。

graph LR
  subgraph label3 ["聴覚経路(蝸牛からA1へ)"]
    CO["蝸牛<br>有毛細胞"] --> CN["蝸牛神経核"]
    CN --> SOC["上オリーブ核"]
    SOC --> IC["下丘"]
    IC --> MGN["内側膝状体"]
    MGN --> A1["一次聴覚野 A1"]
  end

音源定位の神経メカニズム

ヒトは左右の耳に到達する音の微細な差異に基づいて音源の水平方向位置を推定する。

Key Concept: 両耳間時間差(interaural time difference; ITD) 音源に近い耳と遠い耳に音が到達する時間の差。主に低周波数音(約1500Hz以下)の音源定位に利用される。最大ITDは約0.6ミリ秒(頭部の直径に依存)である。

Key Concept: 両耳間レベル差(interaural level difference; ILD) 頭部の音響遮蔽効果により、音源から遠い耳に到達する音の強度が減衰する現象。主に高周波数音(約1500Hz以上)の音源定位に利用される。

上オリーブ核 がITDとILDの処理を担う主要な神経構造である。内側上オリーブ核(MSO)はITDを、外側上オリーブ核(LSO)はILDを処理する。MSOのニューロンは両耳からの入力の同時性を検出し、特定のITDに選択的に応答する(一致検出器モデル; coincidence detection)。


体性感覚系

皮膚受容器の種類と特性

体性感覚系(somatosensory system)は、触覚、圧覚、振動覚、温度覚、痛覚、固有感覚を処理する。皮膚の機械的刺激は、以下の4種類の機械受容器により検出される。

受容器 適応速度 受容野 主な感覚
メルケル細胞(Merkel cell) 遅順応(SA I) 小さく境界明瞭 圧覚、テクスチャ、形状
マイスナー小体(Meissner corpuscle) 速順応(RA I) 小さく境界明瞭 軽い接触、微細な振動
ルフィニ終末(Ruffini ending) 遅順応(SA II) 大きく境界不明瞭 皮膚の伸展
パチニ小体(Pacinian corpuscle) 速順応(RA II) 大きく境界不明瞭 振動、深部圧

遅順応型(slowly adapting; SA)受容器は持続的刺激に対して持続的に応答し、速順応型(rapidly adapting; RA)受容器は刺激の変化(オン/オフ)に選択的に応答する。受容野が小さい受容器(メルケル、マイスナー)は指先など空間分解能の高い部位に密集し、精密な触覚弁別を可能にする。

体性感覚野とホムンクルス

触覚・圧覚・固有感覚の情報は、末梢受容器 → 脊髄後索(後索-内側毛帯路; dorsal column-medial lemniscus pathway)→ 延髄の後索核(薄束核・楔状束核)→ 対側へ交叉 → 視床の腹側後外側核(VPL)→ 一次体性感覚野(S1; 中心後回, BA1, 2, 3)という経路で大脳皮質に伝達される。

Key Concept: ホムンクルス(homunculus) ワイルダー・ペンフィールド(Wilder Penfield)がてんかん患者の開頭手術中に電気刺激法を用いて作成した、大脳皮質の体部位再現地図。身体各部位の皮質配分面積は実際の体表面積ではなく、感覚受容器の密度(感覚ホムンクルス)または運動制御の精密さ(運動ホムンクルス)に比例する。

感覚ホムンクルスでは、口唇、舌、手指に著しく大きな皮質面積が割り当てられている。これは、これらの部位における受容器密度が極めて高く、微細な感覚弁別が可能であることを反映する。以下の表は、身体各部位の皮質配分面積の相対的な大きさを示す。

身体部位 皮質配分 特徴
口唇・舌 非常に大 発話・摂食に関わる高精度感覚
手指 非常に大 物体操作に関わる精密触覚
顔面 社会的コミュニケーションに関連
体幹 受容器密度が低い
下肢 内側面に配列

体部位再現は固定的ではなく、経験依存的に再編成(皮質再組織化; cortical reorganization)されることが、マイケル・メルゼニック(Michael Merzenich)らの研究により示されている。例えば、指の切断後にはその指に対応していた皮質領域が隣接する指の表現に侵食される。

痛覚とゲートコントロール理論

痛覚情報は、自由神経終末(free nerve ending)で検出され、有髄のAδ線維(鋭い一次痛; fast pain)と無髄のC線維(鈍い二次痛; slow pain)を通じて脊髄後角に伝達される。脊髄後角から対側に交叉し、脊髄視床路(spinothalamic tract)を上行して視床(VPL核)を経て体性感覚野および帯状回、島皮質へ投射される。

Key Concept: ゲートコントロール理論(gate control theory) ロナルド・メルザック(Ronald Melzack)とパトリック・ウォール(Patrick Wall, 1965)が提唱した痛覚制御の理論。脊髄後角の膠様質(substantia gelatinosa)が「ゲート」として機能し、太い有髄線維(Aβ線維; 触覚)の活動がゲートを閉じて痛覚伝達を抑制し、細い線維(C線維; 痛覚)の活動がゲートを開いて痛覚伝達を促進するとする。

ゲートコントロール理論は、痛みを感じたときに患部を「さする」と痛みが軽減する日常的経験に神経学的説明を与えた。Aβ線維からの入力が脊髄後角の介在ニューロンを活性化し、C線維からの痛覚信号の伝達を抑制するという機構である。

さらに、下行性疼痛抑制系も痛覚制御に重要な役割を果たす。中脳水道周囲灰白質(PAG)から縫線核を経て脊髄後角へ投射する下行性経路は、エンドルフィン(endorphin)やセロトニンを介して痛覚伝達を抑制する。この内因性鎮痛系は、ストレス下での痛覚鈍麻(ストレス誘発性鎮痛; stress-induced analgesia)やプラセボ効果の神経基盤の一部をなすと考えられている。


運動制御の神経基盤

一次運動野と体部位再現

Key Concept: 一次運動野(primary motor cortex; M1) 中心溝前方の中心前回(BA4)に位置し、随意運動の最終的な皮質出力部として機能する。感覚ホムンクルスと同様に体部位局在的配列(運動ホムンクルス)を示し、手指や口など精密な運動制御を要する部位ほど大きな皮質面積が配分されている。

M1のニューロンは運動方向、力、速度などの運動パラメータを符号化する。アポストロス・ゲオルゴプーロス(Apostolos Georgopoulos)らは、M1ニューロンの集団活動パターン(ポピュレーションベクトル; population vector)から運動方向を予測できることを示した(1986)。個々のニューロンは広い範囲の方向に応答する「コサインチューニング」を示すが、多数のニューロンの活動を重みつきで加算すると、実際の運動方向を正確に予測する合成ベクトルが得られる。

運動前野と補足運動野

M1の前方には、運動の計画・準備に関与する高次運動野が存在する。

運動前野(premotor cortex; PMC, BA6外側部) は、外部からの感覚的手がかりに基づく運動の選択と準備に関与する。視覚的合図に対する条件反射的運動(例: 赤信号→ブレーキ)の計画において重要な役割を果たす。運動前野の一部にはミラーニューロン(mirror neuron) が存在し、自己の行動実行時と他者の同一行動の観察時の両方で発火することが、ジャコモ・リゾラッティ(Giacomo Rizzolatti)らによりサルのF5野(ヒトの運動前野腹側部に相当)で発見された(1990年代)。ミラーニューロンは行為理解、模倣学習、共感の神経基盤として議論されているが、ヒトにおけるその正確な機能と範囲については議論が続いている。

補足運動野(supplementary motor area; SMA, BA6内側部) は、内的に生成される運動系列の計画と実行に関与する。外部手がかりなしに記憶から運動を想起・実行する場面(例: ピアノの暗譜演奏)で特に活性化する。SMAの損傷は自発的な運動開始の困難をもたらす。

ハンス・コルンフーバー(Hans Kornhuber)とリューダー・デッケ(Luder Deecke, 1965)は、随意運動の約0.5〜1秒前にSMA付近で緩やかな陰性電位変動が生じることを発見した。このベライトシャフトポテンツィアル(Bereitschaftspotential; 準備電位; readiness potential)は、運動の意図・計画の神経相関として解釈され、意識と自由意志に関する哲学的議論(ベンジャミン・リベット(Benjamin Libet)の実験)の基盤ともなった。

小脳による運動学習

Key Concept: 内部モデル(internal model) 小脳が獲得・保持する、身体や環境のダイナミクスに関する神経的表現。順モデル(forward model)は運動指令から結果を予測し、逆モデル(inverse model)は目標から必要な運動指令を算出する。

小脳は運動の協調とタイミングの制御を担うが(→ Section 2参照)、その中核的機能は運動学習---運動誤差の検出と修正を通じた運動の最適化---にある。

小脳皮質の主要な計算素子はプルキンエ細胞(Purkinje cell)である。プルキンエ細胞は2種類の入力を受ける。

  • 平行線維(parallel fiber): 苔状線維→顆粒細胞を経由し、感覚・運動情報を伝達する。
  • 登上線維(climbing fiber): 下オリーブ核から直接投射し、誤差信号(教師信号)を伝達する。

デイヴィッド・マー(David Marr, 1969)と伊藤正男(Masao Ito, 1972)は、登上線維が伝える誤差信号が平行線維-プルキンエ細胞シナプスの長期抑圧(LTD)を誘導し、これにより運動出力が修正されるというモデルを提唱した(Marr-Albus-Ito モデル)。この小脳LTDは運動学習の細胞レベルの基盤として広く研究されている。

小脳の内部モデルの典型例としてプリズム適応(prism adaptation)がある。プリズム眼鏡により視野が偏位した状態で繰り返しリーチング運動を行うと、最初は目標を外すが、試行を重ねるうちに小脳がプリズムによる偏位を補償するように運動指令を修正する。小脳損傷患者はこの適応が著しく障害される。

graph TD
  subgraph label4 ["小脳の運動学習回路"]
    MF["苔状線維<br>(感覚・運動情報)"] --> GC["顆粒細胞"]
    GC --> PF["平行線維"]
    PF --> PC["プルキンエ細胞"]
    CF["登上線維<br>(下オリーブ核からの誤差信号)"] --> PC
    PC -->|"抑制(GABA)"| DCN["小脳深部核"]
    DCN --> TH["視床 → 大脳皮質"]
    DCN --> BS["脳幹運動核"]
  end

大脳基底核による行動選択

大脳基底核の直接経路と間接経路による運動の選択・抑制メカニズムはSection 2で詳述した(→ Section 2「大脳基底核と報酬系」参照)。運動制御の文脈では、大脳基底核は「何をするか」の選択(行動選択; action selection)を担い、小脳は「いかにするか」の最適化(運動学習)を担うという機能分担が提唱されている。

大脳基底核は大脳皮質からの広範な入力を線条体で受け、直接経路による特定の運動プログラムの脱抑制(促進)と間接経路による競合する運動プログラムの抑制を通じて、適切な行動を選択する。この選択機構は、強化学習における報酬信号(ドーパミン)によりチューニングされる。パーキンソン病における運動開始困難(無動)は、ドーパミン欠乏に伴う直接経路の活動低下と間接経路の過活動が、運動プログラムの選択・解発を障害することで生じる。

下行性運動経路

Key Concept: 皮質脊髄路(corticospinal tract) 大脳皮質(主にM1)から脊髄の運動ニューロンへ直接下行する運動経路。延髄の錐体で大部分(約85%)の線維が対側に交叉するため、錐体路(pyramidal tract)とも呼ばれる。四肢の随意運動、特に手指の精密な独立運動の制御に不可欠である。

皮質脊髄路の線維はM1のみならず、運動前野、補足運動野、一次体性感覚野からも起始する。延髄の錐体交叉(pyramidal decussation)で交叉した線維は外側皮質脊髄路として脊髄側索を下行し、対側の脊髄前角の運動ニューロンに直接的または介在ニューロンを介して間接的にシナプスする。

霊長類に特徴的な皮質運動ニューロン間の単シナプス性結合(corticomotoneuronal connection)は、手指の個別的で精密な運動制御を可能にする。この結合が他の哺乳類に比べて発達していることが、ヒトの高度な道具使用能力の神経解剖学的基盤の一つと考えられている。

皮質脊髄路以外にも、錐体外路系(extrapyramidal system)と総称される複数の下行性運動経路が存在し、姿勢制御、筋緊張、歩行パターンなどの制御に寄与する。前庭脊髄路、網様体脊髄路、赤核脊髄路などが含まれる。

graph TD
  subgraph label5 ["運動制御の階層構造"]
    PFC2["前頭前野<br>(意図・計画)"]
    PFC2 --> SMA2["補足運動野<br>(内的運動系列)"]
    PFC2 --> PMC2["運動前野<br>(外的手がかりに基づく選択)"]
    SMA2 --> M1a["一次運動野 M1"]
    PMC2 --> M1a
    BG["大脳基底核<br>(行動選択)"] --> TH2["視床"]
    TH2 --> M1a
    CB["小脳<br>(運動学習・協調)"] --> TH2
    M1a --> CST["皮質脊髄路"]
    CST --> MN["脊髄運動ニューロン"]
    MN --> MUSC["骨格筋"]
  end

まとめ

  • 視覚系では、網膜の桿体・錐体が光を電気信号に変換し、ON/OFF型神経節細胞がコントラスト情報を抽出する。M細胞・P細胞の機能分化はLGNの大細胞層・小細胞層に継承され、V1では方位選択性・眼優位性カラムが階層的な特徴抽出を実現する。V1から分岐する腹側経路(what経路)と背側経路(where/how経路)は、それぞれ物体認知と空間認知・行動制御を担う。
  • 聴覚系では、蝸牛のトノトピー(周波数-位置変換)が聴覚処理の基本原理をなし、複数の中継核を経てA1に至る。音源定位はITD(低周波数)とILD(高周波数)の処理に基づき、上オリーブ核が中心的役割を果たす。
  • 体性感覚系では、4種類の機械受容器がそれぞれ異なる触覚モダリティを担い、S1のホムンクルスは受容器密度に比例した体部位再現を示す。痛覚のゲートコントロール理論は、触覚入力による痛覚抑制と下行性疼痛抑制系の存在を説明する。
  • 運動制御系では、前頭前野の意図がSMA・PMCで運動計画に変換され、M1が皮質脊髄路を通じて運動指令を出力する。小脳は内部モデルに基づく運動学習を、大脳基底核は直接経路・間接経路による行動選択を担い、これらが階層的・並列的に協調して精密な随意運動を実現する。

Section 5(行動の生物学的基盤)では、本セクションの運動制御系が外部環境へ作用する「出力系」であるのに対し、行動を内部から駆動する「動因系」---内分泌系、睡眠・覚醒、摂食行動、精神薬理学---を扱う。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
光受容器 photoreceptor 網膜に存在する光感受性ニューロン。桿体と錐体の2種
桿体 rod 暗所視を担う光受容器。高感度だが空間分解能は低い
錐体 cone 明所視と色覚を担う光受容器。3種類がありS・M・L錐体に分類
受容野 receptive field 特定のニューロンが応答する感覚空間上の領域
外側膝状体 lateral geniculate nucleus (LGN) 視床の視覚中継核。網膜からV1へ情報を伝達する
方位選択性 orientation selectivity V1ニューロンが特定角度の線分に選択的に応答する特性
眼優位性カラム ocular dominance column V1における左眼・右眼優位ニューロンの柱状配列
腹側経路 ventral stream V1から側頭葉に至る「what経路」。物体認知を担う
背側経路 dorsal stream V1から頭頂葉に至る「where/how経路」。空間認知と行動制御を担う
トノトピー tonotopy 音の周波数が蝸牛や聴覚皮質上の位置に対応する配列原理
両耳間時間差 interaural time difference (ITD) 左右の耳への音の到達時間差。低周波数音の音源定位に利用
両耳間レベル差 interaural level difference (ILD) 頭部遮蔽による左右の耳への音の強度差。高周波数音の音源定位に利用
メルケル細胞 Merkel cell 遅順応型の皮膚機械受容器。圧覚・テクスチャの検出を担う
マイスナー小体 Meissner corpuscle 速順応型の皮膚機械受容器。軽い接触の検出を担う
パチニ小体 Pacinian corpuscle 速順応型の深部機械受容器。振動の検出を担う
ルフィニ終末 Ruffini ending 遅順応型の皮膚機械受容器。皮膚伸展の検出を担う
ホムンクルス homunculus ペンフィールドが作成した体部位の皮質再現地図
ゲートコントロール理論 gate control theory メルザックとウォールが提唱した脊髄レベルの痛覚制御理論
一次運動野 primary motor cortex (M1) 中心前回に位置し、随意運動の皮質出力部として機能
運動前野 premotor cortex (PMC) 外部手がかりに基づく運動の選択・準備に関与する前頭葉領域
補足運動野 supplementary motor area (SMA) 内的に生成される運動系列の計画・実行に関与する前頭葉内側部
内部モデル internal model 小脳が保持する身体・環境のダイナミクスの神経的表現
皮質脊髄路 corticospinal tract M1から脊髄運動ニューロンへの主要な下行性運動経路

確認問題

Q1: 視覚系の腹側経路と背側経路の機能的違いを、グッデイルとミルナーの知覚-行動モデルに基づいて説明し、この二重解離を支持する臨床的証拠を挙げよ。 A1: グッデイルとミルナーの知覚-行動モデルでは、腹側経路は意識的な視覚知覚(vision for perception)を担い物体の同定・分類に関与する一方、背側経路は視覚誘導性の行動制御(vision for action)を担い把持や到達運動などのリアルタイムな運動パラメータの計算に関与するとされる。この二重解離を支持する臨床的証拠として、腹側経路損傷による視覚性失認の患者D.F.は物体の方位を言語的に報告できないが、郵便受けにカードを投函する際には正しい手の角度に調整できた。これは背側経路が保存されているために視覚誘導性の運動は可能であることを示す。逆に、背側経路損傷による視覚性運動失調の患者は物体を視覚的に認知し記述できるが、視覚的に誘導された正確なリーチング動作が障害される。

Q2: 蝸牛におけるトノトピーの原理を説明し、音源定位に利用される2つの両耳間手がかり(ITDとILD)の違いと、それぞれが有効な周波数帯域が異なる理由を述べよ。 A2: 蝸牛のトノトピーは基底膜の物理的特性に基づく。基底膜は基部で狭く硬く、頂部で広く柔軟であるため、高周波数音は基部で、低周波数音は頂部で最大振幅の進行波を生じる。この周波数-位置変換により、音の周波数情報が蝸牛内の空間的位置として符号化される。音源定位の手がかりとしてITDは音が左右の耳に到達する時間差であり、主に低周波数音(約1500Hz以下)で有効である。低周波数音は波長が長く頭部を回り込むため強度差が生じにくいが、位相差としてのITDは利用可能である。ILDは頭部による音響遮蔽効果で生じる左右の耳での音圧差であり、主に高周波数音(約1500Hz以上)で有効である。高周波数音は波長が短く頭部で遮蔽されやすいため、明瞭なレベル差が生じる。上オリーブ核の内側部(MSO)がITDを、外側部(LSO)がILDを処理する。

Q3: ペンフィールドの感覚ホムンクルスが身体の実際の比率と大きく異なる理由を説明し、ホムンクルスが経験依存的に変化しうることを示す実験的証拠を挙げよ。 A3: 感覚ホムンクルスにおいて手指や口唇・舌の皮質配分面積が体幹や下肢に比べて著しく大きいのは、これらの部位に機械受容器(特にメルケル細胞やマイスナー小体)が高密度に分布しており、精密な感覚弁別が要求されるためである。皮質配分面積は体表面積ではなく感覚受容器の密度と弁別精度に比例する。ホムンクルスの経験依存的変化の証拠として、メルゼニックらのサルの研究では、指の切断後にその指に対応していた皮質領域が隣接する指の表現により侵食されることが示された。また、弦楽器奏者の指の皮質表現が非演奏者より拡大しているなど、使用頻度に応じた可塑的変化がヒトでも報告されている。

Q4: 小脳のMarr-Albus-Itoモデルにおける運動学習のメカニズムを、プルキンエ細胞への2種類の入力の役割に言及して説明せよ。 A4: Marr-Albus-Itoモデルでは、小脳の運動学習は2種類の入力の相互作用により実現される。苔状線維→顆粒細胞→平行線維の経路は現在の感覚・運動状態に関する情報をプルキンエ細胞に伝達する。一方、下オリーブ核から起始する登上線維は運動の誤差信号(教師信号)をプルキンエ細胞に伝達する。平行線維の活動と登上線維の活動が時間的に一致すると、平行線維-プルキンエ細胞シナプスに長期抑圧(LTD)が誘導される。これにより誤差を生じさせた入力パターンに対するプルキンエ細胞の応答が減弱し、小脳深部核への抑制性出力が変化することで運動出力が修正される。プリズム適応実験はこのモデルの行動レベルの証拠であり、プリズムによる視覚偏位という誤差信号が小脳回路を通じてリーチング運動を漸進的に修正する。小脳損傷患者ではこの適応が著しく障害される。

Q5: 運動制御における小脳と大脳基底核の機能的役割の違いを説明し、それぞれの障害がもたらす運動症状の違いに言及せよ。 A5: 小脳と大脳基底核はいずれも運動制御に不可欠であるが、担う機能は質的に異なる。小脳は内部モデルに基づく運動の協調・タイミング制御・誤差修正(「いかにするか」の最適化)を担う。小脳損傷は筋力低下ではなく運動失調---動作のぎこちなさ、測定障害(dysmetria)、振戦(企図振戦; intention tremor)、歩行の不安定性---を引き起こす。一方、大脳基底核は直接経路・間接経路を通じた行動選択(「何をするか」の決定)を担い、特定の運動プログラムの脱抑制と競合する運動プログラムの抑制を行う。大脳基底核の障害として代表的なパーキンソン病では、ドーパミン欠乏による直接経路の活動低下と間接経路の過活動により、運動の開始困難(無動)、筋固縮、安静時振戦が生じる。ハンチントン病では間接経路の障害により不随意運動(舞踏運動; chorea)が出現する。