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Module 2-1 - Section 5: 行動の生物学的基盤

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-1: 神経・生理心理学
前提セクション Section 1(神経系の基礎), Section 2(脳の構造と機能)
想定学習時間 4.5時間

導入

Section 1〜4では、ニューロンの電気化学的信号処理から脳の巨視的構造、研究法、感覚・運動系に至るまで、神経系の基本的な構成と機能を学んだ。本セクションでは、これらの知識を統合し、日常的な行動---ストレス応答、睡眠、摂食、薬物への反応---がどのような神経・内分泌メカニズムによって調節されているかを扱う。

行動の生物学的基盤を理解することは、臨床心理学や健康心理学の基盤となるのみならず、精神疾患の病態理解と薬物療法の原理を把握するうえで不可欠である。本セクションでは、(1)内分泌系と行動、(2)睡眠の神経基盤、(3)摂食行動の調節、(4)精神薬理学の基礎の4トピックを順に扱い、Module 2-1全体の総括を行う。


内分泌系と行動

神経系が電気信号により迅速な情報伝達を行うのに対し、内分泌系(endocrine system)はホルモンを血流に放出することで、比較的緩やかだが持続的・広範な調節を担う。両系は視床下部を結節点として密接に連携しており、この連携を神経内分泌統合(neuroendocrine integration) と呼ぶ(→ Module 2-1, Section 2「脳の構造と機能」参照)。

Key Concept: ホルモン(hormone) 内分泌腺から血流に分泌され、標的細胞の受容体に結合して生理的応答を引き起こす化学的メッセンジャー。ペプチドホルモン、ステロイドホルモン、アミン系ホルモンに大別される。

視床下部-下垂体-副腎(HPA)軸とストレス反応

Key Concept: HPA軸(hypothalamic-pituitary-adrenal axis) 視床下部、下垂体前葉、副腎皮質から成る神経内分泌系の軸。ストレス応答の中核的調節経路であり、最終産物としてコルチゾールを分泌する。

ストレッサーを知覚すると、扁桃体からの興奮性入力を受けた視床下部の室傍核(paraventricular nucleus; PVN)が副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(corticotropin-releasing hormone; CRH)を正中隆起の門脈系に放出する。CRHは下垂体前葉の副腎皮質刺激ホルモン(corticotroph)細胞に作用し、副腎皮質刺激ホルモン(adrenocorticotropic hormone; ACTH)の分泌を促進する。ACTHは血流を介して副腎皮質に到達し、糖質コルチコイド(ヒトではコルチゾール)の合成・分泌を誘導する。

Key Concept: コルチゾール(cortisol) 副腎皮質から分泌される主要な糖質コルチコイド。糖新生の促進、免疫応答の調節、覚醒度の維持に関与する。慢性的な過剰分泌は海馬の萎縮、免疫機能の低下、代謝異常と関連する。

コルチゾールは視床下部と下垂体に対する負のフィードバック(negative feedback) により、CRHとACTHの放出を抑制し、HPA軸の活動を収束させる。このフィードバック機構が破綻すると、慢性的な高コルチゾール血症が生じ、大うつ病性障害やクッシング症候群と関連する。Robert Sapolskyの研究は、慢性ストレスによるコルチゾールの持続的上昇が海馬CA3領域の樹状突起萎縮を引き起こし、記憶障害の一因となることを示した。

graph TD
  subgraph HPA["HPA軸のカスケード"]
    STRESS["ストレッサー"] --> AMY["扁桃体"]
    AMY --> PVN["視床下部 室傍核"]
    PVN -->|"CRH"| AP["下垂体前葉"]
    AP -->|"ACTH"| ADR["副腎皮質"]
    ADR -->|"コルチゾール"| TARGET["標的組織"]
    TARGET -->|"負のフィードバック"| PVN
    TARGET -->|"負のフィードバック"| AP
  end

視床下部-下垂体-性腺(HPG)軸と性行動

Key Concept: HPG軸(hypothalamic-pituitary-gonadal axis) 視床下部、下垂体前葉、性腺(精巣・卵巣)から成る神経内分泌軸。性ホルモンの分泌を調節し、生殖機能と性行動を制御する。

視床下部の弓状核(arcuate nucleus)および視索前野(preoptic area)から分泌される性腺刺激ホルモン放出ホルモン(gonadotropin-releasing hormone; GnRH)は、下垂体前葉に作用して卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体形成ホルモン(LH)の分泌を促す。これらのゴナドトロピンは性腺に作用し、テストステロン(精巣)やエストラジオール・プロゲステロン(卵巣)の合成を誘導する。性ホルモンもHPA軸と同様に負のフィードバックでGnRH分泌を抑制する。

テストステロンは攻撃行動、支配行動、性的動機づけと相関することが示されているが、その関係は双方向的であり、社会的文脈に強く修飾される。勝利や地位の上昇がテストステロンを上昇させるという知見は、ホルモンが行動を一方的に決定するのではなく、行動とホルモンが相互に影響し合うことを示している。

オキシトシンと社会的絆

Key Concept: オキシトシン(oxytocin) 視床下部の室傍核および視索上核で合成され、下垂体後葉から血中に放出されるペプチドホルモン。分娩時の子宮収縮と射乳反射を担うほか、社会的絆の形成・信頼・向社会行動に関与する。

オキシトシンは末梢ホルモンとしてのみならず、中枢神経系における神経修飾物質(neuromodulator)としても機能する。動物実験では、プレーリーハタネズミ(prairie vole)におけるオキシトシン受容体の分布が一夫一妻的な絆形成行動と対応することが示された。ヒトにおいても、経鼻投与実験により信頼行動や顔の情動認知の促進が報告されているが、効果は文脈依存的であり、外集団に対する排他性を高めるという知見もあり、「愛情ホルモン」という単純な描写は過度に還元主義的である。

甲状腺ホルモンと代謝・気分

甲状腺ホルモン(トリヨードチロニン; T3、チロキシン; T4)は視床下部-下垂体-甲状腺(HPT)軸を介して調節され、全身の基礎代謝率を制御する。甲状腺機能低下症(hypothyroidism)は代謝低下、倦怠感、抑うつ症状、認知機能低下を呈し、精神疾患の鑑別診断において除外すべき内分泌疾患である。甲状腺機能亢進症(hyperthyroidism)では不安、易刺激性、不眠が生じうる。これらの臨床知見は、内分泌系の変調が精神症状を惹起しうることを示す重要な例である。


睡眠の神経基盤

ヒトは生涯の約3分の1を睡眠に費やす。睡眠は受動的な活動停止状態ではなく、能動的に制御された神経生理学的過程であり、記憶の固定化、代謝老廃物の除去、免疫機能の維持などの機能を担う。

睡眠段階

Key Concept: 睡眠ポリグラフ(polysomnography; PSG) 脳波(EEG)、眼球運動(EOG)、筋電図(EMG)を同時記録し、睡眠段階を判定する標準的な手法。

睡眠はNREM(non-rapid eye movement)睡眠とREM(rapid eye movement)睡眠に大別される。米国睡眠医学会(AASM)の分類では、NREM睡眠は3段階に区分される。

段階 EEG特徴 主な生理的特徴
NREM Stage 1(N1) θ波(4-7Hz)、頂点鋭波 入眠期。容易に覚醒可能。筋緊張の緩徐な低下
NREM Stage 2(N2) 睡眠紡錘波(12-14Hz)、K複合 睡眠全体の約50%を占める。感覚遮断の進行
NREM Stage 3(N3) δ波(0.5-2Hz)、高振幅徐波 徐波睡眠(SWS)。最も深い睡眠。成長ホルモン分泌のピーク
REM 低振幅・高頻度混合波(覚醒時に類似) 急速眼球運動、筋アトニア、鮮明な夢。自律神経の変動が大きい

一晩の睡眠では約90分周期でNREM-REM周期が4〜6回反復し、前半はN3(徐波睡眠)の比率が高く、後半はREM睡眠の比率が増大する。

覚醒-睡眠のフリップフロップモデル

Key Concept: フリップフロップモデル(flip-flop model) Clifford Saperらが提唱した覚醒-睡眠スイッチのモデル。覚醒促進系と睡眠促進系が相互抑制することで、中間状態なく覚醒と睡眠の間を急速に切り替える。

覚醒促進系は脳幹とその近傍に位置する複数の神経核から成り、上行性網様体賦活系(ARAS)として大脳皮質の覚醒を維持する(→ Module 2-1, Section 2「脳の構造と機能」参照)。主要な覚醒促進核は以下の通りである。

  • 青斑核(locus coeruleus; LC): ノルアドレナリン
  • 背側縫線核(dorsal raphe nucleus): セロトニン
  • 腹側被蓋野(VTA)・結節乳頭核(tuberomammillary nucleus; TMN): ヒスタミン
  • 外側視床下部: オレキシン(ヒポクレチン)

睡眠促進系の中核は視索前野の腹外側視索前野(ventrolateral preoptic area; VLPO) であり、GABA作動性ニューロンが覚醒促進核を抑制する。覚醒促進系とVLPOは相互抑制関係にあり、一方が優勢になると他方を強く抑制するため、覚醒と睡眠の間の移行は急速に生じる。この相互抑制構造はエレクトロニクスのフリップフロップ回路に類似しているため、この名称が付された。

graph LR
  subgraph wake ["覚醒促進系"]
    LC["青斑核(NA)"]
    DR["縫線核(5-HT)"]
    TMN["結節乳頭核(His)"]
    ORX["外側視床下部(オレキシン)"]
  end
  subgraph sleep ["睡眠促進系"]
    VLPO["VLPO(GABA)"]
  end
  wake -->|"抑制"| VLPO
  VLPO -->|"抑制"| wake
  ORX -->|"安定化"| wake

オレキシン(orexin / hypocretin) は外側視床下部のニューロンが産生する神経ペプチドで、覚醒促進系を安定化させる役割を果たす。オレキシン産生ニューロンの選択的脱落はナルコレプシー1型(narcolepsy type 1) を引き起こし、日中の過度の眠気、情動脱力発作(カタプレキシー)、入眠時幻覚、睡眠麻痺を特徴とする。この発見は、覚醒-睡眠制御におけるオレキシンの必須性を直接的に示すものであり、オレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント、レンボレキサント)の開発という臨床的応用にもつながった。

概日リズムと視交叉上核

Key Concept: 概日リズム(circadian rhythm) 約24時間周期で繰り返される内因性の生理的リズム。睡眠-覚醒サイクル、体温変動、ホルモン分泌リズムなどに表れる。

概日リズムの中枢ペースメーカーは視床下部の視交叉上核(suprachiasmatic nucleus; SCN) である。SCNニューロンは時計遺伝子(Clock, Bmal1, Per, Cry等)の転写-翻訳フィードバックループにより約24時間の自律的振動を生成する。SCNは網膜の本質的光感受性網膜神経節細胞(intrinsically photosensitive retinal ganglion cells; ipRGC)から網膜視床下部路を介して光情報を受け取り、内因性リズムを外界の明暗周期に同調(entrainment)させる。ipRGCはメラノプシンを光色素として含み、短波長光(青色光; 約480nm)に最も感受性が高い。

松果体(pineal gland)はSCNからの制御を受け、暗期にメラトニン(melatonin)を分泌する。メラトニンはSCNのMT1/MT2受容体に作用して覚醒信号を抑制し、入眠を促進する。夜間の光曝露(特に青色光)はメラトニン分泌を抑制し、概日リズムを後退させるため、夜間のスクリーン使用が睡眠に悪影響を及ぼす生理学的根拠となっている。

睡眠と記憶固定化

睡眠、特にNREM Stage 3(徐波睡眠)とREM睡眠は、記憶の固定化(consolidation)に重要な役割を果たす。

徐波睡眠でのリプレイ(replay): 覚醒時に海馬で符号化された神経活動パターンが、徐波睡眠中に海馬で圧縮・再活性化される。この「リプレイ」は海馬の鋭波リップル(sharp wave-ripple; SWR)に同期して生じ、海馬から新皮質への情報転送を促進すると考えられている。Wilson & McNaughton(1994)はラットの海馬場所細胞(place cell)の活動パターンが睡眠中に再現されることを示した先駆的研究である。

REM睡眠と手続き記憶・情動記憶: REM睡眠は手続き記憶の固定化、および情動記憶の処理に関与するとされる。Matthew Walkerらの研究は、REM睡眠が情動記憶の情動的色彩を脱感作しつつ記憶内容を保持する機能を担う可能性を示唆している。

graph TD
  subgraph consolidation ["睡眠中の記憶固定化"]
    WAKE["覚醒時: 海馬での符号化"] --> SWS["徐波睡眠: 海馬リプレイ"]
    SWS -->|"鋭波リップル"| TRANSFER["海馬→新皮質への転送"]
    WAKE --> REM["REM睡眠: 情動・手続き記憶の処理"]
    TRANSFER --> LONG["長期記憶の安定化"]
    REM --> LONG
  end

摂食行動の調節

摂食行動はエネルギー恒常性を維持するための生理的調節と、食物の快楽的価値に基づく動機づけの二重システムによって制御される。この二重性は、なぜ生理的には空腹でなくとも美味な食物を摂取する(快楽的摂食)のかを説明する枠組みを提供する。

視床下部の摂食関連核

視床下部は摂食行動の中枢的調節器として機能する(→ Module 2-1, Section 2「脳の構造と機能」参照)。主要な核と機能は以下の通りである。

Key Concept: 弓状核(arcuate nucleus; ARC) 視床下部底部に位置し、血液脳関門が相対的に脆弱であるため末梢代謝シグナルを直接感知しうる。摂食促進ニューロン(NPY/AgRP)と摂食抑制ニューロン(POMC/CART)の2集団を含み、エネルギーバランスのセンサーとして機能する。

弓状核のNPY/AgRPニューロンは、空腹時に活性化されて強力な摂食促進作用(orexigenic)を発揮する。NPY(neuropeptide Y)はY1/Y5受容体を介して摂食を誘導し、AgRP(agouti-related peptide)はメラノコルチン4受容体(MC4R)の内因性拮抗薬として作用する。一方、POMC/CARTニューロンは飽食時に活性化され、α-MSH(α-melanocyte-stimulating hormone)を産生してMC4Rを活性化し、摂食抑制作用(anorexigenic)を発揮する。

外側視床下部(lateral hypothalamus; LH) はかつて「摂食中枢」と呼ばれ、その破壊が無食症(aphagia)を引き起こすことが知られていた。外側視床下部にはオレキシンニューロンとMCH(melanin-concentrating hormone)ニューロンが存在し、いずれも摂食促進と覚醒調節に関与する。

腹内側核(ventromedial nucleus; VMN) はかつて「満腹中枢」と呼ばれ、その破壊が過食と肥満を引き起こすことが古典的な損傷実験で示された。現在では、VMNの機能は単純な「満腹スイッチ」ではなく、エネルギー代謝の調節、血糖応答、防御行動など多面的であることが明らかとなっている。

レプチンとグレリンによるフィードバック

Key Concept: レプチン(leptin) 脂肪組織から分泌されるペプチドホルモン。血中濃度は体脂肪量に比例する。弓状核のNPY/AgRPニューロンを抑制し、POMC/CARTニューロンを活性化することで、長期的なエネルギーバランスの負のフィードバックシグナルとして機能する。

Key Concept: グレリン(ghrelin) 主に胃底部から分泌されるペプチドホルモン。空腹時に血中濃度が上昇し、弓状核のNPY/AgRPニューロンを活性化して摂食を促進する。唯一の末梢性摂食促進ホルモンとして知られる。

レプチンの発見(Zhang et al., 1994)は、ob/obマウス(leptin遺伝子の突然変異により肥満を呈する)の研究に端を発する。当初はレプチンの外因性投与が肥満治療の決定的手段になると期待されたが、ヒトの肥満の大多数ではレプチン濃度がむしろ高値であり、レプチンに対する感受性の低下(レプチン抵抗性; leptin resistance)が問題であることが判明した。

graph TD
  subgraph feeding ["摂食行動の視床下部調節"]
    FAT["脂肪組織"] -->|"レプチン"| ARC["弓状核"]
    STOMACH["胃"] -->|"グレリン"| ARC
    ARC -->|"POMC/α-MSH"| PVN2["室傍核(摂食抑制)"]
    ARC -->|"NPY/AgRP"| LH2["外側視床下部(摂食促進)"]
    PVN2 --> OUTPUT["エネルギー消費↑ / 摂食↓"]
    LH2 --> OUTPUT2["摂食↑ / 覚醒↑"]
  end

報酬系と快楽的摂食

摂食行動は恒常性維持の要求のみならず、食物の快楽的価値(hedonic value)によっても駆動される。この快楽的摂食(hedonic eating)は、中脳辺縁系ドーパミン経路と関連する報酬系によって媒介される(→ Module 2-1, Section 2「脳の構造と機能」参照)。

Kent Berridgeの研究は、報酬の「欲求(wanting)」と「快楽(liking)」を神経薬理学的に解離した。ドーパミンは主として報酬の動機づけ的顕著性(incentive salience)---すなわち「欲求」---を付与し、μ-オピオイド受容体を介するシステム(側坐核殻のhedonic hotspot)が「快楽」反応を媒介する。高脂肪・高糖質食品はこの報酬系を強力に賦活し、恒常性の要求を超えた過剰摂食を引き起こしうる。

肥満の神経内分泌的基盤

肥満はエネルギー摂取と消費の不均衡が持続した結果であるが、その背景には複合的な神経内分泌メカニズムが関与する。レプチン抵抗性に加え、以下の要因が指摘されている。

  • 報酬系の鈍化: 肥満者では線条体のドーパミンD2受容体の利用可能性が低下しており、報酬感受性の低下を補償するために過食が生じるという仮説(reward deficiency hypothesis)がある。
  • 炎症性シグナル: 肥満に伴う慢性低レベル炎症が視床下部の摂食調節回路を障害する。
  • 腸脳軸(gut-brain axis): 腸内細菌叢の組成変化が短鎖脂肪酸や腸管ペプチドの分泌を介して摂食行動と代謝に影響を及ぼす。
  • 遺伝的要因: MC4R遺伝子変異は単一遺伝子性肥満の最も一般的な原因であり、FTO遺伝子多型はGWAS(ゲノムワイド関連解析)で肥満リスクと最も強い関連を示す。

精神薬理学の基礎

精神薬理学(psychopharmacology)は、薬物が神経伝達に及ぼす作用と、それに伴う行動・認知・情動の変化を研究する学問分野である。Section 1で扱った神経伝達物質系の知識が本トピックの基盤となる(→ Module 2-1, Section 1「神経系の基礎」参照)。

薬物の作用機序

Key Concept: アゴニスト(agonist) 受容体に結合し、内因性リガンド(神経伝達物質)と同様またはそれ以上の効果を発揮する物質。完全アゴニスト(最大効力を発揮)と部分アゴニスト(最大効力が内因性リガンドより低い)に区分される。

Key Concept: アンタゴニスト(antagonist) 受容体に結合するが受容体を活性化せず、内因性リガンドの結合を競合的に阻害することで伝達を抑制する物質。

薬物がシナプス伝達に影響を及ぼすメカニズムは多様である。主要な作用機序を以下に整理する。

作用機序 効果 代表例
受容体アゴニスト 受容体の直接活性化 モルヒネ(μ-オピオイド受容体)、ベンゾジアゼピン(GABA_A受容体の正のアロステリック調節因子)
受容体アンタゴニスト 受容体の遮断 ハロペリドール(D2受容体)、ナルトレキソン(オピオイド受容体)
再取り込み阻害 シナプス間隙における伝達物質濃度の上昇 フルオキセチン(セロトニン再取り込み阻害)、メチルフェニデート(DA/NA再取り込み阻害)
酵素阻害 伝達物質の分解抑制 フェネルジン(MAO阻害)、ドネペジル(AChE阻害)
放出促進 シナプス前終末からの伝達物質放出増加 アンフェタミン(DA/NA放出促進)
イオンチャネル調節 チャネルの開口確率・伝導度の変調 リチウム(複数のイオンチャネルとシグナル伝達経路に作用)

主要な精神薬物の分類

抗精神病薬(antipsychotics)

抗精神病薬は統合失調症をはじめとする精神病性障害の治療に用いられる。

定型抗精神病薬(第一世代; FGA)は主としてドーパミンD2受容体を遮断する。クロルプロマジン(1952年にJean Delayらが臨床導入)とハロペリドールが代表的であり、陽性症状(幻覚、妄想)に有効だが、錐体外路症状(EPS; パーキンソニズム、アカシジア、ジストニア、遅発性ジスキネジア)の副作用リスクが高い。

非定型抗精神病薬(第二世代; SGA) はD2受容体に加えてセロトニン5-HT2A受容体を遮断する(Meltzerのセロトニン-ドーパミン仮説)。クロザピン、リスペリドン、オランザピン、アリピプラゾール(D2部分アゴニスト)が代表的であり、EPSのリスクは低いが、代謝性副作用(体重増加、糖脂質代謝異常)が問題となる。

抗うつ薬(antidepressants)

薬物クラス 略称 作用機序 代表的薬物
選択的セロトニン再取り込み阻害薬 SSRI SERTを選択的に阻害 フルオキセチン、セルトラリン、パロキセチン
セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬 SNRI SERT + NETを阻害 ベンラファキシン、デュロキセチン
三環系抗うつ薬 TCA SERT + NET阻害に加え、抗コリン・抗ヒスタミン作用 イミプラミン、アミトリプチリン
モノアミン酸化酵素阻害薬 MAOI MAOを不可逆的/可逆的に阻害 フェネルジン、モクロベミド

抗うつ薬の臨床効果発現にはSSRIでも2〜4週間を要する。この遅延は単なるシナプス間隙のモノアミン増加では説明できず、セロトニン自己受容体(5-HT1A)の脱感作、BDNF(脳由来神経栄養因子)を介した神経可塑性の促進、海馬歯状回における成体神経新生の誘導など、下流の適応的変化が治療効果の本体であるとする仮説が提唱されている。

抗不安薬(anxiolytics)

ベンゾジアゼピン系(ジアゼパム、ロラゼパム、アルプラゾラム)はGABA_A受容体の正のアロステリック調節因子として作用し、GABAの結合時のCl-チャネル開口頻度を増大させる。速やかな抗不安効果を発揮するが、鎮静、筋弛緩、健忘、依存形成のリスクがある。

ブスピロンはセロトニン5-HT1A受容体の部分アゴニストであり、依存性が低いが効果発現に数週間を要する。

気分安定薬(mood stabilizers)

リチウム(lithium)は双極性障害の躁エピソードの治療および再発予防の第一選択薬である。その作用機序は完全には解明されていないが、イノシトールリン脂質経路の抑制(イノシトールモノホスファターゼ阻害)、GSK-3β(glycogen synthase kinase 3β)の阻害、神経保護作用などが関与するとされる。治療域が狭く(血清中リチウム濃度 0.6〜1.2 mEq/L)、定期的な血中濃度モニタリングが必須である。

バルプロ酸やカルバマゼピン等の抗てんかん薬も気分安定薬として使用され、電位依存性ナトリウムチャネルの遮断やGABA系の増強が主たる作用機序である。

精神刺激薬(psychostimulants)

メチルフェニデートとアンフェタミンは注意欠如・多動症(ADHD)の治療に用いられる。メチルフェニデートはドーパミントランスポーター(DAT)とノルアドレナリントランスポーター(NET)を阻害し、アンフェタミンはこれに加えてトランスポーターを逆転させ、細胞内の伝達物質をシナプス間隙に放出させる。前頭前皮質におけるドーパミン・ノルアドレナリンシグナルの最適化が、注意機能と実行機能の改善をもたらすと考えられている。

薬物依存と報酬系の可塑的変化

Key Concept: 薬物依存(substance use disorder) 有害な結果にもかかわらず薬物使用を制御できなくなる状態。報酬系(中脳辺縁系ドーパミン経路)の可塑的変化が中核的な神経基盤とされる。

乱用薬物はいずれも最終的に側坐核(nucleus accumbens)におけるドーパミン放出を増強する。コカインはDATを遮断し、アンフェタミンはDAT逆転による放出促進、ニコチンはVTAのニコチン性アセチルコリン受容体を活性化し、アルコールはGABA増強とグルタミン酸抑制を介してVTAのドーパミンニューロンの脱抑制を引き起こし、オピオイドはVTAのGABA作動性介在ニューロンを抑制してドーパミンニューロンを脱抑制する。

反復的な薬物曝露は以下の可塑的変化を引き起こす。

  1. 感作(sensitization): 中脳辺縁系の反応性が増大し、薬物関連手がかりに対する「欲求(wanting)」が病的に亢進する(Berridgeのincentive sensitization理論)。
  2. 耐性(tolerance): 同等の効果を得るために必要な薬物量が増大する。受容体のダウンレギュレーション、代謝酵素の誘導等による。
  3. 前頭前皮質機能の低下: 衝動制御、意思決定、将来報酬の評価に関わる前頭前皮質の機能が障害され、薬物使用の制御が困難となる。
  4. ストレス系の過活性化: 離脱時にはHPA軸の過活性化とCRHの増加が生じ、不快感(dysphoria)と渇望が再使用を駆動する(George Koobの「報酬系の闇の側面」仮説)。
graph LR
  subgraph addiction ["薬物依存の神経回路変化"]
    DRUG["乱用薬物"] --> VTA["VTA ドーパミンニューロン"]
    VTA -->|"DA↑"| NAC["側坐核"]
    NAC --> SENS["感作: 薬物手がかりへの過敏化"]
    NAC --> TOL["耐性: 報酬感受性の低下"]
    DRUG --> PFC["前頭前皮質 機能低下"]
    PFC -->|"制御力↓"| COMPULSIVE["強迫的使用"]
    DRUG --> HPA2["HPA軸 過活性化"]
    HPA2 -->|"離脱時の不快感"| RELAPSE["再発"]
  end

まとめ

  • 内分泌系は神経系と視床下部を結節点として連携し、HPA軸(ストレス応答)、HPG軸(性行動)、HPT軸(代謝・気分)などの神経内分泌軸を通じて行動を調節する。コルチゾールの慢性的過剰は海馬萎縮と認知障害を引き起こしうる。
  • 睡眠はNREM(N1〜N3)とREMの周期的反復から成り、覚醒-睡眠の切り替えはフリップフロップモデル(覚醒促進系とVLPOの相互抑制)で説明される。概日リズムはSCNが時計遺伝子に基づいて生成し、光によるメラトニン調節で外界に同調する。
  • 摂食行動は弓状核のNPY/AgRPニューロン(促進)とPOMC/CARTニューロン(抑制)を中枢とした恒常性調節と、中脳辺縁系報酬系を介した快楽的摂食の二重システムで制御される。レプチン抵抗性や報酬系の鈍化が肥満の神経内分泌的基盤を構成する。
  • 精神薬理学では、薬物がシナプス伝達に影響を及ぼす多様なメカニズム(アゴニスト、アンタゴニスト、再取り込み阻害、酵素阻害等)を理解し、抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、気分安定薬、精神刺激薬の作用原理と臨床的意義を把握することが重要である。
  • 薬物依存は報酬系の可塑的変化(感作、耐性、前頭前皮質機能低下、ストレス系過活性化)として神経生物学的に理解される。

Module 2-1 全体の総括

Module 2-1「神経・生理心理学」では、神経系のミクロレベル(ニューロン、シナプス、神経伝達物質; Section 1)からマクロレベル(脳の構造と機能局在; Section 2)へと視点を拡大し、それらを調べる研究法(Section 3)を学んだうえで、感覚・運動系(Section 4)と本セクションの内分泌系・睡眠・摂食・精神薬理学(Section 5)という具体的な行動の生物学的基盤に知識を応用した。この流れを通じて、心理学が対象とする行動・認知・情動の現象が、神経系と内分泌系の相互作用という生物学的メカニズムの上に成立していることを理解した。これらの知識は、後続のモジュール(感情・動機づけ、異常心理学、臨床心理学等)において、心理現象の生物学的側面を理解するための基盤となる。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
ホルモン hormone 内分泌腺から血流に分泌され、標的細胞の受容体に結合して生理的応答を引き起こす化学的メッセンジャー
HPA軸 hypothalamic-pituitary-adrenal axis 視床下部-下垂体-副腎皮質から成るストレス応答の中核的神経内分泌軸
コルチゾール cortisol 副腎皮質から分泌される主要な糖質コルチコイド。ストレス応答、糖新生、免疫調節に関与
HPG軸 hypothalamic-pituitary-gonadal axis 視床下部-下垂体-性腺から成る生殖機能調節の神経内分泌軸
オキシトシン oxytocin 視床下部で合成され下垂体後葉から放出されるペプチドホルモン。社会的絆・分娩・射乳に関与
フリップフロップモデル flip-flop model 覚醒促進系と睡眠促進系の相互抑制による覚醒-睡眠切り替えモデル
概日リズム circadian rhythm 約24時間周期の内因性生理リズム
視交叉上核 suprachiasmatic nucleus (SCN) 視床下部に位置する概日リズムの中枢ペースメーカー
メラトニン melatonin 松果体から暗期に分泌され、入眠を促進するホルモン
弓状核 arcuate nucleus (ARC) 視床下部底部に位置し、摂食促進・抑制ニューロンを含むエネルギーバランスのセンサー
レプチン leptin 脂肪組織由来の摂食抑制ホルモン。長期的エネルギーバランスの負のフィードバックシグナル
グレリン ghrelin 胃底部由来の唯一の末梢性摂食促進ホルモン
アゴニスト agonist 受容体に結合し活性化する物質
アンタゴニスト antagonist 受容体に結合するが活性化せず、内因性リガンドの結合を阻害する物質
オレキシン orexin / hypocretin 外側視床下部産生の覚醒促進ペプチド。欠損でナルコレプシーを引き起こす
睡眠ポリグラフ polysomnography (PSG) EEG・EOG・EMGの同時記録による睡眠段階判定法
薬物依存 substance use disorder 有害な結果にもかかわらず薬物使用を制御できない状態

確認問題

Q1: HPA軸のカスケードを構成する3つの内分泌構造と、各段階で放出されるホルモンを順に述べよ。また、HPA軸の過活性化が持続した場合に生じうる神経学的影響について、Sapolskyの研究知見を踏まえて説明せよ。

A1: HPA軸は視床下部室傍核(CRH放出)→ 下垂体前葉(ACTH放出)→ 副腎皮質(コルチゾール放出)の3段階から成る。コルチゾールは視床下部と下垂体に対して負のフィードバックを行い、軸の活動を収束させる。このフィードバックが破綻して慢性的な高コルチゾール血症が持続すると、Sapolskyの研究が示したように海馬CA3領域の樹状突起萎縮が生じ、海馬の体積減少と記憶障害の一因となる。大うつ病性障害においてHPA軸の過活性化と海馬の萎縮がしばしば認められることは、この機序と整合する。

Q2: Saperのフリップフロップモデルにおける覚醒促進系と睡眠促進系の相互関係を説明し、オレキシンがこのシステムにおいて果たす役割を述べよ。ナルコレプシー1型の病態をこのモデルで説明せよ。

A2: フリップフロップモデルでは、脳幹の覚醒促進核群(青斑核、縫線核、結節乳頭核等)とVLPOの睡眠促進系が相互に抑制し合い、一方が優勢になると他方を強く抑制することで、覚醒と睡眠の間の急速な切り替えを実現する。オレキシンは覚醒促進系を安定化させ、睡眠促進系による不適切な覚醒中断を防ぐ。ナルコレプシー1型ではオレキシン産生ニューロンが選択的に脱落するため、覚醒状態の維持が不安定化し、覚醒中に突然NREM/REM睡眠要素が侵入する(日中の過度の眠気、カタプレキシー、入眠時幻覚等)。

Q3: 弓状核におけるNPY/AgRPニューロンとPOMC/CARTニューロンの役割を対比して説明し、レプチンとグレリンがこれらのニューロンに及ぼす影響を述べよ。

A3: 弓状核のNPY/AgRPニューロンは摂食促進(orexigenic)ニューロンであり、NPYによるY1/Y5受容体の活性化とAgRPによるMC4R拮抗を介して摂食を誘導する。POMC/CARTニューロンは摂食抑制(anorexigenic)ニューロンであり、α-MSH産生を介してMC4Rを活性化し摂食を抑制する。レプチン(脂肪組織由来)はNPY/AgRPニューロンを抑制しPOMC/CARTニューロンを活性化して摂食抑制に働く。グレリン(胃由来)はNPY/AgRPニューロンを活性化して摂食を促進する。この二重システムにより、末梢のエネルギー状態が中枢の摂食調節回路にフィードバックされる。

Q4: SSRIの作用機序を説明し、臨床効果の発現に2〜4週間を要する理由について、現在提唱されている仮説を述べよ。

A4: SSRIはセロトニントランスポーター(SERT)を選択的に阻害し、シナプス間隙のセロトニン濃度を上昇させる。しかし、セロトニン濃度の上昇自体は服用直後に生じるにもかかわらず、臨床的な抗うつ効果の発現には2〜4週間を要する。この遅延を説明する仮説として、(1) 5-HT1A自己受容体の脱感作(初期には自己受容体がセロトニン放出を抑制するが、持続的曝露により脱感作される)、(2) BDNF(脳由来神経栄養因子)を介した神経可塑性の促進、(3) 海馬歯状回における成体神経新生の誘導が挙げられている。これらの下流の適応的変化が治療効果の本体であるとする見解が主流となっている。

Q5: 薬物依存の神経生物学的基盤について、Berridgeのincentive sensitization理論とKoobの「報酬系の闇の側面」仮説を対比しながら説明せよ。

A5: Berridgeのincentive sensitization理論は、反復的な薬物使用により中脳辺縁系ドーパミン経路が感作され、薬物関連刺激に対する動機づけ的顕著性(incentive salience)---「欲求(wanting)」---が病的に亢進する一方、「快楽(liking)」は必ずしも増大しないとする。すなわち、依存者はもはや楽しめないにもかかわらず強烈に欲するようになる。一方、Koobの仮説は、反復的な薬物使用が報酬系の機能低下とストレス系(HPA軸、拡大扁桃体のCRH系)の過活性化を引き起こし、離脱時の不快感(dysphoria)と負の強化(不快からの逃避としての再使用)が依存を維持・悪化させるとする。両理論は補完的であり、前者は薬物探索行動の動機づけ的側面、後者は離脱と再発の情動的側面を説明する。