Module 2-3 - Section 2: 特性論¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-3: パーソナリティ心理学・個人差 |
| 前提セクション | Section 1(パーソナリティ理論) |
| 想定学習時間 | 3〜4時間 |
導入¶
Section 1では、パーソナリティ研究の主要なアプローチとして類型論と特性論の区別を導入し、精神分析・人間性心理学・社会認知理論の各枠組みを検討した。本セクションでは、現代パーソナリティ心理学の主流的枠組みである特性論(trait theory)を詳細に取り上げる。
特性論の中心的な問いは「人間のパーソナリティの個人差を記述するために、いくつの、どのような次元が必要か」というものである。この問いに対して、Allportの辞書学的アプローチに端を発し、Eysenckの3因子モデル、そしてCosta & McCraeおよびGoldbergのビッグファイブ(Five Factor Model)へと至る研究の系譜がある。さらに近年では、Ashton & LeeによるHEXACOモデルがビッグファイブの拡張を提案している。
本セクションでは、これらの主要な特性モデルを歴史的展開に沿って検討した後、特性の生物学的基盤に関する知見を概観する。特性論とSection 1で扱った社会認知理論(CAPSモデル)との統合可能性についても言及する。
Allportの特性理論¶
特性の定義と辞書学的アプローチ¶
Key Concept: 特性(trait)——Allportの定義 個人内に実在する神経心理学的構造であり、多くの刺激を機能的に等価なものとして扱い、一貫した適応的・表現的行動を導く傾向。Allportは特性を単なる記述上の便宜ではなく、行動を因果的に生み出す実体として位置づけた。
Gordon W. Allport(ゴードン・オールポート, 1897-1967)は、特性心理学の創始者の一人として位置づけられる。Allportは1937年の著書『Personality: A Psychological Interpretation』において、特性(trait)を「個人内に実在する神経心理学的構造(neuropsychic structure)」と定義した。この定義の重要な含意は、特性が単なる行動の要約的記述(summary label)ではなく、行動を因果的に生み出す実在的な心理的構造であるとする点にある。Allportによれば、特性は多くの刺激を機能的に等価なものとして処理し、一貫した形式の適応的・表現的行動を導く。
Allportの方法論的な貢献として特筆すべきは、Henry S. Odbert(ヘンリー・オドバート)との共同研究(1936年)における辞書学的アプローチ(lexical approach) の開始である。
Key Concept: 辞書学的アプローチ(lexical approach) 自然言語の辞書に含まれる特性記述語を出発点として、パーソナリティの基本的次元を同定しようとするアプローチ。「人間の行動における重要な個人差は、自然言語に符号化されている」という辞書学的仮説(lexical hypothesis)に基づく。
辞書学的アプローチの基盤にあるのは、辞書学的仮説(lexical hypothesis) と呼ばれる前提である。これは「社会生活において重要な個人差は、やがてその言語共同体の語彙に符号化される。個人差が重要であればあるほど、それを表す単語が存在する可能性が高い」という仮説である。この着想自体はSir Francis Galton(フランシス・ゴルトン)にまで遡るが、体系的な実行はAllport & Odbertに始まる。
Allport & Odbertは、Webster's New International Dictionaryから人間の行動を記述しうる約18,000語を抽出し、これを以下の4カテゴリに分類した:
| カテゴリ | 内容 | 語数(概数) |
|---|---|---|
| パーソナリティ特性 | 安定した個人差を表す語(例:sociable, aggressive) | 約4,500 |
| 一時的状態・気分 | 一過性の心理状態を表す語(例:elated, frightened) | 約4,500 |
| 社会的評価 | 他者からの評価的判断を表す語(例:worthy, insignificant) | 約5,500 |
| 身体的特徴・その他 | 上記に分類困難な語 | 約3,500 |
このリストの第1カテゴリ——約4,500の特性記述語——が、後のCattell、Goldbergらによる因子分析的研究の出発点となった。辞書学的アプローチはビッグファイブ・モデルの導出において決定的な役割を果たすことになる。
特性の三層分類¶
Allportは特性を一般性・浸透性の程度に応じて三つの水準に分類した。
| 水準 | 英語 | 定義 | 例 |
|---|---|---|---|
| 基本特性 | cardinal trait | 個人の行動のほぼすべてに浸透し、その人を特徴づける支配的な特性。極めてまれにしか観察されない | マキャベリズム(Machiavelli)、サディズム(Sade) |
| 中心特性 | central trait | 個人の行動の広範な領域に影響する主要な特性。5〜10個程度で個人を記述できる | 誠実、社交的、短気 |
| 二次的特性 | secondary trait | 限定された状況でのみ発現する、一貫性・一般性の低い特性 | 特定の食べ物の好み、特定の状況での不安 |
Allportはまた、共通特性(common trait) と 個人的傾性(personal disposition) を区別した。共通特性はある文化内の成員間で比較可能な次元であり、特性論的研究の多くはこの水準を扱う。一方、個人的傾性は個人に固有の特性の布置であり、Allportはこの個性記述的(idiographic)アプローチをも重視した。この法則定立的(nomothetic)アプローチと個性記述的アプローチの緊張関係は、現在に至るまでパーソナリティ心理学の方法論的論点の一つであり続けている。
graph TD
subgraph "Allportの特性の三層分類"
CT["基本特性(cardinal trait)<br>行動のほぼ全領域に浸透<br>極めてまれ"]
CEN["中心特性(central trait)<br>広範な行動領域に影響<br>5〜10個で個人を記述"]
SEC["二次的特性(secondary trait)<br>限定された状況でのみ発現<br>一般性が低い"]
end
CT -->|"浸透性: 高"| CEN
CEN -->|"浸透性: 低"| SEC
Eysenckの3因子モデル¶
因子分析に基づく階層モデル¶
Key Concept: Eysenckの3因子モデル(Eysenck's three-factor model) Hans Eysenckが因子分析を用いて同定した、パーソナリティの3つの上位次元——外向性-内向性(E)、神経症傾向(N)、精神病質傾向(P)。各因子は階層的構造を持ち、具体的な習慣的反応から上位の特性次元までの4水準で組織化される。
Hans J. Eysenck(ハンス・ユルゲン・アイゼンク, 1916-1997)は、因子分析(factor analysis)を用いてパーソナリティの基本次元を同定する研究プログラムを展開し、最終的に3つの上位特性次元(superfactor)を提唱した。
- 外向性-内向性(Extraversion-Introversion: E):社交性、活動性、自己主張性、刺激追求、肯定的感情
- 神経症傾向(Neuroticism: N):不安、抑うつ、情緒的不安定性、自己意識の高さ、ストレスへの脆弱性
- 精神病質傾向(Psychoticism: P):攻撃性、冷淡さ、反社会性、衝動性、共感性の低さ(後に追加)
Eysenckのモデルは階層的構造を持つ。最下位から順に以下の4水準が想定される:
graph TD
subgraph "Eysenckの階層モデル(外向性の例)"
T["類型水準(type level)<br>外向性 E"]
TR1["特性水準(trait level)<br>社交性"]
TR2["特性水準<br>活動性"]
TR3["特性水準<br>自己主張性"]
HR1["習慣的反応水準<br>パーティに行く"]
HR2["習慣的反応水準<br>友人に電話する"]
SR1["特定反応水準<br>ある日のパーティ参加"]
end
T --> TR1
T --> TR2
T --> TR3
TR1 --> HR1
TR1 --> HR2
HR1 --> SR1
| 水準 | 英語 | 内容 |
|---|---|---|
| 類型水準 | type level | 上位特性次元(E, N, P) |
| 特性水準 | trait level | 相関する習慣的反応の群(社交性、活動性等) |
| 習慣的反応水準 | habitual response level | 反復的に生じる特定の行動パターン |
| 特定反応水準 | specific response level | 一回限りの個別の行動 |
生物学的基盤の仮説¶
Eysenckの理論的な独自性は、各因子に対する生物学的基盤の仮説を明示的に提唱した点にある。
外向性と覚醒水準理論¶
Key Concept: 覚醒水準理論(arousal theory of extraversion) Eysenckが提唱した、外向性-内向性の生物学的基盤に関する理論。内向性者は大脳皮質の慢性的覚醒水準(cortical arousal)が高く、外向性者は低いとする。そのため、外向性者は最適覚醒水準に達するために外部からの刺激を追求する傾向を示す。
Eysenckは、外向性-内向性の個人差が上行性網様体賦活系(ARAS: ascending reticular activating system) の活動水準の個人差に由来すると仮説した。具体的には:
- 内向性者:ARASの基底的活動が高く、大脳皮質の慢性的覚醒水準(cortical arousal)が高い。すでに高覚醒状態にあるため、過度の外部刺激を回避する傾向を示す
- 外向性者:ARASの基底的活動が低く、大脳皮質の慢性的覚醒水準が低い。最適覚醒水準(optimal level of arousal)に達するために、外部からの刺激を積極的に追求する
この仮説の含意として、内向性者は低刺激環境で、外向性者は高刺激環境でパフォーマンスが最適化されるという予測が導かれる。実証的証拠は部分的に支持的であるが、ARASという単一の神経構造に還元するモデルは過度に単純化されているとの批判がある。現代の神経科学的研究では、外向性はドーパミン系の報酬感受性との関連がより注目されている(後述)。
神経症傾向と辺縁系¶
神経症傾向(N)については、大脳辺縁系(limbic system)——特に扁桃体(amygdala)や視床下部(hypothalamus)——の活性化閾値の個人差が生物学的基盤として仮説された。N得点の高い個人は、辺縁系の反応性が高く、ストレスや脅威的刺激に対して強い情動的反応を示すとされる(→ Module 2-1, Section 3 参照)。
精神病質傾向¶
精神病質傾向(P)の生物学的基盤については、Eysenckはテストステロンやセロトニン系との関連を示唆したが、E・Nに比べて仮説の具体性と実証的基盤はともに弱い。P因子自体の構成概念妥当性についても、その内容が多様すぎる(攻撃性、創造性、共感性の低さなどが混在)という批判がある。
ビッグファイブ(Five Factor Model)¶
辞書学的アプローチからの導出¶
Key Concept: ビッグファイブ(Big Five / Five Factor Model: FFM) パーソナリティの個人差を記述する5つの広範な特性次元——開放性(O)、誠実性(C)、外向性(E)、協調性(A)、神経症傾向(N)。辞書学的研究と質問紙研究の収束により同定され、現代パーソナリティ心理学における標準的枠組みとなっている。
ビッグファイブの同定に至る研究史は、Allport & Odbertの辞書学的リストに端を発する。
Raymond B. Cattell(レイモンド・キャッテル, 1905-1998)は、Allport & Odbertの約4,500の特性語を意味的類似性に基づいて171のクラスタに縮約し、さらに因子分析によって16の根源特性(source trait)を同定した。これがCattellの16PF(16 Personality Factors)質問紙の基盤となった。しかし、Cattellの16因子構造は後の研究者による再分析で再現されにくく、より少数の因子への縮約が試みられることになる。
1960年代以降、Warren Norman(ウォーレン・ノーマン)、Lewis Goldberg(ルイス・ゴールドバーグ)らは辞書学的データの再分析を通じて、繰り返し5つの因子が抽出されることを確認した。Goldberg(1990)は、この5因子構造に「ビッグファイブ(Big Five)」という名称を与えた。
一方、Paul T. Costa Jr.(ポール・コスタ)とRobert R. McCrae(ロバート・マクレー)は、質問紙研究の系譜から独立に同様の5因子構造に到達し、NEO-PI-R(NEO Personality Inventory-Revised) として標準化された測定尺度を開発した。Costa & McCraeは理論的枠組みとしてFive Factor Model(FFM) の名称を用いた。辞書学的伝統の「ビッグファイブ」と質問紙伝統の「FFM」は概ね同一の5因子を指すが、因子の解釈やファセット構造に微妙な差異がある点には留意が必要である。
5因子の内容とファセット¶
以下の表に5因子の内容と、NEO-PI-Rにおける各因子の6つのファセット(facet, 下位次元)を示す。5因子の略称として OCEAN という頭字語が用いられることがある。
| 因子 | 英語 | 内容 | NEO-PI-Rのファセット |
|---|---|---|---|
| 開放性 | Openness to Experience (O) | 知的好奇心、想像力、審美的感受性、新奇な経験への志向 | 空想、審美性、感情、行為、アイデア、価値 |
| 誠実性 | Conscientiousness (C) | 計画性、組織性、自己統制、達成への動機づけ、責任感 | コンピテンス、秩序、良心性、達成追求、自己鍛錬、慎重さ |
| 外向性 | Extraversion (E) | 社交性、活動性、自己主張性、肯定的感情、刺激追求 | 温かさ、群居性、断行性、活動性、刺激追求、よい感情 |
| 協調性 | Agreeableness (A) | 利他性、信頼、協力、謙虚、共感性 | 信頼、率直さ、利他性、応諾、慎み深さ、やさしさ |
| 神経症傾向 | Neuroticism (N) | 不安、怒り・敵意、抑うつ、自意識、衝動性、傷つきやすさ | 不安、怒り-敵意、抑うつ、自意識、衝動性、傷つきやすさ |
graph TD
subgraph "ビッグファイブの構造"
O["開放性 O<br>知的好奇心・想像力"]
C["誠実性 C<br>計画性・自己統制"]
E["外向性 E<br>社交性・肯定的感情"]
A["協調性 A<br>利他性・協力"]
N["神経症傾向 N<br>不安・情緒不安定性"]
end
O --- OF["空想 / 審美性 / 感情<br>行為 / アイデア / 価値"]
C --- CF["コンピテンス / 秩序 / 良心性<br>達成追求 / 自己鍛錬 / 慎重さ"]
E --- EF["温かさ / 群居性 / 断行性<br>活動性 / 刺激追求 / よい感情"]
A --- AF["信頼 / 率直さ / 利他性<br>応諾 / 慎み深さ / やさしさ"]
N --- NF["不安 / 怒り-敵意 / 抑うつ<br>自意識 / 衝動性 / 傷つきやすさ"]
異文化間普遍性と限界¶
ビッグファイブの5因子構造は、英語以外の多数の言語・文化圏においても概ね再現されており、パーソナリティ記述の普遍的な枠組みとしての地位を獲得している。McCrae & Costa(1997)をはじめとする研究は、50以上の文化圏においてNEO-PI-Rの5因子構造が確認されることを報告した。
ただし、以下の限界・論点が存在する:
- 開放性因子の不安定性:辞書学的研究では、開放性に相当する因子が文化によって「知性(Intellect)」として抽出される場合があり、想像力・審美性を含む「開放性」との一致度は因子のなかで最も低い
- 非WEIRD文化圏での問題:識字率が低い文化圏や、Western, Educated, Industrialized, Rich, Democratic(WEIRD)社会以外の集団では、5因子構造の再現性が低下する報告がある
- 辞書学的仮説の前提への疑問:すべての重要な個人差が自然言語に符号化されているという前提自体が問われることがあり、言語に表現されにくい個人差(たとえばHEXACOモデルで追加される誠実-謙虚さ)が見落とされている可能性がある
ビッグファイブと人生の帰結¶
ビッグファイブの各因子が学業成績、職業的成功、健康、対人関係などの重要な人生の帰結(life outcomes)を予測するかについては、大規模なメタ分析研究が蓄積されている。
| 帰結領域 | 主要な関連因子 | 代表的知見 |
|---|---|---|
| 学業成績 | 誠実性(C) | 誠実性が学業成績の一貫した正の予測因子(r ≈ .20-.25)。知能を統制しても有意な独自の予測力を持つ(Poropat, 2009) |
| 職業的パフォーマンス | 誠実性(C)、外向性(E) | 誠実性はほぼすべての職種でパフォーマンスの正の予測因子。外向性は対人的職種で特に関連(Barrick & Mount, 1991) |
| 健康・長寿 | 誠実性(C)、神経症傾向(N) | 高い誠実性は健康行動の促進・死亡リスクの低下と関連。高い神経症傾向は心身の健康問題のリスク因子(Roberts et al., 2007) |
| 主観的幸福感 | 外向性(E)(正)、神経症傾向(N)(負) | 外向性は肯定的感情と、神経症傾向は否定的感情と強い関連(DeNeve & Cooper, 1998) |
| 対人関係・結婚 | 協調性(A)、神経症傾向(N) | 高い協調性は良好な関係の予測因子。高い神経症傾向は関係の不安定性・離婚リスクと関連 |
| 反社会的行動 | 協調性(A)(負)、誠実性(C)(負) | 低い協調性と低い誠実性の組み合わせが反社会的行動の強い予測因子(Miller & Lynam, 2001) |
これらの知見から、ビッグファイブの因子——特に誠実性——は、単なる行動の記述を超えて、人生の重要な帰結を予測する実用的な有効性を持つことが確認されている。ただし、個々の相関係数の大きさは中程度であり(r = .20-.30の範囲が多い)、パーソナリティのみで人生の帰結を説明できるわけではないことにも留意が必要である。
HEXACOモデル¶
6因子モデルの提唱¶
Key Concept: HEXACOモデル(HEXACO model of personality) Ashton & Leeが辞書学的研究に基づいて提唱した6因子パーソナリティモデル。ビッグファイブの5因子に加え、誠実-謙虚さ(Honesty-Humility: H)を独立した因子として追加した。HEXACOはH, E(Emotionality), X(eXtraversion), A, C, Oの頭文字に由来する。
Michael C. Ashton(マイケル・アシュトン)とKibeom Lee(キビョム・リー)は、2000年代以降、英語以外の多数の言語(韓国語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ギリシア語など)における辞書学的研究の再分析を行い、5因子ではなく6因子が繰り返し抽出されることを報告した。追加される第6因子が誠実-謙虚さ(Honesty-Humility: H) である。
HEXACOの6因子は以下の通りである:
| 因子 | 英語 | 内容 |
|---|---|---|
| 誠実-謙虚さ | Honesty-Humility (H) | 誠実さ、公正さ、貪欲さの回避、謙虚さ |
| 情動性 | Emotionality (E) | 恐怖、不安、依存性、感受性 |
| 外向性 | eXtraversion (X) | 社交性、社会的大胆さ、活発さ、活動性 |
| 協調性(寛容性) | Agreeableness (A) | 寛容さ、柔和さ、忍耐、柔軟性 |
| 誠実性 | Conscientiousness (C) | 組織性、勤勉さ、完全主義、慎重さ |
| 開放性 | Openness to Experience (O) | 審美的鑑賞、好奇心、創造性、型破り |
ビッグファイブとの対応と差異¶
HEXACOの外向性(X)、誠実性(C)、開放性(O)はビッグファイブの対応する因子と概ね同一である。しかし、残りの因子には以下のような構造的再編が生じている:
- 誠実-謙虚さ(H) はビッグファイブには独立した因子として含まれていない。ビッグファイブの協調性(A)の一部の変動がH因子に吸収される
- 情動性(E) はビッグファイブの神経症傾向(N)に近いが、怒り・敵意の成分を含まず、代わりに感受性・依存性を含む
- 協調性(A) はビッグファイブの協調性から謙虚さの成分が分離した後の残余に、ビッグファイブの神経症傾向から怒り・敵意の成分(逆転)が加わった因子となっている
つまり、ビッグファイブのAとNにまたがる分散が、HEXACOではH、E、Aの3因子に再配置されているのである。
HEXACOとダークトライアド¶
誠実-謙虚さ(H)因子の追加がもたらす重要な理論的利点は、ダークトライアド(Dark Triad) との関連にある(→ Section 5で詳述)。ダークトライアドとは、マキャベリズム(Machiavellianism)、自己愛(narcissism)、精神病質(psychopathy)の3つのパーソナリティ特性の総称である。
ビッグファイブの枠組みでは、ダークトライアドの個人差を十分に捉えることが難しい。特に、他者を操作的・搾取的に利用する傾向や、道徳的に不誠実な行動傾向は、ビッグファイブの協調性の低さだけでは十分に説明できない。HEXACOのH因子は、このダークトライアド特性の共通分散を効果的に捕捉する。すなわち、H得点の低さがマキャベリズム・自己愛・精神病質のいずれとも強い負の相関を示すことが繰り返し確認されている。
graph LR
subgraph "HEXACOモデル"
H["H: 誠実-謙虚さ"]
Em["E: 情動性"]
X["X: 外向性"]
A["A: 協調性"]
C["C: 誠実性"]
O["O: 開放性"]
end
subgraph "ダークトライアド"
MACH["マキャベリズム"]
NAR["自己愛"]
PSY["精神病質"]
end
H -->|"強い負の相関"| MACH
H -->|"強い負の相関"| NAR
H -->|"強い負の相関"| PSY
特性の生物学的基盤¶
行動遺伝学的知見¶
Key Concept: パーソナリティの遺伝率(heritability of personality) 双生児研究に基づく推定によれば、ビッグファイブの各因子の遺伝率は約40-60%の範囲にある。遺伝的要因は個人差の有意な部分を説明するが、環境要因もまた重要な寄与をもたらす。
パーソナリティ特性の個人差がどの程度遺伝的要因に帰せられるかは、主に双生児研究(twin study) によって検討されてきた。一卵性双生児(MZ: monozygotic)と二卵性双生児(DZ: dizygotic)のパーソナリティ特性における類似度の比較から、遺伝率(heritability)——集団における表現型分散のうち遺伝的分散が占める割合——が推定される。
複数のメタ分析(Bouchard & Loehlin, 2001; Vukasovic & Bratko, 2015)を総合すると、ビッグファイブの各因子の遺伝率は概ね以下の範囲にある:
| 因子 | 遺伝率の推定範囲 |
|---|---|
| 外向性(E) | 約50-60% |
| 神経症傾向(N) | 約40-50% |
| 開放性(O) | 約50-60% |
| 協調性(A) | 約40-50% |
| 誠実性(C) | 約40-50% |
注目すべき知見は、共有環境(shared environment)——同じ家庭で育つことによる影響——の寄与が一貫して小さい(多くの研究でほぼ0に近い)ことである。すなわち、パーソナリティの個人差を説明する環境要因は、主に非共有環境(non-shared environment)——同じ家庭で育っても兄弟姉妹間で異なる経験——に帰せられる。この知見は、「養育環境がパーソナリティを形成する」という素朴な仮定に対する重要な修正を迫るものである。ただし、非共有環境には測定誤差も含まれるため、その解釈には注意が必要である。
分子遺伝学的研究¶
遺伝率が中程度であるという知見は、パーソナリティに関与する具体的な遺伝子を同定する試みを動機づけた。初期の候補遺伝子研究(candidate gene study) では、たとえばドーパミンD4受容体遺伝子(DRD4)の特定のアレルと新奇性追求(外向性の下位側面)との関連が報告されたが、再現性に深刻な問題があった。
現在主流となっているゲノムワイド関連解析(GWAS: Genome-Wide Association Study) は、候補遺伝子を事前に仮定せず、ゲノム全体にわたる数百万の遺伝的変異(SNP: single nucleotide polymorphism)とパーソナリティ特性との関連を網羅的に検索する手法である。大規模GWASの結果から得られた主要な知見は以下の通りである:
- 個々のSNPの効果量は極めて小さい(各SNPが説明する分散は0.01%未満)
- パーソナリティの遺伝的基盤は、効果量の小さい多数の遺伝子座の累積効果(多遺伝子性 polygenicity)によって説明される
- 発見されたSNPの累積効果(ポリジェニックスコア)で説明できる分散は、双生児研究から推定される遺伝率よりも大幅に小さい(遺伝率の欠損 missing heritability の問題)
神経生物学的メカニズム¶
外向性と報酬感受性¶
現代の神経科学的研究では、外向性の生物学的基盤としてEysenckの覚醒水準理論に代わり、ドーパミン系の報酬感受性 がより注目されている。Depue & Collins(1999)の報酬感受性モデルは、外向性の中核にある肯定的情動性と動機づけが、中脳辺縁系ドーパミン経路(mesolimbic dopamine pathway)——特に腹側被蓋野(VTA)から側坐核(nucleus accumbens)への投射——の活動性の個人差に関連すると主張する(→ Module 2-1 参照)。
fMRI研究では、外向性得点の高い個人が報酬刺激に対してより強い線条体(striatum)の活性化を示すことが報告されている。
神経症傾向と脅威感受性¶
神経症傾向の神経生物学的基盤としては、扁桃体(amygdala) およびHPA軸(視床下部-下垂体-副腎皮質軸: hypothalamic-pituitary-adrenal axis) の反応性が関与する(→ Module 2-1 参照)。
- 神経症傾向の高い個人は、脅威的・否定的な刺激に対してより強い扁桃体反応を示す傾向がある
- HPA軸のストレス反応性が高く、コルチゾールの分泌パターンに個人差が認められる
- ただし、扁桃体反応性の個人差は必ずしも安定しておらず(test-retest信頼性が低い報告もある)、神経症傾向との関連は当初期待されたほど単純ではない
これらの知見は、パーソナリティ特性が特定の神経回路の機能的特徴と関連するという仮説を支持するが、特性→神経基盤の対応関係は一対一ではなく、複数の神経系が各特性に寄与する複雑な構造であることが明らかになりつつある。
特性論とCAPSモデルの統合¶
Section 1で検討したMischel & ShodaのCAPSモデルは、しばしば特性論と対立するものとして紹介されるが、両者は原理的に統合可能である。
CAPSモデルにおけるif...then...プロファイルは、特性の行動的表現に状況依存的なパターンがあることを示すものであり、特性の存在自体を否定するものではない。むしろ、特性次元上での個人の位置(たとえばビッグファイブでの外向性得点)を認知-感情ユニット間の安定した結合パターンとして再解釈することが可能である。
たとえば、外向性の高い個人は、社会的状況を「報酬的」と符号化しやすく(符号化の個人差)、社会的交流から肯定的感情を得る期待が高く(期待の個人差)、社会的場面に接近する行動を選択しやすい(目標・行動選択の個人差)。このように、特性は安定した行動傾向を生み出す「装置」のようなものであり、CAPSはその装置の内部メカニズムを記述するものとして理解できる。
Fleeson(2001)の密度分布アプローチ(density distribution approach) もこの統合に貢献している。Fleesonは、日々の行動を経験サンプリング法で測定すると、個人の行動は状況によって大きく変動する(CAPSモデルが指摘する通り)一方で、行動の平均値(分布の位置)には安定した個人差があり、これが特性得点と対応することを示した。すなわち、特性とは行動の密度分布の要約統計量として位置づけられる。
まとめ¶
- Allportは特性を行動の背後にある実在的な神経心理学的構造として定義し、辞書学的アプローチによる約18,000語のリストを作成した。このリストが以後の因子分析的研究の出発点となった
- Eysenckは因子分析に基づく階層的3因子モデル(外向性E、神経症傾向N、精神病質傾向P)を構築し、各因子の生物学的基盤を明示的に仮説した。覚醒水準理論は外向性者の刺激追求を皮質覚醒水準の低さから説明する
- ビッグファイブ(FFM)は、辞書学的アプローチと質問紙研究の収束により同定された5因子——開放性O、誠実性C、外向性E、協調性A、神経症傾向N——からなり、現代パーソナリティ心理学の標準的枠組みである。異文化間での広範な再現性が確認されているが、開放性因子の不安定性やWEIRD以外の文化圏での問題も指摘される
- HEXACOモデルは誠実-謙虚さ(H)を第6因子として追加し、ビッグファイブでは捉えにくいダークトライアド特性との関連を効果的に説明する
- パーソナリティ特性の遺伝率は約40-60%であり、共有環境の寄与は小さい。分子遺伝学的研究(GWAS)は多遺伝子性を明らかにしているが、遺伝率の欠損が課題として残る。外向性はドーパミン系の報酬感受性と、神経症傾向は扁桃体・HPA軸の脅威感受性と関連する
- 特性論とCAPSモデルは原理的に統合可能であり、特性は認知-感情ユニットの安定した結合パターンとして再解釈できる。次のSection 3以降では、パーソナリティの測定方法やパーソナリティ障害など、特性論の知見を前提としたトピックを扱う
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 特性(Allportの定義) | trait | 個人内に実在する神経心理学的構造であり、一貫した行動傾向を生み出す |
| 辞書学的アプローチ | lexical approach | 自然言語の特性記述語を出発点としてパーソナリティの基本次元を同定する手法 |
| 辞書学的仮説 | lexical hypothesis | 重要な個人差は自然言語の語彙に符号化されるという仮説 |
| 基本特性 | cardinal trait | 行動のほぼ全領域に浸透する支配的な特性(Allport) |
| 中心特性 | central trait | 広範な行動領域に影響する主要な特性(Allport) |
| 二次的特性 | secondary trait | 限定された状況でのみ発現する特性(Allport) |
| 覚醒水準理論 | arousal theory | 外向性-内向性を大脳皮質の慢性的覚醒水準の個人差で説明するEysenckの理論 |
| ビッグファイブ | Big Five / FFM | パーソナリティの5因子モデル(O, C, E, A, N) |
| NEO-PI-R | NEO Personality Inventory-Revised | Costa & McCraeが開発したビッグファイブの標準的測定尺度 |
| ファセット | facet | ビッグファイブの各因子の下位次元 |
| HEXACOモデル | HEXACO model | Ashton & Leeの6因子パーソナリティモデル |
| 誠実-謙虚さ | Honesty-Humility | HEXACOモデルで追加された第6因子。誠実さ・公正さ・謙虚さ |
| ダークトライアド | Dark Triad | マキャベリズム・自己愛・精神病質の3特性の総称 |
| 遺伝率 | heritability | 集団における表現型分散のうち遺伝的分散が占める割合 |
| 共有環境 | shared environment | 同じ家庭で育つことによる兄弟姉妹に共通の環境影響 |
| 非共有環境 | non-shared environment | 同じ家庭で育っても兄弟姉妹間で異なる環境経験 |
| ゲノムワイド関連解析 | GWAS | ゲノム全体の遺伝的変異と形質の関連を網羅的に検索する手法 |
| 多遺伝子性 | polygenicity | 形質が効果量の小さい多数の遺伝子座の累積効果で規定されること |
| 密度分布アプローチ | density distribution approach | 特性を日々の行動の密度分布の要約統計量として位置づけるFleesonのアプローチ |
確認問題¶
Q1: Allportの辞書学的アプローチの基盤にある辞書学的仮説(lexical hypothesis)の内容を説明し、この仮説に基づくパーソナリティ研究がどのようにビッグファイブの同定に至ったかの過程を概説せよ。 A1: 辞書学的仮説とは、「社会生活において重要な個人差は、自然言語の語彙に符号化される。個人差が重要であるほど、それを表す単語が存在する可能性が高い」という前提である。Allport & Odbert(1936)はこの仮説に基づき英語辞書から約18,000の特性記述語を抽出した。Cattellがこのリストを縮約して因子分析にかけ、16因子を同定したが再現性に問題があった。その後、Norman、Goldbergらが辞書学的データを再分析し、繰り返し5因子が抽出されることを確認した。並行して、Costa & McCraeが質問紙研究から独立に同様の5因子構造に到達し、辞書学的伝統と質問紙伝統の収束によりビッグファイブが確立された。
Q2: Eysenckの覚醒水準理論(arousal theory of extraversion)の内容を説明し、現代の神経科学的研究においてこの理論がどのように修正されているかを述べよ。 A2: Eysenckの覚醒水準理論は、内向性者はARAS(上行性網様体賦活系)の基底的活動が高く大脳皮質の慢性的覚醒水準が高いのに対し、外向性者は覚醒水準が低いため、最適覚醒水準に達するべく外部刺激を追求すると主張するものである。現代の神経科学的研究では、ARASという単一構造への還元は過度に単純化されていると批判され、代わりにドーパミン系の報酬感受性がより重視されている。Depue & Collins(1999)の報酬感受性モデルでは、外向性の中核にある肯定的情動性が中脳辺縁系ドーパミン経路(VTA→側坐核)の活動性の個人差に関連するとされ、fMRI研究でも外向性の高い個人が報酬刺激に対してより強い線条体の活性化を示すことが報告されている。
Q3: ビッグファイブ(FFM)とHEXACOモデルの間の主要な構造的差異を説明し、HEXACOモデルが追加する誠実-謙虚さ(H)因子がダークトライアド研究においてどのような理論的利点をもたらすかを論じよ。 A3: 主要な構造的差異は、ビッグファイブの5因子のうち外向性・誠実性・開放性はHEXACOでも概ね同一であるが、ビッグファイブの協調性(A)と神経症傾向(N)の分散がHEXACOでは誠実-謙虚さ(H)、情動性(E)、協調性(A)の3因子に再配置される点にある。特にH因子はビッグファイブには独立因子として存在しない。ダークトライアド研究における理論的利点は、ビッグファイブの協調性の低さだけでは他者を搾取的に利用する傾向や道徳的不誠実さを十分に捉えられないのに対し、H因子の低さがマキャベリズム・自己愛・精神病質のいずれとも強い負の相関を示し、これらの特性の共通分散を効果的に捕捉できる点にある。
Q4: パーソナリティ特性の遺伝率に関する双生児研究の主要な知見を3点挙げ、「共有環境の寄与がほぼ0に近い」という知見が持つ意味について考察せよ。 A4: 主要な知見:(1)ビッグファイブの各因子の遺伝率は約40-60%の範囲にあり、遺伝的要因がパーソナリティの個人差に有意に寄与する。(2)共有環境(同じ家庭で育つことによる影響)の寄与は一貫してほぼ0に近い。(3)残りの分散は主に非共有環境(同じ家庭内でも兄弟姉妹間で異なる経験)と測定誤差に帰せられる。共有環境の寄与がほぼ0という知見は、同じ家庭で育っても兄弟姉妹のパーソナリティが類似するのは共有された養育環境のためではなく、共有された遺伝子のためであることを示唆する。これは、「養育環境(家庭の雰囲気、しつけの方針など)がパーソナリティを直接的に形成する」という素朴な環境主義的仮定に対する重要な修正を迫るものである。ただし、非共有環境には測定誤差も含まれるため解釈には注意を要し、また共有環境が完全に無影響であることを意味するわけではない。
Q5: 特性論とMischel & ShodaのCAPSモデルは原理的に統合可能であるとされる。この統合がどのような論理に基づくかを、Fleesonの密度分布アプローチにも言及しつつ説明せよ。 A5: 特性論は安定した行動傾向の個人差を記述し、CAPSモデルは行動の状況依存的パターン(if...then...プロファイル)を説明する。両者の統合は以下の論理に基づく。CAPSモデルにおける認知-感情ユニット間の安定した結合パターンを、特性次元上の個人の位置として再解釈できる。たとえば外向性の高い個人は、社会的状況を報酬的と符号化しやすく、肯定的感情を期待しやすいといった認知-感情ユニットの構成が安定しており、これが外向的な行動傾向を生む。Fleesonの密度分布アプローチは、日々の行動を経験サンプリング法で測定すると、個人の行動は状況によって大きく変動する(CAPSが指摘する通り)が、その分布の平均値には安定した個人差があり特性得点と対応することを示した。すなわち、特性とは行動の密度分布の要約統計量であり、CAPSはその分布を生成する内部メカニズムを記述するものとして位置づけられる。両者は異なる記述水準にあり、矛盾ではなく相補的関係にある。