Module 2-5 - Section 2: 主要な精神障害¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 2-5: 臨床心理学・異常心理学 |
| 前提セクション | Section 1(異常の概念と分類) |
| 想定学習時間 | 4〜5時間 |
導入¶
Section 1では、異常の定義基準、DSM/ICDの分類体系、診断の信頼性・妥当性の問題、そしてディメンショナルアプローチの展望を概観した。本セクションでは、DSM-5-TRの主要カテゴリに含まれる個別の精神障害について、その核心的特徴——疫学、主要症状、経過、病因仮説——を整理する。
取り上げる障害群は、不安症群、強迫症・心的外傷関連障害、気分障害群(抑うつ障害群・双極性障害群)、統合失調症スペクトラム障害、パーソナリティ障害、そして神経発達症群・摂食障害・物質使用障害である。各障害の具体的な治療法についてはSection 4(心理療法と治療的介入)で詳述するため、本セクションでは症候論と病因論に焦点を置く。なお、神経伝達物質系(ドーパミン、セロトニン、GABA等)の基礎知識は Module 2-1, Section 1「神経系の基礎」を前提とする(→ Module 2-1, Section 1「神経系の基礎」参照)。
不安症群¶
Key Concept: 不安症群(anxiety disorders) 過剰で持続的な恐怖(fear)や不安(anxiety)を中核症状とする障害群。恐怖は現前する脅威に対する情動反応、不安は将来の脅威の予期に対する情動反応として区別される。
不安症群(anxiety disorders)は精神障害の中で最も有病率が高い群であり、12ヶ月有病率は約18%(米国疫学調査)と推定される。不安症群に共通する特徴は、恐怖・不安の強度が実際の脅威に不釣り合いであること、持続的であること、そして適応的機能を障害することである。
主要な不安症の概要¶
| 障害 | 12ヶ月有病率(概算) | 核心的特徴 |
|---|---|---|
| 全般不安症(GAD) | 2〜3% | 多領域にわたる過剰な心配が6ヶ月以上持続 |
| 社交不安症(SAD) | 7% | 社会的場面での否定的評価に対する著しい恐怖 |
| パニック症 | 2〜3% | 予期しないパニック発作の反復と予期不安 |
| 限局性恐怖症 | 7〜9% | 特定の対象・状況に対する著しい恐怖 |
| 分離不安症 | 0.9〜1.9% | 愛着対象からの分離に対する過度な不安 |
全般不安症(GAD: Generalized Anxiety Disorder)¶
全般不安症は、仕事、健康、家族、日常的事柄など多領域にわたる過剰で制御困難な心配(worry)が少なくとも6ヶ月間にわたり持続する障害である。心配に伴う身体症状として、筋緊張、易疲労感、集中困難、易刺激性、睡眠障害などが認められる。GADの特徴は、心配の対象が特定の状況に限定されず汎化している点にある。
社交不安症(SAD: Social Anxiety Disorder)¶
社交不安症は、他者からの否定的評価が予想される社会的状況(会話、パフォーマンス、観察される場面等)に対する著しい恐怖・不安を特徴とする。Clark & Wells(1995)の認知モデルは、社交不安症の維持機構を説明する代表的理論である。
Key Concept: Clark & Wellsの社交不安モデル(Clark & Wells' cognitive model of social phobia) 社交不安症の維持を説明する認知モデル。社会的場面において自己に注意が向き(自己注目)、否定的な自己イメージが活性化され、安全行動が逆説的に不安を維持するという悪循環を提唱する。
このモデルでは、社会的場面への参入時に否定的な自動思考(「自分は滑稽に見える」等)が活性化され、注意が外界から自己の内的体験へ転換される(自己注目; self-focused attention)。個人は自己の身体感覚や主観的体験から「他者にどう映っているか」を推測し(情動的推論)、否定的な自己イメージを構築する。不安を軽減するための安全行動(目を合わせない、台本を暗記する等)は短期的には安心をもたらすが、社会的場面での自然な振る舞いを妨げ、恐れていた結果が反証される機会を奪うことで不安を長期的に維持する。
graph TD
subgraph "Clark & Wellsの社交不安モデル"
A["社会的場面への参入"] --> B["否定的自動思考の活性化"]
B --> C["自己注目の増加"]
C --> D["否定的自己イメージの構築"]
D --> E["安全行動の使用"]
E --> F["反証機会の喪失"]
F --> B
D --> G["身体症状(発汗・震え等)"]
G --> C
end
パニック症(Panic Disorder)¶
パニック症は、予期しないパニック発作(panic attack)——突然の激しい恐怖・不快感の高まりで、動悸、発汗、振戦、息切れ、胸痛、めまい、非現実感などの身体・認知症状を伴う——が反復し、さらなる発作への予期不安(anticipatory anxiety)または発作に関連した行動変化(回避行動等)が1ヶ月以上持続する障害である。
Clarkの認知モデル(1986)によれば、パニック発作は身体感覚の破局的誤解釈(catastrophic misinterpretation)によって維持される。たとえば、軽度の動悸を「心臓発作の前兆」と解釈することで不安が増大し、それがさらなる身体症状を惹起するという正のフィードバックループが形成される。
限局性恐怖症(Specific Phobia)¶
限局性恐怖症は、特定の対象または状況(動物、高所、血液・注射・外傷、閉所、飛行など)に対する著しい恐怖・不安を特徴とする。恐怖反応は実際の危険に不釣り合いであり、恐怖対象の回避または著しい苦痛を伴う耐忍が認められる。Seligmanの生物学的準備性理論(biological preparedness theory, 1971)は、進化的に脅威であった対象(ヘビ、クモ、高所等)に対する恐怖が条件づけられやすいことを説明する。
強迫症と心的外傷関連障害¶
DSM-5では、強迫症(OCD)および心的外傷後ストレス障害(PTSD)はそれぞれ不安症群から独立した別カテゴリに再分類された。この変更は、これらの障害が不安を主要な特徴とする一方で、不安以外の中核的な病理過程(強迫症における侵入思考と儀式行為、PTSDにおける心的外傷の再体験と解離)を持つことを反映している。
強迫症(OCD: Obsessive-Compulsive Disorder)¶
Key Concept: 強迫症(Obsessive-Compulsive Disorder; OCD) 侵入的で苦痛な思考・イメージ・衝動(強迫観念)と、それを中和するための反復的行動・精神的行為(強迫行為)を特徴とする障害。生涯有病率は約2〜3%。
強迫観念(obsession)は、反復的・持続的で侵入的な望まない思考・イメージ・衝動であり、著しい不安・苦悩を引き起こす。代表的な内容として、汚染への恐怖、対称性・秩序への欲求、禁止的思考(攻撃的・性的・冒涜的内容)、危害の恐怖がある。
強迫行為(compulsion)は、強迫観念に応じて遂行される反復的な行動(手洗い、確認、整列)または精神的行為(数を数える、祈る、心の中で言葉を反復する)であり、不安の軽減または恐れている事態の防止を目的とする。しかし、これらの行為は実際にはその目的に合理的に結びついていない、あるいは明らかに過剰である。
graph LR
subgraph "OCDの悪循環"
O["強迫観念(侵入的思考)"] --> ANX["不安・苦悩の増大"]
ANX --> C["強迫行為の遂行"]
C --> REL["一時的な不安軽減"]
REL --> NEG["負の強化(回避学習)"]
NEG --> O
end
OCDの病因として、セロトニン系の機能異常(選択的セロトニン再取り込み阻害薬[SSRI]が第一選択薬であることから示唆される)、皮質-線条体-視床-皮質回路(CSTC loop)の過活動、そして認知的要因(思考と行動の融合[thought-action fusion]、責任の過大評価)が挙げられる。
心的外傷後ストレス障害(PTSD: Post-Traumatic Stress Disorder)¶
Key Concept: 心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder; PTSD) 心的外傷的出来事への曝露後に発症する障害で、再体験、回避、認知・気分の否定的変化、覚醒度と反応性の著しい変化の4症状クラスターを特徴とする。
PTSDは、実際のまたは脅威される死、重傷、性暴力への曝露(直接体験、目撃、近親者に発生したことを知る、職務上の反復的曝露)の後に発症する。症状は以下の4クラスターに分類される。
| 症状クラスター | 主な症状 |
|---|---|
| 侵入症状(再体験) | フラッシュバック、侵入的記憶、悪夢、心理的苦痛、生理的反応 |
| 回避 | 心的外傷に関連する記憶・思考・感情の回避、外的手がかりの回避 |
| 認知・気分の否定的変化 | 解離性健忘、持続的な否定的認知、自責、興味の減退、孤立感、陽性感情の制限 |
| 覚醒度・反応性の変化 | 易刺激性、無謀な行動、過覚醒、驚愕反応の亢進、集中困難、睡眠障害 |
DSM-5において、PTSDはDSM-IVの不安症群から「心的外傷およびストレス因関連障害群」に移行した。これは、PTSDの中核的病理が恐怖条件づけ(不安症の主要機構)のみでは説明しきれず、解離、怒り、罪悪感、羞恥といった多様な情動反応を含むことを反映した変更である。
気分障害群¶
気分(mood)の病的な変化を中核とする障害群である。DSM-5では「抑うつ障害群」と「双極性障害および関連障害群」に分離されているが、ここでは一括して概説する。
うつ病(大うつ病性障害: Major Depressive Disorder; MDD)¶
Key Concept: うつ病 / 大うつ病性障害(Major Depressive Disorder; MDD) 抑うつ気分または興味・喜びの著しい減退を中核とし、食欲変化、睡眠障害、精神運動変化、疲労感、無価値感、集中困難、希死念慮などの症状が2週間以上持続する障害。生涯有病率は約15〜20%。
うつ病の診断には、以下の9症状のうち5つ以上が2週間以上持続し、そのうち少なくとも1つが(1)抑うつ気分または(2)興味・喜びの喪失(アンヘドニア; anhedonia)であることが必要とされる。
| 症状 | 内容 |
|---|---|
| 抑うつ気分 | ほぼ毎日のほとんどの時間 |
| アンヘドニア | 活動への興味・喜びの著しい減退 |
| 体重/食欲の変化 | 著しい減少または増加 |
| 睡眠障害 | 不眠または過眠 |
| 精神運動変化 | 焦燥または制止 |
| 疲労感 | 気力の減退 |
| 無価値感・罪責感 | 過剰または不適切な罪悪感 |
| 集中困難 | 思考力・決断力の低下 |
| 希死念慮 | 反復的な死についての思考、自殺企図 |
Aaron T. Beck(アーロン・T・ベック)の認知理論は、うつ病の認知的要因を体系化した代表的モデルである。
Key Concept: Beckの認知三徴(Beck's cognitive triad) うつ病に特徴的な3つの否定的認知パターン。自己に対する否定的見方(「自分は無価値だ」)、世界に対する否定的見方(「世界は敵意に満ちている」)、将来に対する否定的見方(「将来に希望はない」)から構成される。
Beckの理論では、幼少期の否定的経験がスキーマ(schema)——自己・世界・将来に関する深層的な信念体系——を形成し、ストレスフルなライフイベントによってスキーマが活性化されると、自動思考(automatic thoughts)として否定的認知が表面化する。この認知三徴(cognitive triad)——否定的自己像、否定的世界観、否定的将来像——が抑うつ的気分と行動を維持する。
持続性抑うつ障害(気分変調症: Persistent Depressive Disorder / Dysthymia)¶
持続性抑うつ障害は、MDDほど重症ではないが慢性的に(成人で2年以上、小児・青年で1年以上)持続する抑うつ気分を特徴とする。症状は日常機能を完全に障害するほどではないが、慢性的な「低空飛行」状態として生活の質を著しく損なう。MDDとの併存(いわゆる「二重うつ病」[double depression])もしばしば認められる。
双極性障害(Bipolar Disorder)¶
Key Concept: 双極性障害(bipolar disorder) 躁病エピソード(双極I型)または軽躁病エピソード(双極II型)と抑うつエピソードの交代を特徴とする気分障害。生涯有病率は双極I型・II型合わせて約2〜4%。
| 特徴 | 双極I型 | 双極II型 |
|---|---|---|
| 躁病エピソード | あり(7日以上または入院) | なし |
| 軽躁病エピソード | あり得る | あり(4日以上) |
| 大うつ病エピソード | 通常あり(診断に必須ではない) | あり(必須) |
| 機能障害の程度 | 躁病時に著しい | 軽躁時は著しくない |
| 精神病性の特徴 | 躁病時にあり得る | なし |
躁病エピソード(manic episode)は、異常かつ持続的に高揚した、開放的な、または易刺激的な気分と、活動性・活力の持続的増大が少なくとも7日間(入院を要する場合は期間不問)持続する期間である。具体的には、自尊心の肥大、睡眠欲求の減少、多弁、観念奔逸、注意散漫、目標指向性活動の増加、快楽的活動への没頭(浪費、性的逸脱等)が認められる。
軽躁病エピソード(hypomanic episode)は、躁病と同様の症状が少なくとも4日間持続するが、社会的・職業的機能の著明な障害や入院の必要性を伴わない程度のものである。双極II型障害は軽躁病エピソードと大うつ病エピソードの組み合わせで定義される。
stateDiagram-v2
[*] --> 正常気分
正常気分 --> 躁病エピソード: 双極I型
正常気分 --> 軽躁病エピソード: 双極I型/II型
正常気分 --> うつ病エピソード: 双極I型/II型
躁病エピソード --> 正常気分
躁病エピソード --> うつ病エピソード
軽躁病エピソード --> 正常気分
軽躁病エピソード --> うつ病エピソード
うつ病エピソード --> 正常気分
うつ病エピソード --> 躁病エピソード: 双極I型
うつ病エピソード --> 軽躁病エピソード
双極性障害の病因には、強い遺伝的要因(一卵性双生児の一致率は約40〜70%)、リチウムの治療効果から示唆される細胞内シグナル伝達系(イノシトール経路等)の異常、そして概日リズムの不安定性が関与する。
統合失調症スペクトラム障害¶
統合失調症(Schizophrenia)¶
Key Concept: 統合失調症(schizophrenia) 陽性症状(妄想・幻覚・まとまりのない発語・著しくまとまりのない行動)、陰性症状(感情の平板化・意欲低下・社会的ひきこもり)、および認知障害を特徴とする精神病性障害。生涯有病率は約1%。
統合失調症はかつてEmil Kraepelin(エミール・クレペリン)が「早発性痴呆」(dementia praecox, 1899)として記述し、Eugen Bleuler(オイゲン・ブロイラー, 1911)が「統合失調症」(schizophrenia; 「分裂した精神」)と命名した障害である。発症のピークは男性で10代後半〜20代前半、女性で20代後半であり、男性は女性よりやや有病率が高い。
症状の分類¶
| 症状カテゴリ | 主な症状 | 説明 |
|---|---|---|
| 陽性症状 | 妄想 | 反証に抵抗する固定的な偽の信念(被害妄想、関係妄想、誇大妄想等) |
| 幻覚 | 外的刺激なく生じる知覚体験(幻聴が最多、命令口調の声が特徴的) | |
| まとまりのない発語 | 連合弛緩、脱線、滅裂、言語新作 | |
| 陰性症状 | 感情の平板化 | 情動表出の著しい減少 |
| 意欲低下(avolition) | 目標指向的活動の減退 | |
| 快感消失 | 快楽体験能力の低下 | |
| 会話の貧困(alogia) | 発語量・内容の減少 | |
| 社会的ひきこもり | 社会的相互作用への関心の低下 | |
| 認知障害 | 作業記憶、注意、実行機能、処理速度の低下 |
陽性症状は正常な機能に「付加」された症状、陰性症状は正常な機能が「欠損」した症状と概念化される。陰性症状および認知障害は陽性症状よりも治療抵抗性であり、機能的予後をより強く予測する。
病因仮説¶
Key Concept: ドーパミン仮説(dopamine hypothesis) 統合失調症の陽性症状が中脳辺縁系(mesolimbic pathway)におけるドーパミンD2受容体の過活動に起因するという仮説。抗精神病薬がD2受容体拮抗作用を持つこと、ドーパミン作動薬が精神病様症状を惹起することが根拠となる(→ Module 2-1, Section 1「神経系の基礎」参照)。
統合失調症の古典的な神経化学的仮説であるドーパミン仮説は、中脳辺縁系(mesolimbic pathway)のドーパミン過活動が陽性症状の基盤であるとする。しかし、この仮説のみでは陰性症状や認知障害を説明できないため、修正版では前頭前皮質の中脳皮質系(mesocortical pathway)におけるドーパミン活動の低下が陰性症状・認知障害に関与すると考える。
グルタミン酸仮説は、NMDA受容体の機能低下を統合失調症の中核的病態とする仮説である。フェンシクリジン(PCP)やケタミンなどのNMDA受容体拮抗薬が、健常者に陽性症状のみならず陰性症状・認知障害に類似した状態を引き起こすことが主要な根拠である。
発症の神経発達的モデル(neurodevelopmental model)は、統合失調症を胎児期・周産期の神経発達の微妙な障害に起源を持つ障害として概念化する。遺伝的脆弱性(多数の遺伝子の微小な効果の累積)に加えて、周産期合併症、幼少期の感染、都市部での成育、移民ストレスなどの環境的リスク因子が相互作用し、青年期に脳の成熟過程(シナプス刈り込み等)が進行する中で症状が顕在化すると考える。
graph TD
subgraph "統合失調症の神経発達モデル"
G["遺伝的脆弱性<br>(多遺伝子性)"] --> V["神経発達の微妙な障害"]
ENV["環境リスク因子<br>(周産期合併症・感染・ストレス)"] --> V
V --> PRE["前駆期<br>(社会的ひきこもり・認知低下)"]
PRE --> ONSET["青年期の発症<br>(シナプス刈り込みの進行)"]
ONSET --> POS["陽性症状"]
ONSET --> NEG["陰性症状"]
ONSET --> COG["認知障害"]
end
パーソナリティ障害¶
Key Concept: パーソナリティ障害(personality disorder) 内的体験と行動の持続的パターンが文化的期待から著しく偏り、広範で硬直的であり、青年期または成人期早期に始まり、苦痛または機能障害を引き起こす障害。DSM-5-TRでは3群10障害に分類される。
パーソナリティ障害は、認知(自己・他者・出来事の認知の仕方)、感情性(情動反応の範囲・強度・適切性)、対人機能、衝動性の制御の1つ以上の領域における持続的な偏りとして定義される。
3群の分類¶
| 群 | 特徴 | 含まれる障害 |
|---|---|---|
| A群(奇異・風変わり) | 奇妙な思考・行動パターン | 猜疑性(妄想性)、シゾイド、統合失調型 |
| B群(劇的・感情的) | 感情の不安定性・衝動性 | 反社会性、境界性、演技性、自己愛性 |
| C群(不安・恐怖) | 不安・回避的行動パターン | 回避性、依存性、強迫性 |
境界性パーソナリティ障害(BPD: Borderline Personality Disorder)¶
境界性パーソナリティ障害は、パーソナリティ障害の中で最も臨床的注目を集め研究が蓄積されている障害であり、有病率は一般人口の約1.5〜6%と推定される。中核的特徴は以下の通りである。
- 感情調整困難(emotion dysregulation): 情動反応が急速かつ激烈で、基準線への回復が遅い
- 対人関係の不安定さ: 理想化と脱価値化の極端な変動(スプリッティング)
- アイデンティティの拡散: 自己像・目標・価値観の著しい不安定さ
- 衝動性: 自傷行為、浪費、物質乱用、過食、無謀な運転等
- 見捨てられ不安: 実際のまたは想像上の見捨てられを回避するための必死の努力
- 慢性的空虚感
Marsha Linehan(マーシャ・リネハン)のバイオソーシャル理論(biosocial theory)は、BPDを生物学的な情動脆弱性と発達環境における非承認環境(invalidating environment)の相互作用の産物として説明する。
反社会性パーソナリティ障害(ASPD)とサイコパシー¶
反社会性パーソナリティ障害(ASPD: Antisocial Personality Disorder)は、他者の権利の広範な無視と侵害のパターンを特徴とし、15歳以前の素行症(conduct disorder)の証拠が診断要件に含まれる。欺瞞性、衝動性、易刺激性、攻撃性、無責任性、良心の呵責の欠如が主要な特徴である。
サイコパシー(psychopathy)は、Robert Hare(ロバート・ヘア)のサイコパシーチェックリスト改訂版(PCL-R: Psychopathy Checklist-Revised)で評価される構成概念であり、DSMのASPDとは完全には一致しない。サイコパシーは、対人的側面(表面的魅力、誇大性、欺瞞性、共感の欠如)と行動的側面(衝動性、無責任性、反社会的行動)の2因子で構成される。ASPDの診断は行動的基準に重点を置くのに対し、サイコパシーは対人的・感情的特性(冷淡さ、共感の欠如)をより重視する点が異なる。
神経発達症群・摂食障害・物質使用障害¶
神経発達症群¶
自閉スペクトラム症(ASD: Autism Spectrum Disorder)¶
Key Concept: 自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder; ASD) 社会的コミュニケーションおよび社会的相互作用の持続的な欠陥と、限定的・反復的な行動・興味・活動の2領域を特徴とする神経発達症。有病率は約1〜2%。
DSM-5では、DSM-IVにおける自閉性障害、アスペルガー障害、特定不能の広汎性発達障害(PDD-NOS)が「自閉スペクトラム症」という単一の連続的カテゴリに統合された。
| 領域 | 主な特徴 |
|---|---|
| 社会的コミュニケーション・相互作用 | 社会的-情動的相互性の欠陥、非言語的コミュニケーション行動の欠陥、関係の発展・維持・理解の欠陥 |
| 限定的・反復的行動・興味・活動 | 常同的反復的な運動・物の使用・会話、同一性への固執、限定的で固定された興味、感覚刺激への過敏/鈍麻 |
症状は発達早期から存在するが、社会的要求が能力を超えるまで完全には顕在化しないこともある。重症度はレベル1(支援を要する)からレベル3(非常に十分な支援を要する)までの3段階で指定される。
注意欠如・多動症(ADHD: Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)¶
ADHDは、不注意(注意の持続困難、外的刺激による易転導性、組織化の困難)および/または多動性-衝動性(じっとしていられない、しゃべりすぎ、順番を待てない)の持続的パターンを特徴とする。有病率は小児の約5〜7%、成人の約2.5%である。DSM-5では主に不注意優勢型、主に多動性-衝動性優勢型、混合型の3つの表現型が区別される。症状の一部は12歳以前に存在していなければならない。
ADHDの病因として、前頭前皮質-線条体回路のドーパミンおよびノルエピネフリン系の機能低下が示唆されている。遺伝率は約70〜80%と高い。
摂食障害¶
| 障害 | 核心的特徴 | 有病率(生涯) |
|---|---|---|
| 神経性やせ症(AN) | 体重増加への強い恐怖、ボディイメージの歪み、有意に低い体重の維持 | 女性0.5〜1% |
| 神経性過食症(BN) | 反復的な過食エピソード+代償行動(嘔吐、下剤使用等) | 女性1〜3% |
神経性やせ症(anorexia nervosa; AN)は、エネルギー摂取の制限による有意に低い体重、体重増加に対する強い恐怖、体重・体型に関する自己評価の障害を特徴とする。制限型(restricting type)と過食/排出型(binge-eating/purging type)に下位分類される。全精神障害の中で最も死亡率が高い障害の一つである(標準化死亡比は約5〜6)。
神経性過食症(bulimia nervosa; BN)は、反復的な過食エピソード(一定時間内に通常より明らかに大量の食物を摂取し、摂食の制御感の喪失を伴う)と、それに続く不適切な代償行動(自己誘発性嘔吐、下剤・利尿剤の乱用、過度の運動等)を特徴とする。過食と代償行動は平均して3ヶ月にわたり週1回以上の頻度で生じる。
物質使用障害(Substance Use Disorders)¶
Key Concept: 物質使用障害(substance use disorder) 物質使用に伴う臨床的に有意な障害を特徴とする障害群。使用の制御障害、社会的機能障害、危険な使用、薬理学的指標(耐性・離脱)の4領域11基準で評価される。
DSM-5では、DSM-IVの「物質乱用」と「物質依存」の二分法が廃止され、「物質使用障害」として単一の連続的診断に統合された。11の診断基準のうち該当する基準数に応じて、軽度(2〜3基準)、中等度(4〜5基準)、重度(6基準以上)の重症度が指定される。
物質使用障害の神経生物学的基盤として、中脳辺縁系ドーパミン回路(mesolimbic dopamine pathway)、特に腹側被蓋野(VTA)から側坐核(nucleus accumbens)への投射が報酬系として中心的役割を果たす(→ Module 2-1, Section 1「神経系の基礎」参照)。反復的な物質使用は報酬系の感受性変化(耐性)および前頭前皮質の制御機能の低下をもたらし、衝動的使用から強迫的使用への移行を促進する。
まとめ¶
- 不安症群は最も有病率の高い精神障害群であり、恐怖・不安の過剰な持続を共通特徴とする。Clark & Wellsの社交不安モデルやClarkのパニック認知モデルなど、認知的維持機構の理解が治療に直結する
- 強迫症とPTSDはDSM-5で不安症群から独立した。OCDは強迫観念-強迫行為の悪循環、PTSDは心的外傷の再体験・回避・覚醒亢進を核とする
- うつ病はBeckの認知三徴(否定的自己・世界・将来)が認知的病因モデルの中核をなす。双極性障害は躁/軽躁と抑うつの交代を特徴とし、I型とII型で躁病エピソードの有無が区別される
- 統合失調症は陽性症状・陰性症状・認知障害の3領域で特徴づけられ、ドーパミン仮説とグルタミン酸仮説、神経発達モデルが主要な病因仮説である
- パーソナリティ障害は3群に分類され、BPDの感情調整困難とASPD/サイコパシーの共感欠如が臨床的に重要な構成概念である
- ASD、ADHD、摂食障害、物質使用障害はそれぞれ独自の病態と神経生物学的基盤を持つ
- 各障害の治療的介入の詳細はSection 4で扱う
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 不安症群 | anxiety disorders | 過剰で持続的な恐怖・不安を中核とする障害群 |
| 全般不安症 | generalized anxiety disorder (GAD) | 多領域にわたる過剰な心配が6ヶ月以上持続する障害 |
| 社交不安症 | social anxiety disorder (SAD) | 社会的場面での否定的評価への著しい恐怖を特徴とする障害 |
| パニック発作 | panic attack | 突然の激しい恐怖の高まりと身体・認知症状 |
| 予期不安 | anticipatory anxiety | パニック発作の再発に対する持続的な恐れ |
| 強迫症 | obsessive-compulsive disorder (OCD) | 強迫観念と強迫行為を特徴とする障害 |
| 心的外傷後ストレス障害 | post-traumatic stress disorder (PTSD) | 心的外傷的出来事後に再体験・回避・覚醒亢進等を呈する障害 |
| 大うつ病性障害 | major depressive disorder (MDD) | 抑うつ気分と興味喪失を中核とする気分障害 |
| アンヘドニア | anhedonia | 快楽を体験する能力の喪失または減退 |
| 認知三徴 | cognitive triad | Beckが提唱した自己・世界・将来への否定的認知パターン |
| 双極性障害 | bipolar disorder | 躁病/軽躁病エピソードと抑うつエピソードの交代を特徴とする障害 |
| 統合失調症 | schizophrenia | 陽性症状・陰性症状・認知障害を特徴とする精神病性障害 |
| 陽性症状 | positive symptoms | 正常機能に「付加」された症状(妄想・幻覚等) |
| 陰性症状 | negative symptoms | 正常機能の「欠損」(感情平板化・意欲低下等) |
| ドーパミン仮説 | dopamine hypothesis | 統合失調症の陽性症状がドーパミン過活動に起因するとする仮説 |
| グルタミン酸仮説 | glutamate hypothesis | NMDA受容体機能低下が統合失調症の病態に関与するとする仮説 |
| パーソナリティ障害 | personality disorder | 内的体験と行動の持続的偏りによる障害 |
| 境界性パーソナリティ障害 | borderline personality disorder (BPD) | 感情調整困難・対人関係の不安定さを中核とする障害 |
| サイコパシー | psychopathy | 対人的冷淡さ・共感欠如・反社会的行動を特徴とする構成概念 |
| 自閉スペクトラム症 | autism spectrum disorder (ASD) | 社会的コミュニケーション障害と限定的反復的行動を特徴とする神経発達症 |
| 注意欠如・多動症 | attention-deficit/hyperactivity disorder (ADHD) | 不注意・多動性-衝動性を特徴とする神経発達症 |
| 神経性やせ症 | anorexia nervosa (AN) | 体重増加への恐怖と低体重の維持を特徴とする摂食障害 |
| 神経性過食症 | bulimia nervosa (BN) | 反復的過食と不適切な代償行動を特徴とする摂食障害 |
| 物質使用障害 | substance use disorder | 物質使用に伴う制御障害・機能障害を特徴とする障害群 |
確認問題¶
Q1: 不安症群において「恐怖(fear)」と「不安(anxiety)」はどのように区別されるか。また、Clark & Wellsの社交不安モデルにおける「自己注目」と「安全行動」がどのように不安を維持するかを説明せよ。
A1: 恐怖は現前する脅威に対する即時的な情動反応であり、闘争-逃走反応と結びつく。不安は将来の脅威の予期に対する情動反応であり、筋緊張や警戒といったより持続的な状態を特徴とする。Clark & Wellsのモデルでは、社会的場面において自己注目が増大すると、個人は自己の内的体験(身体感覚、主観的不安)に基づいて「他者にどう映っているか」を推測し、否定的な自己イメージを形成する。安全行動(目を合わせない、台本を暗記する等)は短期的に不安を軽減するが、社会的場面での自然な相互作用を妨げ、恐れていた結果が実際には起きないことを学習する(反証する)機会を奪うため、長期的には不安を維持・強化する。
Q2: DSM-5においてPTSDが不安症群から独立した「心的外傷およびストレス因関連障害群」に再分類された理由を、PTSDの症状クラスターの観点から説明せよ。
A2: PTSDの4症状クラスター——侵入症状(再体験)、回避、認知・気分の否定的変化、覚醒度と反応性の変化——のうち、恐怖・不安を主とする症状は一部に過ぎず、解離(フラッシュバック)、持続的な怒りや罪悪感・羞恥、興味の減退や陽性感情の制限、無謀な行動など、不安症の枠組みでは十分に説明できない多様な情動・認知・行動の変化が含まれる。つまりPTSDの中核的病理は恐怖条件づけのみでは説明しきれず、心的外傷の記憶処理に関わる解離や認知の変化を含む広範な症候群であるため、不安症群とは別カテゴリに位置づけることが妥当とされた。
Q3: 統合失調症のドーパミン仮説の根拠と限界を述べ、グルタミン酸仮説がどのようにドーパミン仮説を補完するかを説明せよ。
A3: ドーパミン仮説の根拠は、(1)抗精神病薬(主にD2受容体拮抗薬)が陽性症状を軽減すること、(2)ドーパミン作動薬(アンフェタミン等)が精神病様症状を惹起・増悪させること、(3)統合失調症患者の線条体におけるドーパミン合成・放出の亢進が画像研究で示されていることである。限界としては、ドーパミン仮説では陰性症状・認知障害を十分に説明できない点がある。グルタミン酸仮説は、NMDA受容体拮抗薬(PCP、ケタミン)が健常者において陽性症状のみならず陰性症状・認知障害に類似した症状を引き起こすことを根拠とし、NMDA受容体の機能低下がドーパミン系の調整異常を二次的に引き起こすメカニズム(皮質-皮質下のグルタミン酸-ドーパミン相互作用)を想定することで、陽性・陰性・認知の3領域をより包括的に説明し得る。
Q4: 境界性パーソナリティ障害(BPD)の中核的特徴を3つ挙げ、Linehanのバイオソーシャル理論がBPDの発達をどのように説明するかを述べよ。
A4: BPDの中核的特徴は、(1)感情調整困難——情動反応が急速かつ激烈で基準線への回復が遅い、(2)対人関係の不安定さ——理想化と脱価値化の極端な変動、見捨てられ不安、(3)衝動性——自傷行為、物質乱用、無謀な行動として表れる。Linehanのバイオソーシャル理論は、BPDの発達を生物学的情動脆弱性(情動反応の閾値が低い、反応が激しい、基準線への回復が遅い)と非承認環境(invalidating environment: 子どもの情動体験が否定・無視・罰される環境)の相互作用として説明する。情動的に脆弱な個体が非承認環境で育つと、適切な感情調整スキルを学習する機会が奪われ、情動の不安定さが強化されるという取引的プロセスによってBPDの症状パターンが形成される。
Q5: DSM-5における自閉スペクトラム症(ASD)の診断基準の2領域を説明し、DSM-IVからの主要な分類変更とその意義を述べよ。
A5: ASDの診断基準は2領域から成る。第一は社会的コミュニケーションおよび社会的相互作用の持続的欠陥であり、社会的-情動的相互性の欠陥(会話のやりとりの困難等)、非言語的コミュニケーション行動の欠陥(アイコンタクト・ジェスチャーの使用困難等)、関係の発展・維持・理解の欠陥を含む。第二は限定的・反復的な行動・興味・活動であり、常同的運動、同一性への固執、限定的で固定された興味、感覚刺激への過敏または鈍麻を含む。DSM-IVでは自閉性障害、アスペルガー障害、PDD-NOSが別個の診断カテゴリとして存在したが、DSM-5ではこれらが「自閉スペクトラム症」という単一の連続的カテゴリに統合された。この変更は、これらの障害間の境界が実証的に不明確であること、障害を連続体(スペクトラム)として捉えることが臨床的・科学的により妥当であることを反映しており、重症度レベル(レベル1〜3)の指定によって個人差を表現する。