Module 3-1 - Section 1: 注意の神経基盤¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 3-1: 認知神経科学 |
| 前提セクション | なし |
| 想定学習時間 | 4時間 |
導入¶
Module 1-1, Section 1「注意」では、選択的注意のフィルター理論(Broadbent)から減衰理論(Treisman)、後期選択モデル(Deutsch-Norman)に至る認知心理学的モデル、Posnerの空間的手がかりパラダイムによる外因性注意と内因性注意の操作的区別、そして特徴統合理論(Treisman & Gelade)を学んだ。これらは行動データに基づいて注意の機能的構造を記述するものであった。
本セクションでは、これらの認知過程を実現する神経基盤に焦点を移す。Module 2-1で学んだ脳の解剖学的構造と神経科学的研究法の知識を前提に、注意を支える大規模脳ネットワークの構成、空間的注意の神経メカニズムとその破綻、そして注意がどのように知覚的処理を変調するかの計算論的モデルを扱う。認知神経科学における注意研究は、Posnerの認知心理学的知見とfMRI・損傷研究の統合により、1990年代以降急速に発展した領域である。
注意の大規模脳ネットワーク¶
Posnerの注意ネットワーク理論¶
マイケル・ポスナー(Michael Posner)とマーカス・レイクル(Marcus Raichle)は、注意が単一の機能ではなく、解剖学的に分離可能な複数のネットワークによって実現されるという枠組みを提唱した。Posner & Petersen(1990)の論文はこの分野の基盤となり、注意を3つの独立したネットワークに分類する枠組みを提示した。
Key Concept: 注意ネットワーク(attentional networks) Posner & Petersen(1990)が提唱した枠組み。注意は、覚醒ネットワーク(alerting network)、定位ネットワーク(orienting network)、実行制御ネットワーク(executive control network)の3つの解剖学的に分離したネットワークにより実現される。
| ネットワーク | 主な機能 | 主要な関与領域 | 主な神経伝達物質 |
|---|---|---|---|
| 覚醒ネットワーク | 覚醒状態の維持と警戒 | 右前頭葉、右頭頂葉、青斑核 | ノルエピネフリン |
| 定位ネットワーク | 感覚入力への注意の空間的定位 | 上頭頂小葉、側頭頭頂接合部、前頭眼野、上丘 | アセチルコリン |
| 実行制御ネットワーク | 葛藤の検出と解消、エラー監視 | 前帯状皮質、外側前頭前野 | ドーパミン |
ジン・ファン(Jin Fan)らが開発した注意ネットワーク検査(Attention Network Test; ANT)は、単一の課題内で3つのネットワークの効率性を独立に測定する行動指標を提供する。ANTではフランカー課題(flanker task)に手がかり条件を組み合わせ、覚醒効果(手がかりなし条件とダブル手がかり条件の反応時間差)、定位効果(中央手がかり条件と空間手がかり条件の差)、実行制御効果(不一致条件と一致条件の差)を算出する。
graph LR
subgraph "Posnerの3つの注意ネットワーク"
AL["覚醒ネットワーク<br/>(青斑核・右前頭頂葉)"]
OR["定位ネットワーク<br/>(上頭頂小葉・FEF・上丘)"]
EC["実行制御ネットワーク<br/>(前帯状皮質・外側前頭前野)"]
end
AL -->|覚醒水準の調節| OR
AL -->|覚醒水準の調節| EC
OR -->|空間的選択| EC
背側注意ネットワークと腹側注意ネットワーク¶
Corbettaの二重ネットワークモデル¶
Posnerの定位ネットワークの概念をさらに発展させたのが、マウリツィオ・コルベッタ(Maurizio Corbetta)とゴードン・シュルマン(Gordon Shulman)による背側・腹側注意ネットワークの二重モデルである。Corbetta & Shulman(2002)は、fMRI研究のメタ分析に基づき、空間的注意の定位を担うネットワークが2つの解剖学的・機能的に異なるシステムから構成されることを明らかにした。
Key Concept: 背側注意ネットワーク(dorsal attention network; DAN) 頭頂間溝(intraparietal sulcus; IPS)と前頭眼野(frontal eye field; FEF)を主要な構成要素とする大規模脳ネットワーク。トップダウン的な注意の随意的制御---すなわち、内因性注意の方向づけ---を担う。
Key Concept: 腹側注意ネットワーク(ventral attention network; VAN) 側頭頭頂接合部(temporoparietal junction; TPJ)と腹側前頭皮質(ventral frontal cortex; VFC、主に右半球の下前頭回・中前頭回を含む)を主要な構成要素とする大規模脳ネットワーク。行動上重要な予期しない刺激に対するボトムアップ的な注意の再定位を担う。
各ネットワークの構成と機能¶
背側注意ネットワーク(DAN) は、両側の頭頂間溝(IPS)/上頭頂小葉(superior parietal lobule; SPL)と前頭眼野(FEF)を結ぶネットワークであり、Module 1-1で学んだPosnerのパラダイムにおける内因性手がかりによる注意の随意的定位に対応する。具体的には以下の機能を担う。
- 内因性手がかり(例: 中央矢印)に基づく注意の随意的移動
- 感覚入力に対するトップダウン的な選択バイアスの生成
- 注意の空間マップの維持(特に頭頂間溝)
- 眼球運動の随意的制御との密接な連関(前頭眼野)
FEFのニューロンは、眼球運動(サッカード)の計画だけでなく、眼球運動を伴わない隠れた注意のシフト(covert attention shift)においても活動することが、サルの単一ニューロン記録研究で示されている(Moore & Fallah, 2001)。FEFへの微小電気刺激は、刺激部位の運動野(motor field)に対応する空間位置での視覚弁別能力を向上させ、この効果は視覚野V4のニューロン活動の変調と相関する。
腹側注意ネットワーク(VAN) は、主に右半球に側性化した側頭頭頂接合部(TPJ)と腹側前頭皮質(VFC)を結ぶネットワークであり、Posnerのパラダイムにおける外因性手がかり処理や無効試行での注意の再定位に対応する。その機能は以下の通りである。
- 行動上重要な予期しない刺激(特にターゲット)の検出
- 現在の注意の焦点から新たな刺激位置への注意の再定位
- 注意のフィルタリング---行動上無関係な新規刺激による注意の奪取を抑制
TPJの活動は、刺激の新奇性そのものよりも、その刺激が行動上重要である場合(例: ターゲットとして定義されている場合)に特に増強される。課題と無関係な新規刺激に対するTPJ活動は、進行中の課題への注意集中時には抑制される。この抑制は、DANからVANへのトップダウン的な抑制信号によるものと考えられている。
graph TD
subgraph "背側注意ネットワーク(DAN)"
FEF["前頭眼野(FEF)"]
IPS["頭頂間溝(IPS)/<br/>上頭頂小葉(SPL)"]
end
subgraph "腹側注意ネットワーク(VAN)"
VFC["腹側前頭皮質(VFC)"]
TPJ["側頭頭頂接合部(TPJ)"]
end
FEF <-->|トップダウン制御| IPS
VFC <-->|再定位信号| TPJ
DAN_label["トップダウン<br/>随意的注意"] -.-> FEF
VAN_label["ボトムアップ<br/>注意の再定位"] -.-> TPJ
IPS -->|抑制的調節| TPJ
TPJ -->|ブレーキ信号| IPS
二重ネットワーク間の相互作用¶
DANとVANは独立に機能するのではなく、動的に相互作用する。Corbetta, Patel & Shulman(2008)は、この相互作用の回路モデルを提案した。
- 通常の随意的注意: DANが活性化し、感覚野にトップダウンバイアスを送る。同時にVANは抑制され、課題と無関係な刺激による注意の奪取が防止される。
- 行動上重要な予期しない刺激の出現: VANが活性化し、DANの活動パターンをリセットする(「回路ブレーカー」機能)。これにより注意が新たな刺激位置へ再定位される。
- 注意の再定位後: DANが再活性化し、新たな刺激位置に対するトップダウン制御を確立する。
この枠組みは、Module 1-1で学んだPosnerの注意操作モデル(解除→移動→固定)に神経基盤を付与するものである。DANは「固定(engage)」と「移動(move)」の操作を、VANは「解除(disengage)」の操作を主に担うと解釈できる。
空間的注意と半側空間無視¶
半側空間無視の臨床像¶
Key Concept: 半側空間無視(hemispatial neglect / unilateral spatial neglect) 典型的には右半球の損傷(特に頭頂葉、側頭頭頂接合部)後に生じる症候群であり、損傷半球と対側(通常は左側)の空間に存在する刺激に対して、注意を向けること、それを報告すること、それに反応することが障害される。視覚系の一次的障害(同名半盲など)では説明できない高次の注意障害である。
半側空間無視は、注意の神経基盤を理解するうえで最も重要な神経心理学的症候群の一つである。その臨床像は多岐にわたるが、中核的な特徴は以下の通りである。
- 線分二等分課題(line bisection task): 水平線の中点を印づけるよう求めると、中点が右側にずれる(左側空間の過小評価)
- 模写課題: 図形を模写する際に左側部分を描き落とす(例: 花の左側の花弁、時計の左半分の数字)
- 消去課題(cancellation task): 紙面上に散在する刺激を抹消する課題で、左側の刺激を見落とす
- 日常行動: 左側のドアにぶつかる、皿の左半分の食事を食べ残す、左側の衣服を着ない
重要な点は、半側空間無視は一次視覚野の損傷による視野欠損(同名半盲)とは異なるということである。同名半盲の患者は自身の視野欠損を自覚し、頭部や眼球の運動で補償しようとするが、無視患者は左側空間への注意そのものが障害されているため、しばしば障害の自覚(病識; anosognosia)すら欠如する。
Key Concept: 消去現象(extinction) 左右の視野にそれぞれ単独で刺激を提示した場合には両側とも検出できるが、左右同時に提示すると対側(通常は左側)の刺激が報告されなくなる現象。半側空間無視の軽症型または回復過程で観察されることが多い。
損傷部位と注意ネットワークとの対応¶
半側空間無視は、右半球の広範な領域の損傷で生じうるが、特に以下の領域との関連が強い。
| 損傷部位 | 注意ネットワーク上の対応 | 主に障害される注意機能 |
|---|---|---|
| 側頭頭頂接合部(TPJ) | 腹側注意ネットワーク(VAN) | 注意の再定位(左側の刺激への注意の切り替え) |
| 上頭頂小葉(SPL)/頭頂間溝(IPS) | 背側注意ネットワーク(DAN) | 空間的注意マップの維持、トップダウン制御 |
| 上縦束(SLF)/弓状束(AF) | DAN-VAN間の白質連絡 | ネットワーク間の情報伝達 |
| 腹側前頭皮質(VFC) | 腹側注意ネットワーク(VAN) | 注意の再定位とフィルタリング |
Corbettaの二重ネットワークモデルに基づけば、TPJ損傷による無視は、VANの機能不全により予期しない左側刺激への注意の再定位が障害されることで生じる。一方、SPL/IPS損傷は、DANの機能不全により左側空間への随意的な注意制御そのものが障害されることで無視を引き起こす。白質損傷(特に上縦束の第II枝・第III枝)がDAN-VAN間の連絡を断つことで無視が生じるという知見は、注意が単一領域ではなくネットワークの協調として機能していることを示す。
右半球優位性の問題¶
半側空間無視が左半球損傷よりも右半球損傷で圧倒的に多く、かつ重症化するのはなぜか。この右半球優位性(right hemisphere dominance)は、注意の神経基盤における根本的な非対称性を反映している。
Key Concept: Heilmanの覚醒・注意モデル(Heilman's hemispheric asymmetry model) Kenneth Heilman(1980)が提唱したモデル。右半球は左右両側の空間に対して注意を配分できるが、左半球は主に右側(対側)空間のみに注意を配分する。したがって、左半球が損傷されても右半球が左右両側をカバーできるため無視は軽微であるが、右半球が損傷されると左側空間をカバーする半球がなくなり重度の無視が生じる。
graph LR
subgraph "左半球"
LH["左半球の<br/>注意制御"]
end
subgraph "右半球"
RH["右半球の<br/>注意制御"]
end
LH -->|制御| RS["右側空間"]
RH -->|制御| LS["左側空間"]
RH -->|制御| RS
このモデルは、右半球が空間的注意に関してより広範な表象を持つことを主張する。fMRI研究でも、右半球のTPJとVFCが左右両側の刺激に反応するのに対し、左半球の相同領域は対側(右側)刺激に対する反応がより顕著であることが確認されている。
注意の競合モデル¶
視覚野における注意の変調効果¶
認知心理学が「注意のフィルターは情報処理のどの段階にあるか」を問うたのに対し、認知神経科学はこの問題を「注意は視覚野のどの処理段階でニューロン活動を変調するか」として再定式化した。
サルの単一ニューロン記録研究(Moran & Desimone, 1985)は、この問題に対する先駆的な知見を提供した。V4野のニューロンの受容野内に2つの刺激(有効刺激と非有効刺激)を同時に提示し、サルにどちらか一方に注意を向けるよう訓練した結果、以下の重要な発見が得られた。
- ニューロンの有効刺激に注意が向けられた場合、そのニューロンの発火率は有効刺激のみが提示された場合と同等であった
- 非有効刺激に注意が向けられた場合、発火率は大幅に低下し、非有効刺激のみが提示された場合に近づいた
- この注意の変調効果はV1野ではほとんど観察されず、V4野やIT野(下側頭皮質)など腹側視覚経路の高次領域で顕著であった
この結果は、注意が感覚ニューロンの応答ゲインを変化させることで知覚処理を変調するという、注意のゲイン制御仮説の基盤となった。
偏向競合モデル¶
Key Concept: 偏向競合モデル(biased competition model) Desimone & Duncan(1995)が提唱した注意の計算論的モデル。視覚野のニューロンの受容野内に複数の刺激が存在する場合、それらの刺激の表象は神経回路内の限られた処理資源をめぐって相互に競合する。注意は、この競合を特定の刺激の表象に有利になるように偏向(bias)させるメカニズムとして機能する。
ロバート・デシモーネ(Robert Desimone)とジョン・ダンカン(John Duncan, 1995)が提唱した偏向競合モデルは、注意の認知神経科学における最も影響力のある理論的枠組みの一つである。このモデルの核心は以下の2つの原理にある。
第一の原理: 競合的相互作用
視覚野のニューロンの受容野は、処理段階が進むにつれて大きくなる(V1の受容野は小さく、V4やIT野では大きい)。高次視覚野のニューロンの大きな受容野内に複数の刺激が同時に存在する場合、それらの刺激に対応する神経表象は相互に抑制し合う(相互抑制; mutual suppression)。これは、受容野内の刺激が処理資源を競合する状態である。
Moran & Desimone(1985)の知見に即して説明すると、V4野ニューロンの受容野内に有効刺激と非有効刺激が同時に存在する場合、両方の刺激の表象が競合し、ニューロンの応答は有効刺激のみが存在する場合と非有効刺激のみが存在する場合の中間の発火率を示す。ただし、受容野の外に刺激がある場合にはこの競合は生じない。
第二の原理: 偏向(バイアス)
トップダウン注意信号(DANのFEFやIPSからの信号)が視覚野に到達すると、注意を向けた刺激の表象が強化され、競合において有利になる。これにより、注意対象の表象が「勝利」し、非注意刺激の表象は抑制される。
graph TD
subgraph "偏向競合モデル"
TOP["トップダウン注意信号<br/>(FEF / IPS)"]
V4["V4野のニューロン"]
S1["刺激Aの表象"]
S2["刺激Bの表象"]
OUT["ニューロン出力"]
end
TOP -->|偏向(バイアス)| S1
S1 <-->|相互抑制| S2
S1 -->|競合に勝利| OUT
S2 -.->|抑制される| OUT
偏向競合モデルのfMRIによる検証¶
Kastner, De Weerd, Desimone & Ungerleider(1998)は、ヒトを対象としたfMRI研究で偏向競合モデルの予測を検証した。視野の4箇所に刺激を同時に提示する条件(競合条件)と、同じ4箇所に刺激を順次提示する条件(非競合条件)を比較した結果、同時提示条件ではV2、V4、TEO(腹側視覚経路の高次領域)のBOLD信号が有意に低下した。これは、同時提示された複数の刺激が互いの神経表象を抑制している(相互抑制が生じている)ことを反映する。注意を一つの刺激位置に向けるよう教示すると、この抑制が解消された。
この結果は偏向競合モデルの2つの予測---受容野内の複数刺激間の競合(相互抑制)と、注意による競合の偏向的解消---の両方を支持する。
偏向競合モデルの意義と発展¶
偏向競合モデルは、認知心理学における古典的な「注意のボトルネック」論争に対して、神経メカニズムの観点から統合的な解答を提供する。このモデルにおいて、初期選択と後期選択の区別は処理段階の固定的な問題ではなく、受容野のサイズと競合の強度の関数として理解される。
- 初期視覚野(V1): 受容野が小さいため、複数の刺激が同一受容野内に収まりにくく、競合はほとんど生じない。注意の変調効果は小さい。
- 高次視覚野(V4, IT): 受容野が大きいため、複数の刺激が同一受容野内に入り、競合が強くなる。注意の変調効果は大きい。
この枠組みは、Lavieの知覚負荷理論とも接続する。知覚負荷が高い場合(処理すべき情報が多い場合)、注意資源が主課題に消費されてトップダウンバイアスが弱まり、結果として妨害刺激の競合的抑制が不十分になるのではなく、むしろ主課題の処理自体が妨害刺激の表象を消費する形で競合を解消する---というより精緻な解釈が可能になる。
偏向競合モデルはその後、Desimone & Duncan以降の研究者によりさまざまな拡張がなされた。例えば、ボトムアップ的な顕著性(刺激の物理的突出性)による偏向も、トップダウン的注意と同じ競合メカニズム上で作用するとする統合的モデルが提案されている。また、ジェフリー・ウッドマン(Geoffrey Woodman)やスティーブン・ラック(Steven Luck)らは脳波(ERP)のN2pcコンポーネント(ターゲットと対側の後頭部電極で観察される陰性電位)が注意による競合解消過程を反映することを示し、偏向競合モデルの時間的側面を明らかにした。
注意の神経化学的基盤¶
注意ネットワークの機能は神経伝達物質系によって変調される。Posner & Petersen(1990)は各注意ネットワークと特定の神経伝達物質系の対応を提案したが、この対応関係はその後の薬理学的研究で概ね支持されている(→ Module 2-1, Section 1「神経系の基礎」参照)。
| 神経伝達物質 | 起始核 | 主な対応ネットワーク | 機能的役割 |
|---|---|---|---|
| ノルエピネフリン | 青斑核(locus coeruleus) | 覚醒ネットワーク | 覚醒状態の維持、警報反応の調節 |
| アセチルコリン | 基底前脳(basal forebrain) | 定位ネットワーク | 手がかりによる注意定位の促進 |
| ドーパミン | 中脳(VTA, 黒質) | 実行制御ネットワーク | 葛藤の検出・解消、反応選択 |
特にアセチルコリンと注意の定位の関係は、薬理学的研究で詳細に検討されている。アセチルコリン受容体拮抗薬のスコポラミン(scopolamine)はPosnerの手がかり課題における注意の定位効果を減弱させ、ニコチンはこの効果を増強する。これらの知見は、注意の定位がコリン作動性の変調を受けることを示している。
まとめ¶
- Posner & Petersen(1990)は、注意を覚醒、定位、実行制御の3つの解剖学的に分離可能なネットワークとして概念化した。ANTによりこれら3つのネットワークの効率性を行動指標として独立に測定できる。
- Corbetta & Shulman(2002)は、定位ネットワークをさらに背側注意ネットワーク(DAN: FEF-IPS、トップダウン的随意的注意制御)と腹側注意ネットワーク(VAN: TPJ-VFC、ボトムアップ的注意の再定位)に分離した。DANはVANを抑制的に制御し、VANは重要な予期しない刺激に対する「回路ブレーカー」として機能する。
- 半側空間無視は主に右半球損傷(TPJ、SPL/IPS、白質経路)で生じ、注意ネットワークの破綻としてCorbettaのモデルから説明される。右半球優位性はHeilmanのモデル(右半球が左右両側空間を表象)で説明される。
- Desimone & Duncan(1995)の偏向競合モデルは、注意を「受容野内の複数刺激間の競合をトップダウン信号で偏向させるメカニズム」として定式化した。このモデルは、初期選択と後期選択の古典的論争を受容野サイズと競合強度の関数として統合的に理解する枠組みを提供する。
- 注意ネットワークの機能は神経伝達物質系(ノルエピネフリン、アセチルコリン、ドーパミン)によって変調される。
- 次のセクション(→ Module 3-1, Section 4「実行機能と前頭前野」)では、本セクションで扱った注意制御の中でも特に実行制御ネットワークに焦点を当て、前頭前野が担う実行機能の構成要素と神経基盤を詳細に扱う。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 注意ネットワーク | attentional networks | 覚醒・定位・実行制御の3つの解剖学的に分離した注意システム(Posner & Petersen, 1990) |
| 背側注意ネットワーク | dorsal attention network (DAN) | FEF-IPS/SPLを主要構成とし、トップダウン的な随意的注意制御を担うネットワーク |
| 腹側注意ネットワーク | ventral attention network (VAN) | TPJ-VFCを主要構成とし、予期しない重要刺激への注意の再定位を担うネットワーク(右半球優位) |
| 前頭眼野 | frontal eye field (FEF) | 前頭葉に位置し、随意的な眼球運動の計画と隠れた注意シフトの制御を担う領域 |
| 頭頂間溝 | intraparietal sulcus (IPS) | 頭頂葉の溝で、空間的注意マップの維持とトップダウン注意制御に関与する |
| 側頭頭頂接合部 | temporoparietal junction (TPJ) | 側頭葉と頭頂葉の接合部で、注意の再定位に関与する。右半球優位 |
| 半側空間無視 | hemispatial neglect | 主に右半球損傷後に対側(左側)空間の刺激への注意が障害される症候群 |
| 消去現象 | extinction | 片側刺激は検出可能だが両側同時提示で対側刺激が報告されなくなる現象 |
| 偏向競合モデル | biased competition model | 受容野内の複数刺激間の競合がトップダウン注意により偏向されるとするモデル(Desimone & Duncan, 1995) |
| 相互抑制 | mutual suppression | 受容野内の複数の刺激表象が互いのニューロン応答を抑制し合う現象 |
| 注意ネットワーク検査 | Attention Network Test (ANT) | フランカー課題に手がかり操作を組み合わせ、3つの注意ネットワークの効率性を測定する検査(Fan et al., 2002) |
| N2pc | N2pc | ターゲットと対側の後頭部電極で観察されるERPの陰性電位。注意による視覚刺激の選択過程を反映する |
確認問題¶
Q1: Corbetta & Shulman(2002)の二重ネットワークモデルにおける背側注意ネットワーク(DAN)と腹側注意ネットワーク(VAN)の構成要素と機能の違いを説明し、両者がどのように相互作用して注意の再定位を実現するか述べよ。
A1: DANはFEFとIPS/SPLを主要構成とし、内因性手がかりに基づくトップダウン的な随意的注意制御を担う。具体的には、注意の空間マップの維持、感覚野へのトップダウンバイアスの生成、随意的な注意シフトを実行する。VANはTPJとVFC(主に右半球)を主要構成とし、行動上重要な予期しない刺激の検出とボトムアップ的な注意の再定位を担う。通常、DANが活性化して随意的注意を制御する間、VANは抑制される(課題と無関係な刺激による注意の奪取を防止)。行動上重要な予期しない刺激が出現すると、VANが活性化してDANの活動パターンをリセットし(「回路ブレーカー」機能)、注意が新たな刺激位置へ再定位される。再定位後、DANが再び活性化して新たな位置に対するトップダウン制御を確立する。
Q2: 半側空間無視が左半球損傷よりも右半球損傷で重症化しやすい理由を、Heilmanの半球非対称性モデルに基づいて説明せよ。
A2: Heilmanのモデルによれば、右半球は左右両側の空間に対して注意を配分する能力を持つが、左半球は主に対側(右側)空間に対してのみ注意を配分する。この非対称性により、左半球が損傷されても右半球が左右両側の空間をカバーできるため無視は軽微にとどまる。しかし右半球が損傷されると、左側空間をカバーできる半球が存在しなくなるため(左半球は右側空間のみを担当するため)、重度の左半側空間無視が生じる。このモデルはfMRI研究でも支持されており、右半球のTPJやVFCは左右両側の刺激に反応するのに対し、左半球の相同領域は主に対側刺激に反応することが確認されている。
Q3: Desimone & Duncan(1995)の偏向競合モデルにおける「競合」と「偏向」の2つの原理を説明し、Moran & Desimone(1985)のサルV4野の単一ニューロン記録研究の結果がこのモデルをどのように支持するか論じよ。
A3: 偏向競合モデルの第一の原理「競合」は、高次視覚野の大きな受容野内に複数の刺激が同時に存在する場合、それらの刺激表象が互いに抑制し合い(相互抑制)、限られた処理資源を競合する状態を指す。第二の原理「偏向」は、FEFやIPSなどからのトップダウン注意信号が特定の刺激表象を強化し、競合において有利にすることで、注意対象の表象が「勝利」し非注意刺激の表象が抑制される過程を指す。Moran & Desimone(1985)はV4野ニューロンの受容野内に有効刺激と非有効刺激を同時提示し、注意を操作した。有効刺激に注意が向けられるとニューロンの発火率は有効刺激のみの提示時と同等になり、非有効刺激に注意が向けられると発火率は非有効刺激のみの提示時に近づいた。この結果は、受容野内の2刺激間で競合が生じていること(2刺激同時提示時に応答が変化)と、注意がこの競合を偏向させて一方の表象を選択的に増強すること(注意の方向で応答パターンが切り替わる)の両方を実証している。
Q4: 偏向競合モデルが、認知心理学における初期選択モデルと後期選択モデルの古典的論争に対してどのような統合的解答を提供するか説明せよ。
A4: 偏向競合モデルは、初期選択と後期選択の区別を処理段階の固定的な問題ではなく、受容野のサイズと競合の強度の関数として再定式化する。初期視覚野(V1)では受容野が小さいため複数刺激が同一受容野内に収まりにくく、競合はほとんど生じず、注意の変調効果も小さい(後期選択的な状況に近い)。高次視覚野(V4, IT)では受容野が大きいため複数刺激が同一受容野に入りやすく、競合が強くなり、注意による偏向効果も大きくなる(初期選択的な状況に近い)。つまり、注意選択が「初期」に生じるか「後期」に生じるかは、処理段階固有の特性ではなく、受容野内の競合条件に依存する。この枠組みにより、初期選択と後期選択は対立する理論ではなく、同一の競合メカニズムが異なる条件下で異なる様相を呈した結果として統合的に理解される。
Q5: Posner & Petersen(1990)の3つの注意ネットワーク(覚醒、定位、実行制御)について、各ネットワークに対応する主要な神経伝達物質と、その対応を支持する薬理学的証拠を一つずつ挙げよ。
A5: 覚醒ネットワークはノルエピネフリン(青斑核起始)と対応する。クロニジン(α2受容体作動薬)の投与により覚醒水準と警戒パフォーマンスが低下することがこの対応を支持する。定位ネットワークはアセチルコリン(基底前脳起始)と対応する。ムスカリン受容体拮抗薬であるスコポラミンの投与によりPosnerの手がかり課題における注意の定位効果が減弱し、ニコチン(ニコチン性受容体作動薬)が定位効果を増強することがこの対応を支持する。実行制御ネットワークはドーパミン(中脳VTA/黒質起始)と対応する。ドーパミン前駆体のL-DOPAやメチルフェニデート(ドーパミン再取り込み阻害薬)がフランカー課題やStroop課題における葛藤処理のパフォーマンスを改善することがこの対応を支持する。