Module 3-1 - Section 4: 実行機能と前頭前野¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 3-1: 認知神経科学 |
| 前提セクション | Section 1(注意の神経基盤) |
| 想定学習時間 | 5時間 |
導入¶
Section 1「注意の神経基盤」では、Posner & Petersen(1990)の注意ネットワーク理論における3つ目のネットワークとして実行制御ネットワーク(executive control network)を学んだ。そこでは、前帯状皮質(ACC)と外側前頭前野(dlPFC)が葛藤の検出と解消、エラー監視を担うことが概説された。本セクションでは、この実行制御ネットワークの上位概念である実行機能(executive function)に焦点を当て、その構成要素を詳細に分析する。
実行機能は、目標指向的な行動を計画・制御・調整する高次認知機能の総称であり、その神経基盤は主に前頭前野(prefrontal cortex; PFC)に存在する。前頭前野損傷の臨床研究は19世紀のフィネアス・ゲージ(Phineas Gage, 1848)の症例に遡るが、実行機能の構成要素を実験的に分離しモデル化する試みは1990年代以降に急速に進展した。本セクションでは、(1)実行機能の構成要素を分離したMiyakeモデル、(2)前頭前野損傷が行動に及ぼす影響の臨床的知見、(3)意思決定に関与する前頭前野の下位領域の機能分化を順に扱う。
実行機能の構成要素¶
実行機能とは何か¶
Key Concept: 実行機能(executive function) 目標指向的な行動の計画・開始・監視・修正に関与する高次認知過程の総称。注意の制御、作業記憶の管理、行動の抑制、認知的柔軟性、計画立案などを含む。その神経基盤は主に前頭前野にあり、特に背外側前頭前野、腹内側前頭前野、前帯状皮質が中核的役割を果たす。
実行機能は単一の認知機能ではなく、複数の相互に関連しつつも分離可能な成分過程から構成される。歴史的には、アラン・バドリー(Alan Baddeley)の作業記憶モデルにおける中央実行系(central executive)の概念が実行機能の研究に強い影響を与えたが、中央実行系はその内部構造が十分に特定されておらず「ホムンクルス問題」(制御者自体を説明できない問題)を残していた。この問題に対して構成要素の分離を試みたのがMiyakeらの研究である。
Miyakeモデル: 3つの中核的実行機能¶
Key Concept: Miyakeモデル(Miyake's unity/diversity framework) 宮城愛(Akira Miyake)ら(2000)が潜在変数分析を用いて提唱した実行機能の構成モデル。実行機能を抑制(inhibition)、シフティング(shifting)、更新(updating)の3つの分離可能だが相互に相関する成分に分解した。「統一性と多様性」(unity and diversity)の枠組みとして知られる。
Miyake, Friedman, Emerson, Witzki, Howerter & Wager(2000)は、大学生を対象に多数の実行機能課題を実施し、確認的因子分析(confirmatory factor analysis)により実行機能の潜在的構造を検討した。その結果、以下の3つの因子が分離された。
1. 抑制(inhibition)
優勢な反応や無関係な情報を意図的に抑制する能力である。Stroop課題(色名の読み上げを抑制して印刷色を命名する)、反サッカード課題(anti-saccade task; 視覚刺激と反対方向に眼球運動を行う)、ストップシグナル課題(stop-signal task; 進行中の反応を外的合図で中止する)などで測定される。
2. シフティング(shifting)
課題間または心的構え(mental set)間での注意の柔軟な切り替え能力である。課題切り替え(task switching)パラダイムにおける切り替えコスト(switch cost)で測定される。ウィスコンシンカード分類課題(Wisconsin Card Sorting Test; WCST)の遂行にも関与する。
3. 更新(updating)
作業記憶の内容を積極的に監視・修正し、古い情報を新しい情報で置き換える能力である。n-back課題(n個前の刺激と現在の刺激を比較する)や、ランニングスパン課題(running span task; 系列の最後のn個の項目を報告する)で測定される。
graph TD
subgraph "Miyakeモデル: 実行機能の3成分"
COM["共通基盤<br/>(common EF)"]
INH["抑制<br/>(Inhibition)"]
SHI["シフティング<br/>(Shifting)"]
UPD["更新<br/>(Updating)"]
end
COM --> INH
COM --> SHI
COM --> UPD
INH <-.->|中程度の相関| SHI
SHI <-.->|中程度の相関| UPD
INH <-.->|中程度の相関| UPD
これら3因子は相互に中程度の相関を示すが(r = .42〜.63)、確認的因子分析において3因子モデルは1因子モデルよりも有意に良好な適合を示した。これが「統一性と多様性」(unity and diversity)と呼ばれる所以であり、3つの成分は共通の基盤(common executive function)を持ちつつも、それぞれ固有の分散(diversity)を有することが示された。
Friedman & Miyake(2017)の後続研究では、この枠組みが双生児研究を用いた行動遺伝学的分析により拡張された。共通実行機能(common EF)は高い遺伝率(推定約99%)を示し、この共通因子は目標維持(goal maintenance)と不要な反応の抑制に関与すると解釈された。注目すべきは、共通因子を統計的に統制した後の抑制の固有分散がほぼゼロになることであり、このことは「抑制」が実行機能に共通する基盤そのものと大きく重複することを意味する。
各成分の神経基盤¶
3つの実行機能成分はそれぞれ異なる前頭前野の下位領域と関連するが、完全な一対一対応ではなく、ネットワークレベルでの分散的処理として理解される。
| 成分 | 主要な関与領域 | 代表的な課題 | 主要な研究法 |
|---|---|---|---|
| 抑制 | 右下前頭回(rIFG)、補足運動野前部(pre-SMA)、視床下核(STN) | ストップシグナル課題、Go/No-Go課題 | fMRI、損傷研究、TMS |
| シフティング | 背外側前頭前野(dlPFC)、後部頭頂皮質(PPC)、基底核 | 課題切り替え、WCST | fMRI、損傷研究 |
| 更新 | 背外側前頭前野(dlPFC)、腹外側前頭前野(vlPFC)、基底核 | n-back課題、ランニングスパン課題 | fMRI |
Key Concept: 右下前頭回(right inferior frontal gyrus; rIFG) 右半球の前頭葉下部に位置する脳回。反応抑制において中心的な役割を果たすとされ、ストップシグナル課題やGo/No-Go課題においてこの領域の損傷またはTMSによる一時的不活性化は反応抑制の障害をもたらす。アリス・アロン(Adam Aron)らの研究で特に強調された。
アダム・アロン(Adam Aron)らの一連の研究(Aron, Fletcher, Bullmore, Sahakian & Robbins, 2003; Aron & Poldrack, 2006)は、反応抑制の神経回路として右下前頭回(rIFG)→ 視床下核(subthalamic nucleus; STN)→ 淡蒼球(globus pallidus)の「ハイパー直接経路」(hyperdirect pathway)を同定した。rIFGの損傷はストップシグナル反応時間(stop-signal reaction time; SSRT)を延長させ、TMSによるrIFGの一時的抑制も同様の効果をもたらす。この経路は基底核の出力を急速に抑制することで、進行中の運動プログラムを停止させる。
graph TD
subgraph "反応抑制の神経回路"
rIFG["右下前頭回(rIFG)"]
preSMA["補足運動野前部(pre-SMA)"]
STN["視床下核(STN)"]
GP["淡蒼球(GPi)"]
TH["視床"]
MC["運動皮質"]
end
rIFG -->|停止信号| STN
preSMA -->|停止信号| STN
STN -->|興奮性入力| GP
GP -->|抑制性出力増大| TH
TH -.->|抑制| MC
MC -.->|運動出力停止| OUT["反応停止"]
前頭前野の機能的区分¶
前頭前野の解剖学¶
Key Concept: 前頭前野(prefrontal cortex; PFC) 前頭葉のうち一次運動野(M1)、運動前野(PMC)、補足運動野(SMA)を除いた前方の領域の総称。ヒトでは大脳皮質の約29%を占め、系統発生的に最も遅く発達した新皮質領域である。目標指向的行動の計画・制御に中心的な役割を果たし、多くの皮質・皮質下構造と双方向の線維連絡を持つ。
前頭前野は機能的・解剖学的にいくつかの下位領域に区分される。本セクションで特に重要な3領域は以下の通りである。
| 下位領域 | ブロードマン領野 | 主な機能 |
|---|---|---|
| 背外側前頭前野(dlPFC) | BA 9, 46 | 作業記憶の維持・操作、計画、推論、認知的制御 |
| 腹内側前頭前野(vmPFC) | BA 10, 11, 12, 25 | 価値の表象、情動の調節、社会的認知、リスク評価 |
| 前帯状皮質(ACC) | BA 24, 32, 33 | 葛藤の検出、エラー監視、認知的努力の配分 |
graph LR
subgraph "前頭前野の機能的区分"
dlPFC["背外側前頭前野<br/>(dlPFC: BA 9/46)<br/>作業記憶・計画・推論"]
vmPFC["腹内側前頭前野<br/>(vmPFC: BA 10/11/12)<br/>価値表象・情動調節"]
ACC["前帯状皮質<br/>(ACC: BA 24/32)<br/>葛藤検出・エラー監視"]
OFC["眼窩前頭皮質<br/>(OFC: BA 11/47)<br/>報酬の価値符号化"]
end
dlPFC <-->|認知的制御の調整| ACC
vmPFC <-->|価値と情動の統合| OFC
ACC -->|制御要求信号| dlPFC
vmPFC -.->|価値情報| dlPFC
Section 1で扱った実行制御ネットワーク(Posner)におけるACCとdlPFCの役割は、本セクションでより詳細に検討される。特に、ACCが葛藤を検出しdlPFCに制御信号を送るという葛藤監視理論(conflict monitoring theory)は、実行機能研究の中心的枠組みの一つである。
前頭前野損傷の行動的影響¶
フィネアス・ゲージの症例¶
前頭前野の機能を最初に示唆した臨床症例は、フィネアス・ゲージ(Phineas Gage)の事故(1848年)である。鉄道建設現場での爆発事故で鉄棒が左前頭前野を貫通したが、彼は奇跡的に生存した。ジョン・ハーロウ(John Harlow)医師の記録によれば、ゲージは事故後、知能・言語・記憶は概ね保たれていたにもかかわらず、性格と社会的行動に劇的な変化が生じた。衝動的で無計画になり、社会的規範を守れなくなり、将来の計画を立てて実行する能力が著しく低下した。ハンナ・ダマシオ(Hanna Damasio)らによるゲージの頭蓋骨のCTスキャン再構成(1994)は、損傷が主に腹内側前頭前野(vmPFC)と眼窩前頭皮質(OFC)に及んでいたことを示した。
前頭前野症候群の多面性¶
前頭前野損傷の行動的影響は損傷部位により多様であるが、大きく3つの症候群に類型化される。
| 症候群 | 主な損傷部位 | 主な症状 |
|---|---|---|
| 背外側症候群 | dlPFC | 計画・組織化の障害、作業記憶の低下、認知的柔軟性の低下、保続 |
| 眼窩前頭症候群 | OFC / vmPFC | 脱抑制、衝動性、社会的行動の障害、情動調節の障害 |
| 内側前頭症候群 | 内側前頭皮質、ACC | 発動性の低下(アパシー)、自発的行動の減少 |
背外側症候群 の患者は、ウィスコンシンカード分類課題(WCST)で保続的エラー(perseverative error)を示す。分類規則が変更された後も以前の規則に従い続ける傾向であり、これはシフティング(認知的柔軟性)の障害を反映する。また、ロンドン塔課題(Tower of London task)やハノイの塔課題(Tower of Hanoi task)における計画立案の障害、流暢性課題(言語流暢性、デザイン流暢性)における産出量の低下も特徴的である。
Key Concept: 保続(perseveration) 状況の変化に応じて行動を切り替えることができず、以前の反応パターンを不適切に繰り返し続ける現象。前頭前野(特にdlPFC)の損傷で顕著に見られ、認知的柔軟性(シフティング)の障害を反映する。
眼窩前頭症候群 はゲージの症例に代表される。患者は社会的規範の無視、衝動的な意思決定、情動的反応の不適切さを示す。知能検査やWCSTなどの構造化された神経心理学的検査では比較的良好な成績を示す場合があり(検査場面では外的構造が提供されるため)、日常生活における重度の障害と神経心理学的検査の乖離が臨床的問題となる。
内側前頭症候群 では、自発的な行動や発話の著しい減少(無動性無言; akinetic mutism の軽症型)が生じる。前帯状皮質(ACC)の損傷が関与し、行動を開始するための動機づけ的駆動力の低下として理解される。
意思決定の神経基盤¶
ソマティック・マーカー仮説¶
Key Concept: ソマティック・マーカー仮説(somatic marker hypothesis) アントニオ・ダマシオ(Antonio Damasio, 1994)が提唱した意思決定の神経理論。過去の経験に基づく身体的・情動的反応(ソマティック・マーカー)が、意思決定の際に選択肢の価値を「標識」し、有利な選択肢に向けて行動を偏向させるとする。腹内側前頭前野(vmPFC)がソマティック・マーカーの生成と利用に中心的な役割を果たす。
アントニオ・ダマシオ(Antonio Damasio)は、vmPFC損傷患者の意思決定障害を系統的に研究し、理性と情動の関係に関する伝統的な二分法に挑戦した。vmPFC損傷患者は知能検査では正常範囲の成績を示すが、実生活においては破滅的な経済的判断や対人関係上の決定を繰り返す。Damasio(1994)はこの現象を説明するためにソマティック・マーカー仮説を提唱した。
この仮説によれば、ある選択肢を検討する際、その選択肢に関連する過去の経験が身体状態の変化(心拍の上昇、皮膚電気反応など)を引き起こし、これが「マーカー」として機能する。vmPFCはこの身体的信号と選択肢の連合を符号化・貯蔵し、意思決定時にこの情報を利用して選択肢の価値を迅速に評価する。vmPFC損傷患者はこのマーカーを生成・利用できないため、純粋に認知的な推論に依存せざるを得ず、不確実性の高い実生活場面での意思決定に著しい困難を示す。
アイオワ・ギャンブリング課題¶
Key Concept: アイオワ・ギャンブリング課題(Iowa Gambling Task; IGT) ベシャラ(Antoine Bechara)、ダマシオらが開発した意思決定課題。4つのカードデッキから繰り返しカードを選び、仮想的な金銭の利得・損失を経験する。デッキA・Bは高利得だが高損失で長期的に不利、デッキC・Dは低利得だが低損失で長期的に有利。健常者は経験を通じて有利なデッキを選好するようになるが、vmPFC損傷患者はこの学習に障害を示す。
ベシャラ(Antoine Bechara)、ダマシオら(1994)が開発したアイオワ・ギャンブリング課題(IGT)は、ソマティック・マーカー仮説の実験的検証に用いられた。健常者は課題を進めるうちに、明示的に規則を言語化できなくても不利なデッキ(A, B)を避け有利なデッキ(C, D)を選ぶようになる。注目すべきは、この有利な選択の偏向が意識的な規則発見に先行するという知見である。Bechara, Damasio, Tranel & Damasio(1997)は、健常者が不利なデッキに手を伸ばす際に皮膚電気反応(skin conductance response; SCR)の上昇(予期的SCR)を示すことを発見した。この予期的SCRは意識的な規則の発見に先行して出現し、身体的信号が意思決定を無意識的に導いているというソマティック・マーカー仮説の予測と一致する。
vmPFC損傷患者はこの予期的SCRを示さず、不利なデッキを選択し続ける。彼らは「どのデッキが悪いか」を言語的に報告できる場合ですら、行動としての選択を修正できないことがある。
意思決定に関与する前頭前野の下位領域¶
意思決定は前頭前野の複数の下位領域が分担して担う。
| 領域 | 略称 | 意思決定における役割 | 代表的知見 |
|---|---|---|---|
| 腹内側前頭前野 | vmPFC | 選択肢の主観的価値の統合、ソマティック・マーカーの利用 | IGTでの障害(Bechara et al., 1994) |
| 背外側前頭前野 | dlPFC | 選択肢の比較・評価、認知的制御の適用、遅延報酬の維持 | 異時点間選択での遅延報酬選好との正相関 |
| 前帯状皮質 | ACC | 選択肢間の葛藤の検出、予測誤差の処理、行動の適応的調整 | エラー関連陰性電位(ERN)の生成 |
| 眼窩前頭皮質 | OFC | 報酬・罰の期待価値の符号化、報酬の相対的価値の比較 | 逆転学習での障害 |
graph TD
subgraph "意思決定の神経回路"
OFC["眼窩前頭皮質(OFC)<br/>報酬の価値符号化"]
vmPFC["腹内側前頭前野(vmPFC)<br/>価値の統合・<br/>ソマティック・マーカー"]
dlPFC["背外側前頭前野(dlPFC)<br/>認知的制御・<br/>遅延報酬の維持"]
ACC["前帯状皮質(ACC)<br/>葛藤検出・<br/>エラー監視"]
AMY["扁桃体"]
VS["腹側線条体"]
end
OFC -->|報酬価値情報| vmPFC
AMY -->|情動的価値| vmPFC
vmPFC -->|統合された価値| dlPFC
ACC -->|制御要求信号| dlPFC
VS -->|報酬予測誤差| ACC
dlPFC -->|認知的制御| ACC
葛藤監視理論¶
Key Concept: 葛藤監視理論(conflict monitoring theory) マシュー・ボトヴィニック(Matthew Botvinick)ら(2001)が提唱した理論。前帯状皮質(ACC)は反応間の葛藤(競合する反応傾向の同時活性化)を検出し、その葛藤信号を背外側前頭前野(dlPFC)に送ることで認知的制御の増強を引き起こす。ACCは制御そのものを実行するのではなく、制御の必要性を「監視」する。
Section 1では、Posnerの実行制御ネットワークにおいてACCとdlPFCが葛藤の検出と解消を担うことを概説した。ボトヴィニック(Matthew Botvinick)、ブレイバー(Todd Braver)、バーチ(Jonathan Barch)、カーター(Cameron Carter)、コーエン(Jonathan Cohen)ら(2001)の葛藤監視理論は、この機能の計算論的モデルを提供する。
この理論によれば、ACCは情報処理における葛藤---すなわち、同時に活性化された競合する反応傾向の程度---を検出する。Stroop課題の不一致条件(例: 赤色で印刷された「あお」)では、色名読み上げ反応と色命名反応が同時に活性化され葛藤が生じる。ACCがこの葛藤を検出すると、dlPFCに信号を送り、dlPFCが課題関連の処理経路(色命名)の活性化を増強する認知的制御を実行する。
Key Concept: エラー関連陰性電位(error-related negativity; ERN) 誤反応後50〜100ミリ秒に内側前頭部の電極で観察される脳波の陰性電位。ACCにおけるエラー検出・葛藤監視過程を反映するとされる。
fMRI研究では、Stroop課題やフランカー課題の不一致条件(高葛藤条件)でACCの活動が増大することが繰り返し示されている。また、高葛藤試行の直後の試行ではdlPFCの活動が増大し、同時に葛藤効果(不一致条件での反応時間の延長)が縮小する(Gratton効果 / 葛藤適応効果)。この知見は、ACCが葛藤を検出しdlPFCが制御を調整するという葛藤監視理論の予測と一致する。
脳波研究では、誤反応後50〜100msに内側前頭部で観察されるエラー関連陰性電位(error-related negativity; ERN)がACCの活動を反映するとされ、ACCのエラー監視機能を支持する証拠とされている。
前頭前野と認知的制御の階層性¶
ロストロ-カウダル勾配¶
前頭前野内部には認知的制御の階層的な組織化が存在するとする仮説がある。
Key Concept: ロストロ-カウダル勾配(rostro-caudal gradient) 前頭前野内において、前方(ロストロ側)の領域ほどより抽象的・高次の認知制御を担い、後方(カウダル側)の領域ほどより具体的・低次の制御を担うとする組織化原理。バドレ(David Badre)とデスポジート(Mark D'Esposito)らの研究で支持された。
バドレ(David Badre)とデスポジート(Mark D'Esposito)(2007)は、fMRI研究において、前頭前野の前後軸に沿って認知的制御の抽象度が段階的に配置されていることを示した。具体的には以下の階層構造が提案されている。
| 階層レベル | 前頭前野の領域 | 制御の内容 |
|---|---|---|
| 感覚運動的制御 | 運動前野 | 具体的な刺激-反応の連合 |
| 文脈的制御 | 背側運動前野/後部dlPFC | 文脈に応じた反応の選択 |
| エピソード的制御 | 前部dlPFC(BA 46) | 時間的に離れた情報に基づく制御 |
| 分岐的制御 | 前頭極(BA 10) | 複数の下位目標の管理・統合 |
この階層的組織化は、コハバ(Etienne Koechlin)とスマナー(Alexandre Hyafil)(2007)の情報理論的モデルとも一致する。彼らは、前頭前野の前後軸に沿って、制御される情報の時間的・文脈的な距離が段階的に増大することを提唱した。
まとめ¶
- 実行機能は抑制、シフティング、更新の3つの分離可能だが相関する成分から構成される(Miyakeモデル)。共通実行機能(common EF)は高い遺伝率を示し、目標維持と不要な反応の抑制に関与する。
- 反応抑制の神経回路として、右下前頭回(rIFG)→ 視床下核(STN)→ 淡蒼球のハイパー直接経路が同定されている。
- 前頭前野損傷は損傷部位により異なる症候群を呈する。背外側症候群(計画・柔軟性の障害)、眼窩前頭症候群(脱抑制・社会的行動障害)、内側前頭症候群(発動性低下)に類型化される。
- vmPFCは意思決定における情動的価値の統合に関与し、ダマシオのソマティック・マーカー仮説とアイオワ・ギャンブリング課題でその役割が実証された。
- ACCは葛藤検出・エラー監視を、dlPFCは認知的制御の実行を担い、両者の相互作用は葛藤監視理論(Botvinick et al., 2001)で定式化されている。これはSection 1で概説した実行制御ネットワークの計算論的モデルに相当する。
- 前頭前野内部にはロストロ-カウダル勾配と呼ばれる認知的制御の階層的組織化が存在し、前方ほど抽象的な制御を担う。
- 次のセクションでは、本セクションで扱った前頭前野の機能を踏まえ、記憶の神経基盤(特に海馬系と前頭前野の相互作用)を扱う。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 実行機能 | executive function | 目標指向的行動の計画・制御・調整に関与する高次認知過程の総称 |
| Miyakeモデル | Miyake's unity/diversity framework | 実行機能を抑制・シフティング・更新の3成分に分離したモデル(Miyake et al., 2000) |
| 抑制 | inhibition | 優勢な反応や無関係な情報を意図的に抑制する実行機能の成分 |
| シフティング | shifting | 課題間・心的構え間での注意の柔軟な切り替え能力 |
| 更新 | updating | 作業記憶の内容を監視・修正し、古い情報を新しい情報で置換する能力 |
| 前頭前野 | prefrontal cortex (PFC) | 前頭葉の前方領域で、実行機能の神経基盤の中心 |
| 背外側前頭前野 | dorsolateral prefrontal cortex (dlPFC) | 前頭前野の外側上部(BA 9/46)。作業記憶・計画・認知的制御に関与 |
| 腹内側前頭前野 | ventromedial prefrontal cortex (vmPFC) | 前頭前野の内側下部(BA 10/11/12)。価値表象・情動調節・意思決定に関与 |
| 前帯状皮質 | anterior cingulate cortex (ACC) | 帯状回の前部(BA 24/32)。葛藤検出・エラー監視を担う |
| 右下前頭回 | right inferior frontal gyrus (rIFG) | 反応抑制の中心的領域。ハイパー直接経路の起始部 |
| ソマティック・マーカー仮説 | somatic marker hypothesis | 身体的・情動的反応が意思決定を導くとするDamasio(1994)の理論 |
| アイオワ・ギャンブリング課題 | Iowa Gambling Task (IGT) | vmPFC損傷患者の意思決定障害を検出する課題(Bechara et al., 1994) |
| 葛藤監視理論 | conflict monitoring theory | ACCが反応間の葛藤を検出しdlPFCに制御信号を送るとする理論(Botvinick et al., 2001) |
| エラー関連陰性電位 | error-related negativity (ERN) | 誤反応後にACC由来で生じるERP成分。エラー検出過程を反映 |
| 保続 | perseveration | 状況変化に応じて行動を切り替えられず以前の反応を繰り返す現象 |
| ロストロ-カウダル勾配 | rostro-caudal gradient | 前頭前野内で前方ほど抽象的な制御を担うとする組織化原理 |
確認問題¶
Q1: Miyake et al.(2000)のモデルにおける実行機能の3成分(抑制、シフティング、更新)それぞれについて、定義と代表的な測定課題を述べ、「統一性と多様性」(unity and diversity)の意味を説明せよ。
A1: 抑制は優勢な反応や無関連情報を意図的に抑える能力であり、Stroop課題やストップシグナル課題で測定される。シフティングは課題間・心的構え間での注意の柔軟な切り替え能力であり、課題切り替えパラダイムやWCSTで測定される。更新は作業記憶内容の積極的な監視・修正であり、n-back課題やランニングスパン課題で測定される。「統一性」とは3成分が共通の基盤(common EF)を共有し相互に相関すること、「多様性」とは共通基盤を超えた各成分に固有の分散が存在することを指す。確認的因子分析では3因子モデルが1因子モデルより良好な適合を示し、各因子間に中程度の相関(r = .42〜.63)が認められたことがこの枠組みを支持する。Friedman & Miyake(2017)の行動遺伝学的研究では、共通EFは約99%の遺伝率を示し、抑制の固有分散が共通因子統制後にほぼゼロになることから、抑制が実行機能の共通基盤と大きく重複することが示された。
Q2: 前頭前野損傷による3つの症候群(背外側症候群、眼窩前頭症候群、内側前頭症候群)の主な損傷部位と症状を比較し、なぜ眼窩前頭症候群の患者が標準的な神経心理学的検査で障害が検出されにくい場合があるのか説明せよ。
A2: 背外側症候群はdlPFCの損傷で生じ、計画・組織化の障害、作業記憶の低下、認知的柔軟性の低下(WCSTでの保続的エラー)を主症状とする。眼窩前頭症候群はOFC/vmPFCの損傷で生じ、脱抑制、衝動性、社会的行動の障害、情動調節の障害を主症状とする。内側前頭症候群は内側前頭皮質・ACCの損傷で生じ、発動性の低下(アパシー)、自発的行動の減少を主症状とする。眼窩前頭症候群の患者が標準的な神経心理学的検査で障害が検出されにくいのは、WCSTや知能検査などの構造化された検査場面では検査者が外的構造(手順の指示、課題の枠組み)を提供するため、患者はその構造に従って遂行できるからである。眼窩前頭症候群の本質的障害は、外的構造がない日常生活場面における意思決定や情動的調節にあり、この乖離はvmPFCが担う機能(ソマティック・マーカーによる価値評価、社会的文脈に応じた行動調整)が構造化された検査では要求されにくいことを反映している。
Q3: ダマシオのソマティック・マーカー仮説の中心的主張を述べ、アイオワ・ギャンブリング課題においてvmPFC損傷患者と健常者が示す行動パターン及び生理的反応の違いを具体的に説明せよ。
A3: ソマティック・マーカー仮説は、過去の経験に基づく身体的・情動的反応(心拍の変化、皮膚電気反応など)が選択肢の価値を「標識」し、意思決定を無意識的に導くと主張する。vmPFCはこの身体信号と選択肢の連合の符号化・利用に中心的役割を果たす。IGTでは、健常者は課題の進行とともに長期的に不利なデッキ(A, B: 高利得だが高損失)を避け有利なデッキ(C, D: 低利得だが低損失)を選ぶようになる。さらに、不利なデッキに手を伸ばす前に皮膚電気反応(SCR)の上昇(予期的SCR)が生じ、この生理的反応は意識的な規則の発見に先行する。一方、vmPFC損傷患者は不利なデッキを選択し続け、予期的SCRを示さない。言語的にどのデッキが悪いかを報告できる場合でも行動的選択を修正できないことがあり、これは情動的シグナルによる意思決定の導きが欠如していることを示す。
Q4: 葛藤監視理論(Botvinick et al., 2001)におけるACCとdlPFCの役割分担を説明し、Stroop課題のfMRI研究結果と葛藤適応効果(Gratton効果)がこの理論をどのように支持するか論じよ。
A4: 葛藤監視理論によれば、ACCは情報処理における葛藤(競合する反応傾向の同時活性化の程度)を検出する監視機能を担い、dlPFCは検出された葛藤に応じて課題関連の処理経路を増強する認知的制御を実行する。ACCは制御そのものではなく制御の「必要性」を信号化する。Stroop課題のfMRI研究では、不一致条件(高葛藤条件: 色名読みと色命名が競合)でACCの活動が一致条件(低葛藤条件)より増大することが繰り返し示されており、ACCが葛藤を検出するという予測と一致する。葛藤適応効果(Gratton効果)は、高葛藤試行の直後の試行で葛藤効果が縮小する現象であり、fMRIではこの試行でdlPFCの活動増大が観察される。これは、ACCが先行試行で葛藤を検出してdlPFCに信号を送り、dlPFCが次の試行で認知的制御を増強した結果として解釈され、ACC-dlPFC間のフィードバックループという葛藤監視理論の核心的予測を支持する。
Q5: 前頭前野内部のロストロ-カウダル勾配とは何か説明し、この組織化原理が実行機能の階層的制御についてどのような示唆を与えるか論じよ。
A5: ロストロ-カウダル勾配とは、前頭前野内において前方(ロストロ側)の領域ほどより抽象的・高次の認知的制御を担い、後方(カウダル側)の領域ほどより具体的・低次の制御を担うとする組織化原理である。具体的には、運動前野が感覚運動的制御(刺激-反応連合)、後部dlPFCが文脈的制御(文脈依存的な反応選択)、前部dlPFCがエピソード的制御(時間的に離れた情報に基づく制御)、前頭極がブランチング制御(複数の下位目標の管理・統合)を担うとされる。この組織化原理は、実行機能が単一の処理として一括的に実行されるのではなく、抽象度の異なる複数のレベルが階層的にカスケード状に組織されていることを示唆する。より前方の領域がより高次の目標を維持し、それがより後方の領域での具体的な制御を方向づけるという上位-下位の制御構造が前頭前野内に実装されているのである。この知見は、Miyakeモデルの3成分が前頭前野のネットワークレベルでどのように実装されるかを理解する上でも重要な枠組みを提供する。