Module 3-1 - Section 5: 社会脳¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 3-1: 認知神経科学 |
| 前提セクション | Section 4(実行機能と前頭前野) |
| 想定学習時間 | 4時間 |
導入¶
ヒトは高度に社会的な種であり、他者の意図や感情を推測し、協力や競争を行い、複雑な社会的関係を維持する能力を持つ。この能力の神経基盤を解明する研究領域が社会神経科学(social neuroscience)である。本セクションでは、社会的認知を支える脳の仕組み---いわゆる「社会脳(social brain)」---を扱う。
Module 1-4(社会心理学)では、態度、帰属、集団行動などの社会的認知の行動レベルの理論を学んだ。また、Section 1(注意の神経基盤)で導入した側頭頭頂接合部(TPJ)は注意の再定位に関与する領域であったが、本セクションではTPJが心の理論(他者の心的状態の推測)にも重要な役割を果たすことを見る。さらに、Section 4(実行機能と前頭前野)で扱った内側前頭前野(mPFC)や腹内側前頭前野(vmPFC)が社会的認知に果たす役割についても詳述する。
本セクションの主要トピックは、(1) ミラーニューロンシステム、(2) 心の理論の神経基盤、(3) 共感の神経基盤、(4) デフォルトモードネットワークの4つである。これらは相互に関連しつつも、異なる神経回路により支えられる社会的認知の諸側面を構成する。
ミラーニューロンシステム¶
ミラーニューロンの発見¶
Key Concept: ミラーニューロン(mirror neuron) 自分がある行為(例: 物を掴む)を実行する際にも、他者が同じ行為を実行するのを観察する際にも発火するニューロン。ジャコモ・リッツォラッティ(Giacomo Rizzolatti)らのグループが1990年代にマカクザルの腹側運動前野(F5野)で発見した。
ミラーニューロンの発見は偶然の産物であった。リッツォラッティらは、マカクザルの腹側運動前野(F5野)のニューロンが目的指向的な手の運動(掴む、裂くなど)の実行時に発火することを研究していた。ところが、実験者が物を掴む動作をサルが観察しているだけの場面でも、同じニューロンが発火するという予想外の知見が得られた(di Pellegrino et al., 1992; Gallese et al., 1996; Rizzolatti et al., 1996)。
ミラーニューロンの主要な特性は以下の通りである。
- 行為の一致性: 実行と観察で同じカテゴリの行為に応答する(例: 掴む動作の実行時と、掴む動作の観察時の両方で発火する)
- 目標指向性: 単なる手の運動ではなく、目的を持った行為に対して選択的に応答する。対象物のない手の運動(パントマイム)には反応しないニューロンが多い
- 広義の一致と狭義の一致: 実行と観察で厳密に同じ運動パターンに応答する「狭義一致型」と、同じ目標を達成する異なる運動パターンにも応答する「広義一致型」がある
ヒトにおけるミラーニューロンシステム¶
ヒトにおいては、倫理的制約から単一ニューロン記録は通常困難であるため、fMRIや経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いた間接的証拠に基づく。ヒトの脳には、サルのミラーニューロンに機能的に対応するシステム---ミラーニューロンシステム(mirror neuron system; MNS)---が存在すると考えられている。
Key Concept: ミラーニューロンシステム(mirror neuron system; MNS) 行為の実行と観察の両方で活性化する脳領域のネットワーク。ヒトでは、下前頭回(inferior frontal gyrus; IFG、ブローカ野を含む)、腹側運動前野(ventral premotor cortex; PMv)、下頭頂小葉(inferior parietal lobule; IPL)を中核領域とする。
ヒトのMNSの中核領域は以下の通りである。
| 領域 | サルの対応領域 | 主な機能 |
|---|---|---|
| 下前頭回(IFG)/ 腹側運動前野(PMv) | F5野 | 行為の目標・意図の表象 |
| 下頭頂小葉(IPL)/ 頭頂間溝周辺 | PF/PFG野 | 行為の運動パターンの符号化 |
| 上側頭溝(STS)周辺 | STS | 生物学的運動の視覚分析(入力段階) |
fMRI研究のメタ分析(Molenberghs, Cunnington & Mattingley, 2012)は、行為の実行と観察の両方で一貫して活性化する領域として、IFG、PMv、IPL、背側運動前野(PMd)、上頭頂小葉の一部を同定した。
graph LR
subgraph "ミラーニューロンシステムの中核領域"
STS["上側頭溝(STS)<br/>生物学的運動の視覚分析"]
IPL["下頭頂小葉(IPL)<br/>運動パターンの符号化"]
IFG["下前頭回(IFG)/ PMv<br/>行為の目標・意図の表象"]
end
STS -->|視覚入力| IPL
IPL -->|運動情報| IFG
IFG -->|トップダウン予測| IPL
IPL -->|フィードバック| STS
ミラーニューロンの機能的意義と論争¶
リッツォラッティは、ミラーニューロンが「行為の理解」---すなわち、他者の行為の目標や意図を運動シミュレーションを通じて内的に再現することで理解するメカニズム---を提供すると主張した。この仮説は「直接マッチング仮説(direct matching hypothesis)」と呼ばれる。
しかし、ミラーニューロンの機能的意義については大きな論争が存在する。
支持する証拠: - Iacoboni et al.(2005)は、同じ「掴む」動作でも、文脈(飲むため vs 片付けるため)によってIFGの活動パターンが異なることをfMRIで示し、MNSが行為の意図の推測にも関与することを示唆した - TMS研究では、他者の手の運動を観察すると、観察者の一次運動野における対応する筋の運動誘発電位が増大することが示されている(Fadiga et al., 1995)
批判と限界: - ヒックコック(Gregory Hickok, 2009)は、ミラーニューロン仮説に対する8つの問題点を指摘した。特に、ブローカ野(IFG)の損傷は重度の失語症を引き起こすが、行為理解の重篤な障害は生じないという事実は、MNSが行為理解に「必要」であるという強い主張に対する反証となる - ミラーニューロンの活動は連合学習により獲得される可能性がある(Cook et al., 2014)。すなわち、ミラーニューロンは行為理解のために進化した特殊なシステムではなく、自己の行為と他者の行為の視覚的類似性を学習した結果として生じるヘブ学習(Hebbian learning)の産物である可能性がある - MNSの活動が行為理解の「原因」であるのか、行為理解の「結果」(既に理解した行為に対する自動的な運動共鳴)であるのかは解決されていない
現在の認知神経科学では、ミラーニューロンが行為理解の唯一のメカニズムであるという強い主張は支持されておらず、MNSは社会的認知を支える複数のシステムの一つとして位置づけられている。
心の理論の神経基盤¶
心の理論とメンタライジング¶
Key Concept: 心の理論(theory of mind; ToM) 他者が自分とは異なる信念、欲求、意図、知識を持つことを理解し、それに基づいて他者の行動を予測・説明する能力。プレマック(David Premack)とウッドラフ(Guy Woodruff, 1978)がチンパンジーの研究で提唱した概念であり、ウィマー(Heinz Wimmer)とパーナー(Josef Perner, 1983)が誤信念課題(false belief task)により実験的に操作可能にした。
心の理論は「メンタライジング(mentalizing)」とも呼ばれ、他者の心的状態(信念、欲求、意図、感情、知識)を帰属する認知能力を指す。Module 1-4(社会心理学)で扱った帰属理論が行動レベルの説明であったのに対し、ここではその神経基盤を解明する。
メンタライジングの実験パラダイムとしては、以下のものが用いられる。
- 誤信念課題(false belief task): 登場人物が誤った信念を持つ場面を提示し、その人物の行動を予測させる。例: サリーとアン課題
- 心的状態の帰属を要求する物語課題: 人物間のやりとりを記述した短い物語を読ませ、登場人物の心的状態について推論させる
- アニメーション課題: 幾何学図形(三角形など)がまるで意図を持っているかのように動くアニメーションを見せ、その動きを心的状態で記述させる(Heider & Simmel型課題の拡張)
メンタライジングネットワーク¶
fMRI研究の蓄積により、メンタライジング課題で一貫して活性化する脳領域のネットワーク---メンタライジングネットワーク(mentalizing network)---が同定されている。
Key Concept: メンタライジングネットワーク(mentalizing network) 他者の心的状態を推測する課題で一貫して活性化する脳領域群。内側前頭前野(mPFC)、側頭頭頂接合部(TPJ、特に右TPJ)、後部帯状皮質(PCC)/ 楔前部(precuneus)、上側頭溝(STS)後部、側頭極(temporal pole)を中核領域とする。
| 領域 | 主な機能 |
|---|---|
| 内側前頭前野(mPFC) | 自己と他者の心的状態の表象、社会的判断、自己参照処理 |
| 側頭頭頂接合部(TPJ) | 他者の信念の表象(特に誤信念)、自己と他者の視点の区別 |
| 後部帯状皮質(PCC)/ 楔前部 | エピソード記憶検索、自己関連情報の処理、場面想像 |
| 上側頭溝(STS)後部 | 生物学的運動の知覚、他者の行為から意図を推測 |
| 側頭極(temporal pole) | 社会的知識・スクリプトの貯蔵、意味的文脈の提供 |
graph TD
subgraph "メンタライジングネットワーク"
mPFC["内側前頭前野(mPFC)<br/>自己・他者の心的状態表象"]
TPJ["側頭頭頂接合部(TPJ)<br/>他者の信念・視点取得"]
PCC["後部帯状皮質(PCC)/<br/>楔前部(precuneus)"]
STS["上側頭溝(STS)後部<br/>意図の推測"]
TP["側頭極<br/>社会的知識"]
end
mPFC <--> TPJ
mPFC <--> PCC
TPJ <--> STS
TP --> mPFC
TP --> TPJ
TPJの役割: 信念の表象と自己-他者の区別¶
レベッカ・サックス(Rebecca Saxe)は、右TPJがメンタライジング、特に他者の信念の表象に選択的に関与することを一連のfMRI研究で示した。Saxe & Kanwisher(2003)は、メンタライジングを要求する物語と、メンタライジングを要求しない統制物語(物理的因果推論など)を比較し、右TPJが他者の信念に関する推論で選択的に活性化することを見出した。
重要なのは、TPJが単に「社会的」な処理全般に関与するのではなく、他者の表象(特に信念)と自己の表象を区別する過程に特異的に関与するという点である。Saxeの研究では、他者の外見や社会的地位についての判断(信念の帰属を必要としない社会的判断)ではTPJの活性化は見られず、信念や考えを帰属する条件でのみ活性化が認められた。
ただし、Section 1(注意の神経基盤)で述べた通り、TPJは腹側注意ネットワーク(VAN)の構成要素として注意の再定位にも関与する。このことは、TPJの機能的特異性について議論を生じさせた。Mitchell(2008)やDecety & Lamm(2007)は、TPJの活性化がメンタライジングに特異的ではなく、「自己の現在の表象とは異なる表象への再定位」というより一般的な計算を反映している可能性を指摘した。すなわち、注意の再定位(現在の注意焦点から新たな刺激位置への切り替え)と信念の帰属(自分の信念から他者の異なる信念への切り替え)は、いずれも「既存の表象からの切り替え」という共通の計算を要求するという見方である。
mPFCの役割: 自己参照と社会的判断¶
内側前頭前野(mPFC)は、メンタライジング課題に加えて、自己参照処理(self-referential processing)---自分自身の性格特性や嗜好について考える課題---でも一貫して活性化する。Mitchell, Macrae & Banaji(2006)は、自己についての判断と類似した他者についての判断でmPFCの重複した活性化が見られることを示し、他者の心的状態の理解が部分的に自己の心的状態のシミュレーションに依拠する可能性を提起した。
mPFCの機能は、背腹軸(dorsal-ventral axis)に沿って分化する傾向がある。
- 背内側前頭前野(dmPFC): 自分とは異なる他者の心的状態の推測(特に自分とは類似性の低い他者)、明示的なメンタライジング
- 腹内側前頭前野(vmPFC): 自己参照処理、自分に類似した他者の心的状態の推測、情動的評価
共感の神経基盤¶
共感の多次元性¶
Key Concept: 共感(empathy) 他者の感情状態を理解し、それに対して適切な感情的反応を生じる能力。認知的共感(cognitive empathy)と情動的共感(affective empathy / emotional empathy)に区分される。認知的共感は他者の感情状態を理解する能力であり心の理論と密接に関連する。情動的共感は他者の感情状態を自分自身の中に感じる(感情の共有)能力を指す。
共感は単一の心理過程ではなく、複数の構成要素からなる多次元的な現象である。ジャン・デセティ(Jean Decety)やタニア・シンガー(Tania Singer)らの枠組みに基づけば、共感は以下の構成要素に分解できる。
| 構成要素 | 内容 | 主な関連領域 |
|---|---|---|
| 情動的共感(感情の共有) | 他者の感情を観察して類似の感情を自分の中に経験する | 前部島皮質(AI)、前帯状皮質(ACC) |
| 認知的共感(視点取得) | 他者の感情状態を認知的に理解する | mPFC、TPJ(メンタライジングネットワーク) |
| 向社会的動機づけ(思いやり) | 他者の苦しみを軽減しようとする動機 | vmPFC、腹側線条体 |
graph TD
subgraph "共感の神経基盤"
AE["情動的共感<br/>(感情の共有)"]
CE["認知的共感<br/>(視点取得)"]
PM["向社会的動機づけ<br/>(思いやり)"]
end
subgraph "関連脳領域"
AI["前部島皮質(AI)"]
ACC["前帯状皮質(ACC)"]
mPFC2["mPFC / TPJ"]
vmPFC2["vmPFC / 腹側線条体"]
end
AE --> AI
AE --> ACC
CE --> mPFC2
PM --> vmPFC2
AE -->|感情状態の入力| CE
CE -->|状況の評価| PM
痛みの共感: 情動的共感の神経基盤¶
共感の神経基盤研究において画期的な知見を提供したのが、シンガー(Singer et al., 2004)の痛みの共感に関するfMRI研究である。この研究では、被験者自身が手に痛み刺激を受ける条件と、パートナー(恋人)が痛み刺激を受けるのを見る条件とを比較した。
結果は以下の通りであった。
- 自己の痛み: 体性感覚野(S1, S2)、前部島皮質(AI)、前帯状皮質(ACC)、中脳水道周囲灰白質(PAG)が活性化
- 他者の痛みの観察: AIとACCが活性化したが、S1やS2は活性化しなかった
Key Concept: 痛みマトリクス(pain matrix)と共感 痛みの処理には、感覚-弁別的成分(痛みの位置・強度の分析、S1/S2が担う)と情動-動機づけ的成分(痛みの不快さ・嫌悪感、AI/ACCが担う)がある。他者の痛みを観察する際には、情動-動機づけ的成分のみが共有され、感覚-弁別的成分は共有されない。これは、共感が「他者と全く同じ体験をする」ことではなく、他者の情動状態の選択的な再現であることを示す。
この知見は、共感が「他者の感覚そのものの完全な再現」ではなく、情動的成分の選択的な共有であることを神経レベルで示した点で重要である。
前部島皮質の役割¶
前部島皮質(anterior insula; AI)は、痛みの共感だけでなく、嫌悪、恐怖、不公正感など広範な情動状態の共感において活性化する。ヴィッカーズ(Wicker et al., 2003)は、自分が不快な匂いを嗅いだ場合と、他者が不快な匂いを嗅いでいる表情を観察した場合の両方でAIが活性化することを示した。
AIは内受容感覚(interoception)---心拍、呼吸、消化管の感覚など身体内部の状態の知覚---の主要な皮質表象領域でもある(Craig, 2009)。このことから、AIは自己の身体的・情動的状態の主観的経験の生成に中心的な役割を果たし、共感においてはこの自己感覚生成メカニズムが他者の状態の観察によって活性化されるという解釈が提案されている。
認知的共感と情動的共感の二重解離¶
共感の認知的成分と情動的成分が異なる神経基盤を持つことは、神経心理学的症例によっても支持される。
- 前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia; FTD) の行動障害型では、mPFCと側頭極の萎縮が顕著であり、認知的共感(他者の視点取得)の著明な障害が生じるが、情動的共感は相対的に保たれることがある
- サイコパシー(psychopathy) では、AIとACCの機能異常が報告されており、情動的共感(他者の苦痛に対する情動的反応)の欠如が中核的特徴であるが、認知的共感(他者の心的状態を理解する能力)は保たれるか、むしろ操作的に利用される
- 自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder; ASD) では、認知的共感(メンタライジング)に困難が見られるが、他者の情動的苦痛に対する情動的反応(情動的共感)は保たれることがある
この二重解離は、認知的共感と情動的共感が機能的にも解剖学的にも分離可能なシステムであることを支持する。
デフォルトモードネットワーク¶
デフォルトモードネットワークの発見¶
Key Concept: デフォルトモードネットワーク(default mode network; DMN) 外的課題に従事していない安静時(resting state)に活性化し、目標指向的な課題の実行時に活動が低下する脳領域のネットワーク。マーカス・レイクル(Marcus Raichle)らが命名した。mPFC、PCC/楔前部、TPJ/角回、側頭極、海馬形成体を主要構成要素とする。
レイクル(Raichle et al., 2001)は、PET研究のメタ分析において、受動的な安静状態と比較して認知課題の遂行中に「活動が低下する」領域群が存在することを体系的に報告した。この知見は当初意外なものであった---従来の研究は課題遂行中に活動が「増加する」領域に焦点を当てていたためである。レイクルはこの活動パターンを「デフォルトモード」と命名し、安静時にこのネットワークが脳のベースライン活動として機能していると提唱した。
その後、安静時fMRI(resting-state fMRI)により、DMNの構成領域が自発的なBOLD信号の変動において高い時間的相関を示す機能的結合(functional connectivity)を持つことが確認された(Greicius et al., 2003)。
DMNの構成と機能¶
DMNの主要な構成領域と、それぞれの機能的役割は以下の通りである。
| 領域 | 位置 | 主な関連機能 |
|---|---|---|
| 内側前頭前野(mPFC) | 前頭葉内側面 | 自己参照処理、社会的判断 |
| 後部帯状皮質(PCC)/ 楔前部 | 頭頂葉内側面 | エピソード記憶検索、場面想像、情報統合 |
| 角回 / TPJ | 側頭頭頂接合部周辺 | メンタライジング、意味処理 |
| 側頭極 | 側頭葉前端 | 社会的知識、意味記憶 |
| 海馬形成体 | 内側側頭葉 | エピソード記憶、未来の想像 |
graph TD
subgraph "デフォルトモードネットワーク(DMN)"
mPFC_d["内側前頭前野(mPFC)"]
PCC_d["後部帯状皮質(PCC)/<br/>楔前部"]
AG["角回 / TPJ"]
TP_d["側頭極"]
HF["海馬形成体"]
end
mPFC_d <-->|正中線構造の結合| PCC_d
PCC_d <-->|情報統合| AG
mPFC_d <--> AG
TP_d --> mPFC_d
HF <--> PCC_d
HF <--> mPFC_d
DMNとメンタライジングネットワークの重複¶
DMNの構成領域とメンタライジングネットワークの構成領域は著しく重複している。mPFC、TPJ/角回、PCC/楔前部、側頭極は両者に共通する。この重複から、スプレング(Spreng et al., 2009)やマーズ(Mars et al., 2012)らは、DMNの主要な機能の一つが社会的認知---特にメンタライジング---であるという仮説を提唱した。
マシュー・リーバーマン(Matthew Lieberman, 2013)は、DMNの安静時活動が「社会的認知のデフォルト」を反映しているという大胆な仮説を提唱した。すなわち、外的課題に従事していないとき、ヒトの脳は自動的に社会的世界のモデリング---他者の心的状態の推測、過去の社会的経験の想起、将来の社会的場面の想像---に従事する傾向があるという主張である。
この仮説を支持する知見として、以下が挙げられる。
- 安静時のDMN活動の大きさが、その後のメンタライジング課題の成績を予測する(Spunt et al., 2015)
- DMNは安静時のみならず、メンタライジング課題遂行中にも活性化する(課題関連の活性化)
- DMNの機能的結合の個人差が、社会的認知能力の個人差と相関する
DMNと自己投射¶
DMNは社会的認知のみならず、以下の認知過程にも関与する。
- エピソード記憶の検索: 過去の個人的経験を想起する
- 未来の想像(prospection): 将来の出来事を心的にシミュレーションする
- 空間的ナビゲーションの想像: 馴染みのある場所を心的に移動する
ダニエル・シャクター(Daniel Schacter)とドナ・アディス(Donna Addis, 2007)は、エピソード記憶の検索と未来の想像が共通の神経基盤(DMN)を持つことから、「構成的エピソードシミュレーション仮説(constructive episodic simulation hypothesis)」を提唱した。この仮説は、エピソード記憶システムの主要な機能が過去の忠実な再現ではなく、過去の経験の要素を柔軟に再結合して将来の出来事をシミュレーションすることにあると主張する。
バックナー(Buckner & Carroll, 2007)は、これらの多様な認知過程に共通する計算として「自己投射(self-projection)」---自分自身を現在の時空間的位置から離れた状況に投射する能力---を提案した。メンタライジング(他者の視点への投射)、エピソード記憶の想起(過去の時点への投射)、未来の想像(将来の時点への投射)は、いずれもこの自己投射の変種であり、DMNはその共通の神経基盤を提供するという見方である。
DMNと課題正ネットワークの拮抗関係¶
Key Concept: 課題正ネットワーク(task-positive network; TPN) 外的課題の遂行中に活性化し、安静時に活動が低下する脳領域群。背側注意ネットワーク(DAN)や前頭頭頂制御ネットワーク(frontoparietal control network)を含む。DMNとは負の相関(反相関; anticorrelation)を示す。
DMNと課題正ネットワーク(TPN)の間には、一方が活性化すると他方が抑制されるという拮抗関係が存在する(Fox et al., 2005)。この反相関は、内的指向的な処理(内省、心的想像、メンタライジング)と外的指向的な処理(注意、知覚、行為遂行)の間の動的な切り替えを反映すると考えられている。
stateDiagram-v2
[*] --> 内的処理
内的処理 --> 外的処理: 課題開始・外的刺激
外的処理 --> 内的処理: 課題終了・安静
state 内的処理 {
DMN活性化 --> TPN抑制
}
state 外的処理 {
TPN活性化 --> DMN抑制
}
この拮抗関係の破綻は、さまざまな精神疾患と関連することが報告されている。
- 統合失調症: DMNの安静時活性化の過剰と、課題遂行中のDMN抑制の不全が報告されている。これは内的表象と外的現実の区別の困難(幻覚や妄想)と関連する可能性がある
- うつ病: DMNの過活動(特にmPFCとPCC)が認められ、反芻的思考(rumination)と関連する
- ADHD: DMN-TPN間の拮抗関係が不安定であり、外的課題遂行中にDMNが十分に抑制されず注意散漫が生じる
まとめ¶
- ミラーニューロンシステム(MNS)はIFG/PMv、IPL、STSを中核とし、行為の実行と観察の両方で活性化する。リッツォラッティは行為理解のための直接マッチング仮説を提唱したが、MNSが行為理解の唯一のメカニズムであるという強い主張は、損傷研究や学習仮説の観点から批判されている。MNSは社会的認知の複数のシステムの一つとして位置づけられる。
- 心の理論(メンタライジング)の神経基盤として、mPFC、TPJ、PCC/楔前部、STS後部、側頭極からなるメンタライジングネットワークが同定されている。TPJは他者の信念の表象に、mPFCは自己参照処理と社会的判断に特に重要な役割を果たす。
- 共感は情動的共感(AI、ACCが中心)と認知的共感(メンタライジングネットワーク)に分離可能であり、これらは異なる神経基盤を持つ。Singerの痛みの共感研究は、他者の痛みの観察時に情動-動機づけ的成分のみが共有されることを示した。FTD、サイコパシー、ASDの症例は認知的共感と情動的共感の二重解離を支持する。
- デフォルトモードネットワーク(DMN)はmPFC、PCC/楔前部、TPJ/角回、側頭極、海馬形成体を構成要素とし、メンタライジングネットワークと著しく重複する。DMNの安静時活動は社会的認知のデフォルトを反映するという仮説が提唱されている。DMNはメンタライジングに加え、エピソード記憶、未来の想像、自己投射に関与し、課題正ネットワークと拮抗的に活動する。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| ミラーニューロン | mirror neuron | 自分が行為を実行する際と他者の同じ行為を観察する際の両方で発火するニューロン(Rizzolatti, 1990s) |
| ミラーニューロンシステム | mirror neuron system (MNS) | 行為の実行と観察の両方で活性化する脳領域のネットワーク。IFG/PMv、IPL、STS周辺を中核とする |
| 心の理論 | theory of mind (ToM) | 他者が自分とは異なる信念・欲求・意図を持つことを理解し、他者の行動を予測・説明する能力 |
| メンタライジング | mentalizing | 他者の心的状態(信念、欲求、意図、感情)を帰属する認知能力。心の理論とほぼ同義 |
| メンタライジングネットワーク | mentalizing network | mPFC、TPJ、PCC/楔前部、STS後部、側頭極からなる、メンタライジング課題で一貫して活性化する脳領域群 |
| 共感 | empathy | 他者の感情状態を理解し適切な感情的反応を生じる能力。認知的共感と情動的共感に区分される |
| 情動的共感 | affective empathy | 他者の感情状態を自分自身の中に感じる能力。AI、ACCが中心的神経基盤 |
| 認知的共感 | cognitive empathy | 他者の感情状態を認知的に理解する能力。メンタライジングネットワークが担う |
| 前部島皮質 | anterior insula (AI) | 内受容感覚の皮質表象領域であり、情動的共感において中心的な役割を果たす |
| デフォルトモードネットワーク | default mode network (DMN) | 安静時に活性化し課題遂行中に活動低下する脳ネットワーク。mPFC、PCC/楔前部、TPJ/角回、側頭極、海馬形成体を含む |
| 課題正ネットワーク | task-positive network (TPN) | 外的課題遂行中に活性化し安静時に活動低下するネットワーク。DMNと拮抗的に活動する |
| 自己投射 | self-projection | 自分自身を現在の時空間的位置から離れた状況に投射する能力(Buckner & Carroll, 2007) |
| 直接マッチング仮説 | direct matching hypothesis | 他者の行為を自己の運動表象に直接マッピングすることで行為を理解するとする仮説(Rizzolatti) |
| 痛みマトリクス | pain matrix | 痛みの処理に関与する脳領域のネットワーク。感覚-弁別的成分と情動-動機づけ的成分を含む |
確認問題¶
Q1: ミラーニューロンシステム(MNS)の中核領域を3つ挙げ、それぞれの機能を説明せよ。また、ミラーニューロンが行為理解の唯一のメカニズムであるという強い主張に対する主要な批判を2つ述べよ。
A1: MNSの中核領域は、(1) 下前頭回(IFG)/ 腹側運動前野(PMv)---行為の目標や意図の表象を担い、サルのF5野に対応する、(2) 下頭頂小葉(IPL)---行為の運動パターンの符号化を担う、(3) 上側頭溝(STS)周辺---生物学的運動の視覚分析を担い、MNSへの視覚入力段階として機能する。主要な批判として、第一に、IFG(ブローカ野を含む)の損傷は失語症を引き起こすが行為理解の重篤な障害は生じないという事実があり、MNSが行為理解に「必要」であるとする主張に対する反証となる(Hickok, 2009)。第二に、ミラーニューロンの活動は自己の行為と他者の行為の視覚的類似性の連合学習(ヘブ学習)の結果として生じるものであり、行為理解のために進化した特殊なシステムではない可能性がある(Cook et al., 2014)。
Q2: メンタライジングネットワークにおけるTPJとmPFCの機能的役割の違いを説明し、TPJの機能が注意の再定位(Section 1参照)とどのように関連しうるかを論じよ。
A2: TPJは他者の信念の表象、特に誤信念の帰属に選択的に関与する。Saxe & Kanwisher(2003)は、メンタライジングを要求しない社会的判断(他者の外見や地位の判断)ではTPJは活性化せず、信念帰属条件でのみ活性化することを示した。一方、mPFCは自己参照処理と社会的判断により広く関与し、自己と類似した他者の心的状態の推測では腹内側部(vmPFC)、自分と異なる他者の推測では背内側部(dmPFC)が活性化する傾向がある。TPJの注意再定位機能との関連については、Mitchell(2008)らが、TPJの活動は「自己の現在の表象とは異なる表象への再定位」という一般的な計算を反映する可能性を指摘した。注意の再定位(現在の注意焦点から新たな刺激位置への切り替え)と信念帰属(自分の信念から他者の異なる信念への切り替え)は、いずれも「既存の表象からの切り替え」を要求する点で共通しており、TPJがこの共通計算を担っている可能性がある。
Q3: Singer et al.(2004)の痛みの共感研究の実験デザインと主要な結果を説明し、その結果が共感のメカニズムについて何を示唆するか述べよ。
A3: Singer et al.(2004)は、被験者自身が手に痛み刺激を受ける条件と、パートナー(恋人)が痛み刺激を受けるのを観察する条件をfMRIで比較した。自己の痛み条件ではS1、S2(体性感覚野)、前部島皮質(AI)、前帯状皮質(ACC)などが活性化したが、他者の痛みの観察条件ではAIとACCのみが活性化し、S1やS2は活性化しなかった。痛みの処理には感覚-弁別的成分(S1/S2: 痛みの位置・強度の分析)と情動-動機づけ的成分(AI/ACC: 痛みの不快さ・嫌悪感)があるが、他者の痛みの観察時には情動-動機づけ的成分のみが共有される。この結果は、共感が他者と完全に同じ感覚体験を再現するものではなく、情動的成分の選択的な共有であることを神経レベルで示している。
Q4: デフォルトモードネットワーク(DMN)とメンタライジングネットワークの構成領域の重複を説明し、Lieberman(2013)の「社会的認知のデフォルト」仮説の内容とそれを支持する知見を述べよ。
A4: DMNの主要構成領域はmPFC、PCC/楔前部、TPJ/角回、側頭極、海馬形成体であり、このうちmPFC、TPJ/角回、PCC/楔前部、側頭極はメンタライジングネットワークとも共通する。Liebermanの仮説は、DMNの安静時活動が「社会的認知のデフォルト」を反映しているというものであり、外的課題に従事していないとき、ヒトの脳は自動的に社会的世界のモデリング(他者の心的状態の推測、過去の社会的経験の想起、将来の社会的場面の想像)に従事する傾向があると主張する。支持する知見として、(1) 安静時のDMN活動の大きさがその後のメンタライジング課題の成績を予測すること(Spunt et al., 2015)、(2) DMNがメンタライジング課題遂行中にも課題関連の活性化を示すこと、(3) DMNの機能的結合の個人差が社会的認知能力の個人差と相関することが挙げられる。
Q5: DMNと課題正ネットワーク(TPN)の拮抗関係を説明し、この拮抗関係の破綻が精神疾患とどのように関連するか、具体例を挙げて論じよ。
A5: DMNとTPNは一方が活性化すると他方が抑制されるという拮抗的な関係にあり、この反相関は内的指向的処理(内省、心的想像、メンタライジング)と外的指向的処理(注意、知覚、行為遂行)の動的な切り替えを反映する。この拮抗関係の破綻は複数の精神疾患と関連する。(1) 統合失調症ではDMNの安静時活性化の過剰と課題中のDMN抑制の不全が報告され、内的表象と外的現実の区別困難(幻覚・妄想)と関連する可能性がある。(2) うつ病ではDMN(特にmPFCとPCC)の過活動が認められ、反芻的思考と関連する。(3) ADHDではDMN-TPN間の拮抗関係が不安定であり、外的課題遂行中にDMNが十分に抑制されず注意散漫が生じるとされる。これらの知見は、DMN-TPN間の適切な拮抗的調整が精神的健康に重要であることを示している。