Module 3-3 - Section 1: ワークモチベーション¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 3-3: 産業・組織心理学 |
| 前提セクション | なし |
| 想定学習時間 | 5時間 |
導入¶
人はなぜ働くのか。そして、なぜある職場では高い意欲を持って働くのに、別の職場では意欲が減退するのか。ワークモチベーション(work motivation)は、産業・組織心理学の最も中核的なテーマの一つであり、職務行動を始発・方向づけ・維持・調整する心理的過程を対象とする。
Module 2-2, Section 4「動機づけ」では、動機づけの基礎理論---動因理論、内発的/外発的動機づけの区別、自己決定理論(SDT)、達成動機づけ、フロー理論---を学んだ。本セクションでは、それらの基礎的知見を職場場面に適用・発展させた理論群を扱う。具体的には、Herzbergの二要因理論、Adamsの公正理論、Vroomの期待理論、Hackman & Oldhamの職務特性モデル、そしてSDTの職場適用を順に検討する。
これらの理論は、それぞれ異なる側面からワークモチベーションを照射する。Herzbergは職務内容と職務環境の質的差異に着目し、Adamsは投入と成果の比較という社会的認知過程に、Vroomは個人の合理的な期待計算に、Hackman & Oldhamは職務そのものの構造的特性に焦点を当てた。SDTの職場適用は、基本的心理欲求の充足という普遍的メカニズムから職場の動機づけを統合的に理解する枠組みを提供する。
Herzbergの二要因理論¶
Key Concept: 二要因理論(Two-Factor Theory / Motivation-Hygiene Theory) Frederick Herzberg(1959)が提唱した理論。職務満足をもたらす要因(動機づけ要因)と、職務不満足を防止する要因(衛生要因)は質的に異なるとし、満足と不満足を単一の連続体ではなく独立した2次元として捉える。
理論の骨格¶
フレデリック・ハーズバーグ(Frederick Herzberg)は、ピッツバーグ地域の技師と会計士203名を対象とした面接調査(Herzberg, Mausner, & Snyderman, 1959)に基づき、職場における満足と不満足に関する画期的な主張を行った。調査では、仕事で特に満足を感じた出来事と特に不満足を感じた出来事を尋ねる臨界事象法(critical incident technique) が用いられた。
分析の結果、満足の原因として報告された要因と不満足の原因として報告された要因は、概ね異なるカテゴリに属していた。この知見からHerzbergは、職務満足と職務不満足は単一次元の両端ではなく、異なる要因によって規定される独立した2つの次元であると主張した。
動機づけ要因と衛生要因¶
| 分類 | 要因の例 | 機能 |
|---|---|---|
| 動機づけ要因(motivators) | 達成、承認、仕事そのもの、責任、昇進、成長 | 充足されると満足を生むが、欠如しても積極的な不満足にはならない |
| 衛生要因(hygiene factors) | 会社の方針、監督の質、給与、対人関係、作業条件 | 欠如すると不満足を生むが、充足されても積極的な満足にはならない |
Key Concept: 動機づけ要因(motivators) 仕事の内容に関わる要因(達成、承認、責任、成長の機会など)。充足されると積極的な職務満足と動機づけの向上をもたらす。
Key Concept: 衛生要因(hygiene factors) 仕事の文脈・環境に関わる要因(給与、作業条件、対人関係、会社の方針など)。不足すると不満足を生むが、十分に整備されても積極的な満足にはつながらない。「衛生」の名は、公衆衛生が病気を予防するが健康を増進するわけではないという比喩に由来する。
graph TD
subgraph mot ["動機づけ要因(職務内容)"]
M1["達成"]
M2["承認"]
M3["仕事そのもの"]
M4["責任"]
M5["成長・昇進"]
end
subgraph hyg ["衛生要因(職務環境)"]
H1["会社の方針・管理"]
H2["監督の質"]
H3["給与"]
H4["対人関係"]
H5["作業条件"]
end
mot -->|充足| SAT["職務満足"]
mot -->|欠如| NSAT["満足なし(不満足ではない)"]
hyg -->|欠如| DIS["職務不満足"]
hyg -->|充足| NDIS["不満足なし(満足ではない)"]
この理論の実践的含意は明快である。給与や作業環境の改善(衛生要因の充足)は不満足を解消するが、それだけでは積極的な動機づけにはつながらない。従業員の動機づけを高めるためには、仕事の内容そのもの---達成感、責任、成長の機会---を充実させる必要がある。Herzbergはこの原則に基づき、職務充実(job enrichment) を提唱した。職務充実とは、計画・実行・評価の裁量を拡大し、仕事の質的な豊かさを高める職務再設計の手法である。
批判と限界¶
二要因理論は直感的にわかりやすく実務界で広く受容されたが、学術的には多くの批判がある。
第一に、方法論的批判がある。Herzbergの知見は臨界事象法という特定の方法に依存しており、満足の原因を内的要因に、不満足の原因を外的要因に帰属するという帰属バイアス(自己奉仕バイアスと類似のメカニズム)が結果を歪めている可能性がある。実際、臨界事象法以外の測定法を用いた研究では、二要因構造が再現されないことが多い。
第二に、要因の交差が見られる。給与(衛生要因とされる)が達成の承認として機能し満足をもたらす場合や、仕事そのもの(動機づけ要因とされる)がストレス源となり不満足をもたらす場合がある。要因の分類は当初の主張ほど明確に分離できない。
第三に、個人差と文化差が考慮されていない。何が動機づけ要因として機能するかは、個人のパーソナリティ、キャリア段階、文化的背景によって異なりうる。
こうした限界にもかかわらず、二要因理論は「給与を上げれば動機づけが上がる」という素朴な仮定に対する重要な問題提起として、また職務充実の理論的基盤として、歴史的な意義を持つ。
公正理論¶
Key Concept: 公正理論(Equity Theory) J. Stacy Adams(1963, 1965)が提唱した理論。個人は自分の投入(input)と成果(outcome)の比率を準拠他者(comparison other)のそれと比較し、不公正を知覚すると緊張が生じ、公正を回復する方向に動機づけられるとする。
理論の構造¶
ジョン・ステイシー・アダムズ(J. Stacy Adams)の公正理論は、レオン・フェスティンガー(Leon Festinger)の社会的比較理論と認知的不協和理論を職場の動機づけに適用したものである。
公正理論の核心は以下の比率比較にある。
自分の成果 / 自分の投入 ≷ 他者の成果 / 他者の投入
ここで投入(input) とは、個人が仕事に投じる貢献---努力、時間、スキル、教育、経験など---を指し、成果(outcome) とは、仕事から得られる報酬---給与、昇進、承認、地位、やりがいなど---を指す。
比較の結果は3つの状態をもたらす。
| 状態 | 条件 | 心理的帰結 |
|---|---|---|
| 公正(equity) | 自分の比率 ≈ 他者の比率 | 均衡・満足 |
| 過小報酬の不公正(underpayment inequity) | 自分の比率 < 他者の比率 | 怒り・不満 |
| 過大報酬の不公正(overpayment inequity) | 自分の比率 > 他者の比率 | 罪悪感・居心地の悪さ |
graph LR
subgraph self ["自分"]
SI["投入: 努力・スキル・時間"] --> SR["成果: 給与・承認・地位"]
end
subgraph other ["準拠他者"]
OI["投入: 努力・スキル・時間"] --> OR["成果: 給与・承認・地位"]
end
SR -->|比率比較| CMP["公正判断"]
OR -->|比率比較| CMP
CMP -->|均衡| EQ["公正 → 満足・動機づけ維持"]
CMP -->|自分の比率 < 他者| UNDER["過小報酬 → 怒り・努力低下"]
CMP -->|自分の比率 > 他者| OVER["過大報酬 → 罪悪感・努力増加"]
不公正の解消方略¶
不公正を知覚した個人は、公正を回復するためにさまざまな方略をとる。Adamsは以下の方略を挙げた。
- 投入の変更: 過小報酬なら努力を減らし、過大報酬なら努力を増やす
- 成果の変更: 昇給や待遇改善を要求する、あるいは付加的な便益を引き出す
- 認知的歪曲: 自分の投入や成果の知覚を変える(「自分はそれほど努力していなかった」と考え直す)
- 準拠他者の変更: 比較対象を変える(自分に有利な比較ができる他者を選ぶ)
- 離職: 状況から離脱する
なお、研究知見は過小報酬の不公正の効果を一貫して支持するが、過大報酬の不公正の効果は不安定である。多くの場合、人は自分が多くもらいすぎていることに対してはさほど強い不快感を示さず、認知的歪曲によって容易に公正感を回復する傾向がある。
組織的公正への発展¶
Adamsの公正理論は分配的公正(distributive justice)---成果の配分が公正かどうか---に焦点を当てていたが、後続の研究はより広い枠組みへと発展した。
- 手続き的公正(procedural justice): 成果の配分を決定する手続きが公正かどうか(Thibaut & Walker, 1975; Leventhal, 1980)。一貫性、偏向の排除、正確性、修正可能性、代表性、倫理性の6基準が提唱されている。
- 相互作用的公正(interactional justice): 意思決定過程において個人がどのように扱われるか。さらに対人的公正(interpersonal justice)(尊厳と敬意をもって扱われるか)と情報的公正(informational justice)(決定の理由が十分に説明されるか)に下位区分される(Colquitt, 2001)。
これらの組織的公正(organizational justice)の諸次元は、職務満足、組織コミットメント、組織市民行動、離職意図など広範な職場態度・行動と関連することが、メタ分析によって確認されている(Colquitt, Conlon, Wesson, Porter, & Ng, 2001)。
期待理論¶
Key Concept: 期待理論(Expectancy Theory / VIE Theory) Victor H. Vroom(1964)が提唱した理論。個人の動機づけの強さは、努力がパフォーマンスにつながるという期待(E)、パフォーマンスが成果につながるという手段性(I)、成果の魅力(V)の積として決定されるとする。
VIEモデル¶
ヴィクター・ヴルーム(Victor H. Vroom, 1964)の期待理論は、ワークモチベーションを個人の認知的な期待計算として定式化した理論であり、職場の動機づけ理論のなかで最も形式化された枠組みの一つである。
期待理論は3つの認知的構成要素から成る。
- 期待(Expectancy; E): 努力すればパフォーマンスを達成できるという主観的確率(努力→業績の結びつき)。0〜1の範囲をとる。
- 手段性(Instrumentality; I): パフォーマンスが特定の成果(報酬など)をもたらすという知覚された関連性(業績→成果の結びつき)。−1〜+1の範囲をとる。
- 誘意性(Valence; V): 成果に対する個人的な魅力・価値。正の値(望ましい成果)にも負の値(望ましくない成果)にもなりうる。
動機づけの力は以下のように表現される。
動機づけの力(Motivational Force) = E × Σ(I × V)
すなわち、個人は「努力すれば成果を出せる」と信じ(高いE)、「成果を出せば望ましい報酬が得られる」と知覚し(高いI)、「その報酬は自分にとって魅力的である」と評価する(高いV)ときに、最も強く動機づけられる。3つの要素のいずれかがゼロまたは極めて低ければ、動機づけは生じない。
graph LR
EFF["努力"] -->|"期待 E<br/>(努力→業績)"| PERF["業績"]
PERF -->|"手段性 I<br/>(業績→成果)"| OUT["成果・報酬"]
OUT -->|"誘意性 V<br/>(成果の魅力)"| MOT["動機づけの力"]
style EFF fill:#e8f4fd
style PERF fill:#e8f4fd
style OUT fill:#e8f4fd
style MOT fill:#d4edda
実践的含意¶
期待理論の実践的含意は、動機づけの低下がどの要素の問題かを診断できる点にある。
| 問題の所在 | 症状の例 | 対策の方向性 |
|---|---|---|
| Eが低い | 「頑張っても成果は出せない」 | 能力開発、適切な目標設定、資源提供 |
| Iが低い | 「成果を出しても報われない」 | 業績と報酬の明確な連動、人事評価の透明性 |
| Vが低い | 「報酬に魅力を感じない」 | 個人のニーズに合った報酬の提供、選択肢の多様化 |
批判と限界¶
期待理論は理論的にエレガントだが、いくつかの限界がある。第一に、人間を合理的な期待計算者として仮定しているが、実際の意思決定は限定合理性(bounded rationality)のもとで行われ、ヒューリスティクスやバイアスの影響を受ける。第二に、VIEの3要素を独立に測定し、その積として動機づけを予測するモデルの経験的妥当性は、個々の要素と動機づけの相関に比べて高くない(Van Eerde & Thierry, 1996のメタ分析)。第三に、文化的要因が考慮されていない。個人主義的な成果-報酬連動を前提としており、集団主義的な文化圏での適用には注意が必要である。
それでも、期待理論は「なぜこの従業員のやる気が出ないのか」を分析する診断的枠組みとして、実務上きわめて有用であり続けている。
職務特性モデル¶
Key Concept: 職務特性モデル(Job Characteristics Model; JCM) J. Richard Hackman & Greg R. Oldham(1976, 1980)が提唱した理論。5つの中核的職務特性が3つの心理状態を媒介して、内発的動機づけ・職務満足・パフォーマンスなどの成果をもたらすとするモデル。
モデルの構造¶
リチャード・ハックマン(J. Richard Hackman)とグレッグ・オルダム(Greg R. Oldham)は、Herzbergの職務充実の考えを精緻化し、職務のどのような構造的特性が動機づけに影響するかを明示的にモデル化した。
JCMは、5つの中核的職務特性(core job characteristics) → 3つの重要な心理状態(critical psychological states) → 成果(outcomes) という因果連鎖を仮定し、さらにこの関係を調整する個人差変数を含む。
5つの中核的職務特性¶
- 技能多様性(skill variety): 職務の遂行にさまざまなスキルや能力が要求される程度
- タスク完結性(task identity): 仕事の全体像が見える程度、すなわち仕事の始めから終わりまでを一貫して担当できる程度
- タスク重要性(task significance): その仕事が他者の生活や仕事に対して持つ影響の大きさ
- 自律性(autonomy): 仕事の計画立案と遂行方法に関する裁量の程度
- フィードバック(feedback from the job): 仕事そのものから、パフォーマンスの有効性に関する直接的かつ明確な情報が得られる程度
3つの重要な心理状態¶
- 仕事の有意味感(experienced meaningfulness of work): 技能多様性・タスク完結性・タスク重要性から生じる
- 仕事の結果に対する責任感(experienced responsibility for outcomes): 自律性から生じる
- 結果の認識(knowledge of results): フィードバックから生じる
動機づけ潜在力指数¶
Hackman & Oldhamは、職務の動機づけ潜在力を数量化する動機づけ潜在力指数(Motivating Potential Score; MPS) を提唱した。
MPS = [(技能多様性 + タスク完結性 + タスク重要性) / 3] × 自律性 × フィードバック
この式は、技能多様性・タスク完結性・タスク重要性が相互に補完的(一つが低くても他で補える)であるのに対し、自律性とフィードバックは乗法的に作用する(いずれかがゼロに近ければMPS全体が低下する)ことを表現している。
graph LR
subgraph cjc ["中核的職務特性"]
SV["技能多様性"]
TI["タスク完結性"]
TS["タスク重要性"]
AU["自律性"]
FB["フィードバック"]
end
subgraph cps ["重要な心理状態"]
EM["仕事の有意味感"]
ER["結果に対する責任感"]
KR["結果の認識"]
end
subgraph out ["成果"]
IM["高い内発的動機づけ"]
JS["高い職務満足"]
WP["高い業績"]
LT["低い離職・欠勤"]
end
SV --> EM
TI --> EM
TS --> EM
AU --> ER
FB --> KR
EM --> IM
ER --> IM
KR --> IM
IM --> JS
IM --> WP
IM --> LT
調整変数¶
JCMでは、中核的職務特性が心理状態を経由して成果に至る経路は、以下の調整変数(moderators) によって強弱が変わるとされる。
- 成長欲求の強さ(Growth Need Strength; GNS): 個人の自己成長への欲求が高いほど、職務特性と成果の関連が強くなる
- 知識・スキル: 職務遂行に必要な能力を有していること
- 文脈的満足(context satisfaction): 給与や職場環境など衛生要因への基本的満足
GNSが低い従業員に対しては、職務を充実させても動機づけの向上が限定的である可能性をJCMは予測する。
経験的知見と批判¶
JCMは数多くの研究で検証されてきた。Fried & Ferris(1987)のメタ分析は、5つの中核的職務特性と職務満足・内発的動機づけ・業績との間に中程度の正の相関を確認し、モデルの基本的な妥当性を支持した。ただし、3つの心理状態の媒介効果については、直接効果を上回る媒介効果が一貫して確認されているわけではない。また、MPSの乗法的な定式化よりも、5特性の単純な加算モデルのほうが予測力が高いという知見もある。
5つの特性の弁別妥当性についても議論がある。例えば、技能多様性・タスク完結性・タスク重要性は互いに高く相関し、独立した次元として明確に識別されない場合がある。
こうした限界にもかかわらず、JCMは職務設計の理論的基盤として最も影響力のあるモデルの一つであり続けており、後述するSDTの職場適用とも概念的に接続する。自律性が仕事の結果への責任感を生み動機づけを高めるというJCMの主張は、SDTにおける自律性欲求の充足と動機づけの関係と整合的である。
自己決定理論の職場適用¶
Module 2-2, Section 4で学んだ自己決定理論(SDT)は、もともと教育やスポーツ場面を中心に発展したが、近年では職場場面への適用が精力的に進められている。SDTの職場適用に関する研究は、Gagné & Deci(2005)の統合的レビューを嚆矢として、大量の経験的知見が蓄積されてきた。
基本的心理欲求と職場の成果¶
SDTの中核的主張---自律性(autonomy)、有能感(competence)、関係性(relatedness)の3つの基本的心理欲求の充足が自律的動機づけとウェルビーイングを促進する---は、職場場面でも広範に支持されている。
| 基本的心理欲求 | 職場での充足要因の例 | 阻害要因の例 |
|---|---|---|
| 自律性 | 裁量の付与、選択肢の提供、マイクロマネジメントの回避 | 過度な監視、厳格なルール、統制的な管理 |
| 有能感 | 適切な挑戦水準、建設的フィードバック、スキル開発の機会 | 過大な要求、否定的評価のみ、成長機会の欠如 |
| 関係性 | 支援的な同僚・上司関係、チームの一体感 | 孤立、競争的な風土、排他的な人間関係 |
Van den Broeck, Ferris, Chang, & Rosen(2016)のメタ分析は、3欲求の充足が職務満足(ρ = .59)、ワーク・エンゲージメント(ρ = .47)、組織コミットメント(ρ = .42)と正の関連を持ち、バーンアウト(ρ = −.41)や離職意図(ρ = −.36)と負の関連を持つことを示した。
有機的統合理論(OIT)の職場適用¶
SDTのミニ理論の一つである有機的統合理論(OIT)が記述する動機づけの連続体(→ Module 2-2, Section 4参照)は、職場場面においてとりわけ重要な含意を持つ。すべての職務が内発的に楽しいわけではないため、外発的動機づけの質的差異が職場行動を左右する。
Gagné & Deci(2005)は、外発的動機づけの中でもより自律的な形態(同一視的調整・統合的調整)が、パフォーマンス、職務満足、組織市民行動、ウェルビーイングにおいてより良い成果をもたらすことを論じた。例えば、「この仕事は重要だと心から思うから取り組む」(同一視的調整)と「評価が下がるのが怖いからやる」(外的調整)では、同じ行動でもその質と持続性が根本的に異なる。
自律性支援的マネジメント¶
SDTの職場適用において最も実践的な概念が、自律性支援的マネジメント(autonomy-supportive management) である。これは、上司が部下の視点を理解しようとし、選択肢を提供し、有意味な根拠説明を行い、統制的な言語の使用を避けるマネジメントスタイルを指す。
自律性支援的マネジメントは、以下のような行動によって実現される。
- 部下の視点を取り入れる(perspective taking)
- 仕事のやり方に関する選択肢を提供する
- 「なぜこの仕事が重要か」の根拠を説明する
- 統制的な言語(「〜しなければならない」「〜すべきだ」)を最小化する
- 建設的なフィードバックを提供する
その対極にある統制的マネジメント(controlling management) ---指示・命令型のスタイル、マイクロマネジメント、外的な賞罰への依存---は、基本的心理欲求を阻害し、自律的動機づけを損ない、ウェルビーイングを低下させる。
SDTと他の理論との統合¶
SDTの職場適用は、本セクションで扱った他の理論との統合的理解を可能にする。
JCMの自律性は、SDTの自律性欲求と概念的に重なる。JCMのフィードバックは有能感の充足に寄与し、タスク重要性は同一視的調整(仕事の価値の内在化)を促進する。Herzbergの動機づけ要因(達成、承認、仕事そのもの、責任、成長)は、SDTの3欲求を充足する要因群と大きく重なる。衛生要因の充足は直接的に動機づけを高めないが、欠如は基本的心理欲求の阻害を通じて不満足を生む、と再解釈できる。
公正理論の知見もSDTの枠組みで理解できる。不公正の知覚は、自律性(自分の貢献が正当に評価されていないという統制感の喪失)と関係性(対人的公正の侵害)を損ない、自律的動機づけを低下させる。
graph TD
subgraph sdt ["SDT: 基本的心理欲求"]
AUT["自律性"]
COM["有能感"]
REL["関係性"]
end
subgraph theories ["各理論との対応"]
JCM_A["JCM: 自律性"]
JCM_F["JCM: フィードバック"]
JCM_S["JCM: タスク重要性"]
HZ_M["Herzberg: 動機づけ要因"]
EQ["公正理論: 手続き的・対人的公正"]
end
JCM_A --> AUT
JCM_F --> COM
JCM_S -->|"内在化促進"| AUT
HZ_M --> AUT
HZ_M --> COM
EQ --> AUT
EQ --> REL
AUT --> MOT["自律的動機づけ"]
COM --> MOT
REL --> MOT
MOT --> OUT["職務満足・パフォーマンス・ウェルビーイング"]
まとめ¶
- Herzbergの二要因理論は、職務満足と職務不満足が異なる要因によって規定される独立した次元であると主張し、動機づけには職務内容の充実(動機づけ要因)が必要であることを示した。ただし方法論的限界がある
- Adamsの公正理論は、投入-成果比率の社会的比較を通じた公正判断が動機づけに影響することを示し、分配的・手続き的・相互作用的公正へと発展した
- Vroomの期待理論は、動機づけを期待(E)×手段性(I)×誘意性(V)の認知的計算として定式化し、動機づけ低下の診断的枠組みを提供する
- Hackman & Oldhamの職務特性モデルは、5つの中核的職務特性が心理状態を媒介して動機づけ・満足・パフォーマンスに影響するメカニズムを明示化した
- SDTの職場適用は、自律性・有能感・関係性の基本的心理欲求の充足が自律的動機づけと望ましい職場成果を促進することを示し、他の理論群を統合する枠組みを提供する
- 次セクション(Section 2「リーダーシップ」)では、組織における影響過程としてのリーダーシップの主要理論を検討する
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| ワークモチベーション | work motivation | 職務行動を始発・方向づけ・維持・調整する心理的過程 |
| 二要因理論 | Two-Factor Theory | 職務満足と不満足が異なる要因で規定されるとするHerzbergの理論 |
| 動機づけ要因 | motivators | 仕事内容に関わり、充足されると満足を生む要因 |
| 衛生要因 | hygiene factors | 仕事環境に関わり、欠如すると不満足を生む要因 |
| 職務充実 | job enrichment | 仕事の質的豊かさを高める職務再設計の手法 |
| 公正理論 | Equity Theory | 投入-成果比率の社会的比較に基づく動機づけ理論(Adams) |
| 分配的公正 | distributive justice | 成果の配分が公正かどうかに関する判断 |
| 手続き的公正 | procedural justice | 配分を決定する手続きが公正かどうかに関する判断 |
| 相互作用的公正 | interactional justice | 意思決定過程での個人の扱われ方に関する判断 |
| 期待理論 | Expectancy Theory | 動機づけをE×I×Vの認知的計算として定式化した理論(Vroom) |
| 期待 | expectancy (E) | 努力がパフォーマンスにつながるという主観的確率 |
| 手段性 | instrumentality (I) | パフォーマンスが成果につながるという知覚された関連性 |
| 誘意性 | valence (V) | 成果に対する個人的な魅力・価値 |
| 職務特性モデル | Job Characteristics Model (JCM) | 5つの中核的職務特性が動機づけに影響するモデル(Hackman & Oldham) |
| 技能多様性 | skill variety | 職務に多様なスキルが要求される程度 |
| タスク完結性 | task identity | 仕事の全体像を一貫して担当できる程度 |
| タスク重要性 | task significance | 仕事が他者に与える影響の大きさ |
| 動機づけ潜在力指数 | Motivating Potential Score (MPS) | 5つの職務特性から算出される職務の動機づけ潜在力の指数 |
| 成長欲求の強さ | Growth Need Strength (GNS) | 自己成長への欲求の個人差。JCMの調整変数 |
| 自律性支援的マネジメント | autonomy-supportive management | 部下の自律性を支援するマネジメントスタイル(SDTに基づく) |
確認問題¶
Q1: Herzbergの二要因理論において、給与の増額が従業員の積極的な動機づけ向上に直結しにくい理由を、動機づけ要因と衛生要因の概念を用いて説明せよ。また、この理論に対する方法論的批判を一つ述べよ。
A1: 二要因理論では、給与は衛生要因に分類される。衛生要因は欠如すると不満足を生むが、充足されても積極的な満足(動機づけの向上)にはつながらない。給与の増額は不満足の解消には有効だが、積極的な動機づけを高めるためには、達成感・承認・仕事そのものの面白さ・責任・成長といった動機づけ要因の充実が必要である。方法論的批判としては、Herzbergが用いた臨界事象法が帰属バイアスの影響を受けやすいことが挙げられる。人は成功体験の原因を自己の内的要因(動機づけ要因に対応)に帰属し、不快な体験の原因を外的環境要因(衛生要因に対応)に帰属する傾向があるため、二要因構造はこのバイアスの人工物である可能性がある。
Q2: ある従業員が「自分は同僚より多く働いているのに、給与が同じだ」と感じている場合、Adamsの公正理論に基づいて、この従業員がとりうる行動を3つ挙げ、それぞれがどのようなメカニズムで公正感を回復するか説明せよ。
A2: この従業員は過小報酬の不公正を知覚している(自分の投入/成果比率 > 他者の投入/成果比率)。公正回復の行動として以下が考えられる。(1) 投入の変更(努力を減らす): 自分の投入を減らすことで投入/成果比率を他者のそれに近づける。(2) 成果の変更(昇給を要求する): 成果を増やすことで比率を均衡させる。(3) 認知的歪曲(「同僚は見えないところで多く貢献している」と再解釈する): 他者の投入に対する知覚を上方修正することで、比率の不均衡を認知的に解消する。いずれも投入-成果比率の均衡を回復させることで不公正に伴う心理的緊張を低減する。
Q3: Vroomの期待理論を用いて、ある従業員の動機づけが低い原因を3つの構成要素(E, I, V)のそれぞれの観点から診断するフレームワークを示し、各要素が低い場合にどのような介入が考えられるか述べよ。
A3: 期待理論では動機づけ = E × Σ(I × V) である。(1) 期待(E)が低い場合: 「頑張ってもうまくいかない」と感じている。原因として能力不足、資源不足、目標の非現実性が考えられ、介入としてはトレーニング、適切な資源配分、達成可能な中間目標の設定がある。(2) 手段性(I)が低い場合: 「良い成果を出しても報酬につながらない」と感じている。原因として不透明な評価制度、評価と報酬の乖離が考えられ、介入としては業績評価と報酬の明確なリンク、フィードバックの充実がある。(3) 誘意性(V)が低い場合: 「用意されている報酬に魅力を感じない」状態。原因として報酬体系が個人のニーズと不一致であることが考えられ、介入としてはカフェテリアプラン(選択型福利厚生)、キャリア開発機会、非金銭的報酬の充実がある。
Q4: Hackman & Oldhamの職務特性モデルにおいて、自律性とフィードバックがMPS(動機づけ潜在力指数)の計算式で乗法的に扱われている理由を、3つの心理状態の媒介メカニズムと関連づけて説明せよ。
A4: MPSの式は [(技能多様性+タスク完結性+タスク重要性)/3] × 自律性 × フィードバック である。自律性は「仕事の結果に対する責任感」を、フィードバックは「結果の認識」を、それぞれ独立に生み出す。3つの心理状態(有意味感・責任感・結果の認識)はすべてが揃って初めて内発的動機づけが生じるとJCMは仮定する。技能多様性・タスク完結性・タスク重要性は共同で「有意味感」という一つの心理状態に寄与するため加算的(一つが低くても他で補える)だが、自律性とフィードバックはそれぞれ異なる心理状態を生み出す不可欠な要素であるため乗法的に扱われる。いずれかがゼロであれば、対応する心理状態が欠如し、3状態の連鎖が途切れるため動機づけ全体が低下する。
Q5: SDTの職場適用において「自律性支援的マネジメント」が有効とされる理由を、SDTの基本的心理欲求の枠組みから説明せよ。また、JCMの自律性の概念とSDTの自律性欲求の概念を比較し、共通点と相違点を述べよ。
A5: SDTによれば、人間は自律性・有能感・関係性の3つの基本的心理欲求を持ち、これらの充足が自律的動機づけとウェルビーイングを促進する。自律性支援的マネジメントは、選択肢の提供や統制的言語の回避を通じて自律性欲求を充足し、建設的フィードバックを通じて有能感を支え、部下の視点を理解しようとする姿勢を通じて関係性を育む。これにより外発的動機づけの内在化(外的調整→同一視的調整→統合的調整)が促進され、仕事への主体的な関与が高まる。JCMの自律性とSDTの自律性欲求の共通点は、いずれも職務遂行における裁量・自己決定が動機づけにとって重要であると主張する点である。相違点は、JCMの自律性が職務の客観的・構造的特性(計画と遂行方法に関する裁量の程度)として定義されるのに対し、SDTの自律性欲求は「自分が行動の起点である」という主観的な心理的経験を指す点にある。構造的な裁量が高くても統制的なマネジメントのもとでは自律性欲求が充足されない場合があり、逆に裁量が限られていても仕事の意義の説明や意見の尊重を通じて自律性欲求が部分的に充足されうる。