Module 3-3 - Section 3: 職場のストレスと健康¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 3-3: 産業・組織心理学 |
| 前提セクション | Section 1(ワークモチベーション) |
| 想定学習時間 | 4時間 |
導入¶
Section 1ではワークモチベーションの主要理論---Herzbergの二要因理論、Adamsの公正理論、Vroomの期待理論、Hackman & Oldhamの職務特性モデル(JCM)、SDTの職場適用---を検討した。これらの理論は「何が人を働かせるか」という問いに応答するものであったが、本セクションでは「仕事が人をどのように蝕むか」という反対側の問いに焦点を当てる。
職場のストレスと健康は、産業・組織心理学において動機づけと並ぶ中核的研究領域である。労働者の心身の健康は、個人のウェルビーイングのみならず、組織の生産性・安全性・持続可能性に直結する。世界保健機関(WHO)は、バーンアウト(燃え尽き症候群)を「慢性的な職場ストレスが適切に管理されなかった結果として生じる症候群」と位置づけ(ICD-11, 2019)、職場のメンタルヘルスを公衆衛生上の重要課題として認識している。
本セクションでは、職場ストレスの主要な理論モデル---Karasekの要求-コントロールモデル、Siegristの努力-報酬不均衡モデル---を検討し、次にバーンアウトの概念と測定に関するMaslachの研究を扱い、最後にワーク・ライフ・バランスの理論的枠組みを概観する。これらは、Section 1で学んだ動機づけ理論と表裏一体の関係にある。JCMにおける自律性やSDTにおける基本的心理欲求の充足が動機づけとウェルビーイングを促進するのに対し、それらの欠如や阻害はストレス反応とバーンアウトの温床となる。
職業性ストレスの基本的枠組み¶
職業性ストレス(occupational stress)の研究は、ハンス・セリエ(Hans Selye)の汎適応症候群(GAS)やリチャード・ラザルス(Richard Lazarus)のトランザクショナルモデル(→ Module 2-2参照)を基盤としつつ、職場環境に特有のストレス要因とその健康影響を体系化してきた。
Key Concept: 職業性ストレス(occupational stress) 職務上の要求が個人の資源や対処能力を超過する、あるいはそのように知覚される状態。心理的、生理的、行動的なストレス反応を引き起こし、長期化すると心身の健康障害につながる。
職場におけるストレス要因(stressors)は、以下のように分類される。
| カテゴリ | 具体例 |
|---|---|
| 職務内容要因 | 過重な作業量、時間的プレッシャー、単調な作業、役割の曖昧さ・葛藤 |
| 組織的要因 | 不公正な処遇、組織変革への不安、雇用の不安定さ |
| 対人関係要因 | 上司・同僚との対立、ハラスメント、社会的孤立 |
| キャリア要因 | 昇進機会の欠如、スキルの陳腐化、キャリアの停滞 |
| 物理的環境要因 | 騒音、温度、危険な作業環境 |
以下では、これらのストレス要因がどのようなメカニズムで健康に影響するかを説明する二つの主要な理論モデルを検討する。
要求-コントロールモデル¶
Key Concept: 要求-コントロールモデル(Job Demand-Control Model; JDC Model) Robert Karasek(1979)が提唱した職業性ストレスの理論モデル。職務上の心理的要求(demands)と、職務遂行における意思決定の裁量(control / decision latitude)の二次元の組み合わせによって、ストレスと健康への影響が決まるとする。
理論の構造¶
ロバート・カラセク(Robert Karasek)は、それまでのストレス研究が要求の高さのみに着目していたのに対し、個人が職務遂行において行使できるコントロール(裁量)の水準を第二の次元として導入した(Karasek, 1979)。
このモデルでは、心理的要求(psychological demands)---仕事の量、時間的プレッシャー、精神的負荷の程度---と、意思決定の裁量(decision latitude)---職務遂行の方法に関する自由度(decision authority)と職務に求められるスキルの多様性(skill discretion)---の2次元を交差させることで、4つの職務タイプを識別する。
quadrantChart
title 要求-コントロールモデルの4象限
x-axis "低コントロール" --> "高コントロール"
y-axis "低要求" --> "高要求"
quadrant-1 "能動的職務(Active)"
quadrant-2 "高ストレイン職務(High Strain)"
quadrant-3 "受動的職務(Passive)"
quadrant-4 "低ストレイン職務(Low Strain)"
| 職務タイプ | 要求 | コントロール | 特徴・帰結 |
|---|---|---|---|
| 高ストレイン職務(high strain) | 高 | 低 | 最も健康リスクが高い。心血管疾患、精神的不調のリスク増大 |
| 能動的職務(active) | 高 | 高 | 要求は高いが裁量も大きい。学習・成長の促進、適度なストレス |
| 低ストレイン職務(low strain) | 低 | 高 | ストレスは低く、健康リスクも低い |
| 受動的職務(passive) | 低 | 低 | 学習意欲の低下、スキルの萎縮、学習性無力感のリスク |
二つの仮説¶
このモデルからは二つの中心的仮説が導出される。
ストレイン仮説(strain hypothesis): 高要求かつ低コントロールの組み合わせ(高ストレイン職務)が、最も大きな心理的ストレイン(疲労、不安、抑うつ)と身体的健康問題(心血管疾患など)をもたらす。
学習仮説(learning hypothesis): 高要求かつ高コントロールの組み合わせ(能動的職務)は、新たなスキルの獲得と自己効力感の発達を促進する。
ストレイン仮説は、Section 1で学んだJCMの知見と密接に関連する。JCMでは自律性が「仕事の結果に対する責任感」を生み内発的動機づけを高めるとされたが、要求-コントロールモデルでは自律性(コントロール)の欠如がストレスの増大と健康障害をもたらすとする。動機づけの促進とストレスの緩和は、同じ職務特性(自律性/コントロール)のコインの裏表である。
社会的支援の拡張: JDCSモデル¶
ジェフリー・ジョンソン(Jeffrey Johnson)とエレン・ホール(Ellen Hall)は、要求-コントロールモデルに社会的支援(social support)の次元を追加した拡張モデルを提唱した(Johnson & Hall, 1988)。この要求-コントロール-支援モデル(Job Demand-Control-Support Model; JDCS Model) では、高要求・低コントロール・低支援の組み合わせ(等緊張隔離職務; iso-strain job)が最も健康リスクの高い状態とされる。
社会的支援は、上司からの支援(道具的支援・情緒的支援)と同僚からの支援に区別される。社会的支援はストレス要因の直接的な低減(主効果)と、ストレス要因が健康に及ぼす影響の緩衝(緩衝効果)の両方の経路で作用する。
graph TD
DEM["心理的要求(高)"] --> STRAIN["ストレイン(心身の不調)"]
CON["コントロール(低)"] --> STRAIN
SUP["社会的支援(低)"] --> STRAIN
DEM -->|"緩衝"| CON_BUF["コントロールが要求の影響を緩衝"]
DEM -->|"緩衝"| SUP_BUF["支援が要求の影響を緩衝"]
CON_BUF -.->|"軽減"| STRAIN
SUP_BUF -.->|"軽減"| STRAIN
STRAIN --> PSY["心理的帰結: 不安・抑うつ・バーンアウト"]
STRAIN --> PHY["身体的帰結: 心血管疾患・筋骨格系障害"]
STRAIN --> BEH["行動的帰結: 欠勤・離職・事故"]
経験的知見と批判¶
要求-コントロールモデルの経験的支持は、特にストレイン仮説について相当に蓄積されている。Kivimäki et al.(2006)の系統的レビューとメタ分析は、高ストレイン職務が冠動脈性心疾患のリスクを有意に高めることを報告した。また、高ストレイン職務は抑うつ、不安障害、バーンアウトのリスクとも関連する。
一方、いくつかの批判がある。第一に、要求とコントロールの交互作用効果(コントロールが要求の健康影響を緩衝するという仮説)は一貫して支持されておらず、主効果(高要求→不健康、低コントロール→不健康)のみが確認される研究が多い。第二に、モデルは職務特性の客観的側面に焦点を当てるが、個人の認知的評価(Lazarusのトランザクショナルモデルが重視する要素)が十分に組み込まれていない。第三に、「要求」と「コントロール」の概念がやや広範であり、異なる種類の要求(量的 vs. 質的、認知的 vs. 情緒的)やコントロール(課題裁量 vs. スケジュール裁量)を区別できていない。
努力-報酬不均衡モデル¶
Key Concept: 努力-報酬不均衡モデル(Effort-Reward Imbalance Model; ERI Model) Johannes Siegrist(1996)が提唱した職業性ストレスの理論モデル。職務上で費やす努力(effort)と、それに対して受け取る報酬(reward)の不均衡が、持続的なストレス反応と健康障害を引き起こすとする。
理論の構造¶
ヨハネス・ジークリスト(Johannes Siegrist)の努力-報酬不均衡モデル(ERI Model)は、要求-コントロールモデルとは異なる視角から職業性ストレスを捉える。Karasekモデルが職務の構造的特性(要求とコントロール)に焦点を当てたのに対し、ERIモデルは社会的交換(social exchange)の観点から、努力と報酬の互恵性(reciprocity)の侵害をストレスの核心に置く。
ERIモデルの構成要素は以下の通りである。
努力(effort): 職務上の要求に応えるために費やされる労力。外的要因(仕事の量的・質的要求、時間的プレッシャー)と内的要因(後述するオーバーコミットメント)からなる。
報酬(reward): 努力に対して社会的に提供される3種類の報酬。 1. 金銭的報酬(money): 給与、賞与 2. 尊重・承認(esteem): 上司・同僚からの承認、正当な評価 3. キャリアの安定・機会(status control): 雇用の安定、昇進の見通し、地位にふさわしい処遇
高い努力にもかかわらず報酬が不十分である状態(努力-報酬不均衡)は、互恵性の規範への違反であり、強い否定的情動(怒り、不満、無力感)と持続的なストレス反応を惹起する。
graph LR
subgraph effort ["努力(Effort)"]
E_EXT["外的要因: 仕事の要求・プレッシャー"]
E_INT["内的要因: オーバーコミットメント"]
end
subgraph reward ["報酬(Reward)"]
R1["金銭的報酬"]
R2["尊重・承認"]
R3["キャリアの安定・機会"]
end
effort -->|"高努力"| BAL{"努力 ≫ 報酬?"}
reward -->|"低報酬"| BAL
BAL -->|"不均衡"| STRESS["持続的ストレス反応"]
BAL -->|"均衡"| WELL["健康・ウェルビーイング"]
STRESS --> DIS["健康障害: 心血管疾患・抑うつ・バーンアウト"]
オーバーコミットメント¶
ERIモデルの重要な特徴は、オーバーコミットメント(overcommitment)という個人特性変数を組み込んでいる点である。
Key Concept: オーバーコミットメント(overcommitment) 承認と報酬への過度な欲求に駆動されて、職務上の要求に過剰に関与する個人的傾向。ERIモデルにおいて、努力-報酬不均衡のストレス影響を増幅する調整変数として位置づけられる。
オーバーコミットメントの高い個人は、承認への強い欲求、仕事からの心理的切り離しの困難、要求への過剰な没頭を特徴とする。こうした個人は客観的には報酬に見合わない水準の努力を投入し続けるため、努力-報酬不均衡に陥りやすく、またその不均衡の健康影響をより強く受ける。
Adamsの公正理論との関連¶
ERIモデルは、Section 1で学んだAdamsの公正理論と理論的に接続する。公正理論は投入-成果比率の社会的比較を通じた動機づけへの影響を扱ったが、ERIモデルは努力-報酬比率の不均衡が健康に及ぼす影響を扱う。両理論は「費やしたものに対して得られるものが見合っていない」という互恵性の侵害を核心に据えている点で共通するが、ERIモデルは社会的比較よりも絶対的な努力-報酬の不均衡に焦点を当て、健康アウトカムを従属変数とする点で異なる。
経験的知見¶
ERIモデルの妥当性は、多数の前向きコホート研究とメタ分析によって支持されている。Siegrist(2017)のレビューによれば、努力-報酬不均衡は冠動脈性心疾患(リスク比約1.6)、抑うつ(リスク比約1.7-2.0)、2型糖尿病、睡眠障害、アルコール依存、欠勤と有意に関連する。要求-コントロールモデルとERIモデルは相補的であり、両者を併用することでストレス関連健康問題のリスク予測が改善されることが示されている。
バーンアウト¶
Key Concept: バーンアウト(burnout) 慢性的な職場ストレスが適切に管理されなかった結果として生じる心理的症候群。Christina Maslach(1982)により3次元構造---情緒的消耗、脱人格化(シニシズム)、個人的達成感の低下---が提唱された。
概念の発展¶
バーンアウト(burnout)の概念は、精神科医ハーバート・フロイデンバーガー(Herbert Freudenberger, 1974)が、無料診療所のボランティアスタッフに見られた情緒的・身体的消耗状態を記述したことに始まる。しかし、この概念を体系的な研究プログラムとして確立したのはクリスティーナ・マスラック(Christina Maslach)である。
Maslachは当初、対人サービス職(医療、福祉、教育など)の従事者に特有の現象としてバーンアウトを研究した。これらの職種では、クライエントの感情的要求に継続的に応えることが求められ、情緒的資源の枯渇が生じやすい。その後、バーンアウト研究はすべての職種に拡大されている。
バーンアウトの3次元モデル¶
Maslach & Jackson(1981)は、バーンアウトを以下の3つの次元から構成される症候群として定義した。
-
情緒的消耗(emotional exhaustion): 仕事によって情緒的に消耗し、エネルギーが枯渇した感覚。バーンアウトの中核的次元であり、ストレス反応としての側面が最も強い。「仕事のことを考えるだけで疲れる」「1日の終わりには消耗しきっている」といった経験として現れる。
-
脱人格化/シニシズム(depersonalization / cynicism): クライエントや仕事の対象に対する冷淡で非人間的な態度。対人サービス職ではクライエントを「物」のように扱う傾向として、一般的な職種では仕事への冷笑的・無関心な態度として現れる。これは情緒的消耗に対する心理的防衛(情緒的距離の確保)として機能する側面がある。
-
個人的達成感の低下(reduced personal accomplishment / reduced professional efficacy): 自分の仕事における有能感や達成感の低下。「自分は役に立っていない」「この仕事で有意義なことを成し遂げていない」という感覚。
graph TD
CHRONIC["慢性的な職場ストレス"] --> EE["情緒的消耗"]
EE -->|"心理的防衛"| DP["脱人格化/シニシズム"]
EE --> RPA["個人的達成感の低下"]
DP --> RPA
EE --> OUT1["心身の健康問題"]
DP --> OUT2["対人関係の悪化・サービスの質低下"]
RPA --> OUT3["自己効力感の低下・離職意図"]
MBIによる測定¶
バーンアウトの測定には、マスラック・バーンアウト・インベントリ(Maslach Burnout Inventory; MBI)(Maslach & Jackson, 1981; Maslach, Jackson, & Leiter, 1996)が圧倒的に広く使用されている。MBIは22項目からなり、3つの下位尺度(情緒的消耗9項目、脱人格化5項目、個人的達成感8項目)で構成される。回答者は各項目の経験頻度を0(全くない)から6(毎日)の7件法で評定する。
MBIには対象集団に応じた複数の版が存在する。
| 版 | 対象 | 次元の呼称 |
|---|---|---|
| MBI-HSS(Human Services Survey) | 対人サービス職 | 情緒的消耗、脱人格化、個人的達成感 |
| MBI-ES(Educators Survey) | 教育職 | 同上 |
| MBI-GS(General Survey) | 全職種 | 消耗(exhaustion)、シニシズム(cynicism)、職業的効力感(professional efficacy) |
バーンアウトの先行要因¶
バーンアウトの先行要因に関する研究知見は膨大である。Maslach, Schaufeli, & Leiter(2001)のレビューに基づき、主要な要因を整理する。
| 要因カテゴリ | 具体例 | 対応する次元 |
|---|---|---|
| 仕事の量的過重 | 過度な作業量、時間的プレッシャー | 情緒的消耗 |
| 情緒的要求 | クライエントの苦痛への継続的曝露 | 情緒的消耗 |
| コントロールの欠如 | 意思決定への参加の制限、裁量の不足 | 情緒的消耗・シニシズム |
| 報酬の不足 | 不十分な給与、承認の欠如 | シニシズム・達成感低下 |
| コミュニティの崩壊 | 孤立、対立、社会的支援の欠如 | シニシズム |
| 公正さの欠如 | 不公正な評価・処遇 | シニシズム |
| 価値観の対立 | 個人の価値観と組織の方針の不一致 | シニシズム・達成感低下 |
これらの先行要因は、要求-コントロールモデルとERIモデルの知見と整合的である。仕事の量的過重はKarasekの「要求」に、コントロールの欠如は「コントロール」に対応し、報酬の不足はSiegristの「報酬」に対応する。また、SDTの観点からは、コントロールの欠如は自律性欲求の阻害、承認の欠如は有能感欲求の阻害、コミュニティの崩壊は関係性欲求の阻害として再解釈できる。
バーンアウトとエンゲージメント¶
ウィルマー・シャウフェリ(Wilmar Schaufeli)らは、バーンアウトの対極概念としてワーク・エンゲージメント(work engagement)を提唱した(Schaufeli, Salanova, González-Romá, & Bakker, 2002)。
Key Concept: ワーク・エンゲージメント(work engagement) 仕事に関連する肯定的で充実した心理状態。活力(vigor)、献身(dedication)、没頭(absorption)の3次元から構成される。バーンアウトの単なる不在ではなく、独立した肯定的状態として概念化される。
| バーンアウトの次元 | 対極 | エンゲージメントの次元 |
|---|---|---|
| 情緒的消耗(exhaustion) | ↔ | 活力(vigor): 高い活力水準と回復力 |
| シニシズム(cynicism) | ↔ | 献身(dedication): 仕事への意味づけと熱意 |
| 職業的効力感の低下 | ↔ | 没頭(absorption): 仕事への深い集中と没入 |
ワーク・エンゲージメントの測定には、ユトレヒト・ワーク・エンゲージメント尺度(Utrecht Work Engagement Scale; UWES)(Schaufeli & Bakker, 2003)が広く使用されている。
仕事の要求-資源モデル¶
バーンアウトとエンゲージメントの研究を統合する包括的枠組みとして、仕事の要求-資源モデル(Job Demands-Resources Model; JD-R Model)(Demerouti, Bakker, Nachreiner, & Schaufeli, 2001; Bakker & Demerouti, 2007)が提唱されている。
Key Concept: 仕事の要求-資源モデル(JD-R Model) あらゆる職務特性を「仕事の要求(job demands)」と「仕事の資源(job resources)」の2カテゴリに分類し、要求がバーンアウトを、資源がエンゲージメントを促進するという二重過程を仮定するモデル。
JD-Rモデルは、Karasekの要求-コントロールモデルを一般化したものとみなせる。Karasekモデルが「要求」と「コントロール」という特定の次元に限定していたのに対し、JD-Rモデルはあらゆる職務特性を「要求」と「資源」の2つのカテゴリに柔軟に分類する。
- 仕事の要求(job demands): 持続的な身体的・心理的努力を必要とし、生理的・心理的コストを伴う職務の側面(作業量、情緒的要求、役割の曖昧さ、身体的要求など)
- 仕事の資源(job resources): 仕事の要求とそれに伴うコストを低減し、目標達成を促進し、個人の成長・学習・発達を刺激する職務の側面(自律性、社会的支援、フィードバック、キャリア発達の機会など)
graph TD
subgraph demands ["仕事の要求"]
D1["作業量"]
D2["情緒的要求"]
D3["役割の曖昧さ"]
end
subgraph resources ["仕事の資源"]
R1["自律性"]
R2["社会的支援"]
R3["フィードバック"]
R4["キャリア発達機会"]
end
demands -->|"健康障害過程"| BO["バーンアウト"]
resources -->|"動機づけ過程"| ENG["ワーク・エンゲージメント"]
BO --> NEG["否定的帰結: 健康問題・離職"]
ENG --> POS["肯定的帰結: パフォーマンス・コミットメント"]
resources -.->|"緩衝効果"| BO
demands -.->|"要求が高いと資源の効果が増大"| ENG
JD-Rモデルは二つの過程を仮定する。健康障害過程(health impairment process)では、高い仕事の要求がエネルギーを消耗させバーンアウトを引き起こす。動機づけ過程(motivational process)では、仕事の資源が基本的心理欲求(SDTの自律性・有能感・関係性)を充足し、エンゲージメントを促進する。さらに、仕事の資源は要求がバーンアウトに及ぼす影響を緩衝する効果を持つ。
ワーク・ライフ・バランス¶
Key Concept: ワーク・ライフ・バランス(work-life balance) 仕事領域と仕事以外の生活領域(家庭、余暇、地域活動など)の間で、個人が満足のいく関与と機能を達成している状態。単なる時間配分の問題ではなく、役割間の調和と心理的均衡を含む概念である。
葛藤と促進の二重構造¶
仕事と生活の関係を説明する枠組みとして、ワーク・ファミリー・コンフリクト(work-family conflict; WFC)の研究が蓄積されてきた。WFCは、仕事と家庭の役割要求が相互に両立困難である形態の役割間葛藤(inter-role conflict)として定義される(Greenhaus & Beutell, 1985)。
WFCには方向性がある。
- 仕事→家庭葛藤(work-to-family conflict; WIF): 仕事の要求が家庭での役割遂行を妨害する
- 家庭→仕事葛藤(family-to-work conflict; FIW): 家庭の要求が仕事での役割遂行を妨害する
また、葛藤の源泉として3つの形態が区別される。
| 形態 | 定義 | 例 |
|---|---|---|
| 時間に基づく葛藤 | 一方の役割に費やす時間が他方の役割遂行を阻害 | 残業により家族との時間が取れない |
| ストレインに基づく葛藤 | 一方の役割で生じた疲労やストレスが他方の役割遂行を阻害 | 仕事の疲労で家事に取り組めない |
| 行動に基づく葛藤 | 一方の役割で求められる行動様式が他方の役割で不適切 | 職場での指示的態度が家庭の対人関係に持ち込まれる |
重要な点は、仕事と生活の関係は葛藤だけではないことである。ワーク・ファミリー・エンリッチメント(work-family enrichment)---一方の役割での経験が他方の役割遂行の質を向上させる過程---も存在する(Greenhaus & Powell, 2006)。例えば、職場で獲得したスキルが家庭生活に活かされる(道具的経路)、仕事での達成感が家庭での前向きな感情を生む(情動的経路)といった過程である。
境界理論¶
仕事と生活の関係を個人がどのように管理するかについて、境界理論(boundary theory)(Ashforth, Kreiner, & Fugate, 2000; Clark, 2000)が有用な枠組みを提供する。この理論では、個人は仕事と生活の間に心理的・物理的・時間的な境界(boundary)を設定し、その境界の特性(浸透性、柔軟性)が役割間の葛藤と促進を規定するとされる。
境界管理のスタイルは、統合(integration)---仕事と生活の境界が曖昧で両領域が混在---から、分離(segmentation)---仕事と生活が明確に区分される---までの連続体上に位置づけられる。いずれのスタイルが適応的かは、個人の選好、職務の特性、組織文化の適合性に依存し、一律に優劣を論じることはできない。
組織的介入¶
ワーク・ライフ・バランスの促進に向けた組織的介入は、以下のカテゴリに整理される。
| 介入カテゴリ | 具体例 |
|---|---|
| 柔軟な勤務制度 | フレックスタイム、テレワーク、短時間勤務、圧縮勤務 |
| 休暇・休業制度 | 育児休業、介護休業、有給休暇の取得促進 |
| 支援サービス | 従業員支援プログラム(EAP)、社内保育、カウンセリング |
| 組織文化の変革 | 管理職のワーク・ライフ・バランス支援行動、長時間労働規範の是正 |
研究知見は、制度の存在(availability)よりも制度の利用可能性(usability)---すなわち制度を利用しても不利益を被らないという組織文化---がワーク・ライフ・バランスにとってより重要であることを示している(Allen, Johnson, Kiburz, & Shockley, 2013)。
まとめ¶
- Karasekの要求-コントロールモデルは、高い職務要求と低い裁量(コントロール)の組み合わせが最も大きな健康リスクをもたらすことを示した。社会的支援を加えたJDCSモデルでは、低支援がリスクをさらに増大させる
- Siegristの努力-報酬不均衡モデルは、努力に見合わない報酬(金銭・承認・キャリア機会)が持続的ストレスと健康障害をもたらすことを示した。オーバーコミットメントという個人特性がリスクを増幅する
- Maslachのバーンアウト研究は、慢性的職場ストレスの帰結として情緒的消耗・脱人格化/シニシズム・個人的達成感低下の3次元症候群を体系化した。バーンアウトの対極としてワーク・エンゲージメントが概念化され、JD-Rモデルにより統合的に理解される
- ワーク・ライフ・バランスは、役割間の葛藤と促進の二重構造として理解され、境界管理のスタイルや組織的介入のあり方が研究されている
- これらのストレス・健康モデルは、Section 1で学んだ動機づけ理論と表裏一体の関係にある。JCMの自律性やSDTの基本的心理欲求の充足が動機づけを促進する一方、その欠如はストレスとバーンアウトの先行要因となる
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 職業性ストレス | occupational stress | 職務上の要求が個人の資源や対処能力を超過する状態 |
| 要求-コントロールモデル | Job Demand-Control Model | 心理的要求と意思決定の裁量の組み合わせで職業性ストレスを説明するモデル(Karasek) |
| 心理的要求 | psychological demands | 仕事の量、時間的プレッシャー、精神的負荷の程度 |
| 意思決定の裁量 | decision latitude | 職務遂行方法に関する自由度とスキルの多様性 |
| 高ストレイン職務 | high strain job | 高要求かつ低コントロールの職務。最も健康リスクが高い |
| 等緊張隔離職務 | iso-strain job | 高要求・低コントロール・低支援の職務(JDCSモデル) |
| 努力-報酬不均衡モデル | Effort-Reward Imbalance Model | 努力と報酬の不均衡がストレスと健康障害をもたらすとするモデル(Siegrist) |
| オーバーコミットメント | overcommitment | 職務への過剰な関与傾向。ERIモデルの調整変数 |
| バーンアウト | burnout | 慢性的な職場ストレスの結果として生じる情緒的消耗・脱人格化・達成感低下の症候群 |
| 情緒的消耗 | emotional exhaustion | 仕事による情緒的エネルギーの枯渇。バーンアウトの中核的次元 |
| 脱人格化 | depersonalization | クライエントや仕事対象に対する冷淡で非人間的な態度 |
| シニシズム | cynicism | 仕事への冷笑的・無関心な態度。脱人格化の一般職種版 |
| MBI | Maslach Burnout Inventory | バーンアウト測定の標準尺度(Maslach & Jackson) |
| ワーク・エンゲージメント | work engagement | 仕事に対する肯定的で充実した心理状態。活力・献身・没頭の3次元 |
| JD-Rモデル | Job Demands-Resources Model | 仕事の要求と資源の二重過程でバーンアウトとエンゲージメントを説明するモデル |
| ワーク・ファミリー・コンフリクト | work-family conflict | 仕事と家庭の役割要求が相互に両立困難である形態の役割間葛藤 |
| ワーク・ファミリー・エンリッチメント | work-family enrichment | 一方の役割での経験が他方の役割遂行の質を向上させる過程 |
| 境界理論 | boundary theory | 仕事と生活の間の心理的・物理的境界の管理を説明する理論 |
確認問題¶
Q1: Karasekの要求-コントロールモデルにおいて、高要求かつ高コントロールの「能動的職務」と、高要求かつ低コントロールの「高ストレイン職務」が異なる帰結をもたらすメカニズムを、JCMの自律性の概念と関連づけて説明せよ。
A1: 要求-コントロールモデルでは、心理的要求の高さが直ちに健康障害をもたらすわけではなく、コントロール(意思決定の裁量)の水準が帰結を規定する。高要求かつ高コントロールの能動的職務では、個人は要求に対して自らの判断で対処方法を選択できるため、要求は挑戦として経験され、学習と成長を促進する。一方、高要求かつ低コントロールの高ストレイン職務では、個人は高い要求に晒されながらそれに対する対処の裁量を持たないため、無力感と持続的なストレイン(緊張)が生じる。これはJCMの自律性が「仕事の結果に対する責任感」を通じて内発的動機づけを高めるという知見と整合的であり、同時にSDTの自律性欲求の概念とも接続する。コントロール/自律性は、動機づけの促進とストレスの緩衝の両面で中核的な役割を果たしている。
Q2: Siegristの努力-報酬不均衡モデルとAdamsの公正理論の共通点と相違点を、理論的基盤・従属変数・個人差変数の観点から比較せよ。
A2: 共通点として、両理論とも互恵性(reciprocity)の原理に基づき、投じた努力/投入に対して得られる報酬/成果が不均衡である状態が否定的帰結をもたらすと主張する。相違点は以下の通りである。(1) 理論的基盤: 公正理論は社会的比較理論に基づき、自他の投入-成果比率の比較を核心に置く。ERIモデルは社会的交換理論に基づき、努力と報酬の絶対的な不均衡(互恵性の侵害)に焦点を当てる。(2) 従属変数: 公正理論は動機づけ・職務満足・職場行動(努力の変更、離職など)を主な帰結とする。ERIモデルは心身の健康(心血管疾患、抑うつ、バーンアウトなど)を主な帰結とする。(3) 個人差変数: 公正理論には明示的な個人差変数は組み込まれていない。ERIモデルはオーバーコミットメントという個人特性を調整変数として組み込み、この特性が高い個人は不均衡に陥りやすく、その健康影響もより大きいとする。
Q3: Maslachのバーンアウトの3次元---情緒的消耗、脱人格化、個人的達成感の低下---の間にはどのような関係があるか。また、バーンアウトの先行要因をJD-Rモデルの「仕事の要求」と「仕事の資源」の枠組みで整理せよ。
A3: 3次元の間には過程的な関係が想定される。まず、慢性的な仕事の要求(特に量的過重と情緒的要求)が情緒的消耗を引き起こす。情緒的消耗に対する心理的防衛として、クライエントや仕事対象から情緒的距離を置く脱人格化/シニシズムが生じる。そして、消耗と脱人格化の結果として、自らの仕事への有能感や達成感が低下する。JD-Rモデルの枠組みでは、バーンアウトの先行要因は次のように整理できる。仕事の要求(作業量の過重、時間的プレッシャー、情緒的要求、役割の曖昧さ・葛藤)は主に情緒的消耗を惹起する(健康障害過程)。仕事の資源(自律性、社会的支援、フィードバック、キャリア発達機会、公正な処遇)の不足は、エンゲージメントの低下を通じてシニシズムと達成感低下をもたらすとともに、要求の影響を緩衝できないことでバーンアウト全体のリスクを高める。
Q4: ワーク・ファミリー・コンフリクトの3つの形態(時間・ストレイン・行動に基づく葛藤)をそれぞれ具体例を挙げて説明し、なぜ制度の「存在」よりも「利用可能性」がワーク・ライフ・バランスにとって重要とされるのか論じよ。
A4: 3つの形態は以下の通りである。(1) 時間に基づく葛藤: 長時間残業により子どもの学校行事に参加できないなど、一方の役割に費やす時間が他方の役割遂行を物理的に阻害する。(2) ストレインに基づく葛藤: 職場での対人的ストレスにより帰宅後に家族との良好なコミュニケーションが取れなくなるなど、一方の役割で生じた疲労・緊張が他方に波及する。(3) 行動に基づく葛藤: 職場で部下に指示的・権威的に振る舞う管理職が、家庭でも同様の態度をとりパートナーとの関係が悪化するなど、一方の役割で求められる行動様式が他方で不適応的に働く。制度の「利用可能性」が重要とされる理由は、育児休業やフレックスタイムなどの制度が存在していても、制度利用が人事評価上の不利益やキャリアの停滞につながるという組織文化(例: 「育休を取ると出世できない」という暗黙の規範)のもとでは、従業員は制度を利用しないためである。したがって、管理職自身がワーク・ライフ・バランス支援行動を示すこと、制度利用を阻害する組織規範を変革することが、制度の整備以上に重要となる。
Q5: SDTの基本的心理欲求(自律性・有能感・関係性)の阻害が、本セクションで扱った各ストレスモデルのどの構成要素と対応するか整理し、動機づけ理論とストレス理論の統合的理解を示せ。
A5: SDTの3欲求と各ストレスモデルの対応は以下の通りである。自律性欲求の阻害は、要求-コントロールモデルにおける低コントロール、ERIモデルにおけるキャリアの安定・機会(status control)の不足、バーンアウトの先行要因であるコントロールの欠如に対応する。有能感欲求の阻害は、ERIモデルにおける尊重・承認の不足、バーンアウトの個人的達成感の低下に対応する。関係性欲求の阻害は、JDCSモデルにおける社会的支援の欠如、バーンアウトの先行要因であるコミュニティの崩壊に対応する。統合的に理解すれば、SDTの基本的心理欲求の充足は動機づけとエンゲージメントを促進する(動機づけ過程/JD-Rの動機づけ過程)一方、同じ欲求の阻害がストレス反応とバーンアウトを引き起こす(健康障害過程)。すなわち、動機づけとストレスは基本的心理欲求の充足-阻害という同一の連続体の両端に位置し、自律性・有能感・関係性の充足が、職場における心理的健康の統合的な鍵概念となる。