コンテンツにスキップ

Module 3-4 - Section 4: 教育心理学の基礎

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 3-4: 健康心理学・教育心理学
前提セクション なし
想定学習時間 5時間

導入

教育心理学(educational psychology)は、教育場面における学習・発達・動機づけの心理学的メカニズムを探究し、効果的な教授法や学習環境の設計に科学的根拠を提供する応用分野である。その知的基盤は、学習理論(→ Module 1-3参照)、認知発達理論(→ Module 1-5参照)、動機づけ理論(→ Module 2-2参照)にある。

教育心理学は、これらの基礎理論を教育実践に橋渡しする役割を担う。本セクションでは、第一に学習理論の教育的応用として行動主義的学習理論・構成主義・社会的構成主義を教授設計の視点から検討し、第二にメタ認知と自己調整学習の理論を扱い、第三に動機づけ理論が学業達成にどのように関わるかを論じる。これらは、教育心理学の三本柱ともいえるテーマであり、現代の教育実践とエビデンスに基づく教育(evidence-based education)の基盤を構成する。


学習理論の教育的応用

行動主義的学習理論と教授設計

Key Concept: プログラム学習(programmed instruction) Burrhus Frederic Skinnerがオペラント条件づけの原理に基づいて開発した教授法。学習内容を小さなステップに分割し、各ステップで学習者に能動的反応を求め、即時フィードバックを与えることで、段階的に目標行動に到達させる。

行動主義的学習理論は、20世紀中葉の教育実践に直接的な影響を及ぼした。Skinner(1954)は、教室における強化の随伴性が不適切であることを批判し、オペラント条件づけの原理――特にシェイピング(shaping, 逐次接近法)と即時強化――を体系的に適用するプログラム学習を提唱した。

プログラム学習の基本原理は以下の通りである。

  1. スモールステップの原理: 学習内容を十分に小さな単位に分割し、学習者が各ステップでほぼ確実に正答できるようにする
  2. 積極的反応の原理: 学習者は各ステップで受動的に読むだけでなく、空欄補充や問題解答などの能動的反応を求められる
  3. 即時フィードバックの原理: 反応の正誤が即座に提示される(即時強化)
  4. 自己ペースの原理: 学習者は自分のペースで進行できる

この考え方は、ティーチングマシン(teaching machine)として物理的デバイスに実装され、後にコンピュータ支援教育(Computer-Assisted Instruction; CAI)へと発展した。現代のeラーニングやアダプティブ・ラーニング・システムには、プログラム学習の原理が形を変えて継承されている。

行動主義に基づく教育的応用のもう一つの重要な展開が、ベンジャミン・ブルーム(Benjamin S. Bloom)の完全習得学習(mastery learning) である。Bloom(1968)は、適切な時間と教授条件が与えられれば、ほぼすべての学習者が学習目標を達成できると主張した。完全習得学習では、各単元の終了時に形成的評価(formative assessment)を行い、習得基準(通常80-90%の正答率)に達しない学習者には補充指導を行ってから次の単元に進む。

Key Concept: 完全習得学習(mastery learning) Bloom(1968)が提唱した教授モデル。明確な学習目標の設定、形成的評価による進捗の把握、補充指導による個別対応を通じて、大多数の学習者を習得基準に到達させることを目指す。

graph LR
    A["単元の教授"] --> B["形成的評価"]
    B -->|習得基準達成| C["次の単元へ"]
    B -->|未達成| D["補充指導"]
    D --> B

構成主義と発見学習

Key Concept: 構成主義(constructivism) 知識は外界から受動的に伝達されるものではなく、学習者が既有知識や経験をもとに能動的に構成するものであるとする認識論的・教育的立場。Piagetの構成主義的認識論に理論的根拠を持つ。

構成主義は、Piagetの構成主義的認識論(→ Module 1-5, Section 2参照)を教育に応用した立場である。Piagetは、子どもが環境との相互作用を通じてシェマを同化・調節する過程として認知発達を描いた。この見方を教育に翻訳すると、教師は知識の伝達者ではなく、学習者が自ら知識を構成する過程を支援する促進者(facilitator)であるべきという主張になる。

ジェローム・ブルーナー(Jerome S. Bruner, 1961)が提唱した発見学習(discovery learning) は、構成主義に基づく代表的な教授法である。発見学習では、教師が結論を直接教えるのではなく、学習者が問いを立て、資料や実験を通じて自ら法則や原理を発見する過程を重視する。Brunerは、学習者が自ら発見した知識は記憶に残りやすく、転移(transfer)しやすいと主張した。

しかし、発見学習に対しては、デイヴィッド・オーズベル(David P. Ausubel, 1968)が有意味受容学習(meaningful reception learning)の立場から批判を行った。Ausubelは、学習者にとって新しい情報が既有知識と関連づけられる限り、教師による直接的な教授(受容学習)でも有意味な学習は成立しうると主張した。Ausubelの先行オーガナイザー(advance organizer)――学習に先立って提示される、より抽象的・包括的な枠組み――は、新しい情報を既有知識に統合する「認知的足場」として機能する。

Key Concept: 先行オーガナイザー(advance organizer) Ausubel(1968)が提唱した教授方略。新しい学習内容に先立って、より抽象的・包括的な情報を提示し、学習者が新情報を既有の認知構造に関連づけることを支援する。

近年のメタ分析研究は、純粋な発見学習(最小限のガイダンスによる探索的学習)よりも、ガイド付き発見学習(guided discovery)のほうが学習効果が高いことを一貫して示している。Kirschner, Sweller, & Clark(2006)は、認知負荷理論(cognitive load theory)の観点から、最小限のガイダンスによる教授法は作業記憶に過度な負荷をかけ、学習を阻害しうると論じた。この議論は、教師主導の直接教授と学習者主導の探究学習を対立的に捉えるのではなく、学習者の既有知識水準に応じて両者を適切に組み合わせる必要性を示唆する。

社会的構成主義とVygotskyの教育的応用

Key Concept: 社会的構成主義(social constructivism) 知識は社会的相互作用を通じて共同的に構成されるとする立場。Vygotskyの社会文化的理論を理論的基盤とし、学習を個人の内的過程としてのみではなく、社会的・文化的実践への参加の過程として捉える。

社会的構成主義は、Vygotskyの社会文化的理論(→ Module 1-5, Section 2参照)を教育的文脈に展開した立場である。Vygotskyは、高次の精神機能が社会的相互作用に起源を持ち、最近接発達領域(ZPD)における他者との協働が発達を推進すると論じた。この理論は教育実践において以下の形で具現化されている。

足場かけ(scaffolding) は、Vygotskyの ZPD 概念に基づく教授的介入の原理であり、教師やより有能な仲間が学習者の現在の能力水準を超える課題の遂行を一時的に支援し、学習者の能力向上に伴って支援を段階的に撤去する(→ Module 1-5, Section 2参照)。足場かけの教育的応用は多岐にわたり、ヒントの段階的提示、問いかけによる思考の促進、モデリング(教師が思考過程を声に出して示す)などがその具体的な形態である。

相互的教授法(reciprocal teaching) は、Annemarie S. Palincsar & Ann L. Brown(1984)が開発した読解指導法であり、社会的構成主義の典型的な応用例である。この方法では、教師と生徒が小グループで交代しながら4つの認知方略――要約(summarizing)、質問生成(questioning)、明確化(clarifying)、予測(predicting)――を使って文章を読み解く。当初は教師がこれらの方略をモデリングし、徐々に生徒が方略の運用を引き受ける。

graph TD
    subgraph reciprocal ["相互的教授法の4方略"]
        S["要約<br/>Summarizing"] --> Q["質問生成<br/>Questioning"]
        Q --> C["明確化<br/>Clarifying"]
        C --> P["予測<br/>Predicting"]
    end
    T["教師のモデリング"] -->|足場かけの段階的撤去| L["生徒への方略の移行"]
    L --> reciprocal

協同学習(cooperative learning) も社会的構成主義に根ざす教育実践である。協同学習は単なるグループ活動ではなく、以下の要素を含む構造化された相互学習を指す。David W. Johnson & Roger T. Johnson(1989)は、効果的な協同学習の5つの基本要素として、積極的相互依存(positive interdependence)、対面的促進的相互作用、個人の責任(individual accountability)、社会的スキル、グループの振り返り(group processing)を挙げた。

graph LR
    subgraph learning_theories ["学習理論と教授法の対応"]
        BEH["行動主義"] --> PI["プログラム学習<br/>完全習得学習"]
        CON["構成主義<br/>(Piaget)"] --> DL["発見学習<br/>先行オーガナイザー"]
        SOC["社会的構成主義<br/>(Vygotsky)"] --> SC["足場かけ<br/>相互的教授法<br/>協同学習"]
    end

メタ認知と自己調整学習

メタ認知の概念

Key Concept: メタ認知(metacognition) 自らの認知過程に関する知識および制御。John H. Flavell(1976)が体系化した概念であり、「認知についての認知」(cognition about cognition)と定義される。メタ認知的知識(自己の認知特性や方略に関する知識)とメタ認知的制御(計画・モニタリング・評価)の二側面から成る。

メタ認知は、学習者が自らの学習過程を意識的に監視・制御する能力であり、教育心理学における最も重要な概念の一つである。ジョン・フラベル(John H. Flavell, 1976, 1979)は、メタ認知をメタ認知的知識(metacognitive knowledge)とメタ認知的経験(metacognitive experience)に区分した。

メタ認知的知識は以下の3つの下位カテゴリーを持つ。

カテゴリー 内容
人間変数(person variables) 自己および他者の認知特性に関する知識 「自分は視覚的に学ぶほうが理解しやすい」
課題変数(task variables) 課題の性質と要求に関する知識 「論述問題は選択問題より準備に時間がかかる」
方略変数(strategy variables) 認知方略の種類と有効性に関する知識 「精緻化は機械的暗記より長期記憶に有効である」

メタ認知的制御(metacognitive regulation)は、学習活動を調整する実行機能であり、計画(planning: 目標設定と方略選択)、モニタリング(monitoring: 学習過程の進行中の監視)、評価(evaluation: 学習成果の振り返りと方略の有効性判断)の3つの過程から成る。

メタ認知能力は学業達成の強力な予測因子である。Wang, Haertel, & Walberg(1990)の大規模レビューでは、メタ認知は学業達成に影響を与える最も強力な要因の一つとして同定された。また、メタ認知的方略の訓練は、領域横断的に学習成果を向上させることがメタ分析で確認されている。

Zimmermanの自己調整学習モデル

Key Concept: 自己調整学習(self-regulated learning; SRL) 学習者が自らの学習過程をメタ認知的に監視・制御し、動機づけと行動を能動的に調整する学習の形態。認知的側面(方略使用)、動機づけ的側面(目標設定・自己効力感)、行動的側面(環境調整・援助要請)を統合的に含む。

バリー・ジマーマン(Barry J. Zimmerman, 1989, 2000)は、自己調整学習(SRL)の社会的認知理論に基づくモデルを構築した。Zimmermanのモデルは、Banduraの社会的認知理論(→ Module 1-3, Section 3参照)における相互決定論と自己効力感の概念を基盤とし、学習者が能動的に自らの学習を方向づける循環的過程を記述する。

Zimmermanのモデルは、自己調整学習を3つの位相(phase)の循環として描く。

graph LR
    F1["予見位相<br/>Forethought"] --> F2["遂行位相<br/>Performance"]
    F2 --> F3["自己省察位相<br/>Self-Reflection"]
    F3 --> F1

予見位相(forethought phase) では、学習に先立つ過程が生じる。この位相には、課題分析(目標設定と戦略的計画)と自己動機づけ信念(自己効力感、結果期待、課題への興味・価値、目標志向性)が含まれる。自己効力感(→ Module 1-3, Section 3参照)が高い学習者は、より挑戦的な目標を設定し、効果的な方略を選択する傾向がある。

遂行位相(performance phase) では、学習行動の実行中に自己制御(self-control)と自己観察(self-observation)が行われる。自己制御には、注意の焦点化、自己教示(self-instruction, 課題中に自分に語りかける)、イメージの活用などの方略が含まれる。自己観察には、メタ認知的モニタリングと自己記録(self-recording, 学習時間や進捗の記録)が含まれる。

自己省察位相(self-reflection phase) では、学習の結果に対する自己判断(self-judgment)と自己反応(self-reaction)が生じる。自己判断には、自己評価(目標に対する達成度の評価)と原因帰属(成功・失敗の原因の解釈)が含まれる。原因帰属の仕方(→ Module 2-2, Section 4参照)は、次の学習サイクルの予見位相における動機づけ信念に直接影響する。失敗を統制可能な原因(努力不足や方略の不適切さ)に帰属する学習者は、方略の修正と再挑戦に向けた動機づけを維持するが、統制不可能な原因(能力不足)に帰属する学習者は、学習性無力感(→ Module 1-3, Section 3参照)に類似した動機づけの低下を示す。

graph TD
    subgraph forethought ["予見位相"]
        TA["課題分析<br/>目標設定・方略計画"]
        SM["自己動機づけ信念<br/>自己効力感・課題価値"]
    end
    subgraph performance ["遂行位相"]
        SC["自己制御<br/>注意焦点化・自己教示"]
        SO["自己観察<br/>モニタリング・自己記録"]
    end
    subgraph reflection ["自己省察位相"]
        SJ["自己判断<br/>自己評価・原因帰属"]
        SR["自己反応<br/>満足感・適応的推論"]
    end
    TA --> SC
    SM --> SC
    SC --> SJ
    SO --> SJ
    SJ --> TA
    SR --> SM

学習方略の分類

自己調整学習の中核を成す学習方略(learning strategies)は、以下のように分類される。

方略のタイプ 内容 具体例
認知的方略 情報の処理・記憶に関する方略 リハーサル、精緻化、体制化、要約
メタ認知的方略 学習過程の計画・監視・評価 計画立案、自己モニタリング、理解度チェック
資源管理方略 学習環境と資源の調整 時間管理、学習環境の整備、援助要請

認知的方略のうち、精緻化(elaboration) は新しい情報を既有知識と関連づけて意味を付与する方略であり、表層的なリハーサル(機械的反復)より深い処理(deep processing)をもたらす。これはFergus I. M. Craik & Robert S. Lockhart(1972)の処理水準(levels of processing)の枠組みと整合的である。体制化(organization) は情報をカテゴリーに分類したり、概念マップにまとめたりする方略であり、情報間の関係性の理解を促進する。

メタ認知的方略の訓練は、学習成果の向上に効果的であることが多くの研究で示されている。特に、学力の低い学習者ほどメタ認知的方略の訓練から大きな恩恵を受ける傾向がある。これは、成績上位の学習者が既にメタ認知的方略を自発的に使用しているのに対し、成績下位の学習者はこれらの方略を十分に活用していないためと考えられる。


動機づけと学業達成

達成目標理論

Key Concept: 達成目標理論(achievement goal theory) 学業場面において学習者が設定する目標の種類が、学習行動・認知方略の使用・達成成果に影響を与えるとする理論。Carol Dweck、Andrew Elliot、Carole Amesらが発展させた。

達成目標理論は、学習者がなぜ学ぶのか――学習の「目的」の質的差異――に焦点を当てる。Dweckの初期の研究(Dweck & Leggett, 1988)は、学習目標(learning goal, 能力を伸ばすことを目的とする)と遂行目標(performance goal, 能力を証明・誇示することを目的とする)を区別した。

アンドリュー・エリオット(Andrew J. Elliot)は、この二分法を接近-回避次元で拡張し、2×2達成目標モデル(Elliot & McGregor, 2001)を提唱した。

接近(approach) 回避(avoidance)
熟達(mastery) 熟達接近目標: 課題を理解し能力を伸ばすことを目指す 熟達回避目標: 理解の不十分さや能力低下を避けようとする
遂行(performance) 遂行接近目標: 他者より優れた成績を示すことを目指す 遂行回避目標: 他者より劣った成績を避けようとする

研究の蓄積は、熟達接近目標が深い認知処理、内発的興味、持続的な努力と正の関連を持つことを一貫して示している。遂行回避目標は、不安の増大、表層的な学習方略の使用、学業成績の低下と関連する。遂行接近目標の効果はより複雑であり、短期的には成績と正の相関を示すことがあるが、内発的興味の低下や深い学習の阻害と関連する場合もある。

達成目標理論は、自己決定理論(→ Module 2-2, Section 4参照)と相補的な関係にある。SDTが動機づけの「質」を自律性の連続体上で捉えるのに対し、達成目標理論は学習者が追求する「目的」の種類を分類する。両者は独立した次元であり、例えば熟達接近目標は内発的動機づけと結びつきやすいが、同一視的調整(「この学習は重要だから取り組む」)と結びつく場合もある。

帰属理論の教育的含意

Weinerの原因帰属理論(→ Module 2-2, Section 4参照)は、教育場面における動機づけの理解と介入に重要な枠組みを提供する。教育心理学的に特に重要なのは、帰属が後続の学習行動に及ぼす影響と、帰属パターンの変容可能性である。

帰属再訓練(attributional retraining) は、学業的に困難を抱える学習者の不適応的な帰属パターンを修正する介入法である。典型的には、失敗を能力不足(内的・安定・統制不可能)に帰属する傾向を、努力や方略の不適切さ(内的・不安定・統制可能)への帰属に転換させる。

帰属再訓練の有効性は、多くの介入研究で支持されている。例えば、大学生を対象とした帰属再訓練プログラムでは、失敗を統制可能な原因に帰属し直すことを訓練された群が、統制群と比較して後続の試験成績とGPAの向上を示した(Perry, Stupnisky, Hall, Chipperfield, & Weiner, 2010)。

ただし、帰属再訓練は万能ではない。学習者が実際に必要なスキルや知識を欠いている場合、「もっと努力すればできる」という帰属の修正だけでは不十分であり、適切なスキル指導と組み合わせる必要がある。努力帰属の強調が過度になると、十分に努力しているにもかかわらず成果が出ない学習者に対して、不当な自責感をもたらす危険性もある。

教室の動機づけ環境: TARGET枠組み

キャロル・エイムズ(Carole Ames, 1992)は、教室環境が学習者の動機づけに与える影響を、TARGET枠組みとして体系化した。TARGETは、教室の動機づけ構造を構成する6つの次元の頭文字を取ったものである。

次元 内容 熟達目標を促進する特徴
Task(課題) 学習活動の性質と設計 多様性・挑戦性・個人的意味のある課題
Authority(権限) 意思決定の配分 選択の機会・学習者の自律性の支持
Recognition(承認) 達成の認知と報酬 個人の進歩に基づく承認・私的なフィードバック
Grouping(集団編成) 学習集団の構成 協同的学習・多様な集団編成
Evaluation(評価) 学習の評価方法 個人の成長に焦点・多様な評価基準
Time(時間) 時間配分と学習のペース 柔軟な時間配分・個人差への配慮

TARGET枠組みは、自己決定理論における自律性支持(Authority, Time)、有能感の促進(Task, Evaluation, Recognition)、関係性の充足(Grouping)と理論的に整合的であり、教室レベルでの動機づけ環境の分析と改善に実用的な指針を提供する。

研究の蓄積は、TARGET枠組みに沿った教室環境の設計が、学習者の熟達目標の採択、内発的動機づけ、深い学習方略の使用、学業達成を促進することを示している。特に、評価の仕方が他者との比較(相対評価)から個人の成長(絶対評価・個人内評価)に移行すると、学習者は遂行目標よりも熟達目標を採択しやすくなる。


まとめ

  • 学習理論の教育的応用は、行動主義(プログラム学習・完全習得学習)、構成主義(発見学習・先行オーガナイザー)、社会的構成主義(足場かけ・相互的教授法・協同学習)の3つの流れとして展開してきた。純粋な発見学習よりもガイド付き発見学習のほうが効果的であり、学習者の既有知識水準に応じた教授法の選択が重要である
  • メタ認知は自らの認知過程に関する知識と制御であり、学業達成の強力な予測因子である。Zimmermanの自己調整学習モデルは、予見位相・遂行位相・自己省察位相の循環として学習の自己調整過程を記述し、自己効力感と原因帰属がこの循環を駆動する動機づけ的要因であることを示した
  • 達成目標理論は学習の「目的」の質的差異を分類し、熟達接近目標が深い学習と正の関連を持つことを示している。帰属再訓練は不適応的な帰属パターンの修正に有効であるが、スキル指導との併用が必要である
  • TARGET枠組みは教室の動機づけ環境を6次元で分析し、熟達目標を促進する教室設計の指針を提供する
  • 次のSection 5では、学習困難(LD, ADHD, ギフテッド)と教室内の社会的相互作用について検討する

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
教育心理学 educational psychology 教育場面における学習・発達・動機づけの心理学的研究
プログラム学習 programmed instruction オペラント条件づけに基づき、スモールステップ・即時フィードバックで教授する方法(Skinner)
完全習得学習 mastery learning 形成的評価と補充指導により大多数の学習者を習得基準に到達させる教授モデル(Bloom)
構成主義 constructivism 学習者が知識を能動的に構成するとする認識論的・教育的立場
発見学習 discovery learning 学習者が自ら法則・原理を発見する過程を重視する教授法(Bruner)
先行オーガナイザー advance organizer 新しい学習に先立って提示される抽象的・包括的な枠組み(Ausubel)
社会的構成主義 social constructivism 知識が社会的相互作用を通じて共同構成されるとする立場(Vygotsky)
足場かけ scaffolding 学習者の能力に応じた一時的支援を段階的に撤去する教授的介入(Bruner)
相互的教授法 reciprocal teaching 教師と生徒が4つの認知方略を交代で運用する読解指導法(Palincsar & Brown)
協同学習 cooperative learning 積極的相互依存と個人の責任に基づく構造化された相互学習
メタ認知 metacognition 自らの認知過程に関する知識と制御(Flavell)
自己調整学習 self-regulated learning (SRL) 学習者がメタ認知・動機づけ・行動を能動的に調整する学習形態
予見位相 forethought phase 学習に先立つ目標設定・方略計画・自己動機づけの過程
遂行位相 performance phase 学習行動の実行中の自己制御と自己観察の過程
自己省察位相 self-reflection phase 学習結果に対する自己評価と原因帰属の過程
精緻化 elaboration 新情報を既有知識と関連づけて意味を付与する認知的方略
達成目標理論 achievement goal theory 学習目標の種類が学習行動と達成に影響する理論
熟達接近目標 mastery-approach goal 課題理解と能力の向上を目指す目標志向
遂行回避目標 performance-avoidance goal 他者より劣った成績を避けようとする目標志向
帰属再訓練 attributional retraining 不適応的な原因帰属パターンを修正する介入法
TARGET枠組み TARGET framework 教室の動機づけ環境を6次元で分析する枠組み(Ames)

確認問題

Q1: 行動主義に基づくプログラム学習と、構成主義に基づく発見学習は、学習者の役割をどのように異なって捉えているか。また、両者の限界を補う「ガイド付き発見学習」がなぜ効果的とされるかを、認知負荷の観点から説明せよ。

A1: プログラム学習では、学習者は教授者が設計した一連のステップに従って反応し、即時フィードバックを受けながら目標行動に到達する。ここでの学習者は、あらかじめ構造化された内容を受容する比較的受動的な役割を担う。一方、発見学習では、学習者は自ら問いを立て、探索活動を通じて法則や原理を発見する能動的な役割を担う。しかし、純粋な発見学習では、学習者が解空間を探索する過程で作業記憶に過度な認知負荷(extraneous cognitive load)がかかり、特に当該領域の既有知識が少ない学習者において学習が阻害されうる。ガイド付き発見学習は、教師が適切なヒントや制約を提供することで不要な認知負荷を軽減しつつ、学習者自身が知識を構成する過程を維持する。これにより、行動主義的な効率性と構成主義的な深い理解の両立が可能になる。

Q2: Zimmermanの自己調整学習モデルにおける3つの位相を説明し、自己効力感と原因帰属がこの循環過程においてどのような役割を果たすかを、具体的な学習場面の例を用いて論じよ。

A2: Zimmermanのモデルは、予見位相(目標設定・方略計画・自己動機づけ信念の活性化)、遂行位相(学習行動の実行中の自己制御と自己観察)、自己省察位相(学習結果に対する自己評価と原因帰属)の3位相の循環から成る。例えば、数学の試験勉強において、高い自己効力感を持つ学習者は予見位相で挑戦的な目標(応用問題まで解けるようになる)を設定し、効果的な方略(例題の解法を精緻化して理解する)を選択する。遂行位相では自己モニタリングにより理解度を確認しながら学習を進める。試験後の自己省察位相で成績が不十分であった場合、「方略が不適切だった」(統制可能な原因への帰属)と解釈すれば、次の予見位相で方略を修正し自己効力感を維持できる。しかし「自分には数学の才能がない」(統制不可能な原因への帰属)と解釈すると、自己効力感が低下し、次のサイクルでの目標設定が消極的になり、悪循環に陥る。

Q3: 達成目標理論の2×2モデルにおける4つの目標タイプを説明し、それぞれが学習方略の使用と学業成績にどのように関連するかを述べよ。

A3: 2×2達成目標モデルは、熟達-遂行の次元と接近-回避の次元の組み合わせにより4タイプの目標を識別する。熟達接近目標(課題の理解と能力向上を目指す)は、精緻化や体制化などの深い認知的方略の使用、内発的興味の維持、持続的な努力と一貫して正の関連を持つ。熟達回避目標(理解の不十分さや能力低下を避ける)は比較的新しい概念であり、完璧主義的な傾向と関連し、学業成績との関連は一貫していない。遂行接近目標(他者より優れた成績を示す)は、短期的な成績と正の相関を示すことがあるが、表層的な学習方略の使用や内発的興味の低下と関連する場合もあり、効果は文脈依存的である。遂行回避目標(他者より劣った成績を避ける)は、テスト不安の増大、表層的な暗記方略への依存、学業成績の低下と最も一貫して負の関連を持つ。

Q4: Vygotskyの社会文化的理論に基づく教育実践として、相互的教授法の手続きと理論的根拠を説明せよ。この方法が効果的である理由を、ZPDと足場かけの概念を用いて論じよ。

A4: 相互的教授法は、Palincsar & Brown(1984)が開発した読解指導法であり、教師と生徒が小グループで4つの認知方略(要約・質問生成・明確化・予測)を交代で運用する。当初は教師がこれらの方略をモデリングし、生徒はそれを観察して徐々に方略の運用を引き受ける。理論的根拠として、第一に、4つの方略は当初は生徒のZPD内にあり、教師の支援なしには遂行困難である。教師のモデリングと段階的な役割の移行は足場かけの典型であり、生徒の能力向上に応じて支援を撤去する。第二に、方略が社会的な対話の中で運用されることにより、Vygotskyが論じた「高次の精神機能の社会的起源」が具現化される。他者との対話を通じて外化された認知方略が、やがて内言として内面化され、個人の読解スキルとなる。この方法の有効性は多くの実証研究で確認されており、特に読解力の低い学習者において顕著な改善が報告されている。

Q5: TARGET枠組みの6つの次元を挙げ、それぞれが自己決定理論の3つの基本的心理欲求(自律性・有能感・関係性)のいずれと関連するかを対応づけて説明せよ。

A5: TARGET枠組みの6次元とSDTの基本的心理欲求の対応は以下の通りである。Task(課題)は、適切な挑戦性と個人的意味のある課題設計により有能感を充足する。Authority(権限)は、学習者に選択の機会を与え意思決定に参加させることで自律性を充足する。Recognition(承認)は、個人の進歩に基づく私的なフィードバックにより有能感を充足する(公的な能力比較は有能感を脅かしうる)。Grouping(集団編成)は、協同的学習における仲間との相互作用を通じて関係性を充足する。Evaluation(評価)は、個人の成長に焦点を当てた評価により有能感を充足し、相対評価からの脱却により自律性も支持する。Time(時間)は、柔軟な時間配分により個人のペースでの学習を可能にし、自律性を充足する。このように、TARGET枠組みの各次元はSDTの3欲求の少なくとも1つと対応しており、両理論は教室の動機づけ環境の設計において相互に補完的な指針を提供する。