Module 3-5 - Section 3: 被害者心理学¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 3-5: 司法・犯罪心理学 |
| 前提セクション | Section 1(犯罪の心理学的理解) |
| 想定学習時間 | 7時間 |
導入¶
犯罪心理学は歴史的に「加害者」の心理的メカニズムの解明に重点を置いてきたが、1970年代以降、犯罪の被害者(victim)の心理的経験に対する科学的関心が急速に高まった。被害者学(victimology)の発展は、犯罪が被害者に及ぼす心理的影響の深刻さと持続性を実証的に明らかにし、被害者支援の理論的基盤を提供してきた。
本セクションでは、まず犯罪被害がもたらす心理的トラウマの構造と症候を検討し、特にPTSD(心的外傷後ストレス障害)を中核概念として位置づける(→ Module 2-5「臨床心理学・異常心理学」参照)。次に、被害者が司法手続の中で経験する二次被害(secondary victimization)の問題を分析する。続いて、被害者支援の心理学的アプローチとして、危機介入、トラウマインフォームドケア、エビデンスに基づく心理療法を概観する。最後に、被害者と加害者の関係を再構築しようとする修復的司法(restorative justice)の理論と実証的知見を検討する。
犯罪被害のトラウマ¶
犯罪被害とPTSD¶
Key Concept: 心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder: PTSD) 生命の危機や重篤な身体的危害を伴う出来事への曝露後に発症する精神障害。侵入症状(フラッシュバック、悪夢)、回避症状(トラウマに関連する刺激の回避)、認知・気分の陰性変化(自責、疎外感)、覚醒・反応性の亢進(過覚醒、驚愕反応)の4症状群を特徴とする(DSM-5)。
犯罪被害はPTSD発症の最も強力なリスクファクターの一つである。Kilpatrick et al.(1989)やBreslau et al.(1998)の疫学研究は、暴力犯罪の被害者が自然災害や事故の被害者と比較してPTSD発症率が顕著に高いことを示した。暴力犯罪被害者のPTSD有病率は研究によって異なるが、概ね25-45%の範囲にあり、性暴力被害者ではさらに高く50%前後に達する報告がある。犯罪被害者のおよそ3分の1がPTSDを発症するとする知見は、複数の疫学調査で概ね一致している。
犯罪被害に伴うPTSDの臨床的特徴として、以下の点が注目される。
- 意図性の知覚: 犯罪被害は自然災害や事故と異なり、「他者が意図的に自分に危害を加えた」という認知を伴う。この意図性の知覚が、基本的信頼感(basic trust)の崩壊をもたらし、世界と他者に対する安全感を根本的に損なう
- 自己非難: 被害者はしばしば「自分にも落ち度があった」という自己非難(self-blame)の認知を示す。行動的自己非難(behavioral self-blame: 「あの道を通らなければ」)と性格的自己非難(characterological self-blame: 「自分がこういう人間だから」)が区別される。Janoff-Bulmanの研究によれば、行動的自己非難は将来の統制可能感の維持に寄与しうるが、性格的自己非難は回復を阻害する
- 世界観の崩壊: Janoff-Bulman(ジャノフ=ブルマン, 1992)の打ち砕かれた仮説理論(shattered assumptions theory)によれば、犯罪被害は人間が通常保持する3つの基本的仮説——世界の善意(the world is benevolent)、世界の有意味性(the world is meaningful)、自己の価値(the self is worthy)——を打ち砕く
Key Concept: 打ち砕かれた仮説理論(shattered assumptions theory) Ronnie Janoff-Bulman(1992)が提唱した理論。人間は通常、世界は善意に満ちている、出来事は有意味で予測可能である、自己は価値ある存在であるという3つの基本的仮説を保持しているが、トラウマ体験はこれらの仮説を根底から打ち砕く。トラウマからの回復はこれらの仮説の再構築の過程として理解される。
犯罪被害の心理的影響の広がり¶
犯罪被害の心理的影響はPTSDに限定されない。犯罪被害経験のない者と比較して、犯罪被害者は以下の精神障害の有病率が有意に高い。
| 障害・症状 | 内容 |
|---|---|
| 大うつ病性障害 | 犯罪被害後の抑うつは最も一般的な心理的反応の一つ。無力感、絶望感、興味の喪失を特徴とする |
| 不安障害 | 全般性不安障害、パニック障害、特定の恐怖症が被害後に発症しうる |
| 物質使用障害 | アルコール・薬物の乱用がPTSD症状への自己投薬(self-medication)として生じうる |
| 解離性障害 | トラウマに対する防衛的な心理的離脱。離人感、現実感消失、解離性健忘を含む |
| 自殺念慮・自殺企図 | 犯罪被害者は非被害者と比較して自殺念慮・企図の発生率が有意に高い |
graph TD
subgraph "犯罪被害の心理的影響"
CRIME["犯罪被害体験"]
INTENT["意図性の知覚<br>基本的信頼感の崩壊"]
SHATTER["世界観の崩壊<br>打ち砕かれた仮説"]
BLAME["自己非難<br>行動的 / 性格的"]
PTSD["PTSD<br>侵入・回避・陰性変化・過覚醒"]
DEP["大うつ病性障害"]
ANX["不安障害"]
SUB["物質使用障害"]
DISS["解離性障害"]
end
CRIME --> INTENT
CRIME --> SHATTER
CRIME --> BLAME
INTENT --> PTSD
SHATTER --> PTSD
SHATTER --> DEP
BLAME --> PTSD
BLAME --> DEP
PTSD --> SUB
PTSD --> ANX
CRIME --> DISS
被害類型ごとの心理的影響¶
犯罪被害の心理的影響は被害の類型によって異なる。
- 性暴力被害: PTSD発症率が最も高い犯罪類型であり、恥辱感(shame)、汚名感(stigma)、自己非難の強さが特徴的である。性暴力被害者は被害を他者に開示することへの強い抵抗を示すことが多く、これが支援へのアクセスを妨げる要因となる
- 暴力犯罪被害(暴行・強盗等): 身体的危害への恐怖とそれに伴う回避行動が顕著であり、外出恐怖や対人不信が日常生活機能を制限する
- 殺人遺族: 愛する者の突然かつ暴力的な死は、複雑性悲嘆(complicated grief)とPTSDの併存をもたらしやすい。殺人遺族が経験する悲嘆は、自然死の場合と質的に異なり、刑事司法手続への関与が悲嘆の過程を複雑化させる
- 繰り返し被害(repeat victimization): 犯罪被害が繰り返されることで、心理的影響は累積的に深刻化する。DV(domestic violence)やストーキング被害はこのパターンに該当し、慢性的なトラウマ反応を引き起こす
間接被害と共感疲労¶
犯罪の心理的影響は直接の被害者だけでなく、被害者の家族、友人、目撃者、さらには支援者にも波及する。
Key Concept: 二次的外傷性ストレス(Secondary Traumatic Stress: STS) 犯罪被害者を支援する専門家(警察官、検察官、被害者支援員、心理臨床家等)がトラウマを負った被害者への反復的な共感的関与を通じて、被害者のトラウマ症状に類似した心理的反応を示す現象。共感疲労(compassion fatigue)とも呼ばれる。バーンアウト(burnout)とは区別される概念であるが、実際には併存することが多い。
支援者の二次的外傷性ストレスは、支援の質の低下を通じて被害者の回復にも悪影響を及ぼしうるため、支援者自身の心理的健康の保護が被害者支援システムの持続性にとって不可欠である。
二次被害と司法手続¶
二次被害の概念¶
Key Concept: 二次被害(secondary victimization) 犯罪被害者が刑事司法手続や社会的対応の中で経験する追加的な心理的被害。警察での聴取、検察での取調べ、公判での証言といった司法手続の各段階で、被害者が不適切な扱いを受けることにより、トラウマが再活性化・増幅される現象を指す。
二次被害の概念は、犯罪被害者の心理的回復を阻害する重大な要因として被害者学において中心的な位置を占める。二次被害は主に以下の文脈で生じる。
司法手続における二次被害: - 事件の詳細について反復的に説明を求められること - 被害者の行動や落ち度を問うような尋問(特に性暴力事件における被害者の服装・行動・性歴への言及) - 加害者やその関係者との対面を強いられること - 事件処理の遅延や情報提供の不足による不確実性
社会的文脈における二次被害: - 家族、友人、職場からの不適切な反応(「あなたにも落ち度がある」等) - 被害者に対するスティグマ(特に性暴力被害者) - メディアによる被害の詳細の報道 - 被害者の経験を矮小化する反応
graph LR
subgraph "二次被害の構造"
V["犯罪被害<br>(一次被害)"]
JS["司法手続<br>反復聴取・対面<br>不適切な尋問"]
SOC["社会的反応<br>スティグマ・非難<br>矮小化"]
MED["メディア報道<br>プライバシー侵害"]
SV["二次被害<br>トラウマの再活性化<br>回復の阻害"]
end
V --> JS
V --> SOC
V --> MED
JS --> SV
SOC --> SV
MED --> SV
公正世界仮説と被害者非難¶
被害者が社会的文脈で二次被害を受ける背景には、公正世界仮説(just-world hypothesis)が関与している。
Key Concept: 公正世界仮説(just-world hypothesis) Melvin J. Lerner(メルヴィン・ラーナー, 1980)が提唱した概念。人間は「世界は公正であり、人は自分にふさわしいものを得る」という信念を保持する傾向がある。この信念が脅かされるとき(無辜の人間が犯罪被害に遭うとき)、人々は認知的不協和を低減するために被害者の行動や性格に原因を帰属させ(被害者非難; victim blaming)、公正世界信念を維持しようとする。
公正世界仮説は、被害者非難(victim blaming)の心理学的メカニズムを説明する理論として重要である。被害者の苦しみが「不当である」と認識されることは、世界が予測可能で公正であるという信念を脅かすため、観察者は被害者の行動に落ち度を見出すことで「このような被害は自分には起こらない」という安全感を維持しようとする。この心理的プロセスは意識的に行われるものではなく、自動的な認知過程として生じることが多い。
被害者支援の心理学的アプローチ¶
危機介入¶
犯罪被害直後の心理的支援として、危機介入(crisis intervention)が実施される。危機介入は、被害者の急性ストレス反応を安定化させ、PTSD等の慢性的な精神障害への移行を予防することを目的とする。
エビデンスに基づく危機介入の原則は以下の通りである。
| 原則 | 内容 |
|---|---|
| 安全の確保 | 物理的・心理的安全の確認。被害者が現在安全な状態にあることを保証する |
| 安定化 | 急性の情動的覚醒を低減する。被害者の感情を受容し、正常化する |
| 情報提供 | トラウマ反応の心理教育。現在の症状が異常な出来事に対する正常な反応であることを伝える |
| つながりの促進 | 社会的支援ネットワークへの接続。家族、友人、専門機関との連絡を支援する |
| 自己効力感の回復 | 被害者自身の対処能力を強調し、主体性と統制感の回復を促進する |
なお、かつて広く用いられていた心理的デブリーフィング(Critical Incident Stress Debriefing: CISD)——トラウマ直後に体験の詳細を語らせる介入——は、複数のRCT(無作為化比較試験)によってPTSD予防効果がないばかりか、場合によっては有害でありうることが示され、現在ではエビデンスに基づく実践としては推奨されていない。この知見は、被害者支援において「善意」だけでは不十分であり、科学的根拠に基づいたアプローチが不可欠であることを示している。
トラウマインフォームドケア¶
Key Concept: トラウマインフォームドケア(Trauma-Informed Care: TIC) トラウマの広範な影響を認識し、トラウマからの回復の経路を理解し、トラウマの兆候と症状を認識し、トラウマに関する知識を政策・手続き・実践に統合し、再トラウマ化を積極的に防止するアプローチ(SAMHSA, 2014の定義に基づく)。特定の治療技法ではなく、サービス提供全体を貫く組織的な枠組みである。
米国薬物乱用精神保健サービス局(SAMHSA: Substance Abuse and Mental Health Services Administration)が推進するTICは、以下の6つの主要原則に基づく。
- 安全性(Safety): 物理的・心理的安全の確保
- 信頼性と透明性(Trustworthiness and Transparency): 手続きの説明と信頼関係の構築
- ピアサポート(Peer Support): 同様の経験を持つ者からの支援
- 協働と相互性(Collaboration and Mutuality): 支援者と被害者の権力格差の最小化
- エンパワメント・選択・発言権(Empowerment, Voice, and Choice): 被害者の自律性と主体性の尊重
- 文化的・歴史的・ジェンダー的課題への対応(Cultural, Historical, and Gender Issues): 多様な背景への配慮
TICは犯罪被害者支援において特に重要である。なぜなら、司法手続や支援過程そのものがトラウマを再活性化させる(再トラウマ化; retraumatization)リスクを内包しているからである。TICの枠組みは、警察、検察、裁判所、被害者支援機関などの組織全体がトラウマの影響を理解し、二次被害を最小化する実践を組織的に実装することを求める。
graph TD
subgraph "トラウマインフォームドケアの原則と被害者支援"
TIC["トラウマインフォームドケア(TIC)"]
S1["安全性"]
S2["信頼性と透明性"]
S3["ピアサポート"]
S4["協働と相互性"]
S5["エンパワメント"]
S6["文化的課題への対応"]
OUTCOME["二次被害の防止<br>心理的回復の促進<br>支援へのアクセス向上"]
end
TIC --> S1
TIC --> S2
TIC --> S3
TIC --> S4
TIC --> S5
TIC --> S6
S1 --> OUTCOME
S2 --> OUTCOME
S3 --> OUTCOME
S4 --> OUTCOME
S5 --> OUTCOME
S6 --> OUTCOME
エビデンスに基づく心理療法¶
犯罪被害によるPTSDの治療において、エビデンスに基づく心理療法が複数確立されている(→ Module 2-5「臨床心理学・異常心理学」参照)。
| 療法 | 概要 | エビデンスの水準 |
|---|---|---|
| 認知処理療法(CPT) | トラウマに関する不適応的な認知(自己非難、過度の危険認知)を同定し、認知的再構成を通じて修正する。Resickが性暴力被害者のPTSD治療として開発 | 複数のRCTで有効性が実証。性暴力被害者に対する第一選択の治療法の一つ |
| 持続エクスポージャー療法(PE) | トラウマ記憶への想像的曝露と、回避している場面・状況への現実曝露を体系的に実施する。Foaが開発 | PTSD治療のゴールドスタンダード。多様なトラウマ類型に有効 |
| EMDR | トラウマ記憶の想起中に眼球運動等の両側性刺激を行い、記憶の再処理を促進する。Shapiroが開発 | WHOおよびNICEガイドラインで推奨。PE・CPTと同等の効果量 |
| トラウマ焦点化CBT(TF-CBT) | 児童・青年を対象としたトラウマ治療。心理教育、リラクセーション、認知的コーピング、トラウマナラティブの構築等を含む | 児童虐待被害者に対するRCTで有効性が実証 |
社会的支援(social support)はPTSD発症のリスクを緩衝する最も強力な因子の一つであることが、メタ分析(Brewin et al., 2000; Ozer et al., 2003)によって確認されている。この知見は、心理療法と並行して被害者の社会的支援ネットワークの強化が回復に不可欠であることを示している。
修復的司法¶
修復的司法の理論的基盤¶
Key Concept: 修復的司法(restorative justice) 犯罪によって生じた害を修復することを目的とし、被害者、加害者、コミュニティの三者が対話を通じて問題解決に参加する司法アプローチ。従来の応報的司法(retributive justice)が「犯罪者に応分の罰を与えること」を目的とするのに対し、修復的司法は「犯罪によって壊れた関係の修復」を目的とする。
修復的司法は1970年代以降に発展した司法理念であり、Howard Zehr(ハワード・ゼア)やJohn Braithwaite(ジョン・ブレイスウェイト)らの理論的貢献が重要である。Zehrは犯罪を「法の違反」ではなく「人間関係と共同体への害」として再定義し、司法の目的を「罰」から「修復」へと転換することを提唱した。
修復的司法の理論的前提は以下の通りである。
- 犯罪は法の違反であると同時に、被害者、加害者、コミュニティの関係への害である
- 司法の目的は、罰を与えることではなく、犯罪によって生じた害を可能な限り修復することである
- 被害者、加害者、コミュニティのすべてが問題解決の過程に参加する権利と責任を持つ
- 加害者は自らの行為がもたらした害を認識し、その修復に責任を負う
修復的司法の主要な実践形態¶
| 形態 | 内容 |
|---|---|
| 被害者-加害者調停(VOM) | Victim-Offender Mediation。訓練を受けた調停者の仲介のもとで被害者と加害者が対面し、事件の影響について対話する。最も古い修復的司法の形態 |
| 家族集団会議(FGC) | Family Group Conferencing。被害者・加害者に加え、双方の家族や支援者が参加する拡大的な対話の場。ニュージーランドのマオリの伝統的実践に起源を持つ |
| サークル | Circle。コミュニティのメンバーが広く参加し、犯罪の影響とその修復について話し合う。先住民族の伝統的実践に由来 |
graph TD
subgraph "修復的司法と応報的司法の比較"
RJ["修復的司法"]
TJ["応報的司法"]
RJ_Q["中心的問い:<br>犯罪はどのような害を<br>もたらしたか"]
TJ_Q["中心的問い:<br>どの法律に違反し<br>どのような罰が適切か"]
RJ_P["参加者:<br>被害者・加害者<br>コミュニティ"]
TJ_P["参加者:<br>国家 vs 加害者"]
RJ_G["目標:<br>害の修復<br>関係の再構築"]
TJ_G["目標:<br>応分の罰<br>犯罪の抑止"]
end
RJ --> RJ_Q
RJ --> RJ_P
RJ --> RJ_G
TJ --> TJ_Q
TJ --> TJ_P
TJ --> TJ_G
Braithwaiteの再統合的恥づけ理論¶
Key Concept: 再統合的恥づけ理論(reintegrative shaming theory) John Braithwaite(1989)が提唱した理論。犯罪者に対する社会的反応には、スティグマ的恥づけ(stigmatization: 犯罪者としてのラベルを貼り、共同体から排除する)と再統合的恥づけ(reintegrative shaming: 犯罪行為を非難しつつも、行為者を共同体に再統合する)の2つの類型がある。再統合的恥づけは犯罪者の行為に対する不承認を明確に示しながらも、犯罪者を「悪い人間」としてではなく「悪い行為をした善良な人間」として扱い、共同体への復帰を支援する。
Braithwaiteの理論は、修復的司法の理論的基盤の一つとして重要である。応報的司法がスティグマ的恥づけに傾きやすいのに対し、修復的司法のプロセスは再統合的恥づけの実現に適している。被害者-加害者調停において加害者が被害者の苦しみを直接聴き、自らの行為がもたらした害を認識する過程は、スティグマを伴わない「行為への恥」を喚起し、加害者の社会的再統合を促進する可能性がある。
修復的司法の実証的知見¶
修復的司法の効果に関する実証研究は、以下の知見を提供している。
再犯への効果: Fulham et al.(2025)のメタ分析(27研究、34サンプル)は、修復的司法プログラムが一般的な再犯の有意な低減と関連することを示した。ただし、暴力的再犯に対する低減効果は有意ではなかった。効果量は小さいものの統計的に有意であり、従来の司法手続と比較して少なくとも同等以上の効果を持つことが示されている。
被害者への効果: 被害者の満足度に関しては、修復的司法は従来の司法手続と比較して一貫して高い満足度をもたらすことが報告されている。被害者は修復的司法のプロセスにおいて「声を聴いてもらえた」「手続に参加できた」という手続的公正感(procedural justice)を強く経験する。PTSD症状への効果については、回避症状と侵入症状の改善に関して一定のエビデンスがあるものの、他の症状カテゴリについては知見が混在している。
加害者への効果: 加害者の被害弁済(restitution)遵守率は、修復的司法を経た場合に有意に高い。加害者の満足度も従来の手続より高い傾向がある。
限界と留意点: - 性暴力やDV事件への修復的司法の適用については、被害者の安全確保と権力の非対称性の問題から強い慎重論がある - 被害者の参加は完全に自発的でなければならず、加害者との対面を強いることは二次被害となりうる - 文化的文脈によって修復的司法の効果は異なりうる。先住民族やマイノリティ集団に対する適用には文化的感受性が不可欠である
まとめ¶
- 犯罪被害はPTSDを中核とする多様な精神障害のリスクファクターであり、暴力犯罪被害者のPTSD有病率は概ね25-45%に達する。犯罪被害に特有の心理的特徴として、意図性の知覚による基本的信頼感の崩壊、自己非難、そしてJanoff-Bulmanの打ち砕かれた仮説理論が記述する世界観の崩壊がある
- 二次被害は、司法手続や社会的反応の中で被害者が経験する追加的な心理的被害であり、被害者の回復を深刻に阻害する。公正世界仮説に基づく被害者非難は、二次被害の社会心理学的メカニズムを説明する
- 被害者支援のアプローチとして、科学的根拠に基づく危機介入、組織全体の枠組みとしてのトラウマインフォームドケア(TIC)、そしてPTSD治療のエビデンスに基づく心理療法(CPT、PE、EMDR等)が確立されている。社会的支援はPTSD発症のリスクを緩衝する最も強力な因子の一つである
- 修復的司法は、犯罪によって生じた害の修復を目的とし、被害者・加害者・コミュニティの対話を通じた問題解決を図る。メタ分析は一般的再犯の有意な低減と高い被害者満足度を示しているが、暴力的再犯への効果は限定的であり、性暴力やDV事件への適用には慎重な検討が必要である
- 次のSection(該当する場合)では、本セクションで検討した被害者支援の枠組みを踏まえて、司法・犯罪心理学の応用的課題をさらに検討する
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 心的外傷後ストレス障害 | Post-Traumatic Stress Disorder (PTSD) | 生命の危機等への曝露後に発症する精神障害。侵入・回避・陰性変化・過覚醒の4症状群を特徴とする |
| 打ち砕かれた仮説理論 | shattered assumptions theory | Janoff-Bulman(1992)の理論。トラウマが世界の善意・有意味性・自己の価値という3つの基本仮説を打ち砕くとする |
| 自己非難 | self-blame | 被害者が自身に被害の原因を帰属させる認知。行動的自己非難と性格的自己非難がある |
| 二次被害 | secondary victimization | 司法手続や社会的対応の中で被害者が経験する追加的な心理的被害 |
| 公正世界仮説 | just-world hypothesis | 世界は公正であり人は相応のものを得るという信念。被害者非難の心理的メカニズムを説明する |
| 被害者非難 | victim blaming | 犯罪被害の原因を被害者の行動や性格に帰属させること |
| 二次的外傷性ストレス | Secondary Traumatic Stress (STS) | 被害者支援の専門家がトラウマを負った被害者への共感的関与を通じて示すトラウマ類似の反応 |
| 共感疲労 | compassion fatigue | トラウマを負った他者への継続的なケアにより支援者に生じる心理的消耗 |
| 危機介入 | crisis intervention | トラウマ直後の心理的支援。安定化とPTSDへの移行予防を目的とする |
| トラウマインフォームドケア | Trauma-Informed Care (TIC) | トラウマの影響を認識し、再トラウマ化を防止するサービス提供の組織的枠組み |
| 認知処理療法 | Cognitive Processing Therapy (CPT) | トラウマに関する不適応的認知の再構成を行うPTSD治療法 |
| 持続エクスポージャー療法 | Prolonged Exposure (PE) | トラウマ記憶と回避状況への体系的曝露によるPTSD治療法 |
| EMDR | Eye Movement Desensitization and Reprocessing | 眼球運動等の両側性刺激を用いたトラウマ記憶の再処理療法 |
| 修復的司法 | restorative justice | 犯罪による害の修復を目的とし、被害者・加害者・コミュニティの対話による問題解決を図る司法アプローチ |
| 応報的司法 | retributive justice | 犯罪者に応分の罰を与えることを目的とする伝統的司法アプローチ |
| 被害者-加害者調停 | Victim-Offender Mediation (VOM) | 調停者の仲介のもとで被害者と加害者が対面し対話する修復的司法の実践 |
| 再統合的恥づけ理論 | reintegrative shaming theory | Braithwaite(1989)の理論。犯罪行為を非難しつつ行為者を共同体に再統合する社会的反応の類型 |
| 手続的公正感 | procedural justice | 手続が公正であったと感じる主観的知覚 |
| 複雑性悲嘆 | complicated grief | 愛する者の死後、通常の悲嘆過程を超えて持続する強い悲嘆反応 |
確認問題¶
Q1: Janoff-Bulmanの打ち砕かれた仮説理論における3つの基本的仮説を説明し、犯罪被害がこれらの仮説をどのように打ち砕くかを、犯罪被害に特有の「意図性の知覚」と関連づけて論じよ。
A1: 打ち砕かれた仮説理論によれば、人間は通常、(1) 世界は善意に満ちている(世界の善意)、(2) 出来事は有意味で予測可能である(世界の有意味性)、(3) 自己は価値ある存在である(自己の価値)という3つの基本的仮説を保持している。犯罪被害、特に暴力犯罪は、これらの仮説を同時に打ち砕く。犯罪被害に特有の「意図性の知覚」——他者が意図的に自分に危害を加えたという認知——は、この崩壊を深刻化させる。自然災害や事故と異なり、犯罪被害では「人間が故意に害をもたらした」という事実が世界の善意という仮説を直接的に否定する。また、「なぜ自分が狙われたのか」という問いは世界の有意味性を、「自分が被害に遭うのは自分に欠陥があるからだ」という性格的自己非難は自己の価値をそれぞれ損なう。トラウマからの回復は、これらの打ち砕かれた仮説を新たな形で再構築していく過程として理解される。
Q2: 二次被害(secondary victimization)の概念を定義し、公正世界仮説がどのように被害者非難のメカニズムを説明するかを論じよ。二次被害を最小化するために、司法手続においてどのような配慮が必要かを具体的に述べよ。
A2: 二次被害とは、犯罪被害者が刑事司法手続や社会的対応の中で経験する追加的な心理的被害であり、不適切な聴取、被害者の落ち度を問う尋問、加害者との強制的な対面などによってトラウマが再活性化される。公正世界仮説は、人間が「世界は公正であり人は相応のものを得る」という信念を保持する傾向を指す。無辜の被害者の存在はこの信念を脅かすため、観察者は認知的不協和を低減する手段として被害者の行動や性格に原因を帰属させる(被害者非難)。これにより「自分にはこのような被害は起こらない」という安全感を維持する。この過程は多くの場合自動的に生じる。司法手続における二次被害の最小化には、以下が必要である。(1) 聴取回数の最小化と、訓練を受けた専門家による聴取の実施、(2) 被害者の服装・性歴等への不必要な言及の制限(特に性暴力事件)、(3) 加害者との物理的接触を回避する措置(ビデオリンク方式等)、(4) 事件処理の進行状況に関する定期的な情報提供、(5) 被害者支援員の配置とトラウマインフォームドケアの組織的実装。
Q3: トラウマインフォームドケア(TIC)の6原則を列挙し、これが犯罪被害者支援において従来のアプローチよりも有効である理由を、二次被害の防止の観点から説明せよ。
A3: TICの6原則は、(1) 安全性、(2) 信頼性と透明性、(3) ピアサポート、(4) 協働と相互性、(5) エンパワメント・選択・発言権、(6) 文化的・歴史的・ジェンダー的課題への対応である。TICが犯罪被害者支援において有効である理由は、従来のアプローチが往々にして二次被害を引き起こす構造的要因に対処している点にある。安全性の原則は物理的・心理的安全を最優先することで再トラウマ化を防止する。信頼性と透明性の原則は手続きの不透明さによる不安と無力感を軽減する。エンパワメントの原則は被害者の自律性と主体性を尊重し、犯罪被害によって奪われた統制感の回復を促進する。協働と相互性の原則は支援者と被害者の間の権力格差を最小化し、被害者が「対象」ではなく「主体」として扱われることを保証する。これらの原則は組織全体の枠組みとして実装されるため、個々の支援者の善意に依存するのではなく、システマティックに二次被害を防止する構造を構築できる。
Q4: 修復的司法の理論的基盤をBraithwaiteの再統合的恥づけ理論を用いて説明し、修復的司法の実証的知見(再犯、被害者満足度)と限界を論じよ。
A4: Braithwaiteの再統合的恥づけ理論は、犯罪者に対する社会的反応をスティグマ的恥づけ(犯罪者としてラベルを貼り排除する)と再統合的恥づけ(行為を非難しつつ行為者を共同体に再統合する)に区別する。修復的司法のプロセスでは、加害者が被害者の苦しみを直接聴き、自らの行為がもたらした害を認識することで、スティグマを伴わない「行為への恥」が喚起され、社会的再統合が促進される。実証的知見として、メタ分析は修復的司法が一般的再犯の有意な低減と関連することを示しているが、暴力的再犯への効果は有意ではない。被害者満足度は従来の司法手続と比較して一貫して高く、手続的公正感が高いことが報告されている。限界としては、(1) 性暴力やDV事件への適用には権力の非対称性と被害者の安全確保の問題があること、(2) 被害者の参加は完全に自発的でなければならず、強制は二次被害となること、(3) PTSDの回避・侵入症状には一定の改善効果があるが他の症状への効果は一貫していないこと、(4) 文化的文脈によって効果が異なりうること、が挙げられる。
Q5: 犯罪被害者のPTSD治療におけるエビデンスに基づく心理療法(CPT、PE、EMDR)のそれぞれの特徴を比較し、社会的支援がPTSD発症のリスク緩衝因子として機能するメカニズムを論じよ。
A5: CPT(認知処理療法)は、犯罪被害に伴う不適応的認知(自己非難、過度の危険認知、信頼感の喪失等)を同定し、認知的再構成を通じて修正する。特に性暴力被害者のPTSD治療として開発され、認知レベルでの変容を主要なメカニズムとする。PE(持続エクスポージャー療法)は、トラウマ記憶への想像的曝露と回避場面への現実曝露を体系的に行い、情動処理理論に基づいてトラウマ記憶の情動的処理と馴化を促進する。PTSD治療のゴールドスタンダードとされる。EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)は、トラウマ記憶の想起中に両側性刺激を行い、記憶の適応的な再処理を促進する。3療法のPTSD治療効果量は概ね同等であることがメタ分析で示されている。社会的支援がPTSD発症のリスクを緩衝するメカニズムとしては、(1) 安全な対人関係がトラウマ後の情動調整を支援すること(→ Module 2-2「感情・動機づけの心理学」参照)、(2) 他者からの肯定的フィードバックが打ち砕かれた自己価値の仮説の再構築を促進すること、(3) 社会的つながりが孤立と回避行動の強化を防止すること、(4) 実際的な支援(住居、経済的援助等)がストレッサーの軽減に寄与すること、が考えられる。