Module 1-1 - Section 2: 政治学の学問的発展¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 1-1: 政治学原論 |
| 前提セクション | Section 1: 政治学の定義と基本概念 |
| 想定学習時間 | 2.5時間 |
導入¶
政治学は古代ギリシアに端を発する長い知的伝統を持つが、「科学」としての政治学が確立されたのは20世紀に入ってからである。本セクションでは、古典的政治学から行動論革命、ポスト行動論、合理的選択理論、新制度論へと至る政治学の方法論的発展を概観する。それぞれのアプローチがどのような問題意識から生まれ、先行するパラダイムの何を批判し何を継承したのかを理解することは、現代政治学の多元的な方法論を把握する上で不可欠である。
(→ Module 1-1, Section 1「政治学の定義と基本概念」参照)
古典的政治学:規範と制度の記述¶
アリストテレスからの伝統¶
政治学の起源は、古代ギリシアのプラトン(Platon)とアリストテレス(Aristoteles)に遡る。アリストテレスは『政治学(Politika)』において、150以上のポリス(都市国家)の政治体制を収集・比較し、政体を統治者の数(一人・少数・多数)と統治の目的(公共善か私益か)の二軸で分類した。この経験的・比較的手法は、規範的理想論に傾斜したプラトンの『国家(Politeia)』とは対照的であり、アリストテレスは「実現可能な最善の政体」を追究した。
近世以降、ニッコロ・マキアヴェッリ(Niccolo Machiavelli)が『君主論(Il Principe)』(1532年)において権力の現実主義的分析を展開し、政治を道徳や神学から分離して考察する端緒を開いた。トマス・ホッブズ(Thomas Hobbes)、ジョン・ロック(John Locke)、シャルル・ド・モンテスキュー(Charles de Montesquieu)らは社会契約論や権力分立論を通じて近代政治思想の基礎を築いた。
伝統的アプローチの特徴¶
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、欧米の大学で政治学が独立した学問分野として制度化された。この時期の政治学は伝統的アプローチ(traditional approach)と呼ばれ、以下の特徴を持っていた。
- 制度・法律の記述的分析: 憲法、議会制度、行政機構など公式の政治制度を記述・分類することが研究の中心であった
- 規範的・哲学的関心: 「よき統治とは何か」「正義とは何か」といった規範的問いが重要視された
- 歴史的方法: 政治制度の歴史的発展の叙述が主要な研究方法であった
- 非科学的: 体系的なデータ収集や仮説検証といった科学的方法は用いられなかった
このアプローチは政治思想と政治制度に関する豊富な知見を蓄積したが、個人の実際の政治行動や政治過程のメカニズムを科学的に解明する力には限界があった。20世紀前半、この限界への不満が科学的政治学への転換を促すことになる。
行動論革命:政治学の科学化¶
シカゴ学派とメリアムの先駆的取り組み¶
Key Concept: 行動論革命(behavioral revolution) 1950〜60年代に米国政治学で起こった方法論上の転換。制度の記述的分析から個人の観察可能な政治行動の科学的研究へと重点を移した。計量的手法、仮説検証、価値自由(value-free)の理念を特徴とする。
行動論革命の知的起源は、シカゴ大学のチャールズ・エドワード・メリアム(Charles Edward Merriam)に遡る。メリアムは著書『政治学の新局面(New Aspects of Politics)』(1925年)において、従来の政治学が法的形式や倫理的処方に偏重し科学的厳密性を欠いていると批判した。彼は心理学や統計学など隣接諸科学の手法を政治学に導入することを主張し、シカゴ大学に米国初の学際的社会科学研究所を設立した。
メリアムの下で学んだハロルド・ラスウェル(Harold Lasswell)は、政治を「誰が、何を、いつ、いかにして獲得するか(Who Gets What, When, How)」と定義し(1936年)、権力過程の経験的分析を推進した。ラスウェルは精神分析の手法を政治行動の分析に応用するなど、学際的アプローチの実践者でもあった。
行動論革命の展開¶
第二次世界大戦後、行動論的アプローチは米国政治学の主流パラダイムとなった。その展開において中心的役割を果たしたのがデイヴィッド・イーストン(David Easton)である。
イーストンは著書『政治体系(The Political System)』(1953年)において、政治を「社会に対する価値の権威的配分(authoritative allocation of values for a society)」と定義した。さらに『政治分析の枠組(A Framework for Political Analysis)』(1965年)では、政治システム論を体系化した。
イーストンの政治システム論は、環境からの入力(input)――すなわち社会からの要求(demands)と支持(support)――が政治システムに入り、そこで処理されて政策という出力(output)が生じ、その結果が環境にフィードバックされて新たな入力に影響を与えるという循環モデルである。このモデルは、一般システム理論の政治学への応用であり、政治過程を動態的・機能的に捉える枠組みを提供した。
graph LR
E[環境] -->|要求・支持<br/>入力 Input| PS[政治システム]
PS -->|政策・決定<br/>出力 Output| E
E -->|フィードバック| E
style PS fill:#e1f5fe
行動論の方法論的特徴¶
行動論革命は以下のような方法論的原則を掲げた。
| 原則 | 内容 |
|---|---|
| 規則性(regularities) | 政治行動には発見可能な規則性が存在する |
| 検証(verification) | 命題は経験的に検証可能でなければならない |
| 技法(techniques) | データ収集・分析に厳密な手法を用いる |
| 計量化(quantification) | 可能な限り数量的測定と統計的分析を行う |
| 価値自由(value-free) | 事実の分析と価値判断を明確に区別する |
| 体系化(systematization) | 理論と研究を体系的に関連づける |
| 純粋科学(pure science) | 応用よりも理論的理解を優先する |
| 統合(integration) | 他の社会科学との学際的統合を追求する |
サーベイ調査(survey research)、投票行動分析、世論調査の統計的分析などが主要な研究手法となり、政治学は「社会科学の一分野」としてのアイデンティティを確立していった。
ポスト行動論:価値と関連性への回帰¶
Key Concept: ポスト行動論(post-behavioralism) 1960年代末〜70年代に台頭した潮流で、行動論の科学的方法を全面否定はしないが、価値中立性への固執と社会的関連性の欠如を批判し、研究の実質的意義と規範的関与を重視する立場。
行動論への批判¶
1960年代後半、ベトナム戦争、公民権運動、都市暴動といった激動する社会状況の中で、行動論的政治学に対する批判が内部から噴出した。批判の要点は以下の通りである。
- 方法論的精緻化の自己目的化: 高度な統計手法の開発に注力するあまり、研究の実質的意義が失われている
- 保守的偏向: 価値中立を標榜しながら、実際には現状維持(status quo)を正当化する機能を果たしている
- 社会的無関連性: 差し迫った社会問題に対して、政治学が有意味な知見を提供できていない
イーストンの「関連性の信条」¶
皮肉なことに、行動論の主唱者の一人であったイーストン自身が、ポスト行動論の代表的論者となった。1969年、米国政治学会(APSA)会長就任演説においてイーストンは「関連性の信条(credo of relevance)」を提唱し、ポスト行動論革命の7つの原則を掲げた。
- 技法より実質(substance over technique): 研究において、方法論的精緻さよりも扱う問題の実質的重要性が優先される
- 現代的問題への関連性: 政治学研究は、同時代の緊急の社会問題と関連を持たなければならない
- 変革への志向: 研究は現状維持ではなく、社会変革に寄与すべきである
- 価値の認識: 価値中立という理念は虚構であり、研究には不可避的に価値が含まれることを認めるべきである
- 人間的価値の擁護: 政治学者は正義・自由・平等といった人間的価値を守る使命を持つ
- 行動への志向: 知識は行動のための手段であり、単なる観照の対象ではない
- 専門職の政治化: 学術コミュニティ自体が社会的・政治的問題に積極的に関与すべきである
ポスト行動論は行動論の科学的方法自体を否定したのではなく、科学的方法の使用目的を問い直した運動であった。「関連性と行動(relevance and action)」をスローガンとするこの転換は、政策科学(policy science)の発展や政治学における規範理論の復権に道を開いた。
合理的選択理論:経済学的手法の導入¶
Key Concept: 合理的選択理論(rational choice theory) 政治的行為者を、自己の効用を最大化するために合理的に行動する主体としてモデル化し、政治現象を演繹的に説明する理論的枠組み。経済学の方法論を政治学に応用したものであり、公共選択論(public choice theory)とも重なる。
ダウンズの経済的民主主義理論¶
合理的選択理論の政治学への導入において画期的であったのが、アンソニー・ダウンズ(Anthony Downs)の著書『民主主義の経済理論(An Economic Theory of Democracy)』(1957年)である。ダウンズは経済学における消費者行動の理論を投票行動に適用し、以下の重要な概念を提示した。
- 合理的投票者モデル: 有権者は各政党の政策がもたらす効用を比較し、最も高い効用を期待できる政党に投票する
- 空間モデル(spatial model): 政党はイデオロギー空間上に位置づけられ、有権者は自分の選好に最も近い政党を選ぶ。有権者の分布が正規分布(ベルカーブ)をなす場合、二大政党は中位投票者(median voter)に向かって収斂する傾向がある
- 合理的無知(rational ignorance): 投票のための情報収集にかかるコストが、一票が選挙結果に影響を与える確率に比して高いため、有権者が政治情報を十分に収集しないことは合理的行動である
オルソンの集合行為の論理¶
マンサー・オルソン(Mancur Olson)は『集合行為の論理(The Logic of Collective Action)』(1965年)において、合理的な個人が共通の利益を持つからといって自動的に集団的行動を取るとは限らないことを理論的に示した。
オルソンの議論の核心はフリーライダー問題(free-rider problem)である。公共財は非排除性と非競合性を持つため、個人は自ら費用を負担せずとも他者の努力による便益を享受できる。この構造の下では、大集団ほど各成員のフリーライダーへの誘因が強まり、集合行為は困難になる。小集団では各成員の貢献が目立ちやすく相互監視が機能するため、集合行為は比較的成功しやすい。
オルソンは、大集団において集合行為を実現するためには選択的誘因(selective incentives)――すなわち、協力者にのみ与えられる報酬や非協力者への制裁――が必要であると論じた。この洞察は、利益集団政治の分析、社会運動論、国際協力論など多方面に影響を与えた。
合理的選択理論の意義と批判¶
合理的選択理論は、演繹的推論に基づく理論的厳密性と予測力を政治学にもたらした点で大きな貢献をした。しかし以下の批判も存在する。
- 合理性の仮定の非現実性: 人間が常に効用最大化を行うという仮定は、認知的制約(ハーバート・サイモン(Herbert Simon)の提唱した「限定合理性(bounded rationality)」)を無視している
- 選好の外生性: 行為者の選好が所与(外生的)とされるが、実際の選好は文化・制度・社会的相互作用によって内生的に形成される
- 投票のパラドックス: 合理的選択理論の枠組みでは、投票のコストが期待便益を上回るため、そもそも投票すること自体が非合理的となる。しかし現実には多くの市民が投票する(投票のパラドックス)
- 文化的・歴史的文脈の軽視: 普遍的な合理性モデルは、政治行動に影響を与える文化的・歴史的要因を十分に扱えない
新制度論:制度の再発見¶
Key Concept: 新制度論(new institutionalism) 1980年代以降に台頭した研究潮流で、行動論・合理的選択理論が軽視した政治制度の役割を再評価する。旧制度論(old institutionalism)の記述的アプローチとは異なり、制度が行為者の行動にどのように影響するかを体系的に分析する。
マーチとオルセンの問題提起¶
ジェームズ・マーチ(James G. March)とヨハン・オルセン(Johan P. Olsen)は1984年の論文「新制度論:政治生活における組織的要因(The New Institutionalism: Organizational Factors in Political Life)」において、行動論と合理的選択理論が政治制度の自律的役割を軽視していると指摘した。両者は、制度が単なる個人の行動の集積ではなく、適切性の論理(logic of appropriateness)――すなわち「この状況で自分のような者は何をすべきか」という規範的判断――に基づいて行為者の行動を方向づける独自の力を持つと主張した。
マーチとオルセンのこの問題提起は「制度の再発見(rediscovering institutions)」と呼ばれ、政治学全体に制度分析への関心を喚起した。
三つの新制度論¶
ピーター・ホール(Peter A. Hall)とロザマリー・テイラー(Rosemary C. R. Taylor)は1996年の論文「政治学と三つの新制度論(Political Science and the Three New Institutionalisms)」において、新制度論を以下の三つの潮流に整理した。
Key Concept: 歴史的制度論(historical institutionalism) 制度が歴史的に形成された経路に沿って発展し、一度確立された制度的配置がその後の政治的選択を長期にわたって制約するという視角。経路依存性と決定的分岐点の概念を核とする。
Key Concept: 経路依存性(path dependence) 過去の制度的選択が「収穫逓増(increasing returns)」のメカニズムを通じてその後の発展経路を拘束し、代替的経路への転換コストを漸増させる現象。制度変化の非可逆性と歴史的偶然性の重要性を強調する。
1. 歴史的制度論(historical institutionalism)
歴史的制度論は、制度の発展における時間的順序と経路依存性に注目する。この潮流において特に重要なのが、ポール・ピアソン(Paul Pierson)が2000年の論文「収穫逓増・経路依存性・政治研究(Increasing Returns, Path Dependence, and the Study of Politics)」で精緻化した経路依存性の理論である。
ピアソンは経済学における「収穫逓増」の概念を政治学に応用し、政治過程において経路依存性が特に強く作用する理由を以下のように論じた。
- 政治制度は高い設立コストを伴い、一度確立されると変更が困難である
- 政治には短い時間地平で行動する誘因(選挙サイクルなど)があり、長期的な制度改革は後回しにされやすい
- 政治制度には現状変更を阻止する拒否権プレイヤーが組み込まれていることが多い
歴史的制度論は、決定的分岐点(critical juncture)――すなわち制度発展の方向性を大きく左右する歴史的契機――の概念を重視する。たとえば、戦争・革命・経済危機といった出来事が既存の制度的均衡を崩し、新たな制度的経路を開く契機となりうる。
代表的研究としては、セダ・スコッチポル(Theda Skocpol)の『国家と社会革命(States and Social Revolutions)』(1979年)がある。スコッチポルはフランス・ロシア・中国の革命を比較歴史分析し、国家構造・国際的圧力・農民反乱の組み合わせが革命の帰結を決定づけたと論じた。
2. 合理的選択制度論(rational choice institutionalism)
合理的選択制度論は、制度を合理的行為者が自己利益を追求する過程で直面する戦略的環境として捉える。制度はゲームのルールとして機能し、行為者の行動に誘因と制約を与える。
この潮流では、制度は行為者間の協力問題やコミットメント問題を解決するために自生的または意図的に形成されると考える。たとえば、議会における委員会制度は、立法過程における情報の非対称性を緩和し、取引コストを低減する制度的装置として分析される。
代表的研究としては、ダグラス・ノース(Douglass C. North)の『制度・制度変化・経済成果(Institutions, Institutional Change and Economic Performance)』(1990年)がある。
3. 社会学的制度論(sociological institutionalism)
社会学的制度論は、制度を公式のルールだけでなく、文化的規範、認知的枠組み、当然視される慣行(taken-for-granted practices)を含む広い概念として捉える。制度がなぜ特定の形態をとるのかを、機能的効率性ではなく、文化的正統性(legitimacy)の観点から説明する。
この潮流では、組織や国家が特定の制度的形態を採用するのは、それが効率的であるからではなく、その社会的環境において「適切」と見なされるからであると考える。制度的同型化(institutional isomorphism)の概念が重要であり、組織が他の組織や文化的期待に適合するよう構造を変化させる過程を分析する。
三つの新制度論の比較¶
| 次元 | 歴史的制度論 | 合理的選択制度論 | 社会学的制度論 |
|---|---|---|---|
| 制度の定義 | 公式・非公式のルール・手続き | ゲームのルール | 文化的規範・認知的枠組みを含む広義の制度 |
| 行為者の行動原理 | 文脈依存的 | 効用最大化 | 適切性の論理 |
| 制度の形成 | 歴史的経路と権力関係 | 合理的設計・自生的秩序 | 文化的正統性の追求 |
| 制度変化 | 漸進的・経路依存的(決定的分岐点で変動) | 均衡の移動 | 正統性をめぐる変化 |
| 代表的分析手法 | 比較歴史分析 | ゲーム理論・数理モデル | 事例研究・組織分析 |
graph TD
NI[新制度論<br/>New Institutionalism<br/>1980年代〜]
HI[歴史的制度論<br/>Historical Institutionalism]
RCI[合理的選択制度論<br/>Rational Choice Institutionalism]
SI[社会学的制度論<br/>Sociological Institutionalism]
NI --> HI
NI --> RCI
NI --> SI
HI --- |経路依存性<br/>決定的分岐点| HI_K[Skocpol, Pierson]
RCI --- |ゲーム理論<br/>均衡分析| RCI_K[North, Shepsle]
SI --- |正統性<br/>同型化| SI_K[DiMaggio, Powell]
style NI fill:#e8eaf6
style HI fill:#fff3e0
style RCI fill:#e8f5e9
style SI fill:#fce4ec
政治学のサブフィールド概観¶
政治学の学問的発展は、方法論の多様化と並行して、研究領域の専門分化をもたらした。現代の政治学は一般に以下のサブフィールドから構成される。
| サブフィールド | 主な研究対象 | 代表的問い |
|---|---|---|
| 政治理論(political theory) | 政治的価値・概念の哲学的分析 | 正義とは何か。民主主義はなぜ望ましいか |
| 比較政治学(comparative politics) | 異なる国家・政治体制の比較分析 | なぜ一部の国は民主化し他は権威主義を維持するのか |
| 国際関係論(international relations) | 国家間関係・国際機構・グローバルな政治現象 | 戦争はなぜ起こるのか。国際協力はどのように成立するか |
| 政治方法論(political methodology) | 政治学研究の方法・技法の開発と検討 | 因果推論をどのように行うか。計量分析の妥当性をどう確保するか |
これらのサブフィールドは相互に独立しているわけではなく、研究テーマと方法論において相互に浸透している。たとえば、合理的選択理論は比較政治学と国際関係論の双方で広く用いられ、歴史的制度論は政治理論と比較政治学を架橋する枠組みとして機能している。
graph LR
PS[政治学<br/>Political Science]
PT[政治理論<br/>Political Theory]
CP[比較政治学<br/>Comparative Politics]
IR[国際関係論<br/>International Relations]
PM[政治方法論<br/>Political Methodology]
PS --> PT
PS --> CP
PS --> IR
PS --> PM
PT <-.-> CP
CP <-.-> IR
PM <-.-> CP
PM <-.-> IR
style PS fill:#e1f5fe
政治学の学問的発展の全体像¶
以下のタイムラインは、本セクションで扱った政治学の方法論的発展を時系列的に示したものである。
timeline
title 政治学の方法論的発展
section 古典〜近世
古代ギリシア : アリストテレス『政治学』— 経験的政体比較
16-18世紀 : マキアヴェッリ・ホッブズ・ロック・モンテスキュー
section 19世紀末〜20世紀前半
伝統的アプローチ : 制度・法律の記述的分析、規範的考察
1920-30年代 : メリアム(シカゴ学派)— 政治学の科学化を提唱
section 行動論革命
1950-60年代 : イーストン・政治システム論、計量分析の主流化
1957 : ダウンズ『民主主義の経済理論』
section ポスト行動論以降
1965 : オルソン『集合行為の論理』
1969 : イーストン「関連性の信条」— ポスト行動論
1984 : マーチ&オルセン — 新制度論の提唱
1996 : ホール&テイラー — 三つの新制度論の整理
2000 : ピアソン — 経路依存性の精緻化
まとめ¶
- 政治学はアリストテレス以来の長い規範的・記述的伝統を持つが、20世紀前半のシカゴ学派(メリアム)を先駆として、1950〜60年代の行動論革命により「科学としての政治学」が確立された
- 行動論革命は計量的手法と価値自由の理念をもたらしたが、社会的関連性の欠如と価値判断の回避に対する批判からポスト行動論が台頭した
- 合理的選択理論は経済学の手法を政治学に導入し、演繹的理論構築の道を開いたが、合理性の仮定や文化的要因の軽視について批判が存在する
- 新制度論は行動論・合理的選択理論が軽視した制度の自律的役割を再評価し、歴史的制度論・合理的選択制度論・社会学的制度論の三つの潮流に分かれる
- 現代政治学は政治理論・比較政治学・国際関係論・政治方法論の主要サブフィールドから成り、多元的な方法論を内包する学問分野である
- 次のセクションでは、これらの方法論を背景として国家概念と政治体制の分析に進む
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 行動論革命 | behavioral revolution | 1950〜60年代に米国政治学で起こった方法論的転換。制度の記述から個人の観察可能な政治行動の科学的研究へと重点を移した |
| ポスト行動論 | post-behavioralism | 1960年代末〜70年代に台頭した潮流。行動論の科学的方法を継承しつつ、研究の社会的関連性と規範的関与を重視する |
| 合理的選択理論 | rational choice theory | 政治的行為者を効用最大化を図る合理的主体としてモデル化し、演繹的に政治現象を説明する理論的枠組み |
| 新制度論 | new institutionalism | 1980年代以降に台頭した研究潮流。行動論・合理的選択理論が軽視した政治制度の自律的役割を再評価する |
| 歴史的制度論 | historical institutionalism | 制度の歴史的経路と経路依存性に注目し、制度変化における時間的順序の重要性を強調する新制度論の一潮流 |
| 経路依存性 | path dependence | 過去の制度的選択が収穫逓増を通じてその後の発展経路を拘束し、代替経路への転換コストを漸増させる現象 |
| 決定的分岐点 | critical juncture | 制度発展の方向性を大きく左右する歴史的契機。既存の制度的均衡を崩し、新たな経路を開く |
| 適切性の論理 | logic of appropriateness | マーチとオルセンが提唱した概念。行為者が「この状況で何をすべきか」という規範的判断に基づいて行動するという原理 |
| 合理的無知 | rational ignorance | 情報収集のコストが期待便益を上回る場合に、情報を収集しないことが合理的であるという概念 |
| 選択的誘因 | selective incentives | 集合行為への参加者にのみ与えられる報酬または非参加者への制裁。大集団における集合行為問題を克服する手段 |
| 制度的同型化 | institutional isomorphism | 組織が文化的期待や他の組織の構造に適合するよう自らの構造を変化させる過程 |
| 空間モデル | spatial model | 有権者と政党をイデオロギー空間上に位置づけ、投票行動や政党競争を分析する理論的枠組み |
確認問題¶
Q1: 行動論革命(behavioral revolution)の主要な方法論的特徴を3つ挙げ、それぞれが伝統的アプローチとどのように異なるかを説明せよ。
A1: 行動論革命の主要な特徴として、(1) 計量的手法の採用(伝統的アプローチの記述的・歴史的方法に対し、統計的分析やサーベイ調査を導入)、(2) 価値自由(value-free)の追求(伝統的アプローチの規範的関心に対し、事実の科学的分析と価値判断を厳格に分離)、(3) 個人の政治行動への焦点化(伝統的アプローチの制度・法律の記述に対し、個人や集団の観察可能な行動を分析対象とした)が挙げられる。これらの転換により、政治学は法学・哲学に近い学問から経験的社会科学へと性格を変えた。
Q2: イーストンの「関連性の信条(credo of relevance)」はどのような問題意識から提唱されたか。行動論とポスト行動論の対比を踏まえて説明せよ。
A2: 行動論は科学的厳密性を追求する中で、方法論的精緻化が自己目的化し、現実の社会問題(ベトナム戦争、人種差別、都市問題等)に対して有意味な知見を提供できなくなったという問題意識から、イーストンは「関連性の信条」を提唱した。行動論が価値中立性・技法の精緻化・純粋科学的志向を重視したのに対し、ポスト行動論は研究の社会的関連性・価値の認識・行動への志向を強調した。ただしポスト行動論は行動論の科学的方法自体を否定したのではなく、その使用目的と社会的責任を問い直した運動であった。
Q3: ダウンズの合理的投票者モデルとオルソンの集合行為の論理は、いずれも合理的選択理論の枠組みに立つが、それぞれ政治学のどのような問題を扱い、どのような結論を導いたか比較せよ。
A3: ダウンズは有権者の投票行動を分析し、合理的有権者は各政党の政策がもたらす効用を比較して投票先を決定すると論じた。この結果、二大政党が中位投票者に向かって収斂する傾向(中位投票者定理)や、合理的無知の概念が導かれた。一方オルソンは利益集団の形成と集合行為の問題を分析し、大集団においてはフリーライダー問題のために共通利益に基づく自発的な集合行為は困難であり、選択的誘因が必要であると結論づけた。前者は投票行動と政党競争の空間モデル、後者は利益集団政治と社会運動の分析に大きな影響を与えた。
Q4: 新制度論の三つの潮流(歴史的制度論・合理的選択制度論・社会学的制度論)は、「なぜ人々は制度に従うのか」という問いに対してそれぞれどのように答えるか。具体例を交えて説明せよ。
A4: 歴史的制度論は、一度確立された制度が経路依存性を通じて代替的選択を困難にするために人々がそれに従うと説明する。例えば、福祉国家の類型(北欧型・大陸欧州型・英米型)は初期の制度設計が経路依存的に維持され、根本的な転換が困難である。合理的選択制度論は、制度がゲームのルールとして行為者に誘因と制約を与え、制度に従うことが個人の効用最大化に適うために人々がそれに従うと説明する。例えば、議会の委員会制度は情報の非対称性を緩和し、議員の取引コストを低減する装置として機能する。社会学的制度論は、制度が文化的に「当然のもの」として内面化されているため、人々がそれに従うと説明する。例えば、多くの国が類似した官僚制組織形態を採用するのは、それが効率的だからではなく、近代国家として「適切」と見なされる組織モデルが文化的に共有されているためである(制度的同型化)。
Q5: 政治学の主要なサブフィールドのうち、比較政治学と国際関係論の違いと相互関係について説明せよ。
A5: 比較政治学は主として国内政治体制・政治過程を複数国間で比較分析する分野であり、民主化、政党制度、福祉国家、紛争後の国家建設などを対象とする。国際関係論は主として国家間関係・国際機構・グローバルな政治経済現象を分析する分野であり、戦争と平和、国際制度、安全保障、グローバルガバナンスなどを対象とする。両者の違いは分析の水準(国内か国際か)にあるが、グローバリゼーションの進展により境界は流動化している。例えば、内戦の研究は比較政治学と国際関係論の双方で取り組まれ、国内制度が国際交渉に与える影響(ロバート・パットナム(Robert Putnam)の二層ゲーム論)のように両領域を架橋する研究も多い。