Module 1-1 - Section 3: 国家と政治体制¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 1-1: 政治学原論 |
| 前提セクション | Section 1: 政治学の定義と基本概念 |
| 想定学習時間 | 2.5時間 |
導入¶
Section 1では、政治を「諸価値の権威的配分」(イーストン)として定義し、権力・権威・正統性という基本概念を検討した。Section 2では、政治学という学問そのものの発展を古典から現代まで追った。本セクションでは、政治権力が制度的に組織される場としての国家(state)に焦点を当て、国家がいかに定義され、いかなる機能を果たし、そしていかなる政治体制のもとで運営されるかを検討する。
権力と権威が具体的に制度化される最も重要な枠組みが国家である。国家の概念を理解することは、政治学のあらゆる下位領域——比較政治学、国際関係論、政治理論——にとっての前提となる。
国家(state)の概念¶
ウェーバーの国家定義¶
近代国家の最も影響力ある定義を提示したのは、マックス・ウェーバー(Max Weber)である。ウェーバーは1919年の講演「職業としての政治」(Politik als Beruf)において、国家を次のように定義した。
Key Concept: 国家(state) ある一定の領域内において、正統な物理的暴力の独占を(実効的に)要求する人間共同体。ウェーバーによれば、国家の本質は、その目的や活動内容ではなく、支配の手段としての物理的暴力の独占という点にある。
この定義は三つの構成要素からなる。
- 領域性(territoriality): 国家の権威は明確に画定された地理的領域に及ぶ。これが、部族・宗教団体・企業などの他の社会組織と国家を区別する。
- 暴力の独占(monopoly on violence): 国家のみが物理的強制力を行使する権利を有し、あるいはその行使を他者に認可する権限を持つ。私的暴力(自力救済)は原則として排除される。
- 正統性(legitimacy): この暴力の独占は、単なる実力によってではなく、被支配者からの承認によって支えられている。正統性の三類型(伝統的支配・カリスマ的支配・合法的支配)については、Section 1で既に検討した通りである(→ Module 1-1, Section 1「政治学の定義と基本概念」参照)。
ウェーバーの定義は、国家をその機能や目的ではなく、その固有の手段によって把握する点で画期的であった。国家が行う活動(教育、福祉、国防など)は時代や体制によって変化するが、正統な暴力の独占という特性は近代国家に共通するものである。
国家概念をめぐる学術的論争¶
ウェーバー的な国家観は広く受容されているが、これに対する重要な批判的立場も存在する。
マルクス主義的国家観: カール・マルクス(Karl Marx)とフリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels)は、『共産党宣言』(1848年)において「近代国家の行政府は、ブルジョワジー全体の共同事務を処理する委員会にすぎない」と述べた。マルクス主義的国家論は、国家を階級支配の道具として把握する。国家は中立的な制度ではなく、支配階級(資本主義社会ではブルジョワジー)の利益を維持・再生産するための装置である。法制度・警察・軍隊は、私的所有権を保護し、資本主義的生産関係を維持する機能を果たす。
多元主義的国家観: ロバート・ダール(Robert Dahl)に代表される多元主義は、権力が単一の階級や集団に集中しているのではなく、複数の利益集団の間に分散しているとみる。この立場からは、国家は諸集団間の競争の場(アリーナ)であり、特定の階級の道具ではない。
これらの立場は相互に排他的というより、国家の異なる側面を照射するものとして理解できる。
主権(sovereignty)の概念¶
主権の定義と歴史的起源¶
Key Concept: 主権(sovereignty) 国家が自らの領域内において最高かつ最終的な政治的権威を有すること。対内的には国内のいかなる権威にも優越し(対内主権)、対外的には他国の干渉を排除する権利を有する(対外主権)。
主権概念の理論的基礎を築いたのは、フランスの政治思想家ジャン・ボダン(Jean Bodin)である。ボダンは『国家論六篇』(Les Six Livres de la République, 1576年)において、主権を「国家の絶対的かつ恒久的な権力」と定義し、法を制定し廃止する最高の権限として概念化した。
ウェストファリア体制¶
主権概念が国際的な制度原理として確立する転機となったのが、三十年戦争を終結させたウェストファリア条約(Peace of Westphalia, 1648年)である。この条約によって、以下の原則が国際秩序の基礎として認められた。
- 領域的主権: 各国家は自国の領域内において最高の権威を有する
- 内政不干渉: 他国の国内問題に干渉しない
- 主権平等: 国家の大小に関わらず、国際法上の地位は対等である
ただし、近年の歴史学研究では、ウェストファリア条約が主権原則の「転換点」であるという通説的叙述に対して修正が加えられている。デレク・クロクストン(Derek Croxton)らは、条約文自体には主権に関する明確な宣言が含まれていないと指摘しており、ウェストファリアは主権秩序の確立における多くの歴史的契機の一つとして位置づけるのがより正確であるとされる。
主権概念の現代的変容¶
主権の絶対性は、20世紀後半以降、複数の方向から相対化されてきた。
- 国際人権規範の発展: 国内での人権侵害に対する国際的介入の正当化
- 地域統合: 欧州連合(EU)のような超国家的組織への主権の部分的移譲
- 保護する責任(Responsibility to Protect: R2P): 2001年に「介入と国家主権に関する国際委員会」(ICISS)が提唱し、2005年の国連世界サミットで全会一致で採択された原則。主権を「権利」としてではなく「責任」として再定義し、国家がジェノサイド・戦争犯罪・民族浄化・人道に対する犯罪から自国民を保護できない場合、国際社会が介入する責任を有するとする。ただし、R2Pの実際の適用は一貫性を欠いており(リビア介入(2011年)とシリアへの不介入の対照など)、規範と実践の間には乖離が存在する。
国家の機能¶
近代国家は、その体制の如何に関わらず、以下の基本的機能を果たすことが期待される。
| 機能領域 | 内容 |
|---|---|
| 安全保障 | 領土防衛(対外的安全保障)および国内秩序の維持(警察、司法) |
| 法の支配 | 法体系の制定・執行・解釈を通じた紛争の平和的解決と権利保護 |
| 公共財の供給 | 市場が効率的に供給できない財・サービス(インフラ、教育、公衆衛生など)の提供 |
| 福祉 | 社会保障、医療、住宅政策などを通じた国民の生活水準の保障 |
| 経済管理 | 財政政策・金融政策・規制を通じた経済秩序の維持 |
| 国際的代表 | 外交・条約締結など、国際社会における自国の利益代表 |
国家がこれらの機能をどの範囲で、どの程度の深さで果たすかは、政治体制やイデオロギーによって大きく異なる。自由主義的な「小さな政府」論は国家機能の最小化を主張し、社会民主主義は広範な福祉機能を重視し、社会主義は経済の包括的管理を国家の中心的役割とみなす。
国家と政府の区別¶
Key Concept: レジーム(regime) 国家内部における政治権力へのアクセスと行使を規定する規則・制度・慣行の体系。通常、憲法を通じて制度化される。レジームは、政府(日常的な政策決定を担う組織・人員で、選挙等により交替しうる)と国家(官僚機構・軍・司法等を含む、より永続的な制度的枠組み)の中間に位置する概念である。
日常用語では「国家」と「政府」はしばしば互換的に用いられるが、政治学においてはこの二つを明確に区別することが重要である。
| 国家(state) | 政府(government) | |
|---|---|---|
| 性質 | 永続的な制度的枠組み | 一時的な意思決定主体 |
| 構成 | 官僚機構、軍、司法、領土、国民 | 議会、内閣、行政長官 |
| 継続性 | 政権交代を超えて存続 | 選挙・クーデタ等により交替しうる |
| 正統性の源泉 | 主権、国際的承認 | 選挙、任命、その他の手続き |
| 範囲 | 社会全体を包摂 | 国家機構の一部(執行部門) |
レジームは、この二つの中間に位置する概念である。「誰が政治権力にアクセスでき、権力を有する者が権力を持たない者にどう対処するか」という問いに対する回答の体系がレジームであり、民主主義・権威主義・全体主義といった政治体制の類型論は、まさにレジームの分類に他ならない。
政治体制の類型論¶
政治体制は、政治的多元性の程度、イデオロギーの役割、政治参加・動員のあり方などの基準に基づいて類型化される。以下では、主要な三類型を検討する。
graph TD
R[政治体制の類型] --> D[民主主義<br/>democracy]
R --> A[権威主義<br/>authoritarianism]
R --> T[全体主義<br/>totalitarianism]
A --> A1[軍事政権]
A --> A2[一党制]
A --> A3[個人支配]
A --> A4[王制権威主義]
A --> A5[競争的権威主義<br/>ハイブリッド体制]
T --> T1[ナチズム]
T --> T2[スターリニズム]
style D fill:#4a90d9,color:#fff
style A fill:#d4a017,color:#fff
style T fill:#c0392b,color:#fff
民主主義(democracy)¶
Key Concept: 民主主義(democracy) 人民による統治を原理とする政治体制。自由で公正な選挙、政治的自由の保障、法の支配、権力の制限と分立などを基本的特徴とする。その定義・条件・類型については、Section 4で詳細に検討する。
本セクションでは、民主主義を権威主義・全体主義との対比において位置づけるにとどめ、その詳細な検討はSection 4に委ねる(→ Module 1-1, Section 4「民主主義の諸相と政治参加」参照)。
民主主義体制の基本的特徴として、ここでは以下の点を確認しておく。
- 政治的多元性: 複数の政党・利益集団が自由に競争する
- 市民的自由: 表現・結社・集会の自由が保障される
- 政権の交替可能性: 選挙を通じた平和的な政権交代が制度化されている
- 法の支配: 権力者を含むすべての主体が法に拘束される
- 権力の制限: 権力分立、司法の独立、人権の不可侵性
権威主義(authoritarianism)¶
Key Concept: 権威主義(authoritarianism) 政治的多元性が制限され、市民的自由が抑圧されているが、社会・経済領域では一定の自律性が残存する政治体制。体系的なイデオロギーではなく「心性」(mentalities)に依拠し、大衆の政治的動員を抑制する点で、全体主義と区別される。
権威主義体制の概念を精緻化したのは、スペイン出身の政治学者フアン・ホセ・リンス(Juan José Linz)である。リンスは著書『全体主義体制と権威主義体制』(Totalitarian and Authoritarian Regimes, 初版1975年、増補版2000年)において、権威主義を以下の四つの特徴によって定義した。
- 限定的多元主義(limited pluralism): 政治的多元性は存在するが、制度的に制限されている。議会・政党・利益集団は存在しうるが、その活動は制約を受ける。全体主義のように多元性が完全に排除されるわけではない。
- 心性(mentalities): 体系的で精緻なイデオロギーではなく、「感情的であるよりは理性的な」思考・感情の様式に依拠する。全体主義が包括的な世界観(イデオロギー)を持つのに対し、権威主義はより漠然とした価値観や態度(例: 愛国心、秩序、発展)に基づく。
- 脱政治化(depoliticization): 大衆の政治的動員を積極的に追求しない。むしろ、大衆の政治的無関心(apathy)を好ましいものとみなす。全体主義が大衆動員を体制維持の核心とするのとは対照的である。
- 不明確な権力範囲: 形式的には予測可能な権力行使がなされるが、実質的には権力者の裁量の余地が大きい。
権威主義体制のサブタイプ¶
権威主義体制には多様なサブタイプが存在する。リンスは七つの類型(官僚制的軍事的権威主義、権威主義的コーポラティズム、動員型権威主義、ポストコロニアル権威主義、人種的・民族的「民主主義」、不完全な全体主義、ポスト全体主義)を提示した。
一方、バーバラ・ゲディス(Barbara Geddes, 1999年)は、より簡潔な三類型——軍事政権(military regime)、一党制(single-party regime)、個人支配体制(personalist regime)——を提案し、これが比較政治学において最も広く用いられる分類となっている。混合型の存在も認められている。
| サブタイプ | 特徴 | 歴史的事例 |
|---|---|---|
| 軍事政権 | 軍部エリートの合議による統治。高級将校が政策決定に関与する制度的メカニズムを持つ | ブラジル軍政(1964-1985年)、チリのピノチェト政権(1973-1990年) |
| 一党制 | 支配政党が権力を独占し、党組織を通じて統治を行う | 中国共産党体制、メキシコのPRI支配(1929-2000年) |
| 個人支配 | 一個人の裁量に基づく統治。パトロネージ・ネットワークと強制力に依拠し、制度的基盤が脆弱 | ザイールのモブツ政権、リビアのカダフィ政権 |
| 王制権威主義 | 君主が実質的な政治権力を保持する体制 | サウジアラビア、ブルネイ |
競争的権威主義とハイブリッド体制¶
民主主義と権威主義の境界は必ずしも明確ではない。スティーヴン・レヴィツキー(Steven Levitsky)とルーカン・ウェイ(Lucan Way)は「競争的権威主義」(competitive authoritarianism)の概念を提唱し(2002年、2010年)、選挙が実施され野党が一定の活動空間を有するが、現職者が選挙競争のルールを著しく侵害する体制を分析した。
こうした体制は「ハイブリッド体制」(hybrid regime)とも呼ばれ、民主主義への移行過程の一時的状態ではなく、独自の安定性を持つ体制類型として理解すべきとされている。民主主義と権威主義の間の「グレーゾーン」は、現代比較政治学における重要な研究領域である。
全体主義(totalitarianism)¶
Key Concept: 全体主義(totalitarianism) 国家が社会生活のあらゆる領域——政治、経済、文化、私生活——を包括的に統制しようとする政治体制。体系的なイデオロギー、単一の大衆政党、テロルの組織的行使、メディアの完全な統制を特徴とする。
全体主義の概念を最も包括的に分析したのは、ハンナ・アーレント(Hannah Arendt)である。アーレントは主著『全体主義の起原』(The Origins of Totalitarianism, 1951年)において、ナチズムとスターリニズムを全体主義の二つの歴史的事例として分析し、全体主義が従来の専制政治や独裁とは本質的に異なる「新しい統治形態」であることを論じた。
アーレントによる全体主義の特質¶
- テロルの組織的行使: 全体主義のテロルは政治的反対派だけでなく、「客観的敵」(objective enemies)——階級的・人種的基準によって定義される対象——に向けられ、住民全体を恐怖のもとに置く。
- イデオロギーの論理性: 全体主義イデオロギーは、歴史や自然の「法則」(マルクス主義における階級闘争の法則、ナチズムにおける人種闘争の法則)から現実を演繹的に説明しようとする。この「論理性」は、現実との齟齬を修正するのではなく、現実の側を変更(フィクションの現実化)しようとする。
- 孤立化と原子化: 全体主義は既存の社会的紐帯(家族、宗教団体、職業集団)を破壊し、個人を孤立・原子化させる。アーレントは、社会的孤立と孤独(loneliness)が全体主義的支配の前提条件であると論じた。
- 虚構と現実の操作: 事実と虚構の意図的な混同、プロパガンダを通じた大衆の現実認識の操作が体制維持の核心にある。
全体主義と権威主義の区別(リンス)¶
リンスは全体主義と権威主義を体系的に区別した。この区別は、比較政治学における非民主主義体制の分析において根本的な重要性を持つ。
| 比較軸 | 全体主義 | 権威主義 |
|---|---|---|
| 多元性 | 排除(一元的支配) | 限定的に許容 |
| イデオロギー | 体系的・包括的な世界観 | 「心性」(mentalities)——漠然とした価値観 |
| 動員 | 大衆の恒常的動員を追求 | 大衆の脱政治化を好む |
| テロル | 住民全体に対する組織的テロル | 選択的な抑圧(反対派に限定) |
| 社会統制の範囲 | 私生活を含むあらゆる領域 | 政治領域に集中、社会・経済領域は相対的に自律 |
| 権力の制度化 | 党・秘密警察が国家を貫通 | 既存の国家制度を利用 |
この区別の要点は、権威主義が「政治を窒息させよう」とするのに対し、全体主義は「政治を統制し利用しよう」とする点にある。権威主義は社会に対して政治的無関心を求めるが、全体主義は社会をイデオロギー的に動員し、すべての領域を政治化しようとする。
まとめ¶
- 国家は、ウェーバーの定義に従えば、一定の領域内で正統な暴力の独占を要求する人間共同体である。この定義は国家をその手段(暴力の独占)によって把握する点で、機能的定義と区別される
- 主権は国家の最高かつ最終的な政治的権威を意味し、ウェストファリア体制を通じて国際的な制度原理となったが、R2Pに見られるように、現代では主権の絶対性は相対化されつつある
- 国家概念にはウェーバー的・マルクス主義的・多元主義的という複数の理解がある
- 国家と政府は区別される: 国家は永続的な制度的枠組み、政府は一時的な意思決定主体であり、レジームはその中間に位置する
- 政治体制は民主主義・権威主義・全体主義の三類型に大別される
- 権威主義は限定的多元主義・心性への依拠・脱政治化を特徴とし、軍事政権・一党制・個人支配などのサブタイプを含む
- 全体主義は社会のあらゆる領域の統制・体系的イデオロギー・大衆動員・組織的テロルを特徴とし、権威主義とは質的に区別される(リンス)
- 民主主義と権威主義の間には「グレーゾーン」が存在し、ハイブリッド体制・競争的権威主義の研究が進展している
- 次のSection 4では、本セクションで概観した民主主義について、その定義の多様性、市民社会と公共圏の概念を含めて詳細に検討する
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 国家 | state | ある一定の領域内において、正統な物理的暴力の独占を実効的に要求する人間共同体(ウェーバー) |
| 主権 | sovereignty | 国家が自らの領域内において最高かつ最終的な政治的権威を有すること。対内主権と対外主権を含む |
| 民主主義 | democracy | 人民による統治を原理とする政治体制。その定義の具体的内容は手続的・実質的・参加的・熟議的な立場により異なる(→ Section 4参照) |
| 権威主義 | authoritarianism | 政治的多元性が制限され市民的自由が抑圧されているが、社会・経済領域では一定の自律性が残存する政治体制 |
| 全体主義 | totalitarianism | 国家が社会生活のあらゆる領域を包括的に統制しようとする政治体制。体系的イデオロギー、大衆動員、組織的テロルを特徴とする |
| レジーム | regime | 国家内部における政治権力へのアクセスと行使を規定する規則・制度・慣行の体系 |
| 限定的多元主義 | limited pluralism | リンスが権威主義の特徴として挙げた概念。政治的多元性は存在するが、制度的に制限されている状態 |
| 競争的権威主義 | competitive authoritarianism | 選挙が実施され野党が活動空間を有するが、現職者が選挙ルールを著しく侵害する体制(レヴィツキー・ウェイ) |
| 保護する責任 | Responsibility to Protect (R2P) | 主権を「責任」として再定義し、国家が自国民を保護できない場合に国際社会の介入を正当化する原則 |
確認問題¶
Q1: ウェーバーによる国家の定義の三つの構成要素を挙げ、それぞれの意味を説明せよ。
A1: ウェーバーの国家定義の構成要素は以下の三つである。(1) 領域性——国家の権威は明確に画定された地理的領域に及び、これが他の社会組織と国家を区別する。(2) 暴力の独占——国家のみが物理的強制力を行使する権利を有し、私的暴力は排除される。(3) 正統性——この暴力の独占は単なる実力によってではなく、被支配者からの承認によって支えられている。ウェーバーの定義の特徴は、国家をその目的や機能ではなく、固有の手段(正統な暴力の独占)によって把握する点にある。
Q2: リンスによる権威主義と全体主義の区別を、多元性・イデオロギー・動員の三つの観点から説明せよ。
A2: (1) 多元性——権威主義は限定的多元主義を特徴とし、政治的多元性を完全に排除せず一定の範囲で許容する。全体主義は多元性を排除し、一元的支配を追求する。(2) イデオロギー——権威主義は体系的イデオロギーではなく「心性」(mentalities)、すなわち漠然とした価値観や態度に依拠する。全体主義は包括的で体系的な世界観(イデオロギー)を有する。(3) 動員——権威主義は大衆の脱政治化を好み、政治的無関心を助長する。全体主義は大衆の恒常的な政治動員を追求し、社会のあらゆる領域を政治化しようとする。リンスの表現を借りれば、権威主義は「政治を窒息させよう」とし、全体主義は「政治を統制し利用しよう」とする。
Q3: 主権概念はウェストファリア体制以降どのように変容してきたか。特に「保護する責任」(R2P)との関連で説明せよ。
A3: ウェストファリア体制(1648年)において、主権は領域的主権・内政不干渉・主権平等という原則として国際秩序の基礎となった。しかし20世紀後半以降、主権の絶対性は複数の方向から相対化された。国際人権規範の発展、EUのような地域統合による主権の部分的移譲、そして最も直接的には「保護する責任」(R2P)の登場である。R2Pは2005年の国連世界サミットで採択され、主権を「権利」から「責任」へと再定義した。すなわち、国家がジェノサイド・戦争犯罪・民族浄化・人道に対する犯罪から自国民を保護できない場合、国際社会が介入する責任を有するとした。ただし、R2Pの実際の適用には一貫性が欠けており、規範と実践の間の乖離が存在する。
Q4: ある国において、選挙は定期的に実施されており野党も存在するが、政府系メディアが報道を独占し、野党候補者への選挙資金規制が不均等に適用され、現職大統領が過去20年間権力を維持し続けている。この体制はどのような類型として分析できるか。理由とともに説明せよ。
A4: この体制は、レヴィツキーとウェイが提唱した「競争的権威主義」(competitive authoritarianism)として分析できる。競争的権威主義は、選挙が実施され野党に一定の活動空間が与えられているが、現職者が選挙競争のルールを著しく侵害する体制である。設問の事例では、(1) 選挙の形式的実施と野党の存在は民主主義的外観を保っているが、(2) メディアの政府独占と不均等な選挙資金規制は「競争の場」(arena of contestation)を著しく歪めており、(3) 現職の20年にわたる権力維持は政権交替可能性の実質的欠如を示している。このような体制は、民主主義への移行過程の一時的状態ではなく、独自の安定性を持つ「ハイブリッド体制」として理解すべきである。
Q5: マルクス主義的国家観とウェーバー的国家観の相違点を述べ、それぞれの視角がどのような分析上の強みを持つか論じよ。
A5: ウェーバー的国家観は、国家をその固有の手段——正統な暴力の独占——によって定義する。この視角は国家を中立的な制度的枠組みとして把握し、国家の形式的・制度的特性の分析に強みを持つ。他方、マルクス主義的国家観は、国家を支配階級(資本主義社会ではブルジョワジー)の利益を維持・再生産する道具として捉える。「近代国家の行政府はブルジョワジー全体の共同事務を処理する委員会にすぎない」というマルクスとエンゲルスの定式がこれを端的に表現している。マルクス主義的視角の強みは、国家の制度的中立性の仮定を批判し、国家活動と社会的権力構造(特に経済的不平等)との関連を明らかにする点にある。両者は相互に排他的というより、国家の異なる側面を照射するものとして理解できる。ウェーバーは「国家とは何か」を、マルクスは「国家は誰のために機能するか」を問うている。