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Module 1-2 - Section 1: 古代ギリシア政治思想

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-2: 政治思想入門
前提セクション なし(Module 1-1の知識を前提とする)
想定学習時間 3時間

導入

政治思想史は、人間が共同体の統治をいかに構想してきたかを追跡する学問領域である。その出発点は古代ギリシアにある。紀元前5〜4世紀のギリシア世界では、ポリスと呼ばれる都市国家を舞台に、市民が統治のあり方を自覚的に論じ始めた。この営みのなかから、プラトンとアリストテレスという二人の哲学者が政治哲学という学問ジャンルそのものを創出した。

Module 1-1で学んだ政治学の基本概念(権力、正統性、国家など)を踏まえ、本セクションでは、ポリスという政治空間の特質を確認したうえで、プラトンの理想国家論とアリストテレスの経験的政治学を検討する。両者の思想は、その後の西洋政治思想の全体を規定する二つの原型――理想主義と経験主義――を提供しており、現代の政治理論を理解するうえでも不可欠の前提となる。


古代ギリシアのポリスと政治的営み

ポリスの特質

Key Concept: ポリス(polis) 古代ギリシアの都市国家。単なる領域的支配単位ではなく、市民が政治に直接参加する自治的共同体であり、政治的営みの場そのものであった。

古代ギリシアには数百のポリスが存在したが、その規模は現代の国家と比較するときわめて小さい。アテナイ(Athens)でさえ、市民権を持つ成年男子は数万人程度であり、この規模が直接的な政治参加を可能にした。ポリスは城壁に囲まれた都市部(アスティ)とその周辺農地から構成され、アゴラ(広場)が政治的・経済的・社会的活動の中心であった。

ポリスの本質的特徴は、市民による自治(self-governance)にある。市民は共同体の構成員として公的事柄に関与する権利と義務を有し、法(ノモス)の下に生活した。この点でポリスは、王や専制君主が統治するオリエント的な政治体制とは根本的に異なる。

アテナイの直接民主政

アテナイは古代ギリシアにおける直接民主政(direct democracy)の代表的事例である。ペリクレス(Perikles)の時代(前5世紀半ば)にその制度は完成をみた。主要な制度は以下のとおりである。

民会(エクレシア, ekklesia): 最高意思決定機関であり、18歳以上の市民権保持者(成年男子)が参加資格を有した。月4回程度開催され、戦争と平和、法律の制定、財政などの重要事項を審議した。議決は挙手による多数決で行われた。

五百人評議会(ブーレー, boule): 民会の議題を事前に準備する常設機関である。アッティカの10部族からそれぞれ50名が抽選で選出され、任期は1年であった。

抽選制: アテナイ民主政の際立った特徴は、公職者の大半を抽選(くじ引き)によって選出した点にある。アルコン(執政官)をはじめとする主要官職も前487年以降は抽選制に移行した。抽選制は、選挙が有力者・富裕者に有利に働く(すなわち貴族政的性格をもつ)という認識に基づき、市民間の政治的平等(イソノミア)を実現する手段として採用された。ただし、高度な専門能力を要する将軍職(ストラテーゴス, strategos)は例外的に民会での選挙によって選出され、再任も認められた。

民衆裁判所(ヘリアイア, heliaia): 抽選で選ばれた市民が裁判員として司法にも参加した。

このようなアテナイの直接民主政は、市民の政治参加を制度的に保障した画期的な試みであった。一方で、市民権は成年男子に限定され、女性・在留外国人(メトイコイ)・奴隷は排除されていた。この限定された参加資格は、古代の民主政が近代的な普遍的権利の観念とは異なる前提に立っていたことを示している。


プラトンの政治思想

プラトン(Platon, 前427頃〜前347)はソクラテス(Sokrates)の弟子であり、アテナイにアカデメイア(Akademeia)を創設した哲学者である。師ソクラテスがアテナイの民主政下で死刑に処されたという経験は、プラトンの政治思想に決定的な影響を与えた。主著『国家(Politeia)』(全10巻)において、正義とは何か、そして正義にかなう国家とはいかなるものかを問うた。

イデア論と政治

プラトンの政治思想を理解するには、その形而上学の核心であるイデア論(Theory of Forms / Ideas)を把握する必要がある。プラトンによれば、感覚によって知覚される経験的世界は不完全な模像にすぎず、その背後に永遠不変の実在としてのイデア(idea / eidos)が存在する。正義のイデア、美のイデア、善のイデアなどが存在し、なかでも善のイデア(the Form of the Good)はイデア界の頂点に位置する。

政治においてこの形而上学がもつ含意は明確である。正しい統治とは、善のイデアを認識した者が、その知に基づいて国家を導くことにほかならない。統治は技術(テクネー)であり、その技術を真に習得しうるのは、哲学的訓練を経てイデアの認識に到達した者のみである。

洞窟の比喩と政治的含意

『国家』第7巻に登場する洞窟の比喩(Allegory of the Cave)は、イデア論を寓話的に表現すると同時に、政治的な意味を内包している。

比喩の概要はこうである。洞窟の奥に鎖でつながれた囚人たちは、壁に映る影を実在と思い込んでいる。一人の囚人が解放されて洞窟の外に出ると、太陽の光(善のイデア)のもとで真の実在を見る。ハンナ・アーレント(Hannah Arendt)は、この比喩をプラトンが自身のイデア論を政治に適用しようとしたものと解釈している。

この比喩が政治に対してもつ含意は二重である。第一に、大多数の人間は「影」の世界に生きており、真の知識に基づく判断ができない。民主政における多数者の決定は、この「影」の認識に基づく可能性がある。第二に、真理を認識した哲学者は洞窟に戻って統治する義務を負う。プラトンは、哲学者が観照的生活を享受し続けることは許されず、共同体全体の幸福のために統治の責務を引き受けなければならないと論じた。

哲人王の統治

Key Concept: 哲人王(philosopher-king) プラトンが『国家』で提唱した統治者像。善のイデアを認識した哲学者が国家の最高統治者となるべきであるという主張。知(sophia)と権力(dynamis)の一致を理想とする。

プラトンの理想国家論の核心は、哲学者が王となるか、あるいは王が哲学するかしない限り、国家にとっても人類にとっても災厄は止まないという命題にある(『国家』473d)。この哲人王(philosopher-king)の構想は、統治の正統性を血統や富や多数決ではなく、知識に置くものである。

哲人王は善のイデアの認識者として、個人的利益ではなく共同体全体の善を追求する。プラトンは、統治者階級が私有財産や家族を持つことを禁じ(共産制)、これによって私的利害が公的判断を歪めることを防ごうとした。

魂の三部分と国家の三階級

プラトンは『国家』第4巻において、人間の魂(プシュケー, psyche)を三つの部分に区分した。すなわち、理性(ロギスティコン, logistikon)、気概(テュモエイデス, thumoeides)、欲望(エピテュメーティコン, epithumetikon)である。

この魂の三部分は、理想国家の三つの階級に対応する。

graph LR
    subgraph 魂の三部分
        A[理性<br/>logistikon]
        B[気概<br/>thumoeides]
        C[欲望<br/>epithumetikon]
    end
    subgraph 国家の三階級
        D[統治者<br/>哲人王]
        E[戦士<br/>補助者]
        F[生産者<br/>農民・職人]
    end
    subgraph 徳
        G[知恵<br/>sophia]
        H[勇気<br/>andreia]
        I[節制<br/>sophrosyne]
    end
    A --> D --> G
    B --> E --> H
    C --> F --> I
魂の部分 階級 対応する徳
理性(logistikon) 統治者(哲人王) 知恵(sophia)
気概(thumoeides) 戦士(補助者) 勇気(andreia)
欲望(epithumetikon) 生産者(農民・職人) 節制(sophrosyne)

各階級がそれぞれの固有の徳を発揮し、自らの分に応じた役割を果たすとき、国家全体に正義(ディカイオシュネー, dikaiosyne)が実現する。正義とは、各部分が自己の機能を遂行し、他の部分の機能を侵さない状態である。この構造は個人の魂にも国家にも同型的に適用される(個人と国家のアナロジー)。

プラトンの民主政批判

プラトンは『国家』第8巻において、政体の堕落過程を描いた。理想国家(哲人王による統治)→名誉支配制(ティモクラティア)→寡頭制(オリガルキア)→民主制(デモクラティア)→僭主制(テュランニス)という順序で堕落が進行する。

民主政に対するプラトンの評価は厳しい。民主政は自由と平等を過度に追求する結果、秩序を失い、あらゆる欲望が平等に認められる状態に陥る。能力や知識の差異を無視して万人に等しい権利を与えることは、船の操縦を乗客の多数決に委ねるようなものであり、専門知識を持つ操縦士(=哲学者)に任せるべきだとプラトンは主張した。この「船の比喩」は、民主政批判の文脈でしばしば引用される。

師ソクラテスの裁判と処刑は、多数者の無知と偏見が正義を破壊しうることの具体的事例として、プラトンの民主政不信の根底にあった。


アリストテレスの政治思想

アリストテレス(Aristoteles, 前384〜前322)はマケドニア出身であり、17歳でアテナイに赴きプラトンのアカデメイアで約20年にわたり学んだ。その後、マケドニア王子アレクサンドロス(後のアレクサンドロス大王)の教育を担当し、前335年頃にアテナイに自らの学園リュケイオン(Lykeion)を開設した。主著に『政治学(Politika)』『ニコマコス倫理学(Ethika Nikomacheia)』がある。

人間は「ポリス的動物」

Key Concept: ポリス的動物(zoon politikon) アリストテレスが『政治学』で述べた人間の本質規定。人間は本性上、ポリスにおいて共同生活を営む存在であり、ポリスの外で生きる者は「獣か神」であるとした。

アリストテレスの政治思想の出発点は、人間の本性に関する規定にある。『政治学』第1巻冒頭で、人間は「本性上、ポリス的動物(zoon politikon)」であると宣言される。人間が他の群居動物と異なるのは、言語(ロゴス, logos)を有する点にある。言語によって人間は善悪・正不正を弁別し、他者と共有することが可能となる。この共有こそが家族(オイコス)やポリスの基盤である。

ポリスは家族や村落の発展の結果として成立するが、アリストテレスは、ポリスは発生的には最後に成立するものの、本性的には最も先にあるものだと論じる。部分は全体に先行しないのと同様に、個人はポリスの外では自足的な生を営むことができない。ポリスなしに生きうるのは「獣か神」のみである(『政治学』1253a)。

『政治学』の政体分類

Key Concept: 政体の六類型(アリストテレスの政体分類) 統治者の数(一人・少数・多数)と統治の目的(公共善か私的利益か)を二つの軸として政体を六つに分類する枠組み。正しい政体とその逸脱形態の区別を含む。

アリストテレスの政体論は、プラトンの政体論を継承しつつも、経験的な観察に基づいてより体系的な分類を行った点に特色がある。アリストテレスは二つの基準を設定する。第一に統治者の数(一人・少数・多数)、第二に統治の目的(公共の利益のためか、統治者自身の私的利益のためか)。この二つの軸の組み合わせにより、六つの政体類型が導出される。

graph TD
    subgraph sg1 ["正しい政体(公共善のための統治)"]
        A[王制<br/>basileia<br/>一人の統治]
        B[貴族制<br/>aristokratia<br/>少数の統治]
        C[国制<br/>politeia<br/>多数の統治]
    end
    subgraph sg2 ["逸脱した政体(私的利益のための統治)"]
        D[僭主制<br/>tyrannis<br/>一人の統治]
        E[寡頭制<br/>oligarchia<br/>少数の統治]
        F[民主制<br/>demokratia<br/>多数の統治]
    end
    A -- 逸脱 --> D
    B -- 逸脱 --> E
    C -- 逸脱 --> F
一人の統治 少数の統治 多数の統治
公共善のため(正しい政体) 王制(basileia) 貴族制(aristokratia) 国制(politeia)
私的利益のため(逸脱した政体) 僭主制(tyrannis) 寡頭制(oligarchia) 民主制(demokratia)

注意すべき点として、アリストテレスにおける「民主制(demokratia)」は逸脱形態に分類されている。これは、多数者が貧者として自らの階級的利益のみを追求する場合を指す。公共善のための多数者支配は「国制(politeia)」と呼ばれ、正しい政体に位置づけられる。

混合政体の理念

Key Concept: 混合政体(polity / politeia) 寡頭制と民主制の要素を混合した政体。中間層が主導的役割を果たし、極端な富裕層・貧困層の支配を避けることで政治的安定を実現しようとする構想。

アリストテレスは、理論上最善の政体(王制や貴族制)は実現が困難であると認識し、現実に達成可能な最善の政体として混合政体(polity, politeia)を提唱した。混合政体とは、寡頭制的要素と民主制的要素を組み合わせ、それぞれの長所を取り入れることで、単一の原理に偏った政体が陥る弊害を回避しようとするものである。

混合の具体的方法として、アリストテレスは以下を示す。例えば、役職への就任について、寡頭制は財産資格を設けて選挙で選出し、民主制は資格を設けず抽選で選出する。混合政体はこの両方の要素を取り入れ、財産資格は設けるが選出方法は抽選にする、あるいは財産資格は設けないが選挙制にする、といった組み合わせを行う。

中庸と政治的安定

Key Concept: 中庸(mesotes) アリストテレス倫理学の中心概念であり、二つの極端の中間にある適切な状態。政治においては、過度の富と過度の貧困を避け、中間層が主導する政体を望ましいとする議論に応用される。

アリストテレスの倫理学における中庸(mesotes)の概念は、政治学にも適用される。徳が二つの悪徳の中間にあるのと同様に、最善の政治的状態も極端の中間にある。

アリストテレスは、中間的な財産を有する市民層(中間層)が多数を占めるポリスが最も安定すると論じた。極度の富裕層は傲慢になり法に従わず、極度の貧困層は卑屈になり法を理解しない。中間層はこうした極端を免れ、理性に従った統治と被治が可能である。中間層が多数派を占め、かつ両極端の勢力のいずれよりも優勢であるとき、政体は安定する(『政治学』第4巻)。

この議論は、後世の共和主義思想や近代の「中間層が民主主義の基盤である」とする議論の先駆をなすものである。

アリストテレスの経験的方法

プラトンが理想国家を演繹的に構想したのに対し、アリストテレスは経験的・帰納的方法を政治学に導入した。その最も顕著な表現が、158のポリスの国制(politeia)を収集・比較した作業である。弟子たちとともに行われたこの調査のうち、現存するのは『アテナイ人の国制(Athenaion Politeia)』のみであるが、この作業は各ポリスの憲法的仕組み、政治的変動の原因、派閥対立のパターンなどを経験的データとして蓄積し、そこから一般的原理を帰納的に導出しようとするものであった。

アリストテレスのリュケイオンにおける研究方法は、プラトンのアカデメイアの思弁的方法とは対照的に、観察とデータ収集を重視し、具体的事実に基づいて理論を構築する姿勢を特徴とする。この方法論的態度は、経験科学としての政治学の原型を提供した。

アリストテレスの市民概念と政治参加

アリストテレスにおける市民(polites)の定義は、「裁判と統治に参加する者」である(『政治学』1275a)。市民であるとは、単にポリスに居住することではなく、政治的決定と司法に能動的に関与することを意味する。この定義は、政治参加を市民資格の本質とする能動的市民概念を示している。

ただし、アリストテレスは全住民を市民と認めたわけではない。職人や商人は、労働に従事するため十分な余暇(スコレー, schole)を確保できず、徳の涵養に必要な条件を欠くとされた。この市民概念には、労働を低く見る古代ギリシア的価値観が反映されている。


プラトンとアリストテレスの比較:理想主義と経験主義

プラトンとアリストテレスの政治思想は、師弟関係にありながら方法論的に大きく異なる。以下に主要な対比を整理する。

比較軸 プラトン アリストテレス
方法論 演繹的・理想主義的 帰納的・経験主義的
出発点 善のイデアの認識 人間の本性(ポリス的動物)
理想の統治者 哲人王(知の独占者) 中間層の市民(広範な参加)
政体観 単一の理想政体を追求 条件に応じた最善の政体を模索
正義の根拠 イデアの認識 目的(テロス)の実現
現実政治への態度 批判的(特に民主政) 分析的・改良的
主著 『国家』(理想国家の構想) 『政治学』(現存政体の分析と改良)
知の位置づけ 哲学者のみが到達しうる 実践知(フロネーシス)として市民に開かれる

プラトンは「あるべき国家」を問い、アリストテレスは「ありうる最善の国家」を問うた。プラトンの理想主義は後世のユートピア思想に、アリストテレスの経験主義は近代の経験的政治科学に、それぞれ系譜をつなぐものである。両者は対立的であると同時に補完的であり、政治思想の根本的な二つの方向性を示している。

次のセクション(→ Section 2「近代国家と社会契約論」)では、古代から近代への移行期を経て、マキアヴェッリ以降の政治思想がいかに国家と統治の問題を再構成したかを検討する。


まとめ

  • 古代ギリシアのポリスは、市民が政治に直接参加する自治的共同体であり、政治哲学が誕生する場を提供した
  • アテナイの直接民主政は、民会・抽選制・民衆裁判所を柱とし、市民間の政治的平等を制度化した。ただし参加資格は成年男子市民に限定されていた
  • プラトンは、善のイデアを認識した哲人王による統治を理想とし、魂の三部分と国家の三階級の対応を通じて正義を定義した。民主政に対しては厳しい批判を行った
  • アリストテレスは、人間を「ポリス的動物」と定義し、158のポリスの国制を収集・比較する経験的方法によって政治学を構築した。統治者の数と目的による六類型の政体分類を提示し、現実に達成可能な最善の政体として混合政体を提唱した
  • 両者の対比は「理想主義 vs. 経験主義」として定式化でき、西洋政治思想の二つの基本的方向性を示す

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
ポリス polis 古代ギリシアの都市国家。市民が直接政治に参加する自治的共同体
民会(エクレシア) ekklesia アテナイの最高意思決定機関。市民が参加し、挙手による多数決で議決を行った
抽選制 sortition / lot 公職者をくじ引きで選出する制度。選挙の貴族政的性格を排し、市民間の平等を実現するために採用された
イデア idea / eidos / Form プラトン哲学における永遠不変の実在。経験的世界はその不完全な模像とされる
善のイデア Form of the Good イデア界の頂点に位置する最高のイデア。哲人王はこれを認識した者とされる
哲人王 philosopher-king プラトンが提唱した統治者像。善のイデアを認識した哲学者が王となるべきだとする主張
魂の三部分 tripartite soul プラトンが『国家』で提示した魂の区分。理性・気概・欲望の三部分から成る
ポリス的動物 zoon politikon アリストテレスの人間定義。人間は本性上ポリスで共同生活を営む存在であるとする
政体の六類型 six forms of government アリストテレスが統治者の数と目的に基づき政体を王制・貴族制・国制・僭主制・寡頭制・民主制の六つに分類したもの
混合政体 polity / mixed constitution 寡頭制と民主制の要素を組み合わせ、中間層の主導による安定した政体を目指す構想
中庸 mesotes / the mean アリストテレス倫理学の中心概念。二つの極端の中間にある適切な状態
フロネーシス phronesis / practical wisdom アリストテレスにおける実践的知恵。具体的状況で適切に判断し行為する能力

確認問題

Q1: アリストテレスの政体六類型を、「統治者の数」と「統治の目的」の二軸に基づいて分類し、六つの政体名とそれぞれの特徴を説明せよ。

A1: アリストテレスは統治者の数(一人・少数・多数)と統治の目的(公共善のため・私的利益のため)の二軸で政体を分類した。公共善のための統治には、一人の場合が王制(basileia)、少数の場合が貴族制(aristokratia)、多数の場合が国制(politeia)がある。それぞれの逸脱形態として、一人の私的支配が僭主制(tyrannis)、少数の富裕者による支配が寡頭制(oligarchia)、多数の貧者による階級的利益追求が民主制(demokratia)となる。正しい政体と逸脱政体の区別は統治の目的にあり、統治者の数のみでは政体の善悪は判断できない。

Q2: プラトンとアリストテレスの政治思想における方法論的な違いを、具体的な著作や活動に言及しながら説明せよ。

A2: プラトンは演繹的・理想主義的方法を採り、『国家』においてイデア論に基づく理想国家を構想した。善のイデアの認識から出発し、あるべき国家の姿を論理的に導出するアプローチである。一方アリストテレスは帰納的・経験主義的方法を採り、弟子たちとともに158のポリスの国制を収集・比較分析するという経験的調査を実施した。現存する『アテナイ人の国制』はその一部であり、現実のデータから一般的原理を帰納的に導出する姿勢は経験科学としての政治学の原型を提供した。プラトンが「あるべき国家」を問うのに対し、アリストテレスは「ありうる最善の国家」を問うた点に根本的な方法論上の差異がある。

Q3: プラトンの魂の三部分説と国家の三階級の対応関係を説明し、この対応においてプラトンが「正義」をどのように定義したかを述べよ。

A3: プラトンは人間の魂を理性(logistikon)・気概(thumoeides)・欲望(epithumetikon)の三部分に区分し、それぞれが国家の統治者(哲人王)・戦士(補助者)・生産者(農民・職人)に対応するとした。各部分には固有の徳があり、理性には知恵(sophia)、気概には勇気(andreia)、欲望には節制(sophrosyne)が対応する。プラトンにおける正義(dikaiosyne)とは、魂の各部分・国家の各階級がそれぞれ自己の固有の機能を遂行し、他の部分の機能を侵さない調和的状態のことである。この定義は個人の魂と国家の構造に同型的に適用される。

Q4: アテナイの直接民主政において抽選制が採用された理由を、選挙制度との比較を含めて論じよ。

A4: アテナイで抽選制が広範に採用された理由は、選挙が有力者・富裕者に有利に働く貴族政的性格をもつと認識されていたためである。選挙では弁論の巧みさ、知名度、財力などが当選に影響するため、結果的に社会的エリートが公職を独占しやすくなる。これに対し抽選は、市民間の政治的平等(イソノミア)を制度的に保障する手段として機能した。ただし、高度な専門的能力が不可欠とされた将軍職(ストラテーゴス)は例外的に選挙制が維持され、再任も認められた。このように、アテナイの民主政は抽選と選挙の使い分けによって、平等と能力のバランスを図っていた。

Q5: 古代ギリシアの政治思想が現代の民主主義論に対してもつ意義と限界について、プラトンとアリストテレスの議論を踏まえて論じよ。

A5: 古代ギリシアの政治思想は現代民主主義の知的基盤を提供している。第一に、アリストテレスの混合政体論と中間層重視の議論は、現代の立憲民主主義における権力分立や多元的な利益調整の先駆をなす。第二に、プラトンの民主政批判(衆愚政治の危険性、専門知識の軽視)は、現代のポピュリズム批判やテクノクラシー論の文脈でなお参照される。第三に、アリストテレスの「政治参加を市民の本質とする」能動的市民概念は、参加民主主義の理論的基礎を提供する。一方で限界も明確である。古代の市民概念は成年男子に限定され、女性・奴隷・外国人を排除しており、近代以降の普遍的人権や平等の理念とは根本的に前提が異なる。古代の議論を現代に適用する際には、この歴史的文脈の差異を意識する必要がある。