Module 1-2 - Section 3: 自由主義・保守主義・マルクス主義¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 1-2: 政治思想入門 |
| 前提セクション | Section 2: 近代国家と社会契約論 |
| 想定学習時間 | 3.5時間 |
導入¶
Section 2では、ホッブズ・ロック・ルソーの社会契約論が近代政治思想の基本的枠組みを形成したことを確認した。社会契約論が提起した問い——統治の正統性は何に基づくか、個人の権利と国家権力の関係はいかにあるべきか——は、18世紀末から19世紀にかけて、具体的な歴史的激動のなかで三つの主要なイデオロギーへと結晶化した。
フランス革命(1789)とその後の産業革命は、ヨーロッパの政治秩序と社会構造を根底から変容させた。この変動に対して、個人の自由を核心に据えた自由主義(liberalism)、伝統と漸進的変化を擁護した保守主義(conservatism)、そして資本主義体制そのものの止揚を構想したマルクス主義(Marxism)が、それぞれ異なる応答を示した。
本セクションでは、J.S.ミルの自由論、エドマンド・バークの保守主義、マルクスの唯物史観を検討したうえで、アイザイア・バーリンの「二つの自由概念」を手がかりに、これら三つのイデオロギーが「自由」をめぐっていかなる対立構造を形成するかを分析する。
J.S.ミルの自由論¶
ミルの位置づけと『自由論』¶
ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill, 1806-1873)は、イギリスの哲学者・経済学者・政治思想家であり、父ジェイムズ・ミル(James Mill)とジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham)の功利主義(utilitarianism)の伝統を継承しつつ、それを根本的に改良した人物である。主著『自由論(On Liberty)』(1859)は、妻ハリエット・テイラー・ミル(Harriet Taylor Mill)との共同作業で執筆された。
ミルの問題設定は、ロックの自然権論やルソーの人民主権論とは異なる地点にある。ミルの時代には、普通選挙権の拡大によって民主政が現実のものとなりつつあった。ミルが直面した問題は、専制君主による圧政ではなく、民主的多数派による個人の自由の侵害であった。
危害原理¶
Key Concept: 危害原理(harm principle) ミルが『自由論』で提唱した個人の自由の限界に関する原則。文明社会において、個人の意志に反して権力を行使しうる唯一の正当な根拠は、他者への危害の防止である。
ミルの自由論の核心をなすのが危害原理(harm principle)である。ミルはこれを「一つの非常に単純な原理」として提示した。すなわち、「文明社会(civilized community)の成員に対して、その意志に反して権力を正当に行使しうる唯一の目的は、他者への危害の防止(to prevent harm to others)である」(『自由論』第1章)。
この原理がもつ含意は以下のとおりである。第一に、当人自身の利益——身体的であれ道徳的であれ——は、権力行使の十分な根拠とはならない。いわゆるパターナリズム(paternalism, 温情主義)は原則として否定される。第二に、社会が個人に対して行使しうるのは、法的強制のみならず、道徳的強制(世論による圧力)をも含む。ミルが問題としたのは、法律による規制だけではなく、社会的慣習や世論が個人の自由を事実上制約する局面であった。
思想・言論の自由の正当化¶
ミルは『自由論』第2章において、思想と言論の自由を擁護する四つの論拠を展開した。これらの議論は功利主義的な基盤に立つ。すなわち、言論の自由は自然権としてではなく、人類全体の利益にとって有用であるがゆえに正当化される。
第一の論拠: 抑圧される意見が真理である可能性がある。人間は不可謬(infallible)ではないため、ある意見を誤りと断定してその表明を禁じることは、自らの判断の不可謬性を僭称することにほかならない。
第二の論拠: 抑圧される意見が全体としては誤りであっても、部分的に真理を含んでいる可能性がある。支配的な意見がすべての真理を独占していることはほとんどなく、反対意見との衝突を通じてのみ、欠落した部分が補完される。
第三の論拠: たとえ支配的意見が真理の全体であったとしても、反論にさらされなければ、それは「生きた真理」ではなく「死んだドグマ(dead dogma)」となる。反対意見との論争を経験しない真理は、その根拠を合理的に把握されないまま単なる偏見として保持されるにすぎない。
第四の論拠: 論争を経ない教説は、その意味そのものが失われる危険がある。形式的に信奉されるだけで行為の動機とならない信条は、実効性を持たない空語に堕する。
graph TD
A[思想・言論の自由] --> B[論拠1: 抑圧される意見が<br/>真理である可能性]
A --> C[論拠2: 部分的真理を<br/>含む可能性]
A --> D[論拠3: 論争なき真理は<br/>死んだドグマに堕する]
A --> E[論拠4: 論争なき教説は<br/>意味を喪失する]
B --> F[人間の不可謬性の否定]
C --> F
D --> G[真理の活力の維持]
E --> G
F --> H[言論の自由は<br/>人類全体の利益に資する]
G --> H
個性の価値と「多数者の専制」¶
Key Concept: 多数者の専制(tyranny of the majority) 民主政において、多数派の意見や慣習が社会的圧力として少数派や個人の自由を抑圧する現象。ミルはこれを政治的暴政と同等以上に危険なものとして警告した。
ミルは『自由論』第3章において、個性(individuality)の発展を自由の不可欠の目的として論じた。個性とは、各人が自らの性格・能力・傾向に従って独自の生の計画を形成し実行する能力である。ミルによれば、個性の発展は人間の幸福(well-being)の本質的構成要素であるとともに、社会全体の進歩の条件でもある。画一的な社会は停滞し、多様な実験的生活様式の存在が社会的革新の源泉となる。
ミルが特に警鐘を鳴らしたのが「多数者の専制(tyranny of the majority)」である。この概念はアレクシ・ド・トクヴィル(Alexis de Tocqueville)の『アメリカのデモクラシー(De la democratie en Amerique)』(1835-1840)からの影響を受けている。ミルが問題にしたのは、政治制度としての多数決による抑圧にとどまらない。社会が自らの思想や慣行を行動規範として個人に押しつけ、それに同調しない個性の発展を妨げ、可能であればその形成自体を阻止しようとする傾向——すなわち社会的専制——が、法的暴政よりもさらに深く人間の生活に浸透しうるとミルは警告した。
功利主義との関係¶
ミルの自由論は功利主義の枠組みに基盤を置いている。ただし、ミルの功利主義はベンサムの量的功利主義とは異なる。ベンサムが快楽を量的にのみ把握したのに対し、ミルは快楽の質的差異を認めた。「満足した豚であるよりも不満足な人間であるほうがよく、満足した愚者であるよりも不満足なソクラテスであるほうがよい」(『功利主義論(Utilitarianism)』1863)というミルの命題は、高次の快楽——知的・道徳的・美的快楽——を低次の快楽よりも上位に置くものである。
個性の発展と思想の自由が擁護されるのは、それが「進歩する存在としての人間の永続的利益(the permanent interests of man as a progressive being)」に資するからである。ミルの自由論は、自然権論ではなく功利主義的正当化に基づくが、その功利主義は質的差異を内包する改良型のものであった。
エドマンド・バークの保守主義¶
フランス革命批判と『フランス革命の省察』¶
エドマンド・バーク(Edmund Burke, 1729-1797)はアイルランド出身のイギリスの政治家・政治思想家であり、ホイッグ党の議員として活動した。バークは保守主義(conservatism)の創始者とされるが、その思想は単なる反動ではなく、フランス革命という具体的事件に対する応答として体系化された。
Key Concept: 保守主義(conservatism) 伝統・慣習・漸進的改革を重視し、抽象的理念に基づく急進的変革を拒否する政治思想。バークの『フランス革命の省察』(1790)がその古典的表現とされる。
バークの代表作『フランス革命の省察(Reflections on the Revolution in France)』(1790)は、フランス革命がまだ初期段階にあった時点で著された。バークは革命を支持する者たちが描く楽観的展望に対して、革命がもたらす破壊的帰結を予言的に警告した。バスティーユ襲撃(1789年7月)からわずか1年余りの時点で、バークは革命が恐怖政治と軍事独裁に帰結する可能性を示唆しており、実際にその後のジャコバン派の恐怖政治(1793-1794)とナポレオンの台頭は、バークの洞察の的確さを裏づけることとなった。
バークの批判の核心は、フランス革命が依拠する「人間の権利(rights of man)」という抽象的原理に向けられた。バークによれば、革命家たちは抽象的理性に基づいて既存の社会秩序を全面的に破壊し、白紙の上に新たな社会を設計しようとしている。しかし、このような試みは人間理性の能力を過大評価するものであり、歴史的に蓄積された知恵を破壊するものである。
偏見・伝統・処方箋の擁護¶
バーク思想の独自性は、啓蒙主義が蔑視した偏見(prejudice)を積極的に擁護した点にある。バークにおける偏見とは、非合理的な差別意識を意味するのではなく、個人の限られた理性を超えて世代を通じて蓄積・伝承されてきた判断の様式——すなわち慣習・伝統に体現された集合的知恵——を指す。
Key Concept: 偏見の擁護(defense of prejudice) バークが唱えた、世代を超えて蓄積された慣習的判断の肯定的評価。個人の理性は限定的であるため、「諸国民と諸時代の総合的な銀行であり資本」である伝統的知恵に依拠すべきであるとする。
バークは述べている。「偏見は人の徳を彼の習慣とする(prejudice renders a man's virtue his habit)」と。すなわち、偏見は道徳的行為を反省的推論なしに即座に実行させる心的傾向であり、個人が毎回ゼロから道徳的判断を行わねばならない事態を回避させる。個人の「裸の理性(naked reason)」に頼るよりも、「諸国民と諸時代の総合的銀行であり資本(general bank and capital of nations and of ages)」に依拠すべきであるとバークは論じた。
処方箋(prescription)の概念もバーク思想の重要な要素である。これは英国慣習法における概念——長期間の占有事実が権利を生じさせるという法理——を政治に応用したものである。長期間にわたって維持されてきた制度や慣行は、それが存続してきたという事実自体が、その合理性を証明する。制度が何世代にもわたって機能してきたならば、それは個人の理性では把握しきれない実践的知恵を体現している蓋然性が高い。
漸進主義と有機的社会観¶
Key Concept: 有機的社会観(organic view of society) 社会を個人の集合体ではなく、歴史的に成長した有機体として把握する見方。バークにおいて社会は「死者と生者と未生の者との共同体(partnership of the dead, the living, and the yet unborn)」であるとされる。
バークの社会観は、社会契約論者(特にロック)の原子論的個人主義とは根本的に異なる。バークにとって社会は、諸個人が合理的計算に基づいて形成した人為的契約の産物ではなく、世代を超えて成長してきた有機体(organism)である。バークはこう表現している。「社会はたしかに契約である。しかしそれは胡椒やコーヒーの取引のための契約ではない。それは死者と生者と未だ生まれざる者との間の共同体(partnership)である」と。
この有機的社会観から、バークの漸進主義(gradualism)が導かれる。社会が有機体であるならば、その改革は外科手術ではなく治療でなければならない。バークは改革そのものを否定したわけではない。バークは「保全し改良する能力を欠く国家は、自己を保存する手段をも欠く(A state without the means of some change is without the means of its conservation)」と述べ、漸進的改革の必要性を認めている。バークが拒否したのは、抽象的理念に基づいて既存秩序を全面的に破壊し、白紙から再設計しようとする革命的変革であった。
抽象的理性と具体的経験の対比¶
バーク思想の根底には、抽象的理性と具体的経験の間の根本的な対立がある。フランス革命の指導者たちが依拠した啓蒙主義的理性——人間の理性のみによって社会を合理的に再設計しうるという確信——に対して、バークは人間理性の限界を強調した。個人の理性は誤りやすく、視野が狭い。これに対して、歴史的に蓄積された制度・慣習・法は、無数の人間の経験を凝縮したものであり、個人の理性では到達しえない深い知恵を含んでいる。
この観点は、バークをフランスの啓蒙思想家と対極に位置づける。ヴォルテールやコンドルセが理性の進歩と社会の合理的改造を信じたのに対し、バークは理性の限界と歴史的経験の重要性を主張した。ただし、バークは理性そのものを否定したのではなく、理性の適用範囲と限界を指摘したのである。この点でバークの立場は反理性主義(irrationalism)ではなく、理性の謙遜(humility of reason)とでも呼ぶべきものであった。
マルクス主義の基礎¶
マルクスの思想的背景¶
カール・マルクス(Karl Marx, 1818-1883)はプロイセン(現ドイツ)のトリーア生まれの哲学者・経済学者・革命家である。ベルリン大学でヘーゲル哲学を学び、その後パリでの亡命生活中にフリードリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels, 1820-1895)と出会い、生涯にわたる共同作業を開始した。主著に『共産党宣言(Manifest der Kommunistischen Partei)』(1848、エンゲルスとの共著)、『資本論(Das Kapital)』(第1巻1867)がある。
マルクスの思想は三つの知的潮流の統合として理解できる。第一にヘーゲルの弁証法哲学(ただしマルクスはヘーゲルの観念論を唯物論に転倒させた)、第二にイギリスの古典派経済学(アダム・スミス、デイヴィッド・リカード)、第三にフランスの空想的社会主義(サン=シモン、フーリエ、オーウェン)である。
唯物史観¶
Key Concept: 唯物史観(historical materialism) マルクスの歴史理論。社会の経済的構造(土台)がその法的・政治的・思想的上部構造を規定するとし、生産力と生産関係の矛盾が社会変革の原動力であるとする。
マルクスの理論体系の基盤をなすのが唯物史観(historical materialism, 史的唯物論)である。マルクスはヘーゲルの歴史哲学を批判的に継承した。ヘーゲルが歴史を精神(Geist)の自己展開として把握したのに対し、マルクスは歴史の原動力を物質的・経済的条件に見出した。「人間の意識がその存在を規定するのではなく、人間の社会的存在がその意識を規定する」(『経済学批判序言(Zur Kritik der politischen Okonomie)』1859)。
唯物史観の中心をなすのが、土台(Basis / base)と上部構造(Uberbau / superstructure)の二層モデルである。
Key Concept: 土台と上部構造(base and superstructure) マルクスの社会構造モデル。経済的土台(生産力と生産関係の総体)が、法・政治・宗教・哲学などの上部構造を規定する。土台の変動が上部構造の変革を引き起こす。
土台: 社会の経済的構造であり、生産力(productive forces: 労働力・技術・原材料・道具)と生産関係(relations of production: 所有関係・階級関係)の総体から成る。
上部構造: 土台の上に構築される法的・政治的制度(国家、法、裁判所など)および社会的意識の諸形態(宗教、哲学、道徳、芸術など)。
マルクスの基本命題は、土台が上部構造を規定するというものである。法、政治制度、思想は、それ自体が独立した起源を持つのではなく、経済的土台の反映である。国家は階級支配の道具であり、法は支配階級の利益を体現するものにほかならない。
graph TD
subgraph 上部構造
A[法・政治制度<br/>国家・裁判所・議会]
B[社会的意識<br/>宗教・哲学・道徳・芸術]
end
subgraph 土台 / 経済的構造
C[生産関係<br/>所有関係・階級関係]
D[生産力<br/>労働力・技術・原材料]
end
D -- 生産力の発展が<br/>生産関係と矛盾 --> C
C -- 規定する --> A
C -- 規定する --> B
C -- 矛盾の激化 --> E[社会革命]
E --> F[新たな生産関係<br/>新たな上部構造]
歴史の発展は、生産力の発展と生産関係の矛盾によって推進される。生産力が発展すると、既存の生産関係がその発展の桎梏(しっこく)となり、やがて社会革命を通じて生産関係が変革される。マルクスは歴史を、古代奴隷制→封建制→資本主義→社会主義→共産主義という段階的発展として把握した。
階級闘争¶
Key Concept: 階級闘争(class struggle / Klassenkampf) マルクスの歴史認識の中心命題。「今日までのあらゆる社会の歴史は階級闘争の歴史である」(『共産党宣言』)。生産手段の所有関係に基づく階級間の対立が、歴史変動の根本的動力であるとする。
『共産党宣言』は「今日までのあらゆる社会の歴史は階級闘争の歴史である」という宣言で始まる。マルクスにとって、階級(class)とは生産手段(means of production)に対する関係によって定義される社会集団である。資本主義社会においては、生産手段を所有するブルジョアジー(bourgeoisie, 資本家階級)と、生産手段を持たず自らの労働力を売るほかないプロレタリアート(proletariat, 労働者階級)の二大階級の対立が基本的構図をなす。
各歴史段階には固有の階級対立がある。古代では自由民と奴隷、封建制では領主と農奴、資本主義ではブルジョアジーとプロレタリアートが対立する。そして各段階の階級闘争は、最終的には被支配階級による革命を通じて新たな社会段階への移行をもたらす。
資本主義批判:剰余価値と疎外¶
マルクスの資本主義批判は多面的であるが、経済学的批判の核心をなすのが剰余価値(surplus value / Mehrwert)の理論である。
Key Concept: 剰余価値(surplus value / Mehrwert) マルクス経済学の中心概念。労働者が生産する価値と、労働者が賃金として受け取る価値との差額。資本家はこの差額を利潤として取得する。マルクスはこれを搾取の本質と把握した。
マルクスはリカードの労働価値説を継承し、商品の価値はそれに投下された社会的に必要な労働量によって規定されると論じた。資本家は労働者を雇い、労働者は1日の労働のなかで自らの賃金に相当する価値以上の価値を生産する。この差額が剰余価値であり、資本家の利潤の源泉である。マルクスにとって、剰余価値の搾取(exploitation)は資本主義に構造的に内在するものであり、個々の資本家の善意や悪意の問題ではない。
Key Concept: 疎外(alienation / Entfremdung) マルクスが『経済学・哲学草稿』(1844)で展開した概念。資本主義の下で労働者が①労働の生産物、②労働過程、③類的本質(人間としての本質的能力)、④他の人間から切り離される状態。
ミルが危害原理を通じて外的干渉からの自由を論じたのに対し、マルクスは疎外(alienation / Entfremdung)の概念を通じて、資本主義がもたらす内面的不自由を告発した。マルクスは『経済学・哲学草稿(Okonomisch-philosophische Manuskripte)』(1844年執筆、死後刊行)において、資本主義的労働における四重の疎外を分析した。
- 生産物からの疎外: 労働者が生産した物が労働者の手を離れ、資本家の所有物となる
- 労働過程からの疎外: 労働が労働者自身の自発的活動ではなく、外的に強制された苦役となる
- 類的本質(Gattungswesen)からの疎外: 自由で意識的な活動としての労働——マルクスが考える人間の本質的能力——が疎外される
- 他の人間からの疎外: 人間同士の関係が競争と搾取の関係に転化する
イデオロギー批判¶
マルクスの思想において重要な位置を占めるのが、イデオロギー(ideology / Ideologie)の概念である。マルクスにおけるイデオロギーとは、支配階級の利益を普遍的利益として偽装する観念体系を指す。自由・平等・所有権の不可侵といったブルジョア的理念は、一見すると普遍的な原理であるが、実際にはブルジョアジーの階級的利益を正当化する上部構造にほかならない。ロックの所有権論は、マルクスの観点からすれば、ブルジョア的所有関係のイデオロギー的正当化の典型的事例となる(→ Section 2参照)。
共産主義社会の展望と「国家の死滅」¶
マルクスは資本主義の内在的矛盾——生産の社会化と私的所有の矛盾、周期的恐慌、プロレタリアートの窮乏化——がやがてプロレタリア革命を不可避にすると論じた。
Key Concept: 国家の死滅(withering away of the state) マルクス・エンゲルスの国家論における命題。国家は階級支配の道具であるため、階級が廃絶された共産主義社会では国家はその存在理由を失い、消滅するとされる。
プロレタリア革命の後、まず社会主義段階として「プロレタリアート独裁(dictatorship of the proletariat)」が過渡期に置かれる。生産手段が社会化され、階級対立が解消されると、国家はもはや階級支配の道具としての機能を失い、「死滅する(absterben / wither away)」。エンゲルスは『反デューリング論(Anti-Duhring)』(1878)においてこの過程を「国家は人々の統治から物の管理へと変化する」と表現した。
最終段階としての共産主義社会においては、私有財産・階級・国家が廃絶され、「各人の自由な発展がすべての人の自由な発展の条件となる」(『共産党宣言』)社会が実現するとされた。
アイザイア・バーリンの二つの自由概念¶
消極的自由と積極的自由¶
アイザイア・バーリン(Isaiah Berlin, 1909-1997)はラトヴィア(当時ロシア帝国)出身で、イギリスで活動した政治哲学者・思想史家である。1958年のオックスフォード大学教授就任講演「二つの自由概念(Two Concepts of Liberty)」は、20世紀政治哲学の最も重要なテクストの一つとして位置づけられている。
Key Concept: 消極的自由(negative liberty) 「〜からの自由」(freedom from)。他者による干渉の不在として定義される自由。個人が外的障害なしに行動しうる領域の広さが問われる。
Key Concept: 積極的自由(positive liberty) 「〜への自由」(freedom to)。自己支配・自律として定義される自由。自らの生の主人であり、自らの意志と理性に基づいて行動する能力が問われる。
バーリンは「自由」という語に含まれる二つの異なる意味を析出した。
消極的自由(negative liberty): 「私はどの程度他者によって干渉されることなく、したいことをし、なりたいものになりうるか」という問いに関わる。消極的自由が問題にするのは、個人の行動を妨げる外的障害の不在である。自由の範囲は、他者や国家が干渉しない領域の広さによって測定される。
積極的自由(positive liberty): 「何が、あるいは誰が、私がこうではなくああする、こうではなくああである、ことを決定する源泉であるか」という問いに関わる。積極的自由が問題にするのは、行為の源泉が自己自身にあるか否か——すなわち自律(autonomy)と自己支配(self-mastery)——である。
積極的自由の変質の危険性¶
バーリンの議論の核心は、積極的自由の概念が歴史的にいかに変質し悪用されてきたかの分析にある。
積極的自由は本来、自己決定・自己実現の理念として人間の解放に資する概念である。しかし、「真の自己(true self / higher self)」と「経験的自己(empirical self / lower self)」の二分法が導入されると、事態は一変する。すなわち、各人の「真の」欲求は、当人の経験的意識が把握するものとは異なる可能性がある。理性的に考えれば各人が「本当に」望むのはXであり、たとえ当人がYを望んでいると主張しても、それは無知や情欲に歪められた経験的自己の産物にすぎない——というロジックが成立する。
このとき、「真の自己」の代弁者を自任する者——国家・党・指導者——が、個人の経験的意志に反して行動を強制しながら、それを「真の自由の実現」と称することが可能になる。バーリンはこれを「自由の名における圧政」と呼んだ。ルソーの「人は自由へと強制されうる(on le forcera d'etre libre)」(『社会契約論』第1巻第7章)という命題は、この危険の古典的表現としてバーリンが引用したものである。
自由主義・保守主義・マルクス主義への応用¶
バーリンの二つの自由概念は、本セクションで検討した三つのイデオロギーの対比を明瞭にする分析枠組みを提供する。
| イデオロギー | 自由の主要な概念 | 自由の内容 | 自由への脅威 |
|---|---|---|---|
| 自由主義(ミル) | 消極的自由が中心 | 他者・国家・社会的圧力からの不干渉 | 多数者の専制、パターナリズム |
| 保守主義(バーク) | 歴史的に形成された具体的自由 | 英国臣民の権利のような歴史的権利 | 抽象的理念に基づく革命 |
| マルクス主義 | 積極的自由(疎外からの解放) | 搾取・疎外からの人間の全面的解放 | 資本主義的所有関係、イデオロギー |
ミルに代表される古典的自由主義は、消極的自由を核心に据える。個人が他者や国家から干渉されない領域を最大化することが自由の本質であり、危害原理はその境界線を画定する原則である。
バークの保守主義は、「自由」を抽象的原理ではなく、歴史的に形成された具体的な権利・制度として把握する。バークは「抽象的な自由」を論じることに懐疑的であり、「フランス人の自由」ではなく「英国臣民の権利」のような、歴史と伝統に根ざした具体的自由を重視した。
マルクス主義は、消極的自由(ブルジョア的自由)が形式的な自由にすぎないと批判する。法的に平等で干渉されない自由があっても、生産手段を持たない労働者は事実上搾取と疎外を免れえない。マルクス主義が目指すのは、経済的基盤の変革を通じた人間の全面的解放——すなわち積極的自由の実現——である。バーリンの警告は、まさにこの積極的自由の追求が全体主義に転化する危険性に向けられていた。
graph LR
subgraph バーリンの分析枠組み
A[消極的自由<br/>〜からの自由] --- B[積極的自由<br/>〜への自由]
end
A --> C[自由主義<br/>ミル: 危害原理<br/>不干渉の領域]
A --> D[保守主義<br/>バーク: 歴史的権利<br/>具体的自由]
B --> E[マルクス主義<br/>疎外からの解放<br/>人間の全面的自由]
B --> F[積極的自由の変質<br/>真の自己の代弁<br/>自由の名の圧政]
E -.-> F
まとめ¶
- J.S.ミルは危害原理を通じて個人の自由の限界を画定し、思想・言論の自由を功利主義的に正当化した。「多数者の専制」への警告は、民主政の下での個人の自由の脆弱性を指摘するものであった
- エドマンド・バークはフランス革命を批判し、抽象的理性に基づく急進的変革に対して、偏見・伝統・処方箋に体現された歴史的知恵の価値を擁護した。社会を有機体として把握し、漸進的改革を説いた
- マルクスは唯物史観に基づき、経済的土台が上部構造を規定すると論じた。階級闘争を歴史の原動力とし、剰余価値の搾取と疎外を通じて資本主義の構造的矛盾を告発した。共産主義社会における国家の死滅を展望した
- アイザイア・バーリンは消極的自由と積極的自由を区別し、積極的自由の概念が「真の自己」の論理を介して圧政に転化する危険を指摘した。この枠組みは、自由主義・保守主義・マルクス主義が「自由」をめぐって形成する対立構造の分析に有効である
- 自由主義は消極的自由を、マルクス主義は積極的自由を重視し、保守主義は自由を抽象的原理ではなく歴史的に形成された具体的権利として把握する。三者の対立は、近代以降の政治思想の基本的座標軸をなす
次のセクション(→ Section 4)では、20世紀以降の政治思想——特にロールズの正義論を中心とした現代の規範理論——を検討し、本セクションで概観した三つのイデオロギーがいかに変容・再構成されたかを分析する。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 危害原理 | harm principle | ミルが提唱した自由の限界原則。他者への危害防止のみが、個人の意志に反する権力行使の正当根拠であるとする |
| 多数者の専制 | tyranny of the majority | 民主的多数派の意見・慣習が社会的圧力として少数派や個人の自由を抑圧する現象 |
| 保守主義 | conservatism | 伝統・慣習・漸進的改革を重視し、抽象的理念に基づく急進的変革を拒否する政治思想 |
| 偏見の擁護 | defense of prejudice | バークによる、世代を超えて蓄積された慣習的判断の積極的評価 |
| 有機的社会観 | organic view of society | 社会を歴史的に成長した有機体として把握する見方。バークにおいて社会は死者・生者・未生の者の共同体とされる |
| 唯物史観 | historical materialism | マルクスの歴史理論。経済的土台が上部構造を規定し、生産力と生産関係の矛盾が社会変革を推進するとする |
| 土台と上部構造 | base and superstructure | マルクスの社会構造モデル。経済的土台が法・政治・思想などの上部構造を規定する |
| 階級闘争 | class struggle / Klassenkampf | 生産手段の所有関係に基づく階級間の対立が歴史変動の原動力であるとするマルクスの命題 |
| 剰余価値 | surplus value / Mehrwert | 労働者が生産する価値と賃金として受け取る価値の差額。マルクスが資本主義的搾取の本質と把握した |
| 疎外 | alienation / Entfremdung | 資本主義の下で労働者が労働の生産物・過程・類的本質・他者から切り離される状態 |
| 国家の死滅 | withering away of the state | 階級廃絶後、国家がその存在理由を失い消滅するとするマルクス・エンゲルスの命題 |
| 消極的自由 | negative liberty | 他者による干渉の不在として定義される「〜からの自由」。バーリンが析出した自由の一類型 |
| 積極的自由 | positive liberty | 自己支配・自律として定義される「〜への自由」。バーリンが析出した自由の一類型 |
確認問題¶
Q1: ミルの危害原理の内容を説明し、この原理がパターナリズムに対してもつ含意を論じよ。
A1: 危害原理とは、文明社会の成員に対してその意志に反して権力を正当に行使しうる唯一の目的が他者への危害の防止であるとする原則である。この原理は、当人自身の身体的・道徳的利益は権力行使の十分な根拠とはならないことを含意する。すなわち、パターナリズム(本人の利益のために本人の意志に反して干渉すること)は原則として否定される。ある行為が本人にとって有害であっても、それが他者に危害を与えない限り、国家や社会がその行為を禁止することは正当化されない。この原理は功利主義に基づいており、個人の自由な選択と個性の発展が「進歩する存在としての人間の永続的利益」に資するという考えが背景にある。
Q2: バークがフランス革命を批判した論理を、「抽象的理性」と「具体的経験」の対比を軸に説明せよ。
A2: バークはフランス革命の指導者たちが「人間の権利」という抽象的原理に基づいて既存の社会秩序を全面的に破壊しようとしていることを批判した。バークによれば、人間の個人的理性は限定的で誤りやすいものであり、それのみに基づいて社会を設計し直すことは不可能である。これに対して、歴史的に蓄積された制度・慣習・法は、無数の世代の経験を凝縮した集合的知恵を体現している。バークが「偏見」を擁護したのは、偏見が世代を超えた経験の蓄積であり、個人の「裸の理性」よりも信頼に足る指針を提供するからである。バークは漸進的改革を否定せず、「保全し改良する手段を欠く国家は自己を保存する手段をも欠く」と述べたが、抽象的理念に基づく革命的変革は有機的社会を破壊するものとして拒絶した。フランス革命の後にジャコバン派の恐怖政治とナポレオンの軍事独裁が続いたことは、バークの予言的洞察を裏づけた。
Q3: マルクスの唯物史観における「土台」と「上部構造」の関係を説明し、この理論が法・政治制度に対してもつ含意を述べよ。
A3: マルクスの唯物史観において、土台とは社会の経済的構造——生産力(労働力・技術・原材料)と生産関係(所有関係・階級関係)の総体——を指す。上部構造とは、法・政治制度(国家・裁判所・議会)および社会的意識の諸形態(宗教・哲学・道徳)を指す。マルクスの基本命題は、土台が上部構造を規定するということである。法や政治制度はそれ自体が独立した起源を持つのではなく、経済的土台の反映である。したがって、国家は中立的な公共機関ではなく階級支配の道具であり、法は支配階級の利益を正当化・固定化する機能を果たす。資本主義社会における所有権の不可侵、契約の自由、形式的平等といった法原理は、ブルジョアジーの経済的利益を法的に保障するイデオロギーにほかならないとマルクスは論じた。
Q4: バーリンの「二つの自由概念」を説明し、積極的自由がなぜ圧政に転化しうるかを「真の自己」の論理に即して論じよ。
A4: バーリンは自由を消極的自由と積極的自由に区別した。消極的自由は「〜からの自由」であり、他者による干渉の不在として定義される。積極的自由は「〜への自由」であり、自己支配・自律として定義される。積極的自由が圧政に転化する論理は以下のとおりである。積極的自由の概念に「真の自己」と「経験的自己」の区別が導入されると、各人の「本当に望むもの」は当人の経験的意識が把握するものとは異なりうるという主張が可能になる。このとき、「真の自己」の内容を代弁すると称する存在——国家・党・指導者——が、個人の経験的意志に反する強制を行いつつ、それを「真の自由の実現」として正当化できる。ルソーの「人は自由へと強制されうる」という命題は、この論理の古典的表現としてバーリンが引用した。20世紀の全体主義体制がまさにこの論理を利用し、「人民の真の意志」の名の下に個人の自由を抑圧したことが、バーリンの議論の歴史的背景にある。
Q5: 自由主義(ミル)、保守主義(バーク)、マルクス主義のそれぞれが「自由」をどのように理解しているかを、バーリンの枠組みを用いて比較分析せよ。
A5: ミルの自由主義は消極的自由を中心に据える。危害原理は個人が他者や国家・社会的圧力から干渉されない領域を画定する原則であり、自由の本質を不干渉の保障に見出す。バークの保守主義は、自由を抽象的原理としてではなく、歴史的に形成された具体的権利として理解する。バークが擁護するのは「英国臣民の権利」のような、伝統と慣習に根差した自由であり、抽象的な「人間の権利」宣言は逆に革命的破壊を正当化し自由を損なうものとして警戒される。消極的自由と積極的自由のいずれとも完全には一致せず、歴史的・制度的に媒介された自由という独自の位相にある。マルクス主義は消極的自由を形式的自由にすぎないと批判する。法的に干渉されない自由があっても、生産手段を持たない労働者は搾取と疎外から逃れられない。マルクス主義が目指すのは疎外からの全面的解放——積極的自由の実現——であるが、バーリンはこの積極的自由の追求が「真の自己」の論理を介して全体主義に転化する危険を指摘した。三者の対比は、自由という概念が内包する緊張関係——不干渉か自律か、抽象か具体か、形式的か実質的か——を浮き彫りにする。