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Module 1-2 - Section 4: 現代政治哲学への展望

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-2: 政治思想入門
前提セクション Section 3: 自由主義・保守主義・マルクス主義
想定学習時間 3.5時間

導入

Section 3では、自由主義(ミル)、保守主義(バーク)、マルクス主義という三つの主要イデオロギーが「自由」をめぐって形成する対立構造を検討し、バーリンの「二つの自由概念」によってその座標軸を明確化した。これらのイデオロギーは19世紀から20世紀前半の政治思想を規定する基本的枠組みであった。

しかし、20世紀後半以降、政治哲学は新たな局面を迎える。その転回点となったのが、ジョン・ロールズ(John Rawls)の『正義論(A Theory of Justice)』(1971)である。ロールズは、功利主義が支配的であった英語圏の道徳・政治哲学において、社会契約論の伝統を復活させ、分配的正義(distributive justice)に関する体系的理論を提示した。この著作は、ロバート・ノージック(Robert Nozick)のリバタリアニズム(libertarianism)やマイケル・サンデル(Michael Sandel)らのコミュニタリアニズム(communitarianism)といった批判的応答を触発し、20世紀後半の規範的政治理論の基本的な論争構図を生み出した。

本セクションでは、ロールズの正義論を中心に、その批判者たちの議論を検討し、さらに共和主義の復権、承認の政治、フェミニスト政治理論、グローバル正義といった現代政治哲学の展開を概観する。Module 1-2全体のまとめとしての位置づけも兼ね、古代ギリシアから現代にいたる政治思想の展開を俯瞰する。


ジョン・ロールズの正義論

『正義論』の位置づけ

ジョン・ロールズ(John Rawls, 1921-2002)はアメリカの政治哲学者であり、ハーバード大学で長年教鞭を執った。主著『正義論(A Theory of Justice)』(1971)は、20世紀の政治哲学において最も影響力のある著作の一つとされる。ロールズの理論的意義は、第一に、それまで英語圏の道徳哲学を支配していた功利主義(→ Section 3参照)に対する体系的代替案を提示した点、第二に、ロック・ルソー・カント(→ Section 2参照)の社会契約論の伝統を高度に抽象化された形で復活させた点にある。

ロールズの基本的な問いは「正義にかなった社会の基本構造(basic structure of society)はいかにあるべきか」であり、その回答として「公正としての正義(justice as fairness)」を提唱した。

Key Concept: 公正としての正義(justice as fairness) ロールズの正義理論の呼称。正義の諸原理は、公正な条件の下での合意によって選択されたものであるがゆえに正義にかなう、とする構想。社会契約論の伝統を継承し、功利主義に代わる正義理論として提示された。

原初状態と無知のヴェール

ロールズの理論で中核的役割を果たすのが、原初状態(original position)と無知のヴェール(veil of ignorance)という思考実験である。

Key Concept: 原初状態(original position) ロールズが設定した仮想的状況。社会の基本的制度を律する正義の諸原理を選択するための公正な条件を規定する。社会契約論における「自然状態」に対応する理論的装置であるが、歴史的事実ではなく純粋な思考実験として構想されている。

Key Concept: 無知のヴェール(veil of ignorance) 原初状態において当事者に課される情報の制限。自分の社会的地位、階級、才能、知性、体力、人種、性別、善の構想(人生計画)などを知らされない状態。この情報の遮断により、特定の個人や集団に有利な原理の選択が排除される。

原初状態は、ホッブズやロック、ルソーの社会契約論における「自然状態」に対応する理論的装置である。ただし、ロールズの原初状態は歴史的事実として想定されるものではなく、正義の諸原理を導出するための純粋に仮説的な状況設定である。原初状態にある当事者は合理的であり、自己の利益を追求するが、「無知のヴェール」によって以下の情報が遮断される。

  • 自分の社会的地位、階級、財産
  • 自分の才能、知性、体力
  • 自分の人種、性別、民族
  • 自分の善の構想(conception of the good)——すなわち何を人生の目的とするか
  • 自分が属する社会の世代

無知のヴェールの機能は、当事者が自らの特殊な状況に有利な原理を選択することを不可能にし、公正な選択条件を確保することにある。自分がどのような社会的位置に置かれるか分からない以上、合理的な当事者は最悪の場合に備えた選択を行う(マクシミン原理: maximin principle)とロールズは論じた。

正義の二原則

原初状態の当事者が選択するとロールズが論じた正義の二原則は以下のとおりである。

Key Concept: 正義の二原則(two principles of justice) ロールズが原初状態から導出した社会の基本構造を律する原則。第一原則は平等な基本的自由の保障、第二原則は社会的・経済的不平等に関する条件(公正な機会均等原則と格差原理)から成る。第一原則は第二原則に対して辞書式順序で優先する。

第一原則(平等な自由の原則): 各人は、他のすべての人の同様の自由の体系と両立しうる限りで、最も広範な基本的自由の平等な体系に対する平等な権利を有する。

第二原則: 社会的・経済的不平等は以下の二つの条件を満たすように編成されなければならない。 - (a) 格差原理(difference principle): 最も不遇な立場にある構成員の利益を最大化するように編成されること - (b) 公正な機会均等原則(fair equality of opportunity): 公正な機会均等の条件のもとですべての人に開かれた職務と地位に付随するものであること

Key Concept: 格差原理(difference principle) ロールズの正義の第二原則の核心。社会的・経済的不平等は、それが社会の最も不遇な構成員(the least advantaged)の利益を最大化する場合にのみ正当化される。完全な平等からの逸脱は、最も不遇な者の状況を改善する場合にのみ許容される。

二原則の間には辞書式順序(lexical ordering)が設定されている。すなわち、第一原則は第二原則に対して絶対的に優先する。基本的自由は社会的・経済的利益との交換が許されない。これはロールズが功利主義と決定的に異なる点である。功利主義は、総効用の増大のために一部の人間の自由を犠牲にすることを原理的に排除しない。ロールズの第一原則はこの可能性を封じる。

graph TD
    A[原初状態] --> B[無知のヴェール<br/>自分の社会的地位・才能・<br/>善の構想等を知らない]
    B --> C[合理的当事者による<br/>正義原理の選択]
    C --> D[第一原則<br/>平等な基本的自由]
    C --> E[第二原則]
    E --> F[公正な機会均等原則]
    E --> G[格差原理<br/>最も不遇な者の<br/>利益の最大化]
    D -.->|辞書式順序<br/>で優先| E
    F -.->|優先| G

功利主義批判としてのロールズ

ロールズの理論は、功利主義に対する体系的批判として構想されている。功利主義は「最大多数の最大幸福」を正義の基準とするが、ロールズはこの原理に根本的な問題があると論じた。

第一に、功利主義は「人格の区別(the distinction of persons)」を真剣に受け止めない。功利主義の下では、一部の人間の幸福が他の人間の犠牲によって増大するならば、その犠牲は正当化されうる。社会全体の効用の総和を最大化することが目的であるため、効用の分配のあり方は本質的には問われない。ロールズにとって、これは個人の権利の不可侵性を否定するものであった。

第二に、功利主義は基本的自由の安定的保障を原理的に保証しない。社会全体の効用が増大するならば、少数者の自由を制限することも理論的には正当化される。ロールズの正義の二原則は、第一原則の辞書式優先性によってこの問題を回避する。

反照的均衡

Key Concept: 反照的均衡(reflective equilibrium) ロールズの道徳的方法論。正義の一般的原理と具体的状況に関する個別的な道徳的直観を相互に照合し、必要に応じて両者を修正することで整合的な道徳的判断体系に到達する手続き。

ロールズは正義の二原則の正当化にあたって、反照的均衡(reflective equilibrium)という方法論を用いた。これは、正義に関する一般的原理と、具体的事例に関する熟慮された道徳的直観(considered moral judgments)を照合し、両者の間に不整合がある場合、原理を修正するか直観を修正するかして整合性を達成する反復的手続きである。ロールズの正義論は、原初状態からの演繹のみに依存するのではなく、われわれの道徳的直観との整合性をも基準として機能する。


ロールズ批判の諸相

リバタリアニズムの批判:ノージック

ロバート・ノージック(Robert Nozick, 1938-2002)は、ロールズと同じくハーバード大学の哲学者でありながら、ロールズの正義論に対する最も鋭い批判者の一人であった。主著『アナーキー・国家・ユートピア(Anarchy, State, and Utopia)』(1974)は、リバタリアニズムの立場からロールズを批判した古典的著作である。

Key Concept: リバタリアニズム(libertarianism) 個人の自由と所有権の不可侵性を最重視し、国家の正当な機能を生命・自由・財産の保護に限定する政治思想。ノージックの最小国家論がその代表的理論である。

ノージックの批判の核心は、自己所有権(self-ownership)の概念と、正義の権原理論(entitlement theory of justice)にある。

自己所有権: 各人は自分自身の身体と労働に対する絶対的な所有権を有する。この権利は他者のいかなる目的によっても侵害されえない。ロールズの格差原理は、才能ある者の労働の成果を再分配のために徴収することを要求するが、ノージックの観点からすれば、これは才能ある者の自己所有権の侵害にほかならない。

権原理論: ノージックは正義を結果(パターン)ではなく手続きによって判定する。所有の正義は三つの原則によって規定される。(1) 取得の正義(justice in acquisition)——正当な手段による最初の取得は正しい、(2) 移転の正義(justice in transfer)——自発的な交換・贈与による移転は正しい、(3) 矯正の正義(justice in rectification)——(1)(2)の違反を是正する原則。正当に取得され正当に移転された所有物に対して、国家が再分配を行うことは正義に反する。

Key Concept: 最小国家(minimal state) ノージックが正当と認める唯一の国家形態。暴力・窃盗・詐欺からの保護と契約の執行のみを機能とし、福祉・教育・経済規制などを行わない国家。これ以上の機能を持つ国家は個人の権利を侵害する。

ウィルト・チェンバレン論証: ノージックは、バスケットボール選手ウィルト・チェンバレンの仮想的事例を用いて、いかなるパターン化された分配原理(格差原理を含む)も自由と両立しないと論じた。仮に完全に平等な分配が実現されたとしても、人びとが自発的にチェンバレンの試合を観戦するために入場料を支払えば、チェンバレンに富が集中する。平等なパターンを維持するためには、人びとの自発的な取引を継続的に規制しなければならず、これは自由の侵害である。

コミュニタリアニズムの批判:サンデル、マッキンタイア、テイラー

1980年代以降、コミュニタリアニズム(communitarianism, 共同体主義)の立場からもロールズへの批判が展開された。

Key Concept: コミュニタリアニズム(communitarianism) 自由主義の個人主義的前提を批判し、個人のアイデンティティ形成における共同体・伝統・文化的文脈の構成的役割を強調する政治思想。サンデル、マッキンタイア、テイラーらが主要な論者である。

マイケル・サンデル(Michael Sandel, 1953-) は『自由主義と正義の限界(Liberalism and the Limits of Justice)』(1982)において、ロールズの自己概念を批判した。サンデルによれば、ロールズの原初状態が前提とする自己は、「負荷なき自己(unencumbered self)」——いかなる社会的結合、共同体的帰属、善の構想からも独立した抽象的存在——である。しかし、現実の人間は家族、共同体、民族、宗教的伝統といった帰属関係によって自己のアイデンティティが構成されており、これらから切り離された「裸の自己」は虚構にすぎない。

Key Concept: 負荷なき自己(unencumbered self) サンデルがロールズの自己概念を批判する際に用いた用語。社会的帰属関係や善の構想から独立した抽象的な自己。コミュニタリアンはこの自己概念が人間存在の実態を反映していないと批判する。

アラスデア・マッキンタイア(Alasdair MacIntyre, 1929-2024) は『美徳なき時代(After Virtue)』(1981)において、近代の自由主義的道徳哲学全体——ロールズを含む——が共通善(common good)の概念を放棄したことを批判した。マッキンタイアによれば、道徳的判断は特定の伝統(tradition)と実践(practice)の文脈においてのみ意味を持つ。伝統から切り離された普遍的な正義の原理は空虚であり、道徳的推論は常に特定の共同体の語彙と物語のなかで行われる。マッキンタイアはアリストテレスの徳倫理学(→ Section 1参照)への回帰を提唱した。

チャールズ・テイラー(Charles Taylor, 1931-2024) は、個人の善の追求が共同体の健全さと不可分に結びついていることを論じた。テイラーによれば、自由主義が前提とする「原子論的個人(atomistic individual)」は、自己を形成する社会的・文化的地平を無視している。個人のアイデンティティは「意味の地平(horizon of significance)」——すなわち共同体が提供する価値・意味の枠組み——のなかでのみ形成される。

graph TD
    A[ロールズの正義論] --> B[リバタリアニズムの批判<br/>ノージック]
    A --> C[コミュニタリアニズムの批判<br/>サンデル・マッキンタイア・テイラー]
    B --> D[自己所有権の侵害<br/>再分配は不正]
    B --> E[最小国家のみが正当<br/>パターン化された分配は自由と矛盾]
    C --> F[負荷なき自己への批判<br/>自己は共同体により構成される]
    C --> G[善の優先を主張<br/>正義は善の構想に依存する]
    A --> H[功利主義への批判<br/>人格の区別を無視]

コミュニタリアニズムの批判が提起する根本的な問いは、ロールズの「正の善に対する優先(priority of the right over the good)」——すなわち正義の原理はいかなる特定の善の構想にも依存せずに定立されるべきだという主張——の妥当性である。コミュニタリアンは、正義の原理そのものが特定の善の構想を前提としており、「負荷なき自己」に基づく自由主義的正義論は実際には自由主義という特定の伝統に根ざした善の構想を暗黙に前提としていると論じた。


共和主義と自由主義の対立軸

共和主義の復権

20世紀後半、政治思想史研究においてクエンティン・スキナー(Quentin Skinner, 1940-)とフィリップ・ペティット(Philip Pettit, 1945-)を中心に、共和主義(republicanism)の復権が進んだ。スキナーは思想史的手法によって、マキアヴェッリ(→ Section 2参照)やイギリス内戦期の共和主義思想家を再読解し、自由主義とは異なる自由の伝統の存在を明らかにした。ペティットは『共和主義——自由と統治の理論(Republicanism: A Theory of Freedom and Government)』(1997)において、共和主義的自由の概念を現代政治理論として体系化した。

Key Concept: 共和主義(republicanism) 市民の政治参加と公共善を重視し、支配からの自由を中心的価値とする政治思想の伝統。古代ローマのキケロに遡り、マキアヴェッリ、ハリントンらを経て、スキナー、ペティットによって現代に復権された。

非支配としての自由 vs 不干渉としての自由

共和主義が提示する自由の概念は、バーリンの消極的自由(不干渉としての自由)とも積極的自由(自己支配としての自由)とも異なる「第三の自由」として位置づけられる。

Key Concept: 非支配としての自由(freedom as non-domination) ペティットが定式化した共和主義的自由の概念。他者の恣意的な意志に服する状態(支配)の不在を自由の本質とする。実際に干渉されていなくても、他者が恣意的に干渉しうる能力を有している限り、自由は侵害されている。

バーリンの消極的自由——不干渉としての自由(freedom as non-interference)——は、他者による実際の干渉の不在を自由とする。干渉されていない限り、人は自由である。これに対して、ペティットの非支配としての自由(freedom as non-domination)は、他者が恣意的に干渉しうる能力(capacity for arbitrary interference)の不在を自由とする。

この区別の実践的含意を明瞭にするのが、「慈悲深い主人」の事例である。奴隷の主人が極めて寛容であり、事実上奴隷に干渉しないとする。不干渉としての自由の基準では、この奴隷は(干渉されていないがゆえに)自由である。しかし、非支配としての自由の基準では、主人がいつでも恣意的に干渉しうる権力を保持している限り、奴隷は自由ではない。奴隷の行動が制約されていないのは主人の慈悲によるものであり、権利に基づくものではないからである。

逆に、法律による制約は、それが市民の利益に基づき民主的手続きを経て制定されたものである限り、恣意的な干渉には該当せず、自由を侵害しない。共和主義的自由にとって重要なのは干渉の有無ではなく、干渉の恣意性の有無である。

自由の概念 定義 自由の反対 主要論者
不干渉としての自由 実際の干渉の不在 干渉(interference) バーリン、ミル
非支配としての自由 恣意的干渉能力の不在 支配(domination) ペティット、スキナー

市民的徳の要請

共和主義は、自由の維持に市民的徳(civic virtue)が不可欠であることを強調する。自由主義が個人の権利を制度的に保障すれば自由は確保されると考えるのに対し、共和主義は、市民が公的事柄に関心を持ち、政治に積極的に参加し、腐敗と権力の恣意的行使を監視する能力と意欲を備えていなければ、自由は維持されないと主張する。

Key Concept: 市民的徳(civic virtue) 共和主義が重視する、市民としての公的資質。公共善への関心、政治参加への積極性、腐敗や権力の恣意的行使に対する警戒心を含む。アリストテレスの徳の概念(→ Section 1参照)との系譜的連続性がある。

ただし、ペティットは市民的徳の位置づけについて慎重である。ペティットにとって市民的徳は、非支配としての自由を確保するための手段の一つであり、それ自体が究極的価値ではない。制度的な権力制約(法の支配、権力分立、異議申立手続き)こそが第一義的であり、市民的徳はこれを補完するものとして位置づけられる。この点で、ペティットの共和主義は市民的徳を自己目的的に要求する古典的共和主義(古代ギリシアの政治的理想を含む)とは区別される。

熟議民主主義との接点

共和主義は熟議民主主義(deliberative democracy)とも密接な接点を有する。

Key Concept: 熟議民主主義(deliberative democracy) 民主的正統性の根拠を、単なる選好の集計(投票)ではなく、自由で平等な市民間の公的な理由に基づく討議(deliberation)に求める民主主義理論。ハーバーマス、コーエン、ガットマンらが主要な論者である。

熟議民主主義は、民主的意思決定の正統性を、選好の集計ではなく、市民間の公的な理由に基づく討議過程に求める。ペティットは、非支配としての自由を確保するためには、市民が政府の決定に対して異議を申し立てる(contestation)回路が制度的に保障されなければならないと論じた。法律や政策は、単に多数決で決定されるだけでなく、公的な討議と批判的検証を経なければならない。この「異議可能性(contestability)」の要件は、熟議民主主義の理念と合致する。


現代政治哲学の展望

承認の政治と多文化主義

20世紀後半以降、政治哲学の関心は「分配的正義」——すなわち財の公正な分配——から、「承認の政治(politics of recognition)」——すなわち文化的アイデンティティの尊重と承認——へと拡張された。

Key Concept: 承認の政治(politics of recognition) 文化的・社会的アイデンティティの承認を政治的要求の中心に据える立場。チャールズ・テイラーが提唱し、不承認(misrecognition)が抑圧の一形態であると論じた。分配的正義を超えた政治的課題を提起する。

チャールズ・テイラーは『承認の政治(The Politics of Recognition)』(1992)において、「アイデンティティは部分的に承認によって形成される。あるいは、承認の不在、さらにはしばしば他者による不承認(misrecognition)によって形成される」と論じた。ある個人や集団に対して、周囲の社会が貶めるような像を反映すれば、それは実際に損害を与えうる。不承認は単なる無礼ではなく、抑圧の一形態である。

この議論は多文化主義(multiculturalism)の理論的基盤を提供した。ウィル・キムリッカ(Will Kymlicka, 1962-)は『多文化の市民権(Multicultural Citizenship)』(1995)において、少数者文化の権利——言語権、自治権、特別代表権——がリベラルな正義の枠内で正当化されうることを論じた。多文化主義は、自由主義的中立性(国家はいかなる善の構想にも肩入れしない)の限界を問うものであり、コミュニタリアニズムの問題意識と部分的に重なる。

フェミニスト政治理論

フェミニスト政治理論は、「個人的なことは政治的なことである(the personal is political)」というテーゼを出発点として、伝統的な政治哲学が「公的領域」と「私的領域」の境界を自明視してきたことを批判する。

Key Concept: フェミニスト政治理論(feminist political theory) 政治における性差別(gender discrimination)の構造を分析し、公私の境界の政治性を問い直す理論群。家族・性的分業・ケアなどの「私的」領域が政治的構造によって形成されていることを主張する。

キャロル・ペイトマン(Carole Pateman, 1940-)は『性的契約(The Sexual Contract)』(1988)において、社会契約論の伝統が暗黙のうちに「性的契約」——男性による女性に対する支配を正当化する契約——を前提としていたことを論じた。社会契約論が想定する契約の主体は暗黙のうちに男性であり、家族内の権力関係は「私的」領域として契約論の射程外に置かれてきた。

スーザン・モラー・オーキン(Susan Moller Okin, 1946-2004)は『正義・ジェンダー・家族(Justice, Gender, and the Family)』(1989)において、ロールズの正義論が家族の内部構造を正義の対象から除外していることを批判した。ロールズの原初状態の当事者が自分の性別を知らないならば、ジェンダーに基づく不平等を是正する原理が選択されるはずだとオーキンは論じた。

グローバル正義

Key Concept: グローバル正義(global justice) 正義の原理を国内社会の枠組みを超えて国際的・地球規模に拡張しうるかを問う政治哲学の領域。国境を超えた分配的正義、人権の普遍性、国際的制度設計などが主題となる。

ロールズの正義論は基本的に「閉じた社会」を前提として構想されていた。しかし、グローバリゼーションの進展は、正義の射程を国境の内部に限定することの妥当性を問い直す。

ロールズ自身は『万民の法(The Law of Peoples)』(1999)において国際正義の問題に取り組んだが、国内で成立する格差原理をグローバルに適用することには否定的であった。これに対して、トマス・ポッゲ(Thomas Pogge, 1953-)やチャールズ・ベイツ(Charles Beitz, 1949-)は、ロールズの格差原理をグローバルに拡張し、国際的な経済秩序が途上国の貧困を構造的に生み出していることを批判した。グローバル正義論は、国家主権・文化的多元性・国際的制度設計の問題を交錯させつつ、現代政治哲学の重要な一分野をなしている。


まとめ

  • ロールズは『正義論』(1971)において、原初状態と無知のヴェールという思考実験を通じて正義の二原則を導出した。第一原則(平等な基本的自由)が第二原則(格差原理と公正な機会均等)に辞書式に優先する構成により、功利主義が許容する個人の権利の犠牲を封じた
  • ノージックはリバタリアニズムの立場から、自己所有権と権原理論に基づいてロールズの格差原理を批判し、最小国家のみが正当であると主張した。パターン化された分配原理は自由と両立しないとするウィルト・チェンバレン論証を展開した
  • サンデル、マッキンタイア、テイラーらのコミュニタリアンは、ロールズの自己概念(「負荷なき自己」)を批判し、個人のアイデンティティが共同体・伝統・文化的文脈によって構成されることを主張した。正義の原理は善の構想から独立には定立されえないと論じた
  • ペティットとスキナーは共和主義を復権させ、「非支配としての自由」という自由の概念を提示した。不干渉としての自由(バーリンの消極的自由)とは異なり、恣意的に干渉しうる能力の不在を自由の条件とする。この構想は熟議民主主義との接点を有する
  • 現代政治哲学はさらに、承認の政治(テイラー、キムリッカ)、フェミニスト政治理論(ペイトマン、オーキン)、グローバル正義(ポッゲ、ベイツ)といった方向に展開し、分配的正義の枠組みを超えた政治的課題に取り組んでいる

Module 1-2 全体の総括

Module 1-2では、古代ギリシアから現代に至る政治思想の展開を四つのセクションにわたって検討した。

Section 1で確認したように、政治哲学はプラトンとアリストテレスによって創始された。プラトンの理想主義的方法と哲人王の構想、アリストテレスの経験主義的方法と混合政体論は、政治思想の二つの原型を提供した。Section 2では、マキアヴェッリの政治的リアリズム、ボダンの主権論を経て、ホッブズ・ロック・ルソーの社会契約論が近代政治思想の基本枠組みを形成した過程を追跡した。自然状態の描写の差異が、契約の内容と政治体制の帰結を規定するという構造が明らかになった。Section 3では、社会契約論が切り拓いた地平のうえに、自由主義・保守主義・マルクス主義という三つのイデオロギーが結晶化し、「自由」をめぐる対立構造を形成した過程を検討した。バーリンの二つの自由概念がこの対立の分析枠組みを提供した。

本セクション(Section 4)で見たように、20世紀後半以降、ロールズの正義論を起点として政治哲学は新たな展開を見せた。リバタリアニズム、コミュニタリアニズム、共和主義の復権、承認の政治、フェミニスト理論、グローバル正義といった多様な立場が、「正義とは何か」「自由とは何か」「政治的共同体はいかにあるべきか」という根本的問いに対して異なる応答を提示している。古代ギリシアのプラトンとアリストテレスが提起した問い——善い統治とは何か、正義にかなった共同体とは何か——は、理論的枠組みを変えつつも、現代政治哲学においてなお中心的な問いであり続けている。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
公正としての正義 justice as fairness ロールズの正義理論の呼称。正義の原理は公正な条件下の合意によって選択されたものであるがゆえに正当であるとする構想
原初状態 original position ロールズが設定した、正義の原理を選択するための仮想的状況。社会契約論の自然状態に対応する理論的装置
無知のヴェール veil of ignorance 原初状態の当事者に課される情報制限。自分の社会的地位・才能・善の構想等を知らされない状態
正義の二原則 two principles of justice ロールズが導出した社会の基本構造を律する原則。平等な基本的自由の原則と、格差原理・公正な機会均等原則から成る
格差原理 difference principle 社会的・経済的不平等は最も不遇な構成員の利益を最大化する場合にのみ正当化されるとする原則
反照的均衡 reflective equilibrium 一般的原理と個別的道徳直観を相互に照合し整合性を達成する方法論
リバタリアニズム libertarianism 個人の自由と所有権の不可侵性を最重視し、最小国家のみを正当とする政治思想
最小国家 minimal state 生命・自由・財産の保護と契約の執行のみを機能とする国家
コミュニタリアニズム communitarianism 自由主義の個人主義的前提を批判し、共同体・伝統の構成的役割を強調する政治思想
負荷なき自己 unencumbered self サンデルがロールズ批判において用いた用語。社会的帰属関係から独立した抽象的自己像
共和主義 republicanism 市民の政治参加と公共善を重視し、支配からの自由を中心的価値とする政治思想の伝統
非支配としての自由 freedom as non-domination ペティットが定式化した共和主義的自由の概念。恣意的に干渉しうる能力の不在を自由とする
市民的徳 civic virtue 公共善への関心・政治参加への積極性・権力監視の意欲を含む市民としての公的資質
熟議民主主義 deliberative democracy 民主的正統性を市民間の公的な理由に基づく討議に求める民主主義理論
承認の政治 politics of recognition 文化的アイデンティティの承認を政治的要求の中心に据える立場。テイラーが提唱

確認問題

Q1: ロールズの「原初状態」と「無知のヴェール」の機能を説明し、それがなぜ正義の二原則の導出にとって不可欠であるかを論じよ。

A1: 原初状態は、正義の原理を選択するための公正な条件を設定する仮想的状況であり、社会契約論における自然状態に対応する。その核心をなすのが無知のヴェールであり、当事者は自分の社会的地位、才能、人種、性別、善の構想などを知らされない。この情報の遮断によって、当事者は自らの特殊な状況に有利な原理を選択することが不可能になる。自分がいかなる社会的位置に置かれるか分からない以上、合理的な当事者は最悪の事態に備える(マクシミン原理)。この条件下で選択されるのが正義の二原則であり、第一原則(平等な基本的自由)は誰もが最低限の基本的自由を確保されることを保障し、第二原則の格差原理は社会的・経済的不平等が最も不遇な者の利益となるよう要求する。無知のヴェールなしには、当事者は自らに有利な原理を選択する可能性があり、選択の「公正さ」が損なわれる。公正な条件下での合意から正義を導出するという「公正としての正義」の構想は、無知のヴェールの装置に依存している。

Q2: ノージックの権原理論によるロールズ批判の核心を、ウィルト・チェンバレン論証を用いて説明せよ。

A2: ノージックの権原理論は、所有の正義を結果のパターンではなく手続きによって判定する。取得が正当で移転が自発的である限り、結果としての分配がいかなるパターンであれ正義に反しない。ウィルト・チェンバレン論証はこの立場の核心を示す。仮に完全に平等な分配(D1)が実現されたとする。人びとがバスケットボール選手チェンバレンの試合を見るために自発的に入場料を支払い、チェンバレンに富が集中した新たな分配(D2)が生じたとする。各人は自発的にD1からD2への移行に同意した。もしD1が正義にかなうなら、D1から自発的な取引を経て到達したD2もまた正義にかなう。D1の平等なパターンを維持しようとすれば、人びとの自発的取引を継続的に規制・禁止しなければならず、これは自由の侵害である。ロールズの格差原理を含むあらゆるパターン化された分配原理は、個人間の自発的取引によって常に崩されるため、その維持には恒常的な自由の制限が必要であるとノージックは論じた。

Q3: コミュニタリアニズムのロールズ批判を、サンデルの「負荷なき自己」批判を中心に説明し、この批判がロールズの正義論のどの前提に向けられているかを明らかにせよ。

A3: サンデルはロールズの原初状態が前提とする自己概念を「負荷なき自己」と呼んで批判した。ロールズの原初状態では、当事者は自分の善の構想、社会的帰属関係、共同体的結合を知らされない。これは、自己が特定の善の構想や共同体的帰属に先行して存在し、それらから独立に正義の原理を選択しうることを前提としている。サンデルによれば、これは人間の自己の実態を反映していない。現実の人間は家族、共同体、民族、宗教的伝統といった帰属関係によってアイデンティティが構成されており、これらを剥ぎ取った「裸の自己」は虚構である。この批判はロールズの「正の善に対する優先」——正義の原理はいかなる特定の善の構想にも依存せずに定立されるべきだという主張——に向けられている。コミュニタリアンの観点では、正義の原理そのものが特定の善の構想を前提としており、善に対する正の優先は成立しない。

Q4: ペティットの「非支配としての自由」とバーリンの「消極的自由(不干渉としての自由)」の違いを、「慈悲深い主人」の事例を用いて説明し、この区別が政治制度設計に対してもつ含意を論じよ。

A4: バーリンの消極的自由(不干渉としての自由)は、他者による実際の干渉の不在を自由とする。ペティットの非支配としての自由は、他者が恣意的に干渉しうる能力の不在を自由とする。「慈悲深い主人」の事例では、主人が事実上奴隷に干渉しない場合、不干渉としての自由の基準では奴隷は自由であるが、非支配としての自由の基準では、主人がいつでも恣意的に干渉しうる権力を保持している限り奴隷は自由ではない。逆に、民主的手続きを経た法律による制約は、恣意的干渉には該当しないため、非支配としての自由を侵害しない。政治制度設計への含意として、非支配としての自由は、法の支配・権力分立・市民による異議申立の回路といった制度的保障を要求する。単に政府が干渉を控えるだけでは不十分であり、政府が恣意的に干渉しえないよう制度的に制約されていなければならない。また、市場における雇用者と被雇用者の関係のように、私人間の支配関係についても是正が求められるため、最小国家論とは異なる政策的帰結を導く。

Q5: Module 1-2全体を踏まえ、古代ギリシアから現代に至る政治思想において「自由」の概念がいかに変容してきたかを、プラトン・アリストテレス、社会契約論、バーリン、ペティットの議論を手がかりに論じよ。

A5: 古代ギリシアにおいて、自由は主としてポリスの自治と市民の政治参加の文脈で理解された。プラトンにとって真の自由は理性による魂の統御であり、哲人王による統治の下で各人が自己の分に応じた役割を遂行する状態が正義であった。アリストテレスにおいて自由は、ポリスにおける政治参加——統治し統治される市民としての生——と結びついていた。近代の社会契約論において、自由は個人の自然権として再定義された。ホッブズは自己保存の権利として自然権を把握し、安全のためにその大部分を主権者に譲渡する構図を描いた。ロックは生命・自由・財産に対する不可譲の権利として自然権を定式化し、政府による侵害に対する抵抗権を認めた。ルソーは一般意志に基づく自治そのものを自由と同一視し、「自由への強制」という逆説的命題を提出した。19世紀にバーリンは、これらの伝統に内在する二つの自由の概念——消極的自由(不干渉としての自由)と積極的自由(自己支配としての自由)——を析出し、積極的自由が「真の自己」の論理を介して圧政に転化する危険を指摘した。20世紀後半にペティットは、消極的自由でも積極的自由でもない「第三の自由」として非支配としての自由を提示し、恣意的干渉能力の不在を自由の核心に据えた。この展開は、自由の概念が「共同体における自治」から「個人の権利としての不干渉」を経て「支配関係からの解放」へと拡張・変容してきた過程を示している。