Module 1-3 - Section 4: 民主化と権威主義体制¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 1-3: 比較政治学入門 |
| 前提セクション | Section 1, 2, 3 |
| 想定学習時間 | 3時間 |
導入¶
比較政治学の中核的テーマの一つが、なぜある国は民主主義へ移行し、ある国は権威主義体制を維持し続けるのか、という問いである。Section 1で扱った比較の方法論、Section 2で検討した政治制度の類型、Section 3で分析した選挙制度と政党システムの知見は、いずれもこの問いに収斂する。本セクションでは、民主化の理論的枠組み、権威主義体制の多様性と持続メカニズム、そして近年注目される民主主義の後退(democratic backsliding)を検討し、Module 1-3全体の総括を行う。
民主化の理論¶
民主化の定義と「第三の波」¶
Key Concept: 民主化(democratization) 権威主義体制から民主主義体制への移行過程を指す。単に選挙が導入されるだけでなく、市民的自由の保障、法の支配の確立、権力の平和的交代といった要素を含む複合的なプロセスである。
サミュエル・ハンチントン(Samuel P. Huntington)は『第三の波』(The Third Wave, 1991)において、近代における民主化を三つの波として整理した。
Key Concept: 第三の波(The Third Wave) ハンチントンが提唱した民主化の歴史的波動モデル。民主化が集中的に生じる時期(波)と、民主主義が後退する時期(逆流)が交互に訪れるとする枠組みである。
timeline
title 民主化の三つの波と逆流
section 第一の波
1828-1926 : アメリカ・西欧で民主化が漸進的に拡大
section 第一の逆流
1922-1942 : ファシズム・権威主義の台頭
section 第二の波
1943-1962 : 第二次世界大戦後の脱植民地化と民主化
section 第二の逆流
1961-1975 : 軍事クーデターによる民主主義の崩壊(中南米・アフリカ等)
section 第三の波
1974-1990s : ポルトガル革命に始まり南欧・中南米・東アジア・東欧へ波及
第一の波(1828〜1926年)はアメリカ合衆国や西欧諸国における選挙権の漸進的拡大を中心とするものであった。第二の波(1943〜1962年)は第二次世界大戦後の民主化と脱植民地化に対応する。第三の波(1974年〜)はポルトガルの「カーネーション革命」に始まり、スペイン・ギリシャの南欧、ブラジル・アルゼンチン等の中南米、韓国・台湾の東アジア、そして1989年以降の東欧諸国へと波及した。60以上の国がこの時期に民主化を経験している。
ハンチントンが第三の波の要因として挙げたのは、(1) 権威主義体制の正統性の低下、(2) 経済成長と中間層の拡大、(3) カトリック教会の変容(第二バチカン公会議後の社会正義への傾斜)、(4) アメリカ・EC・ソ連の外交政策の変化、(5) 民主化のデモンストレーション効果(snowballing)、である。
各波の後には逆流(reverse wave)が生じ、一部の国で民主主義が崩壊した。第一の逆流(1922〜1942年)ではファシズムと権威主義が台頭し、第二の逆流(1961〜1975年)では中南米やアフリカで軍事クーデターが頻発した。
民主化の構造的条件: 近代化論¶
Key Concept: 近代化論 / リプセット仮説(Lipset hypothesis) シーモア・マーティン・リプセット(Seymour Martin Lipset, 1959)が提唱した、経済発展が民主主義を促進するという仮説。所得水準・教育水準・都市化の上昇が、中間層の形成と政治的多元主義を通じて民主化の条件を整えるとする。
リプセット仮説は比較政治学において最も検証されてきた仮説の一つである。実証研究の蓄積からは、(1) 経済発展が民主化の「移行」を直接引き起こすかについてはエビデンスが混在しているが、(2) 一定水準以上の経済発展を達成した民主主義は崩壊しにくい(民主主義の「定着」に寄与する)、という知見が広く支持されている。プシェヴォルスキ(Adam Przeworski)らは、一人当たりGDPが約6,000ドル(1985年購買力平価基準)を超えた民主主義国が権威主義に逆戻りした事例は極めて稀であることを示した。
ただし、中国やシンガポールのように高い経済発展を遂げながら権威主義を維持する事例、あるいはインドのように低所得段階で民主主義を維持している事例は、経済発展と民主主義の関係が単線的でないことを示している。
民主化のアクター中心アプローチ¶
Key Concept: 移行のパクト(pacted transition) 権威主義体制内の穏健派と民主化を求める反対派の穏健派が、相互に保証を与え合うことで合意に達し、民主化への移行を実現する交渉過程。体制側に対する訴追の免除や既得権益の一定の保障が含まれることが多い。
構造的条件論に対し、オドネル(Guillermo O'Donnell)とシュミッター(Philippe Schmitter)の『権威主義支配からの移行』(Transitions from Authoritarian Rule, 1986)は、民主化を主導するアクター(行為者)の戦略的相互作用に注目した。このアプローチでは、体制内強硬派(hardliners)と穏健派(softliners)、反対派内の穏健派と急進派という四者の力学が民主化の帰結を左右する。
体制内穏健派が開放(liberalization)を主導し、反対派穏健派との間でパクトが成立する場合、平和的な移行が可能となる。スペインの民主化(1975〜1978年)はパクト型移行の典型例であり、国王フアン・カルロス1世とスアレス首相が体制転換を主導し、左右両派が「モンクロア協定」で合意した。他方、ルーマニア(1989年)のように体制崩壊が暴力的に生じる場合は、パクトなき移行となる。
graph TD
A[権威主義体制の動揺] --> B{体制内穏健派の<br>開放意思}
B -->|あり| C[自由化<br>liberalization]
B -->|なし| D[体制の弾圧強化<br>or 崩壊]
C --> E{反対派穏健派との<br>交渉}
E -->|パクト成立| F[交渉による移行<br>pacted transition]
E -->|合意不成立| G[対立の激化]
F --> H[民主的選挙の実施]
D --> I[革命・クーデター<br>による体制転換]
G --> I
H --> J[民主主義の定着<br>consolidation]
I --> J
J --> K{定着の条件}
K -->|経済発展・制度構築| L[安定した民主主義]
K -->|条件未充足| M[民主主義の脆弱化]
権威主義体制の多様性¶
権威主義体制の類型¶
権威主義体制は一枚岩ではなく、多様な形態を取る。フアン・リンス(Juan Linz)は権威主義を全体主義(totalitarianism)と区別し、限定的な多元主義・特有のメンタリティ(体系的イデオロギーではなく)・限定的な政治的動員を特徴とする体制類型として定義した。
バーバラ・ゲディス(Barbara Geddes)は権威主義体制を以下の三類型に分類し、各類型の崩壊パターンが異なることを示した。
Key Concept: 権威主義体制の三類型(Geddes分類) ゲディスによる分類。(1) 軍事政権(military regime): 軍組織が集団的に統治、(2) 一党支配体制(single-party regime): 支配政党が政治的アクセスと政策を統制、(3) 個人支配体制(personalist regime): 個人的な裁量で権力を行使。各類型は崩壊の仕方とその後の体制移行のパターンが異なる。
| 類型 | 権力の所在 | 寿命 | 崩壊パターン |
|---|---|---|---|
| 軍事政権 | 軍組織(将校団) | 最も短い | 内部交渉による民政移管が多い |
| 一党支配体制 | 支配政党 | 最も長い | 漸進的開放または革命 |
| 個人支配体制 | 独裁的個人 | 中程度 | 暴力的崩壊(革命・内戦)が多い |
ゲディス、ライト(Joseph Wright)、フランツ(Erica Frantz)による拡張分類(Geddes, Wright & Frantz, 2014)では、君主制(monarchy)や寡頭制(oligarchy)、間接軍事支配、およびこれらの混合型が追加されている。
軍事政権は内部の制度化(将校団の輪番制等)により統治されるが、軍の本来的機能である国防との役割葛藤が生じやすく、兵舎への帰還(return to barracks)が比較的容易であるため、最も短命である。一党支配体制は党組織を通じた利益配分と人材登用の制度化により長期持続する傾向があり、中国共産党やメキシコのPRI(制度的革命党、71年間政権維持)がその典型である。個人支配体制はスルタン的支配(sultanistic regime)とも呼ばれ、ザイールのモブツ、フィリピンのマルコス等が該当する。支配者の個人的なパトロネージに依存するため、指導者の退場が体制崩壊に直結しやすい。
権威主義体制の持続メカニズム¶
権威主義体制はなぜ持続するのか。その主要な三つのメカニズムは弾圧(repression)、正統化(legitimation)、選択的包摂(co-optation)である。
Key Concept: 選択的包摂(co-optation) 潜在的な反対勢力を体制内に取り込み、権力や利益の一部を分配することで、反体制運動を予防する統治戦略。議会や政党、諮問機関への参加機会の付与、経済的利権の分配などが手段として用いられる。
弾圧は治安機関による反対派の抑圧であり、コストが高く正統性を損なうリスクがある。正統化は経済的パフォーマンス、ナショナリズム、イデオロギー、伝統的権威等を通じて体制への支持を調達するものである。選択的包摂は潜在的な対抗エリートを体制内に取り込むことで脅威を無力化する戦略であり、中国における私営企業家の共産党入党や、中東君主国における部族指導者の諮問会議への参加などが典型的である。
競争的権威主義¶
Key Concept: 競争的権威主義(competitive authoritarianism) レヴィツキー(Steven Levitsky)とウェイ(Lucan Way, 2002; 2010)が提唱した体制類型。民主的制度(選挙・議会・司法・メディア)が形式上存在し実質的な競争が行われるが、現職による制度の濫用が体系的に行われ、競争条件が著しく不公平な体制を指す。完全な権威主義とも民主主義とも区別される。
レヴィツキーとウェイは、冷戦後に拡大した体制類型として競争的権威主義を概念化した。この体制では選挙は実施され、野党の勝利も理論的には可能であるが、現職は国家資源の流用、メディアへの不均等なアクセス、選挙管理の操作、反対派への法的・非公式な圧力などにより、競争の場(playing field)を自らに有利に傾ける。選挙そのものが不正であるとは限らないが、選挙に至るまでの過程が構造的に不公平である点が特徴である。
レヴィツキーとウェイ(2020)は「新しい競争的権威主義」として、従来の冷戦後新興国だけでなく、比較的確立された民主主義的伝統を持つ国においても競争的権威主義が出現していることを指摘した。1990〜1995年に競争的権威主義と分類された35か国のうち、2019年までに15か国が民主主義へ移行し、15か国が競争的権威主義を維持し、5か国(ベラルーシ、カンボジア、カメルーン、ニカラグア、ロシア)がより閉鎖的な権威主義へと後退した。
民主主義の後退¶
概念と特徴¶
Key Concept: 民主主義の後退(democratic backsliding) 選挙制度は形式上維持されるが、民主主義の実質的な質が漸進的に低下する現象。クーデターのような突発的な体制転換とは異なり、合法的な手続きを利用しながら民主的規範・制度を段階的に空洞化させる点が特徴である。
民主主義の後退は、21世紀の比較政治学における最も重要な研究課題の一つとなっている。20世紀の民主主義の崩壊が軍事クーデターによることが多かったのに対し、今日の民主主義の衰退は、民主的に選出された指導者自身が合法的手段を用いて民主主義を内部から掘り崩すという形態を取る。
メカニズム¶
民主主義の後退は、典型的には以下のメカニズムの組み合わせにより進行する。
| メカニズム | 具体的手法 |
|---|---|
| 行政権の肥大化 | 大統領令の多用、議会の形骸化、任期制限の撤廃 |
| 司法の独立侵害 | 裁判官の更迭・任命操作、憲法裁判所の無力化 |
| メディア統制 | 独立メディアへの経済的圧力、国営メディアの政権寄り化、SNS規制 |
| 反対派の排除 | 野党指導者の訴追、市民社会組織への規制強化、選挙法の操作 |
| 情報操作 | 政権によるディスインフォメーション(偽情報の流布)、政治的分極化の助長 |
レヴィツキーとジブラット(Daniel Ziblatt)は『民主主義の死に方』(How Democracies Die, 2018)において、民主主義の後退が「相互的寛容」(mutual toleration: 対立相手を正統な競争者として認める規範)と「制度的自制」(institutional forbearance: 法的には可能な権力行使を自制する規範)という二つの民主的規範の崩壊から始まることを論じた。
事例¶
ハンガリー: オルバーン・ヴィクトル(Orbán Viktor)首相は2010年の政権復帰後、フィデス党の憲法上の三分の二多数を活用し、新憲法の制定、選挙制度の改変、メディア規制法の導入、憲法裁判所の権限縮小、市民社会組織(特に外国資金を受けるNGO)への規制強化を行った。オルバーン自身が2014年に「非リベラル民主主義」(illiberal democracy)を標榜したことは象徴的である。
トルコ: エルドアン(Recep Tayyip Erdoğan)大統領は2003年の首相就任以降、段階的に権力を集中させた。2017年の憲法改正国民投票により議院内閣制から大統領制に移行し、行政権を大幅に強化した。2016年のクーデター未遂事件後には非常事態宣言下で大量の公務員・軍人・裁判官の粛清が行われ、メディアの閉鎖も進んだ。
民主主義の測定: V-Dem¶
Key Concept: V-Dem(Varieties of Democracy) スウェーデンのヨーテボリ大学を拠点とする国際的な民主主義測定プロジェクト。選挙民主主義・自由民主主義・参加民主主義・審議民主主義・平等民主主義の五つの次元から民主主義を多面的に測定する。約4,000人の専門家による各国の評価データを提供し、民主主義の質の変動を定量的に追跡する。
V-Dem(Varieties of Democracy)プロジェクトは、フリーダムハウス(Freedom House)やポリティ(Polity)スコアに比べてより多面的かつ詳細な民主主義測定を提供する。V-Demの2025年報告書によれば、世界の民主主義水準の平均は1996年水準まで後退し、人口加重では1985年水準にまで低下している。2024年時点で権威主義国家(91か国)が民主主義国家(88か国)を数で上回る状態にあり、表現の自由が悪化している国は44か国に達し、過去25年間で最多を記録した。IDEA(International Institute for Democracy and Electoral Assistance)の報告でも、2024年は民主主義の全般的指標が改善した国より悪化した国が多い年が9年連続で続いており、1975年の記録開始以来最長である。
graph LR
subgraph 民主主義の後退のプロセス
A[民主的に選出された指導者] --> B[行政権の段階的強化]
B --> C[司法・メディアの<br>独立性の侵食]
C --> D[反対派・市民社会の<br>活動空間の縮小]
D --> E[選挙の公平性の低下]
E --> F[競争的権威主義<br>への移行]
end
subgraph 背景要因
G[政治的分極化] --> B
H[経済的不満] --> A
I[民主的規範の弱体化] --> B
end
まとめ¶
- 民主化は構造的条件(経済発展、近代化)とアクターの戦略的行動の双方から説明される。リプセット仮説は民主主義の「定着」については一定の実証的支持を得ているが、「移行」の直接的原因としては限定的である。
- ハンチントンの「第三の波」は民主化の歴史的波動パターンを提示したが、第三の波以降の世界は単純な民主化の進展ではなく、権威主義の多様化と民主主義の質的低下という複雑な様相を呈している。
- 権威主義体制は一枚岩ではなく、軍事政権・一党支配体制・個人支配体制などの類型ごとに持続メカニズムと崩壊パターンが異なる。弾圧・正統化・選択的包摂が主要な持続メカニズムである。
- 競争的権威主義は冷戦後に拡大した体制類型であり、形式的な民主的制度の下で現職が構造的に有利な条件を維持する。2020年代には、確立された民主主義国においてもこの体制類型への移行が観察されている。
- 民主主義の後退は、選出された指導者が合法的手段を用いて民主的規範・制度を内部から空洞化させる現象であり、V-Demの測定によれば世界的な民主主義水準の低下が継続している。
Module 1-3 全体の総括¶
Module 1-3「比較政治学入門」では、比較の方法論、政治制度の類型、選挙制度と政党システム、そして民主化と権威主義体制を順に検討した。これらは相互に連関している。
Section 1で学んだ比較政治学の方法論(最類似事例デザイン、過程追跡、質的比較分析など)は、なぜある国が民主化し別の国が権威主義を維持するのかを分析するための道具立てを提供する。Section 2の政治制度の類型論(議院内閣制 / 大統領制 / 半大統領制)は、民主主義体制が採用する制度設計の選択肢を示すと同時に、制度選択が民主主義の安定性に影響する経路(大統領制における分割政府やグリッドロックのリスクなど)を明らかにした。Section 3の選挙制度と政党システムの分析(デュヴェルジェの法則、比例性、有効政党数)は、民主主義の質を左右する代表制の仕組みを扱ったが、本セクションで見たように、選挙制度の操作は権威主義指導者が民主主義を掘り崩す手段ともなりうる。
比較政治学は、制度・構造・アクターの三つの分析水準を組み合わせることで、政治体制の多様性とその変動を包括的に理解しようとする学問分野である。本モジュールで獲得した分析枠組みは、以降のモジュールで扱う具体的な政策領域や地域研究においても基盤として機能する。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 民主化 | democratization | 権威主義体制から民主主義体制への移行過程 |
| 第三の波 | The Third Wave | ハンチントンが提唱した、1974年以降の世界的な民主化の波 |
| リプセット仮説 | Lipset hypothesis | 経済発展が民主主義を促進するとする仮説 |
| 移行のパクト | pacted transition | 体制側穏健派と反対派穏健派の交渉による民主化移行 |
| 自由化 | liberalization | 権威主義体制が市民的自由を部分的に拡大する過程 |
| 軍事政権 | military regime | 軍組織が集団的に統治する権威主義体制 |
| 一党支配体制 | single-party regime | 支配政党が政治的アクセスと政策を統制する体制 |
| 個人支配体制 | personalist regime | 個人的裁量で権力を行使する体制 |
| 選択的包摂 | co-optation | 潜在的反対勢力を体制内に取り込む統治戦略 |
| 競争的権威主義 | competitive authoritarianism | 形式的民主制度の下で不公平な競争が行われる体制 |
| 民主主義の後退 | democratic backsliding | 選挙は維持されるが民主主義の質が漸進的に低下する現象 |
| 非リベラル民主主義 | illiberal democracy | 選挙民主主義は維持するが自由主義的権利保障が後退した体制 |
| V-Dem | Varieties of Democracy | 民主主義の多面的測定を行う国際プロジェクト |
| 相互的寛容 | mutual toleration | 政治的対立相手を正統な競争者として認める民主的規範 |
| 制度的自制 | institutional forbearance | 法的に可能な権力行使を自制する民主的規範 |
確認問題¶
Q1: ハンチントンの「第三の波」における三つの民主化の波と逆流をそれぞれ時期とともに説明し、第三の波を推進した要因を二つ以上挙げよ。 A1: 第一の波(1828〜1926年)はアメリカ・西欧における選挙権の漸進的拡大、第二の波(1943〜1962年)は第二次世界大戦後の民主化と脱植民地化、第三の波(1974年〜)はポルトガルの革命に始まり南欧・中南米・東アジア・東欧に波及した民主化である。第一の逆流(1922〜1942年)ではファシズムが台頭し、第二の逆流(1961〜1975年)では軍事クーデターが頻発した。第三の波の推進要因としては、権威主義体制の正統性低下、経済成長と中間層の拡大、カトリック教会の変容、米国・EC・ソ連の外交政策の変化、デモンストレーション効果が挙げられる。
Q2: ゲディスによる権威主義体制の三類型(軍事政権、一党支配体制、個人支配体制)について、それぞれの崩壊パターンの違いを説明し、その違いが生じる理由を論じよ。 A2: 軍事政権は内部交渉による民政移管で崩壊することが多い。軍の本来的機能である国防との役割葛藤が生じやすく、将校団が組織としての一体性を維持するために政権から撤退する動機を持つためである。一党支配体制は漸進的開放または革命で崩壊する。党組織を通じた利益配分と人材登用の制度化により最も長命であるが、体制変革時には組織的な対応が可能である。個人支配体制は暴力的崩壊(革命・内戦)に至ることが多い。支配者の個人的パトロネージに依存し制度化が不十分なため、交渉相手となる組織が存在せず、指導者が権力にしがみつく傾向が強いためである。
Q3: レヴィツキーとウェイの「競争的権威主義」の概念を定義し、完全な権威主義体制および民主主義体制との相違点を説明せよ。 A3: 競争的権威主義とは、選挙・議会・司法・メディアといった民主的制度が形式上存在し実質的な競争が行われるが、現職による制度の体系的な濫用により競争条件が著しく不公平な体制である。完全な権威主義体制(閉鎖的権威主義・ヘゲモニー的権威主義)では野党の実質的な競争自体が排除されているのに対し、競争的権威主義では野党の勝利が理論的には可能である。他方、民主主義体制では競争の場が基本的に公平であるのに対し、競争的権威主義では国家資源の流用、メディアへの不均等アクセス、反対派への圧力等により、選挙に至る過程が構造的に不公平である。
Q4: 民主主義の後退(democratic backsliding)が20世紀の民主主義崩壊と異なる点を説明し、V-Demの最近の知見を踏まえて現在の世界的動向について述べよ。 A4: 20世紀の民主主義崩壊が軍事クーデターによる突発的な体制転換であることが多かったのに対し、民主主義の後退は民主的に選出された指導者自身が合法的手段を用いて民主的規範・制度を段階的に空洞化させる点が異なる。行政権の肥大化、司法の独立侵害、メディア統制、反対派の排除が典型的なメカニズムである。V-Demの2025年報告書によれば、世界の民主主義水準は国別平均で1996年水準、人口加重で1985年水準にまで後退している。2024年時点で権威主義国家(91か国)が民主主義国家(88か国)を上回り、表現の自由が悪化している国は44か国で過去25年間の最多を記録するなど、世界的な民主主義の後退傾向が継続している。
Q5: Module 1-3全体を通じて学んだ比較政治学の方法論・制度分析・民主化研究が相互にどのように関連しているか、具体例を挙げて論じよ。 A5: 比較政治学の方法論(Section 1)は、なぜある国が民主化し別の国が権威主義を維持するのかを体系的に分析する道具立てを提供する。例えば、最類似事例デザインを用いて経済水準や文化が類似するが民主化の帰結が異なる国を比較することで、民主化の要因を特定できる。政治制度の類型(Section 2)は民主主義体制の制度設計の選択肢を示し、例えば大統領制におけるグリッドロックのリスクや半大統領制のコアビタシオンが民主主義の安定性に影響する経路を明らかにする。選挙制度と政党システム(Section 3)は民主主義の質を左右する代表制の仕組みを扱うが、本セクションで見たように、選挙制度の操作は権威主義指導者が民主主義を掘り崩す手段にもなりうる。このように、方法論・制度・体制変動の三つの分析軸は相互に連関し、比較政治学の包括的な分析枠組みを構成している。