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Module 1-4 - Section 4: 国際政治経済の基礎

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-4: 国際政治学入門
前提セクション Section 1: リアリズムの系譜, Section 2: リベラリズムとコンストラクティヴィズム
想定学習時間 3時間

導入

国際政治学は伝統的に安全保障と権力政治を中心に発展してきたが、20世紀後半以降、経済的相互依存の深化に伴い、政治と経済の交差領域を体系的に分析する必要性が高まった。国際政治経済学(International Political Economy: IPE)は、国家と市場の関係、すなわち政治的権力と経済的効率性の間の緊張関係を中心に据える学問領域である。

本セクションでは、IPEの基本的枠組み、国際貿易・通貨・金融体制の制度的展開、覇権と国際秩序の関係、そしてグローバル・ガバナンスの多元的構造を扱う。Section 1で検討したリアリズム、Section 2で検討したリベラリズム・コンストラクティヴィズムの理論的視座が、経済領域においてどのように展開されるかを理解することが、本セクションの目標である。


国際政治経済学(IPE)の成立と基本的枠組み

IPEの誕生

国際政治経済学は、1970年代に独立した学問領域として成立した。その契機となったのが、Susan Strange(スーザン・ストレンジ)が1970年に発表した論文「International Economics and International Relations: A Case of Mutual Neglect」である。Strangeは、国際経済学と国際関係学が互いの領域を無視してきた「相互怠慢」の状態を厳しく批判し、政治と経済を統合的に分析する新たな学問の必要性を主張した。

Key Concept: 国際政治経済学(International Political Economy: IPE) 国家と市場の関係を中心に、政治的権力と経済的プロセスの相互作用を分析する学問領域。国際経済学が市場メカニズムの効率性に、国際関係学が権力と安全保障に偏る傾向を克服し、両者を統合的に把握することを目指す。

IPEの三つの知的伝統

IPEには大きく三つの知的伝統が存在する。

  1. リベラリズム(経済的自由主義): アダム・スミス(Adam Smith)やデイヴィッド・リカード(David Ricardo)に遡る伝統であり、自由市場と自由貿易が全体的な富の増大をもたらすと主張する。国家の役割は市場が機能するための制度的枠組みの提供に限定されるべきだとする。
  2. ナショナリズム/リアリズム(経済的ナショナリズム): フリードリヒ・リスト(Friedrich List)やアレクサンダー・ハミルトン(Alexander Hamilton)に遡り、国家が経済活動を戦略的に管理すべきだと主張する。経済力は国力の源泉であり、自由貿易は必ずしもすべての国家に利益をもたらさないとする。
  3. マルクス主義(構造主義): カール・マルクス(Karl Marx)に始まり、イマニュエル・ウォーラーステイン(Immanuel Wallerstein)の世界システム論や従属理論に展開された。国際経済秩序は本質的に不平等であり、中心(先進国)による周辺(途上国)の搾取構造が再生産されると分析する。
graph TD
    IPE["国際政治経済学(IPE)"]
    IPE --> LIB["リベラリズム"]
    IPE --> NAT["ナショナリズム/リアリズム"]
    IPE --> MAR["マルクス主義/構造主義"]
    LIB --> LIB1["市場の自律性を重視"]
    LIB --> LIB2["自由貿易は相互利益"]
    LIB --> LIB3["Smith, Ricardo"]
    NAT --> NAT1["国家による経済管理"]
    NAT --> NAT2["経済力は国力の源泉"]
    NAT --> NAT3["List, Hamilton"]
    MAR --> MAR1["国際経済の不平等構造"]
    MAR --> MAR2["中心-周辺の搾取関係"]
    MAR --> MAR3["Marx, Wallerstein"]

Susan Strangeの構造的権力論

Strangeは1988年の主著『States and Markets(国家と市場)』において、権力を二つの類型に区別した。

  • 関係的権力(relational power): AがBに対して、Bが望まない行動をとらせる能力。ロバート・ダール(Robert Dahl)の古典的権力概念に対応する。
  • 構造的権力(structural power): グローバルな政治経済の枠組みそのものを形成・決定する能力。行為者間の直接的な影響力行使ではなく、ゲームのルールを設定する力である。

Key Concept: 構造的権力(Structural Power) Susan Strangeが提唱した概念。個々の行為者間の直接的な影響力(関係的権力)ではなく、国際政治経済の基本的な枠組み・制度・ルールそのものを形成し決定する能力を指す。安全保障、生産、金融、知識の四つの構造から構成される。

Strangeは構造的権力が四つの基本構造(primary structures)から成ると論じた。

構造 内容 具体例
安全保障構造 保護の提供と暴力の管理 軍事同盟、核の傘
生産構造 何を、誰が、どのような条件で生産するかの決定 多国籍企業のグローバル・サプライチェーン
金融構造 信用の創造・配分、国際通貨関係の管理 基軸通貨ドルの地位、国際金融市場
知識構造 情報・技術へのアクセスと権威的な世界解釈の統制 知的財産権制度、先端技術の独占

Strangeの重要な主張は、これら四つの構造が相互に連関しており、いずれかの構造における支配的地位が他の構造における影響力を増幅させるという点にある。例えば、米国は安全保障構造における覇権的地位(NATO、二国間同盟)を梃子として金融構造における優位(ドルの基軸通貨としての地位)を維持してきた。

Strangeはまた、国家の構造的主権がグローバルな経済統合の深化によって侵食されつつあると論じ、多国籍企業などの非国家行為者が構造的権力を行使する主体として台頭していることを強調した。


国際貿易体制

比較優位の理論

国際貿易の理論的基盤を提供するのが、リカードが1817年の著作『経済学および課税の原理(On the Principles of Political Economy and Taxation)』で提示した比較優位(comparative advantage)の理論である。

Key Concept: 比較優位(Comparative Advantage) David Ricardoが定式化した国際貿易の基本原理。各国が全ての財の生産において絶対的に劣位にあったとしても、相対的に生産効率の高い(機会費用の低い)財に特化し貿易を行えば、双方の国が利益を得られるとする理論。自由貿易の正当化根拠として広く用いられる。

リカードの古典的な例では、イングランドとポルトガルがそれぞれ毛織物とワインを生産する場合を想定する。ポルトガルが両財の生産において絶対的に効率的であっても、相対的に優位な財(ワイン)に特化し、イングランドは相対的に優位な財(毛織物)に特化して貿易を行えば、両国とも自給自足の場合より多くの財を消費できる。

比較優位の理論は、GATT/WTO体制を支える知的基盤として機能し、自由貿易推進の根拠を提供してきた。ただし、この理論は完全競争・完全雇用・資本移動の不在などの強い仮定に依拠しており、現実の国際経済への適用可能性については継続的な論争がある。

GATT/WTO体制

第二次世界大戦後、戦間期の保護主義的な「近隣窮乏化政策(beggar-thy-neighbor policy)」が世界恐慌を深刻化させ戦争の一因となったという反省から、自由貿易を促進する多国間制度の構築が進められた。

GATT(関税および貿易に関する一般協定) は1947年に23カ国によって署名され、1948年に発効した。GATTは以下の原則を掲げた。

  • 最恵国待遇(Most-Favored-Nation: MFN): ある国に与えた貿易上の有利な条件を全加盟国に等しく適用する
  • 内国民待遇: 輸入品に対し国内産品と差別的な扱いをしない
  • 関税引き下げ交渉: 多国間交渉ラウンドを通じた段階的な貿易自由化

GATTの下では8回の交渉ラウンドが実施された。初期のラウンドは関税引き下げに焦点を当てたが、1980年代のウルグアイ・ラウンド(1986-1994年)ではサービス貿易、知的財産権、投資措置など非関税分野にまで交渉範囲が拡大した。その結果、1995年に世界貿易機関(World Trade Organization: WTO)が設立され、GATTを引き継ぐとともに紛争解決メカニズムの強化が図られた。

1940年代後半に工業製品の平均関税率が約40%であったのに対し、1990年代半ばには4%未満にまで低下した。この関税引き下げの成果は、多国間交渉を通じた自由化の制度的成功を示している。

自由貿易の政治学:誰が勝ち、誰が負けるか

比較優位の理論は貿易から「全体として」利益が生じることを示すが、国内における利益の分配は均等ではない。この分配の問題を分析するのが、ストルパー=サミュエルソン定理(Stolper-Samuelson theorem)とRonald Rogowski(ロナルド・ロゴウスキー)の連合理論である。

ストルパー=サミュエルソン定理(1941年)は、ヘクシャー=オリーン・モデルの枠組みの中で、貿易自由化が国内の生産要素に及ぼす分配効果を明らかにした。定理の要点は以下の通りである。

  • 貿易自由化は、その国が豊富に保有する生産要素(abundant factor)の所有者に利益をもたらす
  • 逆に、希少な生産要素(scarce factor)の所有者は損害を被る
  • この効果は、当該要素が輸出部門・輸入競合部門のいずれに従事しているかを問わず生じる

Rogowskiは1989年の著作『Commerce and Coalitions(通商と連合)』において、ストルパー=サミュエルソン定理を政治分析に応用した。彼は土地・資本・労働の三要素モデルを用いて、各国の要素賦存量(factor endowments)の違いが、貿易自由化をめぐる国内政治的亀裂のパターンを説明すると論じた。

  • 労働豊富国(例:19世紀後半のヨーロッパ): 貿易拡大は労働者に有利、地主・資本家に不利 → 労働者が自由貿易連合を形成
  • 土地豊富国(例:19世紀のアメリカ・オーストラリア): 貿易拡大は地主(農業部門)に有利 → 農業利益が自由貿易を推進
  • 資本豊富国(例:20世紀後半の先進工業国): 貿易拡大は資本所有者に有利 → 資本家が自由貿易を支持、非熟練労働者が保護主義を志向

このように、自由貿易は国全体としては利益をもたらしうるが、国内の特定の集団には損失を与える。保護主義の政治的基盤は、こうした分配上の敗者(losers)の存在に由来する。


国際通貨・金融体制

ブレトンウッズ体制の成立

第二次世界大戦末期の1944年7月、アメリカのニューハンプシャー州ブレトンウッズに連合国44カ国の代表が集まり、戦後の国際通貨・金融秩序を設計する会議が開催された。

Key Concept: ブレトンウッズ体制(Bretton Woods System) 1944年のブレトンウッズ会議で合意された戦後国際通貨体制。米ドルを金と結びつけ(1オンス=35ドル)、他国通貨をドルに固定する調整可能な固定相場制(adjustable peg system)を採用した。国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(IBRD、後の世界銀行)を制度的支柱とする。

ブレトンウッズ体制の設計には、イギリス代表のジョン・メイナード・ケインズ(John Maynard Keynes)とアメリカ代表のハリー・デクスター・ホワイト(Harry Dexter White)の二つの構想が対立した。ケインズは超国家的な清算同盟と新たな国際通貨(バンコール)の創設を提案したが、最終的にはアメリカの経済的優位を反映してホワイト案が採用された。

graph TD
    BW["ブレトンウッズ体制(1944年)"]
    BW --> IMF["国際通貨基金(IMF)"]
    BW --> IBRD["国際復興開発銀行(IBRD)"]
    BW --> GATT2["GATT(1947年)"]
    IMF --> IMF1["固定相場制の監視"]
    IMF --> IMF2["国際収支危機への短期融資"]
    IMF --> IMF3["為替政策の協議"]
    IBRD --> IBRD1["戦後復興資金の供与"]
    IBRD --> IBRD2["途上国の経済開発支援"]
    GATT2 --> GATT3["関税引き下げ交渉"]
    GATT2 --> GATT4["多角的貿易自由化"]

この体制は、三つの制度的支柱から成っていた。

  1. 国際通貨基金(IMF): 固定相場制の運営を監視し、一時的な国際収支困難に直面した加盟国に短期融資を提供する
  2. 国際復興開発銀行(IBRD): 戦後復興と途上国の経済開発のための長期資金を供与する
  3. GATT: 多角的な関税引き下げ交渉を通じて貿易自由化を推進する(当初はブレトンウッズ会議の直接的成果ではないが、体制を補完する第三の柱として機能した)

固定相場制の仕組みは次の通りであった。金1オンスを35米ドルと定め、アメリカのみが金兌換義務を負う。他の加盟国は自国通貨をドルに対して固定し、上下1%の変動幅内に維持する。根本的な不均衡(fundamental disequilibrium)が生じた場合にのみ、IMFの承認を得て平価の変更(切り上げ・切り下げ)が認められた。

ブレトンウッズ体制の崩壊

1960年代後半から、ブレトンウッズ体制は深刻な構造的矛盾に直面した。

トリフィンのジレンマ(Triffin's Dilemma): ベルギーの経済学者ロバート・トリフィン(Robert Triffin)が1960年に指摘した問題である。国際流動性を供給するためにはアメリカが経常赤字を出してドルを世界に供給する必要があるが、赤字の継続はドルの金兌換に対する信認を損なう。しかし赤字を解消すれば国際流動性が枯渇する。基軸通貨国は、信認の維持と流動性の供給という二つの目標を同時に達成できないというジレンマが存在した。

1960年代、ベトナム戦争の軍事費と「偉大な社会(Great Society)」計画の社会支出を財政赤字で賄ったことにより、アメリカのインフレが加速し、経常収支は悪化した。在外ドル残高が金準備を大幅に上回る事態となり、ドルの金兌換に対する信認が急速に低下した。

1971年8月15日、リチャード・ニクソン(Richard Nixon)大統領はドルの金兌換を一方的に停止した(ニクソン・ショック)。この決定はフランスやイギリスがドルの金兌換を要求する動きに対応したものであった。1971年12月のスミソニアン合意で固定相場制の再建が試みられたが失敗し、1973年3月までに主要国は変動相場制へと移行した。

体制崩壊の要因は複合的であり、以下の諸点が指摘される。

  • アメリカの財政・金融政策の規律の欠如: インフレ的な金融政策が基軸通貨国として不適切であった
  • 調整メカニズムの非対称性: 赤字国には調整圧力がかかるが、黒字国(ドイツ・日本)には通貨切り上げへの十分なインセンティブがなかった
  • 資本移動の拡大: 固定相場制を維持するための資本規制が徐々に困難になった
  • トリフィンのジレンマ: 体制に内在する構造的矛盾

IMFの役割の変容

ブレトンウッズ体制崩壊後、固定相場制の監視というIMFの中心的役割は消失した。しかし、IMFは1980年代の途上国債務危機、1990年代のアジア通貨危機、2008年の世界金融危機などにおいて、構造調整プログラム(Structural Adjustment Program: SAP)の実施や緊急融資を通じて影響力を維持・拡大してきた。同時に、融資条件としての経済自由化政策(いわゆる「ワシントン・コンセンサス」)が途上国の主権を侵害するとの批判も根強い。


覇権安定論(Hegemonic Stability Theory)

Key Concept: 覇権安定論(Hegemonic Stability Theory) 開放的で安定した国際経済秩序は、単一の支配的国家(覇権国)の存在を必要とするという理論。Charles Kindlebergerが1973年の著作で提唱し、Robert GilpinやStephen Krasnerが発展させた。覇権国の衰退は国際経済秩序の不安定化をもたらすとされる。

Kindlebergerの議論

チャールズ・キンドルバーガー(Charles Kindleberger)は1973年の著作『大不況下の世界 1929-1939(The World in Depression, 1929-1939)』において、1930年代の世界恐慌の深刻化は、支配的な経済大国の不在に起因すると論じた。具体的には、衰退するイギリスはもはや国際経済の安定を維持する能力を持たず、台頭するアメリカはその意思を持たなかった。この「リーダーシップの空白」が、国際通貨制度の崩壊、保護主義の連鎖、金融危機の波及を引き起こしたとするのがKindlebergerの分析である。

Kindlebergerの枠組みでは、覇権国は以下の公共財(public goods)を国際社会に提供する義務を負う。

  • 開放市場の維持: 危機時においても自国市場を輸入に対して開放し続ける
  • 反景気循環的な長期資金の供与: 不況時に国際的な資金供給を行う
  • 安定的な為替レートの管理: 国際通貨制度の円滑な運営を保証する
  • マクロ経済政策の協調: 各国の経済政策間の調整を主導する
  • 最後の貸し手機能: 金融危機時に流動性を供給する

Kindlebergerは覇権国を「慈悲深い指導者(benevolent leader)」として描き、国際公共財の提供が覇権国自身の利益を超えて国際社会全体に便益をもたらすことを強調した。

Gilpinの議論

ロバート・ギルピン(Robert Gilpin)は1981年の著作『世界政治における戦争と変動(War and Change in World Politics)』において、覇権安定論をよりリアリスト的な枠組みから展開した。Kindlebergerが覇権国の「慈悲」を強調したのに対し、Gilpinは覇権国が合理的な自己利益に基づいて国際秩序を構築すると論じた。

Gilpinの枠組みでは、覇権戦争を通じて登場した新たな覇権国が自らの選好に基づく国際秩序を創設し、公共財を提供することでその秩序を維持する。しかし、覇権国の経済力が相対的に衰退するにつれ、秩序維持のコストを負担する能力と意思が低下し、やがて体制は不安定化する。

論者 覇権国の動機 覇権国の役割 理論的背景
Kindleberger 慈悲深いリーダーシップ 国際公共財の提供者 リベラル経済学
Gilpin 合理的自己利益 自国に有利な秩序の構築者 リアリズム

覇権安定論への批判

覇権安定論に対しては多くの批判がある。

  1. 歴史的妥当性の疑問: 19世紀のパクス・ブリタニカの時代は、イギリスの単独覇権というよりも多極的な勢力均衡の時代であったとの指摘がある。覇権国の存在と国際経済の安定の間の因果関係は、歴史的に必ずしも明確ではない。
  2. 覇権後の協力(after hegemony): ロバート・コヘイン(Robert Keohane)は1984年の著作『覇権後の協力(After Hegemony)』において、覇権国の衰退後も国際レジームを通じた協力が持続しうることを論じた(→ Module 1-4, Section 2「リベラリズムとコンストラクティヴィズム」参照)。これは覇権安定論の中心的命題に対する重要な反証である。
  3. 覇権国の選択の問題: アメリカが金=ドル本位制を維持するか否かは構造的制約ではなく政策的選択であったとの批判がある。覇権国の衰退のみに注目すると、覇権国自身の政策選択がもたらした帰結を見落とす危険がある。
  4. 覇権の測定困難: 何をもって「覇権」とするかの基準が曖昧であり、理論の検証可能性に問題がある。

グローバル・ガバナンスの概要

グローバル・ガバナンスとは何か

冷戦終結後、国際秩序を「ガバナンス(governance)」の概念で把握する議論が台頭した。

Key Concept: グローバル・ガバナンス(Global Governance) 世界政府が存在しない状況下で、国家・国際機関・NGO・多国籍企業など多様な行為者が、ルール・規範・制度を通じて地球規模の問題に対処するプロセスと構造の総体。James Rosenauは「家族から国際組織に至るあらゆるレベルの人間活動における統治のシステム」と定義した。

グローバル・ガバナンスは、単一の世界政府による統治ではなく、重層的かつ多元的な統治メカニズムの集合体を指す。その特徴は以下の三点に要約される。

  1. 行為者の多元化: 国家に加え、国際機関・NGO・多国籍企業・学術機関など多様な非国家行為者がガバナンスに参画する
  2. メカニズムの多様化: 条約に基づく国家間レジームに加え、民間基準(private standards)、自主規制、官民パートナーシップなど新たなガバナンス形態が出現している
  3. 領域の分断化: 貿易、金融、環境、人権など各機能領域が異なる制度的枠組みとアクター構成を持ち、統一的な階層秩序は存在しない

国家以外の行為者

graph TD
    GG["グローバル・ガバナンス"]
    GG --> STATE["国家"]
    GG --> IGO["政府間国際機関(IGO)"]
    GG --> NGO2["非政府組織(NGO)"]
    GG --> MNC["多国籍企業(MNC)"]
    GG --> OTHER["その他の行為者"]
    IGO --> IGO1["国連、IMF、世界銀行、WTO"]
    NGO2 --> NGO3["人権NGO、環境NGO"]
    MNC --> MNC1["グローバル・サプライチェーン"]
    MNC --> MNC2["民間基準・自主規制"]
    OTHER --> OTH1["学術機関・シンクタンク"]
    OTHER --> OTH2["社会運動"]

政府間国際機関(Intergovernmental Organizations: IGO): 国連、IMF、世界銀行、WTOなど、国家間の条約に基づき設立された組織である。IGOは加盟国から権限を委任されて活動するが、組織自体が独自の制度的利害やアジェンダ設定能力を持つことが知られている。IMFや世界銀行の融資条件が事実上の政策決定権を行使する例が典型的である。

非政府組織(Non-Governmental Organizations: NGO): 国際赤十字、アムネスティ・インターナショナル、グリーンピースなど、市民社会に基盤を持つ組織である。NGOは政策提言(advocacy)、情報提供、規範の普及、現場での活動実施を通じてガバナンスに参画する。特に人権・環境分野において、国際規範の形成に大きな影響力を持つ。

多国籍企業(Multinational Corporations: MNC): 国境を越えて生産・販売活動を展開する企業である。一部のMNCは中小国家のGDPを凌駕する経済力を持ち、投資・雇用・技術移転を通じて受入国の政策に影響を及ぼす。グローバル・サプライチェーンの構築を通じて事実上の国際的な生産構造を形成し、Strangeの構造的権力論における生産構造の主要な担い手となっている。民間基準や自主規制(例:ISO規格、ESG基準)を通じたルール形成への関与も増大している。

グローバル・ガバナンスの課題

グローバル・ガバナンスは、民主的正統性(democratic legitimacy)の欠如、先進国と途上国の間の非対称的な影響力、制度間の整合性の欠如(レジーム・コンプレックス)、説明責任(accountability)の不明確さなどの構造的課題を抱えている。特にMNCについては、その経済的影響力に見合った民主的統制メカニズムが未発達であるとの指摘が広くなされている。


まとめ

  • 国際政治経済学(IPE)は、国家と市場の関係を分析する学際的領域であり、リベラリズム・ナショナリズム・マルクス主義の三つの知的伝統を持つ
  • Susan Strangeの構造的権力論は、権力を関係的権力と構造的権力に区別し、安全保障・生産・金融・知識の四構造から国際政治経済の権力構造を分析する枠組みを提供した
  • 比較優位の理論は自由貿易の理論的正当化を提供するが、ストルパー=サミュエルソン定理やRogowskiの連合理論が示すように、貿易自由化には国内の勝者と敗者が伴い、これが保護主義の政治的基盤を形成する
  • ブレトンウッズ体制は、金=ドル本位制に基づく固定相場制とIMF・IBRD・GATTを制度的支柱とする戦後国際経済秩序であったが、アメリカの財政規律の弛緩とトリフィンのジレンマにより1971-73年に崩壊した
  • 覇権安定論は、開放的な国際経済秩序が覇権国の存在を必要とすると主張するが、覇権衰退後の制度を通じた協力の持続可能性など、重要な批判にさらされている
  • グローバル・ガバナンスは、国家・国際機関・NGO・多国籍企業など多元的な行為者による重層的な統治メカニズムを指し、民主的正統性や説明責任の確保が中心的課題となっている
  • 次セクション以降では、これらのIPEの枠組みを踏まえ、具体的な国際問題への応用的分析を展開する

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
国際政治経済学 International Political Economy (IPE) 国家と市場の関係を中心に、政治的権力と経済的プロセスの相互作用を分析する学問領域
構造的権力 Structural Power Susan Strangeが提唱。国際政治経済の基本的枠組み・ルールそのものを形成・決定する能力
関係的権力 Relational Power AがBに望まない行動をとらせる直接的な影響力
比較優位 Comparative Advantage 各国が相対的に生産効率の高い財に特化し貿易を行えば双方が利益を得るとする理論
ブレトンウッズ体制 Bretton Woods System 1944年に合意された金=ドル本位制に基づく固定相場制と国際経済制度の体系
覇権安定論 Hegemonic Stability Theory 安定した国際経済秩序は単一の支配的国家(覇権国)の存在を必要とするという理論
グローバル・ガバナンス Global Governance 世界政府なき状況下で多様な行為者がルール・規範を通じて地球規模の問題に対処するプロセス
最恵国待遇 Most-Favored-Nation (MFN) ある国に与えた貿易上の有利な条件を全加盟国に等しく適用する原則
ストルパー=サミュエルソン定理 Stolper-Samuelson Theorem 貿易自由化が豊富な生産要素の所有者に利益を、希少な要素の所有者に損害をもたらすとする定理
トリフィンのジレンマ Triffin's Dilemma 基軸通貨国が流動性供給と通貨信認維持を同時に達成できないという構造的矛盾
ニクソン・ショック Nixon Shock 1971年8月のニクソン大統領によるドルの金兌換停止
ワシントン・コンセンサス Washington Consensus IMF・世界銀行が途上国に求めた経済自由化政策のパッケージ
調整可能な固定相場制 Adjustable Peg System 為替レートを固定しつつ、根本的不均衡時にのみ変更を認める制度
政府間国際機関 Intergovernmental Organization (IGO) 国家間条約に基づき設立された国際組織
非政府組織 Non-Governmental Organization (NGO) 市民社会に基盤を持ち、政策提言・規範普及等を行う非営利組織
多国籍企業 Multinational Corporation (MNC) 複数国にまたがって生産・販売活動を展開する企業

確認問題

Q1: Susan Strangeが区別する「関係的権力」と「構造的権力」の違いを説明し、構造的権力を構成する四つの基本構造をそれぞれ具体例を挙げて論じなさい。

A1: 関係的権力とは、AがBに対して、Bが望まない行動をとらせる直接的な影響力であり、ダールの古典的権力概念に対応する。一方、構造的権力とは、国際政治経済の基本的な枠組み・ルールそのものを形成し決定する能力である。構造的権力は四つの基本構造から成る。(1) 安全保障構造:保護の提供と暴力の管理(例:NATOによる集団安全保障、核の傘)。(2) 生産構造:何を、誰が、どのような条件で生産するかの決定(例:多国籍企業のグローバル・サプライチェーン)。(3) 金融構造:信用の創造・配分と国際通貨関係の管理(例:ドルの基軸通貨としての地位)。(4) 知識構造:情報・技術へのアクセスと権威的世界解釈の統制(例:知的財産権制度、先端技術の独占)。これら四構造は相互に連関し、一つの構造における支配的地位が他の構造での影響力を増幅させる。

Q2: ブレトンウッズ体制の基本設計を説明した上で、その崩壊に至った複合的要因を論じなさい。

A2: ブレトンウッズ体制は、金1オンス=35ドルの固定比率でドルを金に結びつけ、他国通貨をドルに対して固定する調整可能な固定相場制を採用した。IMFが固定相場制の運営を監視し、一時的な国際収支困難への短期融資を提供し、IBRDが長期開発資金を供与する制度的枠組みであった。崩壊の要因は複合的である。第一に、ベトナム戦争と「偉大な社会」計画の財政支出によるアメリカのインフレ加速と経常収支悪化。第二に、トリフィンのジレンマ、すなわち国際流動性の供給と基軸通貨の信認維持が構造的に両立不可能であった点。第三に、黒字国(ドイツ・日本)が通貨切り上げに消極的であったことに象徴される調整メカニズムの非対称性。第四に、資本移動の拡大により固定相場制の維持が困難になった点。これらが重なり、1971年のニクソン・ショック(ドルの金兌換停止)を経て1973年に変動相場制へと移行した。

Q3: 覇権安定論におけるKindlebergerとGilpinのアプローチの共通点と相違点を比較した上で、覇権安定論に対する主要な批判を論じなさい。

A3: 共通点として、両者とも国際経済秩序の安定には覇権国の存在が不可欠であり、覇権国の衰退は国際秩序の不安定化をもたらすと論じた。相違点として、Kindlebergerは覇権国を「慈悲深い指導者」と捉え、国際公共財の提供が覇権国の利益を超えて国際社会全体に便益をもたらすと強調した。一方、Gilpinは覇権国が合理的自己利益に基づいて自国に有利な秩序を構築すると論じ、リアリスト的な枠組みから覇権安定論を展開した。主要な批判としては、(1) 19世紀パクス・ブリタニカが覇権ではなく多極的均衡であったとする歴史的妥当性の疑問、(2) コヘインの「覇権後の協力」論が示す国際レジームの自律的持続可能性、(3) ブレトンウッズ崩壊がアメリカの衰退ではなく政策的選択の結果であったとする覇権国の選択の問題、(4) 何をもって「覇権」とするかの基準が曖昧であるという測定困難の問題が挙げられる。

Q4: ストルパー=サミュエルソン定理とRogowskiの連合理論を用いて、「自由貿易は国全体に利益をもたらすが、保護主義は政治的に根強い」という現象を説明しなさい。

A4: ストルパー=サミュエルソン定理によれば、貿易自由化はその国が豊富に保有する生産要素の所有者に利益をもたらす一方、希少な生産要素の所有者には損害を与える。この効果は当該要素がどの部門に従事しているかを問わず、経済全体に及ぶ。Rogowskiはこの定理を政治分析に応用し、土地・資本・労働の三要素モデルに基づいて、各国の要素賦存量の違いが貿易自由化をめぐる国内政治的亀裂のパターンを決定すると論じた。例えば資本豊富な先進工業国では、貿易自由化は資本所有者に有利だが非熟練労働者に不利となり、後者が保護主義連合を形成する。比較優位の理論が示す通り、自由貿易は国全体の総余剰を増大させるが、国内の分配は不均等であり、敗者に対する十分な補償が行われない限り、彼らは政治的に保護主義を支持するインセンティブを持つ。保護主義の政治的根強さは、自由貿易の利益が分散的・長期的であるのに対し、損失は集中的・即時的であるという政治経済学的非対称性にも起因する。

Q5: グローバル・ガバナンスにおける非国家行為者(国際機関・NGO・多国籍企業)の役割と、グローバル・ガバナンスが直面する構造的課題を論じなさい。

A5: 非国家行為者はそれぞれ異なる形でグローバル・ガバナンスに参画する。政府間国際機関(IGO)は加盟国から権限を委任され、ルール策定・紛争解決・融資条件を通じて事実上の政策決定権を行使する(例:IMFの構造調整プログラム)。NGOは政策提言・情報提供・規範普及を通じて国際規範の形成に影響を及ぼし、特に人権・環境分野で重要な役割を果たす。多国籍企業は、投資・雇用・技術移転を通じて受入国の政策に影響を与え、民間基準・自主規制を通じたルール形成にも関与する。構造的課題としては、(1) 民主的正統性の欠如(非国家行為者の意思決定に対する市民の統制が弱い)、(2) 先進国と途上国の間の非対称的影響力、(3) 機能領域ごとの制度が整合せず断片化するレジーム・コンプレックスの問題、(4) 特にMNCの経済的影響力に見合った説明責任メカニズムの未整備が挙げられる。