Module 1-5 - Section 1: 日本国憲法と統治機構¶
セクション情報¶
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| モジュール | Module 1-5: 日本政治入門 |
| 前提セクション | なし(Module 1-1, 1-3の知識を前提とする) |
| 想定学習時間 | 3時間 |
導入¶
日本の政治を理解する出発点は日本国憲法である。日本国憲法は、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義という三つの基本原理を掲げ、議院内閣制と三権分立を統治機構の基本構造として採用している。本セクションでは、まず憲法の基本原理とその制定過程を概観したうえで、議院内閣制の日本的展開、三権分立の実態、そして国会の構造と立法過程を検討する。
比較政治学(→ Module 1-3 参照)で学んだ議院内閣制や権力分立の一般理論が、日本という具体的な政治システムにおいてどのように制度化され、いかなる特殊性を帯びているかを把握することが、本セクションの中心的な課題である。
日本国憲法の基本原理¶
三大原理¶
日本国憲法は以下の三つを基本原理とする。
- 国民主権: 主権が国民に存することを宣言し(前文、第1条)、国政は国民の厳粛な信託によるものとする。天皇は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」(第1条)に位置づけられ、国政に関する権能を有しない。
- 基本的人権の尊重: 「侵すことのできない永久の権利」(第11条、第97条)として基本的人権を保障する。自由権、社会権、参政権、受益権など広範な権利規定を含む。
- 平和主義: 第9条において戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認を規定する。この徹底した平和主義は、比較憲法的にも極めて特異な規定である。
Key Concept: 国民主権(Popular Sovereignty) 国家の政治的意思決定の最終的な権威が国民に由来するとする原理。日本国憲法では前文および第1条においてこれを明記し、天皇主権を採用していた大日本帝国憲法(明治憲法)との断絶を示している。
明治憲法との対比¶
日本国憲法の性格を理解するには、大日本帝国憲法(1889年発布、1890年施行)との対比が不可欠である。
| 項目 | 大日本帝国憲法(明治憲法) | 日本国憲法 |
|---|---|---|
| 主権 | 天皇主権(天皇が統治権を総攬) | 国民主権 |
| 天皇の地位 | 神聖不可侵の元首・統治者 | 日本国の象徴、国政に関する権能なし |
| 人権 | 「臣民の権利」(法律の留保あり) | 「侵すことのできない永久の権利」 |
| 軍事 | 天皇の統帥権、軍備保持 | 戦争放棄、戦力不保持 |
| 議会 | 帝国議会(天皇の協賛機関) | 国会(国権の最高機関) |
| 内閣 | 天皇に対して責任を負う | 国会に対して連帯して責任を負う |
明治憲法下では、天皇が統治権を総攬し、臣民の権利は法律によって制限可能であった。帝国議会は天皇の立法権に対する「協賛」機関にすぎず、行政権は天皇の大権として行使された。これに対し日本国憲法は、主権の所在、人権保障の性質、統治構造のすべてにおいて根本的に異なる体系を構築している。
制定過程の概要¶
日本国憲法の制定過程は以下のとおりである。
- 松本委員会の発足(1945年10月): 幣原喜重郎内閣のもと、国務大臣松本烝治(まつもと じょうじ)を委員長とする「憲法問題調査委員会」(松本委員会)が設置された。
- 松本案の提出(1946年2月): 松本委員会がまとめた改正案(松本案)は、明治憲法の基本構造を大幅に維持する保守的な内容であった。
- マッカーサー・ノート(1946年2月3日): 連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー(Douglas MacArthur)は、松本案の保守性を懸念し、民政局長コートニー・ホイットニー(Courtney Whitney)に対して憲法草案作成の基本原則(マッカーサー三原則)を指示した。その内容は、(1)天皇は国家の元首、皇位は世襲、(2)戦争の放棄、(3)封建制度の廃止、であった。
- GHQ草案の提示(1946年2月13日): 民政局が約1週間で起草したGHQ草案が日本政府に提示された。
- 日本政府案の作成と公表(1946年3月6日): 日本政府はGHQ草案をもとに「憲法改正草案要綱」を作成・公表した。
- 帝国議会での審議・修正(1946年6月〜10月): 帝国議会(衆議院・貴族院)で審議が行われ、一定の修正を経て可決された。「生存権」規定(第25条)の追加などは帝国議会の審議を通じて実現した。
- 公布・施行: 1946年11月3日に公布、1947年5月3日に施行された。
この制定過程をめぐっては、GHQの強い関与から「押しつけ憲法」論が存在する一方、帝国議会における実質的な審議・修正が行われた点や、その後の国民の受容を重視する立場もある。
議院内閣制の日本的展開¶
議院内閣制の一般的特徴と日本への適用¶
議院内閣制(Parliamentary System)とは、行政権を担う内閣が議会(立法府)の信任に基づいて存立し、議会に対して責任を負う政治制度である(→ Module 1-3 参照)。その基本要素は、(1)議会が行政府の長を選出すること、(2)内閣が議会に対して連帯責任を負うこと、(3)内閣不信任決議と議会解散の相互牽制メカニズムが存在すること、である。
日本国憲法は以下の条文でこの制度を規定している。
- 第66条第3項: 「内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。」
- 第67条第1項: 「内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。」
- 第69条: 衆議院で不信任決議案が可決された場合、内閣は10日以内に衆議院を解散しない限り総辞職しなければならない。
Key Concept: 議院内閣制(Parliamentary System) 内閣(行政府)が議会の信任に基づいて成立・存続し、議会に対して連帯責任を負う統治制度。日本では憲法第66条〜第69条にその骨格が規定されている。イギリスで歴史的に発展した制度であるが、日本においては独自の展開を見せている。
日本の議院内閣制の特殊性¶
日本の議院内閣制は、イギリス型の「ウェストミンスター・モデル」と比較して、以下の点で異なる特徴を有する。
1. 首相の選出方法
イギリスでは、下院の多数党党首が国王によって首相に任命される慣行が確立している。選出は事実上、党内リーダーシップ選挙によって決定される。これに対し日本では、内閣総理大臣は「国会議員の中から国会の議決で」指名される(第67条)。衆議院と参議院が異なる指名を行った場合は、両院協議会を経ても一致しないとき、衆議院の議決が国会の議決となる(衆議院の優越)。
実際には、与党(自由民主党の場合は総裁選)の党首が国会で指名されるという運用が定着しており、形式的には国会議決であるが、実質的には与党内の選出過程が決定的に重要である。
2. 解散権の所在と運用
日本国憲法第7条は天皇の国事行為として「衆議院を解散すること」を定め、第69条は内閣不信任決議案の可決を解散の要件として規定している。学説上は、解散権の根拠が第69条に限定されるか(69条限定説)、第7条を根拠に内閣が自由に解散を決定できるか(7条説)が争われてきたが、実務上は7条解散が定着している。
イギリスでは2011年の「議会任期固定法(Fixed-term Parliaments Act)」により首相の自由な解散権が制限されたが(のちに2022年に同法は廃止)、日本では内閣(実質的には首相)が政治的判断で衆議院を解散することが通例となっている。この自由な解散権は、与党に有利なタイミングで選挙を行う「党利党略解散」との批判を受けることもある。
3. 参議院の存在
イギリスの貴族院(上院)は選挙による選出ではなく、また1911年以降の議会法により実質的な権限は大きく制限されている。これに対し日本の参議院は、国民の直接選挙で選出され、法律案の審議・議決においても一定の権限を有する。衆議院の優越規定があるとはいえ、法律案の再議決には衆議院の出席議員の3分の2以上の多数が必要であり、参議院の影響力は無視できない。特に衆参で多数党が異なる「ねじれ国会」の状況では、参議院が立法過程において大きな拒否権プレイヤーとなる。
4. 与党の事前審査制
日本の議院内閣制の大きな特徴として、与党(特に自由民主党)による法案の事前審査制がある。内閣が法案を国会に提出する前に、与党の政務調査会(部会)や総務会で審査を行い、了承を得る慣行が確立している。この事前審査により、国会審議における与党議員の質疑は形式的なものとなりがちであり、実質的な政策決定が国会外で行われているとの批判がある。
三権分立の日本的構造¶
日本国憲法は、立法権を国会(第41条)、行政権を内閣(第65条)、司法権を裁判所(第76条)に帰属させ、三権分立の原則を採用している。しかし、その実態は教科書的な三権の均衡とは異なる様相を呈している。
graph TB
subgraph 立法 ["立法権"]
kokkai["国会<br/>国権の最高機関<br/>唯一の立法機関"]
end
subgraph 行政 ["行政権"]
naikaku["内閣<br/>行政権の行使"]
end
subgraph 司法 ["司法権"]
saiban["裁判所<br/>違憲審査権"]
end
kokkai -->|"内閣総理大臣の指名<br/>内閣不信任決議"| naikaku
naikaku -->|"法律案の提出<br/>衆議院の解散"| kokkai
naikaku -->|"最高裁長官の指名<br/>その他裁判官の任命"| saiban
saiban -->|"違憲立法審査<br/>行政事件裁判"| kokkai
saiban -->|"行政処分の違法審査"| naikaku
kokkai -->|"弾劾裁判所の設置<br/>裁判官の弾劾"| saiban
国会の「国権の最高機関」性¶
憲法第41条は「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」と規定する。この「最高機関」の意味については、学説上大きく二つの解釈がある。
Key Concept: 国権の最高機関(Supreme Organ of State Power) 憲法第41条が国会に付与した地位。その法的意味については、国会が他の機関に優越する法的権限を有するとする「統括機関説」と、主権者たる国民を直接代表することに由来する政治的美称にすぎないとする「政治的美称説」が対立する。通説は後者の立場をとる。
- 統括機関説: 国会が三権の中で最も優越した地位にあり、他の国家機関を統括する権限を有するとする立場。
- 政治的美称説(通説): 「最高機関」とは、国会が主権者たる国民によって直接選挙された議員で構成される点において、国政上最も重要な地位にあるという政治的意味を表現したものにすぎず、法的に他の機関に優越する効果をもつものではないとする立場。
通説が政治的美称説を採る理由は、三権分立の原則のもとでは各機関が対等であるべきであり、国会の法的優越を認めれば権力集中を招きかねないという論理にある。
行政権優位の実態¶
日本国憲法が想定する三権のバランスとは対照的に、実態としては行政権(内閣および官僚機構)が優位に立っている。その要因は以下のとおりである。
1. 内閣提出法案(閣法)の支配的地位
日本の立法過程においては、法律案の圧倒的多数が内閣から提出される。内閣提出法案の成立率は概ね80〜90%に達するのに対し、議員提出法案(議員立法)の成立率は20%前後にとどまる。これは各省庁の官僚が法案を起草し、内閣法制局が法的整合性を審査するという精緻な法案作成プロセスが背景にある。
2. 官僚機構の情報・専門性優位
政策立案において、官僚機構は膨大な情報蓄積と専門的知識を有する。国会議員が個別の政策領域で官僚に匹敵する専門性を持つことは困難であり、政策過程における官僚の影響力は大きい。
3. 内閣法制局の役割
内閣法制局は、内閣提出法案の法的整合性・合憲性を事前審査する機関である。憲法解釈においても重大な影響力を有し、「法の番人」と称されることもある。内閣法制局が積極的に合憲性審査を行うことで、裁判所による違憲審査が事後的なものとなり、司法の出番が少なくなるという構造が生じている。
司法消極主義¶
日本の最高裁判所は、憲法第81条に基づく違憲審査権を有するが、その行使には極めて慎重な姿勢(司法消極主義)が顕著である。
Key Concept: 司法消極主義(Judicial Restraint) 裁判所が立法府の判断を最大限尊重し、明白に違憲でない限り法令の合憲性を推定する姿勢。日本の最高裁判所はこの傾向が強く、法令違憲判決は1947年の憲法施行から2023年までに12件にとどまる。
日本の司法消極主義の特徴は以下のとおりである。
1. 付随的違憲審査制
日本は、具体的な争訟事件の解決に必要な限りで法令の合憲性を審査する「付随的審査制」を採用している(通説)。ドイツの連邦憲法裁判所のように、法令の合憲性それ自体を独立に審査する「抽象的審査制」は採用されていない。このため、違憲審査の機会は限定的である。
2. 統治行為論
高度に政治的な国家行為については、たとえ法律上の争訟として裁判可能であっても、司法審査の対象外とする「統治行為論」が判例上認められている。砂川事件最高裁判決(1959年)では、日米安全保障条約のような「高度の政治性を有する」問題について、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のもの」とされた。
3. 違憲判決の希少性
最高裁が法令自体を違憲と判断した事例は、尊属殺重罰規定違憲判決(1973年)、薬事法距離制限違憲判決(1975年)、在外日本人選挙権制限違憲判決(2005年)、婚外子相続分差別違憲決定(2013年)など、憲法施行以来2023年時点で12件程度にとどまる。これは、アメリカの連邦最高裁判所やドイツの連邦憲法裁判所と比較して極めて少ない。
国会の構造と立法過程¶
二院制の構造¶
日本の国会は衆議院と参議院から成る二院制(Bicameralism)を採用している。明治憲法下の帝国議会が衆議院と貴族院から構成されていたのに対し、日本国憲法では両院とも国民の直接選挙により議員が選出される民選議院である。
| 項目 | 衆議院 | 参議院 |
|---|---|---|
| 議員定数 | 465名 | 248名 |
| 任期 | 4年(解散あり) | 6年(3年ごとに半数改選、解散なし) |
| 選挙制度 | 小選挙区比例代表並立制 | 選挙区制+比例代表制 |
| 被選挙権 | 25歳以上 | 30歳以上 |
| 解散 | あり(第7条、第69条) | なし |
衆議院の優越¶
衆議院は参議院に対して以下の優越的権限を有する。この優越の根拠は、衆議院が解散制度を通じてより直接的に民意を反映すること、また任期が短いため国民の意思に近い構成を有することにある。
Key Concept: 衆議院の優越(Supremacy of the House of Representatives) 両院の意思が一致しない場合に、衆議院の議決が国会の議決となる制度。法律案の再議決、予算の議決、条約の承認、内閣総理大臣の指名の4つの領域において認められている。
| 事項 | 衆議院の優越の内容 | 憲法条文 |
|---|---|---|
| 法律案 | 衆議院で可決後、参議院が否決した場合、衆議院で出席議員の3分の2以上で再議決すれば成立 | 第59条 |
| 予算 | 予算先議権。参議院が異なる議決をし両院協議会でも一致しないとき、または30日以内に議決しないとき、衆議院の議決が国会の議決 | 第60条 |
| 条約承認 | 予算と同様の仕組み(30日ルール) | 第61条 |
| 内閣総理大臣の指名 | 両院が異なる指名をし両院協議会でも一致しないとき、または参議院が10日以内に議決しないとき、衆議院の議決が国会の議決 | 第67条 |
委員会中心主義¶
日本の国会は「委員会中心主義」を採用しており、法案の実質的な審議は各常任委員会・特別委員会で行われる。本会議は委員会の審議結果を承認する場としての性格が強い。
Key Concept: 委員会中心主義 法律案の実質的な審議を本会議ではなく委員会で行う国会運営の方式。日本の国会法第56条は、議案を委員会に付託して審査した後でなければ本会議で議題とすることができないと定めている。イギリスの本会議中心主義とは対照的な制度設計である。
委員会には常任委員会と特別委員会がある。常任委員会は衆参それぞれに設置される常設の委員会であり、各省庁の所管に対応して編成される(例: 内閣委員会、総務委員会、法務委員会など)。特別委員会は特定の案件を審査するために期間を限って設置される。
立法過程の実際¶
法律案が成立するまでの過程は以下のフローで示される。
graph TD
A["法案の起草"] --> B{"提出者"}
B -->|内閣提出法案| C["各省庁で原案作成"]
B -->|議員提出法案| D["議員による起草<br/>衆議院法制局・参議院法制局が補佐"]
C --> E["内閣法制局の審査"]
E --> F["与党の事前審査<br/>政務調査会・総務会"]
F --> G["閣議決定"]
G --> H["国会に提出"]
D --> H
H --> I["議長が委員会に付託"]
I --> J["委員会審議<br/>趣旨説明・質疑・討論・採決"]
J --> K["本会議で審議・採決"]
K --> L{"先議院で可決"}
L -->|衆議院先議| M["参議院に送付"]
L -->|参議院先議| N["衆議院に送付"]
M --> O["参議院で委員会審議・本会議採決"]
N --> P["衆議院で委員会審議・本会議採決"]
O --> Q{"両院で可決?"}
P --> Q
Q -->|両院一致| R["法律成立"]
Q -->|不一致| S["両院協議会<br/>または衆議院再議決"]
S --> R
内閣提出法案(閣法)の過程
内閣提出法案は、まず所管省庁の官僚が原案を起草する。原案は関係省庁との調整(省庁間協議)を経たのち、内閣法制局で法令用語の適正さ、他法令との整合性、合憲性の審査を受ける。さらに与党の事前審査(自民党の場合、政務調査会の部会→政審→総務会)を経て、閣議で決定される。この時点で法案の内容は事実上確定しており、国会審議は形式化しがちである。
議員立法の過程
議員が法律案を提出する場合、衆議院では議員20人以上(予算を伴う場合は50人以上)、参議院では議員10人以上(予算を伴う場合は20人以上)の賛成が必要である(国会法第56条)。衆議院法制局および参議院法制局が起草を補佐する。しかし、前述のとおり議員立法の成立率は低く、特に野党単独で提出した法案が成立することは極めてまれである。
与野党交渉と国会対策委員会¶
Key Concept: 国会対策委員会(Diet Affairs Committee) 各政党に設置される非公式の機関で、国会審議の日程調整や法案の取り扱いについて与野党間の交渉を行う。略称「国対」。法律上の根拠を持たないにもかかわらず、国会運営において決定的な役割を果たしている。
日本の国会運営において特徴的なのは、各政党の国会対策委員会(国対)による非公式の交渉が大きな役割を果たしている点である。与野党の国対委員長が会談し、本会議や委員会の日程、法案の審議順序、質疑時間の配分などを取り決める。
この「国対政治」は1960年代後半以降に本格化した。1960年の安保改定における強行採決の混乱を経て、与党(自民党)は野党との事前調整による円滑な国会運営を志向するようになった。田中角栄幹事長時代(1960年代後半)の「話し合い路線」がその嚆矢とされる。
国対政治の功罪は以下のとおりである。
- 利点: 与野党間の対立を調整し、国会運営を円滑化する。全会一致を重視する日本の政治文化に適合する。
- 問題点: 国会審議の実質が国会の外(国対委員長間の非公式交渉)で決定されるため、審議の形骸化・不透明化を招く。「密室政治」との批判がある。
Key Concept: 司法消極主義(Judicial Restraint) (用語集用の補足)裁判所が違憲審査権の行使に慎重な姿勢をとり、立法府・行政府の判断を尊重する態度。日本の最高裁判所に顕著に見られ、統治行為論の採用や違憲判決の極端な少なさに表れている。
まとめ¶
- 日本国憲法は国民主権・基本的人権の尊重・平和主義を三大原理とし、明治憲法の天皇主権体制から根本的に転換した。制定過程ではGHQの関与が大きかったが、帝国議会での審議・修正も行われた。
- 日本の議院内閣制は、首相の実質的な選出における与党内政治の重要性、7条解散の慣行、参議院の存在と「ねじれ国会」の可能性、与党の事前審査制など、イギリス型と異なる特殊性を有する。
- 三権分立は制度上は均衡が想定されているが、実態としては内閣提出法案の支配的地位や官僚機構の影響力により行政権が優位に立ち、司法は統治行為論や付随的審査制のもとで消極的な姿勢をとっている。
- 国会は衆参二院制と委員会中心主義を採用し、衆議院の優越が定められている。立法過程では閣法が圧倒的に優勢であり、国会対策委員会による非公式の与野党交渉が国会運営の実質を左右している。
次セクションでは、戦後日本政治を長期にわたり規定してきた自由民主党の支配体制(55年体制)と政党システムの変遷を検討する。
用語集(Glossary)¶
| 用語 | 英語表記 | 定義 |
|---|---|---|
| 国民主権 | Popular Sovereignty | 国家の政治的意思決定の最終的な権威が国民に由来するとする原理 |
| 議院内閣制 | Parliamentary System | 内閣が議会の信任に基づいて成立・存続し、議会に対して連帯責任を負う統治制度 |
| 国権の最高機関 | Supreme Organ of State Power | 憲法第41条が国会に付与した地位。通説は政治的美称説をとる |
| 衆議院の優越 | Supremacy of the House of Representatives | 法律案・予算・条約・首相指名について、両院不一致の場合に衆議院の議決が優先される制度 |
| 委員会中心主義 | Committee-centered System | 法案の実質的審議を本会議ではなく委員会で行う国会運営方式 |
| 国会対策委員会 | Diet Affairs Committee | 各政党に設置され、国会審議の日程調整・法案取り扱いの与野党交渉を行う非公式機関 |
| 司法消極主義 | Judicial Restraint | 裁判所が違憲審査権の行使に慎重で、立法府・行政府の判断を尊重する態度 |
| 統治行為論 | Political Question Doctrine | 高度に政治的な国家行為を司法審査の対象外とする理論 |
| 内閣法制局 | Cabinet Legislation Bureau | 内閣提出法案の法的整合性・合憲性を事前審査する機関 |
| 閣法 | Cabinet-sponsored Bill | 内閣が国会に提出する法律案。成立率80〜90%と高い |
| 付随的審査制 | Incidental Review System | 具体的な争訟事件の解決に必要な限りで法令の合憲性を審査する制度 |
| 事前審査制 | Pre-screening System | 与党が内閣提出法案を国会提出前に党内で審査・了承する慣行 |
確認問題¶
Q1: 日本国憲法の三大原理を挙げ、それぞれが明治憲法の対応する原理とどのように異なるか説明せよ。
A1: 日本国憲法の三大原理は、(1)国民主権、(2)基本的人権の尊重、(3)平和主義である。明治憲法との対比では、(1)国民主権は明治憲法の天皇主権(天皇が統治権を総攬)と対照的に、主権の所在を国民に移した。(2)基本的人権の尊重は、明治憲法の「臣民の権利」が法律の留保のもとで制限可能であったのに対し、「侵すことのできない永久の権利」として保障の性質を根本的に変えた。(3)平和主義は、明治憲法が天皇の統帥権のもとで軍備保持を前提としていたのに対し、戦争放棄・戦力不保持・交戦権否認という徹底した平和主義を採用した。
Q2: 日本の議院内閣制がイギリスの「ウェストミンスター・モデル」と異なる点を3つ挙げ、それぞれ具体的に説明せよ。
A2: (1)首相の選出方法について、イギリスでは下院多数党の党首が国王により任命される慣行であるのに対し、日本では国会の議決(衆参両院の指名)で内閣総理大臣が指名され、与党内の選出過程が実質的に決定的である。(2)解散権について、日本では7条解散の慣行により内閣が政治的判断で自由に衆議院を解散できる運用が定着しているのに対し、イギリスでは首相の解散権に対する制限が歴史的に模索されてきた。(3)上院の性格について、イギリスの貴族院は非選挙制で権限も大幅に制限されているのに対し、日本の参議院は民選議院であり法案再議決に3分の2の特別多数が必要なことから、「ねじれ国会」時には強い拒否権を行使しうる。
Q3: 衆議院の優越が認められる具体的な事項と、その根拠となる理由を述べよ。
A3: 衆議院の優越が認められるのは、(1)法律案の再議決(出席議員の3分の2以上で可決)、(2)予算の議決(衆議院の議決が国会の議決、予算先議権あり)、(3)条約の承認(予算と同様)、(4)内閣総理大臣の指名(衆議院の議決が国会の議決)の4事項である。その根拠は、衆議院は解散制度があるため任期途中でも国民の審判を受ける可能性があること、また任期が4年と参議院(6年)より短いため、より直近の民意を反映した構成となっていることにある。
Q4: 日本の最高裁判所が「司法消極主義」と評される理由を、統治行為論と違憲判決の実績に触れながら論ぜよ。
A4: 日本の最高裁が司法消極主義と評される理由は、第一に、高度に政治的な問題に対して「統治行為論」を適用し司法判断を回避することがある点である。砂川事件最高裁判決(1959年)では、日米安保条約のような高度な政治性を有する問題について「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限り」司法審査の対象外とした。第二に、法令自体を違憲とする判決が極めて少ない点である。1947年の憲法施行から2023年までに法令違憲の判断は12件にとどまり、アメリカやドイツの裁判所と比較して圧倒的に少ない。これらの背景には、付随的違憲審査制のもとで審査機会が限定されること、内閣法制局による事前の合憲性審査が機能していること、そして最高裁自身が立法府の裁量を広く認める傾向があることが挙げられる。
Q5: 日本の立法過程において内閣提出法案(閣法)が議員立法に比して圧倒的に優勢である理由を、制度的・実態的要因から説明せよ。
A5: 制度的要因としては、(1)議員立法の提出に衆議院では20人以上(予算関連は50人以上)の賛成が必要であるなどの発議要件が厳しいこと、(2)国会審議において閣法が優先的に審議される慣行があること、が挙げられる。実態的要因としては、(3)閣法は所管省庁の官僚が専門的知識と豊富な情報に基づいて起草し、内閣法制局が法的整合性を審査するため法案としての完成度が高いこと、(4)与党の事前審査制により閣法は国会提出前に与党の了承を得ているため、国会での可決がほぼ確実であること、(5)国会の審議時間が限られるなかで野党提出の議員立法が審議されないまま廃案となるケースが多いこと、がある。この結果、閣法の成立率は80〜90%に達する一方、議員立法の成立率は20%前後にとどまっている。