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Module 1-5 - Section 2: 内閣・官僚制と政策過程

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 1-5: 日本政治入門
前提セクション Section 1: 日本国憲法と統治機構
想定学習時間 3.5時間

導入

Section 1では、日本国憲法が議院内閣制を採用し、実態として行政権が立法権・司法権に対して優位に立っていることを確認した。本セクションでは、その行政権の中核を担う内閣と官僚制の構造に焦点を当て、政策がいかなるメカニズムで形成・決定されるかを検討する。

戦後日本政治において、内閣は憲法上「行政権の行使」(第65条)の主体であるが、その実態は首相主導のトップダウン型ではなく、各省庁の官僚機構に大きく依存する構造であった。政治学者飯尾潤はこの構造を「官僚内閣制」と概念化し、日本の議院内閣制が本来の姿から乖離していることを指摘した。本セクションでは、この官僚内閣制の構造を理解したうえで、2001年の省庁再編以降の内閣機能強化の試みと、政策過程に深く関与する族議員・鉄の三角形の問題を分析する。


内閣制度の構造

内閣の組織と閣議

日本国憲法第66条は「内閣は、法律の定めるところにより、その首長たる内閣総理大臣及びその他の国務大臣でこれを組織する」と規定する。内閣法は国務大臣の数を原則14人以内(特別に必要がある場合は17人以内)と定めている。各国務大臣は「主任の大臣」として各省庁の行政事務を分担管理する(分担管理原則)。

内閣の意思決定は閣議によって行われる。閣議は全会一致を原則とする慣行が確立しており、法的には多数決の規定は存在しない。この全会一致制は、内閣が「国会に対し連帯して責任を負ふ」(第66条第3項)ことの帰結とされ、内閣の一体性を担保する制度的基盤である。

しかし、全会一致制は同時に首相のリーダーシップに対する制度的制約としても機能する。閣僚の一人でも反対すれば閣議決定が成立しないため、各省庁の利害を代弁する閣僚が事実上の拒否権を持つ構造が生じる。閣僚は首相が任免権を有する(第68条)ため、反対する閣僚を罷免すれば理論上は障害を除去できるが、政治的コストは大きく、罷免の実例は極めてまれである。

首相のリーダーシップの制度的基盤

憲法上、内閣総理大臣に付与された権限は以下のとおりである。

権限 根拠規定 内容
国務大臣の任免 第68条 国務大臣を任命・罷免する権限
内閣の代表 第72条 議案を国会に提出し、行政各部を指揮監督する
国務大臣の訴追同意 第75条 在任中の国務大臣に対する訴追に同意を与える

注目すべきは第72条の「行政各部を指揮監督」する権限である。この規定は一見すると首相に強い統制権を付与しているように読めるが、内閣法第6条が「閣議にかけて決定した方針に基づいて」行政各部を指揮監督すると定めているため、首相単独では行政各部への指揮監督ができないという解釈が通説であった。この制度構造が、後述する「官僚内閣制」を支える法的基盤となった。

1999年以降の内閣機能強化

この制約を克服するため、1999年の内閣法改正により、内閣総理大臣の発議権が明文化された(内閣法第4条第2項「内閣総理大臣は、内閣の重要政策に関する基本的な方針その他の案件を発議することができる」)。これにより、首相が閣議の議題設定を主導する法的根拠が確立された。

さらに、2001年の中央省庁再編において内閣官房と内閣府の機能が大幅に強化された。


官僚制の構造と機能

戦後日本官僚制の特徴

戦後日本の官僚制は、以下の特徴を有する。

1. キャリア制度

国家公務員採用試験の区分により「キャリア」(旧I種試験、現在は総合職試験)と「ノンキャリア」の二層構造が存在する。キャリア官僚は入省後、各省庁の幹部候補として計画的に配置転換(ローテーション人事)を経験し、事務次官を頂点とするピラミッド型の昇進体系に組み込まれる。同期入省者の中から事務次官が一人選出されると、同期およびそれ以前の入省者は退職する「同期横並び・年次管理」の慣行が長く維持されてきた。

2. 省庁の縦割り構造(セクショナリズム)

各省庁は所管する政策領域において強い自律性を持ち、省庁間の政策調整は困難を伴う。「省あって国なし」という表現に示されるように、各省庁はそれぞれの組織利益を最優先し、政策の全体最適化よりも省益の確保を志向する傾向がある。この縦割り構造は、政策の総合調整を困難にし、内閣としての一体的な政策運営を阻害する要因となった。

3. 天下り

Key Concept: 天下り(Amakudari) 中央省庁の幹部官僚が退職後、所管する業界の民間企業、特殊法人、独立行政法人、公益法人などの幹部ポストに再就職する慣行。語源は「天(官庁)から下界(民間)に降りる」の意。官僚の退職管理問題、および官民の癒着の温床として批判される。

天下りは、前述のキャリア制度における早期退職慣行と密接に結びついている。事務次官に就任できなかったキャリア官僚は50代前半で退職するが、その受け皿として所管業界への再就職が組織的に斡旋されてきた。天下り先の企業・団体にとっては、所管官庁とのパイプの確保や許認可・補助金の獲得において有利になるというメリットがある。官僚側にとっては退職後の生活保障として機能する。

しかし、天下りは以下の問題を引き起こす。第一に、官僚が在職中から退職後の再就職先を意識して規制・監督を手加減する可能性(利益相反)。第二に、天下り先への補助金・委託費の配分が不透明化し、財政の非効率を招くこと。第三に、再就職を繰り返す「渡り」の問題である。2007年の国家公務員法改正により、省庁による再就職の斡旋は禁止されたが、非公式な斡旋が継続しているとの指摘もある。2017年には文部科学省における組織的な再就職斡旋が発覚し、大きな問題となった。

官僚主導モデル:発展指向型国家

Key Concept: 官僚主導(Bureaucratic Leadership) 政策の立案・決定・実施の各段階において、政治家ではなく官僚が主導的な役割を果たす統治モデル。戦後日本政治の中核的な特徴とされ、特に高度経済成長期における産業政策や経済運営において顕著であった。

戦後日本の政策過程における官僚の支配的な役割を最も体系的に論じたのが、チャルマーズ・ジョンソン(Chalmers Johnson)の「発展指向型国家」(developmental state)論である。ジョンソンは著書『通産省と日本の奇跡』(MITI and the Japanese Miracle, 1982年)において、通商産業省(MITI、現・経済産業省)を事例として分析し、日本の急速な経済成長は市場メカニズムの自然な帰結ではなく、官僚機構による戦略的な産業政策の結果であると主張した。

ジョンソンの議論の要点は以下のとおりである。

  1. エリート官僚による経済計画: 通産省のキャリア官僚が産業構造の高度化を戦略的に計画し、「ターゲティング政策」を通じて有望な産業を育成した。
  2. 政治家は「レイン(手綱)」を握るが「ステアリング(操舵)」は官僚が行う: 政治家が大まかな方向性を示すものの、具体的な政策の設計と運用は官僚の裁量に委ねられた。
  3. 政官業の協調的関係: 官僚が業界団体との緊密な協議(行政指導)を通じて政策を実施し、公式の法律や規制に頼らない非公式な統制メカニズムが機能した。

この「発展指向型国家」論は、市場中心の英米型(規制国家)でもなく、ソ連型の計画経済でもない第三の類型として日本の国家=経済関係を位置づけ、比較政治経済学に大きな影響を与えた。


官僚内閣制と政治主導への転換

官僚内閣制の概念

Key Concept: 官僚内閣制(Bureaucratic Cabinet System) 飯尾潤が提唱した概念。日本の内閣が議院内閣制の本来の姿(首相のリーダーシップのもとで一体的に政策を遂行するチーム)ではなく、各省庁官僚の代理人として機能する閣僚の合議体となっている状態を指す。分担管理原則と閣議の全会一致制がその制度的基盤である。

政治学者の飯尾潤(いいお じゅん、政策研究大学院大学教授)は、著書『日本の統治構造――官僚内閣制から議院内閣制へ』(2007年)において、戦後日本の統治構造を「官僚内閣制」として概念化した。

官僚内閣制のメカニズムは以下のように整理できる。

  1. 各大臣は省庁の代理人: 閣僚は所管省庁の官僚機構から情報・政策案の提供を受け、閣議において省庁の立場を代弁する。首相によって任命された閣僚が首相の方針に従うのではなく、各省庁のアジェンダを閣議に持ち込む代理人として機能する。
  2. 閣議は省庁間調整の場: 閣議は首相のリーダーシップのもとで政策を決定する場ではなく、各省庁が事前に調整した案件を追認する場となる。実質的な政策調整は事務次官等会議(2009年廃止、後に復活)や省庁間の非公式折衝で行われる。
  3. 首相のリーダーシップが構造的に制約される: 分担管理原則、閣議の全会一致制、省庁の情報独占により、首相が各省庁の反対を押し切って政策を推進することが困難である。

飯尾は、この官僚内閣制を克服し、本来の議院内閣制――首相が議会多数派のリーダーとして強いリーダーシップを発揮し、内閣が一体として政策を推進する制度――への転換が必要であると主張した。

2001年中央省庁再編と内閣機能強化

官僚内閣制を克服する制度改革の最も重要な画期が、2001年1月に実施された中央省庁再編である。この改革は、橋本龍太郎内閣(1996〜1998年)が設置した行政改革会議の最終報告(1997年12月)に基づくものであり、以下の三つの柱から成る。

1. 省庁の再編統合

1府22省庁を1府12省庁に再編し、縦割り行政の弊害を軽減することを目指した。

2. 内閣官房の機能強化

内閣官房は「内閣の重要政策に関する基本的な方針に関する企画及び立案並びに総合調整」を行う機関として位置づけられた。従来は各省庁からの出向者が省庁の利益を代弁しがちであったが、内閣官房副長官補の設置などにより、首相のスタッフ機能が強化された。

3. 内閣府の新設

内閣府は内閣に置かれる機関として新設され、「内閣の重要政策に関する内閣の事務を助ける」役割を担う。その特徴は、各省庁の上に位置する「調整官庁」としての機能を有する点にある。内閣府には経済財政諮問会議、総合科学技術・イノベーション会議などの「重要政策に関する会議」が設置された。

graph TB
    subgraph before ["2001年再編前"]
        PM1["内閣総理大臣"]
        CS1["内閣官房<br/>(調整機能のみ)"]
        M1["各省庁<br/>(1府22省庁)"]
        PM1 --> CS1
        PM1 --> M1
        CS1 -.->|"限定的な調整"| M1
    end

    subgraph after ["2001年再編後"]
        PM2["内閣総理大臣"]
        CS2["内閣官房<br/>(企画立案・総合調整)"]
        CO2["内閣府<br/>(重要政策の調整官庁)<br/>経済財政諮問会議等"]
        M2["各省庁<br/>(1府12省庁)"]
        PM2 --> CS2
        PM2 --> CO2
        CS2 -->|"企画立案・総合調整"| M2
        CO2 -->|"上位からの調整"| M2
    end

経済財政諮問会議の役割

内閣府に設置された経済財政諮問会議は、内閣機能強化の象徴的存在である。議長は内閣総理大臣が務め、関係閣僚のほか民間有識者がメンバーとして参加する。経済財政政策の基本方針(いわゆる「骨太の方針」)を策定し、予算編成の基本方針を決定する機能を持つ。

従来、予算編成は大蔵省(現・財務省)主計局が各省庁の概算要求を査定するというボトムアップ型のプロセスで行われていた。経済財政諮問会議はこのプロセスを変革し、首相のリーダーシップのもとで予算の大枠を政治的に決定するトップダウン型への転換を図った。小泉純一郎内閣(2001〜2006年)は、この諮問会議を積極的に活用して構造改革を推進し、首相主導の政策決定の可能性を示した。

内閣人事局の設置

Key Concept: 内閣人事局(Cabinet Bureau of Personnel Affairs) 2014年5月に内閣官房に設置された機関。各省庁の審議官級以上の幹部官僚(約600人)の人事を一元的に管理し、首相官邸が幹部人事を主導する制度的基盤を提供する。国家公務員制度改革基本法(2008年)に基づくが、実際の設置は6年後となった。

政治主導を実現するうえで、官僚の人事権の掌握は決定的に重要である。2014年5月に設置された内閣人事局は、各省庁の事務次官、局長、審議官級の幹部人事を内閣官房が一元的に管理する体制を構築した。総務省や人事院の出身者を中心に約160人体制で運営される。

内閣人事局の設置により、各省庁の幹部人事は事務次官を中心とする省内の自律的決定から、首相官邸の意向が反映される仕組みへと変わった。これは官僚主導から政治主導への転換を推進するうえで最も強力な制度的手段と評価される一方、懸念も提起されている。

  • 肯定的評価: 官僚が省益ではなく内閣の方針に従って行動する動機付けが生まれ、省庁横断的な政策推進が容易になる。
  • 批判的評価: 官僚が政治家(特に首相官邸)の顔色をうかがい、不都合な情報を上げなくなる「忖度」の問題が生じる。専門的知見に基づく率直な政策提言が阻害されるリスクがある。

族議員と鉄の三角形

族議員の概念

Key Concept: 族議員(Zoku-giin / Policy Tribe Legislators) 特定の政策分野に関して長期間にわたり深い関与を続け、当該分野の利益団体・官僚機構と緊密な関係を構築した国会議員の総称。「建設族」「農林族」「文教族」「郵政族」などの分類が代表的である。自由民主党の政務調査会の部会活動を通じて形成された。

族議員は、自民党の政務調査会(政調)の部会において特定分野の政策審議に継続的に関与することで形成される。部会長、政調の各調査会長などのポストを歴任し、当該分野の専門知識と人脈を蓄積する。族議員は以下の機能を果たす。

  1. 利益団体の代弁: 当該分野の業界団体・利益集団の要望を政策過程に反映させる。
  2. 予算・法案への影響力: 与党事前審査(→ Section 1 参照)の過程で関連法案・予算案に修正を加える。
  3. 官僚への影響力: 省庁の政策方針に対して圧力をかけ、業界寄りの政策を実現させる。

族議員の存在は、日本の政策過程を理解するうえで不可欠である。彼らは官僚と利益団体を結ぶ媒介者として機能し、後述する「鉄の三角形」の政治家側の頂点を構成する。

鉄の三角形

Key Concept: 鉄の三角形(Iron Triangle) 政治家(族議員)・官僚・業界団体(利益集団)の三者が相互に利益を交換し合う構造的な関係。各頂点は他の二者に対して固有の資源を提供し、特定の政策分野における既得権益を維持・強化する。

鉄の三角形は、以下の三者間の相互依存関係として成立する。

graph TB
    pol["族議員<br/>(政治家)"]
    bur["官僚<br/>(所管省庁)"]
    ind["業界団体<br/>(利益集団)"]

    pol -->|"予算確保・法案修正<br/>規制の維持・緩和"| ind
    ind -->|"政治献金<br/>選挙支援・票の動員"| pol
    bur -->|"許認可・行政指導<br/>補助金配分"| ind
    ind -->|"天下り先の提供<br/>情報提供"| bur
    pol -->|"予算承認<br/>法案による権限付与"| bur
    bur -->|"政策立案・情報提供<br/>法案の起草"| pol

三者間の資源交換の構造

関係 提供する資源 受け取る資源
政治家 → 業界 予算確保、法案修正、規制の維持・緩和 政治献金、選挙時の票の動員
業界 → 官僚 天下り先の提供、業界情報の提供 許認可、行政指導、補助金の配分
官僚 → 政治家 政策の立案・情報提供、法案の起草 予算の承認、所管分野の法律による権限付与

この鉄の三角形は、特定の政策領域ごとに形成され、当該領域の既得権益を強固に維持する。高速道路建設における建設族議員・旧建設省(現・国土交通省)・建設業界の関係、農業保護政策における農林族議員・旧農林水産省・農業団体(農協等)の関係、医療政策における厚労族議員・厚生労働省・日本医師会の関係などが典型例である。

鉄の三角形には「利益誘導政治」(pork barrel politics)の性格が伴う。族議員は選挙区への公共事業や補助金の配分を通じて地元の支持を確保し、業界団体は政治献金と票の動員で族議員を支援する。この構造はパトロン=クライアント関係(patron-client relationship)の制度化された形態と捉えることもできる。

鉄の三角形の変容

1990年代以降、鉄の三角形は以下の要因により弱体化の傾向を見せている。

  1. 選挙制度改革(1994年): 中選挙区制から小選挙区比例代表並立制への移行により、個人後援会中心の選挙から政党中心の選挙への転換が進み、利益誘導の効果が相対的に低下した。
  2. 省庁再編と内閣機能強化(2001年): 首相主導の政策決定メカニズムの整備により、族議員と省庁の結合が相対的に弱体化した。
  3. 政権交代(2009年): 民主党への政権交代により、自民党の族議員ネットワークは一時的に断絶した。
  4. 内閣人事局の設置(2014年): 官僚の幹部人事に対する官邸の掌握が強化され、官僚が族議員よりも官邸の意向を重視するようになった。

ただし、鉄の三角形が完全に消滅したわけではない。政策分野によっては依然として強い影響力を持つ領域が存在し、形態を変えながら存続しているとの見方も有力である。


政策過程論

ボトムアップ型とトップダウン型

日本の政策過程は、長く「ボトムアップ型」として特徴づけられてきた。その代表的なメカニズムが稟議制(ringi system)である。

Key Concept: 稟議制(Ringi System) 政策案や決裁事項が組織の下位レベルで起案され、関係部署に回覧(回議)されながら順次承認を経て上位者の決裁に至る、日本の行政・企業組織に特徴的な意思決定方式。ボトムアップ型の合意形成を制度化したもの。

行政組織における稟議制は以下のように機能する。

  1. 起案: 担当課の課長補佐クラスが政策案を起案する。
  2. 回議: 起案文書が関係部署に回覧され、各部署の担当者が内容を確認し、印鑑を押す(合議)。
  3. 決裁: 課長→局長→事務次官と順次上位者に回付され、最終的に決裁される。
  4. 閣議決定: 必要に応じて閣議に付される。

この稟議制に基づくボトムアップ型の政策過程は、以下の特徴を持つ。

特徴 ボトムアップ型 トップダウン型
発案者 現場の担当者(課長補佐級) 首相・閣僚・政治的リーダー
合意形成 事前の根回し・調整を重視 リーダーの決断が先行
利点 現場の専門知識の反映、実施段階の円滑さ 迅速な意思決定、政策の一貫性
欠点 意思決定の遅さ、責任の不明確化 現場の知見の軽視、実施段階の抵抗
日本での該当期 55年体制下の自民党長期政権期 小泉内閣以降(部分的)

政策決定の変遷

55年体制(→ Section 3 で詳述)のもとでは、政策決定は以下のパターンで行われていた。

  1. 各省庁の担当課が政策案を起案(稟議制)
  2. 省内の局議・省議を経て省としての方針を決定
  3. 関連省庁との省庁間調整
  4. 与党(自民党)の政調部会での審議
  5. 事務次官等会議での確認
  6. 閣議決定
  7. 国会提出・審議

このプロセスは、官僚→与党→閣議という流れであり、首相のリーダーシップが入り込む余地は限定的であった。

2001年以降、特に小泉内閣における経済財政諮問会議の活用により、予算の大枠と政策の基本方針を首相主導で決定し、各省庁はその枠内で具体的な施策を立案するというトップダウン型の要素が導入された。安倍晋三内閣(第二次、2012〜2020年)においては、内閣人事局による幹部人事の官邸掌握、国家安全保障会議(NSC)の設置、内閣官房への政策立案機能の集中などにより、官邸主導の政策決定がさらに強化された。


まとめ

  • 日本の内閣は、閣議の全会一致制と分担管理原則のもと、各閣僚が省庁の代理人として機能する「官僚内閣制」(飯尾潤)の構造を有していた。
  • 戦後日本の官僚制は、キャリア制度・省庁の縦割り構造・天下りの慣行を特徴とし、政策過程において主導的な役割を果たしてきた。ジョンソンの「発展指向型国家」論は、この官僚主導の経済運営を体系的に論じた。
  • 2001年の中央省庁再編は、内閣官房・内閣府の機能強化を通じて首相のリーダーシップの制度的基盤を整備した。経済財政諮問会議は、予算編成におけるトップダウン型の政策決定を導入した。
  • 2014年の内閣人事局設置は、幹部官僚の人事を官邸が掌握する体制を確立し、政治主導への転換を決定的なものとした。ただし、官僚の「忖度」という新たな問題も生じている。
  • 族議員・官僚・業界団体の「鉄の三角形」は、特定の政策分野における既得権益維持の構造であったが、選挙制度改革や内閣機能強化により弱体化の傾向にある。
  • 日本の政策過程は、稟議制に代表されるボトムアップ型から、首相主導のトップダウン型への移行が漸進的に進んでいる。

次セクションでは、戦後日本政治を規定してきた自由民主党の長期支配体制(55年体制)と政党システムの変遷を検討する。

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
官僚内閣制 Bureaucratic Cabinet System 各閣僚が省庁の代理人として機能し、首相のリーダーシップが構造的に制約される日本の内閣の状態(飯尾潤)
官僚主導 Bureaucratic Leadership 政策の立案・決定・実施において官僚が主導的役割を果たす統治モデル
天下り Amakudari 中央省庁の幹部官僚が退職後に所管業界の企業・団体に再就職する慣行
族議員 Zoku-giin / Policy Tribe Legislators 特定の政策分野で利益団体・官僚と緊密な関係を持つ国会議員
鉄の三角形 Iron Triangle 政治家(族議員)・官僚・業界団体の三者が相互に利益を交換する構造的関係
内閣人事局 Cabinet Bureau of Personnel Affairs 幹部官僚の人事を内閣官房が一元管理する機関(2014年設置)
発展指向型国家 Developmental State 官僚機構が戦略的産業政策を通じて経済発展を主導する国家類型(ジョンソン)
稟議制 Ringi System 組織の下位レベルで起案された政策案が順次承認を経て上位者の決裁に至る意思決定方式
分担管理原則 Ministerial Responsibility Principle 各国務大臣が所管省庁の行政事務を分担して管理する原則
経済財政諮問会議 Council on Economic and Fiscal Policy 内閣府に設置された、経済財政政策の基本方針を策定する機関
セクショナリズム Sectionalism 各省庁が組織利益を優先し、省庁間の調整が困難になる縦割りの弊害
利益誘導政治 Pork Barrel Politics 選挙区への公共事業・補助金配分を通じて政治的支持を確保する政治手法

確認問題

Q1: 飯尾潤が提唱した「官僚内閣制」の概念を説明し、それが議院内閣制の本来の姿とどのように異なるか論ぜよ。

A1: 官僚内閣制とは、日本の内閣において各閣僚が首相のチームの一員としてではなく、各省庁の官僚機構の代理人として機能する状態を指す。分担管理原則のもと各大臣は所管省庁の利益を閣議に持ち込み、閣議は政策を決定する場ではなく省庁間の事前調整の結果を追認する場となる。首相は閣議の全会一致制と省庁の情報独占により、リーダーシップの発揮が構造的に制約される。議院内閣制の本来の姿では、首相が議会多数派のリーダーとして政策の基本方針を主導し、閣僚は首相の方針のもとで一体的に政策を遂行するチームとして機能するが、官僚内閣制ではこの一体性が欠如している。

Q2: 2001年の中央省庁再編における内閣機能強化の具体的施策を3つ挙げ、それぞれの狙いを説明せよ。

A2: (1)省庁の再編統合として1府22省庁を1府12省庁に統合し、縦割り行政の弊害を軽減することを目指した。(2)内閣官房の機能強化により、内閣官房に「重要政策に関する基本的な方針の企画立案・総合調整」の機能を付与し、首相のスタッフ機能を強化した。(3)内閣府の新設により、各省庁の上位に位置する調整官庁を設け、経済財政諮問会議などの重要政策に関する会議体を設置した。これらの施策の共通する狙いは、各省庁の自律的な政策立案を内閣のリーダーシップのもとに統合し、首相主導の政策決定を制度的に可能にすることにある。

Q3: 鉄の三角形(iron triangle)を構成する三者の関係を、具体的な政策分野を例にとりながら説明せよ。

A3: 鉄の三角形は族議員・官僚・業界団体の三者が相互に利益を交換する構造である。例えば建設分野では、建設族議員は国土交通省(旧建設省)に公共事業予算の確保を働きかけ、建設業界に事業を配分する。建設業界は族議員に政治献金や選挙支援を提供し、国土交通省の退職官僚に天下りポストを提供する。国土交通省は許認可権限や公共事業の発注を通じて建設業界を規制・育成し、族議員には政策情報や法案起草の専門知識を提供する。この三者はそれぞれ固有の資源(政治家は予算・法案への影響力、官僚は許認可・行政指導、業界は政治資金・天下り先)を交換し合うことで、公共事業の維持・拡大という共通利益を追求する。

Q4: 天下りが批判される理由を、官民関係における利益相反の観点から説明せよ。

A4: 天下りが批判される最大の理由は、官僚の在職中の行動に歪みをもたらす利益相反にある。官僚は退職後の再就職先を確保するため、在職中に所管業界に対する規制・監督を手加減する動機が生じる。具体的には、規制を厳格に適用すれば天下り先の確保が困難になるため、業界に対する監督が甘くなるリスクがある。さらに天下り先の企業・団体に対して補助金や委託費が優先的に配分されれば、財政支出の効率性が損なわれる。天下りは個人の再就職問題にとどまらず、官僚機構全体の規制・監督機能に対する信頼を毀損し、政策の公正性・透明性を阻害する構造的な問題である。

Q5: 日本の政策過程が「ボトムアップ型」と特徴づけられてきた理由を稟議制と関連づけて説明し、近年のトップダウン型への移行の動向を論ぜよ。

A5: 日本の政策過程がボトムアップ型と特徴づけられるのは、政策の起案が各省庁の課長補佐クラスの実務担当者から始まり、稟議制を通じて関係部署の合議を経ながら上位者に決裁が上がっていく過程に起因する。最終的な閣議決定に至るまでに、省内調整、省庁間調整、与党事前審査といった多段階の合意形成プロセスが介在し、首相のトップダウンの指示よりも現場レベルの積み上げが政策の実質を決定してきた。近年のトップダウン型への移行としては、2001年の経済財政諮問会議の設置による予算編成の首相主導化、2014年の内閣人事局設置による幹部官僚人事の官邸掌握、内閣官房への政策立案機能の集中などが挙げられる。特に第二次安倍内閣では、国家安全保障会議の設置とあわせて官邸主導の政策決定が強化された。ただし、各省庁の専門的知見を活かすボトムアップの仕組みが完全に消滅したわけではなく、両者の混合形態が現在の実態である。