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Module 2-1 - Section 1: ロールズ正義論

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-1: 政治哲学・政治思想の展開
前提セクション なし
想定学習時間 3時間

導入

ジョン・ロールズ(John Rawls, 1921-2002)の『正義論(A Theory of Justice)』(1971)は、20世紀後半の政治哲学を根本的に再編した著作である。Module 1-2 Section 4「現代政治哲学への展望」では、ロールズの正義論の基本構造——原初状態、無知のヴェール、正義の二原則——を概観し、リバタリアニズムやコミュニタリアニズムからの批判と合わせて現代政治哲学の全体像を俯瞰した(→ Module 1-2, Section 4「現代政治哲学への展望」参照)。

本セクションでは、その概観を踏まえ、ロールズ正義論の内在的な理論構造をより深く検討する。具体的には、(1) 功利主義批判としてのロールズの位置づけ、(2) 原初状態と無知のヴェールの詳細な論理構造——とりわけマクシミン原理がなぜ選択されるか、(3) 正義の二原理の辞書的順序の哲学的意味、(4) 1993年の『政治的リベラリズム(Political Liberalism)』における理論的転回——包括的教説の問題と安定性問題——を重点的に扱う。ロールズの思想は一つの静的な体系ではなく、批判との対話を通じて発展した動的な理論的営みであり、その展開の内在的論理を把握することが本セクションの目標である。


ロールズ『正義論』の位置づけ——功利主義批判と社会契約論の復活

功利主義的伝統への挑戦

1971年以前、英語圏の道徳・政治哲学においてはジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham)およびジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill)以来の功利主義(utilitarianism)が支配的なパラダイムであった。功利主義は「最大多数の最大幸福」を道徳的・政治的判断の究極基準とし、社会制度の正当性をその制度がもたらす効用(utility)の総和によって評価する。20世紀中葉においても、R・M・ヘア(R. M. Hare)の選好功利主義(preference utilitarianism)やJ・J・C・スマート(J. J. C. Smart)の行為功利主義(act utilitarianism)が主流の規範倫理学であった。

Key Concept: 公正としての正義(justice as fairness) ロールズの正義理論の呼称。正義の諸原理は、公正な条件のもとでの合意によって選択されたものであるがゆえに正義にかなう、とする構想。ロック、ルソー、カントの社会契約論を高度に抽象化し、功利主義に代わる体系的な正義の理論として提示された。

ロールズが功利主義に向けた批判は大きく二つの次元に整理される。

第一に、「人格の区別」の軽視。功利主義は社会全体の効用の総和を最大化することを目標とするため、その過程で効用がいかに分配されるかは原理的に問わない。ある個人の損失が他の個人のより大きな利得によって相殺されるならば、その損失は正当化される。ロールズはこれを「人格の区別を真剣に受け止めない(does not take seriously the distinction between persons)」と批判した(Rawls 1971, §6)。功利主義は、一個の個人が自己の現在の犠牲と将来の利得を天秤にかけるのと同様に、異なる個人間の利得と損失を通約可能なものとして扱う。しかし、個人間の効用の移転は個人内の時間的配分とは根本的に異なる。各人は独立した目的を有する存在であり、ある人の幸福のために他の人の権利を犠牲にすることは、人格の独立性に対する侵害である。

第二に、基本的自由の不安定性。功利主義のもとでは、社会全体の効用の増大に資するならば、少数者の基本的自由を制限することも原理的には排除されない。たとえば、多数者の偏見を満足させることが社会全体の効用を増大させるならば、少数者の信教の自由や表現の自由を制限することが功利主義的に正当化されうる。ロールズにとって、基本的自由は社会全体の利益との取引の対象にはなりえない不可侵のものであった。

社会契約論の復活

ロールズの理論的戦略は、ロック、ルソー、カントの社会契約論の伝統を高度に抽象化された形で復活させることであった(→ Module 1-2, Section 2「近代政治思想の成立」参照)。ただし、ロールズの契約論は古典的社会契約論とは重要な点で異なる。ホッブズ、ロック、ルソーの社会契約論は、たとえ仮設的であれ歴史的な「自然状態」を想定し、そこから政治社会の成立を説明しようとした。ロールズの原初状態は歴史的・人類学的想定を一切含まない純粋に仮説的な思考実験であり、正義の原理を導出するための推論装置にほかならない。契約の対象も政治的権威の設立ではなく、社会の基本構造(basic structure of society)——すなわち主要な社会制度(憲法、経済体制、法制度)が権利・義務・利益を分配する仕方——を律する正義の原理の選択である。


原初状態と無知のヴェール——思考実験の構造と機能

原初状態の設計

Key Concept: 原初状態(original position) 正義の原理を選択するための仮想的状況。社会の基本構造に適用される正義の原理について、当事者が合意に達するための公正な条件を設定する理論的装置。ロック・ルソー・カントの契約論における「自然状態」に機能的に対応するが、歴史的事実ではなく純粋な思考実験として構想されている。

原初状態における当事者は以下の条件を満たすものと想定される。

  1. 合理性(rationality): 当事者は自己の利益を効果的に追求する合理的存在である。彼らは「基本財(primary goods)」——すなわち合理的な人生計画の遂行のために必要とされる財——のより多くの配分を望む。
  2. 相互無関心(mutual disinterest): 当事者は他者の利益に対して利他的でも嫉妬心を持つものでもなく、自己の基本財の最大化にのみ関心を持つ。
  3. 無知のヴェールによる情報制限: 自己の特殊的事情を知らされない。

Key Concept: 基本財(primary goods) いかなる合理的な人生計画の追求においても必要とされる社会的に有用な財。権利と自由、機会と権力、所得と富、自尊の社会的基盤を含む。ロールズの正義論において、分配の対象となる指標として機能する。

基本財には以下が含まれる。

  • 基本的自由(思想・良心の自由、政治的自由、人身の自由など)
  • 移動の自由と職業選択の自由
  • 権力と地位に付随する権限と特権
  • 所得と富
  • 自尊の社会的基盤(social bases of self-respect)

無知のヴェールの詳細構造

Key Concept: 無知のヴェール(veil of ignorance) 原初状態において当事者に課される情報制限。自分の社会的地位、階級、才能、知性、体力、人種、性別、善の構想、属する社会の世代、社会の経済的・政治的状況の詳細などを知らされない。この遮断により、特定個人・集団に有利な原理の選択が構造的に不可能となる。

無知のヴェールが遮断する情報は以下のように整理される。

遮断される情報(知らない): - 自分の社会的地位・階級 - 自分の才能・知性・体力 - 自分の人種・性別・民族 - 自分の善の構想(何を人生の目的とするか) - 自分が属する社会の世代 - 自分の心理的傾向(リスク選好の程度など)

保持される情報(知っている): - 政治学、経済学、社会理論の一般的知識 - 人間社会の一般的事実(社会が希少性の状況にあること、人々が異なる善の構想を抱くことなど) - 基本財がいかなる人生計画にとっても有用であること

この情報構造の非対称性が、原初状態の理論的機能の核心である。当事者は自らの特殊的事情を知らないがゆえに、自分に有利な原理を選択する手がかりを持たない。しかし人間社会についての一般的知識は保持しているため、いかなる原理が社会の基本構造として合理的かを判断する能力は有する。

無知のヴェールの哲学的正当化

無知のヴェールは恣意的な装置ではなく、「道徳的に恣意的な要素(morally arbitrary factors)」に基づく利益の追求を排除するという明確な道徳的動機に基づいている。ロールズの核心的論点は、個人が生まれ持った才能や社会的出自は、当人の功績(desert)によるものではないという点である。才能の社会的・自然的分布は「道徳的に恣意的」であり、個人がそれによって有利な社会的地位を占めることは、道徳的観点から正当化されない。無知のヴェールは、こうした道徳的に恣意的な要素が正義の原理の選択に影響を及ぼすことを防ぐ装置として設計されている。

この発想にはカント倫理学の影響が色濃い。カントは道徳法則を、傾向性(inclination)から独立した純粋実践理性によって定立されるものとした。ロールズの無知のヴェールは、カントの定言命法が要求する普遍化可能性と公平性を、社会契約論の枠組みのなかで手続き的に具現化したものと理解できる。ロールズ自身、『正義論』第40節で公正としての正義の「カント的解釈」を提示し、原初状態がカントの自律(autonomy)の理念を制度的に表現するものであると論じている。


正義の二原理——平等な自由の原理と格差原理

二原理の定式

原初状態の当事者が選択するとロールズが主張する正義の二原理は、以下のように定式化される(1971年版を基本とし、その後の修正を反映した最終的定式)。

Key Concept: 正義の二原理(two principles of justice) 社会の基本構造を律する原理。第一原理: 各人は、他のすべての人の同様の自由の体系と両立しうる限りで、平等な基本的自由の十全な体系に対する平等な権利を有する。第二原理: 社会的・経済的不平等は、(a) 最も不遇な構成員の最大の便益となり(格差原理)、(b) 公正な機会均等の条件のもとですべての人に開かれた職務と地位に付随するものでなければならない。

第一原理(平等な自由の原理): 各人は、他のすべての人の同様の自由の体系と両立しうる限りで、平等な基本的自由の十全な(fully adequate)体系に対する平等な権利を有する。

基本的自由に含まれるものは以下である。 - 思想の自由・良心の自由 - 政治的自由(選挙権・被選挙権) - 結社の自由 - 人身の自由(身体の不可侵性) - 法の支配に基づく自由(恣意的な逮捕・拘禁からの自由)

第二原理: 社会的・経済的不平等は、以下の二条件を満たすように編成されなければならない。 - (a) 最も不遇な構成員の最大の便益となること(格差原理) - (b) 公正な機会均等の条件のもとですべての人に開かれた職務と地位に付随すること(公正な機会均等原理)

辞書的順序の意味

Key Concept: 辞書的順序(lexical ordering) ロールズが正義の二原理間に設定した優先順位。辞書で語がまずアルファベットの第一文字で順序づけられ、同一の場合に第二文字で順序づけられるように、第一原理は第二原理に対して絶対的に優先する。基本的自由は社会的・経済的利益との交換の対象にならない。

ロールズの二原理には、辞書式の優先順序(lexical ordering)が設定されている。これは、辞書(lexicon)における語の配列が第一文字→第二文字→第三文字の順で逐次的に決定されるのと同様、原理間に非妥協的な優先関係が存在することを意味する。

具体的には以下の三段階の優先関係が成立する。

  1. 第一原理 > 第二原理(自由の優先性): 基本的自由は、いかに大きな社会的・経済的利益を得られるとしても、制限されてはならない。基本的自由の制限が許容されるのは、他の基本的自由との衝突を調整する場合のみである。
  2. 第二原理(b) > 第二原理(a)(機会均等の格差原理に対する優先性): 公正な機会均等は格差原理に優先する。たとえ最も不遇な者の経済的利益が増大するとしても、そのために公正な機会均等を犠牲にしてはならない。
  3. 正義 > 効率性: 正義の二原理はパレート効率性に優先する。社会全体の効率性を高めるために正義の原理を犠牲にすることは許されない。

この辞書的順序こそ、ロールズの正義論が功利主義と決定的に分岐する点である。功利主義は原理的に、社会全体の効用の増大のために一部の人間の自由を犠牲にすることを排除しない。ロールズの辞書的順序は、基本的自由をいかなる社会的・経済的便益とも通約不可能なものとして設定することで、この可能性を構造的に封じる。

graph TD
    subgraph "正義の二原理と辞書的順序"
    A["第一原理: 平等な自由の原理<br/>基本的自由の平等な体系"] -->|"絶対的に優先<br/>(自由の優先性)"| B["第二原理(b): 公正な機会均等原理"]
    B -->|"優先"| C["第二原理(a): 格差原理<br/>最も不遇な者の最大便益"]
    end
    D["功利主義: 効用総和の最大化"] -.->|"ロールズの批判:<br/>自由と効用の交換を許容"| A

格差原理の論理

Key Concept: 格差原理/差異原理(difference principle) 正義の第二原理の核心。社会的・経済的不平等は、それが社会の最も不遇な構成員(the least advantaged members)の便益を最大化する場合にのみ許容される。完全な平等が基準線であり、そこからの逸脱は最も不遇な者の状況を改善する場合にのみ正当化される。

格差原理の論理構造は以下のように整理される。

出発点は完全な平等——すべての社会的・経済的財が均等に分配される状態——である。この基準線から、不平等が最も不遇な者の便益を改善する場合にのみ、その不平等は許容される。たとえば、医師に高い報酬を認めることで優秀な人材が医学に集まり、結果として最も不遇な者が受ける医療サービスが向上するならば、医師と非医師の間の所得格差は格差原理によって正当化される。しかし、不平等が最も不遇な者の状況を悪化させる、あるいは改善しない場合には、その不平等は正義に反する。

格差原理は、結果の完全な平等を要求するものではない。それは、不平等の正当化条件を限定するものである。不平等は禁止されないが、最も不遇な者の便益に貢献するという条件を充足しなければならない。


マクシミン原理と格差原理の導出

マクシミン原理とは何か

Key Concept: マクシミン原理(maximin principle) 不確実性のもとでの意思決定規則の一つ。選択肢の最悪の帰結(minimum)を比較し、最悪の帰結が最も良い(maximum)選択肢を選ぶ。すなわち「最悪の場合を最善にする」。ロールズは原初状態の当事者がこの規則に従って正義の原理を選択すると論じた。

原初状態の当事者がなぜ格差原理(および正義の二原理全体)を選択するのか。ロールズはこの導出にマクシミン原理を用いる。

マクシミン(maximin)とは、「最大最小値(maximize the minimum)」の略であり、各選択肢の最悪の帰結を比較して、最悪の帰結が最も良い選択肢を選択する意思決定規則である。

選択肢 最善の帰結 最悪の帰結 マクシミンの判断
功利主義原理 効用の極大化 少数者の権利侵害 最悪の帰結が深刻
格差原理 適度な不平等のもと全員に便益 最も不遇な者に最大便益 最悪の帰結が最善

なぜ原初状態でマクシミンが合理的か

ロールズは、マクシミンがあらゆる状況で最も合理的な意思決定規則だとは主張していない。マクシミンが合理的であるのは、以下の三条件が成立する場合に限定される(Rawls 1971, §26)。

第一条件: 確率の不在。原初状態における無知のヴェールは、当事者が各社会的地位に就く確率を知ることを許さない。確率が知られていれば期待効用の最大化が合理的となりうるが、確率の割り当てに合理的根拠がない状況では、期待効用計算は信頼できない。

第二条件: 最低限の受容可能な水準の確保。格差原理のもとで保障される最低水準は、当事者にとって十分に受容可能である。マクシミンは最善の帰結を最大化することを断念するが、その代償として確保される最低水準が十分に高いのであれば、この断念は合理的である。

第三条件: 最悪の帰結の深刻性。功利主義のもとでの最悪の帰結——基本的自由の侵害、極端な窮乏——は、それが生じた場合に受忍しがたいほど深刻である。基本的自由の喪失や極度の貧困は、いかなる他の利益によっても補償しえない。最悪の帰結がこれほど深刻であるならば、その帰結を回避することに最優先の関心を向けるのが合理的である。

この三条件が原初状態に成立することをロールズは論証しようとする。特に重要なのは第三条件であり、基本的自由の喪失がいかなる社会的・経済的便益によっても補償されえないという主張は、辞書的順序の根拠とも直結する。

Harsanyiの反論

ジョン・ハーサニ(John C. Harsanyi, 1920-2000)はゲーム理論と意思決定理論の立場から、ロールズのマクシミン論証を批判した。ハーサニの反論の核心は二点に集約される。

第一に、確率の不在という前提への異議。ハーサニは「理由不十分の原則(principle of insufficient reason)」を援用し、各社会的地位に就く確率が不明である場合、合理的推論者は各地位に等確率(1/n)を割り当てるべきだと主張した。等確率の仮定のもとでは、期待効用の最大化——すなわち平均功利主義(average utilitarianism)——が合理的な選択原理となる。マクシミンは最悪の帰結にのみ注目する極端にリスク回避的な戦略であり、合理的意思決定の一般的規範としては不適切である。

第二に、マクシミンの非合理的帰結。ハーサニは、マクシミンを一般的に適用すると、日常的な意思決定において明らかに非合理的な結論に導かれることを指摘した。たとえば、交通事故の可能性がゼロでない限り外出しないことがマクシミンの帰結となりうるが、これは通常の合理性の基準からは容認しがたい。

ロールズの応答は、マクシミンが一般的に合理的な規則であるとの主張を避け、原初状態の特殊な条件——確率情報の不在、受容可能な最低水準の確保、最悪の帰結の深刻性——のもとでのみマクシミンが合理的であるという限定的主張に徹することであった。これに対してハーサニは、原初状態の条件設定そのものがマクシミンの選択を前提として設計されており、論証が循環しているとの批判を維持した。

graph LR
    subgraph "ロールズの論証"
    A["原初状態の三条件"] --> B["マクシミン原理の合理性"]
    B --> C["格差原理の選択"]
    end
    subgraph "Harsanyiの反論"
    D["理由不十分の原則"] --> E["等確率の仮定"]
    E --> F["期待効用最大化<br/>=平均功利主義"]
    G["論証の循環性批判"] --> A
    end
    C -.->|"対立"| F

この論争は、不確実性のもとでの合理的選択に関する意思決定理論上の対立であると同時に、正義の原理の基礎づけのあり方をめぐる哲学的対立でもある。ロールズの立場は、正義の問題はギャンブルの問題とは本質的に異なり、人の一生を規定する社会の基本構造に関する決定において、リスクを引き受けることは合理的ではない、という道徳的直観に依拠している。


『政治的リベラリズム』への展開——重なり合う合意と公共的理性

転回の内在的理由——安定性の問題

ロールズの理論的営みにおいて、1971年の『正義論』から1993年の『政治的リベラリズム(Political Liberalism)』への転回は、外在的な批判への譲歩ではなく、『正義論』自体の内在的な問題に対する応答であった。ロールズ自身がこの転回の理由を『政治的リベラリズム』序論で明示している。

Key Concept: 政治的リベラリズム(political liberalism) 『正義論』から展開されたロールズの後期理論。正義の構想を特定の包括的な哲学的・道徳的・宗教的教説から独立させ、「政治的構想」として再定式化することにより、合理的な多元主義の条件のもとで安定した正義の実現を可能にしようとする理論。

『正義論』第三部は、公正としての正義が「安定性(stability)」を有すること——すなわち、公正としての正義によって秩序づけられた社会に暮らす市民が、その正義の構想への忠誠心を自律的に維持するであろうこと——を論証しようとした。この安定性の論証において、ロールズはカント的な道徳心理学(善い制度のもとで育った人は善の感覚を発達させるという議論)と、正義感覚と善の構想の一致(congruence)を論じた。

しかし、後にロールズ自身がこの安定性論証に根本的な欠陥を認めた。その問題とは以下である。

『正義論』の安定性論証は、秩序だった社会の市民が公正としての正義を受容する理由として、カント的な自律の理念——各人が自由で平等な道徳的人格として自らを律するという理想——を援用した。しかし、この理由づけは、カント的な道徳哲学という特定の包括的教説(comprehensive doctrine)に依存している。

Key Concept: 包括的教説(comprehensive doctrine) 人間の生の意味、道徳的理想、形而上学的真理などについての体系的な見解を含む哲学的・宗教的・道徳的教説。カント哲学、功利主義、カトリック神学、イスラム法学などがその例である。「政治的構想」と対比される。

自由な社会においては、異なる包括的教説——カント的自律の理想、功利主義的道徳観、多様な宗教的伝統——が共存する。これは自由の行使の不可避的帰結であり、ロールズはこの状態を「理にかなった多元主義の事実(the fact of reasonable pluralism)」と呼んだ。

Key Concept: 理にかなった多元主義の事実(the fact of reasonable pluralism) 自由な制度のもとでは、合理的で誠実な人々の間でも相互に両立しえない包括的教説が共存するという事実。これは人間の理性の限界と「判断の荷重」に起因し、自由な社会の恒常的特徴である。

理にかなった多元主義のもとでは、すべての市民がカント的な自律の理想を共有することは期待できない。それにもかかわらず正義の構想の安定性を確保するためには、正義の構想自体をカント的道徳哲学(あるいは他の特定の包括的教説)から切り離さなければならない。これが『政治的リベラリズム』への転回の内在的動機である。

判断の荷重

なぜ合理的で誠実な人々が、包括的教説について合意に達しえないのか。ロールズは「判断の荷重(burdens of judgment)」という概念によってこれを説明する。

Key Concept: 判断の荷重(burdens of judgment) 合理的な人々の間で、包括的教説について見解の不一致が生じる原因となる認識論的困難の総称。証拠の複雑性、概念の曖昧さ、評価基準の不一致、人生経験の多様性など。不一致が必ずしも非合理性や偏見に起因するのではなく、判断の荷重に由来するものでありうることを承認するのが「理にかなった」態度である。

判断の荷重には以下の要因が含まれる。

  • 関連する経験的・科学的証拠の評価の困難さ
  • 考慮すべき諸要素の重みづけについての見解の相違
  • 概念の曖昧性と解釈の余地
  • 規範的判断を形成する全体的な人生経験の多様性
  • 問題の異なる側面で異なる種類の規範的考慮が作用し、全体的評価が困難であること

重要なのは、これらの困難が非合理性や偏見によって生じるのではなく、人間の認識能力の構造的限界に起因するという点である。したがって、包括的教説について合意に達しえないことは、当事者の合理性の欠如を意味しない。

政治的構想としての正義

『政治的リベラリズム』における解決策は、公正としての正義を「包括的教説」から「政治的構想(political conception)」へと再定式化することである。政治的構想としての正義は以下の三つの特徴を持つ。

  1. 適用範囲の限定: 政治的構想は社会の基本構造にのみ適用され、人間の生全体に関する包括的な指針を提供しない。
  2. 自立性(freestanding): 政治的構想はいかなる特定の包括的教説からも独立に定式化される。カント的自律の理念にも、功利主義的計算にも、宗教的教義にも依拠しない。
  3. 政治文化への根ざし: 政治的構想は、民主主義社会の公共的政治文化に暗黙に含まれる基本的理念(自由で平等な市民としての人格観、公正な協働の体系としての社会観)を明示化し体系化したものである。

重なり合う合意

Key Concept: 重なり合う合意(overlapping consensus) 異なる包括的教説を抱く市民が、各々の教説の内部からそれぞれの理由で、同一の政治的正義の構想を支持するに至る合意。暫定協定(modus vivendi)とは異なり、各教説からの道徳的コミットメントに基づく安定した支持であることが特徴である。

安定性の問題は、「重なり合う合意(overlapping consensus)」の概念によって解決される。重なり合う合意とは、異なる包括的教説を抱く市民が、それぞれの教説の内部からそれぞれ固有の理由で、同一の政治的正義の構想を支持するに至る状態である。

たとえば以下のような構図が想定される。

  • カント的自由主義者は、自律の理念から公正としての正義を支持する
  • 功利主義者は、長期的な社会的効用の最大化に資するものとして支持する
  • カトリック教徒は、人間の尊厳に関する自然法論から支持する
  • 世俗的人文主義者は、人権と民主主義の理念から支持する

各々の支持の理由は異なるが、支持の対象——政治的正義の構想——は共通する。これが「重なり合い」の意味である。

重なり合う合意は単なる暫定協定(modus vivendi)——勢力均衡に基づく一時的妥協——とは本質的に異なる。暫定協定は、勢力の変動によって容易に崩壊しうる。これに対して重なり合う合意は、各包括的教説からの道徳的コミットメントに基づいており、勢力の変動によって直ちには動揺しない安定性を有する。ロールズはこれを「正しい理由による安定性(stability for the right reasons)」と呼んだ。

公共的理性

Key Concept: 公共的理性(public reason) 憲法の要件や基本的正義に関する政治的問題について、市民が公的な討議の場で用いるべき推論と正当化の様式。特定の包括的教説に依拠するのではなく、すべての合理的な市民が受容しうる政治的価値と推論に基づくことが要求される。

重なり合う合意を維持するために、市民は政治的議論において「公共的理性(public reason)」の要件に従うことが求められる。公共的理性とは、憲法の要件や基本的正義に関する政治的問題が議論される際に、市民が用いるべき推論様式のことである。

公共的理性の要件の核心は、政治的議論において、すべての合理的な市民が受容しうる理由のみを用いるべきだという点にある。特定の宗教的教義や哲学的教説に依拠した論証は、その教説を共有しない市民にとっては受容しがたいものであるため、公共的理性の要件を満たさない。公共的理性は、民主的社会における市民相互の「互恵性(reciprocity)」の条件——自分が他者に対して用いる理由は、他者もまた合理的に受容しうるものであるべきだ——を表現する。

ただし、公共的理性は市民の私的な推論や包括的教説を抑圧するものではない。市民は自らの包括的教説を保持し、それに基づいて政治的判断を形成することが許される。公共的理性の要件は、公的な政治的討議の場——とりわけ裁判官、立法者、公職の候補者、そして投票する市民——において用いられる理由づけに適用されるものである。


ロールズの遺産と射程

理論的転回の評価

『正義論』から『政治的リベラリズム』への転回に対しては、相反する評価が存在する。

発展説: ロールズの転回は、正義の理論をより実行可能な形で再定式化した理論的発展であるとする評価。多元主義社会において正義の構想が安定的に維持されるためには、政治的構想としての再定式化が不可欠であり、転回は理論の弱点を克服するものであった。サミュエル・フリーマン(Samuel Freeman)やポール・ワイスマン(Paul Weithman)らがこの立場をとる。

後退説: 転回によってロールズの正義論はその批判的射程を失ったとする評価。『正義論』においては、公正としての正義は道徳的真理への接近を志向していたが、『政治的リベラリズム』においては、正義の構想の道徳的正しさの主張を断念し、政治的に受容可能な合意の模索に後退した。ジョセフ・ラズ(Joseph Raz)やジュルゲン・ハーバーマス(Jurgen Habermas)がこの方向の批判を提起した。

ロールズの射程と限界

ロールズの正義論は、以降の政治哲学における主要な論争——リバタリアニズム(→ Module 2-1, Section 2「リバタリアニズム・コミュニタリアニズム」参照)、コミュニタリアニズム、フェミニスト政治理論、多文化主義(→ Module 2-1, Section 3参照)、グローバル正義(→ Module 2-1, Section 4「グローバル・ジャスティス」参照)——のいずれもが、ロールズの理論を参照点として自らの立場を展開するという構図を生み出した。ロールズに賛同するにせよ批判するにせよ、ロールズの問い——社会の基本構造はいかなる正義の原理によって律されるべきか——を回避することは、現代の政治哲学においてもはや不可能である。

同時に、ロールズの理論にはいくつかの根本的な限界が指摘されている。第一に、正義の対象が「社会の基本構造」に限定されており、家族の内部構造やジェンダー関係への射程が不十分である点(オーキンの批判)。第二に、理論が基本的に「閉じた社会」を前提としており、国際的正義やグローバルな分配的正義への拡張が制約される点。第三に、基本財というメトリックが個人間の能力の差異を十分に反映しない点(アマルティア・センの潜在能力アプローチからの批判)。これらの論点は、以降のセクションで検討する。


まとめ

  • ロールズの『正義論』(1971)は、功利主義が「人格の区別」を軽視し基本的自由の安定的保障を欠くことを批判し、ロック・ルソー・カントの社会契約論を高度に抽象化した「公正としての正義」を提示した
  • 原初状態と無知のヴェールは、「道徳的に恣意的な要素」が正義の原理選択に影響を及ぼすことを排除する理論的装置であり、カントの自律概念の手続き的具現化として理解される
  • 正義の二原理には辞書的順序が設定され、第一原理(平等な自由)が第二原理(機会均等・格差原理)に絶対的に優先する。これにより基本的自由は社会的・経済的利益との交換の対象にならない
  • マクシミン原理の合理性は「確率の不在」「受容可能な最低水準の確保」「最悪の帰結の深刻性」の三条件に依存しており、Harsanyiは理由不十分の原則に基づく等確率仮定と平均功利主義を対置した
  • 『政治的リベラリズム』への転回は、『正義論』の安定性論証がカント的包括的教説に依存するという内在的欠陥への応答であり、正義の構想を「政治的構想」として再定式化し、重なり合う合意と公共的理性によって多元主義社会における安定性を確保するものであった
  • 次のセクションでは、ロールズの正義論に対するリバタリアニズムとコミュニタリアニズムからの批判を体系的に検討する(→ Module 2-1, Section 2「リバタリアニズム・コミュニタリアニズム」参照)

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
公正としての正義 justice as fairness ロールズの正義理論の呼称。正義の原理は公正な条件下の合意により選択されたものであるがゆえに正義にかなうとする構想
原初状態 original position 正義の原理を選択するための仮想的状況。社会契約論の「自然状態」に機能的に対応する理論的装置
無知のヴェール veil of ignorance 原初状態の当事者に課される情報制限。自分の社会的地位・才能・善の構想等を知らされない
基本財 primary goods いかなる合理的な人生計画の追求においても必要とされる社会的に有用な財。権利・自由・機会・所得・富・自尊の社会的基盤を含む
正義の二原理 two principles of justice 社会の基本構造を律する原理。平等な自由の原理と格差原理・公正な機会均等原理から成る
格差原理/差異原理 difference principle 社会的・経済的不平等は最も不遇な構成員の最大便益となる場合にのみ正当化されるとする原理
マクシミン原理 maximin principle 最悪の帰結を最善にする意思決定規則。原初状態における正義原理の選択に適用される
辞書的順序 lexical ordering 正義の二原理間の非妥協的な優先関係。第一原理が第二原理に絶対的に優先する
政治的リベラリズム political liberalism 正義の構想を特定の包括的教説から独立させ「政治的構想」として再定式化するロールズの後期理論
包括的教説 comprehensive doctrine 人間の生の意味・道徳的理想・形而上学的真理について体系的見解を含む哲学的・宗教的・道徳的教説
理にかなった多元主義の事実 the fact of reasonable pluralism 自由な制度のもとで合理的な人々の間に両立しえない包括的教説が共存するという恒常的事実
判断の荷重 burdens of judgment 合理的な人々の間で包括的教説について不一致が生じる認識論的困難の総称
重なり合う合意 overlapping consensus 異なる包括的教説を抱く市民が各々の教説内部からの理由で同一の政治的正義の構想を支持する合意
公共的理性 public reason 政治的問題について市民が公的討議で用いるべき、すべての合理的市民が受容しうる推論の様式
反照的均衡 reflective equilibrium 一般的原理と個別的道徳直観を相互照合し整合性を達成する道徳的方法論

確認問題

Q1: ロールズが功利主義を批判した二つの主要な論点を説明し、正義の二原理がそれぞれの問題にいかに対処しているかを論じよ。

A1: ロールズの功利主義批判の第一の論点は「人格の区別」の軽視である。功利主義は効用の総和を最大化するため、一部の人間の犠牲が他者のより大きな利得で相殺されうる。これは異なる人格間の利得と損失を通約可能なものとして扱うことであり、個人の権利の不可侵性を否定する。第二の論点は基本的自由の不安定性であり、効用の増大に資するならば少数者の自由の制限も原理的に排除されない。正義の二原理はこれらの問題に対処する。格差原理は、社会的・経済的不平等を最も不遇な者の便益に資する場合にのみ許容し、効用の総和のために特定個人を犠牲にすることを排除する。辞書的順序は、第一原理(平等な自由)を第二原理に絶対的に優先させることで、基本的自由がいかなる社会的・経済的便益とも交換されえないことを構造的に保障する。

Q2: 原初状態においてマクシミン原理が合理的であるとロールズが論じた三つの条件を説明し、Harsanyiがそのうちどの条件に異議を唱えたかを明らかにせよ。

A2: ロールズが挙げた三条件は以下である。第一に、確率の不在——無知のヴェールにより各社会的地位への確率が不明であるため、期待効用の計算に合理的根拠がない。第二に、受容可能な最低水準の確保——格差原理のもとで保障される最低水準が十分に高く、最善の帰結の追求を断念する代償として受容可能である。第三に、最悪の帰結の深刻性——功利主義のもとでの最悪の帰結(基本的自由の侵害、極度の窮乏)が受忍しがたく、いかなる他の利益によっても補償しえない。Harsanyiは主に第一条件に異議を唱え、「理由不十分の原則」により確率不明の場合は等確率(1/n)を仮定すべきだと主張した。等確率の仮定のもとでは期待効用の最大化、すなわち平均功利主義が合理的選択となる。さらにHarsanyiは、三条件の設定自体がマクシミンの選択を前提に設計されており論証が循環しているとも批判した。

Q3: ロールズの辞書的順序(lexical ordering)の内容を具体的に説明し、それが功利主義的判断とどのように決定的に分岐するかを論じよ。

A3: 辞書的順序は、正義の二原理間に非妥協的な優先関係を設定する。第一に、第一原理(平等な自由)が第二原理に絶対的に優先する(自由の優先性)。基本的自由はいかに大きな社会的・経済的利益のためであっても制限されない。第二に、第二原理内部では(b)公正な機会均等が(a)格差原理に優先する。第三に、正義はパレート効率性に優先する。功利主義は効用の総和を唯一の基準とするため、社会全体の効用の増大に資するならば少数者の基本的自由を制限することも排除されない。例えば多数者の偏見を満足させることが効用を増大させるならば、少数者の信教の自由の制限が功利主義的に正当化されうる。ロールズの辞書的順序はこの可能性を構造的に封じる。基本的自由は社会的・経済的便益と通約不可能なものとして設定されており、いかなる量の効用増大も自由の制限を正当化しない。

Q4: 『正義論』から『政治的リベラリズム』への転回の「内在的理由」を、安定性の問題と包括的教説の概念を用いて説明せよ。

A4: 転回の内在的理由は『正義論』第三部の安定性論証の欠陥にある。ロールズは当初、公正としての正義で秩序づけられた社会の市民が正義感覚を維持する(安定性)ことを、カント的な自律の理念——自由で平等な道徳的人格としての自己理解——に依拠して論証した。しかし、この論証はカント的道徳哲学という特定の「包括的教説」を前提としている。自由な社会では「理にかなった多元主義の事実」——人間の理性の限界(判断の荷重)により、合理的な人々の間でも包括的教説について合意に達しえない——が成立する。したがって、すべての市民がカント的自律の理想を共有することは期待できず、カント的教説に依拠した安定性論証は成立しない。この認識が転回の動機であり、ロールズは正義の構想をいかなる特定の包括的教説からも独立な「政治的構想」として再定式化し、異なる包括的教説を抱く市民がそれぞれの教説内部からの理由で政治的正義を支持する「重なり合う合意」によって「正しい理由による安定性」を確保しようとした。

Q5: 重なり合う合意(overlapping consensus)が単なる暫定協定(modus vivendi)とどのように異なるかを説明し、その違いがなぜ安定性にとって重要であるかを論じよ。

A5: 暫定協定は勢力均衡に基づく一時的妥協であり、各当事者が自己利益の観点から現状を受容しているにすぎない。勢力関係が変動すれば合意は容易に崩壊する。これに対して重なり合う合意は、異なる包括的教説を抱く市民がそれぞれの教説の内部から道徳的理由で同一の政治的正義の構想を支持する状態である。カント的自由主義者は自律の理念から、功利主義者は長期的効用の観点から、宗教的信仰者は人間の尊厳に関する教義から、それぞれ固有の道徳的根拠に基づいて支持する。この違いが安定性にとって重要であるのは、重なり合う合意における支持は各教説からの道徳的コミットメントに基礎づけられているため、社会的勢力の変動や一時的な利益の変化によって直ちに動揺しないからである。ロールズはこの種の安定性を「正しい理由による安定性」と呼び、正義の構想が単なる力学的均衡ではなく道徳的支持に基づいて維持される状態を理想とした。