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Module 2-2 - Section 1: 多数決型民主主義と合意型民主主義

セクション情報

項目 内容
モジュール Module 2-2: 比較政治学の展開
前提セクション なし
想定学習時間 3時間

導入

民主主義とは「人民による統治」であるが、「人民」の意思が一致しない場合、誰がどのように統治するのか。この根本的問いに対し、大きく異なる二つの回答がある。一方は「多数派が統治すべきである」という多数決原理に基づく回答であり、他方は「可能な限り多くの人々の合意に基づいて統治すべきである」という合意形成原理に基づく回答である。

アレンド・レイプハルト(Arend Lijphart, 1936-)は、この二つの回答を体系的な分析枠組みに発展させた。初期の著作『Democracies』(1984)において21カ国を分析し、後に拡充した『Patterns of Democracy』(1999; 第2版2012)では36カ国を対象に、多数決型民主主義(majoritarian democracy)と合意型民主主義(consensus democracy)の二類型を10の制度変数と二つの次元から精密に比較した。この枠組みは比較政治学における最も影響力のある分析モデルの一つであり、各国の民主主義制度を位置づけ評価するための基本座標を提供する。

本セクションでは、Module 1-3(Section 2「政治体制の比較」、Section 3「選挙制度と政党システム」)で学んだ制度的知識を前提に、Lijphartの分析枠組みの全体構造を学び、イギリス(ウェストミンスター・モデル)とスイス・ベルギー(コンセンサス・モデル)の具体例を通じてその実態を理解する。さらに、コンセンサス型の政策パフォーマンス上の優位性という主張とそれに対する批判を検討する。


Lijphartの分析枠組み——二次元・10変数モデル

二つの民主主義像

Key Concept: 多数決型民主主義(majoritarian democracy) 選挙における多数派が政治権力を集中的に行使する民主主義の形態。単独政党内閣、行政府優位、二大政党制、小選挙区制、単一制国家などを制度的特徴とする。「ウェストミンスター・モデル」がその典型である。

Key Concept: 合意型民主主義(consensus democracy) 可能な限り多くの政治勢力を政策決定過程に包摂し、広範な合意に基づいて統治する民主主義の形態。連立内閣、行政府-立法府の均衡、多党制、比例代表制、連邦制などを制度的特徴とする。スイス、ベルギーがその典型である。

Lijphartの出発点は、民主主義の定義にある根本的緊張である。リンカーンの「人民の、人民による、人民のための統治」という定式は広く受容されているが、「人民」の内部に対立がある場合、多数派の意思を優先するのか、それとも少数派を含む可能な限り多くの構成員の同意を追求するのかで、制度設計の方向性は根本的に分岐する。多数決型は前者を、合意型は後者を原理として体現する。

二つの次元

Lijphartは、36カ国の民主主義を10の制度変数によって分析し、因子分析(factor analysis)の結果、これらの変数が二つの独立した次元に集約されることを実証的に示した。

Key Concept: 執政部門-政党次元(executives-parties dimension) Lijphartの二次元モデルにおける第一次元。内閣の構成、行政府-立法府関係、政党制、選挙制度、利益集団システムの5変数からなり、単一政党が政府をどの程度独占しうるかを測定する。

Key Concept: 連邦制-単一国家次元(federal-unitary dimension) Lijphartの二次元モデルにおける第二次元。国家構造、立法府の構成、憲法改正の硬直性、司法審査の有無、中央銀行の独立性の5変数からなり、政府を掌握した後に少数派の影響力を保全する制度的仕組みの有無を測定する。

この二次元の独立性は重要な知見である。第一次元で多数決型の特徴を持つ国が、第二次元では必ずしも多数決型であるとは限らない。例えば、アメリカは第一次元(二大政党制、小選挙区制)では多数決型の特徴を持つが、第二次元(連邦制、強い二院制、違憲審査、独立した中央銀行)では合意型に近い。

10の制度変数

以下に、二つの次元を構成する10の変数を整理する。

graph TB
    LJ["Lijphartの二次元・10変数モデル"]
    LJ --> D1["執政部門-政党次元<br/>(executives-parties dimension)"]
    LJ --> D2["連邦制-単一国家次元<br/>(federal-unitary dimension)"]

    D1 --> V1["1. 執政権力の集中/共有"]
    D1 --> V2["2. 行政府-立法府関係"]
    D1 --> V3["3. 政党制"]
    D1 --> V4["4. 選挙制度"]
    D1 --> V5["5. 利益集団システム"]

    D2 --> V6["6. 国家構造"]
    D2 --> V7["7. 立法府の構成"]
    D2 --> V8["8. 憲法改正の硬直性"]
    D2 --> V9["9. 司法審査"]
    D2 --> V10["10. 中央銀行の独立性"]

執政部門-政党次元の5変数

変数 多数決型 合意型
1. 執政権力の集中/共有 単独政党による最小勝利連合内閣 広範な多党連立内閣(大連立)
2. 行政府-立法府関係 行政府優位 行政府と立法府の均衡
3. 政党制 二大政党制 多党制
4. 選挙制度 小選挙区相対多数制(不比例的) 比例代表制(比例的)
5. 利益集団システム 自由競争的多元主義 協調的コーポラティズム

Key Concept: 最小勝利連合(minimum winning coalition) 議会の過半数をかろうじて確保する規模の連立内閣。余剰政党を含まないため、各構成政党のポスト・政策への影響力が最大化される。ウィリアム・ライカー(William Riker)の連合理論に由来する概念であり、多数決型民主主義における典型的な内閣形態である。

変数1: 執政権力の集中/共有。 多数決型では、選挙に勝利した単独政党が内閣を独占する。最小勝利連合(minimum winning coalition)、すなわち議会の過半数をかろうじて確保する規模の内閣が形成される。合意型では、複数の政党が内閣を共有する。しばしば過半数を大きく超える規模の「大連立(oversized coalition)」や、必要以上に多くの政党を包含する連立が形成される。

変数2: 行政府-立法府関係。 多数決型では、内閣が議会を事実上支配する行政府優位の関係が成立する。与党の党紀が強く、内閣の提出法案は議会でほぼ確実に可決される。Lijphartはこの変数を内閣の存続期間(cabinet duration)で操作化した。合意型では、行政府と立法府がより均衡した関係にあり、議会が法案修正や内閣への統制においてより大きな独立性を発揮する。

変数3: 政党制。 多数決型では二大政党制が支配的であり、二つの主要政党が政権を交互に担当する。合意型では三党以上の有力政党が存在する多党制となる。有効政党数(ENP)がこの変数の主要な測定指標である(→ Module 1-3, Section 3「選挙制度と政党システム」参照)。

変数4: 選挙制度。 多数決型では小選挙区相対多数制(first-past-the-post)が採用され、得票率と議席率の間に大きな乖離が生じる(不比例性が高い)。合意型では比例代表制が採用され、得票率と議席率の比例性が高い。選挙制度は政党制と強い相互作用を持つ(→ Module 1-3, Section 3「選挙制度と政党システム」参照)。

変数5: 利益集団システム。 多数決型では、多数の利益集団が互いに自由に競争する多元主義(pluralism)が支配的である。合意型では、少数の包括的な利益団体(とりわけ労働組合と経営者団体)が政府と三者間で政策調整を行うコーポラティズム(corporatism)が発達する。

Key Concept: コーポラティズム(corporatism) 国家、使用者団体、労働組合の三者が制度的枠組みの中で政策(とくに賃金・社会政策)を協調的に決定する利益媒介システム。ネオ・コーポラティズムとも呼ばれる。スウェーデン、オーストリア、オランダなどに典型的にみられ、合意型民主主義の利益集団システムの特徴である。多元主義と対照をなす。

連邦制-単一国家次元の5変数

変数 多数決型 合意型
6. 国家構造 単一制・中央集権 連邦制・地方分権
7. 立法府の構成 一院制(または弱い二院制) 強い二院制
8. 憲法改正の硬直性 柔軟な憲法(単純多数で改正可能) 硬性憲法(特別多数等が必要)
9. 司法審査 なし、または弱い 強い違憲審査制
10. 中央銀行の独立性 政府に従属 独立

変数6: 国家構造。 多数決型では単一制国家(unitary state)が採用され、権力は中央政府に集中する。地方政府は中央政府の創設物であり、中央の意思で統廃合が可能である。合意型では連邦制(federalism)が採用され、中央政府と構成単位(州・カントン等)の間で権限が憲法上配分される。

変数7: 立法府の構成。 多数決型では一院制、または上院が下院より明確に弱い非対称的二院制が採用される。合意型では、二院がそれぞれ異なる代表原理に基づいて構成され、かつ対等な権限を持つ強い二院制が採用される。

変数8: 憲法改正の硬直性。 多数決型では議会の単純多数で憲法を改正できる柔軟な憲法が特徴であり、合意型では特別多数(3分の2以上等)や構成単位の同意を要する硬性憲法が特徴である。

変数9: 司法審査。 多数決型では議会主権の原則から、裁判所が議会制定法の合憲性を審査する権限を持たないか、きわめて限定的である。合意型では、独立した憲法裁判所または最高裁判所が違憲審査権を行使し、議会の多数派の決定であっても憲法に反する場合は無効とする。

変数10: 中央銀行の独立性。 多数決型では中央銀行が行政府の政策方針に従属する傾向がある。合意型では中央銀行が政府から制度的に独立しており、物価安定などの特定の使命に集中して金融政策を運営する。この変数はLijphart固有の議論であり、他の研究者からは第二次元への帰属の理論的根拠が弱いとの批判もある。


ウェストミンスター・モデルの具体例——イギリス

Lijphartは、イギリスを多数決型民主主義の原型(archetype)として提示した。「ウェストミンスター・モデル」の名称は、イギリス議会の所在地であるウェストミンスター宮殿に由来する。1945年から1996年の期間について、イギリスは10変数の大半で多数決型の極に近い位置を占めた。

第一次元の特徴

執政権力の集中: イギリスでは、総選挙に勝利した単独の政党が内閣を構成する。連立内閣は例外的であり(2010〜2015年の保守党・自由民主党連立は戦後まれな例外)、通常は単独政党による最小勝利連合——というよりも、小選挙区制の「製造された多数派」(manufactured majority)効果により、得票率では過半数に達しない政党が議席の過半数を獲得して単独政権を樹立する——が常態である。

行政府優位: 議院内閣制の下で、与党の党紀(party discipline)が強く、首相と内閣が議事日程を支配する。内閣の存続期間は長く、Lijphartのデータでは平均8.49年であり、36カ国中30位(多数決型の極に近い)であった。下院が内閣提出法案を否決することは稀である。

二大政党制: 保守党と労働党の二大政党が交互に政権を担当し、有効政党数は概ね2.1〜2.5の範囲にとどまってきた。自由民主党などの第三政党は一定の得票を得るが、小選挙区制の機械的効果により議席占有率は得票率を大きく下回る。

小選挙区制: 全650(現在)の選挙区で小選挙区相対多数制(FPTP)が採用されている。ガラガー指数(Gallagher index)で測定される不比例性は高い水準にある。

多元主義的利益集団: 1979年のサッチャー政権以降、労働組合の政策過程への制度的関与は大きく後退し、多元主義的な利益集団政治が定着した。

第二次元の特徴

単一制・中央集権: 伝統的にイギリスは単一制国家であり、地方自治体は議会制定法の産物にすぎない。ただし、1998年以降のスコットランド、ウェールズ、北アイルランドへの権限移譲(devolution)により、この特徴には変容が生じている。

非対称的二院制: 下院(庶民院、House of Commons)が圧倒的に優越し、上院(貴族院、House of Lords)は1911年と1949年の議会法(Parliament Acts)により法案を遅延させる権限のみを持つ。上院は実質的な拒否権を持たない。

柔軟な憲法: イギリスには成文の単一憲法典が存在せず、議会制定法、判例法、憲法慣習の集合として「憲法」が構成される。議会主権(parliamentary sovereignty)の原則の下、議会は通常の立法手続きで「憲法」を変更しうる。

弱い司法審査: 議会主権の原則に基づき、裁判所が議会制定法を違憲として無効にすることは伝統的に認められてこなかった。ただし、1998年の人権法(Human Rights Act)により、裁判所は議会制定法とヨーロッパ人権条約との不一致を宣言する権限(declaration of incompatibility)を獲得した。これは法律を無効にするものではないが、議会に改正を促す効果を持つ。

中央銀行: イングランド銀行は1997年に金融政策上の操作的独立を付与されたが、Lijphartの分析対象期間(1945-2010年頃)の大半において政府に従属していた。


コンセンサス・モデルの具体例

スイス

スイスは、Lijphartが合意型民主主義の最も純粋な事例の一つとして提示した国である。多言語・多宗教の小国であるスイスでは、社会的亀裂の深さゆえに、多数派の排他的支配は社会の統合を危うくする。そのため、可能な限り広範な包摂と合意形成を志向する制度設計が発達した。

執政権力の共有(大連立): スイスの行政府である連邦参事会(Bundesrat / Conseil fédéral)は7名の参事で構成される合議体であり、長年にわたり「魔法の公式」(Zauberformel / magic formula, 1959-2003)に基づき、4大政党が議席比に応じて参事ポストを分け合ってきた。元の配分は、急進民主党2名、キリスト教民主党2名、社会民主党2名、国民党1名であった。2003年以降は国民党の伸長を反映して配分が変動しているが、複数政党による広範な権力共有の原則は維持されている。比例代表制のため単一政党による過半数獲得は歴史上一度もなく、いわゆる「野党」が制度的に存在しない。この体制はコンコルダンツ民主主義(Konkordanzdemokratie)と呼ばれる。

行政府と立法府の均衡: 連邦参事会は連邦議会(二院制)によって選出されるが、議会の不信任決議によって退陣する制度はない。参事は4年の固定任期を務め、再選も通例である。行政府の支配的優位は制度的に抑制されている。

多党制: スイスは有効政党数が5を超える典型的な多党制であり、社会民主党、急進民主党、キリスト教民主人民党、国民党に加え、緑の党、自由緑の党など複数の中小政党が議席を有する。

比例代表制: 国民議会(下院)選挙では比例代表制が採用されており、得票率と議席率の比例性は高い。

コーポラティズム: スイスでは、重要な政策決定に先立って関係利益団体との広範な事前協議(Vernehmlassung / consultation procedure)が行われる。この手続きは法制化されており、利益団体の政策過程への制度的参加が保障されている。

連邦制: スイスは26のカントンからなる連邦国家であり、カントンは広範な自治権を保持する。教育、警察、課税など多くの政策領域はカントンの権限に属する。

強い二院制: 連邦議会は国民議会(Nationalrat, 200名、人口比例)と全州議会(Ständerat, 46名、各カントン2名)からなり、両院は法案審議において対等の権限を持つ。異なる代表原理(人口比例と地域代表)に基づく対等な二院制は、合意型の典型である。

硬性憲法と直接民主制: 憲法改正には連邦議会での可決に加え、国民投票における過半数かつカントン過半数の賛成(二重の多数)が必要である。また、任意の連邦法改正に対して国民投票を請求できるレファレンダム制度があり、これが多数派の専横に対する追加的な制約として機能する。

司法審査: スイスの連邦裁判所は連邦法律に対する違憲審査権を持たないという特異な特徴がある。ただし、カントン法に対する審査権は保持している。この点でスイスは合意型の「理念型」からずれるが、直接民主制が司法審査の機能的等価物として作用しているとの解釈もある。

中央銀行: スイス国立銀行は高度な独立性を享受しており、この変数では明確に合意型の特徴を示す。

ベルギー

ベルギーは、オランダ語(フラマン語)話者とフランス語話者の言語的亀裂を中心に、宗教的亀裂と社会経済的亀裂が交差する、深く分裂した社会である。Lijphartはベルギーを合意型民主主義のもう一つの代表例として位置づけた。

執政権力の共有: ベルギー憲法は、首相を例外として、内閣がオランダ語話者とフランス語話者の同数の閣僚で構成されることを規定している(言語的パリテ)。さらに、比例代表制の下で多党制が形成されるため、常に複数政党による連立内閣が組まれる。連立交渉は極めて長期化することがあり、2010-2011年には541日間にわたり正式な政府が不在という異例の事態が生じた。

多党制: ベルギーには全国規模の政党が存在しない。かつて存在した三大政党(キリスト教民主主義、社会主義、自由主義)はいずれも1960年代から1970年代にかけてオランダ語圏とフランス語圏に分裂し、現在は各言語圏に独立した政党が並立する。有効政党数は8を超えることもある。

比例代表制: 下院(代議院、150議席)は比例代表制による選挙で選出される。

連邦制: 1993年の憲法改正で正式に連邦国家に移行し、3つの地域(フランデレン、ワロン、ブリュッセル首都圏)と3つの言語共同体(オランダ語、フランス語、ドイツ語)の二層構造を持つ複合的な連邦制を採用している。

強い二院制と少数派保護: 言語共同体に関わる立法では「警鐘手続き」(alarmbelprocedure / procédure de la sonnette d'alarme)と呼ばれる少数派拒否権の仕組みがあり、一方の言語集団の議員の4分の3以上が反対した場合に立法手続きを停止させることができる。


多数決型と合意型の対比

以下の表は、二類型の対比をイギリス・スイス・ベルギーの具体例とともに整理したものである。

変数 多数決型(イギリス) 合意型(スイス) 合意型(ベルギー)
1. 内閣 単独政党内閣 4大政党の大連立 多党連立(言語的パリテ)
2. 行政-立法関係 内閣優位 均衡 均衡
3. 政党制 二大政党制 多党制(ENP>5) 多党制(ENP>8)
4. 選挙制度 小選挙区制 比例代表制 比例代表制
5. 利益集団 多元主義 コーポラティズム コーポラティズム
6. 国家構造 単一制 連邦制(26カントン) 連邦制(地域+共同体)
7. 立法府 非対称的二院制 対等な二院制 二院制(+警鐘手続き)
8. 憲法改正 柔軟 硬性(国民投票+カントン同意) 硬性(特別多数)
9. 司法審査 弱い 限定的(カントン法のみ) あり(憲法裁判所)
10. 中央銀行 従属→独立化 独立 独立(ECB加盟)
graph LR
    subgraph 多数決型["多数決型民主主義(イギリス)"]
        M1["単独政党内閣"]
        M2["行政府優位"]
        M3["二大政党制"]
        M4["小選挙区制"]
        M5["単一制・中央集権"]
    end

    subgraph 合意型["合意型民主主義(スイス・ベルギー)"]
        C1["多党連立内閣"]
        C2["行政-立法の均衡"]
        C3["多党制"]
        C4["比例代表制"]
        C5["連邦制・地方分権"]
    end

    M1 ---|"権力の集中 vs 共有"| C1
    M2 ---|"支配 vs 均衡"| C2
    M3 ---|"二党 vs 多党"| C3
    M4 ---|"不比例 vs 比例"| C4
    M5 ---|"集権 vs 分権"| C5

コンセンサス型の政策パフォーマンス上の優位性とその批判

Lijphartの主張

『Patterns of Democracy』の最終章で、Lijphartは合意型民主主義が多数決型に対して政策パフォーマンス上の優位性を持つと主張した。通説では、多数決型は決定の迅速さと明確な責任所在により優れた政策成果をもたらすとされるが、Lijphartの実証分析はこの通説に異議を唱えた。

経済的パフォーマンス: マクロ経済指標(経済成長率、失業率、インフレ率など)において、合意型は多数決型に劣らない。インフレ抑制については合意型が統計的に有意に優れているという結果が得られ、その他の指標では統計的に有意ではないものの合意型がわずかに上回る傾向が認められた。

「より穏やかな(kinder, gentler)」政策帰結: 合意型民主主義はより穏やかで寛容な政策を産出する傾向が認められた。具体的には以下の指標で合意型が優れていた。

  • 福祉支出が手厚い
  • 環境保護政策への積極性が高い
  • 投獄率が低い
  • 死刑の不使用(死刑廃止)率が高い
  • 対外援助支出が大きい
  • 女性の議会代表率が高い
  • 投票率が高い
  • 市民の民主主義への満足度が高い

Lijphartはこれらの知見から、合意型民主主義は多数決型に対して「民主主義の質(quality of democracy)」において優位にあると結論づけた。

批判

Lijphartの政策パフォーマンスに関する主張は、比較政治学において最も活発な論争の一つを引き起こした。主要な批判は以下のとおりである。

統計的方法論の問題: Lijphartの分析は36カ国のクロスセクション回帰分析に基づいており、自由度が極めて限られている。多数の変数を投入すると統計的検出力が著しく低下し、結論の頑健性に疑問が生じる。レイン・ターゲペラ(Rein Taagepera, 2003)はこの統計的脆弱性を厳しく批判した。

因果推論の限界: クロスセクション分析では相関関係を示すことはできても、合意型の制度設計が優れた政策パフォーマンスを「もたらす」という因果関係を確立することは困難である。制度と帰結の間には無数の媒介変数が存在し、時系列的な因果テストが行われていない。

交絡変数の問題: 多数決型民主主義の多くは旧イギリス植民地(アングロサクソン諸国)であり、合意型の多くは西ヨーロッパ大陸諸国である。したがって、制度的差異の効果と文化的・地域的差異の効果を統計的に分離することが困難であるという深刻な多重共線性の問題がある。

民主的アカウンタビリティの問題: 合意型の弱点として、有権者が政権を交代させることの困難さが指摘される。大連立の常態化は「政権交代による民主的統制」を弱体化させる。投票結果がどの政党の入閣につながるかが不明確なため、選挙を通じた行政府への制裁が機能しにくい。

第二次元の理論的根拠の弱さ: Taageperaを中心に、連邦制-単一国家次元を構成する5変数が同一次元に帰属する理論的根拠が薄弱であるとの批判がある。とりわけ中央銀行の独立性は、他の4変数(連邦制、二院制、硬性憲法、司法審査)との理論的結合が不明確である。

V-Dem研究所の再検討: V-Dem(Varieties of Democracy)研究所のBormannらによる2018年の研究は、Lijphartの二次元構造自体の再検証を行い、合意型と多数決型の区別がLijphartの36カ国を超えた広範な国家群においても成立するかどうかについて慎重な結論を示した。


まとめ

  • Lijphartの分析枠組みは、民主主義を多数決型と合意型の二類型に分類し、10の制度変数を二つの独立した次元(執政部門-政党次元と連邦制-単一国家次元)に沿って整理する。この枠組みは比較政治学における最も影響力のある類型論の一つである
  • ウェストミンスター・モデル(イギリス)は多数決型の原型であり、単独政党内閣、行政府優位、二大政党制、小選挙区制、単一制国家を特徴とする。権力は選挙の勝者に集中し、政策転換が容易である
  • スイスとベルギーは合意型の代表例である。スイスは魔法の公式に基づく4大政党の大連立、連邦制、直接民主制を特徴とし、ベルギーは言語的亀裂を制度的に管理するための連立内閣、連邦制、少数派保護制度を特徴とする
  • Lijphartは合意型が「より穏やかな」政策帰結をもたらすと主張したが、統計的方法論、因果推論、交絡変数、民主的アカウンタビリティの問題など、多くの批判が提起されている
  • 次のSection 2「憲法設計——連邦制・司法審査・権力分立」では、本セクションの連邦制-単一国家次元で扱った制度変数を個別にさらに深く分析する

用語集(Glossary)

用語 英語表記 定義
多数決型民主主義 majoritarian democracy 選挙の多数派が権力を集中的に行使する民主主義の形態。ウェストミンスター・モデルがその典型
合意型民主主義 consensus democracy 可能な限り多くの政治勢力の合意に基づいて統治する民主主義の形態。スイス、ベルギーがその典型
執政部門-政党次元 executives-parties dimension Lijphartの10変数のうち、内閣構成・行政-立法関係・政党制・選挙制度・利益集団の5変数からなる第一次元
連邦制-単一国家次元 federal-unitary dimension Lijphartの10変数のうち、国家構造・立法府構成・憲法改正・司法審査・中央銀行の5変数からなる第二次元
最小勝利連合 minimum winning coalition 議会の過半数をかろうじて確保する規模の連立内閣。余剰政党を含まない
コーポラティズム corporatism 国家・使用者団体・労働組合の三者が政策を協調的に決定する利益媒介システム
製造された多数派 manufactured majority 得票率では過半数に達しないが、選挙制度の効果により議席の過半数を獲得する現象
魔法の公式 Zauberformel / magic formula スイスにおいて4大政党が議席比に応じて連邦参事会のポストを配分する慣行(1959-2003)
コンコルダンツ民主主義 Konkordanzdemokratie スイスに典型的な、主要政党すべてを政権に包摂する合意型統治の形態
多元主義 pluralism 多数の利益集団が自由に競争する利益媒介システム。コーポラティズムと対照をなす
警鐘手続き alarmbelprocedure ベルギーにおいて一方の言語集団が立法手続きを停止させることができる少数派保護制度
硬性憲法 rigid constitution 改正に特別多数や追加手続きを要する憲法。合意型民主主義の特徴
議会主権 parliamentary sovereignty 議会が最高の立法権を持ち、その制定法を他の機関が無効にできないとする原則。イギリスの特徴
二重の多数 double majority スイスの憲法改正に必要な国民投票の過半数とカントン過半数の同時充足

確認問題

Q1: Lijphartの二次元・10変数モデルにおける「執政部門-政党次元」と「連邦制-単一国家次元」のそれぞれの構成変数を列挙し、二つの次元が独立している理由を説明せよ。

A1: 執政部門-政党次元は、(1) 執政権力の集中/共有、(2) 行政府-立法府関係、(3) 政党制、(4) 選挙制度、(5) 利益集団システムの5変数からなる。連邦制-単一国家次元は、(6) 国家構造(単一制/連邦制)、(7) 立法府の構成(一院制/二院制)、(8) 憲法改正の硬直性、(9) 司法審査の有無、(10) 中央銀行の独立性の5変数からなる。Lijphartが因子分析によって実証的に確認したところ、第一次元の変数群と第二次元の変数群は異なる因子に負荷し、両次元間の相関は低かった。これは、ある国が第一次元で多数決型であっても第二次元では合意型でありうることを意味する。例えばアメリカは、第一次元(二大政党制、小選挙区制)では多数決型だが、第二次元(連邦制、強い二院制、硬性憲法、違憲審査、独立した連邦準備制度)では合意型に近い。

Q2: スイスの「魔法の公式」(Zauberformel)とは何か。それが合意型民主主義のどの制度変数を体現しているかを説明し、通常の連立政権との違いを論ぜよ。

A2: 魔法の公式とは、1959年から2003年まで維持された、スイスの連邦参事会(7名)の政党間配分の慣行である。急進民主党2名、キリスト教民主党2名、社会民主党2名、国民党1名という配分が長期にわたって固定された。これは合意型民主主義の第一変数「執政権力の共有」を体現しており、単なる連立を超えて、主要政党のすべてを恒常的に行政府に包摂する点に特徴がある。通常の連立政権では、選挙結果に応じて与党と野党が分かれ、政権交代の可能性が存在する。スイスの魔法の公式では、制度的に「野党」が存在せず、すべての主要政党が常時政権に参加する。この体制はRikerの最小勝利連合理論が予測する連立のパターンとは根本的に異なり、包摂的な権力共有を最優先する合意型民主主義の論理を反映している。

Q3: Lijphartの「合意型民主主義はより穏やかな(kinder, gentler)政策帰結をもたらす」という主張の内容を説明し、この主張に対する主要な批判を3つ挙げて論ぜよ。

A3: Lijphartは、合意型民主主義が福祉支出、環境保護、対外援助などの指標で優れ、投獄率や死刑使用率では低い値を示すことから、「より穏やかな」政策帰結をもたらすと主張した。女性の議会代表率や市民の民主主義への満足度でも合意型が上回るとされた。主要な批判は以下のとおりである。第一に、36カ国のクロスセクション回帰分析という統計手法は自由度が極めて限られており、多変数を投入した場合の結論の頑健性に問題がある(Taagepera, 2003)。第二に、クロスセクション分析は相関関係を示すのみで、合意型制度が優れた帰結を「もたらす」という因果関係を確立するための時系列的分析が欠けている。第三に、多数決型の多くが旧英連邦諸国、合意型の多くが西欧大陸諸国であるため、制度的差異の効果と地域・文化的差異の効果を分離することが困難であり、深刻な交絡変数の問題が存在する。

Q4: ベルギーの民主主義制度は、Lijphartの合意型民主主義のどの特徴を体現しているか。とくに言語的亀裂の制度的管理という観点から、内閣構成、連邦制、警鐘手続きの3点に即して説明せよ。

A4: ベルギーは言語的亀裂(オランダ語圏とフランス語圏の対立)を制度的に管理するため、合意型民主主義の諸特徴を徹底的に体現している。第一に、内閣構成では、憲法が首相を除く閣僚をオランダ語話者とフランス語話者の同数とすることを規定しており(言語的パリテ)、さらに比例代表制下の多党制により常に複数政党の連立が不可避である。これは「執政権力の共有」の変数を反映する。第二に、1993年に連邦制に移行し、3つの地域と3つの言語共同体という二層の構成単位に権限が分配されている。これは「連邦制」の変数を反映し、各言語集団が自らの領域で自治権を行使することを可能にする。第三に、警鐘手続き(alarmbelprocedure)は、一方の言語集団の議員の4分の3以上が反対した場合に立法手続きを停止させる仕組みであり、多数派による少数派の言語的利益の侵害を制度的に阻止する。これは合意型の「少数派保護」原理を体現する独自の制度である。

Q5: 日本の民主主義制度を、Lijphartの二次元・10変数モデルに基づいて分類する場合、多数決型と合意型のいずれの特徴がより強いと考えられるか。両次元について具体的に検討せよ。

A5: 日本は両次元において混合的な特徴を示す。執政部門-政党次元では、1994年の選挙制度改革で導入された小選挙区比例代表並立制は多数決型の要素が強く、自民党の長期政権は単独政党内閣(多数決型)の特徴を示す。ただし、自民党-公明党の連立は最小勝利連合を超える場合もあり、過去には多党連立内閣も経験している。有効政党数は2〜4の間で変動し、純粋な二大政党制とは言い切れない。利益集団は高度成長期にはコーポラティズム的な側面もあったが、現在は多元主義的傾向が強い。連邦制-単一国家次元では、日本は単一制国家であり(多数決型)、参議院は衆議院に対して一定の権限を持つが完全に対等ではない(やや多数決型寄り)。憲法は硬性憲法であり(合意型)、最高裁判所は違憲審査権を持つが実際の行使は消極的である。日本銀行は法的独立性を有する。総合的には、第一次元では多数決型寄り、第二次元では混合的であり、Lijphartの分析においても日本は二次元平面上の中間的な位置に布置される。